第487話 戦闘奴隷 (3)
ギャリッ!
短剣盾使いを攻撃するのと同時に、当然、ロングソードによる攻撃も、しっかり流す。片腕ではパワー負けしてしまう可能性が有ったから、神力を使ったが、思っていたよりも短剣盾使いが倒された事に、もう一人が動揺しており、簡単に攻撃を流せた。
余程、五人は互いの事を大切に思っているのだろう。命を賭けた戦いを、ずっと乗り越えて来た仲間なのだから、それが普通といえばそうなのだが、ここのところ盗賊ばかりを相手にしていたから、仲間が倒されたことに対しての反応が無いのが普通だという感覚になりつつあった。
「このぉっ!」
ガンッ!ギンッ!ガンッ!
ロングソードを握った男は、怒涛の連撃を繰り出してくる。
倒れた仲間が俺に攻撃されてしまえば、確実に仲間が死ぬ。そうならないように、自分が絶え間なく攻撃をし続ける事で、短剣盾使いの男を守ろうとしているのだ。
だが、一対一の状況で、俺との距離が近く、武器がロングソードというリーチの長く重い武器。
ロングソードは、そもそも連撃を放つ為ではなく、一撃の重さで相手を屠る為の武器である。大剣よりも刃の幅が狭く、厚みも薄い為、直剣に近い使い方が出来るとは思うが、刀相手にロングソードでは無理が有る。
ギィンッ!
「くっ!」
俺は繰り出され続ける連撃の中で、振り下ろしの攻撃に合わせて、ロングソードに軽く横から刃で触れて軌道をズラす。
無理矢理振り回していただけの攻撃には、それを耐えるだけの力が伝わっておらず、簡単に攻撃をズラす事が出来たのだ。
焦りに表情を強ばらせたロングソード使いだったが、攻撃が流されてしまった時点で、彼の負けは確定してしまった。
バキッ!!
俺は桜咲刀をロングソード使いの首元に振り下ろす。
しかし、刃は上を向けた状態でだ。所謂、峰打ちというやつだ。
俺が敢えて彼を殺さなかったのは、短剣盾使いを倒し、ロングソード使いが焦ったところで、単純な一対一以上に有利となり、かなりの余裕が出来たからである。殺さずに済むならば、その方が良いという事で、俺は峰打ちを使ったのだ。
一人を無力化出来た瞬間、相手の陣形が崩れ去ると分かっていた為、既に勝負は決したと言っても良い状況だ。であれば、無為に殺す必要など無い。
ドサッ…
峰打ちで首筋を強打されたロングソード使いは、そのまま意識を失って倒れ込む。
まだ三人残っているし、気を抜いたりはしない。
気を抜いたりはしないが……俺の行動によって、残った三人に隙が生まれたのを感じる。
まさか、俺が確実にロングソード使いを殺せるであろう状況で、殺さないという選択肢を取るなんて事は、彼等は思っていなかったらしい。負けたのに殺されないという不思議な状況に困惑し、動きが止まってしまったのだ。
その隙に、俺はニルの前に居る直剣使いに、ニルはもう一人の曲剣使いに対して攻撃を仕掛ける。
ハイネ、ピルテも、俺が二人を倒した時点で、援護の必要が無いと判断し、即座に弓使いへ向かって走り出した。そして、残ったスラたんは、彼等の主である盗賊達の方へと向かって走る。
「はぁっ!」
「っ!!」
ギィンッ!
俺の攻撃に対し、困惑していた直剣使いは、ハッとして刃を受け止める。横から誰かが援護を入れて来る心配が無いならば、強引に押しても問題は無い。
「くっ!!」
ギャリッ!!
俺が打ち合った刃を無理矢理押し込むと、力負けした直剣使いは、歯を食いしばって抵抗する。
「やぁっ!!」
ガァンッ!!
