第476話 ガナサリス (2)

相手が受け止めると判断した瞬間、左手を離して、次は右足を移動させる。

すると、刀は軽くなり、相手の防御に軽く触れるだけの捨ての一撃に変わる。同時に、相手からの反撃を避ける事に専念出来るようになり…


ブォン!

「っ?!」


たった今やったようにガナサリスの攻撃を紙一重で避ける事が出来る猶予が生まれる。


そして相手の側面に回り込んだら、離した左手を相手の肘の辺りに当てる。こうする事で、相手からの更なる反撃を阻止出来る。


そして、刀を持った右腕を、そのまま振り抜けば相手の左の脇腹を、切り返して振り下ろせば首元を斬れる。但し、片手による斬撃である為、有効な一撃を与えるには、確実に急所を狙う必要が有るのだが…俺には神力が有る為、片手でも十分な重さの一撃を放つ事が出来る。つまり、急所ではなくても重症を負わせる事が可能だ。


とはいえ、急所を狙った方が良い事に変わりは無い為、俺はそのまま刀を振り、ガナサリスの左脇に刃を走らせる。


「このっ!!」


「っ?!」


ザシュッ!!

「ぐぅっ!」


ガナサリスは、自慢のパワーで、無理矢理体を捻り、急所への一撃をズラしてしまう。しかし、斬撃は脇腹にしっかりと入り、大きな一撃を与える事に成功する。流石にそれだけで殺すには至らないが、間違いなく重症だ。

とは言っても、確実に仕留めるつもりだったのだが、ガナサリスのパワーが、俺の予想を一段上回っていたらしく、体が少し流れてしまったのは悔しいところだ。


ブォン!


ガナサリスは、その後、俺に離れろと右腕を振ってきたが、直ぐに距離を取ってガナサリスの攻撃を避ける。


「ぐっ……この野郎……」


左の横腹に受けた斬撃によって、ガナサリスは痛みに顔を歪める。

かなり深く傷を負わせられたが、分厚い筋肉によって、内臓までは達していない。重症ではあるが、致命傷ではないといったところだろうか。


「ふざけた真似をしやがって…」


俺の斬撃に繋がるまでの一連の動作は、剣術と言うより体術に近い。つまり、ガナサリスが最も得意とする戦術である。特に、側面に回り込んだ時に左手でガナサリスの腕を封じた動きは、普通の剣術にはあまり見られない動きである。

敢えてガナサリスの土俵で戦った俺の選択に、ガナサリスが憤るのは仕方無い事だろう。ただ、別にガナサリスを同じ土俵の上で叩き潰そうとしたわけではない。

攻撃の流れでそうなったというだけの事だ。


チャキッ…


俺はもう一度剣技、朧の構えを取る。


もう一度来てみろ。


そう言っているように感じた事だろう。


「どこまでも生意気な野郎だ…」


こういう戦闘において、全く同じ手を使う事は、基本的には危険な行為だ。

一度見せた技を二度使えば、相手はそれに対抗する手段を使うのは目に見えているし、それを更に返せるという技でも無い限りは、自殺行為に近い。


しかし、俺の使う剣技、朧は、その範疇には無い。


俺がたった今ガナサリスに見せたのは、朧の一面だけでしかないからだ。


何故ならば、全く同じ事を、左右の手を順手にして行えと言われても出来る。敢えて左手を逆手にして構える必要など無いのだ。寧ろ、逆手にする事で二撃目を片手で放たなければならなくなる為、無駄な事だとも言える。


では、何故敢えて左手を逆手にするのか。それこそが、この剣技、朧の本当の使い方に繋がる。


「ぶっ殺す!!」


ガナサリスは脇腹の重症も無視して、怒りの表情で俺に向かって来る。


殺されるわけにはいかないので、全力で抵抗させてもらうとしよう。


「お゛おおおおぉぉぉっ!!」


ガナサリスの接近に対して、先程と全く同じように、左足を前に出し、刀を左から右へと振る。


俺の一撃目の攻撃に対処する行動はいくつか考えられる。

防ぐ、避ける、俺の攻撃より速く自分の攻撃を当てる等だ。自分の攻撃を先に当てるというのはそう簡単な事ではないし、当てたとしても、自分も攻撃を貰う可能性が高い為、相討ち覚悟でなければ、まず取らない行動だ。当たり前だが、ガナサリスにそんな考えは無いし、その線は消える。


