第524話 ハイドネーゼ (3)
ユボラコスとメヌト達も、俺達が離れたタイミングでファーエルに近付いて何やら相談しているようだ。
俺一人に対して、ユボラコスとメヌトの二人で襲い掛かり、小さな傷一つですら付けられなかったのだし、次はニルか俺のどちらかを三人で狙って来るかもしれない。
ユボラコスとメヌトの二人だけを相手にしているだけならば、それ程難しい事ではないが、ここにファーエルのヤバい矢が加わってしまうと、流石に厳しい。ニルの事だから、その辺は上手くやってくれるとは思うが、ニルの方に三人が行った場合は面倒な事になる。そうなる前に、俺の方から仕掛けてみるとしよう。
ハイドネーゼの三人が何かを話し合っているところに向かって、俺は一人で近付いて行く。
ファーエルが、常に弓を俺かニルに向けている為、一気に真っ直ぐ近付くのは無理だが、ファーエルの狙いを読み、射線に入らないように気を付けつつ距離を詰めると…
パキィィン!ビュッ!
ファーエルが近付いて来る俺に対して矢を放つ。
矢が異常に速いという事は既に分かっていたし、弓の動きを見ていれば避けられる。しかし、ここにユボラコスとメヌトが加わると、ファーエルの弓を見ている暇が無くなる為、次の矢は避けられるか分からない。
短弓は、長弓に比べて取り回しが良く、連射も速い為、直ぐに対処しなければ、次の矢が飛んで来てしまう。俺は矢を避けつつ、地面の上を転がるようにして移動し、メヌトの体とファーエルの体が直線上に来る位置へと移動する。メヌトはパワーこそ凄いが、動きは鈍い為、即座に射線から移動する事が出来ず、一先ずの連射は防ぐ事に成功した。
「メヌト!」
「分かっている!」
タンッ!
「「「っ!!」」」
ファーエルがメヌトに邪魔だと叫び、メヌトは射線を明け渡そうとするが、俺は即座に地面を蹴って、メヌトを壁にしつつ走って近寄る。思っていた以上に俺の動きが速くて、三人は驚いているようだ。
先程までは様子見を兼ねて打ち合っていたが、三人の実力と強さの秘密に気が付いたのだから、様子を見る必要も無くなった。ここからは全力で攻めに出る。
それぞれの実力は結局のところそこそこでしかないし、気を付けてさえいれば、攻撃を受ける事も無いだろうと判断した結果だ。様子見だった先程までとは戦い方が大きく違う。
「ユボラコス!」
「分かってるよ!」
メヌトが叫び、ユボラコスが二人から離れて側面に回り込む。連携を取り始めたようだ。
「来いやぁ!!」
メヌトが戦鎚を振り上げて、雄叫びをあげる。
まずは、取り敢えず除外はしたが、突き攻撃が効くのかどうか。それを確かめてみる事にしよう。刀を折られてしまうと困るので、使うのは投げナイフ。それ程質の良い物ではないが、突き攻撃が有効なのかどうかを確かめる為だけならば、投げナイフを相手の体に突き立てるだけで良い。
俺は左手で投げナイフを取り出し、メヌトに走り寄る。
「うおおらぁぁ!!」
ブォン!
ズガァァァァァン!
戦鎚は相変わらず大振りで、俺の体には当たらず、地面ばかり割っている。
メヌトは、地面を割るのが得意らしいし、農民をやって地面を耕す方が合っているのかもしれない。
ビュッ!ザッ!
俺は左手で持った投げナイフを、そのままメヌトの右肩に突き立てる。
あまり俺が使うタイミングの無い投げナイフだが、手入れはしてあるし、刃先は鋭利。骨を断つ事は出来ないが、肉に突き刺すくらいは普通に出来る。
しかし、俺の持った投げナイフは、刃先を数ミリメヌトの肩口に潜り込ませただけで、それ以上は入らない。
「ふんっ!」
ブォン!
右肩に投げナイフを突き立てた俺に対して、振り下ろした戦鎚を振り上げるメヌト。
俺は即座に横へと跳んで、戦鎚を躱す。
やはり突き攻撃は、あまり意味を成さないようだ。
身体中に植物の根が張り巡らされており、まるで毛細血管のようになっているのだろう。いや…毛細血管に取り付くように植物の根を這わせているのか……どちらにしても、突き攻撃でも、刃は簡単に通らない事が分かった。
それに……
俺はチラリと左手に持った投げナイフを見てみると、刃先が欠けている。
それ程良い質の刃物ではないが、質の悪い刃物という事でもない。恐らく、刃を突き立てた時、刃先が毛細血管のように伸びる根の間に入り、メヌトが体を動かした時、刃に対して横への力が働いて折れてしまったのだろう。
投げナイフとは比べ物にならない程質の良い桜咲刀とは、単純な比較は出来ないが、突き攻撃をして相手を追い込む事は、極力避けた方が良いだろう。
「シッ!」
ビュッビュッ!
メヌトの攻撃を避けたところで、左後方から迫っていたユボラコスがナイフを突き出して来る。それをしっかりと避けて、今度はユボラコスに狙いを定める。
投げナイフを突き立てたメヌトの右肩は、少しも血が滲んでいないし、やはり毒を塗っても効果は期待出来ない。毒で仕留めようと考えるならば、毒液のような、皮膚に付着するだけで効果を与える物か、吸引させて肺から取り込ませるかだろう。
ただ、相手も毒については警戒しているだろうし、魔法が怖い。最初に飛んで来た上級土魔法、岩槍は、恐らくこの三人がそれぞれに放った物だろう。そうなると、それぞれが上級魔法を使えるという事になるし、毒を逆に利用されてしまうかもしれない。
何せ、こちらの攻撃は効かず、攻撃されながら魔法陣を描き続けるなんて事も出来るのだから。
毒も、突き攻撃も駄目だとなると、残った手段は二つか三つ程度。
力押しで行くならば、同じ箇所を何度も斬り付けて、根を断ち切ってしまうという方法だが…どれくらい時間が掛かるのか見当もつかない。取り敢えず、攻撃して桜咲刀が欠けたりしない事は確認出来ているが、敢えてそんな難しい事をしなくても、他に方法は有る。
相手の防御力は、物理的なものに対しては高いが、それ以外に対しては普通の人間と同じである。
という事は、例えば熱や冷気、電気等は効果が有るはず。他にも、ハイネが使ったデコンプレッションのような空気圧を変化させる魔法や、酸素を奪うような方法も効果が有るだろう。
要するに、魔法で仕留めるのが良いだろうという事だ。
但し、ハイドネーゼの三人も、そういう展開になるであろう事は予想しているだろうし、強引にでも魔法を止めに来るはず。つまり、ファーエルの事はニルに任せたとしても、俺はユボラコスとメヌトの攻撃を躱しながら、魔法陣を描かなければならないという事になる。
相手が格下とは言っても、Aランクの冒険者に見合うだけの実力くらいは持っているし、二人の攻撃を避けながらとなると、いつものように魔法陣を描きながら動くというのは難しい。どうしても片手で刀を振ることになるし、意識の殆どが魔法陣に向かってしまう為、動きが単調になってしまう。
「ユボラコス!離れて!」
後ろに居るファーエルが大声で指示を出すと、ユボラコスが俺の近くから飛び退く。
二人が俺に対して攻撃を仕掛けつつ、射線をファーエルに明け渡したのだ。ファーエルはオレから離れるように移動しており、即座に近付いて攻撃は出来ない為、俺の選択肢としては、矢を避ける以外に無い。しかし…俺が回避の体勢に入るよりも早く、ニルの援護が入る。
ギィンッ!
「っ?!」
ニルは、周囲の雑兵の相手をしながら、少しずつファーエルに近寄っており、その動きを常に把握していた。そして、ファーエルが弓を俺に向けて構え、矢を放つ直前に、それを阻止する為に動いたのだ。
攻撃の通らない相手だと分かっている時点で、本人への直接攻撃にはあまり意味が無いと理解していたニルは、矢を放とうとする瞬間を狙い、盾を弓に対して投げ付けた。その狙いは、弓の照準を衝撃によってズラす事にある。
俺から見て右側方面から投げられた盾が、ファーエルの弓に当たり、狙いが左手側へとズレる。矢を放つ瞬間を狙われた為、矢はそのまま左手側へと射出される。
パキィィン!ビュン!
「うわっ?!」
放たれた矢は、俺よりも、ユボラコスに近い部分を通り過ぎて行く。流石にユボラコスに矢が当たる事は無かったが、まさか自分の方に矢が飛んで来るとは思っていなかったユボラコスは驚いて声を上げている。
ドスッ!
