第546話 東地区 (2)

「準備は良いか?」


「はい。」


ニルの顔に不安の色は無い。


「気を付けてね。」


スラたんは俺とニルに向けて言ってくれるが、その表情とは違って、手は震える程固く握られている。


自分がこの場この時に前線で戦えない事が悔しいのだろう。


だが、スラたんがここまで頑張ってくれたお陰で、俺とニルの体力を残す事が出来たのだ。


スラたんが悔しがる必要など微塵も無い。


「スラたんの分まで、敵の頭にはきっちりと責任を取ってもらう。だから、信じてくれ。」


「……うん。勿論、シンヤ君とニルさんが負けるなんてこれっぽっちも思っていないよ。僕達が援護するから、思う存分やっちゃってよ。」


「…ああ!」


スラたんの激励に、俺とニルは大きく頷く。


「行くぞ!」


「はい!!」


俺とニルは、タイミングを合わせて道へと飛び出し、そのまま真っ直ぐに屋敷に続く道を走り出す。


後ろからは、少し離れてハイネとピルテ。そしてそれを守れるようにスラたんが付いてくる。


走り出してから数秒後、正面に見えていた者達が慌ただしく動き始めるのが見える。早くも俺達に気が付いたようだ。


「私が前に出ます!」


ニルはそれだけ言うと、走りながら俺の前へと移動する。


相手との距離は二百メートル以上。

これだけの距離が有ると、矢も魔法も大きな弧を描いて飛んで来る。いくら風魔法を使ったとしても、二百メートルの距離を届かせようと思うと、どうしても山なりの攻撃にしなければ届かないからだ。

弓使いのプレイヤーだったアミュのような馬鹿げた威力の矢が放てるならば話は別だが、どうやら外壁の外に居る連中の中には、そんなスキルの持ち主は居ないらしい。


正面に見えている集団の中で、魔法陣による光が見えると、矢と魔法が混じった攻撃が、一斉に空に向けて放たれる。


攻撃を放って来た連中の数はおよそ百。

俺とニルの二人を仕留める為だけに、それだけの攻撃を躊躇無く放ったという事は、相手も本腰を入れて俺達を殺すつもりらしい。本気になるのが遅過ぎる気もするが、たった五人なんて直ぐに殺せると思っていたのか、これまでの十年間で自分達の強さを過信し、俺達の事を甘く見ていたのか…

何にせよ、そのお陰でここまで大きな怪我も無く来れたが、ここからはそうもいかないという事だ。


ニルの右手は、魔法陣を携えている為、小太刀を振ったり出来ない。使えるのは左手の盾だけ。俺は左手が魔法陣で塞がっており、使えるのは右手の刀だけ。

直ぐに魔法を放ってしまって、早く両手を使えるようにしたいところだが、ここは我慢だ。


ガガガガガガガガガッ!!


山なりの攻撃は、俺とニルの斜め上に、傘のような形で現れた発動型のダークシールドによって、その殆どが弾かれる。

これはハイネの魔法による防御だろう。


ただ、攻撃の数が多く、走り続ける俺とニルを無数の矢から守り切るのは難しかったらしく、いくつかの攻撃は防御をすり抜けて来る。


カンッ!キンッ!


しかし、そもそもの攻撃が遠距離からである上に、大きな山なりの攻撃で、射出から到達までに時間が掛かる為軌道を読み易い。そして、防御魔法によって数も減らされるとなれば、ニルが盾で受け流すのは容易い事だ。結局、俺のやる事は何一つ無いまま、攻撃の雨が止まる。


ガガガガガガガガッ!


そのタイミングで、ピルテが俺とニルの前、その地面の上に刺さるようにロックアローを降らせる。

これは敵への攻撃…と言うよりは、トラップがどの辺りから仕掛けられているのかを調べる為の魔法だ。


俺達から敵兵の居る壁までは残り百五十メートル。

その間全てにトラップ魔法を設置するとなれば、それなりの魔力量が必要になるし、ここまでの戦闘を見てきたならば、それだけで俺達を倒せるなんて思っていないだろうから、この道全てには設置していないはず。

設置するとしたら、トラップが発動した時に、俺達が回避行動を取ったのに合わせて攻撃出来る位置に違いない。それが最もトラップを有効活用出来る位置だ。正確に言えば、矢と魔法を放って的確に当たるが、俺達の攻撃が当たらない位置。それと、敵の前衛部隊の少し前。この二箇所のどちらか、もしくは両方だ。


ズガガガッ!!


