第三十九章 ジャノヤ攻略
第540話 計画
「誰がどう見ても、カイドー達の状態は限界ギリギリだ。実際に見たわけじゃねえが、かなり激しい戦闘を繰り返して来たはずだ。
俺が見る限り、大した怪我も無くここまで来たのは、奇跡に近い事のはずだ。」
流石は元Aランクの冒険者。俺達の状態を見ただけで、大体の事は分かるらしい。
「元々、これはここに居る連中の問題であって、
ましてや、こんな状態のカイドー達を戦場に連れて行ったら、それこそ殺してしまう事になる。」
「そ、それは……」
ハナーサも、言われてみると…という感じで俺達の体とその状態を見る。ケビンの言っている事は正しい。
「だから、カイドー達には安全な場所に移動してもらうべきだ。今回の戦闘には参加させるべきじゃねえ。」
「………………」
ケビンの言っていることは正しい。正しいが故に、ハナーサは言い返す事が出来ずにいる。
「ケビン。気持ちは嬉しいが、どうやら相手側には、俺達を狙う連中が居るらしい。そいつらとの決着を含めて、俺達はどちらにしてもジャノヤに乗り込まなければならない。」
「自分達の状態が分かっていて言っているのか?」
「ああ。かなり限界が近い事は重々承知している。一応、最悪の場合は引く事も考えてはいるが、恐らく、俺達を誘き寄せる為に、何かしてくるはずだ。ここまで俺達を追い込んでおいて、何もしてこないという事はないだろう。」
「…………………」
ケビンは、かなり迷っている様子だったが…
「……はぁ…いや、そういう事ならば、無理に止める権利は、俺達には無い。ただ、誘い込まれていると分かっていて懐に飛び込むのは、かなり危険な行為だし、しっかり休息を取ってからにするべきだと思うぞ。」
「それは、俺達だって出来ることならばしっかり休んでから戦いに挑みたいさ。だが、そうさせてくれるような相手ではないからな。何か俺達を誘き寄せる方法が有るならば、直ぐに動き出すはずだ。」
聖魂魔法の二回目を放った後、直ぐに黒犬が攻めて来なかった事から、流石の黒犬も、俺が二回しか聖魂魔法を使えないという事までは知らないらしいと判断出来るが…危険な魔法を使うという事は知られていて、それを消費させようとしているという推測は間違っていないはずだ。結局、聖魂魔法を消費させられてしまっている事に変わりはないし…
俺達の全てを根こそぎ消耗させて、ヘトヘトになったところで、プチッと潰しに来るつもりなのだろう。
「そうか……そこまで言うのならば、相手も何かしらの動きを見せるだろうとは思うが…せめて、カイドー達は俺達が攻め入った後に街へ入るようにするべきだ。少しでもその時に備えて体力を回復させておかなければならないだろう?」
「正直なところ、そうしてもらえるというのならば、その方が有難いな。」
「俺達の為にここまでやってくれたんだ。誰も文句は言わないさ。いや、俺が言わせない。」
「その点に関しては、私も完全に同意するわ。一体どれだけの事をしてくれていたのか、私には分からないけれど、ケビンとの話から察するに、相手にかなりの打撃を与えてくれたのよね?それで傷だらけになっているというのに、それでも文句を言う奴が居たならば、私が脛を凹むまで蹴ってやるわ。」
「お、おう…」
脛を蹴るという言葉に、ケビンの体がビクンと反応していたが、気付かない振りをしておく。
「そう言ってくれるなら…」
バンッ!!
