第539話 合流

「ん゛ー!んん゛ー!」


少しずつゆっくりと回って行くナナシノの首。俺の事を睨み付けている。いや、助けを求めて見ているのか…?まあどちらにしても、俺には何も出来ないし、するつもりも無いが。


「ん゛ん゛んんんん!!!!!」


ミシミシ…ミシミシ…


ナナシノの首が横を向き、更に左へと回って行くと、首の骨が軋む音が聞こえて来る。


「後悔は済んだか?」


ハイネが言った言葉を復唱するようにナナシノに聞く。


「ん゛ん゛ん゛ん゛んんーーーーー!!!!!」


ミシミシ……ベキゴキッ!!


「……………………」


軋んでいた骨が、遂に限界を迎えて、乾いた音を鳴らすと、ナナシノの体から力が抜け、声が途絶える。


最終的に、ナナシノの首は真後ろを向いて止まった。


後悔させる時間にしては短か過ぎたようにも感じるが…まあ、ドリュアスがそれで良しとするならば、それで良しだ。


ナナシノが息を引き取ると、直ぐに浮遊していたエサソンが俺の元まで飛んでくる。


「大丈夫か?って…聞いても分からないよな。」


エサソンは、これでもかと俺の周りを飛び回り、最後には俺の胸部に突撃して来た。痛くはないが、逆にエサソンが大丈夫か不安になる程の飛び回り方だ。嬉しさを伝えてくれようとしているのだろう。それ見ているだけで、俺も嬉しくなって来る。


「それだけ飛び回れるなら大丈夫そうだな。」


一先ず、エサソンは元気そうだし大丈夫そうだ。それに、胸に突撃して来た後、左腕の紋章に近付き、直ぐにベルトニレイ達との繋がりに加わってくれた。


『本当にありがとう。これでその子も安心よ。近くまで来ているから、後はその子だけでもこちらへ来られるわ。』


エサソンが俺との繋がりに加わってくれて直ぐ、ドリュアスから礼を言われる。

この時には、既にドリュアスの怒りは完全に消えていた。


「何事も無く救い出せて良かったよ。」


ドリュアス程明確に言葉を発してはいないが、エサソンも俺の周りを飛び回って、感謝の気持ちを伝えてくれている。

そして、少しすると、エサソンはそのまま空の上へと飛んで行き、ベルトニレイ達が待つ方へと飛んで行った。


「な…なかなか幻想的な光景だったね…」


「あの小人みたいなのは…」


スラたんやハイネ達が色々と聞きたそうにしているのは分かったが…


「すまないな。あまり口外はしないように言われているんだ。」


「それは残念ね…でも、それがああいう存在を守る為に必要な事だって何となく分かるわ。私達もこれ以上は聞かないでおくわね。」


「すまないな。助かるよ。」


スラたんはまだ少し気にしている様子だったが、ハイネが気を利かせてくれた事で、聖魂に関する話はそこで終わりとなった。


「さてと…それで、マイナとバラバンタの居場所はどこなんだ?」


「あの男の記憶では、既に姿を隠してジャノヤの街に入ったらしいわ。」


「ジャノヤに?!街の人達が!」


「落ち着くのよ。スラタン。あれから随分と時間も経ったし、街の人達の避難は既に終わっているはず。全員避難出来たかは分からないけれど、今更私達が焦って街に向かっても、状況は変わらないわ。」


「そ…そうだね…」


考えてみれば、既に街を落とす事に成功しているのに、敢えて平原のド真ん中に大将が残っている必要性は無い。

街の方が守りを固めるのは楽だし、街が手中に有るならば、さっさと入ってしまって守りを固める方が良いに決まっている。

これだけの人数をここに配置していながらも、これ自体が囮だった………とは言えないか。あれだけの数のプレイヤーと、ナナシノという手札を切ったという事は、バラバンタとしては、ここで俺達を落とせると思っていたはずだ。誤算だったみたいだが。

俺達としても、聖魂魔法を使わされたのは痛いが…ここで全員が生き残るには必要な事だった。


「突き進み続けて来たのに、トンボ帰りしなければならないなんてな…」


これだったら最初から街に留まっておけば…いや、相手の人数を考えると、籠城戦をしたところでどうにもならなかっただろう。

街の外で、少数による遊撃として走り回ったからこそ、相手の主要な連中を落とせたのだ。それに、戦場は常に流動していて、先を読み切るなんて事は出来ない。その場その場で最善の手を打っていくしかないのだ。


