第484話 西へ
スラたんを単身で突撃させるというのも、危険な状況に陥る可能性を孕んでいるし、やはりここは慎重に行くべきだろう。
「でも、この距離だと、ゴーレムを使ったとして、どれだけの時間が必要か分からないよ。
それに、トラップが発動したら、敵だって黙って見ているとは思えない。トラップばかりの地帯で、敵に取り囲まれたりしたら、それこそ危機的状況だと思うけど?」
「…いや……だが……」
スラたんの言っていることは正しい。実際、どれだけのトラップが仕掛けてあるのか分からないが、かなりの数になっているはず。そんなどこにトラップが仕掛けてあるのか分からない場所で、敵に取り囲まれて魔法や矢を放たれ続けたならば、最終的に八方塞がりの状態になってしまう。
それは分かっている。しかし、だからスラたんを一人走らせるというのも、あまりに危険な選択に思える。
「シンヤさん。」
かなり迷っていたが、そんな俺に、ハイネが声を掛けてくる。
「スラタンに任せてみてはどうかしら?」
「これが危険な選択だって事を分かっていて言っているんだよな?」
「ええ。勿論よ。でも、スラタンの言っていることは正しいし、あまり時間を掛けていられないのは事実よ。
シンヤさんが私達に危険が及ばないようにと考えてくれているのはよく分かっているけれど、私達も覚悟をしてここに来たのよ。ある程度の危険は承知の上でね。
時には、自分がリスクを負ってでも、事を成すべきよ。」
ハイネの言っていることを簡単に言ってしまうと、俺は過保護だと言っているのだ。
自分達は保護される立場ではないから、やれると思う事は、危険が伴ってもやらせてほしいという事だ。
確かに、俺一人ならば無理矢理推し通るという事も、他の皆が居るからとその選択肢を排除している時は有る。それが間違っているとは思わないし、それで安全に事が進むのならば、それで良いと思う。ただ……少し過保護だと言われると、その通りかもしれない。
スラたんやハイネ、ピルテを信用していないわけではないし、俺なりの判断基準で出来る出来ない、やるやらないを決めていた。
でも、やはり、心のどこかで、自分以外の誰かが危険な目に遭ったり、怪我をしたり、死んだり…そういう状況に陥る事を恐れていたんだと思う。
大切な人達に先立たれた時の寂しさや辛さ、苦しさを一度でも体験してしまうと、この世には、絶対に起きない事なんて無いと思えてしまう。
フランス人作家、ジュール・ヴェルヌの言葉に『人間が想像出来る事は、人間が必ず実現出来る。』というものがある。
俺は、この言葉を初めて聞いた時、凄く素晴らしい言葉と同時に、凄く残酷な言葉だと思った。
これが例えば、空飛ぶ車だとか、どこにでも行けてしまう扉だとか、そういう夢の有る話ならば、これ程心強い格言は他に無いだろう。
でも、それがもし、親が交通事故で死ぬ事だったり、守りたかった命が目の前で消えて行くなんて想像だったらどうだろうか。
それが想像出来てしまう事ならば、必ず他の者に実現が可能な事象という事になる。
どんな最善な事も、最悪な事も、想像出来る事ならば、実現出来てしまう。
俺の頭の中で、スラたんが死んでしまう想像が出来てしまうならば、それは起こる可能性が有る事になるのだ。
そう考えてしまうと、俺はとてもではないがスラたんを送り出そうとは思えない。
でも、それはあくまでも可能性の話であり、必ず起きてしまうことでは無い。寧ろ、スラたんやハイネ達も、それぞれで考えて動いているのだから、確率で言うならば低いとも言える。
それなのに、自分が手を出せない事で、もしもの時に助けに入れないという理由で、その選択肢を排除しようとしている。それは、ハイネの言うところの過保護だ。
「ハイネの言う通り…かもしれないな。
皆もそれぞれで考えているんだし、出来ると言うならば、任せるのが仲間…だよな。」
「ええ。」
俺の過去に何があったのかは、ニル以外には話していない。それでも、こんな生活をしている者ならば、それなりの過去が有ったのだろう事くらいは予想出来る。
その過去のせいで、俺がこんな性格になっている事は、ハイネ達にも何となく分かるのだろう。
俺の過保護な性格を責めたりする事は無く、ただ優しく頷いてくれる。
俺は大切な人達を失って、とてつもなく苦しかった…いや、今でもその事を考えると、凄く苦しくなる。でも、今回の事だけでなく、今までの事を通して、それと同じくらい、仲間に恵まれていると感じる。
「スラたん。トラップの排除を頼む。ただ
十分に気を付けてくれ。」
「任せて!ヘマはしないから大丈夫!」
「俺達はスラたんの通った後を、ゴーレムに先導させて進もう。一気に奥まで駆け抜けるぞ。」
「はい!」
俺は念の為に、スラたんに防御魔法を掛け直し、中級土魔法のソイルゴーレムを作り出す。
ニル、ハイネ、ピルテもそれぞれソイルゴーレムを作り出し、一列に並べ、等間隔で配置する。先頭のソイルゴーレムがトラップに引っ掛かったとしても、これならば、一体の被害で収まるはずだ。
「よーし!!」
スラたんは足を伸ばして準備運動をすると、ぴょんぴょんと二、三度その場で跳ぶ。
「それじゃあ……行くよ!!」
ダンッ!!
