第541話 助っ人

「そうだな…これだけ数が居るのは良いが、戦える者達の寄せ集めでしかない。中には戦えない者達も居る事を考えると、動かせる人員は多くて数百人。千人に届くかどうかというところだろうな。」


「ハナーサはどう仕掛けるつもりだったんだ?」


現状の大まかな事は分かったが、ハナーサは細部まで把握しているはず。計画を立てるならば、そのハナーサの立案した計画を元に考えた方が良い。


「それなんだけれど……まずは、この人数を二手に分けようと思っていたの。」


「五百人ずつって事か?」


「ええ。こちら側が千人に対して、敵の数が街に居る盗賊の全戦力となると、分が悪過ぎると思うのよ。

こちらの数も半分になってしまうけれど、相手の数も半分にする事が出来るわ。」


「相手の数が多過ぎるから、分散しようと言う事か…」


「街はかなり大きいから、南北に別れて攻め入れば、相手も両方に意識を向けなければならなくなるわ。」


テーブルの上に有る地図を見ながら、説明を受ける。


二手に分かれて攻撃する事で、相手は、北に行けば南を捨てる事になるし、南に行けば北を捨てる事になる。どちらか一方だけを攻めた場合、その一点を守れば良いだけの話になるから、守るのも楽になってしまう。攻城戦となると、本来、籠城している側の数倍は人数が必要と言われているのに、寧ろこちらは籠城している側の数分の一…いや、十分の一以下という数だ。当然だが一点突破なんて力技が出来るはずもない。敵を分散させるのは当然の思考回路と言えるだろう。


「問題は…たったの五百人で、街の外壁を突破して、中の連中の半数を片付けなければならない事。どうにかしてその差を埋めようと考えていたけれど…具体的な策となると、私の知識じゃどうしても無理なの…一応、冒険者の人達や、兵士の人達にも知恵を借りてはいるけれど、十倍近い数の相手で、しかも籠城している相手となると、策なんて思い付かないわ。」


「す、すまない…」


ここまでは空気を読んで、空気となってくれていた強面なお兄さん達が、しょぼんとしてしまう。

誰が考えたとしても、そんな簡単に攻略出来る方法なんて思い付くはずがない状況だ。仕方の無い事だと思う。


「非難しているわけじゃないですよ?!」


直ぐにハナーサが両手をブンブンと振って見せるが、策が無いという事は間違いなさそうだ。


「それで最初入ってきた時にイラついていたのか。」


「うっ…みっともないところを見せてしまってごめんなさい…」


「いや。この状況なら誰でもイラつくさ。それより、何も策が無いとなると、時間的に猶予も無いし…かなり辛いな。」


「ええ…正直、どうしたら良いのか分からないわ…」


「…………………」


頭を捻ろうと、逆立ちしようと、出てこないものは出てこない。じっくり考える時間と、準備する時間が取れるならば、何かしらの突破口が見付かるかもしれないが、既に何人も街の人達が殺されている現状では、猶予なんて一秒たりとも無い。


「……俺達が囮になろう。」


「「「「っ?!」」」」


俺の一言に、全員が目を丸くする。


「お、おいおい!俺の話を聞いていたのか?!」


直ぐにケビンが何を言い出すんだこいつはという表情で、俺の事を見る。


「聞いていたさ。だが、引き渡しに応じる形で、俺達を差し出す事で、一先ず処刑のように街の人達が殺されてしまう事は無くなるはずだ。

街の人達を殺さないとなれば、僅かばかりかもしれないが猶予が生まれる。俺達が囮として動いている間に、何とかして突破口を開く……これしか思い付く方法が無い。」


正直なところ、多分皆、この作戦の事は思い付いていたはずだ。向こうの望むものがこちらの手元に有り、それを寄越さなければ街の者達を殺すと言われたのだ。

話を持って来た冒険者の男が考えていたように、素直に渡してしまうのも一つの手である。但し、ただ単に渡すわけではなく、そこからどうにか防御をこじ開ける方法を探る時間を稼ぐ為…という意味を含めた引き渡しだ。後ろ向きではなく、前向きな選択として、俺達を囮に使うという事ならば、少し話が変わってくる。


「そんな事させられるか!!」

バンッ!!


しかし、ケビンが強く机を叩き、反対する。

大きな音が鳴り、ハナーサがビクッとする。


「だが、他に方法が無いだろう。」


「カイドー達が囮になったとして、その後俺達が突破して助けに入れる可能性はゼロに近い!ただ単にカイドー達を敵陣のド真ん中に放り込むのと同じじゃねえか!

