第523話 ハイドネーゼ (2)

速効性の致死毒となれば、アイトヴァラスの毒かチハキキノコの毒を使うしかない。しかし、どちらも肌に直接作用して死に至らしめるものではないし、空気中にばら蒔いたりしたら、俺達も危険だ。どちらの毒も、強力であるが故に、使い方を間違えてはならないのだ。

現実的に考えて、使える毒を選ぶとしたら、強酸性液、毒液、後は溶解液辺りだろうが、溶解液以外は、外で使う場合、風魔法等の補助が必要になる。そんな暇は無いだろうし、使えるのは溶解液ぐらいだろう。


「スラたんの作ってくれた溶解液ならば、何とかなるかもしれないが…」


「あれは使う方も気を使いますからね…」


もし、溶解液をぶっかけようとして、それを返されたりしたらこっちが死んでしまう。


「まずは、本当に斬れないのか、もう一度確かめてみる。援護してくれ。」


「分かりました。ただ…私では、あのギガス族の男の攻撃は受けられません。」


「ギガス族?」


「あの大男の事です。人族と見た目は同じですが、人族ではなく、ギガス族という種族の者です。人族とは筋量が違うので、間違いないかと。」


ギガス族という種族を見たのは初めてだが、話だけは聞いた事が有った。何でも、見た目は人族と全く同じだが、筋量が人族を大きく上回り、体格も大きいらしい。ただ、人族の大男と言われると、そうなのかと思える程度のサイズで、知らなければ判別は難しいらしい。


俺も、言われてみてから、メヌトの筋量が人のそれを軽く凌駕している事に気が付いて、納得する。

ギガス族は、ここよりずっと南、神聖騎士団の居るストロブに近い場所を本拠地としていた為、今までの旅ではまず見掛けなかった。

因みに……神聖騎士団が世界的に進行を開始し、早い段階でギガス族の街は制圧されたらしい。そこに居るギガス族が全てではないし、街から離れていた者達は無事だったらしいが、このメヌトという男も、その中の一人だろう。


既に制圧されたギガス族ではあるが、メヌトが神聖騎士団と繋がっているかもしれないという可能性については警戒しなくても大丈夫だろう。

ここまで、全く神聖騎士団との繋がりは見えていないし、神聖騎士団と事を構えている魔族の手の者である黒犬が関わっている時点で除外出来る。単純に、街から離れたギガス族の一人だろう。


そんなギガス族が、どんな種族なのか。簡単に説明してしまうとミニ巨人族だ。巨人なのにミニと付くのもよく分からないし、そもそもミニというサイズ感ではないのだが、人族に近い見た目に対して、パワーは桁外れに強い。身長は平均で約百九十センチとデカい人族と言える程の体格の上、パワーは人族の三倍近いと言われている。


メヌトは、そんなパワー重視の種族であるギガス族であり、そこにパワーが上乗せされて、巨人族なみの力になっている。

巨人族のアンティとカンティのパワーは、この身で体験した。あの力は、いくらプレイヤーとはいえ、防御力特化のステータスでない限り、受け止めるのはまず不可能と言える。当然、防御力特化ではない俺に受け止められるはずがない。という事は、メヌトの攻撃も、俺達に受け止める術は無いという事だ。恐らく…というか、まず間違いなく、防御魔法なども全て吹き飛ばす事が出来るはずだ。

しかも、俺達の攻撃は、何故か通用しない。

とてつもない防御力と、とてつもないパワーとは……最悪の組み合わせだ。


せめて、異様な防御力の原因と対処法が分かれば、俺達にも勝ち目が見えてくるはず。そちらから何とかするしかない。

メヌトのパワーはかなりの脅威ではあるが、スピードは大した事はなく、俺とニルならば難無く避けられるし、当たらなければいくら力が強くても意味が無い。まあ、掠っただけで死ねる攻撃を躱し続けるというのは、肉体的にも、精神的にも、言う程簡単な事ではないのだが…俺とニルならば問題無いはずだ。

ユボラコスとメヌトの注意は俺が引き付け、ファーエルと周囲の雑兵の注意はニルが引き付ける。それで少しの間は何とか凌げるだろう。その間に、何とかダメージを与える方法だけでも見付けなければ、本格的にヤバくなる。


「ただでさえ時間が惜しいというのに…」


「来ます!」


ニルも役割分担する事は理解しており、メヌトが動き出すと、即座に俺から離れて、周囲の雑兵を処理する為の動きに切り替える。


「ふんっ!!」


ズガァァァァァン!バキバキバキバキッ!


