第522話 ハイドネーゼ
「これでもここら辺じゃ有名な冒険者だったんだけどねー。二人で本当に大丈夫?」
背の低い男が、半笑いの顔でそんな事を言ってくる。
言われて考えてみると、ケビンが色々と話をしてくれた時に、盗賊に落ちた冒険者の中には、それなりの腕を持った連中も居たと話してくれた。
その中に、ハイドネーゼというパーティ名の者達が居たはずだ。聞いた話の中に出てきた者達の特徴が、目の前の三人に酷似している。
確か…戦鎚使いの大男がメヌト。女がファーエル。そして猫人族のチビがユボラコス…だった気がする。名前が合っているか自信は無いが、そんな名前だったはず。
このハイドネーゼというパーティは、元々四人組だったらしく、もう一人魔法使いの男が居たと聞いた。
何でも、ある日突然その魔法使いの男が死体で発見され、調査しようと残りの三人を探したが見付からず、その後、噂で盗賊の仲間になったと言われていたらしい。その噂は間違いなかったという事だ。
この辺りはハンディーマンのテリトリーで、テンペストの拠点は北に有るはず。そうなると、この辺りからテンペストの本拠地までは距離が有るように思う。流れ流れてなのか、元々テンペストに入るつもりだったのかは分からないが、最終的にテンペストに入った事は間違いない。
そんな経緯が有るからか、魔法使いの男は、パーティメンバーに殺されたのではないかと言われていたみたいだが…そうであったとしても、盗賊に入るような連中だし、驚いたりはしない。
同じ死線を潜り抜けて来たパーティメンバーを殺すなんて事、普通は考えもしないのが……それをやったということは、とてつもないクズ達だという事で間違いないだろう。
現れた三人が、ハイドネーゼだとして、俺の記憶が正しければ、Aランクのパーティだったはず。
ハイドネーゼが消えたのは数年前だという話だが、俺達の旅のような濃厚な経験をしているわけでもないだろうし、巨大盗賊団に所属しているとなると、腕を上げるような戦闘自体がほぼ無かったはず。そう考えると、消息を絶った時からあまり変わっていないのではないだろうか。寧ろ腕が鈍っている可能性もある。
もし、その予想が当たっているとしたら、恐らく今でも、良くてAランク程度の力量のはず。俺達の戦いを見て、強いと認識しているということは、互いの力量差を把握出来る程度の力は持っているはずだ。それなのに、こうも悠々と出てくるとなると、やはり秘策か何かが有るのだろうか。
「伏兵…いや、魔具の類か…?」
「私が小手調べをしてみますか?」
「いや。相手が何を企んでいるのか分からないし、いきなり突っ込むのは危険だ。あまり時間は掛けたくないが、少し様子を見るぞ。いつもより少し距離を取って安全を重視するんだ。
最初は俺が相手をする。援護に入ってくれ。」
「分かりました。」
最早、ニルは当然のように俺と同じ思考回路で相手の事を見ている。会話もたったこれだけで次の行動を決められる程になったのだから、何も言う事が無い。
伏兵と魔具に注意しつつ、他にも何か有るかもしれないと慎重に状況を確認する。
周囲の雑兵は、俺達の動きを見ているものの、自分達から出てくる気は無いらしく、ハイドネーゼの三人が動くのを待っているように見える。
ハイネ、ピルテ、スラたんの方は、ジリジリと距離を詰められているみたいだが、まだ交戦してはいない。
「結局二人でやるつもりなんだね。後悔しても知らないよー。」
そう言ったユボラコスが、ナイフを引き抜き、手元でクルクルと回す。
「気を付けろ。相手は格上だ。」
「分かってるよ。最初から全開で行くって。」
メヌトがユボラコスに注意を促し、それに対してユボラコスが返答する。
やはり、俺達との力量差は把握しているらしい。それでも余裕の態度には、何か裏が有るに違いない。
タンッ!!
最初に動いたのはユボラコス。
スラたんのスピードに目が慣れているからか、それ程速くは感じないが、獣人族にしては速い。ただ異常に速いというわけでもなく、しっかりと目で追えるくらいのスピードだ。
「ほいっ!」
ビュッ!ビュッ!
二本のナイフを振るスピードもそこそこ。ただ、百五十センチ程度の身長では、パワーなど無いに等しいだろう。
一応回避して様子を見ているが、特におかしなところは無いし、伏兵や魔具の類も見えない。
「………………」
ビュッビュッ!