その予想は的中し、俺とニルの前、相手から見て五十メートル強の位置で、トラップ魔法が発動する。

地面から現れたのは木魔法と土魔法。発動後に俺達が進行する上で邪魔になる物を選んだのだろう。飛び出した木と石の棘は、左右のどちらかに避けねばならない。そうなれば、左右に仕掛けられているトラップ魔法が発動する。敷地の周りを円形に囲うように設置されているとしたら、どこまで横に移動しても、トラップが途切れる事は無い。それが分かっていて、横へと移動するのは馬鹿のやる事だ。


「俺が破壊する!」


「突っ込みます!!」


ブンッ!ガガガッ!


俺が神力を飛ばして地面から生えた棘を破壊すると、ニルは迷わずトラップを破壊した場所を目指す。


「止めろ!矢を放て!」


残り百メートル。


この辺りから相手の声がある程度聞こえ始める。

トラップに気付かれている事は予想されていたのか、あまり焦っている様子は無い。街の外壁の連中のように、反応が鈍かったり、恐怖心に負けてしまうような事もない。屋敷の周りに優秀な連中を集めておいて、いざと言う時の為に備えていたらしい。この状況を見るに、最初から、街の外で俺達を止める気はほぼ無かったのではないだろうか。元々、この洋風の城のようなブードン-フヨルデの屋敷だけを守れば良いと考えていたならば、街の外壁を通り抜けた後、ここまでにあまり敵兵が居なかったのも頷ける。

恐らく、街中に居たのは、元々この街に居たハンディーマンの手の者達を中心に結成された部隊だろう。奴等ならば地理も把握しているし…と言っても、俺達が街から飛び出す前に、かなり暴れたから数も減って疎らに街中を巡回するしかなかったはず。故に、俺達を攻撃して来る連中が少なかったのだろう。

つまり、ブードンの屋敷に立て篭り、優秀な連中…特にテンペストに所属している連中を中心に、屋敷の周囲へ配置し、残った連中を雑に配置しているという事になる。


結局、どこまで行っても、何をさせても、盗賊は盗賊であり、そこに出身なんてものは関係無いという事だろう。

テンペストの頭であるバラバンタが、プレイヤーである可能性は高い。何せ、あれだけの数のプレイヤーを従えていたのだから。

同じ日本人としては、色々と思うところは有るが、別に日本という国に居る人間全てが同じような思想を持っているわけではない。いや、寧ろ、吸血鬼族や巨人族のような、種族単位で思想が大きく偏るというのは、こちらの世界ならではなのかもしれない。

日本という国は、良くも悪くも、色々な思想のごった煮みたいな国だし、それを是としていた。国によって気質というのはある程度有っても、思想や概念が固定されているという事は無かったし、だからこそ、暴動や反乱という事が少なからず起きたのだろう。

いや……こちらの世界では…と言うよりは、こちらの世界でも、人族は色々な側に居る事や、神聖騎士団の事を考えると、人族というのは…と考えた方が良いのかもしれない。


まあ、今はそんな事はどうでも良い。

もっと、目の前の事に集中しなければ…疲れが出てきて、少し集中力が落ちているのかもしれない。


俺は前に出るニルの背中を追いながら、集中力を今一度高める。


「放てぇ!!」


俺達と敵兵の距離は八十メートルを切った。

この辺りからは、矢もほぼ角度を付けずに飛んで来る。


「私がやります!」


ハイネのダークシールドによる防御も有るが、それで全ての攻撃を防ぐとなると、ハイネが操作し易いように立ち止まるしかない。しかし、足を止めればその分だけ相手の懐に入るまでの時間が伸びる。たった数秒の差だとしても、矢を放たれる度に足を止めてしまえば、魔法攻撃一、二回分の時間を与えてしまう事になる。

こうして、大軍に突撃するのは何度目かになるが、いつだって怖いのは矢よりも魔法だ。矢だって当たれば痛いし死ぬ。毒が塗られていたりでもすれば、掠っただけで命に関わる事だって有る。だが、アミュのような石をも砕くような矢でない限り、今の俺達に当てるのは難しい。既に何度も雨のように降ってくる矢を凌いで来たのだから、矢によって殺られる事は無いと自信を持って言える。だが、魔法は別だ。

矢というのは、究極的に言ってしまえば、飛んで刺さる。それだけの物だ。そこから更に何かが起きたりはしないし、それ以上にも以下にもならない。

だが、魔法は発動する属性や発動させるタイミング、組み合わせによって千変万化せんぺんばんか。それを読み切って対処し続けるなんて事は、先読みに長けたニルでも、当然俺でも無理な話だ。

相手の魔法と俺達が使う魔法で、力の差が俺達に傾くような状態ならば、ゴリ押しで魔法を無効化出来たりするのだが、それも状況による部分が大きい。

実際に、ここまで何度かは魔法による防御を突破されている。

だから遠距離攻撃の中では、魔法という攻撃が特に怖いのだ。


そんな強力な攻撃である魔法という攻撃方法を確実に繰り出す為には、時間と距離が必要になる。

時間は言わずもがな、魔法陣を描く時間で、距離は仲間や自分を巻き込まない為に必要な距離だ。最低でも、仲間と敵の距離が五メートル程は離れていないと、魔法使いは安心して魔法を放つ事が出来ない。つまり相手を寄せ付けない事。これが魔法を使う上で非常に重要になってくる。

そして、相手を近付かせないようにする為に有用なのが、矢だ。


魔法に比べると応用力の無い矢だが、素早く相手に攻撃を仕掛ける事が出来る為、相手の足を止めさせて、時間を稼ぎ、距離を停滞させる事が出来る。


魔法と比べると、第一射から第二射までの間隔が短く、魔法を使う為に矢を放つという役割が大きい。そして、それを敵兵達は理解しているのが分かる。飛んで来る矢の殆どが、狙いを雑に定めているからだ。

防御される事を前提に考えており、防御させる事を目的とした射撃である。つまり、攻撃を一点に集中させるのではなく、広い範囲に対して攻撃を放ち、回避行動ではなく、防御行動を取るしかない状況を作り出しているのだ。


そんな足止めの為に飛んで来る矢に対して、ニルが使ったのは…


パキパキパキッ!!


ニルの右手に携えていた魔法陣が青白く光り、ニルの目の前に現れたのは、六角形の透明な盾。


上級氷魔法、アイスパヴィースだ。

この魔法は、氷魔法における設置型の防御魔法である。


パヴィースというのは…確か、中世ヨーロッパかどこかの盾で、クロスボウ兵とか弓兵が装填時に身を隠す為に使っていた盾…だったはず。地面に設置して戦うシーンを描いた映画とかを見た事がある。

元の世界で見ていたパヴィースとは形状は違うみたいだが、設置型の氷の大盾だと思えば良いだろう。

ニルが作り出した氷の盾の形を正確に言うならば、六角形の頂点部に、更に小さな六角形が繋がっているという独特な形をしている。雪の結晶とか氷の結晶と言えば、色々と頭に浮かぶと思うが、その中の一つだろう。

大きさは大体一メートル半。上級魔法というだけの防御力が有る分、厚みと大きさが有るといった見た目である。


氷魔法は、一瞬見入ってしまう程に美しい魔法であるのだが、その破壊力はなかなかにえげつない。あの天狐とさえ撃ち合う事が出来たリッカの使う魔法なのだから、当然と言えば当然だ。そして、攻撃力も非常に高いのだが、同時に防御力も非常に高い。

攻撃の場合は冷気が非常に強力な氷魔法だが、氷自体も硬いというのは言うまでもないだろう。氷が柔らかいなんて事は有り得ないし。その上、ニルの作り出した氷の結晶による盾は、自然界がその形が安定であると定めた形に準じている。世の摂理が安定だと定めた形が、弱いはずがない。


ガガガガガガガガッ!


飛んで来る矢は、ハイネの作り出した魔法の盾とニルの作り出した魔法の盾によって、全て弾かれる。


しかし、俺が言ったように、俺とニルが足を止めれば、その分だけ時間を稼がれてしまうというのに、敢えてニルはのアイスパヴィースを使用した。

俺でも走り出した時からこの展開を予想していたのだから、ニルに予想出来ないはずがない。それならば、付与型か発動型の防御魔法を使い、移動しながら相手の攻撃を防ぐ方が良いのではないだろうか?と思う事だろう。

実際に、ここに来るまでの間に、ニルが考え付いた設置型防御魔法の…と言うよりは、アイスパヴィースの使い方を聞いていなければ、俺も疑問に思っていたと思う。


その使い方というのは……アイスパヴィースを、シャドウテンタクルの先端を巻き込むように生成させて、ようにするというものだ。


アイスパヴィースという魔法の特徴として、他の属性の魔法とは違う点が一つ有る。それは、設置型防御魔法でありながら、生成されるのが、盾のからだという点である。

他の属性の設置型防御魔法、特に物理的な意味で作られる木、土魔法では、基本的に地面から生えるような形で魔法が展開される。設置型なのだから、地面と同化するような形で生成する方が圧倒的に強固だからだろうと思う。つまり、盾の最下部から上部へと向かって生成されていくのだ。

