第533話 改変 (2)

臭いの有る植物を使って嗅覚を利かなくするという事は、即ち、数人は森の中に隠れていると考えた方が良いだろう。


「皆。聖魂魔法を使う。退避の準備だけしておいてくれ。」


俺はこの場面で単純な戦闘に発展してしまうと危険だと判断し、直ぐに聖魂魔法を使う事を決める。

どれだけ頑張って戦っても、長期戦になるだろうし、そもそも勝てるかどうかも怪しい…というか負ける確率が極めて高い。


ここで無理に聖魂魔法を温存した場合、誰かが犠牲になって死ぬ。それだけは避けなければならない。


俺が小さな声で考えを言葉にすると、全員が小さく頷く。


ただ、使うタイミングを考えないと、プレイヤーの身体能力では逃げられてしまう。

そのタイミングを見極める為に、俺は敢えて口を開く。


「何故こんなところでこんな事をしているんだ?盗賊なんてやらなくても、プレイヤーならば金稼ぎくらい簡単に出来るだろう?」


「はっ!何言ってんの?!馬鹿なの?!やりたくてやってるに決まってるよね?!ははははは!」


「こんな事、現実世界じゃ出来ないんだから、思う存分楽しむしかないでしょ!しかも奴隷だって好きなように出来るなんてさ!日本じゃ考えられない事だよ!」


どうやら、彼等は、本気で言っているらしい。


「人の命を自分の思い通りに出来るなんて、普通は有り得ないからな。ゲームの世界ならではだよな。」


「…………」


正直、反論する気も失せた。


確かに、この世界では、日本に居た時には経験出来ない事など超沢山有る。魔法やモンスターだってその一つだ。でも、敢えて…敢えて人の命を弄ぶ事にフォーカスする必要など無いではないか。


「あんただって奴隷を連れているんだから同じ穴のムジナだろう?」


「この下衆共が…」


俺より先にキレそうなニルを、手で何とか制する。


確かに、外から見れば、俺も奴隷を買った者の一人だ。そこに理由が有ったのだとしても、奴隷を買ったという事実だけは間違っていない。

だが、俺とニルの関係を説明したところで、目の前の男達にそれが分かるとは思えない。

俺とニルの関係を理解して欲しいとも思わないし、敢えて反論するつもりはないし、それこそ時間の無駄だ。


「モンスターなんて倒さなくても、奪えば済む話だし、その方が危険も無いし。敢えて冒険者なんてする必要有るの?」


「だははは!違いないな!」


彼等の言うように、モンスターという生き物は、それぞれ特殊な能力を持っていたり、人の身体能力よりもずっと高い身体能力を有しているものが殆どだ。それを敢えて討伐しようというのは、危険な行為だ。

それに対して、この世界の人間ならば、プレイヤーの方が圧倒的に身体能力が高い事が保証されている。危険度だけで言えば、モンスターから素材を奪うよりも、人間から金品を奪う方が圧倒的に楽だと言えるだろう。

それをやるとなると、良心の呵責かしゃくが問題になって来るとは思うのだが…どうやら、ここの連中は、これがゲームの世界だと信じているらしい。そう信じ込んでいるだけかもしれないが…


「あっちじゃ働いて働いて雀の涙程度の金しか手に入らなかったのに、こっちじゃ一仕事するだけで遊んで暮らせるんだぜ。何が悲しくて命の危険があるモンスター退治なんてしなきゃならねえんだよ。」


話の内容的に、ここの連中は、少なくとも社会人だった連中だろう。

それに対して、各盗賊団に送り込まれていた連中は、どこか幼さの残る性格をしていた。そこから考えられる結論としては…


まず、こういう儲け方を考え付いて、ゲーム感覚で盗賊をしようとした大人達が何人か居た。その者達がどうやってなのか他のプレイヤー達を見付け出してそそのかして盗賊団を作る。その大人達が、人手を得る為に、まだ頼る事でしか生きられないような子供達をたぶらかして盗賊団に入れる。もしかしたら、盗賊団だと知らずに入った者達も居たかもしれない。

そうして取り込まれた子供達を、何らかの方法で精神的に束縛したのだろう。いや、盗賊に落ちて適性の有った者達は、束縛する必要も無かったのかもしれないが…


束縛したネタは………多分、人殺しだと思う。


もし、盗賊団に連れて来られて、訳も分からないまま人殺しに手を貸すような事になり、向こうの世界に戻った時に、言いふらしてやるとか言われれば、幼い彼等は従わざるを得なかったのではないだろうか。