防御か回避かで言えば、ガナサリスの戦闘スタイルと性格から考えると、まず回避は無いだろう。

そうなると、防御か、もしくは攻防一体の一撃を放って来るかだ。


防御は先程それを利用された為、一撃目を捨ての一撃と判断し、二撃目に合わせて攻撃する事になるはずだが、防御に回した右腕を除外し、残った左腕での攻撃方法となると、有効打を与える為の動作はいくつかに限定されてしまう。

拳を突き出す。フック、アッパー、変わり種で打ち下ろしといったところだろう。それを、俺が予想出来ている事を、ガナサリスも気が付いているはず。

それでも強引に二撃目を狙うのであれば、先程と同じような結果になるだけの事。

故に、ガナサリスの取れる攻撃の中で、最も勝率が高いのは、俺の一撃目を防御しつつも攻撃出来る、攻防一体の一撃を放つ事である。


そして、ガナサリスが選んだのは、右腕を下から打ち上げるアッパー。これならば、俺の一撃目を防ぎつつ、俺に攻撃を当てる事が出来る。


さて、こうなると、今度は俺が危機的な状況となるわけだが…実は、この状況こそが、剣技、朧の狙いである。


俺が相手の立場でも、刀を下から斬り上げる形で防御と攻撃を一体化させた一撃こそが最も勝算の高い一撃だと判断した事だろう。だが、だからこそ、俺はそういう一撃が来ると


俺の斬撃は左下から右上への一撃だが、アッパーの軌道を考えると、刀を時計回りに動かしても、アッパーの軌道を避けて攻撃を当てる事は出来ない。そうする為の攻撃なのだから当たり前だ。

となれば、刀を反時計回りに回してしまえば、相手のアッパーとの交差をより速く回避させる事が出来る。

ただ、この時、もし両手が順手であった場合、どう足掻いても反時計回りに刀を回す為には、左手を逆手に持ち替える必要が有る。しかし、俺の左手は既に逆手の状態だ。つまり、右手を離すだけで刀は反時計回りに回す事が出来てしまうのだ。


要するに、ガナサリスの攻防一体の攻撃を躱しつつ、刀を反時計回りに回す事で、ガナサリスの攻防一体の攻撃は、防御の伴わないただの攻撃に変わり、俺は真下から真上に放つ攻撃が出来てしまうという事なのだ。


何故、そんな単純な事にガナサリスが気付かないのかというと、大抵の者達は両手を順手にして武器を持つからである。

棒を両手順手で持ち、回した場合、人の体の構造上、大体水平からにしか回せないという事が分かると思う。当然、両手逆手で持てば、水平からにしか回せない。

つまり、殆どの人達は、剣を使った攻撃を行う時、主に水平より上から始まる攻撃が主だと言うことになる。故に、剣のような武器を相手に何度も戦った者は、自然に下からの攻撃に意識が向かなくなる。それ故に、ガナサリスは無意識に、自分から見て右手側、水平より上を塞いでしまえば、攻撃を防げると思ってしまったのだ。

しかし、片手を逆手、片手を順手にして刀を持てば、どちらかの片手を離すだけで、上にも下にも回す事が可能となる。

それならば、何故、皆は逆手持ちをしないのかというと、デメリットが大きいからである。

まず、順手とは違い、逆手は相手を斬る時に力が入り難い。逆手で持った刀が相手に当たった時、相手を両断するような力は入らないのだ。一応、それでも上手く力を入れる体勢が有ったり、突き刺す攻撃はそれ程力が必要無い為、斬る攻撃を捨て、突き攻撃を主体にする事で殺傷力の高い攻撃は可能にはなる。しかし、そもそも順手ならば考えなくて済む事だ。

そして一番のデメリットは、リーチが短くなってしまう事だろう。順手で握れば、腕を伸ばして届く位置でも、逆手に持って斬ろうとすると届かなくなってしまう。リーチを捨てて逆手にする事で得られるメリットと、失うメリットを天秤に乗せた時、敢えて逆手にする必要は無いと考えるのが普通なのだ。


しかし、そこに目を付け、逆手にしたとしても、相手を一撃で殺傷する為の斬撃を放てるように作られたのが、この剣技、朧である。


原理は簡単で、刀の峰部分を、自分の上腕に押し当て、手と言うより腕の力で相手を斬り上げる事で、重い斬撃を可能とする。勿論、その分リーチが更に短くなる為、相手に超接近しなければならない。その為、この朧の初動は、足をところから始まるのだ。


相手が無意識に除外してしまう真下から真上への攻撃と、そこに本来は繰り出せないはずの逆手持ちによる強力な斬撃。これこそが、剣技、朧である。


ここまで説明すれば、俺とガナサリスの一合がどうなるのか…既に分かるだろう。


ガナサリスは、俺の一撃目を防御しようとして、俺から見て左に少し逸れたアッパーを繰り出していた。俺は前に出す左足を僅かに右にズラし着地させる。すると、ガントレットは紙一重で背中側を通り過ぎる。

