第499話 薬物依存
ハンターズララバイに所属する盗賊団は、貴族との繋がりも有るみたいだし、厄介事が貴族にまで及んでしまうと、その時点で厄介事の域を超えてしまう。そうならない為にはどうすれば良いのか。
答えは簡単で、殺してしまえば良い。
そう考えた盗賊達は、奴隷達を殺す事にした。でも、ただ殺すのは惜しい。
そう思っていた時に、私達の話を聞いたら、何かに使えないかと考える。そして、こういう形で抹消する事にしたのだと思う。
この方法ならば、それが例え自爆だとしても、戦死という形が整うし、まとめておいて爆破させれば、魔具もそう多くは必要無い。珍しい魔具ではないし、貴族との繋がりが有れば、用立てるのはそれ程難しい事ではないだろうと思う。
恐らく、彼等がここに居て、自爆なんてしなくてはならない理由は、こんなところではないだろうか。
ご主人様や皆様に話せば、胸糞悪い…と言われてしまうだろうけれど、そう外れた予想ではないはず。
衝撃を感知するということは、攻撃そのものどころか、奴隷達に触れる事すら危険である可能性が高い。胸糞悪い理由で、奴隷達は爆弾扱いされているのかもしれないけれど、攻撃出来ないというのは、意外にも厄介で、私達にとっては有効な手である。
本当にクズな手法だし、イライラもするけれど……ここは、とにかく相手に触れず、出来る限り離れて通り抜けるのが最良の選択。
「動きが遅いとはいえ、数が多いので気を付けて下さい。それと、他に何者かが潜んでいると考えて行動しましょう。」
この奴隷達がここに居て、それだけで私達を殺せるとは思っていないはず。
衝撃を感知して爆発する仕組みならば、外部からの衝撃さえ有れば誰にでも任意で爆発させる事が出来るという事であり、それはつまり、外部から攻撃して起爆すれば、ほぼ確実に、私達を爆発に巻き込む事が出来るという事になる。
私が相手の立場ならば、まず間違いなく、ここには何人かの、正常に思考が働く人間を配置しておく。いいえ…爆発すると知っていて、それを発動させる事が出来る精神状態というのは、正常とは言えないか。
何にしても、注意するべきは、動きが遅い奴隷達よりも、それを爆発させようとする何者かである。
「魔力も回復したし、私が防御魔法を準備しておくわ。」
「私も準備しておきます。」
ハイネさんとピルテが魔法陣を描き始める。
奴隷達に仕込まれている爆弾は、人を殺傷する為に必要な威力を持ち合わせているけれど、防御魔法を使えば防げる威力。あまりにも連続で爆発が襲って来ない限りは、それで死ぬ事は無いはず。
「僕は止められる攻撃は止めて、相手を見付けたら走る役…かな。」
「私も出来る限り攻撃を止めてみます。」
私とスラタン様は、相手が奴隷達を爆破する為に使うであろう遠距離攻撃武器による攻撃を止める役。爆破させるのに、わざわざ近寄って来る馬鹿はいないだろうし、矢か魔法かを使うはず。それが奴隷達に当たれば爆発するのだから、攻撃を止められるなら止めるべきだと思う。奴隷の為にというよりは、自分達を守る為に。
それと、もし相手がある程度近い場所に居るならば、スラタン様には、またしても動いてもらわなければならないかもしれない。既に走り回る体力なんて残っていないように見えるし、出来る限り私が対処するつもりだけれど、私達ではどうする事も出来ない状況という事も有り得る。そうなった時は、スラタン様に頼るしかない。
「大丈夫。少し辛いけれど、これくらいどうって事ないよ。研究の為に、何日も寝ていなかった時に比べたら、楽なくらいさ。」
こんな状況になっても、スラタン様に頼らなければならないということに対して、私が悔しそうにしたのを感じ取られてしまったらしく、スラタン様は力無く笑ってそう言う。
ご主人様もそうだけれど、スラタン様も…向こうの世界から来た人というのは、どうして、こうも自分を犠牲にする事に対して、当たり前だとでも言うような態度が取れるのだろうかと疑問に思う。
それが普通の世界ではないという事は、他の渡人達を見れば分かる。つまり、ご主人様やスラタン様は特別で、御二方のような人達ばかりではないということは分かるけれど……御二方の話を聞く限り、特殊に過ぎる性格でも無いように感じる。それが普通とまでは言わなくても、あまりにも特殊という程でもないはず。
苦痛に対して鈍感なのは、御二方の生い立ちが関係していたりするのかもしれないけれど、他人の為に自分を犠牲にしてまで何かをしようとするのも同じで、生い立ちから来るものなのかな…?