俺は仲間を売る奴が反吐が出る程に嫌いなんだ!そんな奴等と同じ事をするくらいなら特攻して死んだ方がマシだ!!」


冒険者をしていたならば、色々な冒険者を見てきただろうし、元パーティメンバーが死んだという事も有るかもしれない。ケビンの…仲間に対する思いは、そういった何かの出来事が原因で定着したものだと思う。それくらい、今のケビンは必死に見える。


「特攻しても解決する可能性はゼロだが、俺達が時間を稼げば、ゼロじゃなくなる。それくらい分かっているだろう?どちらの方が勝算の高い策なのかは、言わなくても分かるはずだぞ。」


「どっちもほぼゼロって意味じゃ同じだろうが!!」

ドガンッ!


またしてもケビンが机を叩く。いや、最早殴っている。


「二人共落ち着いて!!」


俺とケビンの言葉を打ち消す程の大声で、ハナーサが怒鳴る。


「これじゃあ話し合いじゃないわよ!?」


「「っ……」」


ハナーサの言う通りだ。


俺達は言い争う為にここに来たのではない。


疲れて思考が回らなくなり、俺も変に熱くなってしまった。

冷静に考えて、俺達が囮として差し出された直後、その場で殺される可能性だって有る。黒犬達としては、ニルを殺す事こそが目的なのだから、盗賊達が生かして捕らえようとしていても、それに合わせる必要は無い。

盗賊達との契約内容に何が含まれているのかは分からないが、それを守る必要も無いし、守る気も最初から無いはずだ。目的を達成出来さえすれば良いのだから、俺達を殺してしまえば、その時点で目的は達成される。であれば、俺達が捕らえられると分かった時点で、横からザクッと殺してしまえば良い話だ。

黒犬達の実力が有れば、盗賊達から逃れて魔界に帰る事など容易い事。しかも、俺達が盗賊団に痛手を与えているのだから、更に容易に追っ手を振り切れる。

つまり、囮作戦自体、俺達が殺されずに捕えられるであろうという不確定な要素の上に成り立っている策だ。


「ご主人様……」


「…すまん。変に熱くなり過ぎた。」


ニルの心配そうな呟きを聞いて、頭を冷やした俺は、一度謝罪を挟む。


「だが、実際問題、他に方法が思い付かない。」


「だからって!」

「ケビン!」


まだ熱くなったままのケビンが、何か言おうとしたのをハナーサが言葉で止める。


「……すまん…」


ハナーサの言葉に、ケビンも少し冷静さを取り戻したらしく、一度落ち着いて謝罪を挟む。


「そうそう。冷静にね。

それで……まずは実際にどれだけの時間が残されているかよね。

カイドーさん達を渡さなければ定期的に…という話だったけれど、実際にはどれくらいの時間が有るの?」


「分からない…定期的にとしか言わなかった。」


ハナーサの質問に、冒険者の男が答える。


「敢えて時間を切らない事で、より焦らせようとしているのね……でも、私達の方で動いても、直ぐに見付けられるかは分からないだろうし、直ぐって事は無いはずよ。」


「希望的観測が多分に含まれる内容だな。」


「ええ…今直ぐに次の処刑が行われても不思議ではないわ。でも、無策で突っ込んでしまうと、更に被害が拡大するだけ。急ぐにしても、何かしらの策が無いと……」


「だが、俺は、誰かを犠牲にする前提で立てられた策に従うつもりは無いぞ。」


ケビンもかたくなだ。まあ、自滅覚悟の策が良いとは言わないし、冷静になった今、囮作戦は自分から死に近付く行為と理解出来ている。それを実行しようとは思ってはいないが、このままでは何も出来ないまま時間が過ぎてしまう事になる。それは、街の人達が殺されるのを、黙って見ているのと同じ事だ。


「…今までハナーサ達が色々と考えてくれて、既にある程度の策が出たが、どれも上手くいく確率が低いと考えて却下したはずだ。普通の作戦じゃ全く歯が立たないという事になれば、普通ではない方法で突破する事を考えるしかない。」


「普通ではない方法?」


「ああ。相手が思いもよらない方法を使っての奇襲。これしか勝ち筋が見当たらない。

普通に突破しようとしたところで、返り討ちにされるのは目に見えている事だ。それは多少の策を練ったところで覆す事が出来ない程のもの。となれば、突破しようとする事自体を諦めた方が良い。」


