第544話 レンヤ
「な…なんなんだこいつらは…」
「さ、下がれ!下が…ぐあぁっ!」
多少の傷を付けられようと、全く怯まず、自分達を殺す事しか考えていない五百人の集団。そんなものが目の前から怒涛の勢いで訪れたら、俺だって逃げる。
「オ゛ラ゛ァァァァァ!!!」
「ひぃっ!」
ザシュッ!!
「死ねやぁぁ!!」
ガシュッ!!
「ぎゃぁぁっ!」
戦いを知らない農夫達とは違い、自分達を確実に殺してくる相手ばかりだ。盗賊連中には、悪魔のように見える事だろう。
怒りをぶつける五百人は、それでも目的を見失う事は無く、真っ直ぐに南門を通過する。
俺達も、しっかりと同行して壁を通過する。
予想より遥かに早く、そして被害も少なく壁を突破してしまった。
最初はあまりにも簡単に通り抜けられたから、誘引されたのかとも思ったが、そんな事も無さそうだ。
「シンヤさん。ドンナテさん。」
「っ?!」
壁を抜けたところで、突然横から声を掛けられて、ちょっとビックリしてしまった。ドンナテもビクッとしていたから同じだったらしい。
横を見ると、そこにはレンヤ。いつの間に…
「レンヤ。助かったよ。」
「いえ。我々が受けた恩に比べてしまえば、この程度の事は恩返しにすらなりません。」
「いや。本当に助かったよ。」
「いえ………それより、人質の事ですが。」
「ああ。そうだな。場所は分かるのか?」
「はい。人質は三箇所に集められており、全て場所を把握しております。」
「おお…」
「本当に優秀だね…」
レンヤではなく出木杉君とでも呼んだ方が良いだろうか…?
元々、こういう場所での裏方の活動が忍の真骨頂。面目躍如と言ったところだ。
「案内をさせます。」
「救出部隊の人達に伝えるよ。」
レンヤが目配せをすると、レンヤの部下が何も言われずとも即座に動き出す。本気で訓練された者達の動きというのは、こういう動きの事を言うのだろう。
「それと…」
レンヤが話を区切ってから言葉を続ける。
「相手の頭らしき人物の居場所についても、こちらで調べておきました。」
「出木杉君?!」
「でき…?」
「あ、いや。すまん。」
声に出てしまった。
「ほ、本当に優秀な人達なのね…?」
「凄いですね…」
「忍だー…」
ハイネ、ピルテ、スラたんは驚愕しているようだ。スラたんは少し違う部分に感動しているみたいだが。
「しかし…どうやって調べたんだ?」
「コハルの…力を利用しました。」
コハルの力…というのは、魔眼の事だろう。
他者が、自分の記憶に干渉するというのは、干渉される側からするとかなり怖い。信じている自分の記憶が、信じられなくなるかもしれないと考えれば、誰だって怖いだろう。
自分が信じている記憶が、実は誰かに植え付けられたもので、本当はそんな記憶など無い…なんて恐ろしく感じないはずがない。
実際には、想操眼は、そこまで使い勝手の良い魔眼ではなく、色々と条件が必要だったりするのだが、魔眼を持っている者自体が非常に少なく、その条件等について知っている者は更に少ないのだから、簡単に他人の記憶を改竄出来てしまう…なんて言われて、それに近いような体験をしてしまったならば、言う事を聞かざるを得ないだろう。
それでも口を割らなかったとしても、もう話は聞いた。その記憶は消した…なんて言われたら、もう何が本当で何が嘘なのか、信じられるものが無くなり、混乱に陥ってしまう。
混乱が起きている相手から情報を聞き出すのは、レンヤ達にとってはそれ程難しい事ではないだろう。コハルは、性格上えげつない使い方はしてこなかったみたいだが、そうしようと思えば出来てしまう魔眼なのだ。そこに、情けや容赦を挟んだりしないレンヤ達忍の考えが加われば、情報収集には困らないだろう。
レンヤ達とコハルが手を組む事で、情報収集はかなり捗る。それを見越して、鬼皇であるアマチは、コハルを大陸に送り込んだのだろうが…まさかこんな形で俺達にも恩恵が有るとは思っていなかった。
「魔眼の事はなるべく隠すようにという事だったので、コハルと捕らえた者は別の場所に。」
「分かった。案内を頼めるか?」
「はっ。」
完全に忍モードのレンヤは、ハッキリと返事をした後、即座に行動を開始してくれる。
「ドンナテ!」
俺がドンナテに声を掛けると、救出部隊に指示を出していた中、こちらを向いて、俺達がここから別行動を取る事を把握し、大きく頷いてくれる。人質の事や、この辺りの戦闘に関しては、イーグルクロウに任せておけば大丈夫だろう。
