第485話 戦闘奴隷

ガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!

「ぎゃああああぁぁっ!」

「うがああぁぁぁ!!」


小さな氷の針は体の至る所に突き刺さり、大きな氷針は体を貫き、更に大きな氷塊は鎧をも押し潰す。


数百人は居た敵兵が、飛んで来る氷に逃げ惑う状況は、最早災害と何ら変わらない。


「行くぞ!」


「はい!」


俺達はその状況を確認し、再びスラたんの後を追って走り出す。


ハイネには、防御魔法の準備を頼んでおいたが、敵兵達の様子を見るに、防御魔法は要らなかったかもしれない。


この戦場において、俺達を止める為に、西門へ向かっていた内の数百人が引き返して来たとなると、俺達を警戒している事になる。

となれば、ガナサリスの死は、敵兵の動きに大きな影響を与えているようだ。このままこちらに集中させる事が出来れば、更にこちらに兵を割いてくれるだろう。

しかも、送り込んだ敵兵数百人、その大半をたった今屠った事で、俺達の存在は、更に放置していてはならない存在だと思わせる事が出来たはず。このまま突き進んで、パペットの棟梁である狂乱のマイナまで殺害したら、街攻めどころではなくなるに違いない。


「一気にパペットも瓦解させるぞ!」


「はい!」

「やってやりましょう!」

「行くわよー!」


トラップ地帯の奥、遠くに見えていたランタンの光が、既に目の前にまで迫って来ている。


未だにトラップ地帯を抜けられていないが、相手の拠点が月明かりに照らされて、俺達の視力でも見え始める。


俺達が、ここに来る前に潰した半球状の岩壁に覆われた拠点。あれが等間隔で無数に作られている場所。それが俺達の突撃しようとしている拠点の形状だった。

平原にコブがボコボコ建っていると言えば良いのか……上から見ると、梱包材にあるエアークッション、通称プチプチのような状態と言えば良いのか。

とにかく、途方も無い数の人間が待機しているであろう事は理解出来る。


「そろそろトラップ地帯を抜けます!」


正面には、スラたんが発動させたトラップの痕跡がずっと続いていたのだが、それが途切れている。

そして、その先にはダガーを引き抜いて構えるスラたんの姿。

既に何人かが倒れているのを見るに、トラップを抜けて直ぐに戦闘が始まったようだ。つまりそれは、トラップの発動を見て、即座に戦闘態勢へ移行した敵が居るという事になる。そうなると、この辺りには、戦闘能力の高い連中が集まっていると推測できる。

スラたんの相手をパッと見た限り、盗賊の手の者と同じように、スラたんに向けて武器を構える奴隷達が居る。しかも、少し前に見た痩せ細って今にも倒れそうな奴隷とは違い、かなり体格も良く、肉付きも良い。恐らく、戦闘に参加する事を主な目的として売買される戦闘奴隷というやつだろう。

目付きも雰囲気も、奴隷とは思えない者ばかりだ。


「気を付けて下さい!戦闘に特化した奴隷はかなり強いですよ!」


ニルがそれを見て叫ぶ。


戦闘奴隷にとって、戦う事は生きる事そのものであり、生存する為に他者を殺す。まさにモンスターの生き方そのもののような生活を送って来ている連中だ。強くならなければ死ぬ。そんな生活を送って来た戦闘奴隷は、他者を虐げ、略奪しか脳の無い盗賊連中とは比較にならない程強いだろう事は、少し考えただけで分かる。


敵の数は今のところそれ程多くはなく、三十人程だが、次々と岩壁の中から戦い慣れしているような奴隷達が出て来ているのを見るに、数はここから増え続けると思った方が良さそうだ。


「スラたん!」


俺は桜咲刀を手にやっと目的地に到着する。


スラたんは、何人か盗賊の男を倒したみたいだが、やはり、奴隷に対してはどこか戦い辛そうにしている。


俺が大声で、近くまで来た事をスラたんに伝えると、スラたんは、耳をピクッと動かして、こちらを見ずに反応を示す。

かなり緊張した面持ちで、近くに居る奴隷達の動きを警戒している様子だ。それだけ手強い相手だということだろう。


「これで賞金首が揃ったな!」


「全員分の首を揃えたらいくらになるんだ?!」


「さあな!一生遊んで暮らしても残る額だって事だけは分かるぞ!ぐはは!」


俺達の到着を待っていたかのような盗賊達の反応。

全く自分達が負けるとは思っていないらしい。いや、正確には自分達が従えている奴隷達が…か。


「「「「…………………」」」」


盗賊達の反応とは真逆で、戦闘奴隷達の反応はほぼ無い。

何人かが横目にチラリと俺達を確認したくらいで、スラたんの前から全く動こうとしない。

俺達が追って到着する事は分かっていた為、驚きもしなければ、下手に突っ込んでも来ないのだろう。


武器はそれなりの物を持っていて、防具を身に付けている者は一人も居ない。武器だけ与えられて、身を守る物は与えられていないのだろう。そのせいなのか、戦闘奴隷達は皆、体中に古傷が残っており、潜り抜けて来たであろう修羅場の数を物語っている。


