第502話 追い込み

「…………………」


私は、何かを言い返す事もせず、ただ、真っ直ぐにゼノラスの方へと向かって歩く。


「殺せ!その頭のおかしな女奴隷を殺すんだ!!」


ゼノラスは、私の前に居る戦闘奴隷に命令を出し、攻撃を仕掛けさせる。

私は確かに忠告した。これ以上動かないように言えと。他人の忠告を素直に聞き入れていれば、彼はこんなに簡単に命を落とす事など無かっただろうに。


「グガアアアアアアァァァァァ!!」


戦闘奴隷の男が足を踏み出し、腕を振り下ろそうとする。


ドシャッ……

ブシュウウウウゥゥゥゥ!!!


「ガアアアアアアァァァァァ?!!!!」


彼が腕を振り下ろすと同時に、両腕、両足が切断される。戦闘奴隷の男は、地面に仰向けに倒れ、途中までしか無い腕をばたつかせて叫んでいるけれど、手足が元に戻ったり、生えてきたりはしない。


「…はぁ?!な、なんで?!」


ゼノラスは何が起きたのか理解出来ず、両手足が無くなって地面の上で暴れる戦闘奴隷を見ているが、別に大した事はしていない。

私は、腰袋から出したスレッドスパイダーの糸を、彼の手足に巻き付けただけ。強度的に不安が有ったから、何重かにして巻き付けた以外、何もしていない。


単純な話で、私の力では斬撃は効かないし、魔法陣を描いている暇は無い。普通にスレッドスパイダーの糸を使っても、私の力では同じく彼の手足を切り取るには至らなかったと思う。

だから、を利用しただけ。


腕と足を繋ぐようにスレッドスパイダーの糸を巻き付け、彼が攻撃しようとして、腕を振り回すと、糸が張って彼の手足を切り取るようにしたのである。

彼の力は強い。本当に異様な程に。それこそ、自分の手足など簡単に切り取ってしまう程に強力だった。

鉄板を体に打ち込まれ、常に痛みに耐えている状態でなければ、スレッドスパイダーの糸が体に絡み付いている事に気が付けたかもしれない。


普通の人達であれば、何重にも体に巻き付いた糸の感触くらい、まず間違いなく気が付いただろうと思う。でも、彼はその程度の感触には気が付けなかった。度重なる人体実験や、常に感じる全身の痛みは、痛覚を遮断していなくても、鈍感にはしているはずだから。


私の実力が、彼等を一瞬で殺せる程に高ければ、もっと一瞬で、安らかに逝けるようにしてあげられたのかもしれない。どれ程の人体実験を繰り返されていたのかは分からないけれど、多分、私の想像なんて軽く飛び越えてしまうような経験をしてきたはず。そんな彼を、死ぬ時にまで苦痛に晒すのは、少しだけ気持ちが沈む。


「……一瞬で殺せなくてごめんなさい。」


カチャッ…


地面の上で暴れていた戦闘奴隷に、小さな声で言って戦華を逆手に持って垂直に構える。


すると、彼は暴れていた体をピタリと止める。


「ア゛ァァ………」


鉄製の仮面の下に見えている青い瞳が、私の方を向く。


既に、言葉も失ってしまったはずの彼だったけれど、その瞳からは、いくつかの感情が読み取れた。

その中で、最も強く感じたのは……だった。


もしかしたら、そんなものは私の妄想なのかもしれないけれど……彼は、暴れる事無く、目を閉じる。


微かに残っていた彼の自我が、死を選んだのだ。

ううん。多分、ずっと彼は死を望んでいた。早く誰かに殺してくれと、心の中で、言葉を失った口で、叫び続けていたのだと思う。


「お疲れ様でございました。どうか安らかに。」


私は彼に最期の言葉を送る。


ザシュッ!!!


彼の体の中で、唯一鉄板が取り付けられていない急所。喉に、私は戦華を振り下ろす。

喉に鉄板は打ち込めないし、そもそも奴隷の枷が取り付けられているから、枷が守れていない部分だけは、どうしても隠せなかったみたい。私はそこに刃を突き立てた。


深く突き刺さった刃は、的確に彼の神経を断ち切り、一瞬であの世へと向かえたはず。


パキパキパキッ!