何度か接近されて攻撃されるが、攻撃は全て見えているし、避けるのは簡単だ。
「やっぱりそう簡単に当たってはくれないか。」
俺から一度離れたユボラコスは、半笑いの顔で俺の事を見ている。
他の二人は攻めて来なかったらしく、ニルも動いていない。どうやら、俺の実力を実際に確かめる為の数合だったらしい。
「一対一で勝てる相手じゃないね。」
「あっちの女奴隷も間違いなく強い。」
「私達が動こうとする度に牽制を入れて来ていたからね。」
「そうなると、やっぱり三人で行くしか無さそうかな。」
ユボラコスがそう言うと、メヌトとファーエルも構えを取る。
ファーエルは細剣ではなく、弓を構えている。
矢筒は二十本程度の矢が入る大きさの物で、それだけで戦う戦闘スタイルではない事が伺える。恐らく細剣と弓を上手く持ち替えつつ戦う戦闘スタイルだろう。ただ、弓だけでも相手を殺す事が出来るように考えられてはいるらしく、後衛寄りだが、接近戦も出来るという感じだろうか。
「ご主人様…あの弓は…」
「ああ。普通の弓では無さそうだな。」
ファーエルの持っている弓の見た目は、飾り気の無い、淡い水色のツルッとした物で、
ジャノヤの街中で俺達の事を遠距離から狙って来たアミュ。あの女が使っていた長弓とは違い、近距離で素早く連続で撃てるという特徴が有る。その代わり、威力と飛距離が落ちる為、遠くから狙い撃つという事は出来ない。
ファーエルの構えている弓は、そんな特徴の有る短弓だが、俺の目が正しければ材質は木製…のはずなのに、やけに弓のしなりが浅い。
弓に矢を番え、弦を引けば、弓の両端は強く引かれ、大きく湾曲するのが普通だ。しかし、その湾曲があまりにも浅過ぎる。殆ど弦が引けていないと言えば良いのか…いや、弦自体は引けている。実際に弦を引いた時の、キリキリという緊張した音は聞こえて来ているから間違いない。
しかし、まるでとてつもなく硬い材質の…アミュが使っていたような金属製の弓を引いているかのような感じがする。
相手はエルフ族の女。プレイヤーですらないのに、そんなパワーが有るとは思えない。しかし、実際にそう見えるのだ。
「嫌な感じがします。まるでアミュに狙われているかのような…っ?!!」
パキィィーーン!
ニルが俺に警戒するように注意を促そうとした瞬間。ファーエルが番えていた矢を放った。
狙いは俺…いや、俺を狙いつつ、回避した場合、後ろに居るハイネをも射程に入れた一矢である。
本来、短弓は飛距離が短く、ファーエルの位置からでは、ハイネを狙っても届かないか、届いたとしても殆ど威力など無い。しかし、ファーエルが矢から手を離した瞬間、矢が手元から消えたように見えた。ここまで、弓を射る者は何人も見てきたが、手元から矢が消えるように見えたのは初めてだ。
周囲が薄暗いという事も有るだろうが、それにしても射出された矢の飛ぶスピードが異様な程に速い。
相対していないから実際は分からないが、アミュならばそれくらいの事が出来たかもしれない。しかし、それは、言ってしまえばプレイヤーだからこそ出来る芸当である。数百メートルも矢を飛ばし、地面や壁を破壊する程の威力の弓など、普通ならば引くことさえ出来ないはずだ。
しかし、ファーエルの使っている弓は、それに匹敵する弓だと考えられる。矢を放った時の音が、完全に金属音だ。
「っ?!」
ギィィィン!!