もし、ご主人様達のような、他人の為に本気になれる人達ばかりの世界なら、こちらよりも平和で安全な場所だったという言葉の意味が、心底分かる気がする。
ご主人様が何千、何万人も居る世界なんて、絶対平和だと思うから。そんな世界、私は幸せ過ぎて死んでしまうかもしれないけれど…
ほんの少しだけ思考が飛んでしまったけれど、スラタン様も、私達を助ける為ならば、自分の苦痛を押し殺してしまう御方だということはよく分かっている。
今スラタン様の隣に立っているのは私なのだから、よく見て、スラタン様に無茶をさせないように気を付けなければならない。
「まずは様子を見ながら、なるべく急いで、でも慎重に進みましょう。」
相反する事を言っているのは、自分でもよく分かっているけれど、そう言うしかない状況なのだから仕方無い。
「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」
後方、少しだけ遠くから聞こえて来る軍勢の雄叫び。
ご主人様……どうかご無事で……
私は自分の首から
数が多くて真っ直ぐには走れないけれど、動きが遅いから、何とか避けて通れる。
それにしても…何故この者達は、私達に向かって歩いて来るのか……
何か特別な物を持っているわけではないし、気を引くような事をしたわけでもない。私達に助けを求めている…ようにも見えないし……
そんな疑問を抱いていると、スラタン様が後ろからその答えを下さった。
「この人達。多分僕達にザレインを貰おうとして近寄って来ているんだね。僕達からはザレインの臭いがしないから、きっと同じような人物の手によって依存性にさせられたんだろうね…」
この奴隷達にザレインを無理矢理摂取させた人物が、私達のように薬物を使用していない者だった。だから、ザレインの臭いがしない者、正常そうな人物を見ると、ザレインをくれるかもしれないと近寄って来る…という事だと思う。意識もハッキリしていないように見えるのに、それでもザレインを求めて歩き回るなんて……
いえ、それはスラタン様から既に聞いていた話。ザレインのような薬物を乱用してしまうと、次第に肉体も精神も壊れて行き、ザレインの事しか考えられなくなってしまう。そして、それをも超えると、最終的には死に結び付く。きっと、彼等は既に死ぬ一歩手前に立っているのだと思う。
「ニル!ここでは私達の鼻が利かない!気を付けて!」
私やスラタン様でも、吐き気を抑えるのがやっとという程の甘ったるい臭い。それに、彼等は水浴びもしていなければ、排泄も全て垂れ流し状態。色々な臭いが混じり合って、鼻で息をするのは到底無理。ハイネさんとピルテに至っては、臭いが強過ぎて涙を浮かべている程。
「分かりました!出来る限り急いで抜けましょう!」
奴隷の中の数人を避けて更に先に進むと…
「……っ?!」
右手側、遠くから私の元に向かって何かが飛んで来るのが見える。月明かりの中、飛んで来ている物がキラリと光を反射した事で気付けたけれど、それが無ければ見逃していたかもしれない。
飛んで来ているのは…金属……いえ、ガラス…?
上空と飛んで来ている物体を見ながら、それが何かを見極めようとするけれど、風魔法を使って飛ばしているのか、動きが速くてよく分からない。
何が飛んで来ているにしても、それが奴隷の誰かに当たれば大爆発。そうならないように、盾で受け止めるか、アイテムを使って撃ち落とすのがベスト。何が飛んで来ているのか分からない事を考えると、それが爆発物である事を考えて、空中で撃ち落とすのが最善だけれど、風魔法を使っているから、何かを投げて撃ち落とすというのはなかなかに難しい。もっと近くに飛んで来たところで撃ち落とすしかない。
そう思っていると…
「ニルさん!!」
ガッ!
「っ?!」
スラタン様が私の腕を掴んで、後ろへと引っ張る。
そんな事をされてしまうと、飛んで来ている物が奴隷に当たってしまう。爆発する!
と思ったけれど、私の予想は裏切られた。
パリィン!