戦華が彼の血を吸って、硬化していく音が聞こえてくる。


「な……なんだ……なんなんだお前は!」


ゼノラスが私に向かって人差し指を突き出し、ブルブルと震えながら言ってくる。


「そうですね……お前に覚えられるのも不愉快ですから、お前を殺す者…とでも言っておきましょうか。」


私は、ゼノラスに、出来る限り笑顔で笑いながら言ってやった。


「っ!!」


私が既に四人の内二人を殺したから、残りは二人とゼノラスだけ。それくらいは理解出来ているらしく、ゼノラスは怯えた表情を見せる。


でも、私はここで気を抜いたりしない。


この男の使って来た策は、どれも下衆の中の下衆という策ばかり。

ここから何をしてくるかなんて分からないし、何をしてきてもおかしくはない。自分が優位に立っていると思っている時こそ、細心の注意を払って行動しなければならない。


残った戦闘奴隷二人は、先の二人とそれ程実力は変わらないはず。慎重に考えて動いても、ゼノラスを逃がす事は無い。


「お、お前達!これを持って戦え!!」


ゼノラスは、土魔法を使って作り上げた石の分厚い大剣を二人に持たせる。ゼノラスには持ち上げる事も出来ないくらい重いらしい。二メートルも有る身長に、盛り上がった筋肉が全身を覆う巨体が持っても違和感の無い大剣と言えば、それがとてつもなく大きな大剣だということは伝わるだろうと思う。

ただ、適当に作り出された大剣だからか、刃という刃は付いておらず、どちらかと言えば鈍器に近い。私にとっては、どちらにしてもあまり変わらないし、別にどちらでも良い。


武器を奴隷達に持たせた事で、リーチは大幅に広くなり、攻撃の威力は更に一段階上がったと考えるべきだと思う。

ただ、動きが素人同然だから、剣術的な意味での恐怖はあまり無い。問題は、巨体と圧倒的なパワーを使って暴れられると、流石に即座に倒すのは難しくなる。その間にゼノラスが逃げようとすれば、ハイネさん達が捕まえてくれるとは思うけれど、必ず一人は護衛にするはず。出来る限り素早く一人を制圧して、もう一人との交戦に入れば、ゼノラスの事を楽に追い込む。これしか無いと思う。

多分、戦闘奴隷の二人は、全力で私を止めようとするはず。それは奴隷だからではなく、自我が残っていなくて、そうする事しか出来ないという事。

二人目の彼が、僅かにでも自我を保っていたのは、奇跡…いいえ。悪夢としか言えない。残った二人には、自我が残っていない事を願いたい。普通ならば、そう願う事こそ非情だと言われるかもしれないけれど、彼等の現状を思うと、自我が無い事を願わずにはいられない。


「お前達に与えやった力を使ってあの女奴隷を殺せ!」


「…お前が何をして、彼等がこうなってしまったのか、そんな事を聞くつもりはありません。聞いたところで彼等が元の状態に戻れるとは思えませんからね。

ですが……彼等に与えた苦痛以上の苦痛を、私がお前に与えてやる。」


私は、戦闘奴隷二人に警戒しつつ、着実にゼノラスへと近付いて行く。


「ひっ!?お前!行け!早く殺せ!」


ゼノラスは、近付いて来る私を見て、後退あとずさりしながら、一人の戦闘奴隷を私にけしかける。

やはり、自分は逃げるつもりらしく、もう一人の戦闘奴隷を連れて、奥へ向かって走り出そうとしている。


「グガァァッ!」

ブォンッ!!


土魔法で作られた石の大剣が、私の肩の高さを水平に振られる。


私は前傾姿勢になる事で、大剣の下を潜り抜け、一足で戦闘奴隷の懐へと入り込む。武器が通り過ぎたにしては、音も風も尋常では無いけれど、当たらなければどうということはない。


「ガァッ!」

ブンッ!


近付いて来た私に対して、戦闘奴隷が大剣から片手を離して、殴り付けようとしてくる。


信じられない重さの大剣であるはずなのに、それを片手で制御するなんて…パワーだけは、本当に異常に強い。

でも、その一撃は、私を捉える事が出来なかった。


冒険者というのは、基本的に武器だけを使って戦う者の方が圧倒的に少ない。相手は人ではなくモンスターであり、モンスターというのは戦いにおいて綺麗も汚いも無く、ただ生き残り、相手を食らう事しか考えていない。

その為、大抵のモンスターは、あらゆる方法で獲物を捕らえようとする。それがどんな方法であろうと、最後に生きていた方の勝利なのである。そんな相手と常に戦っている冒険者というのは、所謂綺麗な剣術というものを知らない。

周囲の環境を利用し、使える物は何でも使って、モンスターを討伐する。それは、剣術を修めているご主人様でも同じ事で、その延長線上に、カビ玉やスライム瓶、魔法の合成という発想が有るのだと私は思っている。