「気持ちを切り替えよう。

バラバンタとマイナがジャノヤに入ったとなれば、ハンディーマンの連中も合流したはずだ。」


「そうなりますと、ハンディーマンの頭であるロクスという者と、あとは街の領主であるブードン-フヨルデの事も視野に入れた方が良さそうですね。」


「敵を減らしたはずなのに、増えてしまっている気がしてしまうわね…」


「前向きに考えれば、倒さなければならない相手が、一箇所に集まってくれているという事だ。もう走り回る必要が無くなったと思えば少しは気が楽だ。」


「あと一回と考えてしまえば、そうかもしれないけど…」


俺の言っている事が馬鹿みたいな話だという事は重々承知している。


一回だけと言えど、その一回が問題なのだ。

ナナシノが指示して建てさせたようなただの石壁ではなく、ジャノヤの街は建築家が計算して作り出した街であり、防御力は比ではない。その上、街中に居るのは全て敵。バラバンタとマイナ、ロクスにフヨルデの四人を標的として動いても、戦闘は一度や二度では済まないはずだ。

それに、最初に使った侵入経路も、確実にガッチリと守られているはず。街が制圧出来ているのだから、隠れてコソコソと警護する必要も無い。


そして、盗賊連中は、俺達に休憩をしている暇など与えないように、何か仕掛けてくるはず。ここまで体力を削られ、もう本当に色々と限界な俺達に対して、更に追い込みを掛けて来る。黒犬ならばそうするだろう。


「少しだけ休憩してから、壁を越えよう。

未だに更なる増援が来ていないとなると、外の連中は街に向かったはずだ。」


周囲には完全に人が居ない…かどうかは分からないが、敢えて人を残して俺達と戦わせるメリットは少ない。

既に街を手に入れており、俺達を誘き寄せる方法を考えているならば、敢えてここで数を減らすより、馬鹿みたいに誘い出された俺達を総力で押し潰せば良い。こちらの攻撃は街の外壁によって通らず、向こうは魔法も矢も放ちたい放題。誰が見ても俺達が圧倒的に不利な立場だ。


それが分かっているから、スラたん達も流石に明るくは振る舞えないらしい。


「……取り敢えず、どういう状況かを見に行くだけでもしてみよう。」


「そう…だね。」


スラたんは、白布が巻かれた自分の両手を見下ろして、暗い表情でボソリと呟く。


そして、少しだけ休憩を取った俺達は、来た道を戻り、木を伝って壁を登る。


予想通り、壁の外にあれだけ居た敵兵達が誰も居なくなっており、俺達との戦闘で死んだ者達が転がっているだけだった。

俺達を先へ進ませる為に戦ってくれた農夫達の死体も見える。遠くて顔までは分からないが…恐らく、数的に殆ど全員が……


「…行こう。」


鉤糸を使って壁を下りる。


俺の予想はほぼ間違いなく当たっているだろう。

ここに敵兵が一人も居ないのが良い証拠だ。そうなると……俺達の状態を考えて、ここで戦闘を終了するという選択肢が頭の中に浮かんで来る。

この状態で総力戦に持ち込まれてしまえば、俺達はどうする事も出来ないまま殺されてしまう可能性すらある。


ここで手を引く……という考えも視野に入れて行動した方が良いだろう。

俺達五人で出来る事には限界が有る。

俺達を誘き寄せる為の罠に引き込まれないようにして、聖魂魔法が使えるようになるのを待ち、一気に仕掛けるという事だって出来なくはない。いや、寧ろそれが最善策という場合だって有るのだ。


気持ちが沈んだまま、俺達はジャノヤの街を目指して歩き出そうとした。その時…


「あの!お待ち下さい!」


死体ばかりの平野から、誰かの声が聞こえて来る。


声の方へ視線を向けると、そこには農夫達の居た村で見た男の一人が居た。

どうやら、平野の窪みに身を隠して、様子を伺っていたらしい。死体に紛れていたのだろう。


「生き残ってくれたのか…」


全員の顔は覚えていないが、ここに居るという事は、ビルノと共に戦う為、ここへ来た者の内の一人だろう。


「っ……情けない事に…生き残りました…」


そんなつもりで言ったわけじゃないのだが…仲間の農夫達が死んでしまったのを見ていたのに、自分はこうして生き残り、死体に紛れてまで生き残ろうとした。それが情けないと思っているのだろう。

だが…


「そんな事は無い。」


「え…?」


「そうだよ!立ち向かっただけでも勇敢だよ!

