第477話 ヒョウドとコクヨウ

ご主人様のお話では、渡人の持っている武器や防具というのは、市販されている物とは大きく違い、特別な金属を使っていたり、そもそも金属ではない防具も沢山有るとの事。そして、そういう武器や防具というのは、とてつもなく強力で頑丈。ラージスライムの溶解粘液を一身に浴びても、全く状態に変化を受けない物ばかりとの事。

ご主人様の知る限り、そういう武器や防具というのは、渡人達の中でも超珍しい物らしくて、誰でも持っているわけではないみたいだけれど、ヒョウドの武具を見る限り、その手の装備ではないかと思う。

もし、溶解液を鎧に触れさせても何の変化も無ければ、鎧を溶かすという事は出来ないと考えた方が良い。他に溶かせそうな物と言えば、アシッドスライムから作り出された強酸性液くらいだけれど、ラージスライムの溶解液は、強酸性液の上位互換に当たる物。つまり、溶解液で無理ならば、強酸性液でも無理だということになる。


溶解液でも無理そうだとは思うけれど、試さずに溶かす事が出来ないと決め付けるのは良くない。もし、溶解液だけで事が済むならば、それが最も安全で確実な方法なのだから、試してみても損は無い。と言うよりも、試さないと損をしてしまう。


溶解液を使うのは良いのだけれど、問題はどうやって溶解液をヒョウドに浴びせるか。


単純に瓶を投げ付けても、渡人のステータスでは簡単に避けられてしまうし、場合によっては逆に溶解液を利用されてしまう可能性が有る。

ご主人様から受け取る時も、扱いには注意しろ。という言葉を頂いているし、溶解液を下手に扱ってこちらが被害を受けてしまったら合わせる顔が無くなってしまう。

そうならないようにする為にも、隠し持っている溶解液をヒョウドのみに、確実に浴びせる必要が有る。ただ、強酸性液であれば、最悪自分に付着しても、水で洗い流せば薬傷が肌に残るだけなのに対して、溶解液は皮膚、肉、骨を溶かしてしまう為、一滴だけでも付着してしまうと大変な事になる。


そんな痛そうな事になるのは嫌なので、相手に振り掛けるような方法で浴びせるのは却下。

そうなると、相手の反応出来ない、意識外から溶解液の入った瓶を投げ付けて、中身を浴びせる必要が有るけれど、渡人相手にそれが出来るかどうか…ううん。出来るか出来ないかではない。やるしかない。


ヒョウドの武器は刃の真ん中だけ、幅が広くなっているという変わった形の剣。

幅が広いとは言っても、普通の直剣の二倍程度の幅で、とてつもなく幅広というわけではないし、細い部分は普通の直剣と同じ幅。厚みは均一。

前にセナから聞いた話だと、武器の幅というのは、構造以上に重要なもので、変にガタガタしていたりすると、斬ったりする時に、圧力が一点に集中してしまったりして、直ぐに折れてしまう事も有るんだとか。だから、厚みや幅というのは、武器を打つ際に、非常に神経を使って整えなければならないらしい。


敢えて幅を変えたり、形状を曲線にする場合、何かしらの理由が有ると聞いている。例えば、刀の場合、大陸で一般的な直剣とは違って刀身に反りが付けられている。物によって反りの大小は色々と有るけれど、刀身を反らせているのは、という目的に特化した為らしい。

直剣のような反りの無い剣でも斬る事は出来るけれど、どちらかと言うと叩き付けたり、突くような印象が強い。刃が付いているのだから、刃を当てて引けば当然斬れるのだけれど、有効な攻撃方法とは言えない。

これに対して、刀というのは、叩き付けるというよりは、刀身を滑らせると言うべきなのか、相手に当ててからという動作が加わる。

正確に言うと、当ててから引くというより、当てながら引くという円運動なのだけれど、それだけでも剣との使い方が違う事は分かると思う。

極端な事を言ってしまうと直剣のようなものはハンマーのように叩き付けるのに対して、刀は表面からスパッと斬るイメージ。

こうして考えた時、斬るために引くなら、最初からその円運動に合わせて刃を反らせておけば、より効率的に、力を入れずに斬れる!と考えたのが刀らしい。


このように、理由が有って、反りが有るのと同じで、ヒョウドの持っている剣にも、その形状の理由が有るはず。刀のような反りとは違うし、斬る為とは思えない。どういう理由が有るのか…


どんな理由が有るにしても、そういう奇抜な形の武器は、頑丈とは言えないと思う。私はあまり詳しい事は分からないけれど、剣における細い部分というのは、弱くなり易いという考えで良いはず。

ただ、鎧同様に剣も、普通の金属で作られていない事は見れば分かる。恐らく鎧と同じ金属だと思う。

根元辺りが弱いはずだけれど、そこを狙って武器を破壊するというのは……多分難しい。


「随分と僕のシャディを気にしているね。」


「……………」


「この形が気になるのかい?

