第488話 奴隷の扱い
考えてみると分かるかと思うが、隠れ村に居た者達の大半は奴隷だった。
別の場所から逃げて来たという人達も居たし、全員が全員ではなかったけれど、隠れ村に逃げ込んで来た奴隷達の殆どは、このパペットという盗賊団から逃げ延びて来た人達だったのだ。
そして、そんな者達の中には、ザレインの影響に苦しむ人達が沢山…というか、ほぼ全員が苦しんでいた。
要するに、このパペットという盗賊団は、奴隷達にザレインを摂取させ、逃げられないようにしていたのだ。
売り物として高値が付くような奴隷には、そんな事までしていなかったと聞いたが、長く売れ残って雑用や、盗賊連中の
ハンディーマンから流してもらっていたのか、自分達も栽培していたのか、それとももっと別のどこから入手したのかは分からないが、それだけポンポン使えるという事は、パペットにとっても、それ程高価な物ではなかったということ。何にしても、こいつらが隠れ村の人達を苦しめていた者達だということは確かだ。
今、目の前で笑い続ける男のような症状の人は隠れ村にも何人か居た。いや、それ以上に酷い症状の人も居た。
あの惨状を見て、怒りを覚えるのは、スラたんでなくても同じだ。
「君達も早く解放することをお勧めするよ。こうなりたくなかったらね?」
そう言ってニッコリと正気の盗賊達に笑い掛けるスラたんの笑顔は、とても怖いものに見えた事だろう。
盗賊達は口角をヒクヒクさせて、直ぐに奴隷達の解放を叫ぶ。
解放と言っても、枷が外れるのではないし、奴隷として今後も生きていかなければならないのは同じ事だが、盗賊達を殺しても死ななくなっただけで俺達にとっては十分だった。
「か、解放したんだから俺達のことは見逃してくれ!」
「もう悪さなんてしないからさ!なっ?!」
そうやって命乞いをしてくる盗賊達。その言葉を信じる程俺達は馬鹿ではないし、そもそも、今までしてきた事に対する怒りなのだから、これからの事などどうでも良い。
「ご苦労様。」
スラたんが静かで落ち着いた声を使って、盗賊達に言い放つ。
ザザザザザザザザザザザッ!!!
「ぎゃあああっ!」
「ぐああぁっ!」
スラたんが地面を蹴り、姿が消えると、ものの数秒で盗賊達の全身に斬撃が走り、血飛沫を周囲に撒き散らして絶命していく。
奴隷に対しては攻撃を躊躇うかもしれないと言っていたくらい、スラたんは奴隷達の事を考えていた。そして、そんな奴隷達を散々使い潰して来た盗賊達に、そんなスラたんが情けを与える事など一切無かった。
「ど、どうして……?」
盗賊達を仕留め終えると、残った戦闘奴隷のエルフが、俺達の方を見て、何故殺そうとした自分達を助けるのかと聞いてくる。
「悪いが話している暇は無さそうだ。逃げるなら南へ向かえ。」
少し冷たい言い方かもしれないが、殺し合った相手なのだから、内容が伝われば問題無いだろう。
「おい!あそこだ!」
「見付けたぞ!」
拠点の中から、ゾロゾロと戦闘奴隷達を引き連れた盗賊連中が出てくる。
「行け!」
「っ?!」
俺は最後に、一言だけエルフに言い放ち、ニル達と敵の方へと向かって走る。
この位置で戦闘になれば、残った男性エルフが、倒れている奴隷四人を連れて逃げる事が出来ない。そうならないように、俺達で戦場を奥へと移す必要がある為、俺達は急いで拠点の中へと入って行く。
「ここから先は相手を殺さないという選択は出来ないぞ!」
「はい!」
先程までとは違い、余裕を持って立ち回れるような数ではない。一瞬でも気を抜いたり、手を抜いたりしたら、一気に押し潰されてしまう。
俺達が戦闘奴隷の者達に対して出来る事は、これ以上無くなってしまった…という事だ。
「離れるなよ!」
「防御は私とピルテに任せて!」
「スラたんはハイネとピルテを守ってくれ!」
「分かったよ!」
走りながら、自分達の役割を確認し、俺とニルで前に出る。
岩壁で作られたドームは、互いが十メートル程離れていて、その間を人が水のように流れてくる。
「あのトラップをどうやって…?」
「奴隷を前に出せ!」
「さっさと歩け!」
敵はかなりごちゃごちゃしている様子だが、前衛に出てくるのは奴隷ばかり。奴隷で肉壁を作り、盗賊連中は後ろに隠れてしまっている。
奴隷を殺しても、盗賊は死なないが、盗賊を殺せば奴隷も死ぬ。この条件が分かっているのだから、奴隷ではなく、盗賊の連中を狙いたいところなのだが、奴隷達の分厚い壁によってそれは難しい。例え超速で走るスラたんでも、簡単には突破出来ないだろう。