一撃で地面を割る威力の戦鎚。しっかりと避けてはいるものの、その破壊力は、見る者を萎縮させる程のものだ。アンティとカンティとの手合わせが無ければ、俺も必要以上に警戒していたかもしれない。


「はぁっ!」

ギャリッ!


取り敢えず、メヌトにも、ユボラコスと同じように、攻撃が通用しないのかを確認する為に、振り下ろされた腕に刃を走らせてみるが、結果は同じで、表面を微かに斬っただけ。ファーエルも同じかは確認していないが、同じように攻撃は通らないと思って良いだろう。


「無駄無駄ー!」


ビュッ!


メヌトに攻撃を仕掛けた俺に対して、左後方から迫って来るユボラコス。


ギィンッ!


「チッ!」


ユボラコスの攻撃を躱して、そのまま首元に刃を走らせてみるが、これまた全くダメージを与えられない。思わず舌打ちしてしまうくらい厄介だ。腕も首元も全く刃が通らない。全身が同じような状態だとすると、どこを攻撃しても弾かれてしまうという事になる。

何故そんな強度の肌を待っているのか、最大強度はどの程度なのか…調べるには刀を全力で振り抜く必要が有るのだが、もし、それでも傷を負わせられないとなると、刀の方がダメになる可能性も有る。


「ぬんっ!!」

ブォンッ!


メヌトとユボラコスは、完全に俺狙いで動いている。ニルの事は見てさえいない。残しておいて厄介なのは俺の方だと判断されたらしい。もしくは、ファーエルだけでニルは抑え切れると判断したのか。


俺としては、この二人を受け持つつもりでいたから良かったと言えるが、ハイドネーゼの三人は、俺かニルのどちらかを素早く潰す方が有利に事を運べると思うのだが……いや、もしかしたら…

よくよく考えてみると、俺達が満身創痍状態で休憩している時に、黒犬が襲って来なかったのは、あまりにもおかしな話だ。俺とニルの事は、確実に仕留めるつもりで動いていたはず。それなのに、最大のチャンスと言える状況を無視して、裏方に徹するなんて、何か理由が無ければおかしい。

その理由として考えられるものの中に、俺の聖魂魔法が有る。

もし、黒犬が、俺の聖魂魔法が一日に二回まで使える…いや、一日に二回までしか使えない事を知っているとしたらどうだろうか。

休憩していた時、俺達のことを黒犬が襲っていたとして、俺が対処し切れないと判断したならば、間違いなく、躊躇わずに聖魂魔法を使っていたはずだ。そうなった場合、黒犬はかなりの痛手を受ける事になる。

つまり、ここまでの一連の流れや、目の前のハイドネーゼの三人が、俺を中心に狙って来ているのは、俺に聖魂魔法を使わせる為だと考えれば、ニルを中心に狙わない理由も、休憩していた時に襲って来なかった理由も説明出来る。

要するに、聖魂魔法という最大の切り札を、全て切らせて、尚且つ、体力を最大限に削ってから仕留める。これが黒犬の作戦なのかもしれない。要するに、盗賊を聖魂魔法の盾にしているのだ。


ハイドネーゼの三人も、防御力と攻撃力が異様に高くかなり厄介な相手。しかし、聖魂魔法を使えば簡単に処理出来る。ここまでだって、聖魂魔法を使うか迷うシーンは沢山、それこそ腐る程あった。

黒犬は俺に聖魂魔法を早く消費させたい。俺はなるべく最後まで温存したい…ということになる。

ここまで、散々辛い状況が続いているが、そのどれもが、俺の聖魂魔法を消費させる為だと考えると、納得出来る。というか、そんな状況の連続を、聖魂魔法無しで切り抜けて来たというのは、超凄い事なんじゃないか?


「シッ!」

ビュビュッ!


そんな事を考えつつ、ユボラコスの攻撃を避ける。こいつらの攻撃は、頭の隅でそんなことを考えながらでも避けられるレベルなのだが、問題は防御力。

俺は思考を元に戻し、もう一度ユボラコス達の体を見る。

特に変わった所は無いように見えるが、後付けの力で防御力まで上がったとなれば攻防共に強化されるような何かを身に付けているはず。


ブンッ!ズガァァァァァン!


ビュッビュッ!


二人の攻撃を躱しながら、隅々まで観察するが……やはりその何かを見付けることは出来ない。


一体何をどうしたら、これ程の強化が出来るのか、全く思い浮かばない。


ギィィィン!


「だから無駄なんだよー!」


ビュッ!


