第460話 北地区へ
「あなた方も、本当は薄々気が付いていたのでしょう?この教会が、形骸化してしまった、金の亡者が住むだけの建物だと。」
ニルが語り掛けているのは、兵士達。しかし、その言葉は、避難している住民達にも届いている。
「お、俺達はこの街を守る兵士だ!そして、ここには守るべき民が居る!」
「何を言おうと、俺達のやる事は変わらない!」
「ええ。そうでしょう。ですが、私達がここへ避難している住民の皆様に攻撃をすると、本当に思いますか?」
「そ、そんな事分からないだろう!」
「そうやって言っておいて、騙す気なんだろう!」
「本当に……そう思いますか?」
ニルの言葉の裏には、アミュや外に出ていたプレイヤー達を倒した俺達が、本気で住民も兵士達も殺そうと思っているのならば、敢えて言葉を交わして騙す必要など無い事くらい分かるだろう。という意味が込められている。
事実、そうしようと思っていたならば、無駄に話をせず、
「そ、それは…」
兵士達も、俺達が敢えて攻撃を仕掛けていない事を疑問に思っていたのだろう。ニルの言葉を聞いて、自分の言葉を詰まらせる。
善良な兵士達であり、フヨルデと必要以上の関係は無いとはいえ、少なからず、ニルの言葉を聞いて、この教会が普通の教会ではないと思える節が有るのだろう。
善良な兵士達や、後ろに控える住民達も、悪党だと言われて入って来た俺達が、ほんの少しだけ言葉を投げ掛けるだけで言葉を詰まらせた。それは、この教会がこれまでに、それだけの事をしてきたからだという証拠だ。
そして、一度不信感を持った者達は、そういう目で教会を見てしまう。
この教会も、聖職者も、そういう不信の目で見れば、おかしなところが沢山有る。今、兵士達や住民達は、見ようとしていなかった物を見て、ニルの言葉が真実だという気持ちを膨らませていることだろう。
こうして、不信感を募らせた者達が取る行動は何だろうか?
聖職者達をフルボッコ?流石にそんな事はしない。
不信感は高まっても、確実性に欠ける情報だけでは確信を持てない。その状況でいきなり、騙したなー!と殴り掛かる事は無い。
俺達が攻撃を仕掛けたとして、聖職者達を守ろうとしない?それも有り得ない。
いくら不信感が強まっても、聖職者達を守るという任務を受けている以上、兵士達は聖職者達を守るだろう。それが仕事だし、兵士達としても、確実な証拠が無ければ、聖職者達がクズだと結論付ける事は無い。
では何が違うのか。
兵士達や住民達が、聖職者達の言葉を聞かなくなるのだ。
正確に言えば、聞かなくなると言うより、言葉を疑って聞いてしまう。それこそが、ニルの狙いである。
「良いから殺せ!お前達は我々を守る為に居るのだぞ!」
「早くしろ!」
ニルによる人心掌握の一手だと気付いていない聖職者達は、次々とボロを出す。口を開けば開く程、聖職者達は自分の首を絞めていく事に気付かない。死を前にして、頭が上手く働いていないのだ。
「し、しかし…」
「えーい!しかしも何も無い!相手は悪党だ!正義は我々に有る!」
人の心というのは、とても複雑で、掴む事がとても難しい。
単純に上からガツンと言えば良い時も有れば、そうでない時も有る。優しく語り掛ければ良い時も有れば、そうでない時も有る。
その時々で大きく変わってくる。
例えば、俺が両親を失ってから、可哀想に…と言葉を掛けて来る人達も居た。でも、そんな言葉が俺の心に届く事は無かった。
それは、その人達が心の底からそう思っていないからだ。言った相手は、そう思っている!と言いたいかもしれないが、可哀想という言葉を使っている時点で、他人事だと言っているようなもの。そんな言葉が、両親を失ったばかりの俺に届くはずもない。