予想通り、先程戦っていた戦闘奴隷達程の強者である奴隷はそう何人も居ないらしく、殆どは武器を持たされただけの奴隷と、それなりに戦える程度の戦闘奴隷といった感じだ。それでも、人数だけで十分に脅威である為、不幸中の幸いでしかないが。
それにしても、よくもこんなに奴隷を用意したものだ。俺達が奴隷を斬らないと思って、壁にする為なのか、それとも盗賊達がただ戦いたくないだけなのか。その両方が理由なのか。
何にしても、ここから嫌々参加している奴隷であろうと、もう斬らないという選択肢を取っている余裕が無い。
「ニル!まだ先は長いから慎重に行くぞ!」
「はい!!」
奴隷の壁の向こう側には、盗賊達が見えているし、更に奥からもまだまだ人が集まって来ている。ここで疲労し過ぎたり、傷を受ける事は避けなければならない。
それをしっかりと理解したニルが、返事をして、盾を構え、敵の先頭の元へと走り込む。
何人か見えている盗賊達の顔がニヤニヤしているのは、俺達が奴隷を殺さないとか、攻撃しないとか思っているのか?
もし攻撃したとしても、死ぬような攻撃を避けて、怪我を負わせるだけしか出来ないとでも考えているのかもしれない。
「っ!!」
カンッ!ザシュッ!
一番先頭に立たされていた男は、戦闘経験の無さそうな奴隷で、ニルの接近に対して持っていた短剣を振り下ろしたが、ニルに難なく弾かれてしまい、顎と喉の間に戦華を突き立てられる。
「ごっ……がっ……」
先程戦っていた戦闘奴隷五人。その中の短剣盾使いの男が、立てなくなっている状態にも関わらず、盗賊に命令され、必死に立ち上がろうとしていたのは、奴隷にとって、主である者の命令は絶対である事の証である。
彼等は、少しでも動けるならば、痛かろうと苦しかろうと、何度だって立ち上がり戦闘を続行しなければならない。俺達がここで殺さない攻撃をしたならば、腕が無かろうと、足が無かろうと、俺達に向かって来る。死を覚悟した兵士達なんて目じゃない程に怖い兵士達となるのだ。
そんな確実に殺さなければ死なないような兵士を前に、殺さずになんて言っていられない。そんな事をしていては永遠に数が減らず、俺達が苦しくなっていくだけだ。
「はあっ!」
ザンッ!ガシュッ!
恐怖に顔を引き攣らせ、それでも下がれない者達に対して、俺とニルは無慈悲に刃を振り下ろす。
無抵抗とは言わないが、ほぼそれに近いような相手を斬らなければならないなんて………本当に嫌な戦法を繰り返してくる連中だ。
中でも、パペットとの戦闘は、ここまでの戦闘で感じていた嫌な気分とは違い、圧倒的な不快感を感じるものだ。数合わせなのか、刃を振る手を鈍らせる為なのか、それとも不快感を与えて、怒りから正常な判断をさせない為なのか。
まあ、どんな理由にしても、この作戦を考えた奴の首を、絶対に奴隷達の前に供えてやる。
「ニル!奴隷と戦っていても埒が明かない!突破しながら奥へ進むぞ!」
「はい!」
ガンッ!ギィン!
最前線に居る者達は、戦闘に慣れていない奴隷が多いみたいだったが、ニルが前線に割って入ると、鋭い斬撃がいくつか襲ってくる。それなりに戦える者も、やはり何人か居るようだ。とは言っても、強者と言うには実力不足な者達ばかりでニルは順調に奴隷の壁を割って進む。俺はその後ろからニルを援護しつつ敵を切り伏せて共に進み、その後ろにはハイネとピルテが俺達の援護、特に防御を中心にして追随し、それを守るようにスラたんが忙しく動き回っている。
スラたんは奴隷達を相手に、あまり大きな傷を負わせないようにしているみたいだ。元々使っている武器のダガーは、一撃で相手を殺せる事は少なく、傷を負わせる事に特化している武器である為、使い方としては正しいのだけれど、やはりどうしても鬼になって刃を振り下ろす事は出来ないようだ。
だが、俺とニルが順調に進み続けられている間は、
そうして奴隷達を掻き分けつつ、少し進んで行くと、一番外側に建てられているドーム状の岩壁にかなり接近した位置まで移動出来た。
このまま進んで行けば、ドームの一つの壁を背に戦えそうだと考えていた時だった。
掻き分けている奴隷達の奥。盗賊達の居る辺りから、淡い光が上がっているのに気が付く。
「まさか…?!」
俺は何をしようとしているのかを考えて、一つの答えに辿り着く。
俺達と奴隷達の距離は非常に近く、刃の届く距離に居る。普通ならば、そこまで近くに仲間が居る状態で魔法や矢を打ち込めば仲間が吹き飛んでしまうと考えるだろう。だから、こんな乱戦状態で魔法を撃ち込んで来るなんて事は有り得ないのだが……
もしかすると……奴隷達を、最初から巻き込んでの攻撃を予定していたのか?!