話の途中で、家の扉が勢い良く開き、その音に全員が視線を向ける。誰かは分からないが、やけに焦った様子で走り込んで来た冒険者風の男が開口一番に言う。
「街の奴等が殺されちまう!!」
汗だくで息を切らせているのを見るに、恐らくジャノヤから走って伝えに来てくれたのだろう。
「どういう事だ?!」
「早くしないと街に残された連中が殺されちまうんだよ!」
焦っているのか、男の話す内容の情報が読み取れない。
「落ち着きなさい!」
そんな中、ハナーサがピシャリと言い放つ。
「落ち着いて話し合わないと情報の共有が出来ないわ!まずは落ち着いて、順を追って説明して!」
ハナーサの言葉で、冒険者風の男は落ち着きを取り戻す。
「あ、ああ…すまん…」
冒険者風の男が落ち着きを取り戻した後、話した内容は…
現在、街の状況としては、完全に盗賊連中に制圧されていて、破壊してしまった南門も含めて、全ての門と城壁が固く閉ざされているらしい。
街に居た者達の大半は避難出来たらしいが、大きな街だし、人の数が多く、街の中には避難出来なかった者達がそれなりの数居るらしい。
逃げ出した者達は散り散りに逃げた為、正確な数は分からないが、恐らく、数百人の市民が取り残されているだろうという事だ。
全ての者達を避難させられなかった事で……とケビン、ハナーサ、そしてその二人と行動を共にしてくれている者達は悔しがっていたが、限り有る時間の中で、殆どの市民を避難させたのだから、十分に凄い働きをしたと思う。
一人、二人を逃がすのとは話が違う。全ての人達を助けるなんて事は、最初から無理な話だったのだ。悔しがるのは仕方ないが、無理な事は無理なのだ。
しかし、その無理な事のせいで、状況は最悪の方向へと向かう事になる。
残された者達は、盗賊達に捕らえられ……そして、俺達…つまり、暴れ回っていた五人を差し出さなければ、一定時間が過ぎる度に、残された街の者達を殺すと
残念な事に…その声明が有った段階で、既に十人程が殺されたらしい。
外壁上部に連れ出された市民が、目隠しをされ、手足を縛られた状態で立たされ、首を飛ばされたそうだ。首と、首の無くなった体は、外壁付近に今も放置されているらしい。
「そんな……」
「下衆共が……」
「その五人ってのが誰かなんて分からない!だが早く見付けないと……って!もしかして!」
「ああ。間違いなく俺達の事だろうな。」
冒険者風の男が、俺達を見て、盗賊達が言う五人が、俺達の事だと気付く。
「……………」
カチャッ…
当然、街の者達を守りたい男は、自分の腰に携えていた剣の柄に手を掛ける。俺達を差し出せば、街の者達が助かる。そう考えたならば、力ずくでも連れて行こうとするのは当然のことだろうう。
ブンッ!
「っ?!」
しかし、それはケビンが許さない。
男が剣を抜くより数段速く、ケビンは腰の青黒い鞘に入った曲剣を抜き、刃を男の首元で止める。
抜剣からの踏み込みが凄まじく速い。
Aランク冒険者と言っていたが、ケビンの実力だけで言えば、Aランクの中でも上位と言われても頷ける。これがケビンの本当の実力なのだろう。いや…怪我をして左目を失っているのだから、元々は更に一段階上の実力だとすれば、Sランク直前のAランクと言われても頷ける。
「そいつは違うだろうよ。」
ケビンは重い声で剣の柄に手を掛けた男に話し掛ける。
「ここに居る五人は、俺達の為に余所者でありながら体を張って戦ってくれたんだぞ。こんなボロボロになるまでな。
それを裏切って差し出すような真似をすれば、俺達も盗賊連中と同じ位置まで落ちるだろうよ。
もし、それでもこの五人を連れ出そうとするなら、先に俺が相手になる。ここに居る連中全員が相手になったとしても、俺は剣を引かねえぞ。」
明確な殺気。実力もさることながら、経験も豊富であろうケビンにとって、相手を威圧するのは朝飯前だ。
「わ、悪い…つい……」
盗賊連中が俺達を探しているという事は、俺達がそれだけの被害を与えたと推測出来る。そこに思い至っていながら、俺達を売ろうとするのは、裏切り行為になる…とケビンは考えてくれているのだろう。
「ついで恩人を裏切るんじゃねえ。次は剣を止めねえからな。」
そう言ってケビンは曲剣を下ろす。
「ケビンの言う通りよ。私達にカイドーさん達を裏切る事は許されないわ。
それに、相手は盗賊よ。素直にカイドーさん達を引き渡したとして、囚われた人達が無事に解放されるなんて本当に思っているのかしら?」
「うっ……」
「盗賊がする約束程信じられないものは無いわ。
カイドーさん達を引き渡した後、囚われた人達は奴隷にされるか殺されるのがオチよ。もっと冷静に考えなさい。貴方もBランク冒険者ならばそれくらいの事は分かるでしょう?」