俺も、特別何か策が浮かんでいるわけではない。


今この瞬間も考えながら喋っているくらいだ。

だが、ここにはハナーサやケビン。同じ部屋で頭を抱えている者達が居る。そして、その者達は、この地に暮らす人々だ。俺達よりもこの地やジャノヤについてずっと詳しい。思考の方向性を指し示せば、何か案が浮かぶかもしれない。


「突破を諦める…?」


「そんなっ!そんな事をしたら街の人達は!」


「街の人達の救出を諦めるわけじゃない。

諦めるのは突破だけだ。」


「どういう事?」


「俺も具体的な案が有るわけじゃない。だから詳しい策が有るわけじゃないんだ。ただ、突破出来ない壁をどうやって突破するのか考えても意味が無い。

もっと別の方向から見てみてくれ。

極論にはなるが、例えば壁をすり抜けるとか、壁の中へ転移するとか。そういう普通ではない方法で入り込むんだ。」


「そんな無茶な…」


当然だが、外壁をすり抜けたり、転移したりなんてチート魔法は、この世界には存在しない。いや、天狐が姿を消えたり出てきたりしていた事から考えるに、もしかしたらそういう魔法も存在はするのかもしれないが、プレイヤー間でもそんな魔法の事は一切聞かなかったし、物体が物体をすり抜けたり、別の場所へ転移したりなんて物理的にも難しい現象となると、使用する為の魔力も途方も無いものになるはずだ。人間に扱えるような魔法ではないはず。

だから、実際にすり抜けたり転移したりするという話ではない。


「あくまでもそれは例え話だ。要は、突破ではなく、相手に気付かれずに中へと侵入する。これが出来ればかなり状況が変わって来るはずだ。」


「簡単そうに言うがな…」


「当然簡単な話なわけがない。簡単な事ならば既に誰かが思い付いているはずだし、相手も警戒しているはずだからな。

そうならないのは、行うのが難しいからだ。だからこそ、思い付く事が出来れば、有効な策になる。」


「そんな事言われたってな……クソッ…自分の頭の悪さがここまで恨めしいと思ったのは初めてだぜ…」


ケビンも必死に考えてくれてはいるが、首を傾げるばかりで案が出て来ないらしい。


「すり抜けたり転移したり…」


「「「「………………」」」」


全員が頭を悩ませていると……


「すり抜ける方法なら、知ってるよ。」


その場にはまるで相応しくない高い男の声。いや、の声が聞こえてくる。


ガチャッ…


「なっ?!お前っ!!」


声のした方へ全員が顔を向けると、そこからはラルク、ザッケ、ヤナの悪ガキ三人組…もとい、仲良し三人組が部屋の扉を開けて入って来る。誰かが家の中に通したのだろう。


「何でこんな所に居るんだ?!」


一番最初に大声で怒鳴ったのは剣の師匠でもあるケビン。子供が来るには殺伐としている場所だし、どう考えても場違いだ。そもそも、彼等はテノルト村に居たはず。子供達三人だけでここに来るなんて事は不可能に近い。距離的にも、状況的にも。


「どこかに忍び込んで」

「違うよ!」


ケビンの言葉を遮るように、ラルクが叫ぶ。


「僕達が弱い存在だって事はもう分かってるから、そんなな事はしないよ。」


そう言って三人が振り返ると、部屋の奥から出てきたのは予想外な者達だった。


「助けに来たよー!」


「ペトロ?!!」


扉の奥から入って来たのは、何とSランク冒険者イーグルクロウの五人だった。


「イーグルクロウ?!」


「Sランクパーティが何でこんな所に?!」


一時部屋の中がザワついたが、五人はそういうのに慣れているのか、特に気にした様子はない。


「ど、どうしてこんな所に…?!」


「あー…手短に話すと…」


パニックになりつつある俺達に対して、ドンナテが話してくれた事をまとめると…


俺達と別れた後、イーグルクロウは約束通りレンヤ達へ協力してくれていたのだが、そのレンヤ達から不穏な噂を聞く事になったらしい。

それが、北の方で盗賊団の動きが活発になっているという噂だった。


流石にこれだけの数が動いているとなると、噂は流れるもので、流れ流れてレンヤ達の諜報活動に引っ掛かったのだ。


それだけでも、北に向かった俺達を心配するに十分な材料ではあったのだが、そこに来て、道中のレンジビに居るターナの姉、ラルベルからの手紙が届き、そこには俺達が盗賊団の動きが有る方向へ向かったという内容が書かれていた。