「いやー…これは厳しい戦いになるかもしれないね…」


スラたんは怪我も負っていないのに、冷や汗を流して緊張した声でそんな事を言う。


「そんなにか…?」


「何度か攻め入ってみたけど、全員僕のスピードに反応していたよ。」


戦い辛そうにしていたスラたんの事だから、本気で殺そうとした動きではなかっただろうとは思うが、それでも、スラたんのスピードに反応出来るというだけで、手強い者達だと理解出来る。


「スラたんは盗賊達を狙ってくれ。無理はしなくて良い。可能ならば仕留める程度で考えるんだ。」


「…分かったよ。」


スラたんのスピードを見たはずの盗賊達が、余裕そうな表情をしている事、そして傷も無いのに死んでいる戦闘奴隷が何人か居るのを見るに、恐らくは主人である盗賊が死ぬと、自分達も死んでしまうような命令をされているのだろう。全員が全員、命が連動しているかは分からないが、少なくとも何人かは連動しているはず。

スラたんのスピードに反応出来る者達が、全力で盗賊連中を守っているとなると、盗賊だけを始末するというのは難しいだろう。それに、盗賊を殺せば、間接的にではあるが、奴隷達を殺す事になる。攻撃を躊躇うかもしれないと言っていたスラたんに背負わせるには、少し荷が重い話だ。

既に何人か殺してしまったスラたんが、険しい表情をしている事からも、容易にそれが分かる。


スラたんはゆっくりと奴隷達に体を向けたまま、俺とニルの後ろへと下がる。

誰かそれを追って飛び出して来るかと思ったが、簡単には動かないらしい。ピクリともしない。


「ハイネ。ピルテ。二人は離れて援護に徹してくれ。」


近くに居たハイネとピルテに指示を出す。


まだ刃を合わせてはいないが、強者特有の空気を纏う奴隷達を相手に、接近戦が繰り広げられた場合、ハイネとピルテにはかなり辛い展開となるだろう。

そうなる前に、先に離れてもらって援護に徹してもらうことで、俺とニルも相手に集中出来る。


ハイネとピルテが、俺から離れて行く気配を感じる。しかし、俺もニルも、それを確認する事は出来ない。何故ならば、スラたんがそうであったように、俺達もまた、戦闘奴隷から目を離せないからだ。


スラたんのスピードで、最初に速攻を仕掛けた事により、盗賊何人かを殺せたみたいだが、完全に警戒されている今、スラたんも、俺達も、簡単には盗賊連中に手を出せない。

盗賊連中から情報を得る為には、目の前の戦闘奴隷を無力化、もしくは殺さなければならない。

そして、相手の戦闘奴隷達は、手を抜いて勝てる程甘い相手には見えない。


俺は改めて、奴隷を斬るという思いを強く持つ。


躊躇ってしまえば、死ぬのは盾となるニルだ。


それを自分の頭に再度叩き込む。


「ふー……」


戦闘奴隷の一人が、重たい息を薄く吐き出す。


戦闘奴隷達が先程から無闇に動かないのは、直感的に俺とニルが危険な存在だと認識しているからだろう。つまり、今は互いが互いを牽制し合っている状態である。


俺は、手に持った桜咲刀を強く握り締め、相手の奴隷達に視線を走らせる。


戦闘奴隷は、今のところ全部で五人。


獣人族が一人、人族が三人、エルフ族が一人。全員男だ。

エルフ族の男以外は、全員が程良く筋肉に包まれており、スピードとパワーを兼ね備えているであろう戦闘に特化した体付きをしている。

エルフ族の男だけは、少し筋量が少ない。しかし、持っている武器が弓である事から、接近戦に参加して来ない戦闘スタイルであり、パワーよりも身軽さを重視した体付きをしているのだと理解出来る。


獣人族の男は両手持ちのロングソード。人族の三人は、直剣、曲剣、短剣と盾という組み合わせだ。


五人が持っている武器のバランスは良く、弓使いという遠距離攻撃まで居るのはかなり辛い。

その中でも、特に厄介なのは弓使いだろう。

距離もかなり近く、矢を射った場合、外す方が難しいと言える。しかも、他に武器らしい武器を持っていない事から、弓の腕にかなりの自信が有ると見た。まず間違いなく、矢は外れないと思った方が良いだろう。

