第三十八章 ジャノヤ攻防戦 (6)

第525話 攻城戦

ファーエルは後衛でメヌトとユボラコスに守られているし、俺達が近付けば離れようとする。逃げる相手を追いながら魔法を当てるというのはなかなかに骨の折れる作業だし、弓を持っているファーエルの方が圧倒的に有利な状況になってしまう。それでは困る為、ファーエルを狙うのは却下。

追い掛ける形ではなく、近付いて来たところに合わせるようにして魔法を使うならば、メヌトかユボラコスのどちらかという事になるのだが、メヌトは体が大きく、筋肉も分厚い。単純な防御力も高い上によく分からない防御力を上乗せされている状態である為、確実に仕留めるならば、ユボラコスの方だ。そして、速い方だとはいえ、ここまで一撃でさえ俺に攻撃を当てられない程度の実力。狙うには十分な理由だろう。


本来ならば、動きの速い者に魔法を当てるのは一苦労だし、そう簡単に当たってくれない。スラたんに向けて単純にフレイムスピアを放っても、十中八九避けられると考えると分かり易いだろう。まあスラたんとユボラコスではスピードが全くの別物だし、同じように語るのは違うかもしれないが、スピードタイプの戦闘スタイルという点では同じだ。


ただ、ユボラコスの場合は、スピードだけではなく他にもスラたんと違う部分が有る。それは戦闘時の押し引きだ。

スラたんの場合、攻撃力も防御力も低い為、何よりも相手の攻撃を受けない、攻撃するところを狙われないという事に重きを置いている。意識外から攻撃が来て、反撃してもそこには既に居ない。それがスラたんの理想的な戦い方だ。しかし、ユボラコスは、スラたんとは違って、防御力が高いせいか、強引に前に出て来て攻撃する癖のようなものがある。スピードタイプの戦闘スタイルにおいて、強気に前に出るというのは、ある種の賭けに近い。相手とぶつかり合う為に前に出るわけだから、当然、自分も攻撃を受ける可能性が増加する。相手の攻撃が通らないと思っているからこそ出来る動きだろう。

そして、魔法陣を相手が描いていて、もし、魔法が当たれば、自分は死ぬかもしれないという時でも、そういう癖というのは出てしまうものだ。

魔法を使おうとしている相手の懐に、強引に入り込み、斬られようが何をされようが、魔法陣を完成させなければ良い。物理的な攻撃に対して、高い耐性を持っているユボラコスとしては、そういう強引な考え方をしてしまう傾向が見られた。だから、隙を見せれば、必ず突っ込んで来ると思っていた。


そして、実際にそうなった。


俺にしてみれば、刃の届く距離で、フレイムスピアを当てると考えればそれ程難しくはない。魔法が放たれた瞬間に、その魔法が相手に到達する距離。つまりゼロ距離での魔法射撃なのだから、当てられなければ笑われてしまうレベルだ。


「ユボラコス!下がれ!」


「取ったぁ!!」


ユボラコスは、俺の見せた隙に飛び付いた。それが誘いだとは気付かずに。


ユボラコスは俺の体に対して、左横から脇腹を狙って突き攻撃を繰り出して来る。

ど素人でもなく圧倒的強者でもない相手だと、予想外な動きが無い分、動きを予想し易くて助かる。隙を見せれば、こういう形で攻撃してくるだろうと想像していた通りの動きを見せてくれる。


メヌトは冷静に状況を見られているらしいが、ユボラコスは完全に一人で突っ走っている。


ギィン!


ハイドネーゼ三人のパワーは片手で止められる程に甘くはない為、体を後方にズラしナイフの攻撃を避けながら、右手に持った刀でナイフを弾くように叩く。

実際には、パワー負けしてナイフを弾くというより軌道をズラす程度しか出来ないが、物理的な攻撃は本命ではない。

俺は、本命である魔法陣を発動させてユボラコスに向ける。触れられる程の距離なのだから、左手をユボラコスの方へ向けるだけで十分だ。


「っ?!!」


俺が魔法陣を完成させ、淡く、そして赤く光る魔法陣を見て、攻撃を誘われたという事に、ユボラコスも流石に気付いたようだが、もう遅い。俺の魔法陣は既にユボラコスの顔面目掛けて発動している。


ゴウッ!


ユボラコスの目の前に炎の塊が発生し、それが槍の形となって射出される。ユボラコスは、自分が迂闊うかつに飛び込んだ事を後悔していた事だろう。


「うあぁぁぁぁ!!!」


俺に突き出した方と逆の手に持ったナイフを、俺に向けて伸ばしてくるが……


ゴウッ!ジュッ!


