第452話 二対一
先程は、遠心力の少ない戦鎚の柄だったからこそ足にダメージを受けなかったのだ。それが戦鎚の先端部だとしたら、いくら神力を集めたとしても、足が粉々になってしまう。
となれば、俺の取れる行動は一つだけ。
ズガンッ!
俺はテジマルの振り上げ攻撃を左へと避けつつ、テジマルとミカミが視界の左右に入るように体を九十度回転させる。
「オラァァァ!!」
ブンッ!
ミカミが右手側から、俺の行動に合わせて大剣を突き出して来る。しかし、その一撃はタイミングがズレており、俺が一歩下がるだけで回避出来てしまう。
ミカミの放った一撃は、最も受け手側が嫌がるタイミングにピッタリ合っていた。しかし、何故かそれがズレてしまっている。
「っ?!」
ミカミとしては、確実に俺を貫けると思っていたのだろう。かなり驚いた顔をしている。
何故そんなことが起きたのか。
これには俺が使っている天幻流剣術に伝わる歩法が関係している。
天幻流剣術には、いくつもの歩法が存在しており、俺がいつも多用している鋭い踏み込みは、
直線的に鋭く踏み込む歩法で、相手から見ると突然目の前に迫って来たような、消えたかのような錯覚を受ける。
これに対し、今回使用したのは
この差足と呼ばれる歩法は、緩急の有る足運びと、歩幅を使い、動きの先を誤認させたりして相手を惑わせる事が出来る。
疾足とは違い、非常に繊細な足運びが必要になる為、更に途方もない鍛錬が必要になる歩法である。
全ての歩法も、剣技も習得した俺だったが、こちらに来る前は剣から離れていた為、ブランクが有り、歩法や剣技含めて、どうしても実戦で使うには不安が残るものが多かった。
しかし、最近、やっとその不安も無くなりつつあり、今回、差足を使ったということである。
俺が差足を使ったことによって、ミカミには、残像を斬っているように見えた事だろう。斬ったと思ったはずが、俺はそこには居ない。何が起きたのか理解出来ないはずだ。
ビュッ!
「させないわ!」
ズガンッ!
俺が突き攻撃を外したミカミに刀を走らせようとすると、テジマルが振り上げた戦鎚を、俺に向けて振り下ろす。
ザシュッ!
「ぐっ!!」
テジマルの攻撃を避けた事で、ミカミを殺す為に放った一撃がズレてしまい、ミカミの左肘の内側を斬るだけに終わってしまう。そこまで深い傷でもない。
ここで一人仕留めておきたかったが、やはり簡単には殺れないようだ。手傷を負わせるだけで精一杯とは…プレイヤー、渡人という存在が、この世界でどれだけ異質で強力な存在かがよく分かる。
「この野郎…」
ミカミが抑えもしない殺気を俺にぶつけてくる。
傷付けられた事がそんなにイラつくのかと思う程だ。
せめて腕の一本くらいは落としておきたかったのに、それさえさせてもらえなかった。やはりプレイヤー二人を相手に立ち回るのはなかなかに辛い。
特に、テジマル。こいつの存在が厄介過ぎる。
俺の動きをよく見て、出過ぎないギリギリのラインで攻めてくる。
ただ、厄介ではあるが、戦えないという程でもない。
事実、剣術と体術で、俺の刃は届いた。
ミカミとテジマルの連携は脅威であり、テジマルの堅実でありながらも姑息な戦い方、俺の動きを見て確実に情報収集を重ねて追い詰めようとしてくる戦法も脅威だ。
しかし、それはテジマルのみに許された技ではない。
テジマルが俺の事を観察した分、俺はテジマルとミカミの事を観察した。
そして、何より……強者との戦闘経験は、間違いなく俺の方が上だ。何せ、この世界に来てからここまで、大体が強者との戦闘だったのだ。
強者との戦闘経験が有ったとしても、盗賊に身を落とし、普段は弱者を狩る事しかして来なかった連中に負けるはずがない。
「………次で終わらせる。」
ビュッ!
俺は刀を片手で水平に持ち上げ、直立のまま真横に腕を伸ばす形で構える。構えと呼ぶには少し異質な姿勢だが、今から俺が繰り出そうとしている剣技は、この姿勢から始まる。
天幻流剣術、剣技、
それが今から俺の使う剣技の名前だ。
「んだとこの野郎……」
額に血管が浮き出る程にキレるミカミ。俺の言葉がかなり癇に障ったらしい。
「言うわね。でも、そう簡単にいくかしら?」
テジマルも、冷静さを保ってはいるものの、俺の言葉は聞き流せない様子だ。
二人がイラついて多少でも剣がブレてくれれば儲けだと思っての一言ではあるが、嘘というわけではない。
実際に、俺は次の一合で、確実に一人を屠るつもりでいる。
「来いよ。クズ共。」
「「っ!!」」
ダダンッ!