同時に、俺は左手で逆手に持っている刀を垂直下向きに構える。時計で言う六時の位置だ。

構えは、少し体を落としつつ、左腕の肘を刀の峰に当てた体勢である。


俺の攻撃に対してカウンター気味に放ってきたアッパーに対して、俺の攻撃は更にそのカウンターとなるタイミングの一撃だ。いくらガナサリスが強くとも、これに反応出来るはずがない。


「はぁっ!」


俺はそのまま真下から斬り上げる。


ザシュッガギィンッ!!


俺の桜咲刀は、ガナサリスの内太腿を削るように切り裂き、そのまま腹へと向かったが、刃が腹に到達する前に止まる。


「っ?!」


ガナサリスの腹部に、先程までは無かった石の鎧のような物が生成されている。刃は、それに当たって止められてしまったらしい。


その時、ハッとしてガナサリスの顔を見る。


ガナサリスの耳には、茶色の石がはめ込まれたピアスが光っている。光の反射ではなく、間違いなく光っている。


小さなピアスだし、魔具だと思っていなかったが、どうやらピアス型の魔具だったらしい。


ピキッ!


攻撃が止まったところで、ピアスにはめ込まれた茶色の石が割れて落ちる。

どうやら一度だけ、自分の身を守ってくれる類の魔具だったらしい。


ブォン!!


ガナサリスは、そのタイミングを待っていたと、左腕をフック気味に俺の胴体へ向けて振る。


「死ねええぇぇぇ!!!」


「うおおおぉぉぉぉ!!!」


ブォン!!


バキャッ!!


俺とガナサリスの咆哮が重なり、ガナサリスの左腕が振り抜かれる。


奥の手というのはこういうものの事を言う、という典型的なものだった。

自分の窮地を一転して、チャンスに変えてしまうようなもの。


俺が油断していたわけではない。ガントレットに何か別の物が仕込んである可能性も考えていたし、それが魔具だという可能性まで考えていた。

しかし、ガナサリスは、自分の左足の傷を敢えて受け止め、致命傷となる胴への攻撃のみを防いだ。左足の内太腿を切り裂いた時、俺は防御魔法の存在を無意識に除外してしまった。敵ながら、なかなか出来る選択ではない事を考えると、天晴れとでも言いたくなる程だ。

肉を切らせて骨を断つ、などとは言うが、言う程簡単なことではない。


二転、三転として、次は俺が窮地に立たされてしまった。

そんな状況で俺に出来る事は限られる。


既にガナサリスの攻撃を後ろへと跳んで避ける時間は無い。また、受け止められるようなパワーでもない。

俺が唯一生き残って勝てる可能性が有るのは、止められている刃を、無理矢理ガナサリスに突き立てる。これしかない。

俺は刃が止められたと認識した瞬間に、ガナサリスの心臓の真上に、刃を垂直に突き立てるように移動させる。そこから、放していた右手の掌で柄頭を全力で叩き込む。

石の鎧は健在だったが、それを突き通し、ガナサリスに致命傷を与えた上で、ピッタリと体を寄せ、腕の内側へと入り込む。それしか助かる道は無いと考えた結果の行動だ。


迫り来る左腕のガントレットを前に、俺は右腕に神力を集め、全力で柄頭へ打ち付けながら、ガナサリスの方へと寄る。


桜咲刀の切っ先は、石の鎧を突き破り、ガナサリスの肌、肉、骨、そして心臓を突き抜け、根元までずっぷりと入り込んだ。


「がぁっ!!」


これ以上は無いという致命傷を与えた一撃に、ガナサリスの口から痛みに耐える声が出てくる。


ザシュッ!

「っ!!」


俺が後ろではなく、前に出てくるという選択肢を取るとは思っていなかったガナサリスの左腕は、予想通り、俺を抱えるような形で振られた。


しかし、流石に完全回避は出来ず、俺は背中をガントレットの刃で斬り付けられてしまった。互いに攻撃は当たったという状況だが、俺の攻撃はガナサリスの心臓を貫いたのに対して、ガナサリスの一撃は骨にすら到達していないはず。悪くない結果と言えるだろう。


「この……やろゴフッ!」

ビチャビチャッ!


ガナサリスは張り付いた俺に悪態を吐こうとするが、その代わりに大量の血が口から溢れ出してくる。

どうやら心臓だけではなく、他の臓器も傷付けられたらしい。


「………………」


ドンッ!ザシュッ!