中にまで到達した者達は、外から入って来る盗賊連中と、中で待機していた盗賊連中を次々と斬り伏せている。
この街の地理に詳しく、周囲の環境を利用して戦う冒険者。訓練された衛兵。そして、実力こそが全ての傭兵。彼等が一丸となって、盗賊という一つの敵を討伐する為に動いている。これは実に恐ろしい光景だ。
本来、冒険者、衛兵、傭兵というのは、似て非なるものであり、相容れない存在であったりする。
衛兵というのは、街の中で取締を担っていたり、街の門番も行っていたり、言ってみれば警察のような者達である。それ故に、私兵と呼ばれるような、どこかの家に忠誠を誓うという事はなく、一般人が一番頼りにしている者達である。
これに対して、傭兵というのは、金で雇われた兵士達の事であり、実力の高い者達が多く、別の街から引っ張られたという例が多い。ただ、傭兵とは言っても、長く雇われている場合は、その街で家族を持つ事が多く、傭兵から正規の衛兵になる事も珍しくはない。元の世界の社会で言えば、正社員と契約社員のような違いと言えば分かり易いだろうか。
これに対して、冒険者というのは、何でも屋的な感覚に近いだろう。街の人達が困った事に対してトラブルバスターとして働く者達である。この世界での困り事といえば大抵はモンスター関連。故に、モンスターに対するプロというイメージが強いが、依頼全てがモンスターに関することではなく、失せ物探しや採取、本当に何でもやる連中というイメージが強い。正社員、契約社員と来たら、冒険者はアルバイトと言ったところだろうか。
冒険者の場合は、ランクによって大きく待遇や世間の目が変わる為、アルバイトとは少し違うし、自営業と言った方が近いかもしれないが、とにかく、この三つは似ているようでなかなか相容れない関係性にある。
衛兵の者達は、金の為ならば何でもする冒険者。金の為に街を捨てた傭兵達。なんて見方をしていたりするし、冒険者は高飛車でいけ好かない奴等…なんて目で衛兵を見ている事が多かったりする。
互いに俺達の方が!という感情をどこかに持っていて、冷めた目で見合っている事が多いのだ。実際には、それぞれにはそれぞれの役割があって、その役割を果たしているからこそ、街が上手く回ってくれるのだが…それを本人達も分かった上で、受け入れられないという感じなのだろう。
それは、恐らくこのジャノヤでも同じ事だったと思う。本来であれば、この三者は、それぞれ距離を取って、それぞれの役割を果たしていたはずだ。
しかし、ここに来て盗賊という共通の敵が現れた。
基本的には相容れない者達ではあるが、この地に根付いた以上、盗賊達が許せないのは皆同じなのだ。
雇われたばかりの傭兵や、この地への縁が浅い冒険者達は、さっさと逃げてしまっただろうとは思うが、そうではない者達は、盗賊達を敵として定め、相容れない者達でも、敵を討ち滅ぼす為ならば手を取り合う事を許容する。
盗賊達は、そんな事は関係無しに、全ての者達を蹂躙しようと思っていたのだろうが、そうはいかない。
衛兵が連携力で押し、傭兵が腕っ節で押し、冒険者が搦手で押す。一見するとそれぞれはバラバラの動きをしているように感じる。いや、実際に見事な連携が出来ているかと問われれば、そうではない。だが、それぞれの目的が一つである以上、それぞれの行動がいくらバラバラであっても、必ず噛み合う。
盗賊達は、自分達よりも数で劣るはずの者達に対して、完全に手玉に取られ翻弄されている。
愉快痛快とはこの事だ。
全体の指揮を執りながら、自分達も戦うイーグルクロウから、俺は視線を外し、街の中へと駆け出した。
戦闘はここから激化していくだろう。剣戟の音と、気合いを入れる叫び声から、それを感じている。当たり前だと言いたげに、イーグルクロウは参戦を申し出でくれたが、考えずとも分かるように、この戦闘は実に分が悪い。
人数もそうだが、状況や、人質の事、それに加えてプレイヤーの存在。
死んでしまう可能性が高いというのに、笑って助力を申し出てくれる人なんて普通は居ない。それでも、イーグルクロウの五人ならば、経験も豊富だし、何とか切り抜けてくれるだろうと思って頼んだが、想像以上の戦果が既に出ている。何せ、こちらの被害はほぼゼロに近いのに、相手は秒単位で被害を出し続けているのだ。
これまでの事、そして今回の戦闘での事。それらの報いを、今、盗賊達は受けているのだ。ざまあみろと言わずして何と言おうか。
「こちらです。」
ザシュッ!ザシュッ!
