第532話 改変

スラたんは、変な植物を見て、遺伝子組み換えとは言っていたが、元の世界で色々な種の植物を組み合わせて、別種の植物にするという行いの事を言っているのだと思う。

種無し葡萄ぶどうとかのような、種無し何とかという物は大体その類の物だったし、薔薇も色々と掛け合わせたりして、色を変えたりしていたはず。

恐らく、スラたんが言っているのはそういうレベルの話だと言いたいのだろう。


「つまり、誰かがここに、そのを植えたって事かしら?」


結局、ハイネは理解するのを諦めて、変な植物で片付けてしまった。


「自然界には無い植物だし、誰かが手を加えてここに植えないと、勝手に生えて来たりはしないかな。

ただ、この拠点は、テンペストの連中がこっちに来てから建てられた物だよね?」


「そうね……そうなると、この短い時間の間に、十メートル近くも木が育ったって事よね…?」


「どう考えても、有り得ないスピードで育ってるよな?」


「何日か前に作られていたとしても、本来であれば何年、何十年と掛かるはずのところを、数日、下手をすれば数時間でここまで成長した事になるね。おかしいどころの騒ぎじゃないよ。」


「そうなると、地面に生えている植物も、何がどうなるのか分かった物じゃないな。」


「ここまで来ると、植物が突然爆発しても不思議じゃないと思う。」


スラたんが言っている事は冗談という事ではない。大真面目な話だ。


俺達の推測が正しいとすると、目の前に生えている植物は、遺伝子レベルで改造された植物という事になる。それはつまり、最早、元々の植物とは全く別種の植物になっているという事だ。そこにどんな特性が生まれるのかは分からないが、少なくとも、最大限に警戒しておいた方が良いだろうという事は間違いないだろう。


「爆発されると困るから、最大限注意して進むぞ。」


これが単なる植物ならば、火を放って全焼させてしまえば良いだけの話だが、火に対して何らかの反応を起こす可能性は高いだろうということは全員が理解している。これが相手の攻撃の手段となるならば、植物の弱点である火に対して、何の対策もされていないとは考え辛い。それこそ、爆発したり、有毒な煙が発生したりと、有り得そうな内容はいくらでも考えられる。

それに、上空部分がシールドで閉じられている事で、火魔法が使い辛くなっている。

本来、街のような場所で使われているシールドの場合、どこかに穴を作るか、壁の方に空気の出入りが出来る部分を設けているのだが、外から見た限り、この拠点らしき場所にはそういったものは見当たらなかった。


出入口は有るだろうし、空気穴も探せば有るのかもしれないが、空気の出入りが難しい構造だろうというのは間違いないはず。

そんな閉じられている空間で、火魔法など使おうものならば、窒息死してしまう。火魔法を使わせない為の策の一つという事も考えられる。


ここまで何度か不自然な木魔法の存在を確認しているが、どれも植物であるという根底だけは崩れていなかった。どんな特性を持っていても、植物であるという一点だけは守られていた。その一点が守られているならば、火に対して特別強い植物以外は、やはり火が弱点となるはず。その火を使わせないようにというだけの理由で、この拠点が作られているわけではないだろうが、大きな理由の一つだろうと思う。


「スライム達がある程度の植物を間引いてくれているとはいえ、こうも鬱蒼うっそうとした森の中だと視界が上手く取れないね…」


「そうだな…」


スラたんが放ったスライムも、数としては数匹。俺達の通る道を作る為に動いてくれてはいるが、それだけで周辺の植物全てを溶かして回る事は出来ない。瓶に入っていたスライムだから、体の組織も半分程度に減っているし尚更だろう。


「危険な植物が有れば、スライム達が教えてくれるだろうけど、僕達人間とスライムでは、危険に対するハードルの高さが違うから、あまり過信しないでね。」


「ああ。十分に注意しておく。」


植物の知識を最も豊富に持っているスラたんを先頭に、森の中を進む事数分。状況に変化があった。


「……ちょっと止まって。」


スラたんが手を横へ伸ばして、俺達の進行を止めるように指示を出す。


「どうかしたのか?」


「うん。ここから先は、どうやらここまでとは違うみたい。

見えるだけでも、何種類かの危険な植物が見える。」


確かに、スラたんが止まった辺りから手前と奥では、生えている植物の種類が異なっている。

一応、俺も鑑定魔法を発動している為、スラたんの止まった場所から先に見えている植物の情報を確認出来るが、スラたんの言うように、危険な植物がチラホラ見えている。毒を持った植物や、葉の側面が鋭利な刃物のような状態になっている植物等だ。


「迂回しても意味は無さそうね。」


「うん。多分ね。」


「スライムで危険な植物だけ溶かしてもらって進むのが良さそうか?」


「そうだね……っ?!」


ズガガガガガガッ!!


