第475話 ガナサリス
「おいっ!逃げろ!!」
ガナサリスは、側近二人に向かって叫ぶが、俺は既に走り出している。今から逃げてももう遅い。
残った側近二人は、体の前面のみを守るような金属製の防具を身に付けている。素早く片付けるならば、正面からの一撃を無理に通そうとするより、側面、もしくは背面から攻撃を当てに行くべきだろう。もしくは搦手が効果的だ。
勿論、それは相手も分かっている事だから、単純に回り込もうとしても回り込ませてはもらえないし、搦手には注意しているだろう。
そこで、腰袋から取り出したのがスレッドスパイダーの糸に毒を塗った毒糸。強い毒で扱いが難しいアイテムだが、小さな傷を与えるだけでも相手を殺傷出来る攻撃力は、それを補って余りある性能だ。
それに、先程ニルが使った時に、良い使い方のヒントをくれた。
俺は走りながら、棒状の木に巻き付けて保管している毒糸を解く。
シュルシュルと解けて空中に漂う毒糸。
走っているせいで、糸の動きがランダムになり、なかなか動きを制御出来ないが、大雑把でも問題は無い。
「クソッ!死ね!」
ブンッ!
側近の二人は、互いに互いの背中を守り合うように俺への攻撃を開始する。既に俺との距離は剣の届く距離で、逃げられないと判断したのだろう。
「チッ!」
後ろに下がったガナサリスは、舌打ちをしながらも、俺の方へと走って来る。数的優位をここで手放すのは惜しいとでも思ったのだろう。
しかし、ガナサリスの攻撃や瞬発的なスピードについてはそこそこだと思うが、走ったりする時のスピードは常人以下。盛り上がる程に鍛えた筋肉が、寧ろ邪魔になるのだろう。
「このっ!」
ブンッ!
「クソッ!」
ブンッ!
側近の二人が何度も剣を振るが、俺はそれをヒョイヒョイと軽く避けながら、二人の間を何度か行き来し、ガナサリスが到着する前に二人の間を抜ける。
「ガナサリス様!」
二人は何とか俺を退けたと思い、近寄って来たガナサリスに顔を向ける。
「……おい!」
ガナサリスは、近寄って来た事で、二人の体に絡み付いた細い糸に気が付いたらしく、手を伸ばすが…
ドサッドサッ!
ガナサリスの手が二人に届く前に、突如事切れた二人が、その場に倒れ込む。
「っ!!」
スレッドスパイダーの糸は、丈夫で非常に細い。
ニルが世界樹の根の上から、下にいた連中を毒糸で屠った時、鎧を着ていたにも関わらず、敵はバタバタと倒れていった。
それは、スレッドスパイダーの糸が、鎧の継ぎ目等の隙間に入り込み、肌に触れ、小さな傷を与えたからだ。
刃では通すのが難しい隙間だとしても、細く丈夫な糸ならば、簡単に通す事が出来る。
但し、糸が自分の体に引っ掛かっている事に気が付かれた場合、相手は当然外そうとする。斬撃とは違って、触れた瞬間に攻撃が決まるわけではなく、糸を一定以上の力で引っ張り、肌が切れる圧力となった時、初めて攻撃となる為、糸を引っ掛けて直ぐに気付かれてしまっては、なかなか攻撃を決める事が出来ない。
しかし、これについても、ニルが正解を教えてくれた。それが、敢えて糸をピンと張らない事だ。
風に乗せるようにフワフワと漂わせ、触れた事に気付かれないように、そっと絡ませる事で、相手に気付かれないように絡ませる事が出来る。視認性の悪い糸である事を利用して、他のこと…つまり、ニルの場合は風魔法、今回の場合は俺自身に注意を持って来て、糸の存在を相対的に隠蔽する事で、戦闘中でも、いや、戦闘中だからこそ気付かれないように糸を使う事が出来るのだ。
こうして、俺は糸を側近の二人に気付かれないように絡ませ、最後に引っ張る事で二人に毒を仕込み、絶命させたという事だ。
「この野郎!!」
ズガァンッ!
