第543話 突破
「最後にもう一度、力を貸してくれ……いや、力を合わせて、連中の首を落とすぞ。」
「お任せ下さい!」
「はい!」
「ええ!」
「やってやろう!」
四人は、俺の言葉に大きく頷いてくれる。
俺達が家を出てから暫く後、ザックリと二分された部隊が作られ、それぞれの指揮をケビンとイーグルクロウが執る。
俺達はイーグルクロウが受け持つ部隊の後衛、その更に後ろに居る事になる為、必然的にイーグルクロウと同じ位置に配置される。
「シンヤさん。」
ケビンが北門に向かって、イーグルクロウの部隊は南に向かって進行を開始し、少しした所でターナが俺に近寄って来る。
「どうした?」
「私のお姉ちゃ…姉が色々と無茶な事を言ったみたいで、本当にごめんなさい。」
「あー…いや、あれは結局俺達が自主的に受けた依頼だから、無茶を言ったわけじゃないぞ。だから気にしなくて良い。」
無茶な事というのは、レンジビの街で起きていた奇妙な事件の事だ。犯人は横に居るハイネとピルテ。一度断った依頼を後に受ける事にして、ハイネとピルテに出会ったのだ。
「そうだったのですか?」
「ああ。だから気にするな。
それより、あれからそっちはどうなったんだ?」
アーテン婆さんが亡くなってしまい、そのまま飛び出すように出てきてしまったから、ずっと気になっていたのだ。
「んー…少しの間は、やっぱり辛かったですね…特にペトロは…」
アーテン婆さんの事で、一番取り乱していたのはペトロだった。気持ちに折り合いを付けると言っても、簡単に割り切れるものではないし、ペトロは辛い時間を過ごしたに違いない。
どうやら、ある程度の折り合いを付けられて、今では前と変わらず明るいペトロになっているが…当初はかなり落ち込んだのではないだろうか。
いつか必ず、別れというのは訪れるものだ。冒険者をやっていれば、別れを体験する機会なんて沢山有るだろう。それが親しい友人だとしても、死ぬ時は死ぬ。死因が何にしても、生きている以上、死ぬ時は必ず来る。悲しい事ではあるが、仕方の無い事でもある。
「そうか…」
「でも、私達もそういう経験は初めてじゃないですから。慣れているとは言えませんが、乗り越え方は知っています。」
「…強いな。」
「はい!女は強いんです!」
そう言って、笑いながら腕をグッと曲げるターナ。
この問題に女も男も関係無い事は分かっている。明るく振る舞う事で、大丈夫だと伝えたいのだろう。
イーグルクロウの五人は、ペトロも含めて、こういう他人の感情の動きに対して適切に反応出来るから好感が持てるのだろう。簡単な事のように感じるかもしれないが、Aランク以上の冒険者となると、自分の強さに誇りを持っている者達が多く、人当たりの良い者というのが非常に少ない。その点、イーグルクロウは、街の人達にも信頼されていたし、非常に優良なパーティと言えるだろう。男女混合のパーティで、パーティ内のいざこざも無く、それぞれが非常に良い関係を保っているだけでも、かなり稀有だったりするのだ。大抵は男女間で……いや、この話は今考える事ではないか。
「頼もしい限りだな。」
「はい!」
ターナが笑った時の顔は、姉であるラルベルによく似ている。
俺達の配属されている部隊は、南門…正確に言うと俺達が破壊してしまったから門は無いのだが、街の南側へと向かって進行している。
俺達はジャノヤへ南から入った事が有るし、周辺の地理に関しては問題無い。ただ、マイナやバラバンタ達が何処に陣取っているのかは、現状では分かっていない。これに関しては、レンヤ達が調べてくれているとは思うが、派手に動き回れないし、レンヤ達は狙うべき頭の容姿も知らない。それっぽい場所の特定くらいは可能だろうが、最終的には俺達が直接確かめなければならないだろう。
「レンヤ達とはどうやって連携を取るつもりなんだ?」
世間話はここまでにして、俺はこれから起こるであろう戦闘の話を始める。
「それについては、僕の方から説明するよ。」
ドンナテが俺の話を聞いて、近寄って来る。
「まず、僕達が向かっているのは南門なんだけど、話では南門は破壊されているんだよね?」
「ああ。俺達が破壊したから間違いない。」
「そうなると、短時間で門を修復するのは不可能だから、補強したとしても土魔法とかで塞いでいるはず。他の門も、盗賊達が侵入する際に攻撃を仕掛けているはずだから、似たような状況だと思う。
