第462話 援軍

戦場のど真ん中に現れたケビンとハナーサに、俺は少し強めの声を出す。


「死んでいたかもしれないんだぞ?!」


「そうかもしれないが、俺達は死んでねえ。それで良いだろう?」


思わず溜息を吐きそうになってしまった。

子供達には無茶をするなと言っておきながら、自分がその無茶をするなんて…


ハナーサには危険が及ばないように注意していただろうが、ケビン自身は危険かどうかを自分の身で確かめたはず。


「今はそんな事はどうで良い。それより、西門と東門を封鎖して、街の住民を逃がしたいって事で良いよな?さっきチラッと聞こえてな。」


「そんな事って……」


文句を言いたい気持ちにはなったが、正直、俺も他人の事は言えないし、ケビンは元Aランクの冒険者だ。危険が迫っても、何だかんだで切り抜けられただろう。


それに、人手が一人でも欲しいと思っていたのは事実。ケビンとハナーサの顔が割れていないならば、街で自由に動ける人員が増えたと言える。当然、プレイヤーが絡んでいる今回の件に関わらせるつもりは無いが、街の住民の誘導や門の封鎖は頼める仕事だ。


「いや、そうだな。今はそれよりも住民の避難が優先だ。」


「よっしゃ!それは俺達に任せてくれ!」


「任せて本当に大丈夫なのか?」


「俺もハナーサも、この街にはそれなりにツテが有るからな。動かせそうな連中に声を掛けてみるつもりだ。見知った者からの言葉なら、住民達も耳を傾けるはずだ。」


敵として認識されている俺達の言葉は聞かないかもしれないが、ケビンとハナーサがツテとやらから話を流してくれれば、こんな緊張状態の街中なのだから、避難するべきだという声は一気に広がるはずだ。


「それに、門を封鎖するのも、魔法が使えれば問題無いさ。冒険者の知り合いに声を掛けて門を封鎖してやるさ。

だが、俺達の足では、一箇所が限界だから、東門を二人が封鎖しに行っているなら、俺達は西門に向かう。それで大丈夫か?」


「ああ。頼む。だが…」


「心配すんな。俺もハナーサも死にたくはないからな。上手くやるさ。」


「こう見えても、ケビンは元Aランクの冒険者よ。そんなに心配する事無いわ。私も、逃げたり隠れたりは得意なの。大丈夫よ。」


そう言ってハナーサはウインクする。


逃げ出した奴隷達の事や、村が森の近くに有る事。そういった事で、日頃から逃げたり隠れたりはしていると言いたいのだろう。


「分かった。そっちの事は頼んだ。俺達は俺達のやるべき事をやる。」


「何度も言うが…すまないな。本当にありがとう。」


ケビンとハナーサは、一度しっかり頭を下げる。


「そういうのは全て終わってからだ。無事に再会するぞ。」


「…ああ!」


ケビンとハナーサは、西へと向かって走り出し、建物の角を曲がり姿が見えなくなる。


「さてと…これでもかってくらいのハードモードだが、やるしかない。」


「最初から大変な旅になるとは思っていたけど、ここまでハードだと、頭がおかしくなりそうだね。」


「逃げられる最後のチャンスは、多分今だぞ?」


「冗談。皆を置いて僕だけ逃げるなんて選択肢、有るはずないよ。

それより、これからどうするつもりなの?」


「…外を叩く。」


「援軍の方を?」


「ああ。現状では、どう足掻いても神殿には手を出せない。吹き飛ばす事も出来なくは無いが、そうせずに済むならその方が良い。

それなら、手を出せる方から何とかするべきだろう?」


「簡単に言ってるけど、ハイネさんとピルテさんが焦って動き出すという事は、それだけの数という事になると思うけど…?」


「ご主人様の前に盗賊のような烏合の衆がどれ程居ようと、関係有りません。」


「……あはははは!そんな事を言えるなんて、きっとこの世界でもシンヤ君達だけだろうね!」


いや、俺は何も言っていないんだが……


「スラたんは、ハイネとピルテの援護に向かってくれ。」


北門が完全に封鎖され、ハイネとピルテが流れで東門に向かった事で、北門に集まっていた連中はそれを追って東門方面へと向かっている。

数が数だけに、ハイネとピルテだけでは対処しながら東門を封鎖するのは難しいだろう。

プレイヤーが居るかは分からないが、恐らく居ないと思われる。

元々、北門を開いて援軍を受け入れるだけの仕事だ。プレイヤーが同行するより、要所の守りをさせているはず。それに、プレイヤーの存在は、この世界ではそれなりに希少なはず。街の中に、まだプレイヤーが居るとしても、数人程度だろう。