全く関係の無かったオウカ島での一件で、ガッツリと戦闘に加わった俺達が、盗賊団の動きを知っていて無視するとは思えないという結論に至り、急いで馬を走らせたらしい。


そして、やっと付近に到着したところで、一番近くに在った村…つまり、テノルト村に事情を聞きに入ったらしい。

そこで聞いた話では、既にジャノヤは陥落し、大変な事になっているという。これは危険だと判断してジャノヤに向かおうとしたが、ビャルノガという村に生き残って戦える者達が集まっていると聞いた為、取り敢えずビャルノガに向かおうとしたのだ。

ただ、ビャルノガはただの村で、詳しい位置を知る者が少なく、案内出来る者が居なかったらしい。


この辺りは綿花畑で覆い尽くされていて、現地の者達でなければ、どこがどこだか分かり辛い程に広大な土地だ。ゆっくり道を調べながら進めるならばまだしも、一刻を争う状況。誰か案内人を…と思っていたところに、手を挙げたのがラルクだった。


ラルクは商人から情報を聞き出す為に、色々な事を調べており、周辺地理についてもかなり詳しく、ビャルノガの位置を知っていた。


当然だが、ヤナの両親、つまり現在のラルクの保護者は反対したが、相手はSランクの冒険者パーティだ。両親と同伴である事を条件に、ここまでの道案内を受けてくれたらしい。因みに、ザッケも同行すると聞かず、ヤナの両親とザッケの両親が付いてきた。その四人の親は、扉の近くで居心地悪そうに立っている。


「そういう事だったのか…」


「子供達に頼むのは申し訳なかったけれど、状況が状況だったからね…」


ドンナテが両親に頭を下げると、両親達も困ったような顔で反応している。


案内人が他に居ないとなれば、頼る他無かったのだろう。


「何にせよ、少し遅れてしまったみたいだけれど、無事で何よりだよ。」


「は…ははは……」


予想外の…嬉しい誤算とはまさにこの事だ。乾いた笑いしか出て来ないくらいに驚いてしまった程だ。


「僕達…役に立てたかな?!」


ラルクがキラキラした目で俺に問い掛けてくる。


凄く返答に困る内容だったが…


「……ラルク。ここまでの道中、どうやって安全を確保して来た?」


「ペトロさんの耳は凄く良いんだ。だから奇襲は有り得なかったよ。それに、僕達はドンナテさんの近くに常に居て、何か有れば直ぐに後ろに隠れられるようにしてた。

後は、ドンナテさん達から預かってた魔具。これが有れば、身を守れるって。」


そう言って魔具を見せてくれる。何の魔具かは分からないが、恐らくアーテン婆さん作の魔具だろう。


三人は死ぬような思いをして、やっと村に帰り、そこで多くを学んだ。自分達が弱い事。勇敢と無謀の違い。

それを学んだ上で、自分達に出来る事、やらなければならない事を把握し、それを行うとなった時、どれだけの危険が有り、どうやって安全を確保するのか。そういった諸々を考えての行動だったという事だ。


普通の十歳かそこらの子供が出来る事ではない。


そして……


「ちゃんとお母さんとお父さん達にも相談したよ。」


ラルクは俺の目を見て言う。


大人に相談する。今の彼等にとって大切な事の一つを、しっかり学んで、実行した。


三人だけで飛び出した時ならば、恐らく両親にも相談せずに案内すると言っていただろう。流石にそこはドンナテ達が話をしていただろうが…ドンナテ達が話をするのと、ラルク達から相談することでは意味が違う。


「……そうか。」


俺はラルク、ザッケ、ヤナの頭を撫でてやる。


「よくやってくれた。これで盗賊の連中に一泡吹かせてやれるかもしれない。」


「「「っ!!!」」」


三人は互いの顔を見て笑顔になる。


「但し…」


「うん!分かってる!僕達の役目はここまで!ここに居ても足でまといだもんね!

僕達はお父さんとお母さん達と一緒にテノルトに戻るよ!馬も借りられたし、来る時に盗賊は皆居なくなっていたから大丈夫!

それに、これが出来たからって、自分達が強くなったなんて思ったりしないよ!」


無謀だった子供達は、大きく成長してくれたらしい。


俺はもう一度三人の頭を撫でてやる。

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