スラたんが地面を蹴ると、その瞬間に目の前からスラたんが消え去る。
あっという間さえ無く、スラたんの背中は遠く離れて行く。
ズガガガッ!
ゴウッ!
バキバキッ!!
スラたんの走った後に、次々とトラップ魔法が発動し、石の棘が生えてきたり、炎が巻き上がったり…多種多様な魔法が地面の上に発動する。
しかし、魔法が発動し、効果が発現した時には、既にスラたんは通り抜けた後。
この世界に来て、魔法という概念が有る事で、現実離れした事も多々見てきたが、これ程現実離れした光景は他には無かった。
スラたんのスピードは、オウカ島に居る、同じくスピード自慢のシデンより速い。しかも、神力を使わずして、そこまでのスピードに達しているのだから、俗に言う極振りステータスというのも、なかなかに恐ろしいものだ。何せ、トラップなど有って無いようなものとなっているのだから、相手からしてみればたまったものではないだろう。
「人ってトラップの上を無傷で走り切れるものなのですね…」
スラたんの言っていた事が嘘だとは思っていなかっただろうが、実際に自分の目で見ると、そんな感想がついついポロリと口から出てしまうピルテの気持ちも分かる。それくらいおかしな光景なのだ。
「俺達も行くぞ!」
「はい!」
ソイルゴーレムを先頭に、俺達はスラたんの通った道を通って奥へと向かう。
スラたんは順調に平原を走っているし、落とし穴のようなトラップは無さそうだ。ただ、やはり凹凸の有る地形のせいで、スラたんが踏まなかったトラップも存在しており、時折ソイルゴーレムの踏み入った場所で魔法が発動し、ソイルゴーレムが吹き飛んでしまう。
ズガガガッ!!
「ソイルゴーレムを作り直す!」
「はい!」
俺のソイルゴーレムがトラップ型土魔法で吹き飛んだところで、ニルと交代し、俺はソイルゴーレムを作り直す。
そして暫くするとニルのソイルゴーレムが吹き飛び、ハイネ、ピルテ、そしてまた俺に順番が回って来る。
ソイルゴーレムを作り出す魔力は消費してしまうが、スラたんが殆どのトラップを発動させてくれているから、消費魔力は微々たるものだ。それに、ソイルゴーレムを作り直す前に順番が一周する事は無い為、速度を落とさずに走れている。
そうして暫く走り続けていると…
「っ!!左手に敵の気配が多数です!!」
叫んだのはピルテ。
直ぐに左手、つまり南方向を見ると、西門に向かっていた連中が、トラップ発動の気配でも感じて引き返して来たのか、それとも元々潜伏していたのか、かなりの数が集まって来ていた。
「防御は私が張るわ!全員後ろへ!」
ハイネは言うとほぼ同時に懐から取り出した細長い瓶の中身を、自分の前に半円を描くよう振り撒く。それと同時に、俺達は直ぐにハイネの後ろへと集合する。
ハイネがその後、魔法陣を描き始めると、集まって来ていた連中から、次々と遠距離攻撃が飛んで来る。
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュン!
魔法は準備が間に合っていないのか、パラパラと飛んで来る程度だが、矢は面制圧と言える数が降ってくる。
矢の先端が月明かりに照らされて、キラキラと空中で光を反射している。
流石にそこまでの数の矢が降って来ると、矢を斬り落とすどころの話ではないし、付与型の防御魔法も役に立たない。こういう時に魔法より素早く攻撃を開始出来るのが、矢の怖いところだ。それに、魔法より連射性能が高い為、一度凌いだからといって安心出来ないのも怖いところだ。
「ハイネ!」
「大丈夫!間に合うわ!」
降ってくる矢が間近に迫り、ええい!