「く……そ………」


ドサッ!


俺は、何も言わず、ガナサリスの体を押し退ける。

ガナサリスはヨロヨロと後ろへと下がり、刀が引き抜かれると、自分の胸部に手を当てて、恨めしそうな目をした後、仰向けに倒れる。

まだギリギリで息は有るみたいだが、もう立ち上がる事も出来ないだろう。


「っ!!」


ガントレットの刃で斬られた背中がズキリと痛む。体を前に倒しても後ろに倒しても激痛が走る為、直立不動で居るしかないが、表情は痛みに歪む。


ここで痛がっている場合ではない。ニルとスラたんの援護に入らなければ!


俺は痛む体に鞭を打って、二人の居る方向に体を向ける。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



シンヤがガナサリスとの死闘を繰り広げている時、ニルとスラたんは……


「このっ!!」


ご主人様がガナサリスの方へと走り出した瞬間、コクヨウの腕が持ち上がり、何か細く小さな金属製の物を投げたのが見えた。ううん。投げたと言うよりは、射出したといった方が正しい表現かもしれない。仕組みは分からないけれど、多分、弓やバリスタのような物だと思う。それの凄く小さな物。腕のどこかにそういう物を装着していて、いつでも打ち出せるようにしてあるのだと思う。


連射しないのを見るに、恐らく弓やバリスタと同じで、毎度装填が必要な物に違いない。


それを見たスラタン様が、コクヨウに向かって走り出して、次の攻撃をさせないように、接近戦を仕掛けに行く。この戦場のど真ん中という配置では、スラタン様もスライム達を呼び寄せる事が出来ない。となれば、魔法の苦手なスラタン様は、アイテムを使うか、接近戦で相手を仕留めるしかない。アイテムは使い慣れていないだろうから、戦闘の補助的な役割として考えていると思う。つまり、二本のダガーで仕留める事を考えているはず。コクヨウは色々な武器を使うけれど、スラタン様ならば大丈夫だと思う。


コクヨウが、ご主人様に手を出した瞬間は、一瞬頭に血が上って、私がコクヨウに斬り掛かろうかと思ってしまったけれど、私の相手はヒョウド。自分で任せて欲しいと言ったのだから、きっちり私が仕留めなければならない。


「ふー……」


スラタン様とは違い、私とヒョウドの立ち上がりはかなりゆっくり。一応、勝ち目が有ると思って任せて欲しいと頼んだけれど、相手はご主人様と同じ渡人。一筋縄で行くとは思えない。慎重に慎重を重ねて、確実に仕留めなければ。


カンッ!キンッ!


スラタン様とコクヨウは、草原の上を自由自在に動き回って、互いの走っている軌道と軌道がぶつかる度に、空中に火花を散らしている。


私は横目でそれを見ながら、盾を構えつつヒョウドとの距離をジリジリと縮めていく。


先程打ち合った時、スピードやパワーは、やはり渡人のそれだと感じた。身体能力だけで言えば、私を軽く凌駕する。

しかし、ヒョウドの剣は、それなりに振れているけれど、剣術とは違うものに感じた。これは憶測だけれど、ご主人様とは違って、剣術自体を誰かに教わった事が無いのではないかと思う。

人を殺す事に関しては躊躇が無いけれど、ステータスが高い分、それ程卓越した剣術が無くても相手を圧倒出来る。だから、これまで剣術の必要性を感じなかったのかもしれない。もしくは、ヒョウドの着ている防具の性能が高過ぎて、攻撃を受けても問題にはならないから、剣術を必要としないのかもしれない。

どちらにしても、身体能力では負けていても、剣術では負ける気がしない。つまり、剣術勝負ならば負けないという事であり、それはヒョウドの剣術の腕によって、私が攻撃を受ける事は無いという事になる。かなりの極論だけれど、注意深く攻撃を見てさえいれば、ヒョウドとの戦闘では、大きな一撃は貰わずに済むはず。


ただ、それでもヒョウドの防具の性能が変わるわけではないので、こちらの攻撃も通らないというのは一緒。

だから、いくつかの戦法を考えている。


「まずは……」


私は、先程こっそりとご主人様から渡して頂いた、ラージスライムからスラタン様が作り出した溶解液を、盾を構える手の中に隠し持っている。

全身鎧の無効化と考えた時、まずは誰しもが考え付く事だと思う。金属製の武器や防具を簡単に溶かしてしまうラージスライムを見た事が有る人ならば尚更。

でも、正直なところ、溶解液で鎧を溶かす事は出来ないのではないかと思っている。

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