「わ、悪い……」
「謝るのは私達の方じゃないわよ。」
「…すまなかった。」
冒険者の男は、俺達に向かって素直に頭を下げる。
「知り合いが人質に取られているんだから、焦るのも仕方無い事だ。気にするなとは言えないが、ケビン達の顔に免じて水に流すよ。」
ケビンが動かなければ、まず間違いなくニルが動いて、多少は痛め付けるくらいの事までしていたかもしれない。そうなれば、色々と面倒な事になるし、俺達が危険因子だと取られる可能性もあった。
ケビンが上手く間に入ってくれた事で、丸く収まったと言える。大事にならないように、ケビンとハナーサが動いてくれたということだ。
「ったく。言っておくが、カイドー達は俺なんかより余程強いんだ。下手に攻撃していたら、今頃お前はあの世に居たぞ。」
「っ?!」
そんな化け物を見るような目で見ないで欲しい。
「あのケビンさんにそこまで言わせる人達だったなんて……」
「あのケビンさん?」
「その話は良い。それより、今は街の事だ。」
何やらケビンには色々と過去が有るみたいだ。凄腕みたいだし、この辺りの冒険者では有名人だったのだろう。
「しかし…カイドーが言っていた通り、どうやら盗賊達がカイドー達を探しているようだな。」
「ああ。」
「しかし…これだけのデカい盗賊団が、何でたった五人をそこまでして探したがるんだ?」
「結構な被害を与えたから、面子の為とかが関係しているんだろうな。」
この話は、別に嘘ではない。
元々は黒犬からの依頼だったとしても、既に俺達五人だけでかなりの数の被害を出している。特に、プレイヤー達をも屠ったのは、かなり神経を逆撫でした事だろう。
黒犬の依頼だからではなく、既に敵として認識されているから、放置するつもりは無いというところだと思う。
ただ、最初に俺達を狙った理由というのは、少し違うだろうと思う。
ここからは完全な憶測になってしまうが…
そもそも、これ程の盗賊団となると、規模的に最早盗賊団ではなく、一つの組織であり、集まればデカい街の一つや二つくらいの規模が有る。
そして、貴族連中との密接な関係。
それらを考えるに、金で動くような連中とは思えない。ザレインの事もあるし、金には一切困っていなかっただろうから。
ただ、結局は盗賊だし、金は上位の者達が独占していただろうから、下位の者達を動かそうとした時、俺達の首に賞金を掛けるのが一番手っ取り早かった。恐らくは、そういう理由で賞金を掛けたのだろう。
そうなると、俺達に掛けられていた賞金が目当てで動いていたのは、金に困るような下位の者達だけだ。それより上の者達…特にテンペストの連中が動くには、金だけでは足りないはず。
それでも、全盗賊団を動かしてまで、俺達を捕らえようとする理由が有ると考えられる。
その理由として考えられるのは、二つ。
一つは、俺の持っているアイテムだ。
インベントリ内の物は、本人が死んでしまうと全てロストする為、手に入らない。しかし、譲渡の場合は別だ。武器や防具で、渡人専用の物は、所有者を認識する為、どうやっても手に入らないのだが、それ以外の物はインベントリに入っていなければ手に入れる事が出来る。
ハッキリ言ってしまうと、俺が費やしてきたファンデルジュの中での時間で手に入れた物は、そこらの貴族の資産を軽く凌駕する程の価値を持っている。
ある程度の被害を受け、渡人専用ではない物だけを奪ったとして、それでも尚、お釣りが来るという事だ。それに加えて、俺の持っているものとして、ニルがいる。誰の目から見ても綺麗だと思える奴隷であるニルは、それらのアイテムに勝る価値が有る…と個人的には思う。少なくとも、手に入るならば手に入れようとする事だろう。
もう一つが………友魔だ。
黒犬の連中が、俺達の事を調べていて、強力な魔法を使うと知っており、それを消耗させようとしているならば、その情報を盗賊団にも与えていたはず。
テンペストはプレイヤーの集団だとすれば、友魔システム解放の通知が行っており、実際にその力を手にしたナナシノが居た。その魔法の強さを目にしたプレイヤー達は、俺が使う強力な魔法は、友魔の魔法だと直ぐに思い至ったはず。
俺達がナナシノを殺した時、エサソンが解放されたように、友魔というのはあくまでも契約した聖魂の事であり、契約者の死によって消え去るものではない。
つまり、俺を殺した場合、そこには契約した友魔が残るはずだと考えたに違いない。
そうなれば、残った友魔を上手く捕まえて契約させる事も出来る…と考えたのではないだろうか。