矢を放った瞬間に反応出来たとしても、矢が放たれた瞬間、俺がその矢を完全に避けられるタイミングは既に過ぎ去っていた。完全に避けるのならば、射出後ではなく、射出前に回避行動を取らなければならなかったのだ。もし、ニルが先に気が付いて、俺の前に出て盾で受け止めてくれなければ、少なくとも片腕は使い物にならなくなっていた事だろう。
「くっ!!」
矢が放たれるより僅かに早く、俺の前に出て矢を盾で受け止めてくれたニルだったが、無理矢理割り込んだ為、体勢が悪く、後ろへと倒れて来る。
体勢が悪かったとはいえ、普通ならば矢の衝撃如きでは吹き飛ばされたりしない。それが女性であるニルでもだ。
しかし、それが起きた。一体どれだけの威力を持った弓なのか……
俺は後ろへと倒れそうになったニルの背中を受け止めて、何とか体勢を立て直させる。
「…助かった。」
「いえ…私もアミュとの戦闘が無ければ、出遅れていたかもしれません…」
俺達は言葉を交わしながらも、ファーエルの弓からは目を離さない。
「ヒュー!あれを受け止めるんだ!凄いなー!」
「完全に無傷で受け止められたのは初めてね。」
「一筋縄ではいかないということだ。分かっていた事だ。」
三人は、余裕の表情で、俺とニルを見ている。
「どうなっているんだ…?」
「分かりません…ですが、渡人並の力を持っているのは間違いないかと…」
改めて見ているが、やはり弓は木製に見える。
この世界には金属のような木材も有るから、それ自体は俺の予測が足りなかったと言える。だが、その弓を引けるという事がおかしい。
俺の見立てが間違っていて、本当はプレイヤーだった…?もしプレイヤーだとしたら、そもそもの身体能力が高い為、対策も何も無いのだが、どうにもそうは見えない…が、一先ずはプレイヤーだと思っていた方が良いかもしれない。
「渡人だと仮定して戦う方が良さそうだな…」
「…はい。」
俺はニルとの会話を終えて、もう一度三人に向けて刀を構える。
淡々と会話していたが、今のはかなりヤバかった。ニルが助けてくれなければ、その時点で負け確定だったかもしれない。焦りを顔には出していないものの、冷や汗が背中を伝っているのを感じる。
気を引き締め直さなければ…
それにしても…ファーエルがプレイヤーレベルの力を持っているとするならば、ユボラコスとメヌトも同じような力を持っていると考えるべきだ。
Aランクの冒険者パーティ程度だと思っていたが、一気に化けてしまった。
しかし、ろくな戦闘もしていなかったはずなのに、ここまで急激に成長するものなのだろうか?もし、プレイヤーレベルの力を持っているならば、それは既にSランク冒険者と同等という事になる。
何か……何かカラクリが有るように感じる。
「ハイネ!」
「分かっているわ!」
俺は後ろを振り返らずにハイネに声を掛けると、足音が遠ざかって行く。
ファーエルの使う弓の威力と射程距離は、俺達の予想を大きく超えるものだった。あの威力だと、大抵の防御魔法は突破されてしまうし、俺達への魔法の援護は、かなり難しくなる。それならば、ファーエルの射程外に出ていた方が俺とニルも戦い易い。それを察して、ハイネ達は俺とニルから遠ざかり、ファーエルの射程外へと移動してくれたのだ。
「あらら。行っちゃったよ。本当に良いのー?二人で。」
「……………………」
この三人。やはり立ち居振る舞いにはそこまでの脅威を感じない。警戒すべき相手というのは、戦闘に適した立ち居振る舞いというものが染み付いて、普段の生活からその強さが滲み出てしまうものである。
戦う事のみを追求し、生活の全てがそれ中心で回っていると言えば良いのか。分かり易いところで言うと、オウカ島の四鬼達だろうか。
ただ歩いているだけでも、それぞれの剣術の基礎となる歩法の影が見えたり、気を張る事が当たり前になっているから、ちょっとした物音にも反応したり。そういう何気無いところで、強者である事を示してしまうものなのである。それは、剣術を極めようとしている者だからというものではなく、冒険者でも、それなりに強い者達になると、同じような空気を纏うようになる。
ハイドネーゼも、元はAランクの冒険者だから、それなりの空気を纏ってはいるが…四鬼の纏う空気と比べてしまうと、かなり見劣りしてしまう程度のものだ。
プレイヤーにおいては、身体能力だけが高くなり、努力や覚悟が出来ていない者が多く、また違った、独特の空気感が有るから何となく分かるのだが…それとも違う気がする。つまり、プレイヤーではないのに、プレイヤーのような力を得た現地の者達…というイメージが一番納得出来る。
その仮定の元で、どうやって力を手に入れたのかを考えてみると、後付けで力を付与していると考えるのが妥当だ。後付けとなると魔具を使っての強化だろうと推測出来るが、魔具にここまでの能力は無い。あくまでも補助的な役割を担うだけの能力しか無い物だから。それは魔法でも同じ事だ。
もう一つ考えられるのは、プレイヤーの使う装備のような物を彼等が身に付けているという可能性だが、ここまで極端に強化されるような装備が本当に有るのか…?