金属が当たった痛そうな音と共に、目の前の直剣使いが頭を上に向ける。
俺の攻撃を受け止めて鍔迫り合いの状態になっていたところに、曲剣使いの攻撃を躱したニルが迫り、後頭部に盾を打ち付けたのだ。
ニルが迫って来る動きは、俺には見えていた為、何をしようとしているのかまで分かっていたが、直剣使いが気を失った事で急激に力が抜け、危うく刀の刃を押し込み過ぎるところだった。
鍔迫り合いを行っている時に相手が気絶するなんて状況は今までに無い状況だった為、予想以上にカクンと力が抜けた事に驚いた。まだまだ戦闘に関しては、俺もニルも知らない事が多いという事だ。
直剣使いに刃が当たりそうになるのを止め、後ろから盾で殴り付けてくれたニルの、更に後ろから迫り来る曲剣使いに目を向ける。
ニルも後ろを振り向こうとはしているが、今まさに直剣使いへ盾による攻撃を仕掛けたばかりなのだから、即座に振り向き対処する事など到底不可能だ。
そして、そんな事は百も承知で俺の援護に向かって来たニルは、曲剣使いの事を俺がどうにかしてくれると信じ切った目をしている。
相手に背を向けた状態で、曲剣使いの男が、今どういう体勢なのかや、どれくらいの距離が有るのかなんて、詳細には分からないのに、自分が傷を負うなどとはまるで思っていない。そんな目で見られたら、主として、男として、期待に応えるしか道は無いだろう。
俺はニルの戦華を持った右腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。
トンッ…
ニルは一切の抵抗をする事無く、俺に身を委ねて引き寄せられ、俺の胸に頭を軽く当てる。
俺がニルを強引に引き寄せる事で、曲剣使いの攻撃を躱す事が出来ると判断したからの行動ではある。決して
ブンッ!
「っ!?」
俺がニルを引き寄せた事で、ニルの後ろで横薙ぎに振られた曲剣は空を斬る。
それにしても、この戦闘奴隷達は、本当に厄介だ。
全員、俺達を攻撃する時、首や頭をあまり狙わないのだ。
戦闘を行うと分かるが、正面切っての戦いとなった時、意外と相手の頭というのは狙っても攻撃が当たらないものだったりする。
それが例えば、スラたんのような超スピードで背後に回り込んだり、圧倒的な差が有れば、難しい事でも無いのだが、実力が
そんな時、どう戦うのか。簡単な話で、頭以外で負傷させられる場所を狙うのだ。
俺達は全員鎧を身に付けていない為、どこに当たってもそれなりのダメージを期待出来る。その上で、一番当て易いのは攻撃の際に必ず前に出てくる腕や足、そして的の大きな胴体だ。
素人程一撃の効率を考えて頭を狙ってしまうのだが、実際の戦闘では、手足や胴体を斬り付けて、動きを鈍らせた後、確実に急所を狙うというのが最も効率的である。
そして、戦闘奴隷達は、その効率的な攻撃を忠実に守って攻撃して来る。
たった今のニルへの攻撃も、後ろを向いていたのに胴体を狙って攻撃してきた。かなり徹底している。
こうして五人中三人が倒れた状況になれば、普通は焦って一人を確実に落とそうとするものだったりするのだが、そんな焦りの中でも、まずは傷を負わせるという事に集中しているという事だ。俺達としては、そうやって手堅い攻撃を繰り出してくる相手の方が厄介だったりする。
伊達に戦闘奴隷として生き残って来たわけではない…という事だろう。
ただ、それでも尚、俺とニルを相手に、一人では荷が重過ぎた。
曲剣使いは、攻撃を外した瞬間に、両手で持っていた曲剣の柄から左手を離し、腕を立てて自分の前に出す。
防御のつもりだろうが、最初に言った通り、彼が装備しているのは曲剣のみ。つまり、篭手も装着していないのに、左腕を盾として使おうとしているのだ。
左腕を犠牲にして、自分の命と、仲間の命が助かるならば安い。曲剣使いの男の目はそう言っているように見えた。
こうして見ていると、奴隷という身分に落ち、自由も人権も無くなり、ただただ殺すだけの毎日を送っているはずなのに、そんな彼等を物のように扱う盗賊達よりも、ずっと人間らしいと思える。
仲間を守ろうと自分の身すら犠牲にしようとする男が目の前に居て、その男をクズだと罵る事が出来る者が居るだろうか?もし居るとするならば、寧ろそいつこそがクズだと罵られる者だろう。
人から奪い、殺し、虐げる事しかしない連中と彼等を比較するなんて、失礼とさえ思える。奴隷の枷と焼印さえなければ、立場は逆になっていたはずだ。
それでも、彼等はやはり奴隷であり、他人に自分の命を握られてしまった者達である事に変わりはない。
本当に、心底、残念だと思いながら、俺は刀を振る。
バキッ!!
「ぐっっっ!!」
俺は峰打ちで横薙ぎの一撃を放つ。それに対して、男は自分の左腕を迷わずに差し出す。俺の手には、男の腕の骨の折れた感触が明確に伝わって来る。
曲剣使いは、その痛みに歯を食いしばり、耐える。
それでも、俺は自分の攻撃の手を緩める事無く、そのまま刀を押し込む。
腕一本の犠牲で、俺の攻撃を止め切り、右手に持った曲剣で反撃しようとしたのだろうが、片腕で止められる程、俺の一撃は軽くない。
折れた腕が曲がり、押し込まれ、刀の峰は曲剣使いの首へと到達する。
ガンッ!