金に困らない者達が、このゲームの中の世界で他に望むものが何なのか。
それを考えた場合、地位、力…その辺りが欲するものになってくるだろう。
盗賊団の社会の中では、より汚く、より強い者が成り上がる。友魔という力や、特殊なアイテム、強く美しい奴隷。どれか一つでも手に入れば、テンペスト内でも上位に食い込める事は必至。
地位と力を欲する者に、その両方が与えられるチャンスが巡って来たならば、誰しもが飛び付く。
黒犬はそれを分かっていて、上手く餌を目の前にぶら下げたという事だ。
実際のところ、例えば俺達が捕らえられてしまって、ニルに何かをされそうになれば、俺は迷わずインベントリ内の物を全て渡すだろう。俺にとってニルという存在は、アイテムの全てを引き換えにしても足りない程の存在だ。天秤に掛けるまでもない。まあ、冷静に考えてしまうと、アイテムを渡したところでニルが解放されるとは思えないが…その時になれば、何としてでもニルだけは助けようとしてしまう事だろう。
ただ……ニルは多分、そうなる前に俺の為に全てを投げ出すか…最悪自害するだろう。自死を考えれば首枷が締まる。それでも考えるのを止めなければ…自害する事は可能だ。ニルは常々、自分は俺のものだと考えている。それを穢されるくらいならばと考えても不思議ではない。もしそうなれば、俺はインベントリを開く事はしないだろう。一番守りたいと思っている存在が消えて無くなってしまう辛さを、もう一度耐えろと言われても、多分無理だ。あの辛さはそう何度も耐えられるものではない。
そして、友魔だと思っている俺の力は、全くの別物であり、俺が死んでも聖魂は残されない。つまり、俺から得られるものは、何一つ無くなるというわけだ。
ただ、黒犬達にとっては、それが得られるのかどうかは問題ではなく、得られる可能性が有るというだけで交渉のカードとなる。
言い方は悪いかもしれないが…黒犬の連中は、良くも悪くも、人間の欲望を正確に把握している。そして、それを上手に利用出来る知恵もある。
それによって操られているのが、俺やスラたんの同郷でもある向こうの世界の者達というのは何とも言えない心境ではあるが…やはり黒犬の連中は危険だ。やり方に容赦が一切無い。
盗賊連中とは違い、そこには悪意やプライドなんてものはなく、ただただ相手を殺す為に必要な手順を淡々とこなしている感じがする。それ故に、不快にさせられるという事は無く、ただただ冷たく恐ろしい。
盗賊の不快になる戦いとどちらが良いかと聞かれても答えに困るが、心身共に疲れ果てるという意味では、どちらも願い下げだ。
要するにだ…最初はそんな理由で盗賊団を操っていたが、俺達が被害を出した事で、盗賊団は獲物から敵へと俺達の評価を改めて、自発的に俺達を捕らえようとしているという事だ。いや、既に捕らえるという目的は消え去り、殺すという目的に変わっているだろう。
そして、そうなってしまえば、盗賊達の策はより過激に、より汚くなる。その結果が、現状なのだろう。
「…僕達のせいで…」
「いや。それは違う。」
スラたんの口が最後まで言い切る前に、ケビンが言い切る。
「相手はどれだけ大きくなろうともクズの集まりだ。もし、カイドー達が居なかったとしても、街の者達は殺されるか奴隷に落ちていたはずだ。そこにまで責任を感じるのは違う。」
「盗賊連中の事は許せないけれど、それが皆様のせいだと思う人は居ませんよ。どこをどう見ても、全ては盗賊が悪いのですから。」
ケビンもハナーサも、スラたんの言葉を全否定する。
俺達が被害を与えた事で、状況が悪化した部分も少なからず有るとは思う。俺達のした事は、相手の神経を逆撫でするような行為である事は確かなのだから。
だが、盗賊を倒すというのらば、誰がやったところで結局は同じなのだ。即座に動いたのが俺達だったと言うだけの事で、後で誰か別の者が動いていたとしても、盗賊連中は激怒し、同じような悲惨な事が起きていた可能性は非常に高い。
だからと言って、俺達には全く何の責任も無いのかと問われれば、そんな事はないのだが、全てが自分達のせいだと考えてしまうのは、ある種、
「そう…だよね……」
全ての責任が自分達に有るわけではないと分かっていても、優しいスラたんは責任を人一倍感じてしまう。これはスラたんの性分ともいえるものだ。今更何を言ったところで変わる事は無い。ある意味、スラたんの美点でもある。
今は、そこに思考が行かないように、話を切り替えよう。
「それよりも、今は街の人達をどう救い出すかだ。」
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