その他の属性でも基本は同じだ。アイトヴァラスとの戦いでアーテン婆さんが使った黒防殻という魔法も同じだった。

これに対して、ニルの使うアイスパヴィースという魔法は、盾の中心部から全周囲に対して氷が成長し、その一部が地面に触れると、地面を凍らせてアンカーのような形で固定されるのだ。

それに気が付いたニルが、生成される段階で、シールドにシャドウテンタクルを内包させて、地面に触れさせないように持ち上げてしまえば、地面に固定されず、そのまま持ち運べるのでは…?と考えたのがこの新たな使い方の発案に至った。


アイスパヴィース自体は、前から使えたのだが、一度使ってみた時、アイスパヴィースは地面に深く広く結合した為、取り外す事も持ち上げる事も出来なかった。つまり、設置型のシールドとしての使い方しか無かったのだ。

動き回る俺達にとって、設置型の防御魔法というのは使い勝手が悪く、使う機会が無かった。

しかし……ニルは、盗賊達との戦闘を通して、使い勝手の良い防御魔法というのが必要だと感じたらしい。

言われてみると、確かに矢や魔法が飛んで来た時、どうしても誰かが魔法を発動させなければならず、魔力消費が非常に多くなっていた。特に、ハイネとピルテは、ダークシールドという発動型の、最も魔力消費が大きな魔法を多用していた為、何度も魔力が枯渇しそうになっているのを見ている。

それを見て、ニルは、防御力の要である自分が、その役割を果たせていないから、俺達全員に迷惑を掛けていると感じており、ずっと何か無いかと考えていたらしい。

そして、先程思い付いた方法が、持ち運べる設置型防御魔法という方法だったのだ。


要するに、俺とニルは、強力な盾としてアイスパヴィースを目の前に展開しつつも、動き回る事が出来る事となり、全ての攻撃を弾きながらも直進出来てしまうという事になる。


「なんだあの魔法は?!」


「ま、魔法でぶっ飛ばせ!」


残り八十メートルにして敵の矢の第二射。しかし、その矢は全て弾かれ、しかも一瞬たりとも俺達の足を止める事が出来なかった。

時間を稼げず、距離も縮まってしまった事で、敵兵が魔法陣を描いて放つとしたら、後一回が限度となる。

そこまでの計算くらいならば、目の前に居る連中は出来るだろうし、どうせ一度しか攻撃出来ないならば、上級魔法を使用するはずだ。


中には既に描いてしまった中級魔法陣をそのまま発動させる者も居るだろうが、描き直している時間は無い。


「確実に止めろ!」


「は、放てぇぇ!!」


敵陣から見える魔法陣の発光色は赤。

火魔法によって全周囲に炎を撒き散らし、俺達を焼き殺すのが狙いらしい。


ゴウッ!!


敵の魔法使い達が放つ火魔法が、重なり合い、大きな一つの壁となって飛んで来る。


「ここだ!」


俺は左手に携えていた魔法陣を発動させる。


ニルの作り出したアイスパヴィースという防御魔法は、非常に強固で、他の属性による攻撃魔法を粗方弾く事が出来る。

密度が低い木魔法は砕け、実体の無い風魔法は押し退けられ、水魔法はアイスパヴィースの冷気によって凍り付く。

光魔法と闇魔法を使える者は少ない為、考えずとも良い。


こう考えた時、ニルの防御を突破する可能性が有るのは土魔法と火魔法に限られてくる。

それ以外の属性ならば、単純に押し退けて突っ込むだけで済むとなれば、俺が魔法で対処しなければならない属性が決まってくるという事だ。


土魔法は、氷魔法よりも密度が高く、硬い為、貫通力が高い上級土魔法だと、氷の盾を貫通してしまう可能性が有る。しかし、ニルはアイスパヴィースをシャドウテンタクルに装着した状態に有る為、アイスパヴィースを自由に動かす事が出来る。流石に重さが重さである為、素早く振り回すというのは無理だが、普通の盾のように、攻撃をいなす事は出来るのだ。

更に、繋がっているシャドウテンタクルは柔軟である為、ある程度の衝撃は吸収出来る。つまり、今までは避けるしかなかった攻撃も、真正面から受け切る事が出来るのだ。その上、ハイネのダークシールドも健在である為、もし、土魔法による攻撃が飛んで来ても問題は無いと判断出来る。

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