第515話 集結

俺達がゼノラスの言う安全な場所へと移動するまでの間に、街の方角から、パペットの本陣に向かって移動する光が数多く見えた。

街を攻めるのは良いが、本陣が潰されてしまっては本末転倒も良いところだ。街を攻めたり、一般人を捕まえるのは、いつでも簡単に出来る。それよりも、危険因子である俺達の事を優先するのは当たり前だろう。


流石に、テンペスト本陣に居る人数ともなれば、聖魂魔法を一発ぶち込んだところで、その殆どが生き残る。いくら天災に近い威力の魔法とはいえ、魔法は魔法。全員を一瞬で消し去るなんて事は出来ないのだ。

当初の目的は達成出来たとして、今度は俺達自身の事が問題になってくるという事だ。


「ご主人様。それについてですが…一つ、策を思い付いたのですが…」


少し歯切れの悪い感じでニルが言ってくる。


「どうした?策が有るなら話してくれ。」


「……あの石壁を、こちらが利用するのはどうでしょうか……?」


「なるほど…」


ニルの歯切れが悪かった理由は、もし、この作戦を決行し、上手くいったとしたら、多大な損害を与える事が出来る。ただ…それは、大量虐殺に近い行いである。かなり無慈悲な策だ。


「………いや。それはやめておこう。

確かにこのまま挟み撃ちされれば辛くなるが、もっと良い手が有るはずだ。出来る限り殺さずに事を成せるなら、その方が良い。」


俺は、ニルの頭をポンポンと撫でてやる。

いつもならば擽ったそうに笑うニルだが、今回は無慈悲な策を提案した自分を恥じて、俯いてしまった。


「今は色々な可能性を模索している段階だ。どんな策だって思い付いたなら話をすれば良い。問題はそれを実行するかしないかだ。俺なんてもっと酷い作戦を考えていたんだから、恥じる事は無いぞ。」


無慈悲な策を想像し、提案する事自体は、あらゆる可能性を考えるならば当然とも言える。ただ、選択するかしないかは、俺達次第。それでニルの事を無慈悲な奴だなんて思う者は居ない。


まあ、俺だけは、トンネルの中に居た奴隷を見ているから、それが考え方に影響を及ぼしているというのもある。ニル達としては、トンネルの中に居る奴隷も、地上で戦う戦闘奴隷と変わらない者達だと思っているだろうから、そういう案が出てきてもおかしくはない。

子供の奴隷となると、ニルと出会った時の事を思い出すし、やはり気分の良いものではない。それに、あんな状態の子供を殺そうなんて……思えない。


ここでその話をしてしまうと、ニルがその子供達を殺そうとした…という意味に変わってしまう為、その話はしなかった。


「それ以外の方法となると、やっぱり隠れて近付く…かな?」


「そう出来れば最高だが、それが可能な場所に居るとは思えない。間違いなく見通しの良い場所に居るだろう。」


「それもそうだよねー…

裏道とか、逃げる為に用意されている道とか無いのかな?」


「有ったとしても、簡単に見付けられては意味が無いし、細心の注意を払って隠されているだろう。それを探し出して攻めるってのは現実的ではないと思う。」


「だよね……これまでは、守りを固めているわけではなかったから、強引に攻め込む事も出来たけれど、待ち構えられてしまうと、僕達の人数ではどうにも出来なくなってしまうね…」


「陽動も出来ないからな。」


俺達はたったの五人。使える戦術なんて無いに等しい。


「真正面から魔法を撃ち込んで突破口を開くか、魔法で戦闘人数を制限するような地形に変えるか…くらいだろうな。」


「もう少し障害物の多い地形なら、何とか出来そうなものですが…」


「何も無い平原ですからね…」


ニルもピルテも、頭を捻りながら色々と考えてくれているが、状況を覆す一手というのは、そう簡単に見付からないものだし、見付からないからこそ、それが出来た時に状況を覆す事が出来るのだ。

取り敢えず、体を休めている間に、妙案でも浮かばないかと考えてはみるが、特にこれと言った案は浮かばず、暫く時間が経過した。


「あの男から得られる情報はこれで限界みたいね。」


んーんーと猿轡を噛まされていながらも叫ぼうとするゼノラスを一瞥した後、ハイネが溜息混じりに言ってくる。


「そうか。それならば、生かしておく必要も無いな。」


「ご主人様。奴の事は私にお任せ下さいませんか?」


ニルが真剣な眼差しでそんな事を言ってくる。ニルにとって、許せないような事を、ゼノラスはしてしまったのだろう。断る理由も無い為、俺は頷いてゼノラスの事を任せる事にした。