「がぁっ!」
首筋にめり込んだ刀の峰が、曲剣使いの意識を刈り取る。
首の骨が折れたりはしていないだろうとは思うが、暫くはかなり痛むはずだ。
「が…ぁ……」
ドサッ…
最後まで、意識を手放そうとしなかった曲剣使いだったが、刀の衝撃に耐えられず、最終的にその場へ横倒しになった。
「……嫌な戦闘だ。」
「……はい……」
腕の中に居るニルに言ったというよりも、独り言に近かったが、それでもニルは小さな声で返答し、頷いてくれる。
「ぐ……クソッ……」
短剣盾使いは、顎を肘で打ち抜いただけで、意識までは奪えなかった為、倒れた三人を見ながら、何とか立ち上がろうと必死になっている。
しかし、俺の一撃でかなりのダメージを受けたらしく、膝が笑っている。
「クソ……動け…動けよぉ!!」
ガンッ!ガンッ!
自分の盾で、自分の足を殴り付ける短剣盾使いの男。
死にたくない。そういう気持ちは当然有るとは思うが、それよりも、倒れた仲間達に何度も視線を送っているのを見るに、仲間を殺されてなるものか…という気持ちの方が強いのだろう。
何かを言ってやりたいところだが、そんな時間は無さそうだ。
「おい!早く俺達を守れ!」
「何やってやがる!」
立てもしない短剣盾使いの男に対して、無茶な要求をする盗賊達。スラたんが近付いて来て、盗賊達にも余裕が無くなったらしい。
戦闘奴隷の五人と比べると、馬鹿過ぎて話にならない。
それでも、命令を聞いた以上、最善を尽くさなければならないのが奴隷の役割だ。
「くっ…ぐっ!」
こうなってしまうと、もう見ていられない。誰か一人は意識を保たせて、盗賊達をどうにかした後に逃げるように言おうかと思っていたが、それすらも難しいようだ。
ガンッ!
「っ!!」
俺は立ち上がろうとしている短剣盾使いの後頭部に対して、刀の柄頭を振り下ろす。
ドサッ…
俺が短剣盾使いの意識を奪うと、丁度同じタイミングで、ハイネとピルテが弓使いを無力化してくれた。
弓使いのエルフは、意識を保っていて、盗賊達にも命令はされていない。サクッと命令出来ないようにしてやれば、上手く事を運べるかもしれない。
「スラたん!!」
俺が叫ぶと、スラたんは意味を理解してくれる。
「おい!お前!俺達を」
「駄目だよ。」
先程と同じように命令しようとした盗賊の背後に、スラたんが気が付いたら回り込んでいる。スラたんは、ダガーを盗賊一人の喉に押し当てる。少し力が入り過ぎたのか、軽く皮膚が切れて血が流れ出している。
「動いても、喋っても殺す。」
スラたんとは思えない程の冷たい声。
「他の者達も。微かにでも動いたら、その瞬間に全員殺す。」
「「「「「「っ…………………」」」」」」
スラたんの放つ強烈な殺気。
スラたんは、多分この中で一番彼等に対して怒りを感じている。
今回の戦いを見れば、スラたんの怒りの理由は説明するまでもないだろう。
この状況を客観的に見れば、殺されないだろう事は予想出来る。奴隷達を殺すのではなく気絶させただけの時点で、俺達が奴隷達を助けたいと思っている事は誰にでも分かる。
だとしたら、即座には殺されない。誰でもそう思うだろう。
そして、盗賊達もそう考えたはずだ。
それなのに……
スラたんが殺気を放った瞬間に、盗賊達はピタリと動く事も声を出す事も止める。
スラたんのスピードを見れば、盗賊達の居る場所が全て攻撃範囲内だということは、ツルツルの脳みそでも分かるだろう。即座に殺される可能性が有る事、そしてその可能性は決して低くない事、何より、スラたんの冷たい声と殺気が、盗賊達の動きを止めたのだ。
「今直ぐ奴隷達を解放するんだ。」
「……………………」
スラたんの言葉に、ダガーを突き付けられている盗賊が息を飲んで反応を示すが、解放しようとはしない。彼等にとって、奴隷との命の連動が、自分が生きる為に必要なものだという事は理解しているらしい。
「……自分の意思で解放するなら、僕も酷い事はしなかったんだけどね。」
ドスッ!
「っ?!」
スラたんは、盗賊にダガーの刃を突き付けたまま、腰袋から取り出した何かを、男の腕に強く押し当てる。
「な、なにを」
「喋るな。」
盗賊の喉に押し当てられていた刃が、微かに動く。
スラたんが男の腕に押し当てたのは、小さな、先端の尖った瓶。先端部分は盗賊の腕に突き刺さっている。
これはかなりスラたんもキレているらしい。そう感じたのは、スラたんが相手に突き刺した瓶の中身を俺達は知っていたからだ。
「…君達はザレインという薬物を知っているかな?」
「っ?!」
「どうやら聞いた事の有る物みたいだね。」
「…………っ?!」
スラたんのダガーが喉元に当てられているのに、盗賊の男の頭がフラフラと揺れ始める。
「僕が君の体に注入したのは、そのザレインから抽出した毒素だ。」
スラたんは、ザレインの毒素すら解毒してくれる解毒薬を作ってくれた。それが分かるという事は、当然、その毒素も作成している。元が無ければ分解されているのかどうかも分からないのだから当然だ。
その毒素部分を抽出し、集めた物が、先程スラたんが持っていた小瓶の中に封入されていた物だ。
当然、純粋な毒素部分を抽出しているわけだから、少量でも強い毒性を示し、その効果は、ザレインを乾燥させて煙を吸うのと比較して何十倍ともなる。
そんな物が体内に僅かでも入れば、大変な事になるのは明白だ。
「うっ……ぅがあぁっ」
男が自分で自分の両腕を掴み、爪を立てる。
スラたんから聞いた話では、ザレインの毒というのは、神経や精神に強く干渉するタイプの毒で、非常に厄介な毒物。
毒にも色々と有り、炎症を起こさせたり、
それ程に危険な毒物を濃縮したような毒素を体内に取り入れてしまった場合、どうなるのか。まずは、強烈な感覚に襲われる。スラたんの話では、体の中を虫が這いずり回り、脳を溶かされていくような感覚なのではないかと言っていた。スラたんも、実際に使った事など勿論無い為、元の世界の文献の情報を元に予想するしか無く、あくまでも予想らしい。
何にしても、ろくな感覚では無い、という事だけは確かだ。
しかも、ザレインの摂取を続けてしまうと、体がもたなくて死んでしまう程に毒素が強いのだから、打ち込まれた抽出液は、強烈な感覚を与えた後、直ぐに強烈な苦痛を与える事になる。
「いぎいいいいぃぃぃっ!!」
全身を掻き
盗賊の男はダガーから解放されたのだが、そんな事は最早どうでも良い状況になってしまっている。
「これは解毒薬。今君の中に入っている毒素を完全に消してくれる物だ。」
そう言うと、淡い紫色の液体が入った小瓶を取り出すスラたん。
「あ゛ぁぁ!」
盗賊の男は、その言葉を聞いて、直ぐにスラたんの持っている瓶に向かって手を伸ばす。だが、全身の震えは更に酷くなり、奪おうにも、手足がまともに動いていない。
「欲しいなら奴隷達を解放するんだ。
早くしないと、そろそろ
「わわわ分かったぁぁ!解放すすすするぅ!解放するかかかからぁぁ!」
男の言葉を聞いたスラたんは、解毒薬を自分の足元の地面の上に置く。
「ぃぎぃひいあぁ!!」
最早何を言っているのか分からなくなりつつある男が、倒れ込むように薬に飛び付いて、中身を飲み干す。
「……あ……あへぁ…へへへへははへ!」
「「「「…………………」」」」
確かに男は解毒薬を飲んだ。スラたんが渡したのは間違いなく解毒薬だったし、別の物を渡したわけではない。
それなのに、解毒薬を飲んだ男は、その場で仰向けに寝転がると、涎を垂らしながらだらしない顔で笑い始める。
周りに居た連中はそれを見て、顔から血の気が引いていく。
「あー…少し遅かったみたいだね。」
冷たい声で言い放つスラたん。
「この毒は脳を破壊するからね。」
神経系に影響を及ぼす薬物は、当然それに繋がる脳への影響も非常に強い。
少しでも解毒薬の摂取が遅れれば、後遺症が残るのは仕方の無い事だ。
しかし、スラたんにしてはなかなかに非情な攻撃だ。いつもは温厚なスラたんが、こんなにも激怒して、悪魔のような所業を行っているのには、スラたんなりの理由が有っての事だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます