第548話 本拠地へ (2)

ビュンッ!


少し俺達から離れた位置に居た男。指揮官として動き、指示を出している男の元に、後ろから何かが飛んで行く。


ボンボンッ!


「な、なんだ?!」


俺とニルの突撃によって、注意は完全に俺達二人に向けられた。それを確認したハイネ、ピルテが、後ろから静かにアイテムを投げ付けてくれたらしい。

使ったのは毒煙玉。一つは外れたみたいだが、一つは指揮官の兜に当たって破裂し、チハキキノコの胞子を散乱させた。


「隊長!」


「ぐっ!ぐはっ!ゴホッゴホッ!」


ブワッ!


生成された毒煙が、ハイネとピルテが準備してくれていた風魔法によって、奥へと押し流されて行く。


「吸い込むな!報告に有った毒だ!魔法で直ぐに対処しろ!」


指揮官の男が倒れたというのに、即座に次席の男が指揮を執る。やはり練度が高い部隊だ。出来る限り素早く混乱を広げなければ。


ダンッ!


後方で騒ぎが起き、俺達を通しはしないと構えていた盾兵達が、僅かに気を後ろへと向ける。


その瞬間を逃さず、俺は疾足によって一気に盾兵の目の前まで詰める。


「しまっ!」

ガンッ!!


「ぐぅっ!」


盾の目の前まで詰め寄った俺は、神力を両足に集め、盾を全力で蹴る。


相手の部隊もなかなかの練度で、数も多く、辛い状況が暫く続くかもしれない。そう思っていたのだが、ニルのアイスパヴィースをきっかけに、状況が大きく変わった。

相手は、アイスパヴィースを前に、どうやったら攻撃が通るのか、どうしたら良いのか完全に分からなくなっている。


ゴウッ!


後ろで控えていた魔法使い達が毒気を吹き飛ばす為に風魔法を使い、煙を押し流す。出来るならば俺達の方へと押し流したかっただろうが、ハイネとピルテの風魔法が作用して毒煙が拡散するのを恐れたのか、二人の作り出した風に極力逆らわないような形で、斜め後方へと毒煙を流している。


ゴンッ!!

「ぐはぁっ!」


それを確認した後、ニルが、俺の作った隙間にアイスパヴィースを無理矢理捩じ込んで、活路を開く。


「邪魔…です!!」


ゴンゴンガンッ!

「「「ぐあっ!」」」


ニルは、無理矢理捩じ込んだアイスパヴィースを水平方向へと振り回し、盾兵数人の頭を弾く。


流石にそれで殺せる程の威力は無いが、数歩下がらせる程度の衝撃は与えられる。


「はぁっ!」


ガンガンザシュッガンッ!


俺は、ニルの一撃によってよろめいた三人に対して、即座に追い打ちを掛ける。

剣技、四爪転しそうてん。四連撃の剣技で、三人の盾兵と長槍を持った男を斬り付ける。

盾兵達は重装備なので頭を潰すように、防御の薄い長槍使いは鎖骨を切り裂くように刀を走らせる。


「突け!突き殺せぇ!」


ギンガンッ!ギン!


突き進もうとする俺達に対して、長槍部隊が突き込んで来るが、全てニルのアイスパヴィースに防がれる。


「無理です!通りません!」


「チッ!魔法部隊!火魔法を放て!」


「っ?!ですが!」


「これ以上進ませるな!盾じゃ止まらないんだ!魔法で止めろ!」


「っ……」


「早くしろ!仲間は防御魔法が付与されているから大丈夫だ!」


戦闘中とはいえ、指示を出している男の声は俺達にまで届いている。その為、何をしようとしているのかは聞いていれば分かる事だが…まさか仲間ごと俺達を炎で包み込もうとするとは…本当にどこまで行っても非人道的な奴ばかりだ。

念の為言っておくが、付与型の防御魔法の場合、火魔法がぶつかった時の衝撃等は防いでくれるが、火から伝わる熱には反応しない。つまり、ここで火魔法を使い、周囲を火の海にした場合、仲間の連中は全員燃え死ぬという事になる。


これは、かもしれないという可能性ではなく、確実にそうなると言い切れる。


この世界に来てから、魔法については色々と試してきた。どういう挙動を示すのか、状況によってどんな変化が起きるのかという事について、知らないでは魔法を最大限に活用出来ないからだ。ゲームの中で使っていた魔法と違いは無いのかや、ゲーム時には気付かなかった事なども把握する為には、そう言った研究に近い事もする必要が有った。

その中でも、命を守る為に重要となる防御魔法については、特に念入りに調べてある。

防御魔法が有るから大丈夫だろうなんて思っていたら、上手く発動してくれなくて、攻撃を受け損なう。それが元で死亡…なんて雑魚死は嫌だからだ。

そこで気が付いたのが、付与型防御魔法において、反応する、反応しないの差にはしっかりとした条件が有る事だ。

基本的には、付与されている者を傷付けるような衝撃や攻撃に対して反応するのだが、この付与型防御魔法にはいくつかの穴が有る。色々な戦闘で抜け道を使った攻撃をしたりもしたが、それを明確に言葉にすると…本人が魔法的、物理的に傷付かない場合は、付与型防御魔法は発動しない、というものだ。


少し詳しく説明すると…

それが武器、投擲物、魔法に関わらず、付与された者に接触した時、付与された者が傷付くと判断された物に対して反応するという仕組みになっているのだと思う。

ここで言う『接触した時』というのは、物理的な接触を意味しており、接触する物の持っている特性には関わらない。つまり、その物自体に危険な特性が有ったとしても、物理的な衝撃が無ければ、防御魔法は発動しないのだ。


但し、接触する物の形状によって、反応する、しないは変わってくる。

どういう事かと言うと…サッカーボールのような接触面の大きな物と、針のような接触面が小さな物では、防御魔法が発動する最低ラインが違うという事だ。

考えてみれば当然なのだが、サッカーボールと投げナイフを同じように投げられたとして、どちらが危険なのかは一目瞭然。投げナイフの方は肉体に刺さるし、最悪死に至るのに対して、サッカーボールは、少し痛い程度だ。

これは俺の自論というのか、推測なのだが…

この付与型の防御魔法というのは、付与された者の全周囲に、薄い魔力の膜のような物が展開され、そこを通過する物の危険度が、一定のラインを超えると発動するようになっているのではないかと考えている。

その時の危険度の判定の仕方としては…恐らく、形状と侵入スピードから計算されているのだと思う。

少し数学的な解釈をすると…


侵入速度、割る事の、接触面積。


これが一定以上の数値になると、防御魔法が発動するのではないだろうか。

侵入速度が増せば増すほど答えの数値が大きくなり、接触面積は小さくなればなるほど答えの数値が大きくなるという式だ。

接触面積が小さい…つまり鋭い物になればなるほど、侵入速度が遅くても反応し、逆に鈍器のような接触面積の大きな物でも、侵入速度が速ければ反応するのだ。

また、生成されているのが魔力の膜である以上、魔法による攻撃には反応する。

故に、物理的、魔法的な攻撃に対しては防御が発動するという事になる。


凄く優秀な魔法に思えるし、実際に優秀ではあるのだが、問題は、接触する物自体が、物理的ではない部分で危険な場合である。

分かり易く言うと、触れただけでヤバいタイプの薬品や、高温または低温の物である場合だ。


例えば、俺達が多用する強酸性液は、触れるだけでヤバいタイプの物で、それ自体の接触面積は広く、ゆっくりと投げ付けても、触れた時点で、化学的に危険だ。皮膚が溶けて焼け爛れてしまうから。

だが、それを付与型の防御魔法は認識出来ないのである。

同じ理由で、熱や冷気、毒、減圧や加圧等、物理的以外の危険性を持った攻撃は一切防げないのである。


ここまで説明すると、防御魔法を付与しているから、火魔法を放っても大丈夫…というのが、実は全然大丈夫ではないという事が分かると思う。

魔法として飛んで来たのだから、防御魔法は火魔法の接触自体は防いでくれる。だが、その後燃え広がり、炎に飲まれてしまうと、それは既に魔法ではなく、燃焼という現象に変わる為、防御魔法が発動しないのだ。


そして、それは、指示を出している奴も、それを聞いて火魔法を発動させようとしている奴も、本当は分かっている事だと思う。

分かっていながら…自分達の身を守る為、仲間を犠牲にして、俺達を屠ろうとしているのだ。


ここに来て、仲間を犠牲にする攻撃。


俺とニルは接近戦に入っている為、即座に離れている魔法使いの部隊を落とすのは難しい。


ハイネは先程まで展開してくれていたダークシールドを解除したばかりで、まだ次の魔法の準備は出来ていない。

スラたんが走り込むのは体力的に無理だ。

唯一、ピルテが対処出来るかもしれないが、相手の数を考えると、単一の魔法で上手く防御出来るかどうか…

俺が単独で突っ込んだ時のように、神力を使って、上手く火魔法を分断し、上手くやり過ごす事が出来れば良いのだが…相手の魔法使いの部隊からは、緑色、つまり風魔法の発光色も見える。先程の失敗を踏まえて、火力を上げようとしているのだ。