問題は、援軍にどれだけのプレイヤーが混ざっているかだが…それは行ってみない事には分からない。


「了解!」


スラたんはツインスライムの反応を元に、東へと向かって走り出す。スラたんの足ならば、数分と経たずに合流出来るだろう。


「俺達は状況確認からだ。北門へ向かうぞ。」


「はい!」


俺とニルは足を動かして北門へと向かう。


ハイネ達が敵を引き付けてくれたお陰で、随分と手薄になっている。


援軍を叩くとなると、二人でどれだけの人数を相手にする事になるのか分からないが、戦闘中にスラたん達も合流してくれるだろう。


「しかしご主人様!本当に神殿は放置でよろしいのですか?!」


ザシュッ!


「俺達が外で暴れていれば、馬鹿みたいに出てくるかもしれない!好機だ!挟み込め!とか言って…な!」


ガシュッ!


俺とニルは、北門付近に残っている兵士達を片付けつつ、今後の行動を話し合う。


フヨルデ達がノコノコと出てくるようなら、その時に始末するなり捕縛するなり出来る。出来なくても、援軍さえどうにか出来てしまえば、後はゆっくり外側から固めていけば良い。何も強引に突撃するだけが攻撃ではないし、引き篭っている間に街にフヨルデの悪評を流せば、フヨルデの旗色は大きく変わってくるはずだ。

しかも、その悪評が事実となれば、住民達の心がフヨルデから離れるのに時間など必要無いだろうから。


「はあっ!」


ザシュッ!


最後の一人を、ニルが片付け、北門の前が静かになる。


「これで全部ですね。」


「気を抜くなよ。ハンドの連中が居るかもしれない。」


「はい。」


言うまでもなく、ニルは気を抜いたりしていないが、言葉にするだけで引き締まるものだ。


「まずは外壁に上がって、そこからアースウォールを越える。その後は休む間も無いだろうから、覚悟して越えるぞ。」


「はい。」


俺とニルは北の壁を上る。どうやら外壁の上に居た連中も、東側へ移動したようだ。アースウォールのせいで何も見えないし、破壊も難しいと判断したらしい。


毎度毎度、ニルには俺のハードモードに付き合わせて申し訳無く思っているが、ニルは何の躊躇いも無く、いつもの定位置で俺の後に続いてくれる。


ソロプレイをしていた時は、全て自分でこなすのが当たり前だった。一人なのだから当たり前の事なのだが……それが、今は後ろを気にする必要が無い。

ニルが居てくれる。それだけで、俺はどれだけの力を貰っているのだろうか。きっと、自分で思っている以上のものを、彼女から受け取っているのだろう。


「…??」


俺の視線に、首を少し傾げるニル。


ポンポンと頭を撫でてやると、いつものように擽ったそうに笑う。


「盗賊なんて、全てぶっ飛ばすぞ。」


「はい!背中はお任せ下さい!」


両手を拳にしてグッと腕を曲げるニル。

頼もしいやら可愛いやらで、顔が綻んでしまう。


「…行くぞ!」


「はい!」


俺とニルはアースウォールを飛び越える。


「っ?!」


街の外、北側には、大きな平原が続いていた。

多少の起伏は有る地形だが、木々が少なく、地面に生えている草の背丈は低い。

既に暗くなった空には満月。青白い光が優しく降り注いでいる。


そんな綺麗な景色の中。


草原を埋め尽くす程のランタンや松明の明かりが見える。


百や二百ではない。数千…いや、数万にもなるような敵軍が、北側から向かって来ているのが見える。


ゴウッ!


俺とニルは風魔法でゆっくりと体を着地させた後、その数の多さに冷や汗を流す。


「おいおい…この数は流石に聞いてないぞ…」


まだ全ての者達が街に到着するまでには時間が掛かるだろうけれど、既に近くまでは来ている。

いくら対多人数の戦闘には慣れているとはいえ、流石に数が多過ぎる。


「この数……ハンターズララバイに属する別の盗賊団が援軍に来たと考えていたが…」


「恐らく、残った盗賊団全てが援軍に来たのですね……」


多くても千人程度を予想していた俺とニルは、完全に予想を外し、顔を引き攣らせていた。


残っている盗賊団というのは、奴隷盗賊団パペット。殺害盗賊団フィアー。そしてハンターズララバイ棟梁バラバンタの居る盗賊団。テンペスト。


この三つの盗賊団と、恐らく、プレイヤー、黒犬のおまけ付きだ。


「誰が考えた作戦か分からないが……悪意しか感じないな。」


「たった五人の相手に、ここまでしますか…いえ、狙いは私達だけではなさそうですね…」


「フヨルデがここまで積み上げて来た住民からの信頼を手放したのは、この大軍が来ると知っていたからということか。」


いくらジャノヤの街が大きいとはいえ、こんな大軍が攻めてきては、何一つ残らないだろう。それこそ、住民も一人残らずすり潰される。死に行く者達の信頼など、有って無いようなもの。守る必要も無いという事だ。