冒険者相手に、騎士のような連中が、正々堂々戦いを挑んでも、冒険者の正々堂々というのと、騎士の正々堂々は全くの別物である為、勝負にならないと言う事である。

オウカ島で剣術を習っていた時の状況は、その騎士達の戦いに近いと思う。でも、戦争となれば、騎士だろうと、冒険者だろうと、奴隷だろうと、そこに綺麗な戦いとか、汚い戦いとかは基本的に存在しない。生き残った者が勝者というだけの事。つまり、この戦闘奴隷の戦い方は、どちらかと言うと冒険者に近い戦い方であると言える。そしてそれは、私やご主人様が得意とする分野である。

私の目の前に居る戦闘奴隷の攻撃は、綺麗な剣術などではなく、生き残る事に特化したもの。だとすれば、その最も苛烈な場所を生き抜いてきた私が、その攻撃を避けられないはずがない。


「グガァァッ!」

ズガガガガッ!!


私が拳を避けたのを見て、戦闘奴隷は片手で大剣を振り戻す。振り回せるだけで凄いと言える程の重量を持った大剣である為、流石に、片手では軽々とはいかず、大剣の切っ先部分が地面を抉りながら横へと這う。


タンッ!


私はそれを見て、地面を蹴りつつ、体を横へと空中で回転させて大剣を避け、一回転したところで地面に足を戻す。


戦闘奴隷が使っている大剣は、地面に当たった時、先端が折れて地面と共に吹き飛んで行くのが見えた。魔法で作った即席の大剣なのだから、強度が足りず、力に負けてしまったのである。


ゼノラスは、私がスレッドスパイダーの糸を使った事を見抜けず、それに対処するように命令していない為、全く同じ方法で、目の前の戦闘奴隷は仕留められるだろうと思う。きっとこの彼も、絡み付く糸には気付けないだろうから。


戦闘奴隷の奥に見えているゼノラスは、こちらに背を向けて全力で走っている。目の前の戦闘奴隷を倒すには少々時間が掛かるから、普通ならば、追い付けるか微妙な状況になりそうだけれど……心配は要らないみたい。

戦闘奴隷は有り得ない程のパワーを持っているけれど、ゼノラス自身は…言葉を選ばずに言えば雑魚。足が遅過ぎて、殆ど離れられていない。しかも、逃げ出したゼノラスを追って、ハイネさん達が魔法を発動させているのが見える。戦闘奴隷は倒せないかもしれないけれど、私が目の前の戦闘奴隷を殺してからでも、十分に間に合いそう。


「グガアアアアアアァァァァァ!」


ズガァァン!バキバキバキッ!


目の前の戦闘奴隷が、大剣を垂直に振り下ろし、私はそれをスルリと潜り抜ける。


大剣は地面と衝突した事で、遂に耐え切れなくなり、バラバラに崩壊してしまう。こんな物を渡されて、戦え、殺せなんて、無理な話だと思う。


戦争では、綺麗な戦い方、汚い戦い方は関係無いとは思うし、実際にそうだと思う。でも、ゼノラスのやっている事は、綺麗とか汚いとかではなく、非人道的なやり方というもの。いくら殺し合いの戦争だとはいえ、人として越えてはいけない一線というのは間違いなく存在する。

それを、ゼノラスは軽く飛び越えてしまった。その結果が、奴隷達の末路となってしまっている。これは、戦争を知らないゼノラスだからとかそういう問題ではなく、彼自身が問題という事。ここでしっかりと私達で息の根を止めておかないと。


私は走っているゼノラスの背中を横目に見ながら、目の前の戦闘奴隷にスレッドスパイダーの糸を絡めて行く。


「グガァァッ!」

ブンッ!ブンッ!


戦闘奴隷は、大剣が無くなっても、拳を降り続け、私を殺そうとしてくるけれど、やはり先に戦った戦闘奴隷と大差無い実力。攻撃を躱しながら、糸を巻き付け、それが終わると同時に、背後へと回り込む。


「自我が残っているのであれば、動かない事をお勧めします。」


最後に、戦闘奴隷に言い残して、私はそのままゼノラスを追う。


「グガアアアアアアァァァァァ!!」

ブシュウウウウゥゥゥゥ!!