これはね。相手に剣を突き刺した時に、血が流れ出るように作られているんだよ。だから言ったよね。シャディには血が似合うって。」


別に聞いてもいないことを自慢気にペラペラと喋り出すヒョウド。


ヒョウドの言っている事は、普通の直剣のように、剣幅が一定の場合、相手に剣を突き刺した時、引き抜かなければ、剣自体が栓の役割を果たして、傷口から血が溢れ出して来るのを止めてしまう。しかし、剣幅を変える事で、根元まで突き刺した時、最も剣幅の広い部分が通り過ぎた傷口は、根元部分の剣幅の倍程になる。その傷口と剣幅に差が出来る事で隙間が生まれ、栓の役割を果たせず、傷口から血が溢れ出して来るという事になる。

そんな形状にする必要有るのかな?と思うけれど…多分、ヒョウドは相手に剣を突き刺した後、ゆっくりと流血するのを見るのが好き…という事なのだと思う。かなり狂った人間と言える。

というより……これは恐らくだけれど、本来、ヒョウドの持っている剣の形には、別の意味が有るのではないかと思う。パッと思い付くのは、剣の重心を変えるという事。

剣や刀の重心というのは、基本的には手元に近い刃部分に有るのだけれど、剣幅を変える事で、刃の中心側に重心を移動させているのだと思う。より先端部に重心を寄せる事で、叩き付ける時に衝撃を大きくする役割を果たしていると考えれば納得出来る。

剣の先端部を太くしなかったのは、強度の問題かな。

となると、ヒョウドが剣を振り回す時は、ハンマーや戦斧のような物と考えた方が良いかもしれない。


私なりに分析していると…


「もしかして…シャディに嫉妬しているのかい?」


「…は?」


思わず変な声で聞き返してしまった。自分でもビックリするくらい冷たい声が出てきた。

何を言っているのか本当に理解出来ない。


「分からなくはないよ。シャディは本当に美しいからね!あ!でも、君が美しくないというわけではないんだ。シャディが美し過ぎるというだけの事さ。

僕はシャディとシェリーに一途なんだ。だから、すまない。でも、そう悲しまないでくれ。君も十分に綺麗だと思うよ。」


自信満々にそう言い始めるヒョウド。


よく分からないままに貶され、振られて、哀れまれた。


何だろう……この普通とは違う殺意は。女として、ここで勝たなければならない気がする。そもそも、二人に対して一途という言葉は意味が分からない。


それにしても…色々な人達を見てきたけれど、このヒョウドという男は、嫌いというより、生理的に受け付けないタイプの男だ。喋る度に背中がゾワゾワする。そして今はイライラしている。


ダメダメ。相手のペースに乗せられてしまわないようにしなきゃ。


「それに大丈夫だよ!僕が君の血でシャディとシェリーを飾ってあげるから!こんなに美しい二人の装飾になれるんだ、女として光栄だろう?!」


「……………」


ご主人様が言っていた。


こういうタイプの人間を、『キチガイ』というらしい。


そういう生き物だと思わないと、自分の精神が削られるのだとか……ご主人様の言っていた事がようやく分かった。


「さあ!行くよ!」


ダンッ!!


キチガイが地面を蹴り、剣を振り上げる。


フェイントも何も無い単純過ぎる突撃。

身体能力の高さで、普通とは呼べない速さの突撃だけれど、身体能力が高いとは言え、この程度の攻撃を避けられないはずがない。


私は大きく左へと移動して、キチガイの一撃を避ける。


ズガンッ!


地面を抉る一撃。


やはりパワーもそれなり有るし、正面からのぶつかり合いになると分が悪い。


ブンッ!


振り下ろされた剣を、そのまま私に向かって斜めに振り上げるキチガイ。しかし、それも簡単に避けられる。

こんな戦闘センスで、よく生き残って来られたなと思う程に単純な攻撃。

敢えて相手が油断するようにそう見せているだけなのかと疑いたくなるほどに単純な攻撃方法。でも、キチガイは本気で剣を振っているように見える。警戒は続けるけれど、やはり避ける事自体は問題無い。


「駄目だよ!避けては!シャディとシェリーが悲しんでしまうよ?!」


何を言っているのかさっぱり分からない。


「もう一度行くよ?!次は避けては駄目だからね?!」


はい。分かりました。とか言って刃を受ける相手が、今まで一人でも居たのだろうか?どこからその絶対的な自信が来ているのかさっぱり分からない。


ビュッ!!