「この辺り一帯を盗賊の支配する領域に変えてしまうつもりなのでしょうか。」


「ここから北の全てが盗賊の領域になれば、それは最早第四の勢力だな。」


魔族、神聖騎士団、無所属に続く第四の勢力、盗賊……なんて、笑えない冗談だ。


「そんな事、許して良いはずがありません。」


「…そうだな。」


ピコンッ!


その時、久しく聞いていなかったシステム音が頭に響く。


【イベント発生!…盗賊団ハンターズララバイとの戦闘を生き抜け。

制限時間…二十時間

達成条件…棟梁バラバンタの討伐

報酬…???


受諾しますか?

はい。 いいえ。】


「思い出したように出てきやがって…」


確かに、ここまでの戦闘ともなれば、魔族云々を差し引いても、既にイベントとして認定されておかしくはないが…もう少し早く出てきても良かっただろうに。


いや…俺達がここまでにやってきた事が、この状況を生んでしまったと考えると、第四勢力の登場を阻止する為のイベントだとも考えられる。


他の手段を使っていれば、相手が徒党を組んで攻めて来る事も無かったかもしれない。そうなれぼ、この大軍を生み出す事も無かった。


俺達が選んで来た選択肢が、ここまでの大事にしてしまった為、状況の変化によってイベントとしての発生条件を満たしてしまった…とも考えられる。


何にしても、今の世界状況で、第四勢力、しかも敵になり得る勢力を作るのは非常にまずい。

神聖騎士団とのやり取りだけで、その他の勢力は手一杯。いや、手に余っている状況なのだ。そこに盗賊が横槍を入れる事になれば、危ういながらも保って来た均衡が即座に崩れ去り、世界は神聖騎士団の手の中へ落ちる事になる。それだけは避けなければならない。


イベント発生は、自分達で呼び込んだ状況なのだから、自分達でどうにかしろ。逃げるな…と言いたいのかもしれない。


「このシステム、助けてくれるのは良いけれど、なかなかに厳しい性格だな…ドSか?」


「ご主人様…?」


「イベント発生だ。ハンターズララバイをぶっ潰せとさ。」


俺は眉を上げて、やれやれと言いたい感情をニルに表情で見せる。


「ふふふ。イベントならば仕方ありませんね。報酬も貰える事ですし。」


報酬なんて関係無い事はニルも分かっている。それでも、敢えて軽く言ってくれているのだ。


「そうだな。報酬が掛かっているなら、廃ゲーマーとしてはやるしかないよな。」


ピコンッ!


俺は、はい。のボタンを押す。


【イベントを受諾しました。】


「こんな事になるなんてな。」


「私はご主人様の傍に居られるならば、それが例え刃の上だとしても、付いて行きます。」


「刃の上でも…か。大事なニルに、そんな場所を歩かせるわけにはいかないし、主人として気張らないとな。」


「だ、大事な……」


引っ掛かるのそこですか?ニルさん?


「…コホン。それじゃあ。まずはデカいのからいくぞ。」


「は、はい!」


少しだけ紅潮した頬のニルを横目に、門前で複雑な魔法陣を描き始める。


この世界では、戦闘において魔法を使うのは、ごく普通の事である。


しかし、魔法を、より効率的に使うという事に関しては、あまり考えられていない。中にはそういう事を考えている者達も居るが、常識として考えている者は多くない。

その理由は、一言で言うと科学の知識不足である。


魔法と言っても、大抵のものは科学的な現象の上に有る。

闇魔法などの一部の魔法には、その科学的な現象では説明出来ない魔法も有るが、科学だって人の考え出した概念であり、完璧なものでは無い。俺の知らない現象が有ったとしても、別に不思議なことではない。ただし、そういう例外を除くと、大抵の魔法は科学で説明出来る現象としての反応のみを引き起こす。