個人情報の特定なんて簡単だ。直ぐにでも見付け出してやる…なんて言われた日には、恐ろしくて逃げ出す事も出来なくなる。

あくまでも、俺の想像でしかないが、俺の経験上、人殺しというレッテルは、何よりも重く、辛いものだ。それは、その事を知らない人間にも容易に想像出来てしまう程のものであり、子供達にとっては何よりも恐ろしいものだろう。

実際にそんなやり取りが有ったかは分からない。本当は、単純に盗賊団に誘われて、面白がった子供達が付いて行っただけの話かもしれない。だが、少なくとも、選択の余地は無かったのではないかとも思う。

この盗賊団に居るという事は、神聖騎士団に呼び出されたが、胡散臭さを感じて首を横に振ったか、もしくは怪しいと感じて不信感を抱いていたはず。そこから自分達で逃げ出したのか、それともこの大人達に連れ出されたのか…どちらにしても、頼る先の無くなった彼等の元に、さも優しそうな人が、近付いて来て、助けてくれるという話をされたとしたら?同じプレイヤーだよ。なんて一言を言われたら、同郷のような感じがして、どこか親近感を持ってしまうだろう。そうして付いて行った先で……なんて事が起きたのではないだろうかと考えられる。

最終的には、十年近くに渡る盗賊生活によって、その思考回路が盗賊達や連れ出した大人達の思考に汚染されて、盗賊団という限られた世界で生きる為に順応した子達も居ただろう。いや、今まで刃を交えた感じ、そういう子供達が大半だろうと思う。だが、中にはそうではない者も居たのではないだろうか。ニルが話してくれたアミュという弓使いの女。恐らく彼女は、その類の一人だったのでは……いや、止めておこう。これを考えてしまうと、この先の戦闘に支障をきたす。

ただ、目の前に居る連中は、子供達を騙して盗賊に落とした連中である可能性が非常に高い。ならば、ゴミのように一瞬で消え去っても、俺の良心は全く痛まない。元々、人を殺す事に罪悪感を感じないのだ。その上で良心の呵責すら無くなれば、聖魂魔法を放つ意思にブレーキなど存在しなくなる。


「今更、何かを言うつもりは無かったが……本当にクズばかりで感謝するよ。」


「あ゛?なんだと?

お前やっぱり馬鹿だろ。この状況を分かってて言ってんのか?お前は今から俺達になぶり殺しにされるんだぞ?俺達の機嫌を損なえば、その分悲惨な死に向かうだけだって事が分からないのか?」


「確かに……この人数のプレイヤーを相手に、俺達五人で戦うのは、なかなかに辛いところだろうな。」


「はっは!分かってんじゃねえか。それなら、まずは服を脱げ!お前じゃねえぞ。後ろの姉ちゃん達だ。」


元々働いていた社会人だったような事を言っていたが…人は落ちると皆同じような人格に行き着くのだろうか?

これではそこらの盗賊と何も変わらない。いや、盗賊なのだからある意味正しいのかもしれないが…力を持っている分、寧ろ普通の盗賊連中よりタチが悪い。


「あら。私みたいな年増の女の裸が見たいなんて、嬉しい事を言ってくれるわね。サービスしちゃおうかしら。」


俺がどうやって隙を作り出そうかと思っていると、後ろから歩み出て来たハイネが、半笑いの顔で言い放つ。


「なんだよ!話の分かる姉ちゃんが居るじゃねえか!」


「良いねぇ!好きだぜそういうの!」


盗賊プレイヤー達は、これ以上無い程に盗賊を楽しんでいるらしい。こんなクズで雑魚臭を漂わせていても、プレイヤーはプレイヤーだ。下手に動けば戦闘に入ってしまう。そうなれば、隙を突くなんて不可能に近くなる。


舌なめずりをする盗賊プレイヤー達に対して、一瞬、スラたんの手がピクリと反応したけれど、ハイネの思惑を感じ取って、何とか我慢してくれたようだ。


俺達の武器やアイテムを取り上げようともしないのは、完全に俺達を仕留められると確信しているからだろう。

こいつらは馬鹿そうに見えても、元々は向こうの世界に生きていた者達だ。余裕の態度を取るという事は、それだけの根拠が有るに違いない。

この状況、敵の人数、その他諸々の事を念頭に置いて考えると、その余裕の根拠が見えてくる。


まず、俺達がここに来る直前に出会った元冒険者の三人。彼等の体を強化していた植物の根。あれはまず間違いなく、この場所を作り出した者の手によって与えられた力だろう。そうなると、ここに居る連中にはあの植物の根が仕込まれていると考えて良いはず。プレイヤーにあの防御力と破壊力が上乗せされたと考えると、ゾッとする状態になっているはず。自分の体がそんな状態ならば、余裕の表情で話をしていてもおかしくはないだろう。