それは、働き始め、社会人として歩み始めてからも同じ事だ。いや、社会人となると、より酷くなると言った方が良いだろうか。
人々は上辺だけの言葉を交わし、金を儲ける為の会話のみを続ける。中には違う者も居たのかもしれないが、人は損得で行動を決定し、得をする事にしか時間を割かない。
それが大人であり、社会人である。と言われてしまえばその通りだ。金を儲ける為に働いているのだし、儲からない話に乗ってばかりでは、直ぐに会社は倒産する。
それが悪い事だなんて思わない。寧ろ、あの世界、あの場所では、有能と呼ばれるに値する。しかし、俺にとって、あの世界はあまりにも…無色だった。
両親も、友も無く、何の為に生きているのか分からない。金を稼ぎ、生活を送っても、成し遂げたい事も、守りたいものも無く、ただただ時間を食い潰し、働く毎日。生き甲斐なんて、俺には無かった。
そんな俺の、無色の心に言葉を届かせてくれたのは、ニルだった。
あの時、あの場所での言葉は、あの時、あの場所だからこそ響いた言葉だったのだと思う。
元々、ニルは奴隷として過ごして来た時間が長く、人の感情の動きには敏感だった。と言っても、臆病故の敏感さではあったが、敏感な事に変わりはない。
ただ、相手の感情の動きを読み取る事には長けていたが、それをどう扱えば、どうなるのかについては、無知同然だった。
そこに、オウカ島で師事したランカの力が加わった事で、ニルの人心掌握術が出来上がったのだ。
ランカは盲目であるが故に、最早エスパーと呼んでも良い程に人の心を読み解き、操る天才だった。その技術を、ニルなりに解釈し、自分のものとしてしまった。
ニルは俺の事を褒め称えてくれるけれど、俺から見れば、ニルの方がずっと凄いと思う。というか…ある種の天才だ。大抵の事は出来てしまうし、出来ないことは努力と根気で出来るようにしてしまう。当然、出来ないことも有るには有るが、それを補って余りある才能だと思う。
そんなニルが、本気で聖職者達を潰そうとしているのだ。聖職者達が墓穴を掘らずとも、ニルの言葉から逃げる事は出来なかっただろう。
「「「「………………」」」」
聖職者達の言葉に、どうしたら良いのか分からず、動けなくなってしまう兵士達。
自分達の抱えている不信感が、もし本物ならば、この聖職者達の言葉を聞いて良いのだろうか?教会という神聖なこの場所で殺傷してしまって本当に何も無いのだろうか?そんな事が頭の中をグルグルと回っているはずだ。
「何をしている!早くしろ!」
「職務を果たせ!」
聖職者達は、既に自分達の立場も考えず、命を守る事だけを優先している。
そうこうしている内に、奥に消えていったスライム達が戻って来た。
その内の一匹が、何やら紙束を持っている。
俺は人目を遮って、それを受け取り、内容に軽く目を通して、全て理解した。
手渡されたのは、お布施の帳簿。
聖職者達が、誰からいくら貰ったのか、それを記した物だ。
簡単に言えば、聖職者達がクズである事を示す確たる証拠というやつだ。
そして、敢えてこの紙束を持って来たという事は、ここにフヨルデは居ないという事だ。フヨルデが居るならば、聖職者達の事や兵士達の事など後回しで良いのだから。
「ニル。」
「ここはハズレでしたか…」
計四人のプレイヤーが待機していたから、何か特別な物でも守らせているのだろうかと推測していたが、当てが外れたか……
そもそも、何人のプレイヤーが相手側に加担しているのかもよく分かっていない状況だし、何も無い場所の囮として四人が使われていたとしたら…予想よりずっと多くのプレイヤー達がこちらに来ているのかもしれない。
もしかしたら、クラン単位で神聖騎士団から抜け出し、ハンターズララバイと手を組んでいる…とか?