そうなると…単純に神力で炎を斬り付けても、荒れ狂う風と炎によって、直ぐに修復されてしまう。目の前で炎を切り裂き、俺とニルが、何とかそれで炎の壁をすり抜け、ピルテの魔法で後ろの三人が何とかすり抜ける……これしか無さそうだ。

全員、無事にやり過ごす…というのは難しいだろう。ある程度の火傷は覚悟して、戦闘不能にならないように気張るしかない。


「ニル!タイミングを合わせろ!」


「はい!!」


後ろから聞こえて来た、自分達を犠牲にするという指示に対し、目の前の兵士達は困惑し、逃げようとしているが、もう遅い。


後衛の魔法部隊の手元が、赤色と緑色に光る。


来る!!


そう思った時だった。


バキィン!ガガガッ!


右手側から、キラリと光る物がいくつか飛んで来ると、それが魔法を放とうとしていた者達の内、二人の防御魔法を貫いて、腕に当たる。


「「ぐあっ!」」


魔法陣は既に完成しており、発射の寸前だった。

その状態で発射口である魔法陣の向きが、俺達から逸れて、横へと向く。


飛んで来たのは、金属製のクナイ。


魔法の放たれるタイミングを見計らって、気配を消して近付いていたレンヤからの援護だ。

上手く神力を使用してクナイを投げる事によって、防御魔法を貫いたらしい。

大抵の者達は、付与型防御魔法の中でも、物理的、魔法的に防御力の高い中級土魔法、グラスシールドを使っている。名前の通りガラスで出来たシールドで、付与型防御魔法の中で、光、闇魔法を除くと一番使い勝手が良く、誰にでも使える魔法である。

他の付与型防御魔法と同じく、五回まではシールドが生成して付与された者を守ってくれるのだが、五枚のシールドを貫通する程の威力が有る物は防ぎ切れない。

レンヤのクナイは、その防ぎ切れない攻撃である。


ゴウッ!

ボガァァン!


「「「「「ぐあああああぁぁぁぁ!!」」」」」


腕が横を向いてしまった事で、発射された火魔法が、ほぼ真横へと発射され、炎の塊が魔法使い部隊の目の前へと飛んで行き、他の魔法使いが放った魔法とぶつかり合い、その場で暴発する。


当然、目の前で火魔法が暴発したのだから、魔法使いの部隊は炎に包まれる事となり、敵の魔法使い部隊は大変な事になっている。その上、魔法を放とうとしていた他の者達まで巻き込んだ為、三分の一は魔法陣が完成しないまま炎に巻かれ、三分の一が狙いとは全く違う場所へと魔法を放った。中には、自分達の足元に放った者達まで居て、敵陣の周囲は火の海。残った三分の一は、俺達に向けて上手く魔法を放ったみたいだが…


「はあぁっ!」

ザンッ!!


俺が神力を飛ばすと、当初の予定よりもずっと少なくなった炎の壁は、見事に両断されて俺達の左右を通り過ぎて行く。風魔法も殆ど発動出来なかったのか、恐れる程の勢いは無かった。


「ぎゃあああぁぁぁっ!」


「あち゛ぃぃぃぃ!」


「水魔法で消火するんだ!早くしろ!」


何とか消火しようとしているみたいだが、火に包まれた者達は地面の上を転がり、動かなくなっていく。

たった一回の投擲によって、ここまでの被害を出すなんて、レンヤがどれだけ優秀な忍なのかが分かる一撃だったと言える。


「ニル!合わせろ!」


「はい!!」


後ろから火魔法を撃たれると思い、逃げた連中の殆どは、火に飲まれて死んだ。火の被害が及ばなかった者達、まだ戦える者達は、一気に半分以下となり、魔法使いの部隊はほぼ壊滅状態。ここで攻めなければいつ攻めるんだという状況だ。


ダンッ!


俺は地面を強く蹴り、燃え盛る炎を横目に、一気に敵陣中央へと飛び込む。


「はあああぁぁぁぁっ!」


ザンッ!ザシュッ!ガンッ!


「ぐあぁっ!」


「クソッ!誰か止めろ!」


「と、止まりません!」


俺が攻撃をして、ニルが防御する。俺が攻撃を弾けば、ニルが攻撃に入る。実に単純な連携で、普段ならば相手も対処が可能な連携であろうに、自爆してくれた事で、陣形はめちゃくちゃ。俺達を攻撃するにしても、俺達からの攻撃を受けるにしても、バラバラになった部隊ではどうすることも出来ない。


攻撃と防御。ただそれだけの事が、流れるように続くだけで、敵兵達は次々と倒れていく。俺とニルを止める事が出来ないのだ。


ザシュッザンッ!カンッ!ガシュッ!