そんな奴等が十数人。装備もかなり良い物であり、魔具やら何やらを装備していると考えると、まあまず負ける事は無いと考えるのが普通だ。逆の立場だったとしても、負ける気がしないと思う。


そんな状況なのだから、余裕の態度も頷ける。


ただ、魔法に対する耐性はかなり低いし、聖魂魔法ならば、問題無く処理出来るのではないかと考えている。というか確信に近い。


雑魚臭のする連中はどうでも良いが、問題は数人に感じる強者の雰囲気だ。三人……いや、五人くらいは常に俺達の動きを警戒しているように見える。


植物を改変した奴も、恐らく、その中に紛れていると思う。ここまで姿を見せなかったし、かなり慎重なタイプのはず。

植物を改変出来る奴が複数人居る可能性もゼロではないが……多分、それは無いと思う。あんなよく分からない力を自在に操れるような奴が二人も居たらもっと辛い状況になっているはずだ。

何がどうなってそんな力を手に入れたのかは分からないが、それが特殊な魔法だったとしても、そう簡単に手に入る類のものでは無いはずだ。かなりぶっ壊れた性能の魔法になるし、そういう魔法を手に入れる為の魔法書等が手に入る確率は超超超低い。鑑定魔法もかなりぶっ壊れた性能だが、イベントで偶然手に入っただけの話で、それ以前にもそれ以降にも、鑑定魔法の話は一度も聞かなかった。それくらいにファンデルジュというゲームはプレイヤーに対して厳しいゲームだったのだ。

こちらの世界に来てからというもの、イベントの報酬でかなり良い物を手に入れたりもしたが、その分の大変さは有ったし、大体の物に関しては、長所も短所も有るような物ばかり。単純に長所だけのぶっ壊れた性能のアイテムとなると、魔力回復薬やゴンゾーに使った治癒の羽衣…あとはニルに使った魔力増強剤くらいだろうか。

それらの報酬は、地下トンネルダンジョンで偶然手に入れた物と、オウカ島で起きた『サクラ散る頃に』のイベント報酬と、どちらも死ぬ思いで達成した副産物。報酬が足りねえ!と叫びたくなるくらいの辛い経験後の話だった。

それくらいの経験をしてやっと手に入るような物を、複数人が持っているとは考え辛い。その線は考えなくても大丈夫だろう。そうなると、警戒を解かない数人の中の一人が、植物を改変した者という事になる。


「ふふふ…」


ハイネが前に出て、俺の姿を自分の姿で隠すように動く。ハイネが好んで着ている黒と紫を基調としたスレンダーな服に手を掛ける。

ゆっくりと服を持ち上げていくと、ハイネの、腰周りの綺麗な柔肌が見え始める。


馬鹿過ぎて溜息が出そうになるが、目の前に居る男達の大半が、そんなハイネの腰周りに視線を釘付けにして、生唾を飲み込んでいる。


キィィーーーン………


俺は、ハイネが作り出してくれた相手の死角を利用して、聖魂魔法を発動させる。左腕の紋章が光り出し、服の下でもそれが微かに認識出来る。


予想はしていたが、警戒を解いていない数人が、それを見て直ぐに後ろへと飛び退く。飛び退いた数人を聖魂魔法に巻き込むのは難しいかもしれない。


俺が今回力を借りるのは、ドリュアス。前にも一度力を借りた事が有り、『芽吹めぶき』という魔法を使う精霊だ。

効果は何をしても消し去る事が出来ない草木が現れて、対象範囲内に居る者達に絡み付き、その体内へと侵入して行く。その後、ラベンダーに似た白い花を咲かせ、体内から血液を吸い上げて、花が赤黒く変色する事で魔法が完成する。

この魔法に絡み付かれた者達は、血液をほぼ全て体内から吸い上げられて死に至る。


今回、この魔法を選んだ理由は、俺の意思ではなく、ドリュアスの強い希望が有った為である。

理由までは分からないが、ドリュアスが、かなり強く希望したらしく、有無を言わさない程だった。いつもは力を借りる為に、俺の方からお願いするような形なのだが、今回は逆と言っても良いくらいで、こんな事も有るのかとビックリしてしまった。

後々、ベルトニレイに聞いた話では、本来は、そんな事が出来るような物ではないらしいのだが、ラトやリッカとの事で、聖魂達との繋がりがある程度強くなり、融通が効くようになったらしい。ベルトニレイも、初めての事だから、驚いたと言っていた。

それはともかく、俺はそこまで強く出てきたドリュアスの力を借りる事にしたという事だ。


ズゾゾゾゾゾゾッ!!