飛んで来た物が奴隷の一人に当たると、軽く鋭い音が響き、爆発音はしない。
「何が……うっ!?」
敵は、一体何を飛ばして来たのかと思ったけれど、その答えは直ぐに分かった。
濃密な甘ったるいザレインの臭い。周囲に居る者達が発している臭いを塗り潰す程の濃い臭い。
その臭いが周囲に漂った瞬間。
「「「「「「あ゛あああああぁぁぁぁぁ!!!!」」」」」」
周りにいた奴隷達が、人のものとは思えないような叫び声を発しながら、それまでのノロノロとした動きではなく、恐ろしく素早く、そして尋常ではない形相で、音の元へと走り出した。
「ハイネさん!ピルテさん!」
「分かっているわ!!」
「任せて下さい!」
スラタン様の声に合わせるように、ハイネさんとピルテの手元が光る。
ズガガガガガガガッ!
目の前には、まず上級土魔法、ロックシェルによる壁が出来上がる。そして、その壁の内側には、張り付くように生成されたダークシールド。
本来、ハイネさんとピルテの防御魔法は、爆発が起きそうな時に、それぞれが交互に魔法を発動し、絶え間なく防御が張れるようにと考えていたはずなのに、それを無視してまで作り出した二重構造の防御壁。それ程の衝撃が来るだろうと考えての事だということに違いない。
私も、この時には、何故スラタン様が私の腕を引いて下がらせたのか、しっかりと把握していた。
遠くから風魔法に乗せられて飛んで来たのは、恐らく、スラタン様が作ったような、ザレインの毒素だけを抽出した液体。それと同じような物だと思う。
その甘ったるい臭いは、紛れも無くザレインのもので、あれだけ強烈な臭いを放てば、ザレインの事しか考えていなかった奴隷達は、一斉にそこへ群がる。
壁が生成される直前に見えたのは、瓶がぶつかって液体を被った男が、周囲の者達に押し倒され、その上から何人もの奴隷達が乗り掛かるところだった。
あれだけの人数が密集し、押し合いながら一点を目指してぶつかり合えば、仕掛けられている魔具は間違いなく反応する。
そして、奴隷達全てが一点に集まれば、爆発の衝撃によって。別の魔具をも発動させてしまう。つまり、ここに居る奴隷達に仕掛けられている爆発物全てが、連鎖的に、密集地付近で爆発する事になる。
どれだけの数の爆発物が仕掛けられているかにもよるけれど、防御魔法二つでは足りない可能性すら有る。
私は即座に魔法陣を描き始める。その瞬間だった。
ボボボボボボボボボボボボボガァァァァァァァァァン!!!
有り得ない程の爆音と、衝撃、爆煙と爆炎が周囲を支配する。
魔法陣を描こうとしていたけれど、そんな事が出来るような状況ではなく、大き過ぎる爆音で耳が遠くなり、視界が歪む。
目の前に有った防御壁であるロックシェルは、瞬時に吹き飛び、ダークシールドすら弾け飛ぶ。
人だった物なのか、ロックシェルの破片なのか、よく分からない物が全身に当たり、痛みが走る。しかし、自分の体がどういう状況なのかさえ確認出来ない。
手足が吹き飛んでいてもおかしくはない。それくらい、自分の感覚がおかしくなっている。
やられた。
もっと慎重に進むべきだった、
私のせいで……私がもっと……
「ーーー!!」
意識が
「っ!!」
その時、体が痛みを訴えている事に気が付いて、意識が一気に浮上する。
「……ん!ニルさん!!」
「うっ……」
瞼を開くと、私の体を揺らすスラタン様の姿がぼんやりと見える。
「分かる?!聞こえる?!」
まだ耳鳴りが酷くて、声が遠くに聞こえるけれど、何とか言葉を聞き取る事が出来る。鼓膜は破れていないみたい。
「は……はい……」
「良かった…大きな怪我は無さそうだけど、破片の一つが頭に当たったみたいで、
スラタン様が、何やら色々と焦り気味に言ってくれているうちに、自分の状態や周囲の状況が少しずつ把握出来てくる。
まず、私の体は五体満足。手足も指先もしっかりと付いている。ただ、スラタン様の言うように、額に破片か何かが当たったらしく、血が出ているみたい。痛みは有るし、未だに頭がぼんやりするけれど、多分、軽い脳震盪だけで済んだのだと思う。