炎の槍は、ユボラコスの顔面へとゼロ距離で射出され、顔面を焼きながら弾け飛び、火の粉を周囲に散らす。


ドサッ……


ユボラコスの突き出そうとしていたナイフを持った手は、俺へと届く事はなく、地面に落ちて行く。

倒れたユボラコスの頭部は丸焦げになり顔面の中心部に穴が空いてジュクジュクと音を立てている。


人の死は、常に劇的なものではなく、その多くがあまりにも呆気なく訪れる。ユボラコスも、その多くの一例として、一瞬にして、呆気なく絶命した。


「ユボ…ラコス……?」


メヌトとファーエルは、ユボラコスの死に対して呆然としている。こんなに簡単に殺されてしまうとは思っていなかったのだろう。

彼等の敗因を言うならば、俺が動きながら魔法陣を描けてしまうという事を知らなかったのか、甘く見ていたのか、魔法陣を描き出した時、中途半端に止めようとした事だろう。彼等は、もっと必死になって俺を止めるべきだった。いや…そもそも、盗賊になどならずに、冒険者として生きていれば、ここで死ぬ事も無かったはずだ。盗賊に落ちた事。それこそが敗因かもしれない。


彼等の体内に張り巡らされている植物の根には、魔法、特に火に対する耐性がほぼ無いという事が分かり、そこからは早かった。

ユボラコスの死に動揺したメヌトとファーエル。そして周囲の連中も、自分達の上役が一瞬で消されたのに動揺し、一気に動きが鈍くなった。

そうなれば、俺が魔法陣を描き、それに対して射出されるファーエルの矢をニルが弾き、メヌトの攻撃を避けるだけ。


まずは近付いて来るメヌトに対して、同じようにフレイムスピアを射出し、顔面を焼いた。一発目のフレイムスピアは、太い腕で受け止められてしまい、片腕を焼いただけに終わってしまったが、ただでさえユボラコスが死んで俺を止めるのがより難しくなった状況で、更に片腕まで使えなくなってしまえば、もう一度俺の魔法を止める事など出来ず、呆気なく顔面を焼かれて死んだ。

残ったファーエルは、俺達とメヌトの戦闘中に矢を放ちつつ、細剣に持ち替えて俺とニルを止めようと走り込んで来たが、接近戦はそこまで腕が良いわけではなかった。

そして、メヌトが死んだ時点で、自分の勝ち目がほぼ無くなった事を察し、自暴自棄になって突撃して来たところを焼き殺した。途中からは、スラたん、ハイネ、ピルテも参戦して来て、少し過剰戦力な感は有ったが、さっさと先に進む為にも、ゆっくりしては居られなかった為仕方無い。


考えてみれば、最初にファーエルが俺達に対して弓を射った時、後ろに居たハイネまでをも狙った攻撃をしたと思っていたが、あれは、そもそもハイネを狙った攻撃だったのだろう。後衛からの魔法による攻撃を出来る限り遠ざける為の一手という事だ。魔法が使えず、近接武器のみならば、この三人はかなり厄介な相手となっていただろうから、その手にまんまと乗せられそうになったという事だ。

魔法を使うという選択肢が残せる実力を身に付けていて本当に良かった…


三人を処理し終えた後、俺達は更に敵陣の奥へと進む為、隊列を組んで敵兵を蹴散らしながら進む。

簡単そうに聞こえると思うが、実際に簡単に進む事が出来たのだ。

理由は、俺達がハイドネーゼの三人と戦っている間に、敵兵の数がかなり減ったからだ。皆のお陰で敵が一気に死んだからとか、そういう理由ではなく、盗賊連中が引いたのだ。

恐らく、この辺りでの戦いを避けて、本陣に固まるように指示が出たのだろう。変に俺達と戦って数を消耗し続けるよりも、固まって戦った方が良いとの判断に違いない。

ただ、聖魂魔法の一発で全て消し飛ぶ可能性も有る事を知っているのか、ギチギチに固まっているわけではなく、ある程度の広がりを保っている。


「あの三人に、時間を取らさせれてしまったわね。」


「ああ。まさか、あんな防御魔法が有るとは思わなくてな…」


少なくなった敵の内、進行を妨げる奴等だけを切り伏せつつ、ハイネと言葉を交わす。

ハイドネーゼの三人が使っていた魔法が、どういう魔法なのかさっぱり分からないが、皮下に植物の根を巻き付けるなんてのは、魔法でしか実現出来ないし、間違いなく魔法だ。しかし、俺は勿論、ハイネ達も、スラたんも知らない魔法だった。