私と戦っていた戦闘奴隷には、自我が残っていなかったのか、それとも、自我が残っていた上でなのか、私を背後から攻撃しようとした。

絡み付いたスレッドスパイダーの糸が、彼の首や手足を飛ばし、血が吹き出す音が聞こえて来たけれど、振り返らず、私はゼノラスを追う。


「おい!助けろ!僕を早く助けるんだ!」


ゼノラスの元に辿り着くと、ゼノラスは、黒い帯のような物に巻き付かれていて、全く動けない状態になっていた。

ゼノラスを拘束しているのは、上級闇魔法、ダークブランチ。拘束系統の魔法で、解除が非常に難しく、物理的な攻撃は無効化し、光魔法でのみかき消す事が出来るという魔法。

闇魔法は、攻撃力が低い分、他属性の魔法より厄介な魔法が多い。このダークブランチもその一つ。

魔法陣が複雑だったり、効果時間が十秒前後しかない為、使い所が難しいけれど、使用者がハイネさんとピルテとなれば、心配は要らない。

戦闘奴隷がゼノラスを助けようとしても、物理的な方法では助け出せない為、魔法の効果時間内は、その場から動く事さえ出来ない。

結局、私が到着するまで、ゼノラスと戦闘奴隷は、その場であたふたしているだけだった。


私の到着とほぼ同時に、ゼノラスに絡み付いていたダークブランチが消えて行き、やっと彼は自由になれたけれど、逃げ出そうとはしない。

私達が目の前に居るのに、ここから背を向けて逃げればどうなるのか、それくらいは分かっているらしい。


「く…」


ゼノラスは、私達の顔を見て、歯軋りする。


私は、そこでフッと冷静になる。


何かおかしい。


足を止めて、その直感に従って思考する。


おかしい。どうにも腑に落ちない。


この男が、奴隷を使って大爆発を引き起こしたというのは、恐らく本当だと思う。非人道的ではあるけれど、考えようと思えば、考え付くような策だし、特別頭のキレる者でなくとも発想自体は出来るから。

でも、それを私達がここに来たタイミングで使う事や、そもそも奴隷達を戦争に使おうという考え方。もっと時をさかのぼれば、ジャノヤの街に、残っている盗賊達全てで襲い来るという策を思い付いたような奴が、いくら大爆発が上手く作動したからといって、一人で飛び出して来るだろうか?

誰が見ても戦闘なんてまるで出来ない男だと分かるのに、戦闘奴隷が居るからと安心して他の護衛も付けずに現れるだろうか?


ここまでの戦闘の中で、私達を仕留める為に講じられた策は、もっと慎重で、陰湿で、確固たる殺意を感じるものだった。こんな戦闘のせの字も知らないような奴が、本当にここまでの作戦を練ったとは…どうしても考え難い。


かと言って、ハイネさんやピルテが周囲に対して気配を感じているような反応は見せていない。当然、私やスラタン様も、誰かの気配を感じ取ってはいない。


「……………………」


本当にこの男を相手に戦っていて良いのだろうか?


先程は、私のミスで全員が死ぬかもしれない窮地に立たされた。

一度失敗した私が、ミスを許される事は二度と無い。


考えて考えて考えて…もっと深く考えなければ、相手の考えている事なんて分からない。


自分に言い聞かせる。


この男が策を練った男ではなく、ただの駒の一つだとしたら、どこかで策を練った奴が私達を見ていて、確実に殺せるタイミングを見計らっていたとしたら?

もし、私自身が、相手の立場だったとして、ここに至るまでの戦闘やその他の状況を考えた時、最も確実に私達を殺せる方法は?


「……………………」


「ニル…?」


私が攻撃を仕掛けず、戦闘奴隷とゼノラスを見詰め続けていると、ピルテが声を掛けてくる。

それでも尚、私は頭を働かせる。


どこかに潜ませている部隊を投入して、私達を殲滅…?

ううん。奴隷ばかりだったとはいえ、千人近い人数の中を突破して来た私達に、更に人数で押し潰すという考えにはならないはず。不確実どころか、突破される可能性がある。

それなら、先程の奴隷達のように、人間を爆弾にして……ううん。そもそも、それ程の数の奴隷がこの場には居ないし、パペットの所有する奴隷が無限なわけでもない。ジャノヤ近郊に居る奴隷、ここまでに突破して来た部隊の中に居た奴隷。それらを合算した奴隷の数は、かなり途方も無い数になる。流石のパペットとは言えど、これ以上の奴隷は持っていないはず。


私は頭の中で、時間を遡り、戦闘を事細かに思い出して行く。


私が敵の者だったとして、確実に私達を全滅させられる方法が有るとしたら、それはどんな方法…?


「……………………」


こんな時、ご主人様ならば、きっと直ぐに答えを導き出して、次の行動まで指示なさるのだろうと思う。でも、私は非才の身。考えて考えて考え抜いても、まだ足りない。


ご主人様は仰られた。直感は信じるべきだと。

直感というと、根拠の無い感覚というイメージを持つ人もいるかもしれないけれど、ご主人様曰く、そうではない。

直感というのは、これまでの経験を通して、無意識に危険を察知しているという事らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る