単純明快な挑発によって、テジマルとミカミが弾けたように動き出す。
僅かな時間差で俺に向かって来る二人。
先に俺へ攻撃を繰り出したのはミカミ。
大剣を俺から見て右側寄りから突き出そうとしている。
ミカミの攻撃はただ避けるだけでは駄目だ。全身のパワーで振り下ろした大剣を、即座に切り返すという人間離れした攻撃をしてくる可能性が有る。避けるならば、切り返したとしても対処出来るように、もしくは、そもそも切り返しの攻撃が当たらない位置に避けなければならない。
これに対し、テジマルの攻撃は、途方も無い破壊力の一撃。しかも俺が最も嫌なタイミング、角度、強度の一撃を放って来る。しかも、破壊した物体の破片をも攻撃に利用する奴だ。
どちらも非常に厄介な存在で、無視出来ない攻撃を、スムーズな連携を使って放って来る。そんな相手二人の攻撃を避け続けるのは、なかなか出来る事ではない。ここまで避けた自分を自画自賛しているわけではなく、俺に、いつ一撃が入ってもおかしくはないという事だ。ここまでのやり取りでも、俺が僅かなミスを一つでもしていたならば、俺は既に死んでいるはずだ。
緊張感の有るヒリヒリした空気の中で、ほぼ同時に攻撃を仕掛けてくるミカミとテジマル。
その連携を前に、どう避けるのか。
後ろに大きく下がる。これでは結局二人が追い詰めて来るだけで解決にはならない。
どちらかの側面に回り込む。これは既に実行し、破られた動きだ。次は相手も確実に仕留めに来るはず。
アイテムを使う。悪い手ではないが、親子の居た家で投げたアイテムを、ミカミは避けた。得体の知れない物に対する警戒心が高く、その後に生じた白煙によって、俺のアイテムに対する警戒心は更に高まっているはず。腰袋に手を回せば、確実にその隙を狙って来る。
こんな接近戦では魔法など論外。
神力も使えるが、基本的に神力は補助的な役割が大きい為、行動自体を決めなければ、意味が無い。
逃げ回るだけならば、出来ない事は無いが、あまりちょこまかしていると、親子が危険に晒される可能性も高くなる。
こんな状況の下、二人の攻撃を避けつつ、相手を殺傷出来る攻撃を放つ方法が有る。
それこそが、今俺が繰り出そうとしている剣技、隠刀殺である。
二人の持っている武器は大剣と戦鎚。どちらもリーチが長く、重く、破壊力に特化した武器である。武器の先端部に掛かる腕力と遠心力の合計値は、簡単に石造りの家を吹き飛ばす程のものだ。
しかし、こういうリーチが長く重い武器には、特有の弱点が存在する。それは、相手の
他の武器でも同じと言えば同じなのだが、使う武器が大きく重くなるほど、取り回しも難しくなり、攻撃のタイミングで懐に入られると、何も出来なくなってしまう。
それが例えば、ニルの使っている小太刀や、スラたんの使っているダガー等のリーチの短い武器の場合、懐に入っても、攻撃は可能だし、寧ろそれこそが狙いだったりする事も有る。
しかし、大剣や戦鎚等は、懐に入られたからと、簡単に引き戻す事は出来ない。ミカミは切り返す力を持っているが、小太刀やタガー等の攻撃スピードに比べてしまえば、雲泥の差だ。
そして、もしどちらかの懐に飛び込む事が出来たならば、もう一人は攻撃を繰り出せなくなる。もしそんな事をすれば、敵どころか仲間まで殺してしまう事になるからだ。最悪、敵は無傷、仲間だけが死亡という結果も有り得る。
つまり、相手の懐、そこが最も安全な場所である。
しかし、その安全地帯に踏み込む為には、剛撃を潜り抜けるという過程が必要であり、相手も懐が弱い事を知っている為、簡単に踏み込ませてはもらえない。
台風の目に入るには、暴風域を通過しなければならないという事だ。
では、その暴風域をどのようにして通り抜けるのか。その答えが、剣技、隠刀殺である。
この剣技は、一言で言ってしまえばカウンター攻撃を繰り出す剣技である。
当然ながら、普通のカウンター攻撃ではない。
俺が片手で水平に持ち上げる刀を見た時、相手は何を思うだろうか。
不思議な構え方だ、それに何か意味が有るのか?