俺達の話の合間に、突然、スラたんを狙っての飛翔物。

何かは分からなかったが、重く硬い何かだ。


ズザッ!


「大丈夫か?!」


「うん!」


飛翔物を避けて俺の近くまで退避して来たスラたんに声を掛けると、直ぐに返事をしてくれる。怪我は無さそうだ。


「魔法か?!」


「分からない!」


飛んで来た物は木の幹を丸めたような物…だと思う。見た事の無いような物だから、それが何なのかの判断が出来ない。大きさは五十センチ程度。


「敵は?!」


「スライム達が気が付けなかったって事は、それよりも遠くから狙われたって事だと思う!」


周囲に人影は無いし、スライム達も反応していない。ハイネとピルテも予想外だという表情をしている。

周囲には植物が密集しているし、通常よりも索敵が難しい場所だという事を差し引いても、かなり遠くから攻撃してきたはず。


「ですが…この中をどうやって攻撃して来たのでしょうか…?」


草木が密集している事で、俺達からの視線が通らないように、相手側からも視線は通らない。それはつまり、魔法による攻撃も通らないという事だ。それなのに、飛翔物は、的確にスラたんの居場所に向かって飛んで来た。


「…分からない。」


あまりにも唐突に攻撃が来たから、どこから飛んで来たのかさえ分からなかった。


「とにかく気を付けるんだ。防御はするな。まずは回避に専念するぞ。」


「はい。」


ここは完全に相手のテリトリー。どんな攻撃が飛んで来るかも分からないし、防御するのは得策ではない。触れるとヤバいタイプの植物だってここには生えているのだから。


「………っ?!」


ズガガガガガガッ!


今度は後方から飛んで来た木の塊を、ハイネが避ける。


「後ろ?!」


「まだ来るぞ!」


ズガガガガガガッ!


「「っ!!」」


今度は向かって右側。


俺とニルが回避する。よく見えないが、何かが周囲を動いている気配を感じる。人…ではなさそうだ。


「何か居るわ!」


「しかも複数体です!」


ハイネとピルテが存在に気付いて、俺達へ情報を共有する。


「スライム達を移動させるよ!足は遅いから気を付けてね!」


何がどうなっているのか分からないが、俺達を殺そうとしている何かが居る事だけは分かる。


ズガガガガガガッ!

ズガガガガガガッ!


次々と飛んで来る木の塊を避けているが、多方向からの射撃で、かなり避けるのが大変だ。ただ、飛翔物のスピードはそこまで速くはない為、避けられない事は無いと言ったところで、何とか回避出来ている。


「あれは……皆!周囲に張り巡らされているつたを切って!」


スラたんの声が響き、俺達は直ぐに言われた通りに動く。


スラたんが言っているのは、樹木に垂れ下がっていたり、巻き付いていたりする人の腕くらいの太さの蔦だ。


「はっ!」

ザシュッ!


「やぁっ!」

ザシュッ!