「ぎゃあああぁぁぁっ!」


「む、無理だ…無理だぁ!」


俺とニルの快進撃は止まること無く、周囲の連中を屠り続ける。

二人で入れ代わり立ち代わり攻撃する姿は、炎の中で演舞でも踊っているように見えた事だろう。


俺達が斬り進み、ハイネとピルテが後ろから魔法で援護しつつ俺達に追随する。


屋敷の外壁から十メートル程の位置にまで辿り着いた時には、俺達の周りから人が居なくなっていた。


「だ…ダメだ……俺達には止められない…」


「逃げる……俺は逃げるぞ!」


結局、俺達が壁まで到着した段階で、壁の外に居た連中が、武器を捨てて逃げ始めた。


「逃げるな!戦え!」


何人かは逃げようとする者達を引き止める為に叫んでいるが、一人が逃げ出したところで、次々と逃走する連中が現れる。

結局、逃走を止めようとしていた奴らも、数が減って勝ち目が無くなったと考えた段階で逃げ出し、最終的には全員が逃走した。と言っても…壁の外に居るのは既に数十人という数だったが。


「逃げようなんて」

「ピルテ。」


逃げようとした敵に追い討ちをかけようとしたピルテを、ハイネが止める。


「逃げるのを追う必要は無いわ。深追いするのは止めておきなさい。」


「…はい。」


ピルテはハイネの言葉を聞いて冷静になり、伸ばそうとしたシャドウクロウを引っ込める。


「それよりも、前を見るわよ。まだまだ先は長いのだからね。」


ハイネが言うように、俺達が居るのは敷地外。未だ敷地内にすら入れていないのだ。


敷地を取り囲む形で作られている二メートル程の外壁は、一定間隔で穴が空いており、そこからは人の気配がしている。

ただ、今のところは攻撃を仕掛けてくる様子が無く、こちらの動きを見ている…という感じだ。


俺達の居る場所から壁までは、約十メートル。矢を放てば間違いなく当たるであろう距離に居るのだが…何故攻撃して来ないのか…?


「トラップ…でしょうか?」


「いや…どうだろうか…何か他の意図が有るようにも感じるな。」


俺達は少し足を止めて、注意深く周囲を観察する。


壁の上には、魔具を用いたシールドが展開されており、半球状に敷地を覆っている。かなり大きなシールドで、ナナシノが居た拠点を覆っていた物と同じ物だろうと思う。

破壊する事はそれ程難しくはないが、その前に、壁の内側に居る連中の動きが気になる。


外壁の表面には、木の根のような物が所々に見えており、まず間違いなくナナシノが設置したものだと思う。

ブードン-フヨルデとは、ザレインの関係で何度かやり取りしていたみたいだし、以前からこの壁は設置されていたのだろう。

劣化してくれていると良いのだが、友魔システムの解禁時期から考えると、劣化する程の時間は経っていないし、壁を破壊するという事は考えない方が良さそうだ。


ニルの言ったように、トラップが仕掛けてあるという可能性も考えてはみたが、先程逃げ出した連中が、壁の前でうろちょろしていたのは見ていたし、トラップが仕掛けてあるという事は無いと思う。

もしトラップが仕掛けられているとしたならば、敵兵達もトラップの在る位置付近には入らないはずだからだ。


ここは街の中で、貴族連中の住んでいる高級住宅地。堀なんて物は無いし、ただデカい壁が見えているだけ。

トラップが無く、遮る物も無い。この状況で手を出して来ない理由なんて、無いと思うのだが…何かを待っている…?それとも、無駄な矢を放つのを避けているのか?

壁に空いた穴からの攻撃となると、攻撃の飛んで来る位置が決まっているし、俺達が簡単にそれらを打ち落とせると判断しているとしたら…矢や魔法を壁の内側から放っても、俺達を倒せないと考えて、確実に殺せる位置に俺達が近付くまで待っているのかもしれない。いや……俺達が壁に近付けば近付く程に、俺達を攻撃出来る壁の穴は、角度的に減るし、いくら倒せないと分かっていても、攻撃して近付かせないようにする事の方が重要な気がするが…


数秒間、俺は前に進まず、様子を見ていたが、相手の方から動く気配は無い。


どちらにしても、俺達の狙っている連中は屋敷の中に居るはずだし、中に入らねばならない俺達は、壁に近付く以外の選択肢が無い。


他に選択肢が無いのならば、時間を掛ける必要など無いし、さっさと…


ガッ!!


そう思って足を踏み出そうとすると、目の前の地面にクナイが刺さる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る