考えただけでゾッとするが…有り得ない話ではないかもしれない。
しかし、今はそれを思案するより先に、ここから抜け出す事が優先だ。ここにはフヨルデは居ないし、さっさと引き上げるべきだろう。
「…引き上げるぞ。」
「はい。」
俺の声に反応したニルが、俺の手渡した紙束を受け取る。
このまま引き上げる事も出来るが、アミュを閉じ込めたのは間違いなく、目の前に居る聖職者達の指示だ。ニルの怒りをぶつけてからならば、逃走も楽になるし一石二鳥。
未だ叫び散らしている聖職者と、それを不信の目で見る兵士達と住民達。
そんなザワついた空間に、ニルの透き通った声が割って入る。
「私達は、善良な兵士や住民の方々に手を出すつもりはありません。」
そう言って、ニルは出していた小太刀を鞘に納刀する。
敵前で納刀なんて、自殺行為に等しい。まあ、ニルや俺の場合、ここで襲い掛かられたとしても、対処出来るからその範疇には無いが、相手にどう映るかが今は大切だ。
ニルの動作に合わせて、俺も納刀する。
「い、今だ!殺れ!早くしろ!」
兵士達が善良な者達ならば、武器を納めた俺達に斬り掛かる事が、卑劣な行為だと感じてくれるだろう。
「ほ、捕縛しろ!」
兵士達の隊長らしき者が叫ぶ。
「何を言っている!殺せ!殺すのだ!」
隊長の言葉に従うべきか、それとも聖職者達の言葉に従うべきか、迷っている兵士達は左右を見て、互いにどうするのかを確認し合っている。
そんな空気の中で、ニルが動き出す。
一歩ずつ前に出るニルに、兵士達が剣を向ける。
しかし、ニルは堂々と兵士達の前まで歩いていく。
私は何も悪い事などしていない。捕縛されるような事はしていない。と態度が示している。
「貴方が隊長ですね?」
「っ……だ、だったら何だと言うのだ?!」
「……これを。」
ニルは手に持った紙束を隊長の目の前に差し出す。
「……………」
隊長はニルに近付くか迷いに迷っていたが、剣を持ったまま、ゆっくりとニルに近付く。
「隊長?!」
「危険です!」
部下達は隊長の行動を止めようと言葉を放つが、動こうとはしない。
カサッ……
そして、ニルの手から紙束を受け取る隊長。
当然、ニルは攻撃などしない。
「それを見れば、私達の言葉が真実かどうか分かるはずです。
良識を持っている隊長の貴方ならば、どうするべきか分かりますよね?
賢明な判断を期待します。」
そう言ったニルは、髪から簪を抜き取りながら、背を向けて俺の方へと戻って来る。
ニルは、相手の隊長がどういう決断をするのか、既に確信している様子だった。
全く……うちのニルさんは本当に優秀だ。
「これは………おい!そこの者達を捕縛しろ!!」
背を向けたニルの奥で、隊長が言葉を発して視線を向けているのは、聖職者達。
「えっ?!隊長?!」
「ど、どういう事だ?!我々を捕縛だと?!」
「教会が不当な金を受け取り、世論を操作していた証拠だ!加えて、住民からも不当に金を搾取していた証拠も揃っている!」
「な、何故それがこんなところに?!」
その後の事はどうなるか分からないが…この教会の聖職者達…いや、この街の聖職者達は、住民達からの信頼を受ける事は二度と無いだろう。
とはいえ、結局フヨルデをどうにかしなければ、根本的な解決にはならない。
俺達が失敗したら、元の
俺とニルは、入って来た扉から出て行こうとする。
そんな俺達を、兵士達は捕まえようとはしない。
「隊長。良いのですか?」
「……ああ。あの奴隷の女性が、善良な者達には手を出さないと言った意味を考えるんだ。
俺達の手に負える相手ではない。下手に手を出すなよ。死にたくなければな。」
どうやら、隊長は現状を正確に把握出来る優秀な兵士らしい。
善良な者達ならば、俺もニルも手を出さない。寧ろ被害から遠ざけられるように善処する。
しかし、もし、敵になるならば、容赦はしない。聖職者達のような者達の手先になるようならば……
その意味を正確に受け取った隊長は、住民達と、自分の部下を守る為に、そして、自分達の信じる正義は、俺達と聖職者達のどちらに在るのかを正確に把握したということだ。
そういう判断を下すと、隊長が指示を出す前に確信していたニルは、もっと凄いのだが…
そんな事はさて置き、俺達は鐘楼をもう一度上がる。
先程は急いでいてよく見ていなかったが、鐘楼の上からだと、南西地区がよく見渡せる。
ここからならば矢を射るのに最適だと言えるが、二百メートル先の細部まで見通せるかと言われると、流石に無理だ。いくら視力が良いと言っても、物理的に無理がある。
恐らくアミュは魔具か何かを使っていたのだろう。
見たところ、ピアスをしているみたいだし、遠視が可能な魔具といったところか。
「ご主人様。」
街を見渡していた俺に、ニルが声を掛けてくる。
「スラタン様が、何か伝えようとしておられるみたいです。」
ニルの言葉に下を見ると、両手を大きく振るスラたんの姿。焦っているように見える。
俺とニルは直ぐに鐘楼を下りてスラたんに駆け寄る。
「シンヤ君!これ!」
そう言ってスラたんが手渡して来たのはツインスライムの入った瓶。
「……移動しているのか?!」
ツインスライムが示す方向は、俺達がハイネとピルテと分かれた水路とは別の方向。もっと北側だ。
「何かあったんだよ!直ぐに行かなきゃ!」
ハイネとピルテの話になると、スラたんはタガが外れる。焦ってアタフタしている。
「待て待て。当然向かうつもりだが、恐らく二人は無事だ。」
「何で分かるのさ?!何も言わずに移動するなんておかしいよ!」
「ツインスライムの反応をよく見ろ。一定のスピードで、真っ直ぐ北に向かっているだろう。」
「何かから逃げてる証拠でしょ?!」
「二人が逃げているなら、真っ直ぐ北に向かうなんて事はしないだろう。右に左にと追手を巻く為に移動するはずだ。当然、一定のスピードで北に移動する事は有り得ない。」
「つまり、追われている状況ではない…ということですか?」
「恐らくな。敢えて一定のスピードで移動する事で、俺達へその事を伝えようとしているのだと思う。」
「しかし、スラタン様の仰る通り、私達に何も言わずに出て行くとは思えませんが…?」
「何か情報を得たけれど、俺達を待っている時間が無かったんじゃないか?」
「緊急性の高い情報を手に入れたという事ですね。それならば納得です。」
「でも…あくまでもそれは推測だよね?」
「ああ。ただ、もしその推測が当たっているとすれば、俺達の動きも考えないといけない。単純に合流しようとするだけでは足りない可能性もある。」
「足りない?」
「俺達に、何かして欲しいという事だ。」
「そんな事、ここに居ながら分かるような事なの?」
「ここに居るだけでは分からない。ただ、馬鹿正直に合流しようとするのは、もしかしたら下策かもしれない。」
「……僕達がただ合流しようとすると、ハイネさんやピルテさんが危険な状況に追い込まれる…とか?」
「そういう可能性も有るという事だ。」
「………僕の足で、二人の無事を確認しに行くのは無理かな?」
「二人が俺達に何も言わずに動き出したという事は、かなり重要な情報のはずだ。そうなると、フヨルデやロクス、プレイヤー…もしくは黒犬に直接関係する事だろう。しかも緊急性の高い事案だ。そうなると、相手もそれなりの者達が集まっている可能性が高い。
スラたんのスピードに対処出来るレベルの者達が集まっているとしたら……」
「駄目だね…」
「ハイネとピルテの思惑を正確に受け取る為にも、慎重に合流を目指そう。
スラたんはスライムの操作に集中してくれ。」
「分かったよ。」
「ニル。なるべく人目につかないルートを選んで進んでくれ。但し、北に向かう事を優先して、出来る限り素早く移動したい。」
「ある程度の戦闘は許容範囲内という事ですか?」
「ああ。この三人で掛かれば、直ぐに片付くはずだ。」
「分かりました。」
ニルに先導を任せて、俺達はツインスライムの反応を元に北へと向かう。
「ここから先は私の地図にも無い地区です。」
「そうか…」
俺達が足を踏み入れたのは、街の北側に有る地区。
ここには、フヨルデが居るであろう場所の一つ、神殿が建っているはず。
「ハイネとピルテの反応はどうだ?」
「ここより北東方向に向かっているね……いや。待って。どうやら反応が止まったみたい。
多分、街の北側辺りだと思う。」
「そこに何か在るという事だな。
この辺りには高い建築物は無いし、このまま慎重に進もう。敵兵も増えて来たから、気を抜くなよ。」
「はい。」
「うん。」
街中を進む程に、巡回している兵士達が増えている。
南西地区であれだけ騒ぎを起こしたのに、こちらから人は送られていないらしい。そうなると、北側にフヨルデやロクスが居る可能性がかなり高くなってくる。
出来る限り戦闘は避けつつ移動するが、数度は兵士達を回避出来ず、戦闘を行った。しかし、ハンドやプレイヤーの姿は無く、俺達は順調に北側へと足を運ぶ。
「神殿とは、あれの事でしょうか?」
「まあ…そうだろうな。」
「これ以上無い程に大きいね…」
街の北側地区。その中でも一等大きな建築物。それが神殿だった。
かなり離れた場所からでも、その大きさが分かる程のサイズ感。周囲に建っている家々とは全く大きさが違い、遠近感が狂ってしまう程だ。
家々の三倍は高さの有る真っ白な石造りの神殿。神殿の壁は彫り込まれ、模様や石像が取り付けられている。色合いは白一色だが、それがどれだけの金銭を消費して造られたものなのかは想像もつかない。
神殿自体もかなり大きいが、その敷地も莫大だ。
遠くからではしっかり見えないが、敷地に入ってから神殿に辿り着くまで、一体どれだけ歩けば良いのか分からない程に広い。
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