「「ぐあっ!」」
俺達が部隊から離れると、近くに居た数人が、それを見て襲い掛かって来るが、レンヤが事も無げに斬り捨てる。雑魚など眼中に無いとでも言い出しそうだ。
結局、部隊から離れて、身を隠し、コハルの待っている場所に辿り着くまで、俺達が武器を振る事は一度も無かった。
「ここです。」
レンヤが案内してくれたのは、何の特別な物も無い普通の民家。
「こういう時は、変に隠れたりしない方が見付かり難いのです。」
こんな場所で本当に大丈夫なのか?と心配になる場所だったが、レンヤが言うには、隠れている者達を探そうとする時、隠れられそうな場所を探す。それ故に、目に付く場所はあまり探さないという事らしい。
他にも、身を隠すとなった時には、色々と条件が有るのだろうが、その手のプロが言うのだから、間違いなくここは安全なのだろう。
俺達はレンヤの案内に従って、民家の中へと入る。
火事場…ではないが、こんな時に他人の家に入るのは、少し気が引けたが、街を取り返す為となれば、家の主も許してくれるだろう。
家の中へと入ると、これぞ一般家庭と言った普通の家。まあ一般の人が住む家なのだから当たり前なのだが…
家の中の造りは、玄関から入ると直ぐに広間となっているような造りで、色々な調度品が置いてある。家主は慌てて飛び出したのか、いくつか物が落ちていて、その時の焦りが伝わって来る。
そんな広間の右奥に見えている木製の扉に、レンヤが迷い無く歩き寄る。一切の物音がしておらず、本当に誰かが居るのか?と思ってしまう程だ。
「コハル。」
「はい。」
ガチャッ…
外から小さな声で、レンヤがコハルを呼ぶと、奥から返事が聞こえてから、扉が開く。
レンヤ達以外の誰かが来る事も考えて、静かにしていたらしい。合言葉は『コハル』か。レンヤ達は少し前に到着したばかりだし、コハルの名を相手が知っているはずもないから、彼女の名を呼ぶのは知り合いだけ。単純にして明快な合言葉だ。
扉を開けて中に入ると、窓が一つだけ奥に取り付けられた部屋で、物置に使用されている部屋らしく、木箱やら何かが入った袋などが雑多に置かれている。
そして、その部屋の中央に、椅子に縛り付けられた盗賊の男が一人座っている。捕らえられている男は、外から差し込む光が自分の足に当たっているのをボーッと眺めている。
「お久しぶりです。」
コハルが深々と俺に向かって頭を下げる。
「それ程久しぶりでもないけど…元気にしていたみたいだな。」
「はい。お陰様で元気にやらせてもらっています。」
コハルは遊郭に居た遊女。喋り方も独特な訛りのようなものがあったのだが、それが随分と薄れている。こちらの生活に慣れる為、随分と努力しているのだというのが直ぐに分かった。
「こいつは大丈夫なのか?」
ボーッとしている男を見ると、話が出来る状態には見えない。
「騒がれるといけませんので、半分意識が無い状態にしてあります。」
「そんな事も出来るのか?」
「あれから色々と試してみておりまして、その成果ですね。
「分かった。それで…早速で悪いんだが、レンヤの話では色々と情報が掴めたと…」
「はい。」
コハルが一度瞼を閉じ、ゆっくりと開くと四角の模様が浮かぶ水色の瞳が現れる。
「おぉ…」
スラたんは、紋章眼を見るのは初めてらしく、かなり驚いていたが、ハイネ、ピルテはあまり驚いていない。恐らく、他の種族と比較すると、魔族には魔眼持ちが多いのだろう。
コハルはそのままボーッとしている男の前に行くと、指先で男の頭を上へと向かせ、その目に瞳を向ける。
「う……あ……」
男が、コハルの瞳を見入ると、突然カクンと全身の力が抜ける。
それと同時に、コハルの意識も遠のいているように見える。ただ、コハルの方は、完全に意識が失われたわけではないらしく、ボーッとしているような状態だ。
想操眼を他者に使う所を見るのは初めてだが、こんな感じだったのか…
遊郭でコハルに使ってもらったが、完全に意識を飛ばしている状態となると、今更ながら、命が有って良かったと思う。
