第461話 神殿

教会もやけに豪華絢爛だったが、それを軽く超えてくる建築物である事は、一見しただけで理解出来る。


「どうやら、フヨルデは聖職者側との強い繋がりが有るみたいだね。」


「みたいだな…ニル。そうなると、色々と厄介な事になりそうだが、具体的にどんな問題が生じるか分かるか?」


「そうですね……」


ニルから聞いた話をまとめると…


神殿や教会、特に神殿というのは、神をまつる為の建築物である為、そこを襲撃するとなると、神を冒涜する行為に認定されてしまう。つまり、相手にとっては、神の尊厳を守る為の聖戦という事になるのだ。


相手にとって、聖戦となるという事は、正義は我等にあり!という事になるわけで、俺達は完全な悪党になってしまう。

つまり、神殿に攻め入ろうとした時点で、教会でやったような人心掌握のような手は一切使えなくなるという事。

相手に俺達を殺す大義名分が与えられるわけだ。


他にも、俺達が神殿を襲ったという事は、街から街へ、村から村へと話が広がって行くだろうということ。つまり……聖職者側とも事を構えるという流れになる。

ただでさえ敵が多いのに、そこに教会側の者達まで加わるとなれば、旅が厳しくなるどころの騒ぎではない。

当然、信仰心の厚い者達が多い街や村では、施設の利用や宿泊は出来なくなるし、それどころか、街を追い出されるか、最悪、命を狙われる危険さえ有る。


そして、最後に……

この街で信仰しているのは、フロイルストーレ。つまり、魔族が崇める神と同じ神である事が最も大きな問題となる。

神聖騎士団は、別の神を崇めているから、この問題には関係の無い事だし、そもそもガッツリ敵対しているから関係無い。しかし、俺達が今から助けに行こうとしているのは魔族。フロイルストーレをかなり強く信仰している者達である。

俺達が神殿を襲ったという話は、間違いなく黒犬によって魔界へ届けられ、魔族全体が敵となり、助けるどころの話ではなくなってしまう。完全に詰むという事だ。


「なるほど…それを狙っての事なら、フヨルデは最高の避難所に入っているという事か。」


「敵が居るからと、簡単に手を出せる場所ではありません。」


「いっその事、神殿ごと吹き飛ばすのは駄目なのかな?」


「それこそ危険です。

中にいるフヨルデのみを殺したのであれば、言い訳くらい出来るかもしれませんが、神殿を吹き飛ばしてしまったならば、言い訳も何もありませんからね。」


「でも、誰がやったかなんて分からないでしょ?」


「あのサイズの神殿を吹き飛ばせる者が、ご主人様以外にそう何人も居るとは思えません。間接的にバレてしまいますよ。

それに、誰がやったかというのは、この際問題では無いかと。」


「神殿が吹き飛んだという事実さえあれば、後はどうとでもこじつけられるという事か。」


「はい。」


「フヨルデが勝手に吹き飛ばして、僕達のせいにするって事は無いのかな?」


「絶対に無いとは言い切れませんが、まず無いと思います。

フヨルデが神殿内部に居るのであれば、神殿という建物自体が、強固な防御壁の役割を担っているので、それを自ら壊そうとは思わないはずです。

それに、実際に私達が攻撃を仕掛けているかいないかは、街の者達が見ていますので、自作自演は難しいでしょう。」


フヨルデだけではなく、黒犬達が魔族に話を流すにしても、証人となる者達が居ると居ないとでは大きく違ってくる。

俺達が攻撃を仕掛けていないのに、あいつらは神殿を襲撃した!と騒いだとしても、嘘は直ぐにバレてしまう。


「つまり、僕達が神殿に手を出さなければ、噂を流される心配は無い…という事だよね?」


「はい。

教会の襲撃については、アミュによる、鐘楼からの射撃を誰もが見ていたので、教会を狙っての事ではないという事は一目瞭然でした。ですから、相手も教会襲撃を話の元にする気は無いと思います。