そんな戦闘に関係の無い事を
恐らく、大抵の者は、俺が右腕を水平に持ち上げた体勢から繰り出すであろう斬撃の軌道を読むはず。
剣道で、武器を自分の体の中心、つまり
これに対し、今俺が取っている構えは、直立で右腕を真横に、水平に持ち上げ、片手で刀を持っているという特殊に過ぎる構えだ。
そんな体勢から繰り出される攻撃となると、かなり限定されてくる。
例えば、片足を前に出す、もしくは引いて横薙ぎに振る。斜めから斬り下ろす、斬り上げる等だ。
しかし、その全ての攻撃は、俺から見て右側からの攻撃となる。もし、左から右へ抜ける攻撃を繰り出そうとすると、腕を大きく左へと持って行き、そこから振り抜く必要が有る為、相手から見ると一拍置いてからの攻撃になってしまう。体を回転させるという選択肢も有るが、当然ながら一拍置く事になる為、同じ事だ。
要するに、俺から見て右から左へ抜ける攻撃にのみ気を付けてさえいれば、俺の攻撃を封じる事が出来てしまうという事になる。
そうなった時、相手の攻撃として、一番有効な攻撃は何だろうか?
その答えが、ミカミの繰り出した、片側に寄った突き攻撃である。
常に俺から見て右側に剣が有る状態を保つ事が出来、俺が攻撃を仕掛けた時、突き攻撃を引き戻すだけで攻撃を防ぐ事が出来てしまう。
俺が攻めあぐねたならば、そのまま突き攻撃を押し通せば、俺の体を簡単に貫く事が出来る。攻防一体の一撃が完成するのだ。
それが誘いという可能性も考えているだろうが、どちらにしても、突き攻撃を出した時点で、何をしようと自分が攻撃を受ける事は無い…と思っての事だろう。
それで間違ってはいない。ただ、俺の繰り出す攻撃を対処出来るかは別だ。
剣技、隠刀殺は、普通のカウンター攻撃とは違い、刀を隠す事で、相手の防御をすり抜ける剣技である。
刀を隠すというのがどういう事なのか…それは、実際に起きている事を説明すれば分かり易い。
ミカミの攻撃に対し、歩法、差足で近付くように前に足を踏み出す。
右に動くように見せかけて、真っ直ぐに進路をとる事で、ミカミは俺の体から右に逸れた位置へと突き攻撃を繰り出す事になる。俺は大きく体を沈ませ、突き出された大剣の下に、右腕を潜らせる。それと同時に、腕を前方へと動かし、ミカミの突き出した腕と大剣に対して平行となるように調整する。これによって、ミカミからは俺の刀が見えなくなる。
何故そんな事が起きるのかと言うと、ミカミは俺の右腕に意識を向け、突き攻撃を自分の体の左側へとズラした。すると、体の正中線からズレた大剣は、自分の視界を塞ぐ障害物へと変わる。
刃を垂直にして、自分の正中線に構えた場合、刃の幅のみが遮蔽物となる為、それ程邪魔に感じる事は無いだろうが、剣を正中線からズラしてしまうと、刃を斜めから見る事になり、視界の邪魔になるのだ。
自分の目を起点にして、邪魔にならないよう刃を傾ければ良いだけの事ではないのかと思うかもしれないが、剣技というのは相手の武器に関わらない。
つまり、ミカミの武器が大剣ではなかったとしても、俺の刀は見えなくなる。何故ならば、突き攻撃をする際の、自分の腕が視界の邪魔になるからだ。
これが例え細剣だったとしても、突き攻撃をする際、人は必ず腕を伸ばす。その影に、俺の腕を潜り込ませるのだ。
そんなもの、腕を退かすか顔を動かせば…なんて思うかもしれないが、突きを出したのに対してのカウンターとして繰り出された攻撃だ。その行動を認識し、対処するには、あまりにも時間が短過ぎる。
一秒にも満たない時間の中で、咄嗟に判断し反応するなんて、普通は不可能だ。
それに、相手には、俺への攻撃が外れ、懐に入ろうと前へ踏み込んでいるようにしか見えない。右腕がどうなっているのかが見えないのだから、刃の向きや俺の攻撃が突きなのか、横薙ぎなのか、何も分からない。つまり、対処も何も無いという事だ。
ここまで分かれば、後は右腕をどう滑らせようが、相手を殺傷する一撃へ繋ぐことが出来る。但し、この剣技を使う上で、歩法、差足は必要不可欠である。
相手の攻撃を躱すのではなく、ズラす事が隠刀殺の重要なポイントである為、それを誘発させる差足が無ければ成り立たない剣技なのである。
そして、天幻流剣術は、神力を使う事を念頭に置いた剣技である事は既に分かっている。相手の死角に刀を滑り込ませる事が出来たならば、神力さえ必要無い事が多いだろう。しかし、ここに神力を組み合わせる事で、より甚大な被害を与える事が出来る。
神力で腕力の補助をしても良いし、刃の延長や斬撃の強化でも構わないが、今回は腕力の強化を行った。
理由は、刀を真横から振る為、いつもより力が入らず、斬撃が少し軽くなるからである。相手が非常に体格の良い相手である為、斬撃の重さが足りないと、分厚い筋肉で止められてしまう可能性も有る。
脇の下等の急所を切り裂けば、それも必要無いのだが、腕力を強化してしまえば、失敗する要素が皆無となる。であれば、使わない手は無い。
俺は右腕に神力を集中させ、ミカミへと肉薄する。手を伸ばせば触れられる距離。ミカミの視線は驚愕のまま、俺の顔に向けられている。
「ミカミ!!」
あまりにも近過ぎる俺とミカミ。それによってテジマルは攻撃を出せず、声を張り上げる。
ズブッ!
