第486話 戦闘奴隷 (2)

弓使いのエルフは、ハイネとピルテから結構な距離を取っており、簡単には反撃出来ない位置を保ちながら、そして移動しながらの射撃。尚且つ、俺とニルの事も射程内に入れている。

冒険者のような少数パーティにおける、弓使いの模範となる動きと言えるだろう。

Sランクパーティ、イーグルクロウのプロメルテが、同じ弓使いとして頭に浮かんで来るが、彼女と同格の弓使いだと言える。


「僕が行くよ!」


「スラタン!」


ハイネとピルテの危機に、スラたんが動く。

ハイネは、そんなスラたんの動きを止めるように手を伸ばして名前を呼ぶ。


「チッ!」


ビュッ!タンッ!


弓使いのエルフが舌打ちをして、スラたんの足元に矢を放つ。スラたんは矢の軌道を読んで、それを避けたが、弓使いを追うタイミングを失う。


弓使いは、スラたんが動くと厄介だと判断したのだろう。既にスラたんのスピードを見ているのだから、自由に動かれるのが厄介だと分かっているのだ。


スラたんは、躊躇するかもしれないと言っただけで、一切戦わないという話ではない。俺達だけで対処が出来ないならば戦うし、躊躇うかもしれないが、相手が奴隷でも、殺す時は殺すはずだ。

相手は、スラたんが戦闘し辛そうにしているのを見ていたから、動かないのではないかという考えから、この陣形を取っているが、スラたんのスピードで迫られ、弓使いが落とされれば、形勢は一気にこちらが有利となるのは言うまでもない。

そうならないように、弓使いはスラたんの動きには、かなり敏感に反応している。

矢筒に入っている矢を撃ち切れば、そこで弓使いは何も出来なくなるだろうが、そもそも携行している矢筒は背中に大きな物が二つ。

一つの矢筒には大体三十本程の矢が入るとすれば六十本。彼は弓しか装備していない事を考えると、通常より多く矢を携行していると考えると…片方の矢筒に五十本ずつで、百本近い矢を持っている事になる。スラたん達を足止めするだけの時間を稼ぐには十二分だろう。


スラたんもどうにかしようとしているが、その心情は良いものではないし、浮き足立っているように感じる。ハイネもそれを感じていて、スラたんが動き出した時、その名前を呼んだのだろう。


「無理をしては駄目よ!」


「ご、ごめん。」


こんな戦い辛い戦闘はあまり経験するようなものでもないし、スラたんが浮き足立ってしまうのも分かる。

かく言う俺やニルも、何も感じないわけではないし、戦い辛い事に変わりはない。とにかく、落ち着いて動く事が今は重要だ。


戦闘奴隷の内の一人が倒れたならば、形勢はこちらに大きく傾くが、それは逆もまた然りである。

しかし、ボーッとしているわけにもいかない。ここは敵地の入口。時間が経てば奥からどんどん敵が湯水のように湧き出して来るだろう。このレベルの戦闘奴隷があと何人居るかは分からないが……この面子で苦戦するような相手が大量に出てきたりしたら、かなりヤバい事になる。流石にこのレベルの戦闘奴隷が大量に居るという事はないだろうが、相手の数は大盗賊団というだけあってかなりもの。まだ何人かは居るだろうし、ここは早く決着をつけたいところだ。


弓使いが、ハイネとピルテを牽制し続けるならば、少なくとも、俺とニルに対してはそれ程攻撃を仕掛けては来ないはず。そうであれば、俺とニルが、二人相手に何とか有利に立てれば、何も問題は無い。


ニルも俺の考えが分かったのか、グッと腕に力を入れて黒花の盾と戦華を構える。


「「「「……………………」」」」


相手の四人も、ここからが本当の戦いだと思い、表情を険しくする。


ダンッ!


俺は地面を蹴って、まずは短剣盾使いに向かって直線的に近付く。

ここで下手に動きを読み合っていても、時間だけが過ぎてしまう。そうなるくらいならば、多少危険でも、強引に打ち合いに持って行く方が良い。


ギィン!


桜咲刀の刃が盾に当たり、金属音が響く。


やはり強い。先程とは違い、今度は盾を前に出して、攻撃力を削られてしまった。自分で言うのも何だが、俺の斬撃は神力を使っていなくても、見てから反応出来るような剣速ではない。ほぼ反射と勘で受け止められている。


「はぁっ!」


ガンッ!