何より、私とご主人様で、聖職者の方を断罪し、それを見ていた住民や兵士達が居ます。下手な噂も流せないでしょう。

しかし、あのサイズの神殿で、アミュのように、先に攻撃を仕掛けて来る者が居ないとなれば、私達が悪役に仕立て上げられるのは目に見えています。」


「とはいえ、フヨルデが中に居るなら、何とかしないとだよね?」


「でもこちらからは手が出せない…八方塞がりだな。」


「嫌な戦法ばかりだね…盗賊らしいといえばそうなのかもしれないけどさ…」


「これは盗賊というよりは、貴族達の考えそうな戦法です。恐らくフヨルデや、黒犬辺りの戦法でしょう。」


「どいつもこいつも、俺達を潰そうと必死だな。」


「狙われる立場ってのは辛いものだね…で、どうするの?こちらから手が出せないとなると、やれることは少ないよ?」


「………一旦放置だな。」


「うぇ?!放置?!」


スラたんがとてつもなく驚いて目を丸くする。


「今現在手が出せないんだから、無理に手を出す必要は無いだろう?」


「で、でも、ハイネさんとピルテさんの狙いは、この神殿だよね?!」


「んー……」


スラたんの言いたい事は分かるが、どうにもしっくり来ない。


「えっ?!違うの?!」


「この神殿にフヨルデが居ると分かっただけならば、ハイネとピルテが急いでこちらに移動する必要は無かったはずだ。どうせ手が出せないんだからな。」


「…い、言われてみると確かに…」


魔族であるハイネとピルテは、神殿への攻撃がどういう意味を持つのか、ニルよりも詳しく把握しているだろう。神殿に居ると判明しただけならば、手が出せない事も理解しているはず。

それが得られた情報ならば、急ぐ必要は無い。

それに、ハイネとピルテは、神殿より更に北側に居るらしく、先程から殆ど動いていない。


「ハイネとピルテが神殿に入っているならばまだしも、ここより北側に居るとなれば、別の件で移動したと考えた方が良い。

だから、今は放置だ。まずはハイネとピルテの思惑をしっかり把握する事を優先だ。」


「そ、そうだね。分かったよ。」


神殿を迂回して、俺達は更に北へと向かう。


しかし、進んでも進んでも、ツインスライムは北側を指し示している。

結局、かなり北側まで移動したところで、ハイネ達が居るであろう場所が、北門の近くだという事が分かった。その頃には、日が沈みかけ、空は青色から赤色へ、そして藍色へと変わっていた。


「この辺りは、住民が殆ど居ないみたいだね。」


「あれだけ大きな神殿が在るんだから、避難したんじゃないのか?」


「それもそうだね…でも、その代わりに兵士達がやけに多いのは僕の気の所為じゃないよね?」


「気の所為じゃないな。間違いなく多い。」


神殿の周りにも兵士達はかなり居たが、北門付近にも兵士達が多い。


「何故こんな場所に兵士達が集まっているのでしょうか?」


「……それが、ハイネとピルテの移動した理由かもしれないな。」


「フヨルデが逃げようとしている…とかかな?」


「…………………」


これだけの数の兵士達が揃っていて、フヨルデが逃げ出すとは思えない。下手に逃げ出して、兵士達から離れるより、神殿に引き篭っていた方が安全だと考えるはずだ。

だが、そうすると、北門に兵士達が集まっている理由が説明出来ない。他に何か北門に集まる理由が有るのは間違いないだろうが……


「ハイネさんとピルテさんが、敢えて移動する事を選んで、北門に来たという事は、何かするつもりだよね…?何をするか分からないなら、合流を急いだ方が良いんじゃないかな?」


「そうしたいのは山々だが、ここから先は兵士達が多過ぎる。ハイネとピルテは隠密に長けているから進めたのかもしれないが、俺達ではサクッと見付かって大騒動になる。」


「それなら、僕が」

ズゾゾゾゾゾゾゾゾッ!


どうするべきか、話し合いをしている時、遠くに見える北門に、真っ黒な植物の蔦らしきものが這い上がって行く。


「あれは……」


「ハイネさんとピルテさんの…ダークローズイヴィ!」


吸血鬼魔法の中でも、足止めに使われる魔法で、薔薇ばらの蔦が伸び、その棘に刺されると、付与されている毒を受けてしまうという魔法だ。

魔法を使用する為に必要となる媒体も多く、設置型の魔法で、使用するのに時間が掛かる為、使い所が難しいと聞いた。それを北門に…?


「北門を……封鎖した…?」


ダークローズイヴィは北門が開かないように表面を覆っている。


「どういう事でしょうか…?」


「……………………」


俺達三人は、頭をフル回転させる。


スラたんが言っていたように、フヨルデが逃げようとしていて、それを阻止する為に北門を封鎖した…?

可能性がゼロとは言えないが、それならば北門を封鎖するなんて大掛かりな事をするより、フヨルデ本人を狙った方がずっと効率的だ。

フヨルデの周りにはプレイヤーやハンドも居るだろうし、それを相手に出来ないから、北門を封鎖して足止めしたと考えられなくもないが、プレイヤーが居るならば、ダークローズイヴィを断ち切る事は難しくはない。

それなりに頑丈な蔦である事は知っているが、プレイヤーの斬撃を止められる程の強度は無いはずだ。つまり、労力は掛かるのに、足止めの効果はかなり薄い。プレイヤーが断ち切るまでの数秒程度しか稼げない。そんな事に労力を割くような二人ではない。

という事は、フヨルデやロクスが逃げるのを防ぐという目的ではないはず。


逃げ出すのを防ぐ目的ではないのだとしたら、門を封鎖する理由は一つしか無い。


「何かが入って来るのを防ぐ目的で展開したのか。」


俺達は街の中に居て、門の内側に張られたダークローズイヴィを見たから、ついつい脱出の阻止だと考えてしまったが、門の開閉を防ぐ為ならば、両面に魔法を展開しているはず。

北門に集まっている兵士達は、入って来ようとしている何かに対する出迎えだと考えれば納得もいく。


「なるほど!そういう事か!出ようとしているのではなくて、入って来るのを防いでいるのか!

…ん?あれ?でも、誰が?」


今、この街が戦闘区域になっている事は、門を閉ざしている事や、南門が破壊されている事から、簡単に推測出来る。そんな街に、敢えて入ろうとする者であり、兵士達の出迎え付きとなれば…


「ハンターズララバイ…その中の誰かによる援軍か…」


「えっ?!」


既に、この街に居た何人かのプレイヤーが死に、状況が変わりつつある。圧倒的不利な状況から、割と不利な状況…程度には戦場が動いていた。

このまま事が進めば、フヨルデやロクスにも手が届くかもしれないというところまで来ている。

それがこの一手で一気に引き戻される。いや、最初よりも悪化した。最悪だ。


「でも、ハンターズララバイは相互の干渉はしないって!」


「それは通常時の話だろう。ハンターズララバイという明確な組織としてまとまっているならば、有事の際は互いに助け合う事くらいするはずだ。」


「そんな…」


「状況は最悪だ……いや、ハイネとピルテのお陰で、最悪だけは回避出来ているか……」


門を封鎖した事で、現段階では外からの援軍が入って来てはいない。


「外からの援軍の情報を入手したハイネさんとピルテさんが、時間が無いと判断して門の封鎖に動いてくれたんだね。」


「現状はそれで助かっているとしても、それがどれだけ持つか分からないし、北門を抑え続けていたとしても、東西の門に回られでもしたら終わりだ。応急処置にしかならない。

俺達が破壊した南門まで回られたら…」


ジャノヤの街はかなり大きい為、北門からぐるりと回って南門まで向かうのはかなり時間が掛かる。しかし、回り込まれたならば、街への出入りは完全に自由だ。


「援軍がどれだけ居るかは分かりませんが、今、街中に入られてしまうと、私達だけでなく街自体が酷い事になってしまいます。

相手は街や住民の事などお構い無しでしょうから…」


「領民が居てこその領主…なのにね。」


「それを心の底から理解している領主は、この世界に一体どれだけ居るのでしょうか…」


「……少なくとも、この街には、そんな領主は存在しない。

領主の代わりとは言わないが、俺に住民の皆を助けられる力が有るなら、それを行使するべきだよな。」


俺は左腕に刻まれた紋章に意識を向ける。


聖魂魔法、アースウォール。

上部がギザギザした硬い土の壁を、長距離に渡って作り出せる魔法だ。とは言え、このジャノヤという巨大な街を覆う程の距離は不可能である。

壁の強度は高いが、破壊は可能で、暫くの時間稼ぎしか出来ないが、直ぐに外から攻め入って来る事はなくなるはずだ。


この聖魂魔法は、カリカンジャロスという土の精霊の力を借りて使う魔法である。

カリカンジャロスというのは、見た目が土色のゴブリンのような精霊で、人間の子供程度の大きさ、背が曲がっていて耳が大きく尖っている見た目をしている。見た目は人の感性的には醜いと言われるものだが、性格は内気で大人しく非常に優しい、あまり喋らない精霊である。因みに、ゴブリンに特有の悪臭は当然無く、近付くと心地良い土の匂いがする。