俺の持っている桜咲刀は、ミカミの横腹から背中側へ向け、斜めに難なく侵入し、そのまま内蔵にまで達し、背骨に当たる。硬質な骨の感触が手に伝わって来た後、更に刃を押し通すと、刀はミカミの背中へと抜ける。
ザシュッ!!
「……あ…?」
いつ斬られたのか、どう斬られたのか、それをミカミは把握出来ていない。しかし、背骨を真っ二つに切り離した事実は変わらない。主要な神経も全て断ち切られ、ミカミの下半身は力を込める事が出来ず、その場で崩れ落ちる。
ドサッ…
ビチャビチャッ…
一切力の入らない下半身を見詰めるミカミ。引き裂かれた横腹から、小腸がはみ出し、血とともに地面の上に落ちる。
「何が…」
ズズズッ…
自分の身に何が起きたのか理解出来ず、どうにかして立ち上がろうとするミカミは、大剣を自分の方へと引き寄せようとする。
だが、足は動かず、重たい大剣は地面を擦るだけ。
人は死に至る痛みを受けた時、その痛みを感じさせないように脳が作用すると聞いた事が有るけど、本当らしい。ミカミは斬られた横腹から飛び出している自分の臓物を見て、腹の中へ戻そうとしている。
「ミカミィィィ!!」
こちらを攻撃することが出来ず、ただ見ていたテジマルが、鬼の形相で叫び声を上げる。
しかし、俺が居るのはミカミの目の前。下手に攻撃してしまえば、自分がミカミにとどめを刺す事になる為、戦鎚をギリギリと音がする程に握り締めるだけ。
「キサマァァァ!!」
最早自分のキャラも忘れ、完全に男となったテジマルが、ドスの効いた低い声で叫んでいる。
「随分と怒り狂っているみたいだが、お前達がこれまでしてきた事は、もっと酷かったんじゃないのか?」
「黙れぇ!!」
仲間を傷付けられて怒り狂うような感性が有るならば、他人に酷い事など出来ないのではないかと、俺ならば思ってしまうのだが…そういう話でもないのだろうか?考えたところで、盗賊を嬉々としてやっているプレイヤーの気持ちなど、俺には分からないし、どうでも良い事だ。
「俺の……腹が……う…」
ミカミが、戻そうとしても戻らない内蔵をぐちゃぐちゃと弄り回しているのを
「ヤメロォォォォ!!」
ザシュッ!!
ゴトッ…ドサッ…
俺が振り抜いた刀は、見事にミカミの首を切り裂き、頭が地面に落ちた後、胴体は仰向けに倒れる。
「キサマァァァ!!」
ブンッ!ガンッ!ブンッ!ガンッ!
怒り狂うテジマルが、何度も戦鎚を振り回し、俺の頭を割ろうとする。
しかし、一人になった上に、怒り狂って攻撃は単調となっている。避ける事は難しくない。ただ、パワーは変わらずなので、下手に飛び込んで殴られたりしたら、一撃でお陀仏である事は変わらない為、慎重に機会を伺う。
「ア゛ア゛ァァァァァァァァァ!!」
ブンッ!ブンッ!ブンッガンッ!
大きな戦鎚を軽々と振り回し、何かに当たれば、それは粉々になって吹き飛んでいく。
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