第545話 東地区
「相手の頭の位置は分かった。俺達は、このまま街の東側に向かう。
レンヤ。」
「はっ。」
「出来れば付いてきてほしい。
俺達の命を狙っている奴等が、盗賊とは別に何人か居るはずだ。
そいつらも隠密を得意としている連中でな。同じ隠密として、俺達が戦闘している間に、レンヤにそいつらの事を探って欲しい。」
「お任せ下さい。必ずや。」
「助かる。この男の事は…」
レンヤを連れ出すとなると、気絶している男は、コハルがどうにかしなければならなくなるのだが…流石に、コハルにこの後の事を任せるのは気が引ける。しかし、そんな心配は無用だった。
「既に部下の一人が近くに来ています。その者に任せるので御安心を。」
いやはや…本当に忍は優秀だ。
「コハルはこの男に付いて行って、もう少し情報収集をするんだ。人質が他にも居ないか、敵の動きはどうなのか、出来る限りの情報を集めろ。」
「分かりました。」
レンヤの指示に、素直に従うコハル。
こちらに来てからそれ程時間は経っていないはずなのに随分と手慣れてきている。それだけコハルが頑張っているのだろう。体を壊さない程度に頑張ってほしいものだ。
「よし。直ぐに行くぞ。」
「はっ。」
レンヤが付いて来るとは言っても、俺達とは完全に別行動となる。隠れて俺達を監視している連中を探し出すのだから、俺達と同じ場所には居られない。一人で大丈夫かと心配になるが、レンヤならば問題無いだろう。
俺達は、家を出て街の東に向けて移動を開始する。
「シ、シンヤさんの知人って、皆あんな人達ばかりなの…?」
移動を開始して直ぐに、ハイネが何とも言えない表情で俺に聞いてくる。
「レンヤ達は特殊な部類だ。」
「本当にそうなのかしら…?動きも尋常ではなかったわよ?」
「強いのは確かだが、俺の知り合いが全員あのレベルって事ではないって。」
「ですが…Sランクの冒険者であるイーグルクロウの皆様ともお知り合いでしたよね?」
「ま、まあ…偶然な。」
「加えて、スラタンとも知り合いとなると…私達の知る限り、シンヤさんの知り合いは、百パーセント強いって事になるのだけれど?」
「あー…いや、まあ…偶然な。」
「そこまでいくと、もう偶然とは言えない気もするけれど…?」
本当に偶然が重なっただけなのだが…
「今はそんな事より、バラバンタだろ。集中集中。」
少し強引だったが、話を切って、街の東へと進む足を早める。
街の中は、閑散としていて、人の気配がまるで無い。
稀に俺達を追ってなのか、何人かの盗賊が近付いて来る事があったが、ハイネ、ピルテの五感に加えて、スラたんが周囲に展開させてくれているスライム達のお陰で、上手くやり過ごす事が出来ている。
それに、ハイネとピルテによると、俺達を追って来た連中が、暗がりで突然反応を消す事が多々あったらしい。まず間違いなくレンヤが動いてくれているはずだと伝えたら、レンヤの気配の無さに驚いていた。
戦闘ではなく、暗殺となれば、本当に一瞬で相手は命を奪われる。当然、一瞬で終わらせる腕が無ければ出来ない事だが…レンヤは、それが出来る上に、ハイネやピルテに位置を把握させない程の隠密術。
やはり本職は次元が違うのだろう。
ハイネやピルテも、魔法等を駆使して隠密する事を得意としているが、それ特化とは言えない。あくまでも得意というだけで、忍のように裏方に徹して戦うわけではない。どちらかというと色々な事が出来るオールラウンダーである。それ故に、隠密という点において、黒犬や忍のような者達には、どうしても負けてしまうのだろう。
ただ、今回のハイネとピルテの役割は、その他の連中の気配を探って、避けるというものだ。レンヤが居てくれる事で、二人の負担もかなり減って、随分と楽になった。
「もうすぐ東地区かしら?」
「そうだな…こっちは敷地の広い屋敷が多いみたいだし、ブードン-フヨルデの息が掛かった貴族連中が住んでいるんだろうな。」
「これだけの戦闘が起きているのに、建物への被害はほぼゼロだし、間違いないだろうね。」
俺達が見てきた地区は、どこも建物が崩れていたり、焦げていたりしたものだが、東地区は戦闘など起きていないかのような状態だ。
流石に人が出歩いたりはしていない様子だが、もしかしたら建物の中では未だに優雅な一時を過ごしている貴族連中も居るかもしれない。
もし、今回の件が、ブードンではなく、こちらの勝利として終わるとすれば、その貴族達も民衆によって吊し上げられて、断罪の対象となるだろう。