次に、周囲の状況として…私達が盾にしていた壁は完全に消えて無くなっていた。跡形も無いというのはまさにこの事という状況で、地面に生えていた草も全て吹き飛んでいて、完全な更地状態。当然だけれど、奴隷達の姿は無く、所々が赤黒く染まり、奴隷達の破片が地面にこびり付いてるだけ。
周囲に建っていたドーム型の石壁もいくつか吹き飛んでいて、中には一部破壊されて中が見えているものもある。
とにかく、信じ難い程の爆発が有った事は直ぐに理解出来た。
「皆…様は…?」
「ニル!大丈夫?!」
私が気にするのとほぼ同時に、私の横に近寄って来るピルテの声が聞こえて来る。
「ハイネ…さん…は…?」
「私も無事よ。」
ピルテの後から、ハイネさんも顔を出してくれる。
「良かった……っ!!」
体を動かそうとすると、体のあちこちに鈍痛が走る。
「無理をしては駄目!私達を庇って一身に爆発の衝撃を受けたんだから!」
ピルテが直ぐに私の背に腕を回して支え、額の傷に薬を塗ってくれる。
体の方は、衝撃を受けた事で、全身が打ち身のような状態になっているのだと思う。
爆発の直前、魔法陣が間に合わないと理解して、私は盾を爆心地の方へ向けて、三人の前に立った。
壁を破壊する程の爆発になれば、私の位置が多少ズレたところで、私自身が受ける衝撃は変わらない。それならば、三人の前に立って、私自身が僅かにでも壁となれるならと動いたのである。奴隷達の間を抜けてしまおうとした私の判断ミスを、少しは償えるかと思って。
結果としては、吹き飛んで無くなってしまったけれど、ロックシェルとダークシールドの二枚壁によって、爆発の威力はほぼ失われており、私自身も軽い怪我で終わった。でも、正直なところ、ご主人様のものである自分の体が無事で良かったとも思ったけれど、スラタン様、ハイネさん、ピルテの三人が、ほぼ無傷だったという事実に、私は心底安心していた。私のミスで、何かあったらと思うと、心臓がキュッと縮む。
ご主人様は、いつもこれ程の覚悟で私達に指示を出し、誰かが怪我をする度に、御自身を責めていたのかと考えると、涙が出そうになる。
でも、今は泣いている時ではない。
こんな非道な行いを平気で行い、軽傷とはいえ、スラタン様方にも傷を付けた。これがどれ程の罪なのかを、当人に嫌と言う程…いいえ。嫌と言っても尚、その体と頭と本能に刻み込み、早く殺してくれと懇願させてやる。
「うっ……」
「ニル!?」
ピルテは、私の行動に対して、怒ってくれていたけれど、動こうとして痛みに唸る私を支えてくれる。
ピルテが動かないようにと言ってくれたけれど、ここでじっとしていては、ご主人様が敵の足止めの為に残って下さった意味が無くなってしまう。多少体が痛むからと言って、休んでいて良いはずがない。
「大丈夫…少し痛むだけです。それよりも、これをやった相手が、私達の生死確認に来るはずです。その者だけは、必ず仕留めなければなりません。」
こんな事をする相手を許せないという気持ちが有るのは否定しないけれど、それよりも、人を爆弾にするような頭のおかしな相手を残しておくと、後々面倒な事になる可能性が高い。現状でも厄介なのに、この後に控えているであろう盗賊団、テンペストとの戦闘時、頭のおかしな策で攻められたりしたら、確実に無事では済まないはず。そうなる前に、機会が有るならば、そのタイミングを逃さず、確実に殺しておかなければならない。
私は、体を起こして、何とか立ち上がる。ズキズキと痛む体。クラクラする頭。改めて動いてみると、体の状態は、最悪とは言わないけれど、悪いという事がよく分かる。それでも、私は足に力を入れて、体を何とか支える。
簪で止めていた自分の髪がいくらか解けて、頬の横に垂れて来るのが見える。ご主人様がいつも綺麗だと褒めて下さっていた銀髪は、赤黒い血がこびり付いて、とても綺麗だと呼べるような状態ではない。
全身も、土と血と汗でドロドロ。
ご主人様は潔癖とまでは言わないけれど、毎日体を洗い流すような綺麗好きな方だから、私も
クラクラしていた頭で、戦闘には一切関係の無い事を考えながら、簪を一度引き抜いて、髪を纏め直す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます