第516話 周辺状況

「そんな事は百も承知だ。」


自分達が死ぬかもしれない…いや、確実に死ぬと分かっているのに、それでも出て来たらしい。

ここに居る男達の目には、緊張こそ有るけれど、死に対する恐怖が見えない。死を覚悟して出てきた。月明かりの光の下、ギラギラと光る眼光からはそんな覚悟が伝わって来る。


「それでも許せないんだ。死んでも良いからあいつらに一泡吹かせたいという者達だけを連れて来た。もし、あんた達が連中の仲間ではないというのならば、大人しく見送ってくれ。」


戦う事なんて全く知らないど素人の村民が、目だけは死を間近にした獣のそれだ。


「…何が有ったのか聞いても良いか?」


聞かなくても、大体の事は分かるが…状況を把握しておく為にも、彼等を一度落ち着かせる為にも、ここでの話し合いは必要だろう。


俺の問い掛けに対して、先頭に立っていた男が、ゆっくり、ポツポツと話を始めた。

その話は、俺が予想していた通りの話だった。


俺達が何とかしようと足掻いていたのは、主にジャノヤの住民を助けようとして動いていたからだが、ジャノヤだけではなく、ジャノヤ近郊の村にも盗賊は手を伸ばしている。それは俺達がジャノヤに向かう前から分かっていた事だ。

しかし、どちらも助けるという事は出来ない為、俺達はジャノヤへと向かった。それ故に…と言うと、あまりにも自虐的過ぎるかもしれないが、ジャノヤ近郊の村はかなり悲惨な状況になってしまっているらしい。

村は焼かれ、村の女は連れ去られ、男は無慈悲に殺される。やりたい放題も良いところという状況で、地獄とはまさにこの事だと言っていた。

ここに来ている者達は、家族と住む家を失い、最早一人で生きて行くよりも復讐を…と決意した者達らしい。

そんな状況なのだから、彼等は死ぬ事をいとわない。もう生きて行く気など無いのだから。せめて、死ぬならば相手を一人でも道連れにしてやろう。そんな決意を込めてここまで来たらしい。

男達の話では、他の村も同じような状況らしく、彼等同様に、死を覚悟して動き出す連中は他にも居るだろうとの事。

更に、女子供をさらわれてしまった者達は、別で動いているという話も聞いた。攫われた者達は、このテンペストの拠点に何人か連れ去られたらしく、彼等が突撃を仕掛けた後、それを囮に、女子供を取り返す為に現れるだろうという話だ。


「俺達には、もう何も残されていない。有るのは自分の体と命だけだ。死ぬのなんて怖くはない。」


「「「「「……………………」」」」」


こういう事が起きているとは思っていたが、実際にその話を聞くと、たまれない。


俺達五人は、何も言えず、黙るしか出来なかった。


「あんた達があいつらの仲間じゃないなら、止めないでくれ。目の前で殺された息子の敵討ちがしたいんだ。」


そう言って真っ直ぐに俺の目を見る男達。そこには、農民だからとか、平民だからとか…そういうものは何も無く、ただ、殺された家族の為にという人として、一家の長としての想いのみが有った。

彼等は、自分の家族を守る為に、必死に盗賊達に抵抗したのだろう。体のあちこちに怪我やあざが有って、中にはかなり大怪我を負っている者も居る。

だが、彼等は既に死ぬつもりなのだ。死を前に、怪我の事などどうでも良いのだろう。それ程までの憎悪が、彼等の中には有るのだ。


「止めはしないさ。だが、どうせやるなら、一人二人と言わず、ここの連中を全滅させてやりたいとは思わないか?」


「それが出来るならやりたいさ。でも、俺達にそんな事が出来るはずがないだろう。自分達がただの農民で、戦いなんて知らず、弱い人間だということは、嫌という程思い知らされたばかりだ。」


「いや、そんな事はない。出来る。」


俺は男達に向かって断言する。


「何を根拠に………いや…待てよ……黒い髪におかしな剣…もしかしてあんた!」


盗賊だけでなく、農民にまで俺の事が知れ渡っているのか?と思ったが違った。


「ジャノヤのシャザさんを救った人か?!」


「シャザ…?」


「ああ!ついさっき聞いたんだ!家を壊されてしまったが、黒髪の変な剣を持った男に子供と自分を救ってもらったってな!」


何の話をしているのかさっぱり………いや、待てよ。そう言えば、ジャノヤの街中で、プレイヤーのミカミとかいうのと戦った時、家に居た女性と、その人が抱える子供を助けた覚えがある。アーテン婆さんの作った黒防殻の組木を使って何とか逃がした親子だ。


「そう言えば、ジャノヤで親子を逃がした覚えがあるな。」


「シャザさんが、助けてもらったのにお礼も言えず、酷い事をしてしまったって言ってたぞ!」


あれから随分と時間が経つし、親子が上手く逃げられた先で、話が広がった…のか?