唯一救いなのは、槍や薙刀等の長物を持った相手が居ない事だろうか。ロングソードを持った者は居るが、長物と言う程には長くない。弓以外の武器とのリーチ差はほぼ無しと考えて良いだろう。


奴隷達の陣形は、短剣盾が前衛、直剣と曲剣が中衛、そのすぐ後ろにロングソード。そして、後衛に弓。

実にベーシックな陣形だが、手堅い陣形というのは、強いから多用され生き残っているのだ。それを強者がやるとなれば、当然陣形の強度も上がる。


それに対して、こちらはニルが前衛、すぐ後ろに俺。スラたんとハイネ、ピルテは大きく離れて後衛。

前線で戦える人数は向こうが上で、援護の数はこちらが上と言った感じだ。


弓使いをサクッと処理したいところではあるが、相手もそれを阻止するように壁となる動きをしてくる。本当にそこらの盗賊達よりずっと面倒な相手だ。


「慎重にいくぞ。」


「はい。」


ニルも同じ気持ちらしく、俺の言葉にゆっくりと頷く。


ここまで、ほとんどの近接戦闘を任せて来たお陰で、ほぼ背中の傷は塞がっているし、痛みも無い。これならば戦える。


ジリジリとした緊張感の中、互いの距離が僅かずつ縮まっていく。


ダンッ!


最初に動いたのは、曲剣使いの奴隷、


中衛が先に動くとは思っていなかったが、無い戦法ではない。ニルも少し驚いていたが、しっかりと相手は見えている。


曲剣使いの男が動くと同時に、後衛の弓使いが動く。曲剣使いがニルに迫る為の直線と、弓使いの射線の角度が四十五度となるように配置し、ニルにとって防御し辛い状況を一瞬で作り上げる。


ビュッ!


間を置く事無く、矢が放たれる。


ズガガッ!


俺が援護に入ろうと思ったタイミングで、ニルと弓使いの間に、中級土魔法、ウォールロックによって作り出された石の壁が現れる。

ハイネが弓使いの動きを読んでいて、防御壁として石の壁を作り出してくれたようだ。タイミングも完璧で、連携ならこちらも負けてはいない。


「………」


矢の射線が切れたというのに、曲剣使いは全く動じず、そのままニルへと向かって一直線に走り込む。

ただの無鉄砲な突撃に見えるかもしれないが、それは違う。ハイネの魔法が発動したのを見た短剣盾使いが、直ぐに反応して、曲剣使いの後から走り込んで来るのを知っていたのだ。


短剣盾の相手は、俺の役目。直ぐに俺は短剣盾の男に向かって走る。


ガァンッ!


曲剣使いの男が刃を振り下ろすと、ニルの構える盾に当たり、重く鈍い金属音が鳴り響く。

いつもならば、直ぐに反撃へ出るニルが、今回は手を出そうとしない。ニルが得意な柔剣術を活かした攻撃を流す技も上手くいかなかったようだ。俺からではよく見えなかったが、恐らく、ニルがいつものように攻撃を流そうとしたのを見て、攻撃の軌道を無理矢理変えて芯に当てたのだろう。しかも、相手の斬撃が予想より重かったのか、反撃のタイミングを上手く掴めなかったらしい。

武器自体が重たい物ではないのに、ニルが反撃出来ない程の圧力を押し付ける事が出来たのは、パワーだけの話ではないだろう。戦闘技術も卓越していると言える。

ただ、ニルも負けているというわけではなく、攻撃を受け止め切り、それ以上の押し込みはさせていない。


曲剣使いがニルの盾を打ち、一拍の間が生まれたタイミングで、短剣盾使いが二人の間に割って入ろうとする。


「はっ!」


ギィン!


俺がそんな事をさせるはずはなく、桜咲刀を突き出すと、短剣盾使いは足を止めて盾で攻撃を受け止める。

ニルの使っている小盾とは違い、普通サイズの盾だが、まるで自分の手足のように動かしている。ニルの使う盾のような、特殊な技術は持っていないみたいだが、盾をどう使えば相手の攻撃を楽に受け止められるのか、自分が次の行動に出易いのかをしっかりと把握している動きをする。