ガナサリスがガントレットを地面に打ち付けると、ピンと張っていたスレッドスパイダーの糸が切れる。
「姑息な手段を使いやがって。」
「盗賊にそんな事を言われる筋合いは無いと思うがな。」
ガナサリスに返答しながらも、スラたんとニルに視線を向けると、まだ戦闘中の様子だ。二人共大きな怪我も無さそうだし、落ち着いているように見える。
「チッ…まあ良い。俺一人で十分だ。」
側近二人の死体を見て、舌打ちをするガナサリス。
自分の胸部に出来た浅い傷の事は無視して、先程は助けようとしていたはずの二人を、今はゴミでも見るような目で見ている。元々仲間として見ていたというよりは、俺を確実に、そして安全に殺す為の武器とでも考えていたのだろう。壊れてしまった武器に用はないというところか。
「そろそろ街の門も破壊出来ただろうし、こんな場所でゆっくりしている時間は無い。こっちもそろそろ本気でいかせてもらうぞ。」
そう言ってガントレット同士を、また打ち鳴らすガナサリス。
これが今までの相手ならば、本気で、という言葉を鼻で笑っていたところだが、ガナサリスの場合は違う。本気を出したとしても、ガナサリスの戦闘における動きは、恐らくそれ程変わらないだろう。そこまで余裕が有るようには見えなかった。しかし、これがガナサリスの全てだとも思っていない。特に俺が気にしているのはガントレットの事だ。
ここまでの戦闘で、ガナサリスはガントレットを手に巻き付けた金属としてのみ使っていた。言ってしまえば、金属製のパンチンググローブみたいな使い方だ。いや、ガントレットの役割は、まさにそのままなのだが、それであるならば、もっとコンパクトにして重さを控えた方が、扱い易いし、攻撃のスピードが上がる。ガナサリスのパワーならば、ガントレットの自重が減っても、相手に与えるダメージは十二分であるはずなのにだ。
それを、敢えてゴツいガントレットにしているのは、恐らく何かガントレット自体に仕掛けが有るからだと思う。
どんな仕掛けかは分からないが、それを発動させてからが、ガナサリスの本気という事だろう。
それが分かっているからこそ、俺はその言葉を額縁通りに受け取る。
それにしても、最初にコクヨウから横槍が入ったが、あれ以来、こちらには横槍が一切入っていない。スラたんが上手く抑えてくれているのもあるだろうが、俺の方への横槍が一番多いだろうと思っていたのに…拍子抜けな感じがする。
というのも、基本的に誰に対しても相性が悪いとは言えないのは、俺とガナサリスのみ。つまり、俺達にとってはガナサリスが、向こうにとっては俺が残るのが一番厄介だという事だ。それは互いに分かっているから、側近達が居て数的優位を取れている間に、コクヨウ辺りが飛び道具を使って邪魔をしてくると思っていたのだ。
それが蓋を開けてみたら、最初の一度だけ。
逆に、スラたんとニルが俺への援護として、ガナサリスに攻撃出来ないのは何となく分かる。
スラたんは腰袋にアイテムを持ち合わせてはいるが、ニルのように使い慣れていない為、下手に俺の方へ投擲は出来ない。当然だが、コクヨウをフリーにして俺の方へ走るわけにもいかない。
ニルは、何か案が有るような表情はしていたが、ヒョウドという男とは、装備的に大きく差がある為、手が離せないだろう。
だからこそ、コクヨウの横槍が俺に入る事で、その効果は非常に高くなるはずなのだが、それが無いとなると、コクヨウはヒョウドと連携してニルかスラたんのどちらかを集中的に攻撃しているのかもしれない。
ガナサリスとヒョウド達は、前からの顔見知り的な発言をしていたが、ヒョウドとコクヨウはプレイヤー同士で、更に以前から一緒だったとすると、互いの連携に自信が有り、それを優先した…というところだろうか?
スラたんとニルの連携は、それなりに練習しているものの、とてつもなく素晴らしいという程のものではない。これは…急いで二人の援護に入らなければならないかもしれない。
俺はそこまで思い至ったところで、桜咲刀を持つ手に力を込める。
ギュッ…-
柄糸を握る音が小さく鳴る。
「行くぞオラァァ!!」
ガンッ!!
ガナサリスが地面を蹴り、地面の土が大きく抉れる。
まずは左手による正拳突き。
特にガントレットには変わった様子も無く、そのまま俺の顔面目掛けて進んで来る。
先程までと同じ……?
俺は疑問に思いつつも、警戒心をMAXにまで引き上げて、突き出される左腕を回避する為、体を右へと移動させる。
ジャキンッ!
「っ?!」
その瞬間、ガントレットから金属の擦れる音が聞こえて来る。
そして、ガナサリスの突き出すガントレットの左右から、闘牛の角のような形をした刃が飛び出して来たのだ。
突然拳の幅が広がり、攻撃の有効範囲が増大した事で、回避しなければならない距離が変化してしまったのだ。
ガントレットと言えば、こんな仕掛けが施されているアニメや漫画を何度か見た事が有るし、こんな事も有ろうかと、余裕を持って回避行動に移っていたが、それでも尚、避けられるかギリギリだ。
俺が焦った反応を示した事で、ガナサリスは片方の口角を上げる。
「っっっ!!」
俺は体が折れてしまうのではないかと思う程に横へと曲げる。
ザシュッ!ザシュッ!
鋭い痛みが左腕に走り、俺は顔を歪める。
ガントレットの刃を避け切れず、付与された黒防砂が弾け飛び、左の二の腕を斬り付けられてしまった。
攻撃自体は、ほぼ触れただけのようなもので助かった。もし、もう少しでも攻撃が横にズレていたら、俺の左腕は、骨が砕け、肉は抉られていた事だろう。
傷が深くならなかった事はラッキーだったが、この流れの中で、先に傷を負わされたのは痛い。
毒の使用を疑い、直ぐに解毒薬を飲もうと腰袋に手を伸ばしながら下がるが、ガナサリスはそうはさせないと大きく前に出てくる。とてもではないが腰袋から解毒薬を取り出して飲んでいる暇など無い。
「くっ!」
「休む暇など与えるかよ!」
ここぞとばかりに全力で圧力を掛けてくるガナサリス。
ジャキンッ!
左腕のガントレットにも刃が生えて、両手が恐ろしく危険な物体に変わってしまった。
ブォン!!
俺が後ろへと飛ぶと、それにピッタリと張り付いて追って来て、ガントレットを大きく振る。一度距離を取りたかったが、振り切るのは難しいだろう。
今のところ、毒の効果らしいものは感じないし、このままガナサリスに対応するしかない。
「逃げてばかりじゃ俺は殺せないぞ!」
ブンッ!ブォン!
挑発的な言葉を吐きながら、俺にまとわりつくガナサリス。反撃したいが、ガントレットの攻撃範囲が大きくなり、避けるだけで大きく移動せざるを得なくなり、必然的に俺は後手に回る事になってしまう。
ガナサリスの攻撃を避ける事に必死になっているだけでは、この戦闘には勝てない。
「オラオラッ!!」
ブンッ!ブンッ!ブォン!
右腕を横へ振り、その後左腕を突き出し、次はアッパーと、攻撃も多彩だ。
なかなか攻め入るタイミングが掴めず、目の前を通り過ぎるガントレットを、何度も眺める事になってしまっている。
何とかガナサリスの連撃を避けてはいるが、クァーナとの戦闘時とは違い、ひたすら続く連撃と、攻撃のスピード、パワーによって、相手の攻撃を読み切ったとしても余裕を持って避けられるわけではない。
「くっ!!」
ブンッ!
体が重いとまでは言わないが、疲労によって絶好調とは言い難い状態で、攻撃を避けるのがやっと。
ここに来て、殆ど絶えず戦闘を続けてきた俺達の疲労がネックになり始めている。
ガナサリスは、俺達がここに来るまで、ただ座って戦場を眺めていただけで、体力が減るわけもなく、
何かしようにも、ガナサリスの連撃の合間に出来る事など僅かしか無い。
「いい加減死ねや!!」
ズガァンッ!
ガナサリスが、俺へ振り下ろしの攻撃を行い、それを後ろに飛んで避けると、ガントレットが地面を叩き割る。
そこでやっとガナサリスとの距離が開いたが、直ぐにまた詰め寄って来るはずだ。後ろ向きに進むのは、素早く行える事ではないし、このタイミングで何か仕掛けないと、ガナサリスの独壇場になってしまう。
魔法はこの状況では使えない。アイテムは戦況をひっくり返す程の物が無い。
桜咲刀一本で、何か大きく戦況を変える一手を打たなければ……
後ろへと飛びながら、やっと解毒薬を取り出して飲みながら、俺は自分の思考を高速で回し続ける。
剣術によってガナサリスへ大きな一撃を入れられるのが一番だが、問題はガナサリスのスムーズな連撃以外にも有る。
それは、ガントレットの左右から生えている刃だ。
ガナサリスのパワーにも負けないように、それなりの厚みを有し、湾曲した刃なのだが、この湾曲したというのが非常に厄介なのだ。
何が厄介なのかと言うと、ガナサリスへの、桜咲刀による攻撃を行った場合、もし、ガントレットと生えている刃の間に、桜咲刀の刃が入った場合、手首を回すだけで、刀を絡め取ってしまう。いや、ガナサリスの力ならば、最悪、テコの原理で刀が折れてしまう。今の状況で刀が折れてしまえば、どうなってしまうのかは子供でも分かる事だ。
それを考えてしまうと、下手なタイミングで刀を振れず、それがまた反撃の手を止めてしまう原因にもなっている。
ガントレットから左右に一本ずつ角のような刃が生えただけなのに、ここまで戦況が悪化するとは…流石は巨大盗賊団の頭領だ……と感心している場合ではない。
刀を振るにしても、ガナサリスを一撃で仕留められる程のものでなければ、この連携の流れを断ち切る事は出来ない。少なくとも、著しく行動を制限するようなダメージを与えなければ、話にならない。
相手に戦闘の主導権を握られている状況、相手の武器、俺が受けたダメージと疲労……それらを総合的に考えて、俺が取れる行動を決めて行く。
ガナサリスは強い。
それは認めざるを得ない事実であり、そこに盗賊だという事や、性格がどうのという事は一切関係無い。
ガナサリスが地面に打ち付けた腕を持ち上げて、俺の方へ向かって走って来る。
カチャッ……
俺は腰の高さに刀を構える。刃が腰から左真後ろに伸びるように刀を引いての構えだ。
「…………」
ガナサリスも、俺の雰囲気が変わった事を感じ取ったのか、ここまでやけに開いていた口を閉じ、俺の一挙手一投足を見逃すまいと、目を凝らしつつ、接近してくる。
俺の構えは、鞘に収めて構える居合に近い。
鞘に入っていない事と、左手を鞘ではなく柄に置いている事だけが居合の構えとは違う。
つまり、左手を
普通、刀というのは柄を握る時、両手共に順手で握る。刀に対して、手の甲が左右に向いている状態だ。しかし、左手だけ逆手にすると、手の甲は刀の右側に両方向く事になる。
人間の腕の構造上、この状況では、刀をどちらかに回す時、必ずどちらかの手を離さなければならなくなる。
例えば、時計回りに回し、刀を垂直に振り下ろそうとした時、左手はそこまで回らない為、一度手を離し、順手に持ち替えてから振り下ろす事になる。
逆に、反時計回りの場合は右手を離さなければならない。
そんな非効率的な構えを取る者は…少なくとも俺は見た事が無い。
他にも、単純に逆手で刀を振るというのは、力の伝え方が順手とは大きく異なる為、振り難いという事も関係しているだろう。
しかし、この非効率に見える、独特な構えこそが、天幻流剣術、
「オラアアアアァァァァ!!!」
俺の構えに対して、突撃を仕掛けてくるガナサリス。
どんな攻撃が来ようと、全て力で捩じ伏せてやると言わんばかりだ。
もし、ここで俺の剣技が通用せず、ガナサリスの攻撃を直に貰ってしまえば、まず間違い無く戦線への復帰は無理な状態になるだろう。最悪、即死だ。いや、ガナサリスのパワーを考えれば、即死の方が確率としては高いだろう。
突撃してくるガナサリスに対して、俺は腰を落とし、右足を前に、体を左に軽く開いて、どっしりと構える。
「はああぁぁぁっ!!」
ガナサリスの突進に対して、俺は左下から右上に抜けるように、左足を前に出しながら、刀を両手で振る。振るというより、体勢的には押すの方が近い動作かもしれない。
俺の構えは、左側に開いた格好であった為、いきなり右から刀が伸びて来る事は無い。ガナサリスとしては、自分の右側から伸びて来る攻撃に気を付けてさえいれば良い事になる。
それが分かっていれば、俺の動きを見て、刀の軌道を見てからでも、十分に防御は間に合う。
ガナサリスは、自分の右下から迫って来る刃に対して、右腕を曲げて刃を受け止めようとする。ガントレットは武器でもあり、防具でもある為、俺の攻撃に対して腕を曲げるだけで、攻撃を止める盾の役割を持たせる事が出来る。
キィン!
当然、俺の押し出した刃は、ガントレットに当たり、ガナサリスに対する攻撃は通らない。
「死ねぇ!!」
これに対して、ガナサリスは残しておいた左の拳を俺に向けて突き出す。
ギャリッ!
「っ?!」
しかし、剣技、朧はここからがその本領である。
そもそも、あの構えから放てる攻撃など、左下から右上に抜ける攻撃しかない。それなのに、敢えてあの構えを取る朧は、基本的に二段階の攻撃を想定しているのである。
攻撃と言うのだから、最初の一撃にも、当然ながら殺傷力は有る。
一撃目を囮だと考えて受けない、もしくは適当に受けようとした場合、強引に刃を振りぬく事でそのまま相手を押し斬る事が出来る。
そうなれば、そこで終わりである為、二撃目を放つ必要は無いのだが、まあ、大抵はガナサリスのようにしっかりと受け止めるか、避ける。
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