「一番大きな屋敷という話だったし、この辺りでは無さそうだな。」
周囲に立ち並ぶ屋敷は、どれも敷地も建物も他より大きいが、それぞれを比較すると、特別に大きな屋敷というのは見当たらない。
「もう少し奥に入ってみましょう。あの男が言った事が間違いではないなら、直ぐに見付かるはずよ。」
「ああ。」
俺達は、東地区に足を踏み入れて、出来る限り静かに進行する。
辺りは物音一つしておらず、変に静寂が流れている。時折聞こえてくる遠くで鳴る爆発音が、やけにハッキリ聞こえてしまう程だ。
「静かね…」
「ブードンの屋敷を本拠地にしているなら、この辺りにも兵が置かれていると思っていたが…」
「屋敷の周辺だけを守っているのかな?」
「有り得なくはない話ですね…私達が見たフージ-フヨルデ。ブードンの息子は、それはそれは酷い男でしたから。その父となれば…」
「そうね…自分の身さえ守れれば良いと考えている可能性は高いでしょうね。」
フージ-フヨルデは、出来の悪い息子だったから、ブードン-フヨルデが僻地へ移動させたと聞いていたが、そのように育ったという事は、本質的には親も似たような性格だと思う。
自分達に従う貴族達だとしても、それを守ってやろうと考える者ではないだろう。実際、俺達の手が奴に伸びそうになった時、自分だけで北に在る神殿に逃げ込んだ事からも、それが分かる。
「…あ。あれかしら?」
曲がり角を曲がった先。
ずっと続く長い直線の道の先に、一際大きな屋敷が一つ見える。俺達の居る場所は、屋敷からかなり離れているのに、他の建物よりずっと大きな事が分かるのだから、まず間違いないだろう。
「みたいですね。あの周辺に人が集まっています。」
俺達の視力では、豆粒みたいに見えるが、確かに屋敷の周辺には人混みが見えている。
予想通り、東西南北の出入口に千人ずつ人を配置していたならば、六千人近い者達が敷地内や付近に居る事になる。ただ、門以外の場所に全く誰も配置しないという事は無いだろうし、隠れている一般人を探す者達も居るとすれば、多くても五千人。少なければ二、三千人というところだろうか。
その中でも、見えているのは五百人程度。後は敷地内に居るのだろう。
「よし……場所と状況が少し分かったな。ここである程度作戦を立てるぞ。」
「はい。」
「まず、スラたんは後ろからの援護に徹してくれ。」
「なっ?!僕はまだっ!」
「ダメだ。」
「そうね。私もシンヤさんに賛成よ。
怪我は治ってきているかもしれないけれど、もう限界を超えているわ。」
「そんな事は!」
「スラタン様。」
「えっ?」
俺達の言葉に反論するスラたん。その後ろに忍び寄ったピルテが、スラたんの二の腕に手を当てる。
ギュッ!
「いたたたたたっ?!」
ピルテがスラたんの二の腕を掴むと、スラたんは痛みにビックリした顔をしてピルテを見る。
「痛かったですか?」
「痛いよっ?!」
当たり前じゃないかとでも言いたげなスラたん。しかし…
「何故ですか?」
「え?!そんな事されたら誰だって………」
やっと気が付いたようだ。
「私が軽く握っただけで痛む程、スラタン様は弱くありませんよね?」
「っ……」
俺達の持っている強化された傷薬は、あくまでも外傷を治すというものだ。
そこには、全身の疲労から来る痛みに対する効能は入っていない。
正確に言ってしまえば、筋肉痛や節々の痛みも、炎症等が原因だったりするのだが、全身の筋肉に傷薬を塗るなんて事は出来ないし、疲労を回復する事は出来ない。つまり、スラたんは、前衛を張れる状態ではないということだ。
ハイネが限界を超えているというのは少し盛って話をしているのだが、しっかりと前衛を張る体力が既に無いのは間違っていない。それは、俺も、ハイネも、ピルテも、そしてニルも気が付いていた。
そんな状態のスラたんを、ここに連れて来る事自体、避けたい事ではあったが…スラたん一人を残して出発しようとしても、スラたんは絶対に付いてくると聞かなかっただろうし、無理に置いて来たりしたら、無茶な事をするかもしれなかった。それならば、俺達の後衛として動いてくれている方が安心出来る。それに、前衛を張る体力は既に無いとしても、まだ完全に動けなくなったわけではないし、スラたんのスピードは一つの切り札にもなる。
ここまでの戦いを見ていた者達ならば、スラたんのスピードがいつ解放されるのか、常に気にしていなければならないし、居てくれるだけで牽制になるのだ。