生き残った事が情けないなんて事は無いよ!きっと死んでしまった皆も、君が生き残った事を情けないなんて言わないよ!」


俺が何かを言う前に、熱の入った言葉を発したのはスラたんだった。


「よく生き残ってくれたよ!本当に…本当に良かった!」


スラたんは涙を浮かべながら、生き残った男の手を握る。


「俺は……俺は……っ……」


これだけの戦闘が有り、仲間を目の前で失ったのだ。思うところは色々と有るだろう。言葉に出来ない感情に、男が体を震わせる。


「他に生き残った人達は…?」


「…分かりません……あの後、ここの連中とごちゃ混ぜになって…何が何だか分からない間に…」


そうなるであろう事は予想していた。

だからこそ、俺は計画が終わった段階で、逃げられる者は逃げるように伝えたのだ。それでも、恐らく大半はここで命を散らしただろう事は、倒れた農夫達の遺体の数を見れば分かる。


「俺が覚えているのは…最後まで戦っていたのがビルノさんだったという事くらいです…」


男が平野の一部に目を向ける。


俺達が男の視線の先に目を向けると、槍や矢を体に何本も突き刺され、正座するようにして動かなくなっているビルノの姿が見える。


「っ……」


スラたんは、それを見て、痛みに耐えるような顔をする。


ビルノの遺体を見れば、最後まで自分の手で家族の敵討ちを果たそうとした事が分かる。


手には拾ったであろう敵兵の剣。それは目の前に倒れている盗賊の喉元を貫通している。


自分達が死んだら、そのまま焼き払ってくれと言われていたが…この光景を見て、無感情に火を放つなんて事は出来そうにない。

アンデッド化する前に、火葬しなければならない事は分かっているが、最期まで家族の為に戦った者の遺体を、無下に扱う事など出来るはずがない。


「……ここにはもう敵は来ないだろうから、村の人達で、彼等をとむらってくれないか?」


「………はい……」


出来ることならば、俺達もそれに参加したい…するべきなのだとは思うが、まだやらなければならない事がある。


「あの……もし、このまま連中が向かったジャノヤへ行かれるのでしたら、一度ここから南に在るビャルノガという村に向かってみて下さい。」


「ビャルノガ?」


「はい…この辺りでまだ生きている者達は、その村に居るはずですから……こんな事を頼んで良いとは思っていませんが…」


「いや。助かったよ。早速行ってみるよ。」


街から追い出された者達を助けようと動いている人達がいる事は聞いていたし、その人達が、街を取り戻す為、逃げ遅れた者達を助ける為に動こうとしているだろう事は予想出来る。

そういう戦える者達が居るとしたら、恐らく生き残った者達が集う場所に居るはずだ。そうなると、ビャルノガに向かってみてからジャノヤへ行くのが良いだろう。


他人から見ても、今の俺達が疲労困憊な事は一目瞭然だろうし、彼が生き残った人達の事を頼み辛いのは何となく分かる。

だが、それでも、自分達ではどうにも出来ないと理解して、俺達に助けを求めたのだろう。


俺達が、本当に助けになるのかは分からないが、同じように盗賊達と戦う意思を持った者達が、数人だとしても集まっているならば何かが出来るかもしれない。


そう考えて、街に向かおうとしていた足を、男の言っていたビャルノガへと向けた。


ビャルノガの村は、想像よりも近い所に有り、歩いて十分も掛からないところに在った。

集まっているとは言え、結局は村だし、数人、多くて十数人程度、戦える者達が居たら良いという気持ちで足を向けたのだが……


「こ、これは……」


「予想以上の数ね……」


俺達が村に到着した時、そこが村だと分からなかった。

あまりにも人が集まり過ぎていた為、人が村から溢れ出していたのだ。総勢…数百人…いや、千人を超えているだろうか。


「凄い数だな…」


見た限り、現役冒険者、衛兵や傭兵のような者達も見える。恐らくジャノヤを本拠地として活動していた者達だろう。中には、既に引退したであろう者達も、どこから引っ張り出してきたのか古ぼけた武器を装備している者達も居る。

しかも、平野の各地から、まだまだ人が集まって来ているのが見える。


これだけの数になれば、流石に目立つとは思うが、ジャノヤからはそれなりに離れていて見えないし、索敵の為に出てきている盗賊達が見付けたとしても、この集団に手を出そうとは絶対に思わないだろう。


「おい!あんた達!大丈夫か?!」


俺達がその集団に近付いて行くと、数人がギョッとして走って近付いて来てくれる。


「血だらけじゃないか?!おい!医者は居ないか?!」


言われてみると、返り血で全身真っ赤だ。俺達の血なのか返り血なのかは一見しただけでは分からないし、ギョッとするのも当然だ。


「あー。すまん。大丈夫だ。これは返り血で怪我は殆ど無い。」


「そ、そうなのか?強がりなら止めとけよ?」


「親切にどうも。だが本当に大丈夫だ。心配してくれて感謝するよ。」


「それなら良かった。それに、感謝する必要は無いさ。こういう時こそ、互いに助け合うものだ。当然の事を皆しているだけだからな。」


そう言って笑う白髪混じりのナイスミドルなおじさん。

盗賊連中ばかりを相手にしていたけれど、こういう人達だって沢山居る。だからこそ、俺達は戦っていたのだという事を再確認出来る。


「それにしても…そんな返り血を浴びるくらい戦ったって事は、相当強いんだな?」


「少しでも力になれればと思ってな。」


色々と話をしたいところではあるが、出来ることならば、この人達をまとめようとしている者と話をしたい。ジャノヤの現状については、何も分かっていないし…


そう考えていると、人混みの中から、こちらへと向かって来る男が見える。


「おーい!!カイドー!!」


「あれは……ケビンか?!」


「おお!俺だ俺!」


人混みを掻き分けて出てきたのは、ケビン。小さな傷はいくつか受けているみたいだが、大きな怪我も無く、無事に街から離れてくれたらしい。


「無事だったか!」


「それはこっちのセリフだっての。というか…無事……なんだよな?」


「あ、ああ。これは返り血だ。」


流石にこのまま人混みの中に入るわけにもいかないし、俺達は返り血をしっかりと落とす。


「怪我が無い…とまではいかないみたいだが、よく無事でいてくれた!!」


そう言ってケビンが、俺の肩をバシバシと叩く。

本当に嬉しそうにしてくれて、ちょっと泣きそうになる。泣かないけど。


「ハナーサは?無事なのか?」


「ああ!俺が付いていたんだから無事に決まっているだろ!今は、ここの連中をまとめる為に色々と動いてくれているところだ!」


「ハナーサが?」


「こういう事に関しては、あいつの右に出る者は他に居ないからな。優秀なんだよ。」


「そうか……いや、丁度良かった。ハナーサのところに連れて行ってくれ。」


「……分かった。」


少し歯切れが悪い気がしたが、ケビンは一先ず頷いて、俺達をハナーサの元へと連れて行ってくれる事になった。

俺達に気が付いて医者を呼ぼうとしてくれたナイスミドルにお礼を言ってから、俺達は人混みを掻き分けて、村の中心へと向かった。


人口密度が異様に高いとは言っても、元々は村だった場所なのだから、家は有る。

そんな中で、一番立派…と言っても村の中ではという意味だが、一番大きな家の中へと入って行く。

屋内ではハナーサと、何人かの強面な人達がテーブルを囲んで難しい顔をしていた。


「ハナーサ!」


「あーもー!うっさいわね!色々と考えなきゃいけないんだから黙っててよ!」


ガンッ!


「ぐおぅっ?!」


俺達を連れて家に入ったケビンが、後ろからハナーサに声を掛けると、ハナーサは振り向きながら的確にケビンの脛に蹴りを入れる。


「……って…カイドーさん?!無事だったの?!」


そして、俺達の顔を見て表情を明るくしてくれる。


「お、俺の脛が……」


「良かったー!心配していたのよ!無事で本当に良かったわ!」


痛がるケビンを全無視して、ハナーサは俺達の事を歓迎してくれる。


「ハナーサも無事で良かった。怪我は無さそうだな。」


「ええ。私は大丈夫よ。でも…カイドーさん達はそうもいかなかったみたいね…?」


スラたんの手もそうだし、俺達の体に付いている傷は一つや二つではない。誰が見ても疲労困憊していると分かるはずだし、ハナーサが暗い顔をするのも当然と言える。


「色々と大変だったからな。それより、これからどうするつもりなんだ?」


「え、ええ。それなんだけど…」


「待った。」


ハナーサが今後について話そうとしたところで、ケビンが立ち上がって話を止める。


「な、何よ?」


「カイドー達にこれ以上戦わせるのは、反対だ。」


大真面目な顔でそう言うケビン。


「なっ!何言ってるのよ?!カイドーさん達が加わってくれるなら」

「駄目だ。」


いつもはハナーサの言葉に色々と言いながらも折れるケビンが、今回は強く言い返す。

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