それぞれが、近くに見えている蔦を刃で切り裂いて、なるべく他の植物に触れないように気を付けつつ、元の位置へと戻る。


「だ、大丈夫……なのか?」


スラたんに言われた通り、蔦を切断すると、攻撃がパタリと止む。


「大丈夫……みたいね…」


蔦を切った途端に静寂が戻って来て、攻撃されていたのが嘘のように感じてしまう。


「言われた通りに切ったけど、何だったの?」


「あれはツリーハグだよ。」


「ツリーハグ?ツリーハグってあのツリーハグ?」


俺はどのツリーハグなのか知らないので、鑑定魔法を使って、切り落とした蔦を調べてみる。


【ツリーハグ…樹木に張り付いて、その樹木の幹を食して生きる寄生型の蔦状植物。一般的な植物で、攻撃性や危険性は無い。】


「攻撃性や危険性は無い植物だって事みたいだが…?」


「多分、今シンヤ君が調べているのは、普通のツリーハグなんだよ。こっちを調べてみて。」


そう言ってスラたんが示した蔦の残骸を調べてみると…


【ツリーハグ(改変)…ツリーハグを改変した植物。本来は攻撃性や危険性の無い植物であるが、改変によって取り込んだ木の幹を、動くものに吐き出すよう改変されている。】


俺は鑑定結果を読み上げる。


「まるで自動迎撃システムだね…それに、また改変…」


「植物を使って、俺達の事を殺そうとしているって事だよな?」


「ここまで来た僕達に対して、これで仕留められるとは思っていないだろうし、運が良ければ…程度に考えているとは思うけど、多分ね。」


「いよいよ周囲の植物が怖くなってきたな。」


「魔法で一気に伐採したいけれど…そんな事をしたら何が起こるか分からないわよね…あー!イライラするわ!」


ハイネにしては珍しく、感情を爆発させて、切り落とした蔦の一部を軽く蹴り付ける。


普段はそんな事はしないタイプの女性なのだが、相当疲れが溜まっているのだろう。ここまで、かなりの数の戦闘を行って来た。しかも連戦に次ぐ連戦。気が立ってしまうもの仕方の無い事だ。

それは、ハイネだけでなく、全員に言える事だ。今は気を張っているから良いものの、流石に限界が近い。全身からは倦怠感が抜けず、傷だらけ。返り血でベトベトになり、魔力も減っては回復薬を飲み、減っては回復薬を飲みを繰り返している。

そんな状態で、またしても面倒な相手との一戦が予想される流れ。ハイネの気持ちもよく分かるし、俺も蔦を蹴り付けたい気分だ。一応、このパーティの司令塔としての役割も有るから、そんな事をして全員にイライラが伝播しないように気を付けているが、精神的にも辛くなってきた証だろう。さっさと全て終わらせて、ゆっくり眠りたいところだ。


「気持ちは分かるが、冷静にな?」


「ええ…そうね。ごめんなさい。少し取り乱したわ。」


ハイネは冷静に答えてくれているように見えるが、そう簡単にイライラが収まるはずはないし、気持ち的には直ぐにでも、この状況を作り出している者を串刺しにしたいところだろう。だが、いくら疲れていても焦りは禁物だ。


「植物自体は僕のスライムで溶かせるけど、さっきみたいな攻撃となると、スライム達にはどうにも出来ないから、自分達で避けるしかないね。」


「スライム達の索敵範囲を広げてどうにかなる問題でも無い…よな?」


「そうだね…さっきの攻撃に気が付けなかったのは、多分相手が植物だからだと思うし、スライム達が広がっても、多分変わらないと思う。それに、動く物に対して攻撃を仕掛けて来るとなると、スライム達も対象になるだろうし、無闇に範囲を広げると、スライム達が無意味に殺されちゃうかもしれないかな。」


今回攻撃して来たツリーハグは、植物型のモンスターではない。単純に動く物に反応する植物という存在なので、スライム達も気が付けなかったのだろう。どうしても人とスライムとのギャップが有る為、植物相手となるとスライム達だけの索敵では網羅出来ないみたいだ。


「今のまま進むのがベストか……ハイネ、ピルテ。植物が攻撃して来る事を頭に入れて索敵してくれ。二人の感覚が頼りだ。」


「ええ。分かったわ。」

「お任せ下さい。」


正直なところ、先の改変されたツリーハグ程度の攻撃ならば、そこまで神経質になる程の攻撃ではない。ただ、改変されたツリーハグのような能力を持った別の植物が居てもおかしくはないし、その植物が毒を持っていてもおかしくない。

スライムの索敵に引っ掛からない相手となると、こちらの索敵方法はハイネとピルテの五感のみ。ツリーハグの時は、まさか蔦が木の塊を飛ばして来るとは思っていなくて後手に回ったが、植物による攻撃も有り得ると分かれば、余程予想外な事でもない限りは遅れを取ったりはしないだろう。


「これだけの守りを固めているとなると、情報を持っている連中が居ると考えても良さそうかしら?」


「この円筒状の壁に囲まれた範囲全てが、僕達を誘い込んで仕留める為のフィールドだとしたら、間違いなくここで仕留めに来るはずだよね。」


「ここまで念入りに下準備をしておいて、植物だけに任せるなんて事は無いだろうし、これ以上俺達に好き勝手させないようにと考えているなら、総力戦になってもおかしくはないと思うぞ。」