「防御力も攻撃力も底上げしてしまうなんて、とんでもない魔法よね…」


「でも、体内に作り出した根は消えないよな?」


この世界の魔法は、基本的に一度作り出した後に消えたりはしない。

火や光、闇魔法は、突然その場に発生するが、その後は世界の物理法則に従って霧散するだけで、消え去っているわけではない。

つまり、魔法で彼等の体内に根を生成したとしたならば、あの根は体内に残り続ける事になる。表面に張り付いているくらいならば剥がしてしまえるし問題は無いだろうが、投げナイフを突き立てた時、数ミリしか刃が入らなかった。その事から、恐らく、体内には大量の根が張っているはずだ。それによって、実際にどんな健康被害が出るのかまでは分からないが、何も無いということは無いだろう。下手をすれば近々死んでしまう可能性すら有ると思う。本人達の反応を見ていた限りでは、そんな事を考えているようには見えなかったし、ノーリスクで使えるチート能力的に考えていたのかもしれないが…あんな状態でノーリスクなんて医学を知らない俺でも有り得ない事くらい分かる。


「根がどこまで侵食しているかにもよるとは思うけど、皮下だって体内の一部だからね。異物を排除しようと体が反応して…まあ健康状態で言えば最悪だろうね。」


少しずつ俺達を阻もうとする敵が減り、かなり余裕が出来てきた為、スラたんも話に参加してくる。


「敵の事なのだから、体調が悪いのは喜ばしい事だけれど…あんな奴が大量に居たら、流石に対処し切れないわよ?」


確かに、あんなのが百人単位で出てきたら、流石に対処出来ない。しかし、その可能性は極めて低いだろう。


「もし、多用出来る魔法なら、この辺りの者達全員に付与しているはずだと思うし、それは大丈夫だと思うよ。

それに、本来体内には無い物を無理矢理作り出す魔法って事になるし、痛みとか止血とか考えると、そう簡単に使える魔法じゃないと思う。」


スラたんの話を聞くに、百人単位で現れる事は無さそうだ。あくまでも推測だが。


「あれが全員に付与されている戦場なんて恐ろしくて歩けなくなるわよ…」


「だが、あのレベルの者に付与されていたと考えると、少なくは無いだろう。特に、テンペストの本陣付近の者達で、あれより強い連中に付与している可能性は高い。」


「だよねー……一気に進んでいるけど、あんなのに取り囲まれでもしたら、僕達ヤバいよね?」


「魔法が効くと分かっているし、常に魔法を絶やさないようにしておく必要は有るだろうな。

あとは、聖魂魔法を使うタイミングだな。」


ハイドネーゼと同様の力を付与された連中が次々と現れるようならぱ、どこかで一気に数を減らす為、聖魂魔法での一掃を考えておかなければならない。

全員が上級魔法を使って、大規模な魔法を作り出すのは、どうしても時間が掛かり過ぎる。余裕を持って上級魔法を描いている時間が取れるならば良いが、雑兵も全員を招集するわけではなく、散りばめるように残しているのを見るに、魔法を描かせる時間を作らせないようにしているのだろう。

散発的に襲って来る盗賊達のせいで、常に動いていなければならず、動いていると俺以外に魔法陣を描く事は出来ない。足を止めて魔法陣が描けたとしても、度々飛んでくる魔法や、時折襲って来るまとまった数の敵兵のせいで、魔法を使用せざるを得ない状況となり、魔法を使用させられてしまう。

戦闘の為に軽く足を止めた時などは、ハイネとピルテ、ニルも魔法陣を描いて魔法を発動させる準備をするが、少し進む度にまた足を止めて魔法陣を描かなければならなくなる。かと言って、魔法を使わずに進む事は出来ない状況だし、魔法陣を描きつつ迫って来る連中を処理し、処理が終わったところで魔法を使いながら進行し、魔法を使い切る前にまた足を止めて魔法を準備するというのを繰り返すしかない。


「落ち着ける状況でもないし、このまま行くしかないか…

時間を掛けすぎると、パペットの連中も合流してしまうかもしれないからな。」


「それが一番嫌な展開だね。これ以上敵が増えると、流石に辛いし。」


「聖魂魔法のタイミングは、俺が合図する。使う時は大きく下がってくれ。」


俺の言葉に、全員が頷く。


「……農夫達はどうだ?」


ここまである程度楽に進んで来られたのには、農夫達の働きも大きく関係している。やはり、その後どうなったのかは気になるところだ。


「こっちからじゃ分からないな…空は明るくなってきたけど…」


テンペストへの強襲を仕掛けてから暫く経つ。日の出はまだみたいだが、空が明るくなり始め、周囲も少しずつ視界が通るようになってきた。数分も経てば朝日が差し込んで来るはずだ。