続いては突き攻撃。相変わらずフェイントも何も無い単純過ぎる攻撃。私は無理せずしっかりと攻撃を後ろへと跳んで避ける。


「だから避けちゃ駄目だって言っているだろ!!」


突然狂ったように叫び散らすキチガイ。


キレるのは構わないけれど、唐突過ぎてビックリする。というか、攻撃を避けただけなのに激怒なんて、理不尽過ぎる。


「避けるなー!」


ブンッ!ブンッ!ビュッ!


右から左、左から右、そして突き。どの攻撃も私には一切触れる事は無い。そして、相手の動きが把握出来たところで、私は突き攻撃に合わせてキチガイの後ろに距離を取って回り込み、盾の後ろに隠し持っていた瓶を投げ付ける。


バリィン!


最初は単純に投げ付けるだけでは当たらないと思っていたけれど、予想よりずっと簡単に当たってしまった。


しかし…


残念ながら、溶解液が付着した鎧は、何の変化も起こさない。しかも、鎧の隙間から入り込む事で、キチガイ自身を攻撃出来るかもしれないとも考えていたけれど、それも難しいみたい。


鎧の隙間からは、空気が常に出ているらしく、液体は隙間から中には入らず、全て地面に落ち、地面を溶かしていく。


やっぱり、これではキチガイを抹消する事は出来ない。


鎧の隙間からは、液体や気体は押し戻されてしまう為入らない。

そういう類の作戦は全部却下となってしまった。


そうなれば、次の作戦を…


「ふざけるなああああぁぁぁぁぁぁ!!!」


突然キチガイが叫ぶ。ビックリするから唐突に叫ぶのはやめて欲しい。というか、本当にこのキチガイは……生理的に無理。


「俺のシェリーにこんな物を投げ付けたのか?!お前は頭がおかしいんじゃないのか?!」


この男にだけは言われたくない。


「自分が何をしたのか分かっているのか?!いいや、分かっていようとなかろうと、死をもって償ええぇぇぇ!!」


突然発狂し始めたキチガイが、武器を振り回しながら私に向かって来る。

剣術の腕が無くても、渡人のステータスが有れば、

それなりに怖い攻撃となる。ここで運悪く一撃を貰うなんて恥ずかしい事は出来ない。


ブンッ!ブンッ!


左右に剣を振りながら走って来る姿は、子供の喧嘩のようにも見える。


その時、この男がどうして剣術を磨かなかったのかが分かった。


こうして適当に攻撃を繰り出しながら暴れていても、あの防具と武器さえあれば、大抵の相手は手も足も出ない。あの鎧には大抵の攻撃は通らないし、あの武器ならば大抵の物は斬れてしまう。剣術を磨く必要が無いという事。そして、もし、私のように攻撃を確実に避けられる者が居たとして、その者との戦闘では、ただ相手が疲れるまで、ひたすら攻撃と防御を繰り返せば良いだけ。相手の攻撃を貰わない事にだけ集中していれば。自分が負ける事は決して無い。そして、相手が疲労し、動きが鈍ったところで、攻撃を当てる。何とも単純な戦法だけれど、だからこそ、突破が難しい。

鎧を見ると、手入れはビックリする程にされているけれど、それでも残る細かな無数の傷が見える。何人もの者達が、その鎧の前に倒れて来たのだと思う。

だとしたならば、大抵の攻撃は試されているはず。


魔法攻撃、物理的攻撃、トラップの類も。

それでも、この無闇に剣を振るだけの男に勝てなかったとなると、私の考える方法のいくつかは通用しないという事になる。

残った方法としては、鎧に熱を伝えて、中のキチガイを炙り尽くすという方法と、もう一つは効率が悪く時間が掛かってしまう方法の二つ。

ただ、熱を伝えるのは、恐らく無理だと思う。

恐らく、魔法を試した人達の中には、火魔法を使った者達も居たはず。私と同じように、金属に包まれた体ならば、熱を与え続ける事で、中の男を殺せるだろうと考えた人は居るはず。

しかし、この男が未だに生きているとなると…魔法に対する攻撃に対して高い防御力を持っているのではないかと考えられる。理由は防具の隙間から出ていた風。あれは恐らく魔具の類による効果のはず。鎧自体が魔具になっていて、色々な状況下で、中の者が生きられるような防具なのではないかと考えられる。