「ぐ……がっ……」
俺が居る場所から大きく外れた場所へと飛んで行った矢は、最終的に、俺の後方に居た雑兵の一人の胸に刺さる。
「このっ!」
ファーエルは、ニルの攻撃に対してかなりイラついた表情を見せる。
逆に、ニルは発動させていたシャドウテンタクルで引き戻した盾を無表情のままキャッチする。
誇らしげにするでもなく、ドヤ顔をするでもなく、それが当然の事だと言わんばかりの態度である。
ファーエルは、ニルの表情を挑発だと感じたのか、歯を鳴らしてニルを睨み付けている。ニルの実力を知っていれば、特別な事をしたイメージは無いし、本人もそのつもりが無いから無表情なのだと分かるが、ファーエルから見れば、逆に挑発とも取れなくはない。ただそこに居るだけで相手を挑発してしまうとは…ニルも随分と変わった。
しかし、ファーエルは腐ってもAランク冒険者。イラつく気持ちのままにニルへ向かって行く事はなく、ユボラコスとメヌトの動きに合わせて、一旦後ろへと下がる。
「ファーエル!」
ズガァァァァァン!
俺への攻撃に集中しようとしたファーエルに対し、邪魔する目的で近付こうとしていたニルに向けて、メヌトが戦鎚を振り下ろす。
ニルは最初に言っていたように、メヌトの一撃は受け止められない為、即座に後ろへと飛び退いて攻撃を躱す。ファーエルも同じように防御力は高いはずだが、俺達に何かされる可能性を考えて、ファーエルの守りは徹底しているらしい。
強気に前に出てきたり、かと思えば慎重だったり、力に振り回されているから、戦い方も定まっていないように見えるのだろう。
どちらにしても、俺達は俺達で魔法をどうにか使用出来るような状況を作り出す必要が有る。
そこで、俺は一先ず、相手が離れている現状で、魔法陣を描き出してみる。かなり強引だが、やってみる価値は有る。
直ぐにニルは俺のやりたい事を察知して、その場の誰よりも早く動き出し、俺の盾になる為に走り出した。その動きを見て、ハイドネーゼの三人も魔法を止める為に動き出したが、遅れての動き出しだった為、ニルの方が圧倒的に早く俺の前へと到達する。
「魔法を止めるのよ!」
ファーエルが叫んでいるのは、周囲の盗賊達に対してだ。敢えてここまで雑兵を突っ込ませたりせずに数を温存していたのは、俺達が魔法を使おうとした時の為だったらしい。
「ご主人様!」
流石に自分一人では捌き切れない相手の数だと思ったニルが、このままでは潰されてしまうと叫ぶ。
「出来る限りで良い!」
「分かりました!」
完全なゴリ押しではあるが、魔法陣を描く事が出来なければ、魔法は発動しないし、発動しなければずっとハイドネーゼの三人を仕留められない。俺達の持っているアイテムでも、魔法に近い事は出来るが、現状でハイドネーゼ三人に対して使えるアイテムは限られてしまう。
それよりも、確実にダメージを与えられるであろう魔法を使って、一人だけでも落としてしまいたい。ハイドネーゼの三人は、それぞれの役割が決まっていて、バランスも悪くない為、三人を相手にし続けるのは非常に面倒だ。一人落としてしまえば、もっと楽に戦える。
強引な方法ではあるが、これが上手くいかないとは思っていない。俺も攻撃を躱したり、雑兵程度ならば片腕でも相手をする事が出来る。当然ながら、ニルも雑兵だけならばある程度凌ぐ事は出来る。上手くいけば、この一度で一人落とせるかもしれない。
流石に上級魔法陣を描いている暇はない為、使うのは中級魔法にはなるが、それでも、一人の人間に対しての攻撃であるならば十分だ。
なるべく素早く描ける魔法陣をということで、使うのは中級火魔法、フレイムスピア。広範囲への攻撃は出来ないが、植物の根に対して作用しそうな火魔法である事と、貫通力が高いこと、そして魔法陣を描く時間が短いというのが選んだ理由だ。
魔法を使った攻めは、どうしても隙が出来るし除外して、別の方法で楽に倒せるならばそうしたかったが…現状、魔法による攻撃が最も手っ取り早い。取り敢えずトライしてみて、魔法が使えるのかどうかを確認するだけに終わったとしてもやってみる価値はある。
「魔法を使わせるな!」
「数で押せ!数で!」
周囲で俺達の事を見ていた連中が、ファーエルの一言によって一斉に動き出し、攻撃を仕掛けてくる。
いくら中級魔法の魔法陣とはいえ、描き切るには時間が必要だし、その間に襲い来る連中を全て排除するとなると、かなり辛い状況となるのだが…
ズガガガガガガガガッ!
「「「「ぐああああああぁぁぁぁぁ!!!」」」」
突然、目の前に石の棘が地面から飛び出して来て、迫って来ていた盗賊達を串刺しにしていく。
「私達が居る事を忘れてもらっては困るわね。」
ここまで周囲の連中を近付けさせないようにと動いてくれていたハイネ、ピルテ、そしてスラたん。しかし、相手にしていた者達の殆どが俺とニルに目を向ければ、当然ハイネ達の手も空く。自分達の守りは十分に間に合うと判断したハイネが、自分達を守る為に使おうとしていた上級土魔法、
自分達も戦闘の真っ只中に居るというのに、本当によく見てくれている。援護のタイミングも完璧だ。
「これならば!!」
カンッ!ギィン!ザシュッ!
「ぐああぁっ!」
一気に目の前の敵が減った事で、ニルも動き易くなり、荊棘に巻き込まれずそのまま攻撃を仕掛けて来た者達を相手取る。攻撃を盾と戦華で弾き、刃を走らせる。それを何度か繰り返し、俺への攻撃の殆どを防いでくれる。
パキィィン!
「「っ!!」」
奥に下がっていたファーエルの弓が鳴る。
俺とニルの周りは、盗賊達がごった返していて、狙いを定める隙間などそれ程多くはないというのに…仲間を犠牲にしてでも、俺とニルを仕留めに来たのだ。魔法を使えばダメージを与えられるかもしれないと考えて、強引に魔法陣を描き始めたが、どうやら当たりだったようだ。
仲間を犠牲にして…という事は、ここまで雑兵でさえ温存するような動きを見せていたのが、その余裕さえ無くなったという事だ。つまり、焦っているのだ。それは、魔法が弱点だと自分から言っているようなものだ。
ビュッ!ガシュッ!
「ぐ……はっ……」
俺の魔法を阻止する為に動いている者達の中で、特に気を付けなければならないのは、やはりハイドネーゼの三人だ。その動きには注意を払い続けている。当然、ファーエルが矢を放とうとしている事は気が付いていた。仲間ごと射抜くつもりで放つかどうかに確信は無かったが……盗賊との戦いにも慣れて来た。仲間を犠牲にして俺達の隙を突くやり方は、盗賊の定番となりつつあるし、俺もニルも、その矢に対して予想外だなどとは思わなかった。
俺達とファーエルの間に居た者の喉を突き抜けて直進して来た矢を、俺もニルも、難無く回避する。
「ファーエル!続けて撃ち続けるんだ!」
「分かってるわよ!」
パキィィン!ガシュッ!
「ぎゃあああぁぁぁ!」
次は仲間の腹部を貫通させて俺を狙って来る。
メヌトの指示も指示だが、分かっているとそのまま撃ち続けるファーエルも、なかなか頭のおかしな事をしている。
「ひぃっ!」
流石に、後ろから仲間に射抜かれると承知で俺達の前に立ちはだかろうとする程の奴は居ない。
メヌトの指示を聞いて、実際に背中から射抜かれた仲間を見て、目の前に居た盗賊達は俺とファーエルの間から逃げるように横へと退避する。
「壁が逃げてどうするんだ!!」
グシャッズガァァァァァン!
逃げようとした仲間ごと、メヌトが戦鎚を振り下ろしてくる。もう滅茶苦茶だ。どちらが敵でどちらが仲間なのか、雑兵の連中も分からなくなっていてもおかしくない。
俺もニルも、メヌトの攻撃を避け、一歩下がる。
ドンッ!
「うわぁっ?!」
そのタイミングで、側面に立っていた盗賊の一人が、情けない声を出しながら、前傾姿勢で突っ込んで来る。突っ込んで来るというのか…攻撃の体勢も取っていないから、押し出されたのだろう。
ビュッ!ザシュッ!
「がっ!」
ニルが飛び出して来た男に対して即座に反応し、投げ短刀を投げる。額に投げ短刀を受けた男は、前傾姿勢のまま倒れて行く。
「シッ!!」
ビュッ!ビュッ!
押し出された男を後ろから蹴ったのは、ユボラコス。背が小さい為、男の影に入ると全く見えない。しかし、飛び出した男が誰かに押されたと分かっていて、先程から人混みに紛れ込んで居場所の分からなくなっていたユボラコス。そこまでの状況が把握出来ていれば、後ろから飛び出して来る事は簡単に推測出来る。
後はしっかりと攻撃を見て、避けるだけ。
但し、ここで避ける際、俺は敢えて隙を作り出し、ユボラコスの更なる追撃を誘う。何故ならば、ユボラコスの攻撃を避ける前に、フレイムスピアの魔法陣がほぼ完成しているからだ。
相手の攻撃を誘い、それにカウンターとして魔法を放つ為の一手である。最初から狙おうとしていたユボラコスが目の前に来て、俺としては万々歳だ。
ユボラコスを狙おうとしていた理由は、一番簡単にダメージを出せるだろうという判断からである。
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