第535話 知人

「…待てよ……まさか、その友魔にしようとしていたというのは…」


話の途中、俺はここまでの事を思い出して、友魔にしようとしていたものについて、一つの心当たりが有る事に気が付く。


「そう言えば、お前達に邪魔されたんだったな。

そうだ。ロック鳥の卵だ。

あんな化け物みたいな生き物は、モンスターとは思えないし、友魔に出来るかもしれないと思ってな。ただ、親鳥を捕まえるのは無理だからな。卵を奪ってひなと契約するつもりだったのによ。」


何故ロック鳥なんて危険なものに手を出したのか理解不能だったが、そういう事だったのか…

こいつの…いや、エサソンの能力が有れば、生きた相手に植物の種でも埋め込んで、任意に命を奪い取るような植物も作れるはず。そうやって手駒にした連中を使ってロック鳥の卵を奪わせ、生まれた雛鳥に対してザレインを使って強制的に契約を結ばせようとしていたのだ。

厳密に言えば、恐らくロック鳥というのはモンスターであり聖魂ではない。つまり、雛鳥だろうと親鳥だろうと、契約を結ぶ事は出来ないのだが、聖魂という存在を知らない者から見れば、どちらも人智を超えた存在であり、友魔に出来るかもしれないと考えても不思議ではない。


「…お前が栽培出来るザレインを作り出したのか。」


「まあな。大変だったんだぞ。俺以外には種を改変出来る奴は居ないし、毎日毎日…それに、人に対して程良く作用してくれるような濃度を調べたりな。まあ、お陰で金には困らなくなったが。くっくっくっ。」


「まさか……ノーブルの連中や、ザナを薬漬けにした理由は…」


「あー。そんなのも居たな。あいつらは実験体だよ実験体。戦闘もろくに出来ない盗賊なんて最早盗賊じゃないだろ。使えないから俺のザレイン農場の糧になってもらったんだ。薬漬けにした後は、薬欲しさに何でも言う事を聞いたから、ザレイン栽培をさせていた。だから、余すところ無く使ってやったと言って良い。あいつらも、ザレイン農場で死ねたんだ。本望だろうよ。」


ノーブルの連中が薬漬けにされていた理由は、ただの実験だったとは…それに、農場の労働力にも使われていたのか…

他の盗賊団に比べて、ノーブルの規模が小さく感じていたが、農場の労働力として人が連れて行かれていたからだったという事らしい。

ノーブルの事や、ザレイン、そしてロック鳥の事も…色々と合点がいったが……やっている事が無茶苦茶だ。


「いやー。こいつと契約して色々と助かったぜ。エサソン?だったか?良い力だよ。くっくっくっ。」


エサソンの事を物のように言いながら笑う男。虫唾が走る。


「………植物の情報を書き換える力…だね。」


「…へぇ。なかなか頭が良いな。」


「しかも…恐らく変えられるパラメーターは一つだけ。そして、パラメーターを変える事で、別に必要となる条件が発生する…という感じかな。」


「これは凄いな。そこまで見抜かれたのは初めてだ。」


パチパチと両手を打ち合わせて音を鳴らす男。


「変えられるのは一つのパラメーターだけ…?スラタン。どういう事?」


「僕もここに来て、改変という言葉をシンヤ君に聞いて、やっと分かったよ。

ザレインは異様な程に急成長していたけれど、本来は使わないはずの可燃性の液体が有った。何に使うのか分からなかったけど、あれは、本来水を必要とする植物に、水の代わりとして使う物だったんだ。」


「水の代わりに?!」


「急成長をする為には、絶対に水分と大きくなる為の栄養が必要になる。水よりも粘度の低い液体で吸収スピードを上げて、尚且つ、植物の栄養素を与える為の手段という事だと思う。栄養になるのかは分からないけど、パラメーターを変えるという事は、どこかに変えた分のしわ寄せが必ず行く事になるからね。それを埋める為の手段という事だと思う。」


「本当に凄いな。まあ、栄養だけは別で土に混ぜておく必要が有ったが、大体正解だ。」


「あのハンドの連中から飛び出して来たカルカの木も同じだよ。

急成長する代わりに、何か別の条件が有ったんだと思う。例えば、死肉ではなくて生きた血肉が必要だとかね。」


「正確には酸素を十分に含んだ血さ。あれは殆ど手を加えなくても良かったから、ほぼ変えていないがな。」


そういう事か…あの時、ハンドの連中から飛び出して来たカルカの木に対して、俺は鑑定魔法を使った。しかし、改変したという内容は出てこなかった。殆ど手を加えていなかったから、改変と認識しなかったのだろう。

情報が足りなかったりすると詳しい内容が出てこなかったりするし、鑑定魔法も万能ではないという事か…


「その力…俺の魔法を打ち消せたのに、他の連中を見殺しにしたのは何故だ。」


エサソンの力を使って、俺が使ったドリュアスの聖魂魔法を防いだ。それをこの目で見ていた。恐らく、いくつかの植物を隠し持っていて、それを使って受け止めたのだろうが、それならば、仲間を助ける為に使っても良かったはずだ。同じ盗賊団の仲間でもあり、プレイヤーであり、言うなれば同郷の者達なのだから。


「なんで俺が雑魚の尻拭いをしなきゃならないんだ?雑魚は死ぬ。どんなゲームでも同じだろう?

雑魚の為に貴重な力を使わせられるなんて真っ平御免だっての。」


男の語気から、それが本心であると伝わって来る。


「クズが……」


「殺した本人がそれを言うか?くっくっくっ。」


「………………」


「それにしても…俺の能力をここまで見抜かれるなんてな。やはり……を名乗るだけの事は有るって事か。」


「「っ?!」」


スラたんがそこまで言うと、男の口から『研究家』という言葉が放たれる。


スラたんがスライム研究家と自称していたのは、俺がソロプレイヤーとして活動していたのと同様に、有名とは言っても特定の範囲内での話だ。


スラたんがスライム研究家だと知っている…それはつまり、以前からスラたんの事を知っていたという事になる。


「僕の事を知っている…?!誰?!」


「連れない事を言ってくれるなよな。」


パサッ…


そう言ってフードを外した男は、緑色の長い髪に緑色の瞳。見た目はかなり若く二十歳そこそこだが、俺達プレイヤーの体は歳を取らない為、見た目は当てにならない。

背中に背負われているのは…両手剣だろうか。かなりリーチの有る武器だ。防具は、恐らく木製の物で、全身鎧とまではいかないが、胴、篭手、脛当てをしている。木製だと判断したのは、黄緑色に染色されている胴の防具に、微かに木目が見えているからだ。

ただ、木製だからと言って侮ってはならない。

この男は、植物のパラメーターを一つだとしても変えることが出来るのだ。硬度を金属程にする事も可能なはず。まさに、先の連中が体に張り巡らせていた木の根のように。


「お前は……ナナシノ?!」


「久しぶりだな。自称スライム研究家のスラたんに、ソロプレイヤーのシンヤ。」


その男の事を知っていたのは、スラたんだけではなく、俺もだった。


名前はナナシノ。


上位プレイヤーと呼ばれている者達の内の一人だ。トッププレイヤーの一歩手前といった立ち位置の者達で、スラたんが丁度その立ち位置に相当する。

ハッキリ言って、そのレベルになってくるとかなり強い。特に、このナナシノという男は、フランベルジュ使いとして、ファンデルジュ内ではそこそこ有名になっていた人物である。

フランベルジュというのは、両手剣の刃が細かく波打っている武器で、あまり使っている者は見なかったが、両手武器の中でも攻撃力の高い武器の一つだ。波打った刃のせいで、斬られると血が止まらなくなり、止血が難しくなる。斬撃に加えて、出血効果まで与えてくる武器…と言えば分かり易いだろうか。かなり殺傷力の高い武器だ。


そんな武器の使い手として知られていたナナシノとは、一度か二度程度、モンスター討伐をする際にパーティを組んだ事が有った。と言っても、俺は基本的にはソロプレイだったし、その場限りの付き合いとしてだが…それでも別に問題は無かった。特に深く関わる事は無かったし、話をしたのも数度程度。

その時は、スラたんの誘いで討伐に参加して、俺とスラたん、そしてナナシノは、他の数人を含めてパーティを組んだのだ。

その時のナナシノのイメージとしては…正直あまり覚えていないが、良くも悪くもなかったと思う。寄せ集めのパーティとなると、色々な性格の者達が集まる事もままある事だし、強烈な印象でも残る相手でない限りはあまり覚えていない。

ただ、スラたんは俺をパーティに誘った事もあり、他のメンバーとも交流していた為、ナナシノの事もよく覚えているみたいだ。


「な…なんでナナシノがこんな事を?!」


「なんでって…やりたい事をやっているだけだ。何が疑問なのか分からんな。」


俺の印象に残らないという事は、特別に良くも悪くもない性格だったという事になる。

スラたんの反応を見るに、こんな事をするような性格ではなかったという事だろう。


だが、結局のところ、俺達が繋がっていたのはネットゲームの上でという条件が付いている。直接顔を合わせて話をしていても、他人の事なんて簡単には理解出来ない。俺が生涯の友達だと思っていた奴が、本当はイジメの当事者だったように。

直接顔を合わせて話をしていても分からない他人の本性を、ネトゲの上で知ろうというのは実に困難な事だろう。

それが例え極悪人だったとしても、それを知る由など無いのだから。それに、この世界に来てから、ナナシノの人格が大きく変わった可能性も高い。

ただ、ナナシノの本性というのか、本質というのは、こういう人間なのだろうと思う。盗賊に対する適性とでも言うべきか、元々こういう人間性を持っていたからこそ、この男は嬉々として盗賊をやっているのだろう。


「やっている事が滅茶苦茶だよ!これがゲームだと思っているからそんな事が出来るの?!」


「ゲームだとか現実だとか、そういう事じゃねえよ。というか、俺としてはこっちが現実だと嬉しいとさえ思っているからな。」


「なっ?!」


「あっちではクソみたいな生活に、クソみたいな人間ばかり。こっちでは何でも出来る。そんなのこっちの方が良いに決まってんだろ?」


「だったら尚更、こんな事をしたら!」


「あーあー。うるせぇなー。

お前に言われる筋合いなんざ無いんだよ。俺は俺のやりたいようにやっているだけの事だ。お前達だってやりたいようにやってきたんだろ。そんな奴等に説教されても、何も感じないっての。」


「説教って…これは人としての話だよ?!」


「それが説教だって言ってんだよ。そんなもんはお前の価値観でしか無いだろうが。」


「それはっ!」

「スラたん。」


ナナシノに言葉を掛け続けようとしたスラたんを、俺が止める。


「無理だ。こいつに俺達の話は通じない。」


「でも!」


誰かも分からないプレイヤーと戦うのと、何度か話をして、パーティも組んだ事の有る相手と戦うのでは、精神的な面で大きく違う。

スラたんとしては、どうにかしてナナシノを説得して、武器を捨てさせたいのだろうが、このナナシノという男は、既にに人格が固定されてしまっている。言い方を変えてしまうと落ちる所まで落ちたと言うべきだろうか。恐らく、スラたんの知っているナナシノという男は、もう居ない。


「そうそう。そいつの言う通り。俺は俺の好きな事を好きな時に好きなようにやる。そう出来る状況なのにそうしないなんて事は有り得ない。

お前達が何を言ったところで、それは変わらない。」


「くっ……」


スラたんは、本当にもう手は無いのかと拳を握って歯を食いしばる。


ナナシノが昔に戻る事が絶対に有り得ない事だとは言えない。時間を掛けて、手を尽くせば、もしかしたら改心するかもしれない。だが、残念ながら俺達にそこまでの余裕は無い。時間的にも体力的にも、そして気力的にも。


「これ以上話をしても意味が無い。それに、悠長にしていると敵の増援が来る。相手がこいつだけの間に終わらせるぞ。」


何とかしようとしているスラたんにとっては、冷たい言葉に聞こえたかもしれないが、ここは冷静になって、ナナシノという男を排除するべきだ。


「スラたんを頼む。前には出ないでくれ。」


俺はスラたんの事をハイネとピルテに頼む。


ナナシノという男の実力はかなりのものだ。スラたんと同格となれば、今までのようにはいかない。

更に、そこに友魔の力が加わったとなると…厳しい戦いになりそうだ。


「ニルもあまり前に出ないように気を付けてくれ。」


「…分かりました。」


ナナシノの戦闘は、こちらに来る前に何度か見たが、あまり記憶に残っていないし、そもそもゲームの時と同じだとは思えない。そうなると、エサソンの力を使えるという事以外は、ほぼ何も分かっていないという事になる。

単純に考えて、スラたんと同格プラスアルファとなると、ニルが前に出て攻撃を止めるには辛い相手のはず。少なくとも、何合かを打ち合って、実力がある程度把握出来た上で、ニルでも大丈夫だと判断出来てから戦闘に加わってもらう方が良いだろう。


一応、ハイネ、ピルテ、ニル、スラたんが援護として後ろから色々としてくれるが、援護出来る隙が作れるかどうか…いや、考えていても答えなど出ない。まずはやってみるしかない。


未だに怒り狂っているドリュアスの力を借りて一気に押し潰す…というのは少し難しい。先程ドリュアスの魔法を止められているし、もう一度単純にドリュアスの力を借りたとしても、結果は変わらないはずだ。

それに……


『同じ規模の聖魂魔法を使えば、体がもたないはずです。体が壊れないように、私の方で出力を絞るとしたら、小規模な魔法で、尚且つ一度限りです。』


とベルトニレイに言われている。


つまり、そのたった一回を上手く当てるか、そもそも使わないかの二択しかない。後者で上手く対応出来るならば、その方が自分の体的にも良いのだろうが、そう簡単な相手でもないし、一回の魔法を確実に当てるしかない。

とすると、俺は極力ナナシノに近付いて、隙を作り出し、そこにドリュアスの一撃をぶち込む。これしかないわけだ。

ニル達が魔法で援護してくれるとして、それで勝負が決まるならば、それで良しだが、俺が戦闘中に魔法陣を描いて…というのは恐らく難しいだろう。


俺は桜咲刀を持つ両手に力を込める。


ナナシノも俺が攻めようとする空気を感じ取ったらしく、俺の事を睨み付けるように見てくる。


ダンッ!!


エサソンの力が有る事は分かっている。どんな攻撃が来るのか予想し難くはあるが、ナナシノは未だにフランベルジュを抜いていない状態だ。武器を抜いていない状態の間に、せめて一撃くらいは入れておきたい。

その考えを元に、俺は一気に距離を詰める。


「はぁっ!」


「っ?!」


ガギュッ!


俺の飛び込みに対して、ナナシノは反応を遅らせた。俺の攻撃スピードが予想以上だったらしい。しかし、俺の振り下ろした刃は、ナナシノの篭手に当たり、硬質な音を立てる。

木製の篭手が桜咲刀レベルの斬撃を受け止めるなんて、にわかには信じがたいところだが、やはり硬質化された木材なのだろう。


「チッ!」


俺の攻撃スピードが予想外だった事に対してなのか、ナナシノが舌打ちをする。反応を遅らせたナナシノに有効な一撃を入れられなかった俺の方が舌打ちをしたいくらいだったが、受け止められた事を確認した瞬間、直ぐに刀を引いて次の攻撃へと繋げる。


振り下ろした刃に対して、ナナシノは左腕を水平にした状態で持ち上げて刃を受け止め、右手をフランベルジュへと持って行こうとしている。


まだ武器を抜かせるわけにはいかない。


ガンッ!


少し強引だが、引いた刀を突き出し、ナナシノの胴鎧の右胸辺りに突き立てる。

狙うべきは首だったのかもしれないが、首を狙ってしまうと、持ち上げている左腕の防御が間に合ってしまう。どうせ攻撃が当たらないのならば、フランベルジュを抜こうとしている行動を邪魔出来る攻撃にするべきだと判断した。


右胸に当たった切っ先が、ナナシノの右胸を強く押し込み、ナナシノの体が時計回りに九十度回転する。


ギャリッ!


胴鎧が刀に対して垂直から水平へと変わった事で、刃が胴の上を滑り、火花を散らす。

こちらは、金属であろうと、質の良くない武器ならば真っ二つに出来てしまう程の刀だというのに、それを弾いて火花を散らす木材なんて…とんでもない防具だ。だが、流石に物理的な密度の限界値が有るのか、削れて火花を散らしたのは桜咲刀ではなくナナシノの鎧の方だ。

篭手に攻撃を入れた時に、ナナシノも俺の持っている武器が質の良い物だと感じ取った為、篭手を削られてしまうと理解し、舌打ちをしたのだろう。


「邪魔くせぇ!!」


ブンッ!


ナナシノは、体が時計回りに回転した事を利用して、そのまま一回転し、右足を使って後ろ回し蹴りに繋げる。狙って来たのは肩口辺り。

しかし、俺はそれに反応し、身を屈めて避ける。


「はぁっ!」


「っ!!」


ギィン!


体を伸ばしながらの斬り上げ攻撃。狙いは左足の内太腿。入ったと思った一撃だったが、ナナシノは咄嗟に左足で地面を蹴って飛び上がり、脛当てで斬り上げた刀を受け止めた。


身体能力の高いプレイヤーならではの動きではあるが…それにしても動きのキレが他の者達とは段違いである。


「っっあ゛ぁっ!!」


俺は刀の上に乗っているような状態のナナシノに対して、刀を引くのではなく、そこから更に神力を使って押し上げる。


「なっ?!」


ギャリギャリザシュッ!

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