それと、私やご主人様の攻撃によって、僅かにでも鎧に傷が付いたという事も気になる。超凄い防具ならば、私やご主人様の攻撃でさえ、傷も付かないような防具であっても不思議ではない。それなのに、傷が付いたとなると、魔法耐性、環境耐性を著しく上げた事で、物理的な防御力がそこまで高く出来なかった防具なのではないかと思う。


つまり、熱への耐性は万全。そんな方法でキチガイを倒すのは無理。


となれば、残るのは一つだけ。


最初から、この方法しか無いかもしれないとは思っていたけれど、いざこれしか思い付かないとなると、自分の至らなさが腹立たしく感じてしまう。

ご主人様ならば、もっと上手く事を運べるはずなのに。


ううん。私に出来ることなんて、いつも小さな事ばかり。今更嘆くような事じゃない。

例え、とても小さな事しか出来なくても、それを確実にこなす事さえ出来れば、きっと活路は見えるはず。


「このクソ女がああぁぁっ!!」


「すー……ふー……」


キチガイが大声で喚き散らしながら、剣を振り回す。

私は少し距離を取ってから、ゆっくりと深呼吸。


ブンッ!!


キチガイが私から見て右から左へと剣を振ったタイミングで、腕の下に潜り込み、相手の左膝に刃を走らせる。


ギィンッ!


ただ、刃が通る感じは一切しない。硬質な鎧に弾かれる感触だけが手に残る。


「おおおぉぉっ!!」


ブンッ!


姿勢を低くした私に向けて、垂直に剣を振り下ろすキチガイ。


ガンッ!ギィンッ!


それを右手に避けつつ、キチガイの左肘を斬り付ける。


ブンッ!ギィンッ!ブンッ!ギィンッ!


何度も何度も私を殺す為に振られる刃の中を、私は完璧に避けつつ、ひたすら攻撃を繰り返す。


「お前の攻撃は通らないんだよぉ!何度やったって同じ事だぁ!!」


ブンッ!ギィンッ!


「ふー……」


避けられる剣だとは言っても、速いし重いのは確か。一撃でも貰えばその時点で私の負けが確定してしまう。緊張感だけで精神が削り取られていくのを感じる。集中力を切らさないように……


ビュッ!!


「っ?!」


ギィンッ!


突然悪寒がして、盾を左に向けると、何かを弾いた音がする。


トスッ!


目の前に落ちたのは投げナイフ。


私が僅かに気を緩めた瞬間を狙って、横から投げナイフを投げて来たのは、コクヨウ。

スラタン様との戦闘中に、こちらへの攻撃までするなんて…

それ程スラタン様との戦闘に余裕が有るという事になるのだけれど、スラタン様のスピードは尋常ではない。そんなに余裕を持って戦える相手ではないはず。そう思ってスラタン様の方をチラッと見ると、どうやらコクヨウは様々な武器を使って、スラタン様との距離を大きく離すタイミングを作り出しているらしい。

何が出てくるか分からない相手に突撃するわけにもいかなくて、スラタン様も攻めきれない状態みたい。


「なるほど…そういう事ですか。」


ヒョウドの剣術は素人に毛が生えたようなもの。

ある程度剣術を使える者にとっては、それ程避けるのが難しい剣ではない。

スラタン様の話からすると、今のところ、ご主人様を除く渡人達は、十年前にこちらへ来た者達ばかり。それ程に長い年月を盗賊として過ごしたのに、その中で、修練を行っていない者達ばかりを相手にしていたとは思えない。剣術を知る連中の相手をする時に、いつも長丁場になって、相手が疲れるのを待っているなんて事をしていたのかと思っていたけれど、どうやら違うらしい。


このコクヨウという男とキチガイは、恐らく二人が揃って一つの戦闘スタイルとなっている。

キチガイは剣術素人で、鎧は実に目立つ色をしている。標的にされ易いに違いない。そして、コクヨウは逆に全く目立たない格好で、スピード重視のステータス。

つまり、キチガイが派手な格好と、直ぐに激怒する気の短さ、そして理解不能な性格によって相手の目を引き付け、その相手が気を抜いた瞬間に、コクヨウが横から確実に仕留める。これがこの二人の戦い方という事だ。


「ニルさん!」


コクヨウの攻撃を防ぐと、直ぐにスラタン様が近くに寄って来る。

コクヨウはキチガイの傍に移動した。

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