コハルが人を殺すような悪逆非道の女ならば、あの時点で俺は死んでいたかもしれない。まあ、そんな人間ならば、あのエロジジイ…もとい、ムソウが俺を紹介したりはしなかっただろうが。
「う…ああ…あがぁっ!」
少しすると、意識を失った男が、叫びながら覚醒し、目の前に立っていたコハルも、意識をしっかりと取り戻す。
「はあ!はあ!も、もうやめてくれ!頼む!何でも言う事を聞くから!頼む!」
一体…何をしたらこんな事になるのか…
大の男が、コハルのような華奢でか弱い女性に対して、半泣き状態で恐怖している。
コハルの想像したものを体験するとなると、コハルの脳内によって作り出された世界が、全て自分の身に降り注ぐ事になる。
コハルの元の性格ならば、それ程酷い世界にはならないかもしれないが…今はレンヤ達も居るし、彼女は鬼人族の為に、その身を費やすと誓いを立てた。綺麗な世界だけで生きて行く事を、自分から捨て去り、やれる事をやろうとしているのだろう。
少し残念な気もしてしまうが…恐らく、それは、レンヤ達がコハルに強制したのではなく、コハル自身が選んだのだと思う。
だとすれば、俺達がそんな事はするなとは言えないだろう。
「コハルは休んでいろ。」
「は…はい……」
それでも、やはりキツいものはキツい。人としてえげつない事というのは、やる方にもそれなりの反動が有るものだし、コハルは慣れていないのだから、より精神的にキツいのだろう。
素直にレンヤの言葉に従っている。だがしかし、弱音を吐いたりはしない。それが自分への罰だと思っているのか…
「お前達の頭の名前は何だ?」
レンヤが、コハルを休ませた後、直ぐに質問を投げかける。
「バ、バラバンタ様だ!」
それに対して、少しどもりながらも、男が答える。
「居場所は?」
「この街の領主のブードン-フヨルデ!そいつの屋敷だ!」
「それは何処に在る?」
「街の東側だ!その辺じゃ一番デカい屋敷だから見れば直ぐに分かる!」
嘘は吐いていない様子だ。とことん恐怖し、完全に心が折れている。とにかく、これ以上の苦痛を味わいたくないというところだろう。
見たところ、この男はそれなりに良い装備をしているみたいだし、テンペストの中でも、上位とまではいかずとも、それなりの地位に居る人物のはずだ。バラバンタの居場所を知っているという事からもそれが分かる。
テンペストの連中は、バラバンタに対してかなりの恐怖心を持っていて、簡単には口を割ったりしないだろうと思っていたのだが…ここまで従順になってペラペラ喋るようになるとは…
レンヤが俺の方をチラリと見る。
殆どの情報を聞き出したが、他にも聞きたい事が有れば聞いてくれという事だろう。
「パペットの頭であるマイナ。そいつの居場所は?」
「い、一緒に居るはずだ!詳しい事は俺も分からない!本当だ!信じてくれ!」
今にも泣き出しそうな顔をして見上げてくる男。嘘は言っていないだろう。
「バラバンタの容姿は?」
「知らない!本当だ!バラバンタ様の顔を知っているのはテンペストの中でも限られた人間だけだ!嘘じゃない!」
そう簡単に総大将には辿り着けないか…
だが、居場所さえ分かれば、後はそこに行けば良いだけ。
「兵の配置や数については?」
「し、知らない!俺の部隊は壁の直ぐ内側に配置された!それだけしか知らないんだ!」
出来る事ならば、屋敷に配置されている人数や内容を知りたかったが…
「嘘じゃないだろうな?」
レンヤが冷めた目で男を見下ろす。
「嘘じゃない!本当だ!何でも話す!だからもうやめてくれ!」
俺はレンヤに向けて頷く。
知りたい事全てが知れたわけではなかったが、これだけ分かれば十分だろう。
ガッ!!
「ぐっ!」
レンヤが男の顔面を殴り飛ばすと、男の体から力が抜けて頭をダラリと下げる。
「ここで殺しては家の主に迷惑を掛けますので、後はこちらで処理しておきます。」
家主の事まで考えていたとは…流石出木杉君だぜ…
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