「っ!!」


先程とは違い、引きながらの防御ではなく、押しながらの防御であった為、相手はその勢いのままに、右手の短剣を突き出そうとしてくる。

しかし、俺も攻撃を受け止められる事は予想していた。

俺は上半身を後ろへ軽く逸らしながら、右足で盾に前蹴りを入れる。盾が邪魔で俺の右足までは見えていなかったらしく、突然盾に受けた圧力に驚く男。


「はあぁっ!!」


「っ!!」


前蹴りの圧に耐えられずに後ろへと下がった短剣盾使い。その後ろからロングソード使いが気合い十分で突撃してくる。大上段からの振り下ろし。最も力の入る攻撃だ。

俺の体勢は盾を蹴り付け、上半身は後ろへと反っている。こんな状態で攻撃を受け止めようとしたら、ロングソードの剣圧は止められず、そのまま肩を切り裂かれる事は必至。


「ぐおぉぉっ!!」


俺は地面に触れている左足で地面を強く蹴り、体を右に回転させる。


ガンッ!!

「っ!!?」


空中で体がほぼ水平に浮いた状態で、体を右へと回転させた俺は、左足で降ってくるロングソードの刃を横から蹴り付ける。


ゴッ!


流石に振り下ろされている途中の刃を、横から蹴られるなんて思っていなかったらしく、ロングソードは俺への軌道を逸れて、地面に切っ先を打ち付ける。


俺は地面を向いたタイミングでもう一度地面を蹴って、二人から離れつつ、正面に向き直る。

改めて思うが、こういう事も、この体でなければ絶対に出来ないと言い切れる動きだ。動体視力も、体の動きも、全てがこの体のステータスだからこその力であり、それが無ければ確実に今ので死んでいた。

誰が作った体なのか分からないが、この世界で生きて行くとなれば…というか、この生活を続けるならば、この体は無ければならないものだ。感謝…するべきなのかは怪しいところだが、少なくとも今死んでいないのは、有難い事だ。


「はっ!」


ギィン!


ニルも曲剣使いと直剣使いの二人を相手に奮戦している。どちらもパワーとスピード、共に常人離れしたものを持っているし、かなり辛そうだ。

二人で協力して、まずは四人の内一人だけでも排除したいところだが、相手も連携に淀みが無い。五人で組むようになってからかなり長いのだろう。盗賊達の事など全く考えてはいないだろうが、奴隷同士では、互いを信頼し合っているのを感じる。

もし、主人が盗賊などではなく、しっかりした者ならば、軽く一財産くらい稼げる腕を持っているのに……いや、奴隷となったからこその戦闘技術であるのだろうし、そんな事を言っても現実が変わる訳ではない。俺達がしなければならないのは、奴隷達の境遇を嘆く事ではない。


ダダッ!


ニルとの連携をどうにか取ろうと考えていたが、そんな時間は与えないと、短剣盾使いとロングソード使いが地面を蹴って向かって来る。


人数の差を上手く利用して、俺とニルの連携を切るように体を挟んで来る。対人戦闘に対する経験が、馬鹿みたいに多い。俺とニルも相当なものだと思うが、この五人は寝ても覚めても人を殺すような生活を送って来たのだろう。経験値だけを考えたら、俺はこの世界に来てまだ一年と経っていない。かなり濃密な経験をしてきたとは思うし、壊れた性格のお陰で、最初から色々と吸収出来たし、抵抗もあまり無かった。だが、間違いなく彼等五人よりも経験は浅いと言えるだろう。

それは、ニルにも同じ事が言える。ニルも実際に戦闘を経験し始めたのは、俺に買われてからの事だ。奴隷として色々な経験をしているだろうし、この世界での経験値は目の前の五人と変わらないだろうが、対人戦闘という限定的な条件下では、経験の差は大きい。


唯一勝っているのは、剣術を知っているか否かだろう。

剣術というのは、武器を扱う事を突き詰めた時に、最も人間が効率良く武器を扱う為の技であり、人を殺す為の術だ。それを知っている、身に付けているかどうかは、戦闘において非常に大きい。

一見すると、とてつもなく窮屈に見える構えだったり、そんな武器の振り方で本当に力が入るのか?と思えるような剣技だって多い。というか剣技というのは大抵はそういうものだ。

しかし、そこには先人達の知恵や経験の全てが注ぎ込まれており、余分な部分を全て削ぎ落とした人殺しの究極形とも言える代物だ。

見た限り、この五人は元冒険者でも、元衛兵や元傭兵でもなさそうだし、戦闘奴隷になってから磨かれた戦闘技術なのだろうと思う。そうなると、俺達の想像が及ばないような体験をしてきたに違いないが、剣術という点では俺達に分がある。


それにしても…ここまでの戦闘技術が身に付くような辛い人生のど真ん中を生きて来たであろう奴隷と刃を交える事になるとは…


だが、だからこそ有効な手も有る。


俺はニルとの連携にこだわるより、二人相手に、何とか一人でどちらかを無力化する方法を教え考え、それを実行に移す事にした。


「…………………」


「「………………」」


俺は、短剣盾使いとロングソード使いから目を離す事無く、ゆっくり、ゆっくりと距離を縮める。


互いに攻撃を当てるには一歩踏み出す必要の有る距離で睨み合い、平野に吹く風が頬に当たる。


「っ!!」


互いの殺気をぶつけ合い、その結果、動いたのは短剣盾使い。

左手に持った盾を真っ直ぐに俺へと向けたまま、直線で一歩の距離を詰めて来る。


俺の攻撃を一撃受け止めた後、攻撃を仕掛け、それで倒せなくとも、ロングソード使いの攻撃への足掛かりとするつもりなのだろう。


先程は俺の前蹴りで体勢を崩された為、しっかと足まで見えるように盾を構えているし、同じ手は通用しない。


「はぁっ!」


そんな相手に対して、俺からも一歩を踏み出す。


どちらかが一歩を踏み出せば、攻撃が届く距離に居たのに、そこから更に前に出れば、当然、互いの距離は更に近くなり、俺が有効な斬撃を放てる距離から超過してしまう。

そして、相手の持っている武器は短剣である。有効な攻撃範囲が狭い分、近付かれた時にも対処出来る取り回しの良さを持っている武器。つまり、短剣よりずっと長い武器を使っている俺の攻撃は、当たっても致命的な攻撃が出来ないのに、相手の男は有効な攻撃を行える距離となってしまう。

当たり前だが、わざわざ死地に飛び込むようなものだし、普通はそんな選択肢など無い。


短剣盾使いの目に、一瞬、驚愕と疑問の感情が浮かび上がる。


わざわざ自分に不利な距離まで踏み込んで来るなんて、何か理由が有ってそうしたのだと考えるのが普通だ。何せ、ここまで二人を相手に互角の戦いをしていたのだ。その距離が自分にとって危険な距離だと分からずに突っ込んで来るような素人であるとは微塵も思っていないだろう。俺が理由も無くそのような事はしないはずだと考えるに違いない。

実際に、俺は敢えて近付き、それを利用した攻撃をするつもりなのだから、彼の疑問は正しい。だがしかし、それがまでは分からないだろう。

俺の行動に対して驚いているならば、その答えに辿り着く事は無いだろう。

だとしても、短剣盾使いにとって、有利な距離感だということに間違いはない。だとしたら、何をされようと、自分の有利は変わらない。そう思ったのか、瞳から驚愕と疑問の色が消える。


「はっ!!」


そして、短剣盾使いは、左手で持つ盾を前に出したまま、右手の短剣を目と鼻の先に居る俺に対して、側面から突き刺そうと振る。

盾の後ろから右手を迂回させて、俺の左脇腹を狙った攻撃だ。


ブンッ!!

「っ?!」


しかし、もう一度、彼は驚く事になる。


俺は、そこから更に前へと踏み出し、短剣の向かって来る方とは逆、つまり、俺から見て右側に、体を左へと一回転させながら男の横を通り過ぎたからだ。


剣技、泡沫うたかた。いうなれば、それの応用編といったところだろうか。

本来であれば、攻撃の打点をズラしつつ、その勢いを利用して身体を回すのだが、今回の場合、相手はほぼ動いておらず、俺が自分から前に出て、相対的な勢いを作り出し、それを利用したのだ。

しかも、利用したのは攻撃ではなく、盾を持った男自身。流石にそこまでは反応出来なかったらしく、俺はそのまま一回転を終えて、短剣盾使いと背中合わせとも言えるような状況になる。正確には相手の左斜め後ろ辺りに立っている状況だ。


そこまで近いと、やはり短剣盾使いに刀を振り抜くのは難しい。いや、そもそも、泡沫という剣技は、通り過ぎる際に相手を斬り付ける技であって、通り過ぎた後に攻撃する事を目的としていない。自分の体を左へと一回転させる際に、刀を滑らせ、相手を斬り付ける事で、回避と攻撃を両立させる剣技なのだから。それを、俺は敢えてせずに、体を回転させ切った。


その理由は二つ有る。


一つは、左手で盾を持っている短剣盾使いの男、その左横を通り過ぎる為、斬ろうとしても盾で受け止められてろくなダメージを与えられなかったはず。だから、そもそも攻撃をしなかったのだ。