土魔法で固められているとなると、普通に門を開けば入れるって簡単な話じゃなくなるけど、防衛の為に建てられている外壁よりはずっと弱いから、破壊して突入するのが一番理想的な形だね。」
壁を乗り越えたりするとなると、狙い撃ちされる可能性が高いし、五百人が乗り越えるとなると、かなりの時間が必要になってしまう。そう考えると、乗り越えるよりも破壊しての突破が理想的だ。
「ただ、これについてはそれ程心配しなくて良いと思う。こちらにも魔法使いは居るし、即席で作った石壁なら、簡単に魔法で破壊出来ると思う。
ただ、相手側もその事は分かっているから、まずは門に近付けないようにしようとするはず。相手の数の方が圧倒的に多いわけだし、壁の外にも人員を配置して、まずは外壁前での戦闘が起きるはずだよ。」
「門に俺達を近付けさせる事に、メリットなんて無いからな。」
「うん。ただ、相手もこれだけ大きな街を守るとなると、兵は広く薄く伸ばさなくてはならないし、最終的に本拠地さえ守れば良いとなると、外壁の外に出てくる数はそんなに多くはないだろうと思うんだ。」
「なるほど…」
盗賊達にとっては、ジャノヤの街自体を守る必要など無いし、街に侵入される事に対して、それ程必死になって止めるような事ではないと考えている可能性が高い。これから強奪を行おうとしている街が壊れようと、彼等にとっては何の痛手にもならないのだから。
ただ、外壁で止められるならば止めたいという程度の話だろう。
「居ても千人…もしかすると、それよりも少ないかもしれないね。」
現状で、相手の数が約一万人だとして、東西南北に千人ずつ。中に六千人。まあこれは妥当な予想だろう。
「それでも、こっちの倍は居るぞ?」
「そこで中に居るはずのレンヤ達の出番さ。
一番厄介なのは壁上からの撃ち下ろし。これについては、防御魔法を展開しながらの力押しでも何とか行けなくはないと思う。でも、そんな事をしてしまえば、ただでさえ少ない人数がもっと減ってしまう。だから、それをレンヤ達にどうにかしてもらおうと思っているんだ。」
「どうにかって…地上に居る連中よりはずっと少ないが、それでもかなりの数だぞ?」
「それは分かっているよ。でも、レンヤが任せてくれってさ。」
「おぅ…」
敵の状況もわかっていないのに、出来ると言い切るとは……レンヤのイケメンっぷりが凄いな…
まあ、レンヤ達ならばどうにか出来なくはないか…
「上手く上を抑えてもらった後は、逆にレンヤ達が上からの攻撃をしてくれる予定になっているんだ。」
「それなら、合図も何も無いわな。」
「そこまで上手く事が運べるかは分からないけれど、壁上に居る連中の攻撃をどうにか出来てしまえば、縦長の陣形で力押しするのは、それ程難しい事じゃないと思う。
ここに居るのは盗賊達と日頃から刃を合わせて勝ってきた連中ばかりだからね。
戦闘開始場所については、道中で合図を送る事になっているから、レンヤ達がそれを確認して、先に待機してくれているはずだよ。」
冒険者、衛兵、傭兵。こう言った者達と盗賊との間には、いつも火花が散っている。モンスター同様に、盗賊も人々に害をなす存在なのだから、討伐依頼だって出るし、誰かが襲われたならば、兵士達の出番だ。
ある程度の事は見て見ぬ振りをする事も有るとは思うが、一般人に被害が出た場合、兵士達は動かざるを得ない。そうして戦闘になる事だって多々有ったはずだ。
言ってしまえば、ここに居る者達は、盗賊討伐のスペシャリストみたいなもので、盗賊を討伐した事の無い者はほぼ居ないだろう。
盗賊の戦い方も熟知していて、その対処法も知っている。そんな者達の集まりなのだから、突破する事だけを考えるならば、それ程難しい事ではないと言いたいのだろう。中には、そういった経験もなく、ただ守りたいものの為に戦おうと集まった者達も居るのだが、陣形の外周に戦い慣れた者達を配置する事で、無駄な死人は出さなくて済む。
「門の破壊は俺達がやろうか?」
「それも大丈夫。ターナを中心に、魔法が使える者達で一気に破壊するつもりだからね。」
「俺達はただただ大人しく付いてこいって事だな。」
「そういう事。頼りないかもしれないけど、僕達もSランク冒険者だから、こういう時くらい頼ってよ。」
「頼りないなんて思っていないさ。それじゃあ…お言葉に甘えさせてもらうよ。」