「ありがとうございます。」


そう言ってゼノラスの事を見るニルの目には、怒りが浮かび上がっていた。


奴隷達に情けを掛けるなと言ってきたのはニルだったが、それは、奴隷達の事に対して、誰よりも思い入れが有るから、自分に言い聞かせるという意味も込めての言葉だったはずだ。

パペットとの戦いで、そんな奴隷達を消耗品のように使い潰すゼノラスを見れば、許せないと思うのも当然の事と言える。


ニルがやる事をまじまじと見る必要は無いし、ニルもあまり見て欲しくはないだろうから、ニルがゼノラスにした事は見ていないが、聞こえてくる声が、ゼノラスの絶望を物語っていた。

必要以上に痛め付けたりはしなかったみたいだが、ゼノラスの声が聞こえなくなるまで、彼の声には恐怖の色が乗っていた。死ぬ直前、彼が自分のしてきた事を後悔したかは分からないが、少なくとも、女奴隷だと馬鹿にしていたニルに殺される事は、彼にとって大きな意味を持っていた事だろう。


ニルが全てを終えて戻って来た後、一度だけ頭を撫でてやり、移動を開始する事にした。


「そろそろ、ここにも追手が来るはずだ。移動を開始しよう。」


「でも、どうするのか決まっていないわよ?」


「相手の動きを見たら、何か思い付くかもしれない。ここに居ても何かを思い付く事は無さそうだし、こちらが仕掛ける前に戦闘が起きるのは避けたい。」


「こちらのタイミングで攻撃を開始したいから、まずは相手に捉えられないように逃げ回るという事ね。

そうなると、痕跡は残さない方が良いわよね?ゼノラスの死体はどうするのかしら?」


「それは少し待ってくれるなら、僕がスライム達にやらせるよ。」


「それじゃあ、その間、俺達は周囲の警戒だな。」


先の事はまだ決まらないが、一先ずの行動方針だけは決めて、直ぐに行動に移る。


相手とは違い、こちらは五人で動く為、身軽に動けるというのが利点だ。こうしてあちこちに移動しながら逃げ回れば、捕まる事は無いだろう。

ただ、逃げ回るだけでは状況は良くならない。というか、相手に時間を与える事になる為、寧ろ状況が悪化する。攻めるにしろ引くにしろ、なるべく早く行動を決めて動く必要が有るだろう。


数分後、スラたんがゼノラスの死体を処理し、俺達は平原の中を灯りも持たずに移動する。


暗闇とはいえ、月明かりも有るし、ハイネとピルテは夜目が利く。相手に遅れを取る事は無い。


移動して休憩してを二度ほど繰り返しながら、ハイネの得た情報を元に、テンペストが居る場所の近くまで寄り、現状の確認を行った。


俺達が居るのは、平原のど真ん中。


まだまだ遠いが、テンペストの拠点らしき場所が見える位置まで辿り着く事が出来た。

起伏が有り、夜だとはいえ、立って移動してしまうと流石にバレる為、身を屈めて移動し、全体が把握出来る距離まで近付いた後、うつ伏せの状態で敵の動きを見ながら、話し合いを始める。


「予想通りというか……当たり前だけど、相手の数は尋常じゃないね。」


俺達が見ている先には、何人居るのか分からない数の盗賊達が集まっている。

テントや、焚き火も見えるし、拠点で間違いないみたいだが、そこにマイナやバラバンタが居たとしても、特定するのは不可能に近いだろう。ただ、拠点の連中は、戦闘態勢という感じではなく、座って話をしている者や、寝ている者も見える。


「相手は実に余裕そうだね。」


「これだけの人数が集まれば、たった五人にしてやられるなんて事は有り得ないと思っているんだろうな。まあ、実際にそのせいで手が出せていないんだから、間違ってはいないんだが。」


「ですが、マイナが駆け込んで来ているなら、臨戦態勢を取っていてもおかしくはないはずですよね?