「出来ることなら、あの子供達と一緒にテノルトに行ってもらいたかったくらいなのよ?」
「そんな事出来るわけないよ!」
「分かっているわ。スラタンがそういう性格だって事はね。だから、せめて後衛に回ってほしいと言っているのよ。」
「っ……」
「大丈夫ですよ!私とお母様も、結構強いんですから!」
ピルテは敢えて笑顔でスラたんに言う。
「……いざと言う時は迷わないからね?」
「ええ。頼りにしているわ。」
「……分かったよ。僕は後衛に徹する。」
「ありがとう。」
スラたんは、ハイネとピルテの言葉で、何とか納得してくれたようだ。
「ハイネ。ピルテ。俺達があの屋敷に近付くまで、上手く姿を隠す方法は有るか?」
俺達が向かう先に見えている屋敷までは、真っ直ぐに一本道。曲がり角から飛び出しただけで、目の良い者ならば直ぐに俺達を見付けられるだろう。
一本道の左右には、それぞれどこぞかの貴族の屋敷が在るのだが、敷地が広く、見通しが非常に良くなっている。建物に隠れながら進むのは難しい。
「残念だけれど、真昼間な上に、この広さだと、流石に無理ね。ある程度認識を阻害する事は出来ても、完全に消えられるわけじゃないから、直ぐに見付かってしまうわ。」
「そうか……そうなると、ここから何とかして屋敷まで突破するしかないか…」
流石のレンヤでも、この場所で見付からずに屋敷まで辿り着くなんて芸当は難しいだろうし、出来るとすれば、俺達が敵の目を引き付けている間だろう。
そうなると、ここはどうにか俺達で突破するしかない。
「魔法を撃ち込むにしても、この距離だと流石に難しい。魔法は準備しておくとしても、どうにかして近付かないとな。」
「相手の手の内が分からないから、何をしてくるのか予想出来ないね…」
ブードン-フヨルデの屋敷は、屋敷と言うよりは一種の城のようなデカさだ。洋風の城と言われて頭に浮かんでくる城と言えば、サイズ感が他とは違う事が分かるだろう。
屋敷の周りには二メートル程の大きな石壁。恐らくだが、ナナシノの手が入っているだろうし、壁を破壊する事は出来ないだろう。そして、まず間違いなく、城を守るように防御魔法が展開されているだろう。
トラップも当然多数有るはずだ。
レンヤならば、トラップ如きに引っ掛かる事は無いだろうが、スラたんの強引なトラップ解除も出来ないし、俺達は気を付けて移動しなければならない。
そう考えると、じっくりと相手の数を減らしつつ攻め込むしかなくなるのだが、テンペストに入っているプレイヤーの数や、他の強者の数が分からない以上、じっくりやっていては後手後手に回り、八方塞がりになってしまう可能性が高い。
そうなる前に、ある程度の進行と、強者の排除。これは絶対条件だと言えるだろう。
「魔法は、最初にデカいのを一度放って、数を減らす事が出来れば良いが…」
「そうですね…恐らく、そう簡単にはいかないかと…」
「ニルもそう思うか…」
「相手には渡人が居るはずですし、そうでなくてもここには精鋭が揃っているはずです。ここまで使われていなかった防御系統の魔法も、躊躇う事無く使ってくるはずです。ここが最後の砦となっているわけですし…」
ここで俺達が突撃して、相手が俺達の殺害を失敗した場合、最早逃げる事もままならない。
最初は、二万人近い者達が居たのに、あれよあれよという間に半数にまで減ってしまい、街に流れ込んだは良いが、外壁は簡単に突破されてしまい、ここまでの侵入を許してしまった。
ここで敗走する事になり、逃げ出したとしても、街の周りには生き残った連中が恨みを募らせて身を潜めている。そこに盗賊らしき者が現れたら…まあ袋叩きでは済まないはずだ。
つまり、相手は、ここで負けるという事が、そのまま死に繋がるという事になる。当然、戦闘では死ななくても、後々断罪される事になれば、死は免れない。
ナナシノというテンペストにおける右腕たる存在が、何故、あんな場所で囮のように本隊から離れていたのか。その理由は間違いなくここにある。
もし、負けた時…という考えを元に成り行きを想像した場合、街の中へ流れ込んでしまうと、逃げられなくなるのだ。周囲の者達には、包囲網を敷いているという自覚が無いとしても、実質的にはそれに近い状態になっている。無理矢理街を取ったとしても、逃げ道を確保出来ないならば、それは墓に同じ。それが分かっていたから、ナナシノは俺達との戦闘後、負けたとしてもそのまま逃げられる位置に自ら残ったのだろう。
結局、ドリュアスの魔法のお陰で、逃げられる事はなかったが…
「どいつもこいつも…自分の為だけに動いている奴らばかりだな…」
「ナナシノの事ですか?」
「ああ…あいつがこの先に居る連中に、街に入れば取り囲まれてしまい、逃げる事が出来なくなると伝えていれば、少なくとも、こいつらが強引に街に入る事はなかったはずだ。
同情はしないが、私利私欲によって互いを振り回し続ける関係は、見ている方も気分が良いものじゃないからな。」
結局、ナナシノがあの場に行くことを許可したのは、テンペストの長であるバラバンタだ。
それを許可したのは、ナナシノを信頼しているからという事も無くはないだろうが、得られる報酬を独り占めしたいから…なんて事も関係しているのだろうと思う。ナナシノとナナシノに従ったプレイヤー達が死んで、自分が俺達を殺す事が出来れば、自分一人が必要な物を独占出来る。
それは、ナナシノも同じで、あの時、俺達が負けていれば、ナナシノは報酬全てを独り占め出来ていた。二十人近い仲間も居たが、ナナシノが素直に報酬を分けるという事はしなかっただろう。それはバラバンタも同じだ。
自分が勝てると思いバラバンタから離れたナナシノと、それに付き従ったプレイヤー達では勝てないだろうと考え、その後、必ず俺達が街に来ると判断し、ナナシノを送り出したバラバンタ。どちらも自分の利益を優先したが故に起きた事だろう。
「人というのは、醜く在ろうと思えば、醜くなるものですからね…
空腹の時、目の前に出された食事を、分けようと思える人というのは、そう多くはありません。」
ニルはそう言って自分の首に付いている枷に触れる。
「そう…だな。」
「ですが、だからこそ、今私達には最高の好機が訪れています。」
「…ああ。」
相手がわざわざ自滅するような策を取ってくれたお陰で、ナナシノと、バラバンタや残った他のプレイヤーを同時に相手する必要が無くなった。それは、俺達にとって嬉しい事だ。
言ったように、俺は人から奪い取る事しか考えられない連中に同情などしない。
「ふー……」
俺は大きく息を吐き出す。
搦手搦手で数を減らして来たが、ここではそれが出来ない。
出来たとしても、アイテムを使った戦闘中の一手くらいだ。
ニルが言ったように、相手はここを落とされてしまえば後が無い。防御魔法もしっかりと使って戦うはずだから、魔法による攻撃も無効化される可能性が非常に高い。
要するに……
正面切っての打ち合いになるという事だ。
正確に言えば、相手は数の差を有用に使う為、近付けさせないように、遠距離から攻撃を仕掛け続けて来るだろうが、俺達はそれらを掻い潜り、トラップも排除し、懐に入り込み、近接戦闘を強制する。俺達の勝ち筋はそこにしかない。相手も、近接戦闘になれば、それなりに動いてくるだろうが、刃の届く位置で戦う以外に、勝てる見込みは無い。特に、魔法の撃ち合いになんてなれば、いくら魔力回復薬が有ったとしても、数の前にはほぼ無意味。それだけは避けなければならない。
そして、現状で考えると、俺達の中でそれが出来るのは、俺とニルだけだ。
「ニル。」
「はい。」
「ここからの戦闘に、全てを。」
「はい。」
「ギリギリの戦いになる。死ぬかもしれない。それでも、一緒に戦ってくれるか?」
「私の全ては、あの日あの時より、ご主人様のものです。
ご主人様が死地に向かうとしても、ずっとお傍に。」
俺の言葉に、ニルは一切の迷い無く返答してくれる。
いつもいつも、死を覚悟して戦ってばかりだ。
この世界に俺を呼んだ存在が居て、今も俺達の運命を掌の上で転がしているというのならば、たまには、俺にもニルにも、優しくして欲しいものだ。
シュッ!
ニルが髪を簪で結い直し、盾と小太刀を握り締める。
「ハイネ。ピルテ。」
「ええ。」
「はい。」
「俺とニルで相手の壁をぶち破る。防御とトラップを頼む。」
「分かったわ。」
「お任せ下さい。」
俺の言葉に、ハイネもピルテも素直に頷いてくれる。
突撃の前に、まずは、その場で魔法陣を描いていく。
例え相手に防がれると分かっていても、魔法を放てば、相手は対処せねばならなくなり、何人かの手を煩わせる事が出来る。
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