俺達が戦闘に参加した方が良いと判断した場合は、即座に戦闘に参加するつもりではいるが、ドンナテがここまで言ってくれたのだから、素直にその言葉に甘えよう。
そうして、俺達は五百人と共にジャノヤの南門を目指して歩いた。
この数がゾロゾロ歩いているところを見られると警戒されてしまう為、しっかりと回り込むように移動した為、少し時間は掛かってしまったが、何とか南門付近まで何事もなく進行出来た。
「確かに…門は完全に無くなっているな。」
セイドルが、まだ距離のある門前を見て呟く。
五百人が門に近付くとなると、隠れて慎重にというのは無理だ。いくら身を隠そうとしても、今隠れている綿花畑を出て行けば、確実に見付かってしまう。どうせ見付かってしまうのであれば、一気に突撃する方が良い。強襲だ。
壁上には弓を持った連中と魔法使いらしい連中。更にはバリスタ。またしてもこの場所から突撃を仕掛ける事になるとは…
壁の前と上には、合わせてざっと五百人。見えない位置に待機している者達や、壁の内側で待機している者達の数を考えると、大体予想通り、千人程度だろう。
敵の援護が入る事になれば、更に数が増えるだろうが、その前に突破してしまえば問題は無い。
レンヤ達への合図は、少し前にドンナテが送っていた。
オウカ島でも使われていた着色された煙を発生させるアイテムだ。レンヤ達から貰っていたのだろう。
俺達の位置からでは、レンヤ達の姿は全く見えないが、優秀な彼等の事だから、戦闘が始まれば、行動を開始してくれるはずだ。
綿花畑の先頭に立っている者達が、自分達の武器を持つ手に力を込める。
「……突っ込めぇぇぇ!!」
セイドルが怒声に近い叫び声を上げると、先頭に居た集団が走り出す。
「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
ドドドドドドドドッ!!
五百人もの人間が、武器や防具を身に付けて一斉に走り出すとなれば、地鳴りに近いような振動と音が生じる。
一番後ろに控えている俺達も、それを感じて、戦闘が始まった事が伝わってくる。
「敵襲!敵襲!」
カンカンカンカンッ!
壁上に居た者達の内の一人が、小さな鐘のような物を打ち鳴らして、敵の攻撃だと下の者達に知らせる。
その音を聞かなくても、下の連中は敵襲だと気が付いて、既にこちらへと武器を向けている。
「魔法!放てぇ!」
ドンナテの指示によって、ターナを中心とした魔法部隊が手元から魔法を放つ。
使ったのは風魔法と土魔法だ。
風魔法は、中級風魔法、ウィンドエクスプロージョンと上級風魔法大風刃。ウィンドエクスプロージョンについては、物凄い風圧を与えるだけの魔法だが、大風刃と同様に、指向性を持った魔法である。
それ故に、ウィンドエクスプロージョン自体に殺傷力が無くても、土魔法を運ぶ風として使っているようだ。この場合、大風刃が遠くまで届くように、風の道を作るという意味も含まれているかもしれない。
風に乗せるように発射された土魔法の数々は、全部で三種。
中級土魔法のロックアローとロックスキュア。そして上級土魔法の岩槍だ。
ロックスキュアは、岩槍の下位互換…とも言えなくもない魔法で、数本の尖った石の杭が飛んで行く魔法だ。岩槍程の大きさは無いが、当たれば体はぐちゃぐちゃに潰れてしまうだろう。
本来であれば、土魔法というのは、その質量が故に、飛距離が短く、遠距離攻撃としては向いていない魔法なのだが、風魔法を組み合わせる事によって、無理矢理飛距離を伸ばしているらしい。
当然、風に乗って飛ばされた土魔法というのは、勢いと質量が掛け合わさり、非常に破壊力の高い魔法となっている。
風に乗って飛ばされて来た岩槍の前に立つのは、俺でも怖い。
ザザザザッ!ガガガガガガガカッ!
「「「「きゃあああぁぁぁぁっ!」」」」
最初に到達したのは、大風刃とロックアロー。
風の刃によって切り裂かれ、降ってくる石の矢に刺される。実に痛そうだ。
盾兵がある程度の攻撃を弾いてくれてはいるし、防御魔法が付与されている者達も多く、被害で言えばそれ程大きくはないのだが、こちらの攻撃魔法はまだ終わっていない。
バキィン!グシャッ!
ロックスキュアが飛んで来ると、防御魔法を弾き飛ばして、敵の顔面を押し潰す。悲鳴さえ上げる暇が無かったらしい。
ズガンッ!ズガンッ!ズガンッ!