俺の使っていた武器や、今使っている桜咲刀もそうだが、特殊な能力を持った武器というのは確かに存在する。しかし、それだけで無双出来るような物では無いし、長所も短所も有って、使い手次第で強さも変わってくるような物だ。
それを身に付けているだけで、圧倒的な力を手に入れられる!なんて恐ろしい装備は、この世界には無いように思えるのだが…俺の知識がこの世界の全てではないし、俺の知らない装備が有るのかもしれない。
「来ます!」
ダンッ!
俺が三人について考えていると、三人が同時に動き出す。次は三人で攻撃を仕掛けて来るらしい。
メヌトが戦鎚を振り上げ、ユボラコスが側面に回り込み、ファーエルが後方から矢で狙う。これが三人のベースとなる陣形らしい。
悪い動きではないし、陣形も基本に忠実で極端に悪い所は見当たらない。これならば、周りに居る雑兵のまとめ役と言われても頷けるレベルだ。
「ぬんっ!!」
ブンッ!!
戦鎚が振り下ろされるのを、俺は余裕を持ってしっかりと避ける。相手の実力がハッキリ分かっていないのに、刀で受け止めるようなバカはしない。
ズガァァァァァン!バキバキバキバキッ!
戦鎚が地面に触れると、明らかにメヌトの体格では有り得ないパワーが発揮されて、地面が割れる。
まるで巨人族の一撃を見ているようだ。やはり、ファーエルだけでなく、他の二人も異常なパワーを身に付けているらしい。
しかし、力は有るが、実力が伴っていない為、力を扱い切れていないように見える。
このパワーが、後付けで付与されているものだとした場合、この三人の…実力が付与された力に伴っていない…チグハグ感にも頷ける。まず間違いなく、後付けの力が異様なパワーの正体だろう。
それが本来の力ではないとしても、やはりプレイヤーレベルの力となると、それだけで厄介である。特に、メヌトはそもそも体が大きく、力が強い男だっただろうに、その上更に力を付与しているからとんでもない事になっている。パワーだけで見れば、確かにガナサリスを上回っていると言えるだろう。
「シッ!」
ビュッ!ビュッ!
後ろへと回避した俺の側面から、ユボラコスがナイフを突き出しながら迫って来る。連携力は悪くない程度。Aランクパーティという事ならば、妥当な連携だと言えるだろう。
パキィィン!!
ギィィィン!
俺がユボラコスの攻撃を躱すと、それを狙った矢が、後ろから放たれる。それを待っていましたと言わんばかりに、ニルが間に入って、今度は盾でしっかりと受け止める。矢は盾の表面を滑って斜め上へと軌道を変えて飛んで行く。
「はっ!」
ニルが間に入ってくれると分かっていた俺は、矢の事は完全に無視して、ユボラコスの突き出して来た腕に刀を走らせる。
ギャリッ!!
「っ?!」
俺の振った刃は、間違いなく、ユボラコスの腕に当たった。防具の無い部分で、本来ならば、確実に腕を切り落としていたタイミングと力で刀を振った。
それなのに、俺の手に伝わって来たのは、まるで金属の表面に刀を振り下ろしたような感覚。
ビュッ!!
「っ!!」
俺は即座に後ろへと飛び、ユボラコスの追撃を躱したが、何が起きたのか全く把握出来ていなかった。
「痛いなー……」
ユボラコスは、刃が滑った皮膚が浅く切れているのを見て言い放つ。
「……どういうことだ…?」
おかしな現象が起きている事だけは分かるが、何がどうなっているのか理解出来ない。
「ご主人様の一撃を受けて無事…?」
ニルもかなり
「魔法による防御…ではなさそうですが…」
魔法による防御ならば、肌が切れるということは無いはずだ。皮膚の下に防御魔法を展開なんてしたら、肉と皮膚が引き剥がされて大変な事になる。それはつまり、魔具の類でもないということになる。
「…何が起きているのか分かりませんが、攻撃が通らないのは厄介ですね…」
完全に通らないのかは分からないが、少なくとも、単純に刀を振っただけの攻撃では、ほぼ無傷という事だけは分かる。
「毒を使った武器を使いますか?」
「……いや。斬った場所から血が出ていないのを見るに、恐らく血管まで刃が到達していない。毒を使っても、血液内に毒が入らないとなれば、毒による攻撃も受け付けないはずだ。
使うならば、吸引させるか、皮膚に作用するタイプの物しか使えない。」
「そうなりますと…毒だけで仕留めるのは難しそうですね…」
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