街全体をぐるりと覆うように壁を作れるのが最も良いのだが、カリカンジャロスの魔法は、それ程の広域、長距離の壁は作り出せない。

作れて外周の四分の一程度…といったところだ。それでも十分凄いのだが、敵の進行を食い止めるには少し心許ない。

二回分の聖魂魔法を使えば、半周分を囲う事も可能だが、外からの援軍が手に負えない程の多数だった場合、聖魂魔法の出番が来る。そして、その可能性は極めて高い。


半周を囲ったとしても、あくまで時間稼ぎの壁に多くを期待しても仕方無い。一先ずの時間稼ぎだけが目的なのだから、それが可能な壁が作れるだけで問題無い。

相手の術中にハマっているような気がして、どうにも嫌な感じがするが……住民達を犠牲にする事は出来ない。


キィィーーーン………


耳鳴りがすると、魔法が発動する。

範囲は街の外周。外壁の出来るだけ近くに沿うようにイメージする。


ズガガガガガガガガガッ!


北門を中心にして四分の一程を、外壁より更に高いアースウォールの壁が覆うように出現する。

アースウォールの壁は、外壁より三メートル程高い壁で、上部は鋭い刃物のように尖っている。乗り越えるのは難しいだろう。


「これで北門は大丈夫なはずだ。問題は、西門と東門だな……いや、それよりも、早く中の色々を片付けた方が良いか…」


「しかし、神殿には簡単に入る事が出来ませんが…」


「……やはり、西門と東門を封鎖するのが先か…」


「それよりも!早く住民を逃がさないと、敵の増援が到着したらこの街は戦場になるよ!」


「そうだな…」


迷っている暇など無いことは分かっているが、どれか一つを取れば、他の事までは手が回らなくなってしまう。

それに、未だ俺達は悪党扱いされているはず。そんな者達が逃げろと言って、素直に住民が言う事を聞くわけがない。

無理矢理脅して逃がすという方法も取ろうと思えば取れるが…神殿を襲撃するだけで、今後の動きに大きな影響を受けるという事なのに、住民を脅したなんて話が出たら、それこそどの街にも村にも立ち寄れなくなる。指名手配的な扱いになっても全然おかしくは無い。


「街の門を封鎖しよう。」


「住民は?!」


「俺達が出張っても、住民に話が通じるとは思えない。そこに時間を掛けるより、門を封鎖した方が効果的だ。」


「そ、そうだね…僕達は敵…だったね…」


悔しそうな顔をして拳を握り締めるスラたん。

こうして、何よりも先に住民の安全を考えるスラたんが、敵だと思われている現状は、どうにも納得出来ないものだけれど、こればかりはどうする事も出来ない。

俺達に出来る事はするつもりだが、出来ない事にまで責任を負っていてはキリが無いというものだ。


「ハイネとピルテはどうしている?」


「えっと………東門に向かっているみたいだね!」


「ハイネとピルテも、門を封鎖する事を優先するみたいだな。

俺とニルで西門を封鎖しに向かう。スラたんはハイネとピルテに合流して、二人を守ってくれ。住民達の誘導は……??」


俺はスラたんと分かれようとしたが、近くに人の気配がして言葉を止める。


スラたんの使役しているスライム達の索敵をすり抜けられる奴が居たとなれば、間違いなくかなりの強敵だ。


直ぐに腰から桜咲刀を抜いて、気配の方に向ける。


俺の反応を見て、スラたんとニルも同じように武器を抜いて警戒を強める。


「おいおい!待て待て!待ってくれ!」


両手をブンブンと大きく振りながら出てきたのは、左目から頬へ大きな傷跡が残る無精髭の男。


「ケビン?!」


俺達の前に出てきたのはテノルト村のケビンだった。


「ああ。俺だ。

やっと見付けたと思ったら、いきなりそんな殺気を放って来るなんて、俺達を殺す気かよ?」


「俺?」


「あー…えーっと……やっぱりSランクの冒険者って凄いのね…」


ケビンの後ろから出てきたのは、顔を真っ青にしたハナーサ。抑えていない殺気をぶつけたのだから、そんな顔にもなるか……ケビンとハナーサは仲間として認識しているから、スライム達が敵だと判断しなかったのだろう……ってそんな事はどうでも良い!


「なんでこんな所に居るんだ?!」


「なんでって、酷い言い草だな。助けに来たってのに。」


そう言って口角を僅かに上げるケビン。


「こんな場所に来たら危ないだろう?!」


「俺とハナーサなら大丈夫だ。相手には俺達の顔が割れていないみたいだからな。

ここまで来る間にも何人かの兵士達と顔を合わせたが、特に何も無かった。」


相手には気配を上手く消す連中も居て、もしかしたら二人の顔が割れているかもしれないという状況で、恐ろしい事を……

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