「ハイネ!ピルテ!」
「分かっているわ!!ピルテ!」
「はい!お母様!いつでもいけます!」
二人もその答えに行き着いたらしく、かなり切羽詰まった声で連携を取っている。
これがただの推測でしかなく、
ゴウッ!!!
俺がそんな事を願っていたところに、その願いを燃やし尽くす熱波が押し寄せて来る。
真っ赤な炎が暗闇を照らし、悪意に満ちた攻撃が襲来する。
「シンヤさん!ニルちゃん!」
ハイネとピルテに呼ばれ、俺とニルは二人の元まで下がり、ダークシェルの内側へと身を隠す。
「こんな…こんなの……」
迫り来る炎を見上げて、スラたんが何とも言えない表情をする。
やり切れない表情…と言えば良いだろうか。多分、俺達全員が同じような顔をしていたと思う。
背後から迫り来る炎の光を感じて、奴隷達は唖然として、その場に止まる。
これから死ぬと分かってから、それでも尚、刃をこちらに向けようとする者は一人も居ない。彼等が戦う理由など、最初から生きる事以外に無いのだから。
「クソォォォォォッ!!!!」
ゴウッ!!
スラたんは、喉が裂ける程の声で叫ぶが、それを塗り潰すように炎が視界を覆う。
俺達は、ダークシェルの後ろに隠れていて、魔法の直撃は受けていないが、通り過ぎて行く炎の熱を感じる。
髪の毛の先端が焼け、焦げ臭い。夜で暗かったはずの周囲は、真っ赤に染まり上がる。
それと同時に、炎に包まれた奴隷達の叫び声が周囲から聞こえ始める。
「あ゛ああああぁぁぁぁぁ!!!」
「あぢぃぃぃぃぃっ!」
全身が炎に包まれながらも、何かに助けを求めて歩き回る奴隷達。
肉の焼ける臭いが充満する。
「おえぇっ!」
スラたんは、その臭いを嗅いで、後ろで嘔吐してしまっている。
俺とニルは、何度か嗅いだ事のある臭いだったから耐えられたが、それでも、鼻と口を手で覆う事は避けられなかった。
ずっと不思議ではあった。
この戦場に送り込まれている奴隷に、戦闘力がほぼ皆無の者達が数多く混ざっている事が。
頭数を揃える為だとか、精神的に俺達を怯ませる為の壁だとか、色々と考えたけれど、そのどれもが違った。
いや、正確に言えばどれも正解だったのかもしれないが…
大戦場ともいえるこの場所で出会った奴隷達は、大きく分けて三つに分けられる。
全く戦えない素人と、そこそこ戦える者達、そして強者と呼べる程の力を持った者達。
その中で、素人の数が最も多く、強者は最も少ない。
であるならば、強者だけをぶつけて来るだけで良かったはずだ。素人では俺達を殺す事など到底出来ない事は、この戦争が始まる前から分かっていたはず。
それなのに、敢えて投入したのは、こうして俺達の足止め…いや、それすら出来ないから、進む足を遅らせる為だけの、捨て駒ですらない何かに利用する為だったのだ。
この作戦を考えた奴は、ここまでに、東門に向かう奴隷との戦いや、偽の拠点での戦いで、俺達がどんな行動を取るのかしっかりと観察すると同時に、自分達は奴隷を戦わせる為に投入している、という認識を俺達に植え付けたのだ。
素人のような連中でも戦わせて、俺達を仕留める。そう解釈させられた。そうなると、俺達がこの場所で取る行動はいくつかに限定される。その中で一番高い確率で取る行動は、奴隷達の垣根を突っ切って突撃して来るというものだと予想出来る。奴隷を無闇に殺さないように大規模な魔法は使わず、極力戦闘自体を避ける為に固まっての突撃を行うと。
そこに、その後に戦闘では使えないであろう素人同然の奴隷達と、ほんの少しのそこそこ戦える者達を配置し、俺達の進む足を遅らせようとしたのだ。
そして俺達はその通りの行動を取った。
そこへ、魔法による最大火力の一撃。
上級火魔法を主軸に据えて、魔法使いは全員火魔法を使用し、莫大な火力になった火魔法で、俺達を一撃で全員屠るつもりだったのだ。
トラップ地帯を抜ける時、俺達に放って来た雑多な魔法の数々。あれですら、自分達が戦闘において魔法を上手く扱えない雑魚だと思わせる為の策の一つだということだ。