もう一つの理由は、攻撃をせずに通り過ぎるという選択肢が彼にとってあまりにも非現実的過ぎる事だったからだ。


彼等は、戦闘奴隷として長年戦い続けてきた。寝ても覚めても戦いの中だった事だろう。そんな彼等にとって、戦闘の相手は、自分達の命を脅かす存在であり、自分達は相手を殺さなければ生きられない存在であるというのは、当然の認識であった。

であるが故に、剣技で勝っていて、自分を殺せるかもしれない状況において、それでも、という行動に、相手の短剣盾使いは理解が及ばず、困惑するばかりという結果になったのだ。


とはいえ、本当に一切何もせずに居れば、背中を斬り付けられて終わりである為、攻撃はする。


ただし、この攻撃もまた、相手にとって予想外となる。


俺は短剣盾使いの間近、斜め後ろに立っていて、刀は右手に持っている状態である。

この体勢から斬撃を放とうとすれば、当然体を更に半回転させるしかない。左手に持ち替えたとしても、距離が近過ぎて刀を振れない為、右手に持ったまま振り向き、突き攻撃をするくらいしか有効な攻撃方法が無い。

そうなれば、相手の男は当然、俺の右手に持たれている刀に注意を向ける。どのタイミングでその刃が動くのか、どう動くのかを、横目で追っているのが後ろに居ても分かる。


ゴッ!

「がっ!」


しかし、俺の攻撃は何も持っていない左腕による一撃だった。


回転の遠心力を利用して、腕、主に肘部分を、振り向こうとした男の顔面に打ち付けたのだ。


神力を使っていないとはいえ、この体のステータスで肘打ちとなれば痛いだろう。ただ、彼等も屈強な戦闘奴隷だ。それだけでは殺せない。

しかし、振り向こうとした男の顔に、その動きへ反するように肘打ちが入った事で、男の顎に強い衝撃が走り、脳が揺れる。

顎が砕けたりはしていないだろうが、今、彼の視界は大きく揺れて、平衡感覚が狂い、泥酔状態のような感覚になっているだろう。彼が泥酔状態という感覚を知っているかは分からないが……何にせよ、短剣盾使いの男は、脳を揺らされた事で足に力が入らず、その上で平衡感覚も失い、立っていられなくなり、その場に崩れ落ちる。


俺の攻撃が、何故彼を戸惑わせる事になったのか。

自分を殺せない攻撃を警戒していなかった事や、そもそも背後から迫る攻撃に気が付けなかったという事も有るだろうが、一番の理由は別のところにある。

その理由には、ロングソード使いの動きが関係している。


俺が短剣盾使いの側面から右斜め後ろへと移動した時、ロングソード使いの男は、当たり前だがただ見ていたわけではない。俺の動きに対して、即座に反応し、俺への攻撃を行っていた。

俺が到達するであろう位置に、ロングソードを突き出そうとしていたのだ。


短剣盾使いの男は、それを感じ取っていたのか、予想していたのか、どちらにしても、これは大きなチャンスだと思っただろう。

ここで短剣盾の男が振り返り、俺を正面に捉えれば、完璧な形とまではいかないが、十分に効果を発揮する挟撃の形を作り上げられる。しかも、ロングソード使いの攻撃は、俺の右胸辺りを狙ったもので、俺が右に回避しようとしても、回避が間に合わない。左後方には短剣盾使いが立っていて動けない。俺のやれる事はロングソードを弾くか流すかしか無い。

そのどちらを選んだとしても、刀はロングソードに向かう為、短剣盾使いへの攻撃は有り得ないものとなる。そこへ最後の一手として、短剣を背後から突き刺すなり振り下ろすなりすれば戦闘が終了する。短剣盾使いは、そこに勝機を見たのだ。

俺が、この場所に割り込んだという事を忘れて。


勝機を見た短剣盾使いは、振り向きながら攻撃を繰り出そうとする。

彼はきっとこう思っていただろう。もし、相手が何か攻撃を仕掛けて来たとしても、武器は襲って来ないから、死ぬ事は無い。それに自分には盾も有る。念の為、最初に攻撃されたような足技も警戒して盾を下げて足元も見えるようにしておいたし、これで相手の命を取った…と。

短剣盾使いの男はそうやって安全マージンを取って、攻撃に移ったはずだ。

ここまで言えば分かるだろう。

彼は、足元に注意を向けていて、俺の左腕の動きを気にしていなかった。そして、盾は下げられ、顔面はガラ空き。

肘打ちは見事に顎へ直撃して、短剣盾使いを無力化したという事だ。

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