「な、なんだっ?!」


「クソッ!逃げろ!」


「このっ!なんだこれは?!」


聖魂魔法について聞かされているとは思うのだが…演技でも何でもなく、本当にハイネに視線を奪われていたらしい。こんな連中に警戒しているなんて、自分が馬鹿みたいに思えてくる。


「このっ!クソがぁ!」


プレイヤー達は、何度も手に持った武器で地面から伸びてきた草木を攻撃しているが、ドリュアスの作り出す植物達は、その程度で消えたりはしない。少なくとも、それが例えプレイヤーだとしても、ドリュアスの魔法によって伸びてくる植物達を消す事は出来ないのだ。


「い゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!!」


ドリュアスの魔法に絡み付かれた連中は、その体内に、植物の侵入を許してしまう。例の植物の根を身体に張り巡らせていたとしても、体に侵入してくるドリュアスの魔法も同じような細い根のような形状をしているのだから、防御力など意味を持たない。


「ぐあああぁぁぁっ!!」


目の前に居た連中とは別に、森の中からもいくつかの叫び声が聞こえてくる。伏兵として待機させていた連中が、ドリュアスの魔法に捕まったのだろう。

この時はあまり深く考えていなかったが、後々考えてみると、森の中にまで魔法の効果が及んでいたのは、ドリュアスが積極的に力を貸してくれようとした事で、いつもよりも強力な魔法を使えたからなのではないかと思う。


ザザザザザッ!


男達に巻き付いた植物から、一斉にラベンダーのような花が現れて、真っ白な花弁を赤黒く変えて行く。血を吸い上げているのだ。


「「「「「っ?!」」」」」


ドリュアスの魔法は、それでも勢いを止めず、警戒して下がっていた連中を捕まえる為、更に魔法の範囲を広げ、残った連中を仕留めに掛かる。


ズゾゾゾゾゾゾッ!


「「くっ!!」」


それを躱そうとしたみたいだが、回避が遅れて、二人の男の足が植物に絡み取られる。


「「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!!」」


容赦無く体内へと侵入してくる植物達によって、捕まった連中は激痛を感じて悲痛な叫び声を上げている。


しかし、これでもまだドリュアスの魔法は止まらない。


ズゾゾゾゾゾゾッ!!


まるで、怒り狂った植物達が、目の前の男達を追い掛け回しているように見える。捕まったら即死の追いかけっ子なんて、とてもやりたいとは思えないが。


「に、逃げろっ!」


「クソッ!来るなっ!」


ズゾゾゾゾゾゾッ!


「ぐあぁぁぁっ!」

「ぎゃああああぁぁっ!」


四方八方から寄ってくる植物達に、残った数人も、為す術無く捕まってしまう。

何人かは、聖魂魔法についてかなり警戒していたみたいだが、回避するならば、少なくとも目の届かない位置まで避難するべきだった。いや…森の中の連中も捕まった事を考えるならば、この円筒状の石壁に囲まれた範囲内に入るべきではなかったと言えるだろう。


残りは三人だったのが、一人、二人と捕まり、最終的に残ったのは、俺達がここに到着した時に、俺達の居場所を他の連中に知らせていた白い外套の者一人だけ。


ズゾゾゾゾゾゾッ!


「っ!!」


その男も、逃げ切れなくなり、迫り来る植物に捕まりそうになる。

相手が相手だったから、聖魂魔法一つで一気に全員を始末出来るかは少し微妙なところだったが、杞憂きゆうだったようだ。

もっと攻撃力が高くて範囲の広い聖魂魔法も有るが、俺達が今居る環境で使うならば、ドリュアスの魔法が最も適した魔法だったのかもしれない。

ドリュアスの方からアプローチが有ったのには驚いたが、強く出てくるのだから、それだけの自信が有ったのだろうと思える。

ただ……ドリュアスの魔法を使った事で、繋がりが一時的に強くなり、ドリュアスの感情が流れ込んで来るのだが……酷く荒々しい。

怒りとか焦りとか…そう言った類の感情を強く感じている。

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