ガガガガガガガガガガッ!!
目の前まで迫って来た矢は、黒い半透明の膜によって弾かれる。
際どいタイミングだったが、ハイネが発動させたダークシェルの魔法が、僅かに早く展開され、俺達に当たる軌道だった矢を全て弾いてくれた。
「大丈夫だって言ったでしょ?」
ハイネは後ろを向いてウインクしてくれるが、こちらは寿命が少し縮みそうになった。
「ニル。ピルテ。タイミングを合わせて魔法を放ってくれ。攻撃してくる連中はこのトラップ地帯には足を踏み入れる気が無さそうだし、延々と遠距離攻撃が飛んで来るのは鬱陶し過ぎる。一気に被害を出して、戸惑っている間に先へ進むぞ。」
「分かりました。」
「はい!」
二人に使う魔法について少し説明し、その後の動きについても軽く話を擦り合わせておく。
「ハイネは防御魔法の準備をしておいてくれ。走り出した後、攻撃が飛んで来るようなら、それに対処して欲しい。」
「ええ。分かったわ。」
「魔法が来ます!」
ピルテの声で、全員がダークシェルの後ろへと避難する。
ズガガガガガガゴゴゴゴゴゴゴッ!
近寄って来る気が元々無い為、遠距離攻撃主体の部隊編成になっているらしく、飛んで来る魔法の数は途方も無いものになっている。しかし、飛んで来る魔法は初級か中級のものばかりで、数は多いが威力が低い。それではハイネのダークシェルの防御は突破出来ない。
上級魔法でさえ弾いてしまうダークシェルを、いくら数が多くとも、初級、中級魔法でどうにかしようというのは、流石に考えが甘い。
見た目はあらゆる属性の魔法が飛んできていて、とても派手だし、それらの魔法が総合で与えるであろうダメージや、周辺に与える影響は凄いものになるが、結局ダークシェルを貫通出来るかどうかの問題なのだから。
とはいえ、魔法は全て俺達の付近に着弾し、ダークシェルより外の地面は草の一本も残らず地肌が露出し、地面は抉れ、色々な魔法の残骸が散らばっている。残念ながら、ダメージを与えたのは地面だけで、俺達は完全無傷。小さな傷一つさえ受けていないが。
初級、中級の魔法しか飛んで来なかった事が主な理由ではあるが、雑多に魔法を撃ち込んで来たというのも、俺達に与えるダメージを減らしてしまっている。
どういう事かというと、本来、こういう大規模な戦闘の場合、魔法使いというのは、使う魔法を合わせるのが普通である。
火魔法ならば火魔法、風魔法ならば風魔法と。
理由は簡単で、色々な魔法を使ってしまうと、互いに影響を与えて、威力を打ち消し合ってしまうからである。
分かり易いところで言えば、火魔法と水魔法だろう。折角作り出した火魔法と水魔法なのに、それらが合わさると、水は蒸発、火は消化されて霧が残るだけとなる。威力の高い方が微かに残るが、その威力は初級魔法とさえ呼べないものになってしまう。
俺達がいつも気にして使っている魔法の相性というやつだ。
勿論、逆に互いを高め合って強力になる事も有る。
火魔法と風魔法が合体して大きくなったり、木魔法に火魔法が燃え移って燃える木魔法になったり。
ただ、魔法の相性というのは、それ程単純なものではなくて、同じ属性の組み合わせでも、使う魔法によって相性が悪くなったり、良くなったりもする。
例えば、風魔法に対して、土魔法を使ったとしよう。本来、風という力に対して、質量的に重たい土魔法というのは相性が悪く、風を止めてしまって無効化してしまう。しかし、風魔法に対して砂のような形状の土魔法を使ったとすると、サンドストームのような効果を生み出して、相手により大きな被害を与える事が可能となる。同じ属性の魔法を組み合わせるにしても、その形状や効果の違いによって、良くなったり悪くなったりするものなのだ。
そんな繊細な相性という概念をぶっ壊すような乱雑な魔法の集合体が、上手く機能するはずもなく、効果を総合的に打ち消し合って、威力が落ちているという事だ。
相手が上級魔法を使わなかったのは、魔力量で考えた時、上級魔法を使える者とそうでない者が存在するからだろう。
上級魔法は、中級以下の魔法に比べると、効果が非常に高く、上級魔法が、それ以下の魔法を食ってしまうという状況が発生する。
上級の火魔法を使った場合、範囲も広く、高温の火が発生し、中級以下の水魔法や木魔法を全て蹴散らして無効化してしまうなんて事になるのだ。それ故に、上級魔法を禁止して、中級以下の魔法に絞ったのだろうが…それが俺達に一切の傷を与えられないという状況を生み出してしまったという事だ。
大規模なレイドのような戦闘において、魔法使い達の攻撃は、同じ属性の魔法を使うという理由はまさにこれである。基本的に同属性の魔法というのは、打ち消し合ったり食われる事も無く、上級魔法に統合されて威力が上がったりする。故に、全員同じ属性の魔法を放つのが定石である。しかし、相手の盗賊達も、これ程の大規模戦闘の経験が無いらしく、こういう残念な結果になってしまったという事なのだろう。
「今だ!」
ズゾゾゾゾゾッ!