俺達は未だ生きているが、これだって、ハイネとピルテの二人によって作り上げられたダークシェルが無ければ、無傷では済まなかったはず。普通の上級防御魔法であれば、消し飛んでいた可能性が高い。それ程の一撃だった。
事実、ダークシェルの内側に居ても、熱を感じ、髪の毛まで焦げたという事は、それだけの火力が有ったという事だ。
そんな一撃を、奴隷諸共、俺達を仕留める為だけに放って来るとは…
「あ゛ああああぁぁぁぁぁ!」
「い゛ああああぁぁっ!」
その火力の中で、一瞬にして死ねた者達はまだ良かったかもしれない。炎に身を焼かれるという苦痛を知らずに済んだのだから。
ギリギリッ!
俺は自分でも気付かないうちに、自分の全身に力が入り、体の内側から、周囲の炎さえ
あまりにも力が入り過ぎて、無意識に歯軋りした音を聞いて、やっと自分の精神が不安定になっている事に気が付いた。
心臓が脈打つのを全身で感じ、視界がチカチカする。自分の全身の毛が逆立つのを感じ、抑え切れない感情が溢れ出して来る。
「ご、ご主人様……」
隣で俺の事を心配そうに見ていたニルが小さな声で俺を呼ぶ。
いや、実際にはそれなりに大きな声で呼ばれたのかもしれないが、耳に水が入った時のように音がボヤけて聞こえる。
奴隷達は、男も女も、種族すらも関係無く、雑多に集められていた。そんな者達の中に、人族の男性と女性らしき人達が燃えて苦しんでいるのが見えた。
その瞬間だった。
自分の中で何かが爆発した。
あの時の……………父と母が焼かれて死んで行った時の光景が、その二人に重なって見えてしまった。
状況も何もかもが違うのに、トラウマというのはそんなに簡単に消えたりはしないらしい。
俺達がもっと早く、ここで燃えている奴隷達の末路に気が付いていたとしても、何もする事は出来なかったのかもしれない。いや、恐らく何も出来なかっただろう。
多少死を遅らせる事は出来たとしても、最終的には同じ結果に至ったに違いない。それは聖魂魔法を使ったとしても同じだ。
だから俺が救う事は出来なかった者達である……と頭では分かっている。
だが、自分でも、何と言えば良いのか全く分からない感情が体内に渦巻いているのを感じる。
怒りなのか悲しみなのか…ただの発狂なのかもしれない。
何と呼ぶ感情なのか分からないが、自分を抑える事が出来ない事だけは確かだった。
「ご主人様!!!」
ニルの声が聞こえた気がしたが、俺はそれに気が付いた時には、既に地面を蹴っていた。
ボウッ!!
俺が走り抜ける時に巻き起こした風が、周囲に燃え広がっている炎を巻き込み、音を鳴らす。
「誰か来るぞ!!」
「構えろぉ!!」
目の前にはまたしても奴隷の壁。
そいつらの手には槍が握られており、それが一斉にこちらを向く。
「退けええええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ひいっ!!」
俺の殺気に圧されて、奴隷達が怯えた声を出す。
自分でもどういう顔をしているのか全く分からない。とにかく今は、このクソみたいな状況を作り出した奴等を、一人でも多く切り捨てる事しか頭に無かった。
俺の突撃に対して、気持ちが引けてしまった奴隷達は、恐ろしさに
俺の目指す先は奴隷達の奥でこちらを観察し、戦おうとしていない盗賊連中だけ。
ドンッ!!
俺は神力を両足に集中させて地面を蹴る。
シュルッ!
「っ?!」
その瞬間、左腕に何かが絡み付いて来た。
目を腕に向けると、黒い触手のような物が巻き付いている。直ぐにニルが俺の腕に絡めたシャドウテンタクルだと気が付く。俺は腕を引きながら奴隷達の頭の上を飛び越え、右前に在ったドームの壁に両足を着地させる。
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