第三十三章 ジャノヤ攻防戦
第451話 親子
スラたんから貰った解毒薬を飲むと、直ぐに目の前がスーッと正常な視界へ戻る。効き目抜群というレベルじゃない。どれだけ凄い物を作り出したんだ…
パリンッ!
「きゃあぁぁ!!」
俺は飲み干した解毒薬の瓶を捨てていないのに、後ろからガラスの割れる音がして、女性の叫び声が聞こえてくる。
後ろを振り返ると、獣人族の女性と、その腕に抱かれた小さな赤ん坊が見える。
突然自宅の一室から凄い音がして見に来てみたら、抜き身の武器を持った男と、壊れた家の壁。暴徒が街に入ったと知っていれば、直ぐにその情報が頭に浮かび、悲鳴も上げたくなるというものだ。
しかも、自分は女性で幼い赤ん坊を抱いている。恐怖で足が
「まーだ生きてんのか。」
そんな俺の前に、大剣を担いだミカミが現れる。
「おい!逃げろ!」
「ひっ…」
俺は後ろで動けなくなっている獣人族の女性に対して叫ぶが、何を言われているのか混乱した頭では分からないらしく、怯えた声を短く出すだけ。
母親の怯えた感情を読み取ったのか、抱かれていた子供が泣き叫び、家の中には赤ん坊の泣き声が響き渡る。
優しく言ってやる余裕が無かったのは俺の落ち度だが、ミカミは住民などお構い無しに攻撃を仕掛けて来る。先程だって、家の中に居る人が犠牲になった。
母親は何とか子供は守ろうと必死になっているが、足腰が立たないのか、逃げ出せないでいる。
母親が恐れているのはミカミではなく俺。
恐らくだが、暴漢として、俺達の容姿を聞いていたのだろう。
だが、今はどちらを恐れているのかは問題ではない。どちらを恐れての事であろうが、逃げてくれればそれで良い。しかし、母親は子供を抱きながら床を這って進むしか出来ず、その行動すら遅い。
「おぎゃああぁぁぁ!」
「チッ!ぎゃあぎゃあうるせえな…」
ミカミの目が、俺ではなく、後ろに居る親子に向く。
「っ!!」
ミカミの
攻撃を受けた感じ、パワーに大きくステータスを振っているタイプのプレイヤーで、脳筋のプレイスタイル。いくら戦闘技術において勝っていたとしても、ミカミのパワーそのものを消し去る事は出来ない。
ブンッ!
俺は腰袋から小瓶を一つ投げる。
ミカミはそれを容易く避けるが、元々当たるとは思っていない。
パリィィン!ジュウウウゥゥゥ!
「なんだ?」
小瓶の中身を確認して投げたわけではなく、腰袋に手を突っ込んで適当に放り投げただけだから、自分でも何を投げたのか分からなかったが、どうやら強酸性液だったらしく、石の建材に張り付いた強酸性液が石を溶かし、白い煙を立てる。
ヤバい物だと気付いたミカミは、直ぐに煙から離れる。
タンッ!
「きゃあぁぁ!」
「おぎゃああぁぁぁ!」
俺はその隙に後ろを振り返り、逃げようとしている母親を無理矢理抱えて走り出す。母親の悲鳴と赤ん坊の泣き声が耳に届くが、二人を気遣ってやれる程の余裕は無い。
「どこ行くんだ?」
後ろから聞こえて来る声に強い殺気を感じる。
「くそっ!」
「っらぁ!」
ズガガガッ!!
家を破壊する為の一撃が放たれ、後方からけたたましい音が聞こえてくる。
ガラガラガラガラッ!
「っ!!」
天井が崩れ始め、家を構成していた石材が、次々と降ってくる。
「嫌っ!止めて!」
俺の腕の中で必死に暴れて逃げようとする母親。気持ちは分かるが…いや、何を言ったところで、今のこの女性の耳には届かないだろう。
ドガッ!
俺は暴れる母親を何とか抱えて家の中を走り抜け、外に繋がっているであろう扉を蹴破り、外に飛び出す。
「チッ!」
家から出た瞬間、遠くに鐘楼か見える。ここはアミュの射線の中。射線を切るには数メートル進まなければならない。
ガラガラガラ…
後ろからはミカミの気配。
今は女性と赤ん坊を抱えている為、剣も魔法も使えない。使えるのは神力のみ。俺は足にその神力を集める。
今はとにかく、この親子を無事に解放してやらなければ…
鐘楼の方で、キラリと矢が光る。
バキッ!
神力を集中させた足で地面を蹴る。親子の家の周りは石畳が敷き詰められていて、その内の一つが、地面を蹴った圧力で音を立てて割れる。
ガッ!
「なっ?!」
飛んで来た矢も、後ろから追って来ていたミカミも置き去りに、一瞬で十メートル近くを走り抜ける。
「なんだ…今のは…?」
一瞬の出来事に、ミカミはかなり驚いている。
神力は大陸側では見られない能力だし、驚くのも無理はない。
神力によって強化された身体能力は、強化されていない時とは比較にならない程の能力値を示す。あくまでも、神力操作能力が高ければの話だが、俺はオウカ島を出てからも、ずっと鍛錬を続けている。
その上、サクラから聞いていたように、オウカ島に住む者達から見ても、俺の神力の強度は高い。故に、身体強化した時の効果も大きい。
神力を腕へ集めて腕力を強化して戦う事も出来るのだが、神力で強化した腕力で刀を振った場合、ミカミの腕力とぶつかり合って、刀が粉々に吹き飛ぶ可能性が非常に高い。つまり、腕力を強化したから強くなるというわけではない。物は使いようという事だ。
神力を多用せずに、ミカミとの戦闘を行っていたのは、手を抜いているわけでも、舐めているわけでもない。
神力というのは、絶対的な力ではないし、見えないだけで物体と同じように周囲へ作用する。しかし、強度は物質に比べると低い。つまり、勘の良い相手には避けられたり破壊されたりするのだ。神力を多用してしまえば、見えないという利点を殺してしまう事になりかねない。使い所を考えて使わなければならないという事だ。
プレイヤーという強者を相手にしている今回の戦闘では、相手の力量と手の内を見極めてから、確実に一撃を当てるべきだと考えて、なるべく気付かれないようにしていたという事だ。
距離を取る際に使った事で、ミカミは魔法でも単純な身体能力でもない、何かが有ると気が付いたかもしれない。神力について知らなければ、それがどんなものなのかまでは分からなくても、警戒心は強まる。
案の定、ミカミは俺の後を追いながらも、無闇に攻撃を仕掛けるような事はして来ない。
家々に身を隠しながら街の中を走っているが、時折鐘楼が見えそうになり、肝を冷やす。
数分間、街の中を走っていると、いつの間にか抱えていた女性が静かになっている事に気が付く。ずっと鐘楼とミカミに気を張っていたから、親子に気を回していなかった。
俺は母親の膝裏と背中に手を回して抱えている…つまりお姫様抱っこの状態。更に、俺が抱える母親の胸元に赤ん坊が抱かれている状態だ。
視線を下に向けると、母親が、まだ若干の怯えを残した視線で、しかし、冷静さを少し取り戻し、何故こんな事になっているのかと疑問を含んだ目で俺を見上げている。
「怪我は無いか?」
出来る限り、落ち着いた声で母親に話し掛ける。状況的にはそんな余裕は無いのだが、また怖がって暴れられては助けられるものも助けられなくなってしまう。
「は…はい……」
俺が声を掛けた瞬間に肩をビクリと震わせるが、赤ん坊の様子を確認した後、直ぐに返事をしてくれる。
「それは良かった。もう少しだけ辛抱してくれ。出来る限り安全な場所まで連れて行くから。」
「……………」
母親の反応を見る前に、俺は視線を上げたが、暴れ出したりせず大人しくしてくれている為、取り敢えず悪逆非道の暴漢ではないと判断してくれたのだろうと思う。
運の良い事に、俺が今走っている場所は、背の高い建物が他より多く、鐘楼からの射線はずっと切れている。後ろから追って来ているミカミも、パワーこそ有れどスピードは無く、引き離すのは難しくない。このまま鐘楼から一旦離れて、弓使いの射程外に出てから、親子を逃がし、戻れば…
「っ?!」
突然、真横に現れた大きな殺気を感じ、俺は急いで殺気とは逆方向に飛ぶ。
ズガァァァァァン!!
真横に有ったはずの建物が、全て吹き飛び、破片が飛んで来る。
背を向けて親子を破片から守り、神力で防御する。
「まだ終わっていないのかしら?」
倒壊した建物から出た土埃の中から現れたのは、イカつい剃り込みを側頭部に入れた茶色の瞳を持つ男。
身長はミカミと同じくらいで、約百八十センチ。しかし、体格はミカミより更に一回り大きく、隆起した上半身の筋肉から、パワータイプの戦い方だと分かる。
服装は白いタンクトップに短パン。上半身だけでなく、足もかなり筋肉質だ。
防具の類は一切着ていないが、手に持っているのはデカい
「あら…イケメンね。」
語尾に黒いハートマークでも付けそうな、怖気立つ喋り方と、うっとりした視線。それが俺に向けられている。
武器は上質な物で間違いない。四人目のプレイヤーだ。
「うふふ。食べちゃいたいわ。」
低く枯れた声でそんな事を言われ、ウインクなんてされると、比喩ではなく、本気で吐きそうになる。
「くそ……逃げられそうにないな…」
攻撃は回避出来たが、道の前後で挟まれる形になってしまった。下手に逃げようとして、他の建物まで壊されてしまうと、被害者が増え過ぎる。
後ろから追い付いてきたミカミと、戦鎚使いの男の二人から目を逸らさず、ゆっくりと親子を下ろす。
母親は震えて子供を抱えていたが、流石にこの状況で、親子を抱えたまま戦うのは無理だ。
「これを持っていてくれ。大丈夫だ。」
俺は、親子を道の端に下ろして、母親に腰袋から出した物を渡し、離れる。
「下がってろよテジマル。こいつは俺の獲物だ。」
「何言ってるのよ。これだけ時間を掛けておいて、相手はほぼ無傷。どの口が言っているのよ。」
「あ゛?!」
「何よ。私が間違った事でも言っているかしら?」
「チッ!このクソオカマが。」
「あ!そういう事言う?!差別よ差別!」
「うるせえ!気持ち悪い!その体格でクネクネすんじゃねえ!」
ふざけているように聞こえるが、二人は俺への警戒心を解いてはいない。出来れば親子を逃がしてから戦闘を開始したかったのだが、愚痴を言ったところで状況は変わらない。
どうせプレイヤーを拘束出来ないのだから、聖魂魔法で一気に消し去る手も有るが、この辺りの民家に住む人々も、道の端で縮こまる親子も、全てを消し去ってしまう魔法を使うなんて事は出来ない。
「…………………」
俺は桜咲刀を両手で握り締め、二人の動きに気を配る。
新しく現れたテジマルという男については、ほぼ何も分かっていない状況。分かっているのは、使う武器が戦鎚、ミカミを越えるようなパワーを持っているという事だけ。
先に狙うならば、ある程度動きの分かっているミカミだが…そう簡単な話でもない。まさかプレイヤーを二人同時に相手するとは思っていなかった。
親子が居るのに置いて逃げるわけにもいかない。親子から離れるように戦場を移す事も考えたが、俺が親子を助けたと二人は知っているし、人質として利用される可能性が高い。
つまり、俺はここで親子を守りつつ、二人のプレイヤーを屠る必要が有るという事だ。
そろそろニルも鐘楼のアミュとかいう奴の気を引いてくれている頃だし、射線は一応で管理しつつ、二人を屠る方法を考える。
まず、どちらもパワータイプのプレイヤー。
使っているのは大剣と戦鎚。
テジマルの方がパワーは上だが、その分動きは遅いはず。
ミカミもパワータイプで、大剣を軽々と振るうパワーと、それを扱う際に必要となるスピードもある程度備えている。
どちらの攻撃も真正面から受ければ即死クラスの一撃。厄介極まりない。
俺も神力を使えば、それなりにパワーは出せるが、刀の方がもたないし、無理に打ち合う必要は無い。スピードだけで言えば俺が圧倒的なのだし、上手く相手の虚を突く攻撃か、カウンター狙いで仕留める。
ジャリッ…
足を前後に軽く開き、呼吸を整える。
それまで言い争っていたミカミとテジマルが、ピタリと喋るのを止めて、俺の方を向く。
「へえ……予想以上に強そうね。重く厚い殺気。ゾクゾクしちゃうわ。」
イカつい顔で、ペロリと舌なめずりをするテジマル。
俺は違う意味でゾクゾクしてくる。
「ミカミ。合わせるのよ。あなた一人では勝てないわ。」
「……チッ!」
ミカミは言い返して、力を合わせるのを嫌うかと思っていたが、舌打ちだけをして大剣を構える。
このテジマルという男、指揮官とは言わないが、今回相手にしているプレイヤー達のリーダー的存在なのかもしれない。
「行くわよ!」
ゴウッ!!
テジマルの戦鎚が俺に向かって振り下ろされる。
戦鎚自体も大きく、重いはずなのに、軽々と振り回している。尋常ではないパワーだ。
ガンッ!
俺は戦鎚をヒラリと躱してテジマルの背後に回り込む。テジマルを盾にして、ミカミの攻撃を防ごうとしたのだ。
しかし、テジマルは背後に回り込まれたと理解した瞬間に、自分の体を縮め、地面に座り込む。
「オラァ!」
ブンッ!!
「っ!!」
テジマルが縮こまったとほぼ同時に、奥にいたミカミが大剣を横薙ぎに振り回す。
テジマルの真上を通り過ぎる大剣は、刃渡りが長い為、テジマルを越えて俺の腹部を切り裂かんと走る。
直ぐに後ろへ飛び退き、切っ先を躱すと、次は縮こまっていたテジマルが、体を伸ばす勢いを利用して、俺の飛び退きにピッタリと張り付いてくる。
「これでどうかしら?!」
テジマルが戦鎚を縦に回し、下からの振り上げ攻撃を繰り出す。後ろへ飛び退いたタイミングに合わせた攻撃で、そこから更にもう一歩下がろうとすれば、タイミング的に遅過ぎて、確実に戦鎚が俺の体を捉えてしまう。
俺は全ての神力を右足に集め、迫り来る戦鎚の柄に向けて右足を差し出す。
ブンッ!!
テジマルの振り上げる戦鎚の柄に右足を乗せ、振り上げる勢いを受けて、後方斜め上へと飛び上がる。
神力のお陰で、戦鎚の勢いを上手く殺し、右足にダメージを受ける事無く飛び上がれた。
後方宙返りの要領で体を一回転させた所で、鐘楼の方を見る。
流石に馬鹿力の戦鎚に乗って飛ばされたのだから、高い家屋の更に上まで飛び、射線が通ってしまう。
予想通り、キラリと光を反射する矢が飛んで来る。
「はぁっ!」
ギィン!
俺は飛んで来る矢に向けて桜咲刀を振り下ろす。
ここまで何度か矢を放って来たアミュ。その狙いは実に的確で精密。全てが頭を狙ったものだった。
今回も頭を狙ってくるだろうと読んでいたが、どうやら正解だったらしい。
刃が矢の先端に当たり、高い音が鳴ると、明後日の方向へ飛んで行く。
「おおおぉぉぉ!!」
俺の着地に合わせて、地面の上に居た二人が攻撃を仕掛けようとしているらしく、着地点に走り込んで来る。
空中で身動きが取れないとでも思っているのだろうが、それは間違いだ。
ビュッ!
腰袋から取り出した鉤糸を近くの家に投げ、絡み付かせる。
鉤糸が引っ掛かったと同時に強く引き、体を無理矢理建物側へと引っこ抜き、そのまま地面に着地する。
「なっ?!くそっ!」
「ミカミ!ダメよ!慌てたら負けよ!」
着地した俺に対して、ミカミが攻撃を仕掛けようとするが、テジマルの言葉で足を止める。
俺が着地してから、ミカミが俺へ向かって来るまでの間に、俺の体勢は十分に整う状況だった。
ミカミが追い討ちをかけてくるようならば、それにカウンターを合わせようと考えていたのだが…どうやらテジマルはかなり冷静に状況を見ているらしい。
ミカミが短絡的な動きをした時、テジマルが冷静に制する。その連携が取られていると、どちらか一方を狙うのは難しい。どうにかその連携を崩して、一人仕留めたいところだが…
「チッ!やっぱりソロプレイヤーシンヤの名は伊達じゃねえって事か。」
「ミカミは、いつも侮って痛い目を見るんだから、そろそろ気を付けなきゃ死んじゃうわよ。」
「俺は死んだりしねえ。」
「はいはい。分かったから集中して。」
「…チッ!」
精神的な連携も厄介だが、二人の息はピッタリ合っていて、言葉を交わす事無くスムーズに互いの攻撃を放って来る。長年の連携が身に付いていると一目で分かる攻撃。それもかなり厄介だ。
二人はジリジリと動き出し、また俺を挟み込む形に移動する。
「…はあっ!」
先に動いたのはテジマル。
ズガガガガガッ!
戦鎚で地面を抉りながら、振り上げの攻撃。
戦鎚自体の攻撃も脅威だが、地面を抉った事で飛んで来る土や石も、目潰しとしての効果を期待出来る。スピードが遅い分、他のところでカバーする事を知っているようだ。
俺としては、真っ直ぐ下がるのではなく、横に避けなければならない。
当然、後ろから迫って来ているミカミも、俺が横に避けるだろうと予想している。俺が右に避けても、左に避けても、大剣をタイミング良く突き出して仕留める体勢に入っている。
先程のように戦鎚に足を掛けて飛び上がろうにも、テジマルの戦鎚は、先程より一歩後ろから振り上げられている為、足が届かない。
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