しかし、農夫達は、敵陣の外周で戦ってくれている為、奥へと入った俺達からは既に見えない位置となっており、その後の事までは分からない。


「そうか…」


何とか復讐を果たして、生き残ってくれていると嬉しいが…


「ご主人様!」


農夫達の事を考えながらも、前に進んでいると、明るくなりつつある平原の中に、一つの大きなオブジェが見えてくる。


俺達からは見えるのは、大きな石壁。それが街の外壁のように曲線を描いて建てられており、その上に人影が何人も見える。高さは十メートル程だろうか。

その壁の周りには、引いて行った雑兵連中がうじゃうじゃとうごめいているのが見えている。


「あれが敵の本陣かな?」


「どうだろうな…」


壁は左右数百メートルにも渡り隙間なく立てられており、見ただけで攻め込むのには苦労するだろうという事が分かる。


魔法を使えると、こうして一夜城いちやじょうみたいな事も容易に出来てしまうというのが何とも…攻める方としては頭の痛い話だ。

聖魂魔法を最初から撃ち込んで全てを無に帰す事も考えたが、壁の中にバラバンタなる者と、パペットの頭であるマイナが居るかはまだ分からないし、ここは慎重に行動すべきだろう。気持ち的には撃ち込みたいところだが…


「まさかこんな平原のど真ん中で、攻城戦みたいな事をさせられるとはね…予想はしていたけれど、実際に見ると気分も落ち込むわね。」


「相手側は、僕達の体力を削り切って殺すつもりなのかな…?」


「それも視野に入れてだろうな…取り敢えず……」


俺は用意しておいた魔法を早速撃ち込んでみる事にする。


使うのは上級土魔法、岩槍。貫通力と破壊力を併せ持つ魔法だし、壁を攻撃するには丁度良い。


魔法を発動させると、岩槍が生成され、壁の前で防衛をさせられている盗賊達の頭上を超えて、石壁へと飛んで行く。


ズガァァン!


かなり大きな音が響き、土埃が生じた後、石の破片が落ちて来るのが見える。


「まあ…そうだよな。」


しかし、落ちて来た破片は、全て俺の作り出した岩槍の物で、石壁は表面が軽く削れた程度。

下に居た連中は降ってくる破片にアタフタしているが、肝心の壁はほぼ無傷と言える状態だ。


先程相手にしたハイドネーゼの三人に施されていた魔法は、人にしか使えないというわけではないはず。恐らく、目の前に有る石壁の中にも、同じように植物の根が仕込まれているのだろう。

土壁を作る時に、藁を入れると頑丈になるのと同じ原理だ。


「壁を壊すのは難しそうね。」


「壁内の連中を確認するなら、飛び越えるか、出入り口を探してそこから入るしかないだろうな。」


「ほんと…嫌になってくるわね。」


確認はしていないが、恐らく上空部分には魔具か魔法かで防御を張っているはずだし、魔法を降らせても意味が無いだろう。無理矢理こじ開けるとしたら、壁の上まで行って、直接叩く必要が有る。


「出入り口を守っていないなんて事は無いだろうし、一番手厚く守っているに違いないよね。」


「俺なら間違いなくそうするだろうな。それに、万が一入れたとしても、出入り口付近には大量の者達が居るはずだ。

予想では、さっきの三人と同じような付与をされた連中がうようよとな。」


「それは…嫌ね。とっても嫌だわ。」


「なら……あの壁の上に行くしかないね。」


俺達の向かう先には、先程まで平原の中にごった返していた盗賊達。その奥には破壊出来そうに無い高い壁。その上には弓使いと魔法使い多数。

こちらの切れる手札は残り少ない上に体力も残り少ない。

こんな状態で突っ込むなんて、本当に嫌な話だ。


だが、こいつらを野放しにしておいたら、理不尽に虐げられてしまう人達がいる。


俺達をここまで来られるように…俺達が敵討ちを果たしてくれると信じて託してくれた人達が居る。


「本当に嫌だわ………でも。」


「行くしかない…よね!!」


盗賊達との戦いも、テンペストを潰せばほぼ終わったようなものだ。つまり、ここからテンペストを潰し切るまでが、力の使い所。やるしかない。

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