簡単な例えで言えば、水魔法で創り出した水に火魔法を加えると、沸騰、蒸発する。

水魔法に氷魔法を加えると凍るし、雷魔法を加えると感電する。

これらは全て科学、化学に則って起きる現象であり、知識を持っていれば、何が起きるかの予想も出来る。それ故に、プレイヤーは魔法の相性をそれぞれに考えていたり、この魔法とあの魔法を組み合わせると、より効果の大きな魔法になる!とか、全く違う効果が得られる!とか、色々な組み合わせを考えたりしていた。本来であれば、合わせる事の難しい現象を合わせてみたり、科学的によく分からない闇魔法をあれこれやってみたりする人も多かった。

ただ、それはこの世界の一般的な概念ではない。 勿論、水を熱して蒸発する…のような生活に関わる現象くらいは皆理解しているが、そのような事が起きるのかを理解していない為、活用までは出来ていない状況なのだ。

しかし、ニルには科学の知識を教えている。最近ではスラたんを先生に、俺とニルで色々教わったりもしている。その知識を元に、ニルは俺の魔法に対して、より効果が大きくなるような魔法を選択する事が出来るようになってきた。


俺が使おうとしているのは上級風魔法、ギャザーサイクロン。八方からかまいたちの効果を持った竜巻が集まって来て、最終的にデカい一つの竜巻となる凶悪な範囲魔法だ。


この魔法に、ニルが合わせるのは、上級炎魔法、炎波。

扇状に炎が波となって襲い掛かる魔法なのだが、炎魔法と風魔法というのは非常に相性が良い。


炎魔法のみの場合、広がるだけの炎だが、そこに風魔法を加えると、本来炎が行き渡らない場所にまで風が炎を連れて行き、延焼を促してくれる。

初級魔法同士でも、かなり厄介な魔法になるのだが、それが上級魔法同士ならどうなるだろうか?


「放ちます!」


「よし!」


俺とニルはタイミングを合わせて魔法を発動させる。


こちらへ向かって来ている大軍は、どうやら、まだ俺とニルの存在をしっかりと認識出来ていないらしい。

まあ、門前にたった二人で立ち塞がり、数万の敵兵と戦うなんて、普通は考えもしないだろうから、当然だろう。


まずは俺の発動させたギャザーサイクロンの竜巻が、八つ敵兵の前線部隊の中に出現する。


ザザザザザザザザザッ!

「ぎゃあああぁぁぁぁっ!」

「あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!」


これだけの数が居ると、全ての者達が防御魔法を付与されているわけではないらしく、何人かは竜巻に巻き込まれる前に風の斬撃で死に、防御魔法を付与されている者達も、体が竜巻に飲み込まれ、何度もかまいたちに切り刻まれる事で防御魔法が消し飛び、風の刃で死に行く。


それだけでも、前線部隊はかなり削れるのだが、そこにニルの放った火魔法が追加される。


ゴウッ!!


炎が扇状に伸びて行くと、敵兵を焼きながら、手前に立ち上がっていた竜巻四つに、飲み込まれていく。


ゴウッ!ボウッ!


炎が竜巻に飲み込まれると、竜巻が、下部から上部に向かってオレンジ色に染まり上がる。


月明かりと、敵兵の持っている明かりの光しか無かった戦場に、綺麗な炎の光が追加されていく。


「あぢゃあああああぁぁぁぁ!!」


「ぎゃあああぁぁぁぁっ!」


炎の竜巻に飲み込まれていく敵兵達は、全身を焼かれながら切り刻まれ、上空へと飛び上がり、竜巻の最上部まで到達すると、花火のように燃えたまま弧を描いて地上へと降ってくる。


ドチャッ!ドチャッ!と、人が高所から落ちた音が鳴り響いて、その度に離れた位置で炎が飛び散っている。


「逃げろ!巻き込まれるな!」


「退け!俺が先だ!」


魔法の効果範囲付近では、互いに仲間を押し退け合って、逃げようと必死になる敵の姿が見える。

そんな事をしているものだから、逃げられる者達も逃げられず、次々と炎の竜巻に巻き込まれてしまっている。


ここで俺とニルによる攻撃が来るとは予想していなかったのだろう。相手にも魔法使いは居るだろうし、プレイヤーも居るはずだが、俺達の魔法を消し去る魔法の類は一切展開されていない。

訓練された兵士ならば、何かしらの魔法を準備していたり、こういう事が起きないように事前に準備しておくのだろうが、相手は盗賊ばかり。いくら殺害盗賊のような、人を殺しまくっている者達が居たとしても、そういう訓練は受けていないし、対処出来ないのだろう。

殺す事ばかりが上手くなっても、俺とニルには勝てないという事を痛感しているはずだ。

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