「ジャノヤで起きた事を、何故知っているんだ?」


「それは簡単だ。ジャノヤから逃げ出した者達の中で、戦える者達が、周辺の村へ行って、皆を助けているからだ。俺達の村にも冒険者が何人か来てな。その中の一人からそういう人が居て、今も戦ってくれている人が大勢居ると聞いたんだ。その中の一人に、シャザさんの事を知っている人が居てな。話を聞いたんだ。」


ジャノヤ自体は相手の数が多過ぎて明け渡すしかなかったが、それでも、諦めずに動いてくれている人達がいるらしい。恐らく、ケビン達が呼び掛けて、それに応えてくれた人達だろう。あの親子も、その内の誰かに助けられ、その時に俺の話をしたのではないだろうか。シャザという女性は、俺達の事を、皆を救う為に動いている冒険者の内の一人だと思って、俺の特徴を伝え、知らないか?と聞いたのではないだろうか。そこから話が広がり…と言った流れだろう。


「そういう事だったか。まだ諦めずに動いてくれている人達がいるんだな。」


「相手の数に比べてしまうと、戦える者の数は少ないが、家族や友を守る為なのだから、諦めるなんて事はないさ。」


家族や友が死んでいくのを、ただ黙って見ている奴はいない…か。盗賊達は何も考えていないだろうが、俺達を怒らせるより、民衆という余程厄介な相手を怒らせたという事だ。今はジャノヤの神殿に引き篭っているフヨルデも、馬鹿にしてきた民衆の怒りに触れ、必ず後悔することになるだろう。


「それより……俺達が、本当に連中を全滅させられるのか?」


「ああ。出来る。」


シャザさんという人が助けられたという話から、俺の事を信用出来ると判断し、男達が俺の言葉に対して、しっかり耳を傾けてくれるようになった。これならば、上手くいくかもしれない。


「お、おい…」


「ああ。

頼む!俺達に何をしたら良いのか教えてくれ!」


俺の話を聞くべきだと、後ろの男から催促を受け、話をしていた男が頭を下げる。


「頭を下げる必要なんかない。俺達は同じようにあの連中を駆除したい仲間なんだからな。」


遠くに見える灯りに目を向けると、男達が頷き、その目に光が宿る。

その光が、復讐という名の光だとしても、光である事に違いはない。


「まず、こんな人数で何をしても、あの大人数にとっては痛くも痒くもない。人数をもっと集めるんだ。出来る限り多い方が良い。」


俺の言葉に、男達は無言で頷く。一言一句聞き逃したりしないという感情が読み取れる。


「先に言っておくが、お前達のような農夫が少人数で戦っても、勝ち目なんて全く無い。相手は言うなれば人殺しを得意とする連中だ。人を殺す事に関してだけ言えば、冒険者や衛兵なんかより余程腕が良い。そんな相手に、農具を持って戦いを挑んでも、無駄に死ぬだけだ。」