「つまり、盗賊団相手には、ここが最後の踏ん張り所という事ね。」


「そうだね……よーし!サクッと終わらせよう!」


スラたんの言うように、サクッと終わらせる事が出来るならば、話は簡単なのだが…そう上手く行くかは微妙なところだ。だが、前向きなのは非常に有難い。全員疲労にイラつき始めている中で、スラたんがいつものように軽く言葉を発してくれるだけで、少しは気分も上がるというものだ。


俺達は、そこから更に数分、中心地点に向かって真っ直ぐに森の中を進んだ。

途中、ツリーハグやその他の危険そうな植物に攻撃を受けたが、ハイネとピルテのお陰で怪我も無く何とか中心地点近くまで辿り着く事が出来た。


「シンヤさん。」


「ああ。」


中心地点の近くまで辿り着くと、そこまで鬱蒼としていた森が、変に途切れており、円形の空間が出来ていた。

そして、その中央部には何十人かの人影が見えている。


「どう考えても敵だよね…?」


「だろうな……」


見えている人影は、全員が完全武装の上、装備している物はかなり質の良さそうな物ばかり。そして、その全員が臨戦態勢。俺達が近付いて来ている事を察知しているのだろう。


その中の一人。真っ白な生地に緑色の刺繍が入った外套を身に付けている者が、俺達の方に向けて人差し指を向ける。すると、周囲に居た他の連中が一斉に俺達の方に向けて武器を構える。

どうやら、俺達の居場所はバレているらしい。


「奇襲は無理そうだな。」


バレているのに隠れていても仕方が無い。俺は円形の空間に足を踏み入れる。


敵は全部で二十人……いや、そこまでは居ないかもしれないが、十五人は居るはず。

しかも、全員がかなり良い装備をしている。


「まさか…全員がプレイヤーって事はない…よね?」


スラたんの言葉を聞いて、それは無いようにと本気で願う。

だが、現実は非情だった。


「まさか、こっちに来てからPKするなんて思っていなかったなー。」


「向こうじゃそういうの駄目だったからね。」


ニヤニヤと笑っている連中が口にしたPKというのは、プレイヤーキルの略称。ゲームの世界で使われる用語で、その名の通りプレイヤーをキル…つまり殺す行為の事を指す。つまり、まず間違いなく、ここに居る連中はプレイヤーで間違いないという事だ。

過剰戦力とも言える数のプレイヤーが揃っている。


よくよく考えてみれば分かる事だった。


ここまで、色々な要所と言える場所には、必ずと言って良い程プレイヤーが配置されていた。しかも複数人。

こちらの世界に何人のプレイヤーが送られて来たのかは全く分からないが、要所に送り込めるくらいの数が揃っているとなれば、それなりの数になるだろう。

そして、その数のプレイヤーが揃っているとなれば、盗賊団として十分に活動出来る人数に達する。そして、プレイヤーが上位を占めるような盗賊団となれば、他の盗賊団を寄せ付けない程の強い盗賊団になる。例えば…テンペストのような。


「渡人の盗賊団…か…」


「嘘でしょ……流石にこの数はキツいわよ…」


こちらの人数は五人。一人が一人のプレイヤーを相手にしてもキツいというのに、相手の数は三倍以上。つまり、一人が三人を相手にしなければならない数という事になる。流石に…これは厳しい。


「ソロプレイヤーのシンヤだったか。ファンデルジュをソロプレイなんて、どれだけ阿呆なんだよとは思っていたが、こんな場所にたった五人で来る程に阿呆だったなんてな。」


俺に直剣の切っ先を向ける男。


俺が全力を出して戦っても、恐らく相手に出来るのは二人が限度。技術的な事や精神的な部分で勝っているとしても、それは全体的な戦力差が拮抗している時に役に立つ話であって、こうしてプレイヤーに囲まれても平気だという話ではない。


「……ハイネ。森の中にも何人か居るのか?」


「ごめんなさい…分からないわ。多分、匂いのする植物が近くに生えているのだと思うわ。さっきから鼻が利かないのよ…」


「いや…それが分かれば十分だ。」


こちらの事を把握されているという前提で、鼻が利かないように準備しているという事は、ハイネとピルテの鼻を潰すという意味合いで準備しているという事になる。

二人の五感が鋭く、五感で索敵を行っていると気が付かれているのか、単純な索敵能力の阻害としてなのか…黒犬が関わっているし、恐らく前者だろう。

そうなると、敢えて鼻を潰す理由は、誰かが隠れていて、それを察知させない為という理由くらいしか思い付かない。

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