相手の魔法が撃ち終わった瞬間、俺、ニル、ピルテが魔法陣を完成させる。
まず初めに発動したのは、俺の魔法。
俺が使ったのは、上級水魔法、
この魔法を一言で言ってしまえば、津波だ。
とにかく大量の水を生成し、一方向に向けて流すという単純な魔法で、水に押し流されるという効果以外の効果は無い魔法である。
それ故に、この轟水流は、地上の開けた場所では使われる事の少ない魔法である。特に、今回のような平原で使われた場合、四方八方に流れ出してしまい、その効果はかなり薄くなってしまう。
しかし、俺の狙いは、水を大量に生成する。その一点であった。
「合わせます!!」
ゴウッ!
その大量の水に対して、魔法を重ねたのは、ピルテ。
上級風魔法、
巨大な竜巻が、魔法陣から水平方向に伸びるという魔法で、指向性を持ち、遠くまで届く射程距離の長さは有るが、俺達と敵兵の距離を考えると、届く頃には威力が落ち、相手を殺す事はとても出来ない魔法である。
俺の作り出した大量の水が、ピルテの作り出した大風蛇に巻き込まれ、敵兵の方に向かって行く。しかし、水が勢い良く飛んで来たとしても、相手は水が当たって痛い程度の感想しか残らないはずだ。
つまり、俺達の魔法はまだ終わっていない。
「これで完成です!!」
バキバキバキバキバキバキッ!!
水を巻き込んだ竜巻に対して、最後に、ニルの魔法が発動する。
上級氷魔法、
指定範囲の温度を急激に下げ、人や物を凍らせる魔法である中級魔法、フリーズフィールド。その上位互換という説明が最も分かり易いだろう。
当然だが、上級魔法である為、効果範囲は広くなり、温度の低下も激しくなる。その範囲を通過する水が一瞬で凍り付く程に。
竜巻に巻き込まれ、細かく分裂した水滴が、ニルの氷界によって凍り付く。
風の影響を受けた状態で凍り付いた水は、一つ一つが氷の針のような形状になっており、大小様々。
これならば、氷魔法を風魔法で飛ばせば良いではないかと思うかもしれないが、それは違う。先に水魔法で大量の水を用意する事で、ニルの使う魔法から『氷を生成する』という工程が省かれる。これによって、魔力を全て氷結させるという効果に使う事が出来る為、より広範囲、より低温を作り出せる氷界を使う事が出来たのだ。
もし、氷魔法で氷の針を作り出して風に混ぜるという工程だった場合、使うとしたら上級氷魔法、アイスレインだろう。しかし、いくら上級魔法とは言っても、作り出せる氷の数は、俺達三人が合成した魔法で出来上がった氷の数の半数以下だったはずだ。当然、そうなれば、被害も半数以下になる。
こうして、ただ魔法を撃つだけでなく、その効果や形状に思考を混ぜ込み放つ事で、魔法は二倍にも三倍にも膨れ上がるのだ。もし、この三人で作り出した魔法に等級を付けるならば、ロック鳥が使っていた超級魔法とやらと同じと言えるだろう。上級魔法単体では、決して出せる事の無い被害を与えられるのだから。
氷の針が無数に巻き込まれた巨大な竜巻、超級魔法が、自分達に向かって伸びて来る。
こう言われて戦慄しない者はなかなか居ないだろう。俺なら顔面蒼白で逃げる。
「な、なんだあの魔法は…?」
「に……逃げろぉぉぉ!!」
相手の連中も同じ感情を抱いたらしく、俺達に背中を向けて逃げ出そうとする。
しかし、スラたん程のスピードが無ければ、風より速く走るなんて不可能だ。
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