俺は楽しそうにナイフを突き出して来るユボラコスに刃を走らせ、反撃を避ける。


まるで金属の棒に刀を打ち込んでいるような感触だ。


「……………待てよ……」


よく考えてみると、それはとても変な話だ。


刀で斬り付けても、まるで刃が通らない程の硬さを持っているのに、ハイドネーゼの三人は自由に動き回っている。

例えば、感触の通り、金属のような物を仕込んでいた場合、要は金属製の鎧を着ているのと同じ事になる。金属は硬く、延性、展性てんせいを持っているが、簡単には曲がらない。だからこそ防具なのだ。

金属の大半は、熱を加える事で柔らかくし、自由に形状を変化させ、冷やして固める。固めると、当然硬くなり、自由に形状を変える事が出来なくなる。

つまりだ…硬さと柔軟性は反比例するということになる。硬くなればなるほどに柔軟性は下がり、柔軟性が上がる程に硬さは失われていくのだ。

分かり易い説明をするならば、鉄板の厚みを考えると良いだろう。厚くすればするほど、刀で切ろうとしても斬ることは出来なくなり、それが薄膜のような状態になれば刀でも斬れる。

それは最早物理法則であり、この世のことわりとも言える。ぐにゃぐにゃ曲がるのに硬い素材なんてのは、物理的に有ってはならない素材であるという事だ。魔法の存在する世界だし、俺の知らない素材にそんな物が有るのかもしれないが、この世界では金属製の鎧が主に使われており、柔らかいけれど硬いという変な素材で作られている鎧など無い事から、この世界にも物理法則を無視したような素材は、存在しない…もしくは一般的ではないと言える。

だとすると、例えば、目に見えない薄膜のような物で全身を覆っているというような事はまず有り得ない。表皮が斬れる事から、体内に魔法を展開させている線も消える。

そうなると、全ての可能性が消えてしまうのだが…たった一つだけ。それらの条件を満たして絶大な防御力を実現する方法が有る。


それを可能にする方法のイメージを一言で言うならば…カーボンナノチューブだろうか。細かな構造体の規則的な配列によって、素材的な強度ではなく、構造的な強度によって硬度を獲得し、尚且つ、柔軟性をある程度保持出来る。金属メッシュ等もその類だ。

金属の糸を編み込む事で、自由に動く柔軟性を持ちながらも、強度をある程度保つ事が出来る。この世界で言うならば、チェーンメイル、鎖帷子くさりかたびらがまさにそれだ。

柔軟性を持ちながらも硬い。そんな条件を満たせる物は少ない為、恐らく間違っていないはず。


俺がその事で一番初めに思い付いたのは、スレッドスパイダーの糸だ。一本では流石に刀を受け止める程の強度は無いにしても、何本かを編み込んで体に巻き付けるだけでも、立派な防具になる。

ただ、スレッドスパイダーの糸は、鋭利な刃物みたいな切れ味を持っている為、編み込んだとしても、体に密着するように作ってしまうと肌がズタズタになってしまう。それに、そんな物を身に付けていたら、ハイネ達程に目が良くない俺でも流石に気が付く。しかし、そんな物は見えないし、皮膚は至って普通だ。つまり、スレッドスパイダーの糸や、それに近い物は除外される。

そして、皮膚が刃で斬れるという事は、恐らく皮下に何かが仕込まれているのだろう。


俺はそこまで思考を発展させ、それを確かめる為の行動に移る。


俺は狙いをユボラコスに合わせ、まずは攻撃を避ける事に専念する。


「クッソ!当たらない!」


ブンッ!

ズガァァァァァン!


メヌトはイライラしつつ攻撃しているが、そんな大振りでは俺に当たることなど無い。ユボラコスも、動きはそこそこ速いが、それだけではまだまだ甘い。


「逃げるのだけは上手いなぁ!」

ビュッビュッビュッ!


ユボラコスもイライラし出したらしく、俺の前に飛び出してナイフを連続で振り回してくる。

ユボラコスの役割は正面を張っての攻撃ではなく、あくまでも側面を取っての攻撃であるはずなのに、防御力が高いせいなのか、かなり強引に前に出てきている。そのせいで、本来正面を張るべきメヌトが前に出られず、連携が乱れに乱れている。これでは、折角の人数差が活かせていない。やはり、俺の攻撃を受けても傷付かないというのが大きいのだろう。調子に乗っているというやつだ。

俺としては、寧ろやり易くなったと言えるし、何も問題は無いが。


「早く死ねー!」

ビュッビュッ!