「「「「っ………」」」」


男達が目を伏せて拳を強く握り込む。

自分達では奴等を殺せないと分かってはいても、それを言葉にされると、男として、復讐を願う一人として、歯痒い気持ちになるのだろう。


しかし、続けた俺の言葉に、全員が顔を上げる。


「だが、それは相手の土俵で戦うからだ。」


「ど、どういう事だ?」


「お前達は農夫であり、人殺しのスペシャリストではない。武器を使って人を殺すのが盗賊の土俵だ。そこに自分達から上がって勝とうとするから勝てないんだ。

農夫には、農夫の戦い方ってものがある。」


「そんな事言われても……」


普通はそんな事を言われても、農夫に何が出来るのかと聞きたくなる。しかし、だからこそ、相手にとって効果の高い攻撃を期待出来るのだ。


「お前達は、この世界で、植物や土、昆虫、小動物に対する知識で言えば、他の誰にも負けないものを持っているはずだ。毎日毎日その事ばかりを考えて生きてきただろう?」


「植物……昆虫……あっ!!」


「どうやら分かったみたいだな。」


俺の言葉に、まとめ役の男がハッとする。


「な、なんだ?!どういう事だ?!」


「おい!今直ぐ赤虫とべナガエルを捕まえるぞ!大量にだ!それと野芋のいもを持ってこい!これも大量にだ!」


「赤虫にべナガエル…それに野芋………そうか!そういう事か!!」


因みに、彼等が言っている物は、俺も知っている生き物で、この世界では一般的に知られている生き物ばかりだ。鑑定魔法の結果は……


【赤虫…真っ赤な甲殻が特徴の虫。一センチ程度の体長しかないが、この虫の持つ毒は気絶する程の痛みを伴う。】


【べナガエル…鮮やかな黄色が特徴の蛙。二センチ程度の体長で、背から出す毒は強い吐き気を引き起こす。】


【野芋…平野に生える芋だが、人の食用ではなく、人が触れると酷くカブれる。】


というものだ。


要するに、身近に居る生き物や植物を利用する事で、色々と出来る事は有るのだ。

彼等の口から出てきたものの持っている毒は、どれも死に至るようなものではないが、考えれば死に至るような毒を持った生き物だって、この世界には腐る程居るだろう。解毒薬を持っていれば、簡単に対処出来てしまうものだったとしても、間違いなく混乱はさせられる。そして、その混乱が非常に重要なのだ。


「俺達には俺達にしか出来ない戦い方が有る!皆を集めろ!直ぐに取り掛かるぞ!」


「おう!!」


「おい!あれ持ってこい!あれ!」


「あれってなんだよ?!」


「あれだよ!あれ!分かるだろ!?」


俺の言葉で、彼等は自分達の土俵を思い出し、来た道を走って戻って行く。


「……助かった。」


まとめ役の男が一人だけ残り、俺に向けて頭を下げる。

必要無いと言ったはずだが…そうしなければ気が済まないとでも言いたげな顔だ。


「気にする事はない。復讐をしたい気持ちはよく分かるからな。俺は俺の持っている知識を活用しただけ。それを実行するのはお前達だ。

それに、やるとなれば、死ぬ者も出る。本当の意味で助けたいなら、止めるべきなんだろうが…」


「止められたとしても、俺達は立ち向かうつもりだったんだ。もし、これで俺達が死んでも、あんたが気に病む必要なんてない。無駄に死ぬ事無く、一人でも多く道連れに出来るならば、それこそ本望だよ。」


「本望…か…」


これが異世界に転移させられた勇者とかならば、ここで彼が死ぬのを許容出来ないとまくし立てるのだろうか。

死ぬ事は正義ではない、復讐は何も生まないなどと言いながら。


よくよく考えてみると、それは本当に身勝手な言い分だ。

人ならば、自分の伴侶はんりょや子供が目の前で連れ去られたり殺されたりしたら、相手を殺してやると思うのが自然だろう。それを、そんな事は生産的ではないから止めろなんて、人の言葉とは思えない。

もし、俺の両親が事故ではなく、誰かに殺されたならば、俺は地の果てまででも追って殺していたに違いない。

それが分かるから、俺はこの人達に生きろなんて無責任で残酷な言葉は吐けない。


彼等が今、必死になって動いているのは、死んで行った者達の無念を晴らしたい。その感情だけだ。それを奪い、彼等がのほほんと生きて行けるとは思えない。

毎日毎日、自分が見た最愛の者達が受けた非道を、夢に見て、その光景が頭の中をグルグル回り、何故あの時自分の命を投げ打ってでも盾になれなかったのだろうか?何故自分だけが生きているのだろうか?と考える。

そんな者が、自分の天寿を全う出来るとは思えない。必ず、どこかで自死に至る。

俺もそういう経験が有るからこそ、彼等が復讐を果たせず、生き残ってしまった時の事が手に取るように分かる。彼等にとって、ここで相手を道連れに死ぬ事こそ本望だと言うのならば、それを止める権利など俺達には無い。


「俺達に出来ることは全てやる。何でも言ってくれ。」


「…本当に…ありがとう。」


男は、もう一度、俺に向かって頭を下げる。


「俺達は農夫で、使える物は分かっても、どう使うのが良いのか分からない。だから、それを教えてくれ。」


「分かった。協力しよう。」


「本当に助かるよ。

遅れたが、俺の名前はビルノだ。皆への指示は俺がする。」


ビルノと名乗った男は、短めの赤髪に青い瞳。五十歳くらいの男性で、クタクタの革製の靴を履き、クタクタの服を着ている。


「俺はシンヤ。こっちがニル、スラたん、ハイネ、ピルテだ。」


「私達に出来る事ならば、本当に何でもするわ。」


「お手伝いさせて下さい!」


「本当に…ありがとう。」


ビルノは、少しだけ涙を浮かべて、俺達に向かって礼を言ってくれる。


「俺達の村はこの直ぐ近くなんだ。周りの村の連中にも声を掛けて集めるから、取り敢えず俺達の村まで来てくれないか?」


「分かった。移動しよう。」


ビルノの案内で、その場を後にした俺達。移動を初めて直ぐに、押し黙っていたスラたんが、俺にだけ聞こえるように声を掛けてくる。


「シンヤ君……」


「……どうした?」


スラたんの言いたいことは分かっていた。彼等が死に場所を求めている事について…だろう。


「本当に……彼等を……」


何と言ったら良いのか分からないのだろう。スラたんは、考えながら、ゆっくりと口を開くが、それでも言葉を上手く紡げずに詰まらせる。


「……俺にも、正解なんて分からない。」


「……………」


「ただ……俺のしている事が、最終的に彼等を殺す事になるのだとしても、ここで我慢しろなんて俺には言えない。」


「……うん……」


「辛いなら」

「大丈夫。」


俺の言葉を遮るスラたん。


「割り切るのは無理だよ。無理だけど……僕も、出来ることはしたい。命を守る事が大切だとは思う。思うけど、それだけがとは限らないんだね…」


何をもって救いとするのか。それは人によって様々だ。必ずしも、生き続ける事が救いとは限らない。生き続ける事は、その者にとって何よりも耐え難い苦痛だという事だって有り得る。

医学や薬学を学び、人の病を治す事を職業にしていたスラたんとしては、受け入れ難い現実だとは思う。でも、この世界に来て、日本で培って来た常識なんて、殆どが吹っ飛んだ。これもその一つだ。

向こうの世界のように、優秀な警察が居るならば、盗賊連中を捕まえて、死ぬよりも辛い生を与えるという事で納得も出来るだろうが、盗賊が我が物顔でやりたい放題出来ているという時点でそんな優秀な組織が無い事が分かる。そうなると、結局泣き寝入りするか、命を投げ打って復讐するかの二択だ。家族も家も失い、何も残っていない五十歳の男が、どちらを選ぶのか。大抵は後者を選ぶだろう。

それが分かるから、スラたんとしても、何も言えず、納得しようとしているのだろう。


スラたんとしては、自分の中に有る言葉に出来ない感情を、誰かに伝えたかったのだろう。


俯くスラたんを見た俺は、ハイネとピルテの方に目を向ける。


「スラタン。」


「スラタン様。」


ハイネとピルテが、スラたんに近付いて、話をしてくれる。俺が話をするより、ハイネとピルテに任せた方が良いのだろう。俺は気の利いた事を言えないし。


「ご主人様。」


そんな俺に対して、ニルがスッと近寄って来る。


「こういうのは、やはり慣れるようなものではありませんね。」


「…そうだな。」


俺の事を気遣ってくれたニルが、そう言いながら暗い顔をする。


「人の生き死にに関係する事なんだ。そう慣れるものじゃないし、慣れない方が良い。」


俺は極力明るく振舞って、ニルの頭を撫でてやる。

いや、俺がニルの頭を撫でて落ち着きたかったから…かもしれない。


いつものように擽ったそうに笑うニルを見て、俺は気持ちを入れ替える。


やると決めたのならば、最善を尽くし、最良の結果を手に入れなければならない。それこそ、彼等が命を賭して戦ってくれるのだから、彼等が納得するだけの結果を。


「あれが俺達の村だ。」


先頭を歩くビルノがそう言って指し示したのは、もう村とは呼べないものだった。


火を放たれたらしく、見えている家々は真っ黒に炭化しており、所々燻くすぶっている為、煙が空に上り、風で流されて行くのが見える。

焦げ臭い空気の中には、異臭も漂っており、目を凝らすと、焼け落ちた家々の前には、人だと思われる黒い塊がいくつか横たわっている。中には、小さな…本当に小さなものも見える。


「うっ……」


堪え切れず、スラたんが口に手を当てる。


「……酷い……」


「…この辺りの村はどこも似たような状況らしい。まさに地獄だよ。」


直ぐに復讐だと立ち上がった者達ばかりではなかったらしく、村の中には、炭化した最愛の者を抱き締め、泣き叫ぶ者や、放心状態の者も見える。

復讐の為に走り出した者達のように、直ぐに動ける者の方が圧倒的に少ない。普通は、何故こんなことになったのか、これは夢では無いのかと呆然とするか泣き叫ぶか、どちらにしても現実を受け止め切れず、ここで足を止めている事しか出来ないのだ。

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