「よ、避けろ!潰されるぞ!」
「ひぃっ!」
質量の大きな土魔法が、次々と降ってくる地獄。盾兵にも流石に止められない。
ズガンッズガァン!ガラガラガラッ…
そして、ターナと数人の放った上級土魔法岩槍は、敵ではなく、元々南門が設置されていた場所へと集中して飛ばされていた。
門の代わりに、土魔法によって作られた壁は、岩槍によって簡単に崩れ去り、ポッカリと口を開ける。
「そ、想像以上に薄い壁でしたね…」
ターナが驚くのも無理はない。もう何度か魔法を放ち、やっと石壁を破壊出来ると思っていたし、ターナ達が壁を破壊するまでの時間を、前衛部隊が何とか稼ぐという予定だったのが、それが一回目の攻撃で破壊出来てしまったのだ。
いくら魔法で作られた石壁が脆弱だとはいえ、流石に簡単には壊せないように、何枚かの石壁を連ねてあると予想していた。いや、実際に何枚かは連ねていたみたいだが、恐らく二枚か三枚程度のものだ。普通はもっと堅固に壁を作って破壊されないようにするのだが……街を取れたから安心して適当に壁を作った…という事だろうか?
もしかすると、参謀として働いていたナナシノが死んで、代わる者が居ないから、色々と雑になっているのか…?
よく分からないが、こちらとしてはラッキーだ。
「口が開いたぞ!!そのまま突き進めぇ!」
「「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
こちらは完全に波に乗り、一斉に南門に向かって突き進む。
「ぐあああぁぁぁ」
グシャッ!
その時、壁の上から人が落ちて来る。
視線を向けると、そこには暗い色の服に身を包むレンヤ達。
ザシュッ!
「ぐあっ!」
ガシュッ!
「がぁっ!」
どこから現れたのか、いつの間にか壁上に現れ、次々と敵兵を斬り付け、無力化している。
「このっ!」
ブンッ!
ドンッ!
「う…うわぁぁぁっ!」
ゴシャッ!
何人かは、レンヤ達に攻撃を仕掛けているが、壁の上で足場も狭いだろうに、そんな中でレンヤ達は飛んで跳ねて攻撃を躱し、相手を壁の外へと投げ捨てている。
相手が弓兵や魔法使いばかりならば、いくら裏方のレンヤ達でも後れを取る事は無い。というか…完全に相手を手玉に取ってる。やれると言ったレンヤ達は、やはり完璧にこなしてくれる。流石のイケメンだ。
更に、レンヤ達は敵の使おうとしていたバリスタや、弓を拾って、適宜下に向かって攻撃している。
まさか自分達を助ける為に居るはずの壁上の兵士達から攻撃が飛んで来るとは思っていない敵兵達の背後から、攻撃が降り注ぐ。
ガシュッ!
「ぐはぁっ!」
「上を取られたのか?!」
「まずい…まずいぞ!」
壁上から良いように撃たれ、正面からは怒涛の勢いで攻めてくる盗賊討伐のスペシャリスト達。
「上からの攻撃は心配するな!そのまま突破しろ!」
「「「「おおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」
ドンナテの大声に、全員が反応し、一丸となって南門へと突進する。
壁の前には、強者らしい強者も居ないみたいで、剣戟の音が聞こえて来る度に集団が前進し、次々と有象無象を薙ぎ倒していく。
正直なところ、ここまで上手くいくとは思っていなかった。
こちらは盗賊連中を狩るスペシャリストとはいえ、二倍近い戦力差なのだから、多少は苦労するだろうと思っていたからだ。
しかし、蓋を開けてみれば、全く苦戦していない。
奇襲に近い登場ではあったし、ターナが魔法を上手く使った事、門を塞いでいた壁が薄かった事、レンヤ達の登場。こうなった理由というのを考えると、色々と有るとは思う。だが、恐らく、一番の理由は……
「「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
五百人の者達の怒りの強さ…だろう。
この中には、自分達の大切な人を殺された者達も居る。家族、愛する人、友。
自分達の生活圏に突然殴り込んで来て、いきなりそういった人達が傷付けられ、命を奪われた。
それで怒りを感じない者などいないだろう。
全員、鬼の様な形相で武器を振り上げ、容赦なく敵の首元に振り下ろしている。
相手は、その怒りを前に、完全に気圧されている状態なのだ。
怒り狂う民衆の恐ろしさを、彼等は初めて知ったのだ。
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