第517話 周辺状況 (2)

「これを見て…復讐するななんて言えないよ…」


スラたんは、目の前の、あまりにも悲惨な光景に、ボソリと呟く。それ程に衝撃的な光景なのだ。スラたんの常識が吹き飛ぶくらいの。


「人間、怒りを通り越すと、殺意しか湧かなくなるんだ。俺は今回の事で、それをよく知ったよ。」


ビルノは、そんな事を言いながら、自分の胸の辺りの服を強く握る。


「いや、今はそんな事よりも、やるべき事をやろう。

おい!動ける者を数人集めてくれ!」


「任せとけ!」


ビルノが指示を出すと、直ぐに何人かが動いてくれる。

村は小さいが、人はそれなりに残っており、その中で動ける者達というと、復讐の為に平原に出てきていた者達を除いて十人。二十歳前後の若い者も居る。


「悪いが、若い奴らで周囲の村に行ってくれ!伝達事項は…」


ビルノが指示を出している間に、俺達は怪我人の手当に動く。


「大丈夫ですか?」


「これを。大丈夫です。直ぐに良くなりますよ。」


中には、生きているのが不思議な程の大怪我や火傷を負っている人達もいたが、何とか治せそうな怪我人に傷薬を使って治療を施していく。と言っても、大した数ではないが…


「ビルノ。村に行く連中にこれを持たせてくれ。よく効く傷薬だ。」


「こんなに沢山…良いのか?安い物ではないよな?」


「いや、自分で作っているからタダだ。だから遠慮するな。数は揃っているしな。」


「そうか…それなら、有難く使わせてもらうとするよ。何から何まで本当にありがとう。」


「礼は良いから、急いで届けてあげてくれ。今も苦しんでいる人達が大勢居るはずだからな。」


「本当に有難い…しかし、見ず知らずの俺達に、ここまでしてくれても、返せるものなんて何も無いんだが…」


「見返りを求めての事じゃないっての。というか、こんな状態の村に見返り求めるなんて悪魔の所業だろ。」


「本当に…何も無くなってしまったからな……そういう事なら、村に出向く連中にしっかり持たせるとするよ。

周囲の村から人を集めようとすると、二十分程度掛かるはずだ。その間に、俺達で出来る限りの準備を進めようと思っている。シンヤには悪いんだが、何をしたら良いのか指示をくれ。」


「そうだったな。まずは、さっき言っていた赤虫、べナガエル、野芋の他に何が有るのか見せてくれ。それを見て作戦を立てていく。どれくらいの量が手に入るのかも一緒に教えてくれると助かる。」


「分かった。そうだな…まずは…」


ビルノは、実物を用意した後、それを見せてくれつつ、容易に手に入る物で使えそうな物、量が取れる物を主軸に、色々な物の説明をしてくれた。

ただ、毒を持った色々な生き物は生息しているものの、その殆どが死に至る毒ではなく、嫌がらせに使う事しか出来そうにない。まあ、普通の平野の普通の農地なのだから、強烈な毒を持った生き物がゴロゴロ居ては困るだろうし、当たり前と言えば当たり前の事なのだが。

最初は俺達の使うアイトヴァラスの毒や、スラたんの作った溶解液等を使おうかとも考えたが、どれも農民に渡すには危険過ぎる代物ばかりだ。俺達は、当たり前のように使っていたから感覚が麻痺していたが、本来であれば、防護服でも着て扱わなければならないような物だ。俺達ですら取り扱いには細心の注意を払っているのだから、ポンと渡して使わせるわけにはいかない。自分達の仕掛けようとした毒で自爆したなんて事になれば、後世まで語り継がれる笑われ者になってしまう。

俺達も、彼等も、それは御免こうむるので、使い慣れている物を使わせるのが良いだろう。


毒の効果自体は、痒くなったり痛くなったり吐き気を引き起こしたりといった物ばかりだが、量はかなり期待出来るらしい。

相手の数を考えると、質より量が必要な為、この際毒の効果は二の次だ。ただ、全ての毒がその程度だと、相手も無視して突っ込んで来る可能性が有る。


「強い毒が有る生き物はこの辺には居ないのか?」


「いや。一つだけ有る。この辺じゃ子供でも知っている危険な毒。それが、こいつだ。」


そう言って見せてくれたのは、赤と青の花弁が交互に付いているコスモスのような花。


「これは?」


巻枝まきえだと呼ばれる木の花だ。」


俺が見た事の無い植物だった為、それだけ聞いてもよく分からない。直ぐに鑑定魔法を使って調べてみると…


【巻枝の花…巻貝のような形をした樹木である巻枝に咲く花。赤と青の花弁が特徴で、強い毒性を持っている。服用してから数分後に嘔吐、目眩を引き起こし、解毒しなければ一時間程度で死に至る。】


「吐き気に目眩か。」


「よく分かったな……それも魔法なのか?」


「まあな。それより、この巻枝の花の毒は、普通の解毒剤で治る毒なのか?」


「いや。この毒は少し特殊らしくてな。普通の解毒剤では治らないんだ。

この毒を治すには、巻枝の実から採れる果汁を水に溶いて飲む必要が有る。」


「果汁か…なかなか厄介そうな毒だな。」


花に毒があって、その毒を分解する成分を実が持っているという事は、花か咲いてから果実が実るという順番的に、実を先に採取していないと解毒出来ないという事になる。


「果実に毒が有るならばまだしも、普通ならば、花から毒を受ける者はなかなか居ない。だが、稀に鮮やかで綺麗な花だからと、子供が触ったりしてしまう事が有ってな。この辺りの村では、毎年巻枝の実を採取するのが恒例になっているんだ。」


「いざという時に解毒出来ませんでは怖いわな。」


「そういう事だ。今は、丁度この巻枝が花を咲かせている時期でな。」


「使ってくれと言わんばかりのタイミングという事か。」


「ああ。」


「量はどれくらい用意出来るんだ?」


「この巻枝は、他の地域にはあまり見られない植物らしくてな。ジャノヤ近郊の土地では、この辺りだけにしか生息していない。だから、量としてはそれ程多くは採れない。」


「なるほど…そうなると、要所要所で使うイメージだな……

よし。一先ずの作戦は決まった。今から言うものを用意してくれ。その後、奴等の元に向かう者達だけで、具体的にどうするのかを話し合う事にする。」


「何でも言ってくれ。」


俺はビルノに指示を出して、ビルノがそれを他の者達に割り振って指示する。村人達は、盗賊達に少しでも痛手を与えられるならば、復讐が出来るならばと、協力は一切惜しまず、村が酷い状況なのに、本当によく動いてくれた。そのお陰で、別の村に行った者達が、合流する者達を連れて戻って来ると、全部で百人近い人数にまで膨れ上がった。


「思っていたよりずっと数が揃ったな。」


「それだけ、周辺の状況が酷いって事だよね…ただただ奪う為だけに村を、人を殺すなんて…」


「盗賊の思考を読もうとしてはいけないわ。スラタン。思考が読めないから、私達は彼等と戦っているのだから、そういう者達だと思うしかないのよ。」


「それは…分かっているつもりなんだけどね…」


相変わらず、スラたんは優しい。出来る事ならば、理解し、助けたいとさえ思っているのだろう。でも、ハイネが言うように、戦う相手の事を考え始めてしまうと、攻撃する手が鈍る。今は、考えないのが一番良いのだ。


「それより、百人も集まったけれど、作戦はそのままで行くのかしら?」


「百人とは言っても、農夫ばかりだし、相手の数は比じゃない。戦力差は変わらず大きなものだ。正面からぶつかっても潰されるだけ。俺達に出来るのは搦手からめてで少しずつ潰していく事だけだ。作戦はそのままで行こうと考えている。」


「了解したわ。」


「相手の動きによっては、こちらも作戦を変更する必要は有るかもしれないが、基本的には決めた通りに動いてもらう。

準備が終わり次第作戦開始だ。」


「はい!」

「分かりました!」

「分かったわ。」

「分かったよ。」


こうして、それから更に二十分後。俺達はハンターズララバイとの戦闘に決着を付ける為、百人の農夫達と共に動き出した。


搦手と言ったように、俺達のやる事は普通の攻撃とは違い、言うなれば姑息こそくな手段を用いての戦闘という事。

そういうのは盗賊の十八番だろうと思われるかもしれないが、実はそうでも無い。


そもそも、姑息な手段を取るのは、相手よりも劣っている者達が、それでも相手に勝とうとする為に使う手段である事が多い。冒険者が自分達よりも圧倒的に身体能力の高いモンスターに対して使う手段だったり、正規兵に勝てない盗賊が使う手段だったりするという事だ。

しかし、この場、この時において言えば、強者は盗賊達の方である。数という絶対的な暴力を武器に、農民達を次々と殺戮している。その時、姑息な手段を使って農民を殺そうとする盗賊はほぼ居ないだろう。そんな手間の掛かるやり方を取るより、村に出向いて真っ正面から潰してしまえば、それだけで勝てるのだから。

俺達のように、次から次へと来る兵士達を殺しまくるような者達ならば、相手も警戒するし、姑息な手段をも使ってくるだろう。それくらいの被害は既に出しているのだから。


しかし、集まった百人の農夫達に対してはどうだろうか?

完全に下に見ているはずだ。戦えもしない連中が束になったところで、それは烏合の衆でしかない。簡単に潰してお終いだ。なんて考える事だろう。それこそが、相手を倒す為の一手に繋がるはずだ。


俺が立てた作戦の全てが上手くハマるとは限らない。いや、八割成功すれば、最良の結果と言える。つまり、残りの二割……その二割は作戦に失敗して死んでしまう可能性が高い…という事だ。当然、百パーセント成功させるつもりで作戦を立ててはいるが、それでも、作戦の全てが上手くいくなんて甘い考えは持たない方が良い。そして、俺はその事を農夫達にしっかりと伝えてある。生きるか死ぬかは五分五分以下かもしれないと。

だが、農夫達はそんな事は関係無いと言った。元々死のうと考えていたところに、復讐出来るかもしれない機会が与えられたのだから、自分達はそれだけで幸せだと。

死ぬ事が、人を殺せる事が幸せだと言えてしまう状況というのは、本当に異常な状況だと思う。それ程までに、今、この周辺における状況というのは、異様なものなのだ。


そんな異様な状況をどうにか打破する為に、俺達は動き始める。


まず、作戦の第一段階。

それは、相手に気付かれていない状況で、出来る限りの被害を出す事。こちらの百人が、脅威とまでは言わないが、放置しておくと厄介な連中だという認識を与えたい。

そうする事で、相手は俺達以外の、農夫達という存在に意識を向けなければならなくなる。無視しても問題無いと言える程に弱くなく、それでいて、俺達を無視して先に潰そうと思える程には強くない。そういう絶妙な集団として認識されるのが理想である。

曲がりなりにも盗賊に対して被害を出すのだから、それなりに強引な作戦にはなるし、その分、農夫達の危険は増す。死ぬかもしれない程に危険だと言うのに、農夫達は全く怯む事無く、作戦に対して前向き…と言って良いのか分からないが、作戦を受け入れてくれた。


「最初は、とにかく罠を作って相手を誘い込めば良いんだよな?」


「ああ。こっちから深く突っ込んだりしないように気を付けて、追われたら直ぐに逃げるんだ。

敵討ちに行って、その敵が目の前に居たら、自分達の気持ちを抑え切れないかもしれないが、そこをグッと堪えて、下がって欲しい。それが、一人でも多くの敵を殺す事に繋がると思ってくれ。」


「……分かった。こういう事は専門外だから、シンヤ達の言う通りにする。ただ、全員が全員、言う事を聞けるかは分からない。他の村から来た者達も大勢居るし、俺の言葉が届くか…」


今は冷静に準備を進められているとしても、いざ相手を目にすると、頭に血が上って突撃してしまうかもしれない。そうして誰も道連れに出来ず命を散らす人もきっと居るだろう。だが、それを俺達が止めたところで、聞いてくれるとはとても思えない。それはビルノの言葉でも、誰の言葉でも同じだ。そういう感情というのは、自分でも制御出来ないものなのだから。

それに、元々はそうして突撃して死のうと考えていた者達なのだから、突撃してしまう可能性は高いと言える。


「俺の本心を言えば、全員が冷静に事を進めて、相手に大損害を出させ、こちらには被害が無いというのが理想だ。」


「ああ…それはあいつらも分かっているはずだ。だが…」


「できる限りで良い。一人でも多く、長く、生き残ってくれ。もし、逃げ出したくなったならば、逃げてくれたって構わないんだ。」


「シンヤ達は、もし俺達が逃げ出したとしても…それでも戦うんだよな?」


「そのつもりだ。」


作戦の第二段階は、俺達が盗賊団に対して別の場所から攻撃を仕掛けるというものだ。


農夫達が罠を仕掛けて、盗賊達の目を引いたところで、上級魔法をぶち込む。

農夫達に注目している連中の横っ面に、最大火力を叩き込むのだ。

そこで多大な被害を出す事が出来れば、相手は農夫達ではなく、俺達に対処せざるを得なくなる。俺達はそのまま戦闘を継続し、敵の数を減らしつつ、じっくりと戦う。ただ、持久戦ということでは無い。

俺達が戦闘を開始して、こちらに注意が向いた段階で、農夫達は一時撤退する。そして、今度はまた別の場所に設置した罠を使って、相手を引き寄せる。

俺達という主力部隊の相手をしたいのに、横からチクチクとされれば、相手としてはこの上なく面倒臭いと感じることだろう。


こうして、農夫達が何度も何度も横から突くように嫌がらせを続けていると、どうなるのか。答えは簡単で、俺達に対応する者達と、農夫達に対応する者達に分かれるということになるだろう。

俺達は魔法を使い、武器を使って敵をバッタバッタと斬り捨てていく恐ろしい連中。これに対して、大した被害は出ないものの、面倒臭い農夫達。相手の連中はまず間違いなく、農夫達を殺せる最低人数で対処させるはず。

具体的に言うならば、恐らく、こちらの人数が百人なら、それと同等程度か、五割増程度の部隊だ。約百五十人程度が、俺達との戦闘から離れて、農夫達を追うことに集中するという事になる。


そこで、第三段階へと移行する。


ここで、巻枝の花による毒を使うのだ。


それまで、相手は、農夫よりも俺達の方が危険だと判断して、深く追ったりはしなかったのに、それをするようになる。逃げれば逃げただけ追うようになり、農夫達全員を殺すまで諦めたりしないだろう。

そうして、農夫達のことを追った盗賊達は、戦場から少し離れた場所へと向かう。そこに設置されているのは、巻枝の花を使った毒を与える為の罠。

毒は量が採れない為、あちこちに設置する事は出来ないが、それでも一つ二つは設置出来る。それを使って、一気に人数を減らしてもらう。

そして、また農夫達が現れ、何をしているんだと更に人数を分けて農夫達を追わせる。それを繰り返す事で、相手の数がゴリゴリ減っていくはずだ。

どれくらいの数を農夫達の方で担当してくれるのかにもよるが、最初の別働隊を作り出したところで、俺達の相手がその分だけ減る事になる。その時点で、戦況は大きく揺れるはずだ。

簡単に言ってしまえば、俺達が突破する為に乗り越えなければならない壁が、少しずつ薄くなっているのだから。

そうして、農夫達が出来る限りの数を引き付けられれば、その時点までに与えた敵への被害と合わせて考えると、俺達が突破するのに必要な被害数を達成出来るはずだ。


そうして、俺達が上手く敵陣を突破してしまえば、後は俺達のやるべき仕事を果たすだけになる。

そこまで終われば、後は農夫達が思うように戦って欲しいと伝えてある。完全な放置という事ではなく、一応、その後の行動についても指示してあって、そのまま罠を利用しながら戦う事も、そこで満足して逃げ出す事も出来るようにはしておいた。

そこまで被害を出せたならば、農夫達も考えが変わるかもしれないし。

ただ、逃げるのではなく、戦い続けるとしたならば、そこから先は、恐らく完全な死地となる

だろうと伝えてある。

出来ることならば、俺達が突破を終えた時点で、全員に引き返して欲しいところだけれど、そこの判断は各自に任せる事にした。死ぬかもしれないというのに、それでも戦ってくれるというのであれば、その分、俺達は楽になるし、間違いなく助かる。だが、強制するつもりなんて無いし、そこで逃げる事は、不義理でも何でもない。元々は農具を持った農民なのだから、そこで引き返すのは恥ずかしいことでは無いし、寧ろそれこそが自然だと言える。

でも…恐らくだけれど、農夫達の中で、逃げようとする者は殆ど居ないのではないかと思っている。それは彼等の目を見れば、何となく分かるものだ。


「シンヤ達が逃げないならば、俺達だって逃げないさ。いや、シンヤ達が逃げたとしても、俺達が逃げ出すことは無いと思う。それくらいの覚悟で集まっているはずだからな。」


「……そうか。」


「そう悲しそうな顔をしないでくれ。俺達は俺達のやらなければならないことをやるだけなんだ。シンヤ達が気に病む必要なんて無いんだからな。」


「……ああ。」


そう言われても、やはり死にに行く者達を見て、何も感じないという事は無い。


あまり気持ちの乗っていない返事を聞いて、ビルノは少し困ったような笑顔を見せてくれたが、それ以上何かを言う事はなかった。


そして遂に作戦を実行する時が来た。

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