ユボラコスが何度も連続で攻撃を仕掛けて来たのを見て、俺はその一つに合わせて刀を振る。

狙いはどこでも問題は無かったのだが、一番楽に攻撃が入る二の腕辺りを狙った。


ギャリッ!


「無駄だって何度言えば分かるのさ!」

ビュッ!


俺の攻撃は先程と同じように、ユボラコスに対してダメージを与えられていない。だがしかし、それは分かっていた事だ。それに、先程までとは攻撃の意味が大きく違う。先程までは、腕を切り落とそうとする為に刀を振っていた為、腕に対して垂直に刃が当たるように振っていた。しかし、今回は水平になるように振ったのだ。

垂直か水平かによって何かが分かるわけではなく、あくまでも俺の推測が当たっているかを確かめる為の手段であり、その攻撃が通らなくても問題は無いのだ。

俺の攻撃は、ユボラコスの左の二の腕を舐めるように攻撃し、刃は、腕の皮を削り取る。まるでのような攻撃で、ユボラコスの腕の薄皮一枚だけが脱皮したかのように剥がれる。

俺は皮を失った腕に目を凝らしつつ、後ろへと大きく下がる。


「………なるほど。」


ユボラコスの二の腕の皮を削いだ部分を見てみると、予想通り、何かが皮の下を覆っているのが見える。色が薄く、皮膚の上からだと見えなかったが、皮を剥いだらそれが見えるようになったのだ。


予想通りだったのは、皮下に存在しているものは、細い糸のような物の集合体だということ。予想していたのと少し違ったのは、皮下を覆っているものは、ランダムに巻き付いているという事だ。

概ね、俺の推測は正しかったみたいだが、規則的に構造体を作って強度を増しているわけではなく、とにかくビッシリと表面を埋めるようにしてあるらしい。見た目で言うと、植物の根が、ビッシリと皮下を覆い尽くしているような感じだ。ビッシリと言っても、それが植物の根のようだと分かる程度で、数センチ程の間隙がいくつも見えている。刃を通そうと思えば、ギリギリ通せるであろう隙間だが、敢えてその隙間を狙おうとは思えないくらいの隙間。


「あれが防御力の正体か-…」


結局、それが何かは分からないが、恐らく、見たままの植物…という事で良いと思う。

一種の鎧として使えるような強度の根を張る植物など、俺は知らないし、人の皮下に根を張るという植物も知らない…いや、グリーンマンに囚われていたターナが似たような状況だったが、あれとはまた別の植物だろう。

取り敢えず、ユボラコス達が、何故防御力が高いのかは分かった。それと、力が異様に強い理由も、皮下の根が関係しているのだろう。


相手の手の内が分かれば、対処法もいくつか思い浮かんでくる。


皮下に根を張っているのが、本当に植物かは分からないが、もし植物ならば、火に弱いのではないだろうか。根が燃えるならば、三人を火で炙り、根を消し去ってしまえば良い。

その為には、相手を火だるまにする必要が有るが、魔法を簡単に使わせてくれるとは思えない為、何かで代用するか、魔法を使う為の時間を作り出す必要が有る。もしくは、他の方法を見付け、根を排除するか…もしくはそのまま断ち切るか…くらいがパッと浮かぶ案だろう。


「ご主人様。あれは…」


一旦、敵との距離を置いて落ち着いたニルが、俺の元へと寄ってきて聞いてくる。


「何かまでは分からないが、あれが防御力の正体だろうな。」


「気持ちの悪い連中ですね。」


「その意見には超同意するが、今は、それよりもあれをどうするか…だな。」


「斬るのではなく、突けばそれなりにダメージを与えられそうな気もしますが、駄目でしょうか?」


「表面だけを見れば、ギリギリ刃が通りそうに見えるが、体内まであの状態ならば、ダメージを負わせるのは難しいだろう。

それに、変に武器を差し込んでしまうと、抜けなくなるか…最悪の場合、折られる可能性が有る。やめておいた方が良いだろうな。

それよりも、他にどうにか出来る手段が無いか、俺の方で色々と試してみるつもりだ。その間、ファーエルの相手を頼む。」


「分かりました。そちらはお任せ下さい。」


「頼んだ。しかし…植物の根とはな……」


「カルカの木を人の体内から飛び出すようにした者と、何か関係が有るかもしれませんね。」


「言われてみると…どちらも植物と言えば植物か。

俺達の知らない木魔法でも手に入れた奴が居るのかもしれないな。なんて、今考えても意味が無いな。まずは目の前の事に集中するとしようか。」

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