詳しく言えば、俺の突き攻撃に対して、盾を少し引く事で、突き攻撃の威力を削ったのだ。

どういう事かを説明すると、全ての攻撃には、必ず最大の力が乗る極大点というものが存在する。

俺が出した突き攻撃で言えば、刀を突き出す動作の中のどの点で、相手に当たるかによって、攻撃の威力が変わるということだ。

突き出す体勢に入った瞬間当たったとしたら、腕も伸びておらず、足も突き攻撃の体勢に無い為、威力はほぼゼロという事になる。そこから刀を突き出していくにつれて、威力が上昇して行き、腕が伸び切る数瞬前、そこが威力の極大点となる。相手に当たり、僅かに曲がった腕を伸ばせる位置、この一点である。伸び切った状態で当たると、それ以上押し込めない為、威力は急激に落ち込んで行く。

威力の曲線を描くなら、緩やかに上り、極大点を迎え、急激に落ち込むような、左右非対称の山なりの曲線となるだろう。


これは、突き攻撃だけではなく、どんな攻撃にも言える事で、必ず斬撃に乗る力の極大点というのが存在する。

攻撃する時は、コンマ数秒後、自分がその極大点で相手を攻撃しているという予想で体を動かしている。と言っても、ほぼ無意識にやっている事だが。

当然、俺も突き攻撃が相手に当たった瞬間が、極大点となるように飛び込んだ。しかし、その攻撃のインパクトの瞬間を、盾を僅かに引く事でズラし、威力を削ったのだ。たったそれだけの事くらい誰にでも出来るだろうと思うかもしれないが、短剣盾使いがこれをやったのは、俺が自分に向かって来たと判断してから半秒程の間である。反射的に行った行動であり、こうしようと考えて行った事ではないという条件が付く。

反射的に相手の攻撃の威力を削るなんて事は、かなりの実戦経験が無ければ出来ない事であり、この戦闘奴隷達がどれだけ手強い相手なのかが分かる一合だった。


俺の攻撃を上手く受け止めた短剣盾使いの男は、それでも威力を殺し切れなかった為、ニルと同じく反撃を加えて来なかった。

互いの実力が詳細部では不透明だった為、互角の戦いになっているが、ここから一気に戦闘が加速する。


俺とニルの動きを見て、後ろで動かずに居たロングソード使いと直剣使いが動き出す。


曲剣使いと短剣盾使いだけでは勝てないと判断したらしく、ニルの方には曲剣使いと直剣使いが、俺の方には短剣盾使いとロングソード使いが張り付く。

ここで後ろのハイネやピルテを狙って来ないのは、俺とニルの相手を一人でさせないようにする為の一手で、後衛の事は後衛に任せるという選択をしたようだ。

実際、俺達としてはそちらの方が厄介な事になる。


俺とニルに対して、二人ずつが張り付いた場合、少なくとも暫くは俺とニルを抑える事が出来るだろう。俺もニルも、武器での攻撃しかしておらず、神力やアイテムを使った攻撃は見せていないが、それを使ったとしても、即時四人を排除するのは難しい。

そうなると、援護に徹してくれているハイネとピルテの動きが肝要になるが、それを弓使いが手数で牽制する事で、俺達への援護を絶ち、より一層、俺とニルを仕留める為に良い状況を作り出そうとしているのだ。

もしこれが、俺とニルの相手を一人ずつにして、ロングソード使いと直剣使いがハイネとピルテを狙ったとしたならば。俺とニルは一人ずつを牽制なり足止めなりをして、離れたハイネとピルテに向かって走る二人を背中側から挟み込み、一瞬で潰す事が出来ただろう。そこに弓使いが矢を放って来たとしても、瞬間的に四対二の状況を作り出せる為、一人が矢を防御したとしても、残りの三人で二人を潰す事が可能になる。

そうなってくれれば簡単な話だったのだが、それ程簡単な相手ではないという事だ。


ビュッビュッ!


「このっ!鬱陶しいわね!」


ハイネが悪態を吐いているのは、弓使いの放って来る矢に対してだ。


ハイネとピルテが、俺とニルを援護しようとした場合、アイテムを使ってしまうと、超近接戦を行っている為、俺とニルにも被害を出してしまう可能性が有る。距離も離れているし、俺達は高速で動き回っている。プロの野球選手でも的確に相手だけを狙えるアイテム投擲など無理だ。

そうなると、方法は魔法に限られる。魔法ならば、位置を指定したり、決まった動きをしてくれるから、タイミングさえ合わせる事が出来れば、的確な援護が出来る。だが、その為には、魔法陣を描く必要が有る。そこに横から次々と正確な矢を放って来る者が居たらどうだろうか。

ハイネのように、鬱陶しくて悪態の一つも吐きたくなるというものだろう。魔法陣を描く暇が無く、援護に入る事が出来ないのだから。

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