マイナから見た場合、千人近い部隊が戦って、主力を失い、その上でまんまと逃げられたわけですし。」


「フィアーも頭が落ちているし、余裕を持っていられる状況ではないはずなのに、やけにゆったりしているわよね。」


「そうやって俺達を挑発しているのだろうな。やれるものならばやってみろ。俺達は逃げも隠れもしないぞ…という事だろうな。」


「嫌な連中ね。」


「それだけ、俺達を仕留める自信が有るんだろうな。」


「その自信の源は、きっとテンペストの連中の殆どが、戦闘を得意としているから…ですよね。」


俺達がテンペストの連中を見ていて、弱そうな奴と言えば良いのか、戦闘に慣れていないような者は一人も見当たらない。戦闘能力が高い者達を集めて作った盗賊団…というイメージだ。


「見た限り、元冒険者とか、元衛兵、元傭兵みたいな者達ばかりが集まっているみたいね。」


盗賊の力が強過ぎて、この辺りでは、仕事をしようにも出来ない状態が続き、冒険者や傭兵の連中が盗賊に落ち、そのせいで更に仕事が出来なくなり…という負のループが生じて、盗賊団が肥大化したのだろう。しかも、そこに貴族連中が手を貸すから、衛兵のような連中も盗賊に押し込まれ…という最悪の状況となっているという事だ。

そして、盗賊の数が増えていく中で、戦闘能力の高い者達だけを集めたような盗賊団。それがテンペストなのではないだろうか。

見えている連中の立ち居振る舞いを見ての判断でしかないが、それ程間違った推測ではないだろう。ハンターズララバイという大きな組織で見た場合、二万人近い人間が所属もしくは関係しているということを考えれば、こういう推測に至るのは当然とも言える。ここまでの大きな盗賊団ともなれば、本当に好き放題やれてしまうし、盗賊団に所属している方が冒険者や衛兵、傭兵をやるよりも儲かるなんて事がこの辺りの常識になっていもおかしくはない。

儲けだけの話で言えば、盗賊に与する方が賢いとさえ言える。残るのは、人としての誇りの問題だけだ。普通は、その誇りを捨てたくないと考えて、儲けは悪くても冒険者や衛兵になりたがるものだが、仕事をしていて盗賊達に儲けを奪われるなんて事が何度も有れば、やっていられなくなるだろう。

Aランク以上の冒険者レベルになれば、どこに行ってもそれなりに稼げるし、敢えてこの近辺に拘る必要も無いだろうが、ランクの低い冒険者となると、そうも言っていられない。この世界の旅は、馬車が基本になるし、ハンターズララバイの影響下から抜け出そうとするなら、それなりの距離を移動する必要が有る。それには、当然金と物資が必要となるわけだが…それには依頼をこなして金を貯めなければならない。なのに、金を貯めようとしても盗賊に奪われる。仕事をしようとしても盗賊が邪魔…ランクも上がらず金も入らず、首が回らなくなって盗賊に…という流れが目に見える。

そういった連中が集まって出来たのが、ハンターズララバイというデカい盗賊の組織という事だ。


「フィアーの連中と戦った時より、キツくなりそうなのは辛いね。」


休息を取ったとは言っても、全快する程の休息ではないし、出来るだけ大立ち回りはしないようにしたい。もしするとしても、その時にはマイナやバラバンタの姿を確認しているのが絶対条件だ。


「これだけの数となると、一気に攻め落とすのは無理だ。何度も攻撃を繰り返しながら数を減らして、陣形が崩れたところで攻める…というのが一番手堅い作戦だろうな。ただ…」


「まだまだ街に取り付いている連中も多いですから、倒した分だけ人員が補充されてしまうと、持久戦になってしまいます。持久戦になってしまうと、私達に勝ち目は無いように思いますが…」


「そうなんだよな…」


正直なところ、八方塞がりの状態だ。


フィアーの連中は、戦闘慣れしている者が多かったが、数自体は多くなかった。パペットは数こそ多かったが戦闘能力の高い者が少なかった。

それらの弱点が有ったから、どちらも切り崩す事が出来たのだが、テンペストの連中は、戦闘慣れした者達が腐る程居る。これに対抗する為の策なんて本当に有るのだろうか?口にはしないが……思い付く自信が無い……


「右は……駄目だね。左は……駄目だね。

どこを見ても敵ばかり。攻め入る隙が見当たらないよ。」


平原に寝そべって状況を見ているが、突破口は見当たらない。


「どうしても無理そうなら、ここで撤退するという選択肢も有るには有るが…」


ある程度の人数を引き付ける事には成功しているし、街の人達の逃走も、逃げられる人達は既に逃げているはず。そう考えると、俺達がここで頑張ってテンペストを討ち滅ぼす必要は無いようにも思える。

たったの五人で攻めるには厳しい数だし、生き残った人達と協力して、残っている連中を後日ゆっくり攻めて行くという手も有る。

しかし、この場合、相手が街を手に入れ、防衛戦をする形になる。要するに、俺達は攻城戦を仕掛ける形になるのだ。


平原に集まる敵を叩くのと、防壁に守られた街の中に居る敵を叩くのと、どちらが厳しいかなんて、考えるまでもない。

それに対して、街から逃げ出した者達の多くは、ただの一般人。中には剣さえ握った事の無い者達や、子供だって居る。そんな人達を戦わせるわけにはいかない。となると、戦える者達は一握り。その数で、守りを固める敵を落とすのは至難どころではない。


そう考えると、ここで引くという事は、街を諦めて、最悪泣き寝入りするという事も覚悟して…という事に繋がる。

それで街の人達が納得するかどうかは別にして、その選択肢自体は間違ってはいないと思う。結局、生きている事が大切だし、助かった命を大切にして生きて行く事だって出来る。

でも…既に捕らえられてしまった人達や、街に残してきた物。そういった諸々も、全て諦めるしかなくなる。


それに…最終的には、神聖騎士団との戦いにおいて、邪魔となる不安材料を生み出す事にも繋がる…かもしれない。


そう考えてしまうと、ここで引くのは、本当に打つ手が全て無くなり、どうする事も出来なくなった時の最終手段として考えたいが…既に、それをも視野に入れるべき状況になりつつある。


「引き際も大切…か。」


このままでは不完全燃焼も良いところだが、攻め手を思い付かないということは、攻めるべきではないという事だ。せめて、もう一回分、聖魂魔法が残っていれば、力押しも出来ないことはなかったのだが…


「せめて、こちらにも別で動いてくれる人がいると違うのですが…」


「そんな都合の良い事は起きないだろうな。」


「……あの……もしかしたら、そんな都合の良い事が起きるかもしれません…」


「「「「え?」」」」


ピルテの言葉に、俺達全員が反応すると、ピルテは俺達の隠れている場所から西側に人差し指を向ける。


暗闇の中、少し遠くてよく見えないが、何やら人影が動いているように見える。


「敵…じゃないのか?」


「違うわね。完全に素人の動きよ。それに…持っている武器が、くわとかかまよ。恐らく、近くの農村から来た者達だと思うわ。」


「鍬……って、あのままテンペストの拠点に突っ込むつもりか?」


「ここに居るという事は、恐らくそのつもりだと思うわ。」


「おいおい…止めるぞ。」


農村の者達らしき影は、ゆっくりと移動している為、急がなくても直ぐに追い付けた。


「おい。やめとけ。」


「「「「っ?!」」」」


俺が後ろから声を掛けると、数人の男達が振り返り、こちらに向けて鍬や鎌を構える。顔は強ばり、冷や汗まで流している。


「だ、誰だ?!」


叫びはしないが、俺達に向けて切羽詰まった声で問い掛けてくる。


「俺は盗賊じゃない。武器を下ろしてくれ。」


俺は両手を挙げて敵意が無い事を示す。


「信じられるか!」


「こいつらもきっと連中の仲間だ!殺るしかないぞ!」


「違うって言っているだろう。敵ならわざわざ声なんて掛けずに、後ろから奇襲を仕掛けているだろう。良いから話を聞け。」


「…ど、どうする…?」


「どうするって聞かれても……」


その場に居たのは全部で八人。全員男で、人族ばかり。歳は一番若い者でも四十を過ぎているように見える。


「俺達は話がしたいだけだ。ここに居ると連中に見付かるから、もう少し離れて話をしよう。」


俺の言葉に、疑いの目を向けながらも、集団の中の一人が頷く。

信用されているとまでは言わないが、少なくとも、直ぐに攻撃される事は無さそうだ。


男達と共に、テンペストの拠点から少し離れた場所へ移動し、近くに見えていた地面の窪みに身を潜める。


何人かは、俺達に向けて疑いの視線を向け続けており、距離はしっかりと取られてはいたが、話し合いを行えば、その誤解も早々に消えるだろう。


「取り敢えず、ここまで来られれば大丈夫だな。」


多少何かが有ったとしても、拠点の見張りらしき人物達にも見付からない位置まで下がり、話を始める。


「何故こんな危険な場所に居るんだ?」


俺は最初から本題に入る。余分な話をして時間を潰すような事はしたくない。


「…あいつらを殺す為だ!」


「いや、それは分かっている。俺が聞きたいのは、何故殺そうとしているのかという事だ。

あのまま、敵の拠点に向かって行っても、無駄に死ぬか、奴隷にされるのがオチだという事くらい分かっているよな?」

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