第440話 仲良し三人組 (2)

一瞬にして直剣を振り下ろす男の目の前に飛び込み、その腕を切り取り、斬撃を防ぐ。


何とか間に合った。


心底ホッとした。

ラルクが何とか足掻いてくれたお陰で、ギリギリ助けられた。その事を状況から判断し、よく耐えたなという言葉しか出てこなかった。

本来ならば、無謀をした事に対して何かを言うべきだったのかもしれないが、恐怖に引き攣った顔と、腕の傷。暑くもない日なのに大量の汗を額に浮かべるラルクに対して、強い言葉を放つ気にはなれなかった。


ドカッ!


「ぐっ!」


俺の登場に驚いていた盗賊三人。その内の一人がヤナを捕まえていたが、ニルの登場によって、難なく奪還出来た。ヤナに対して刃物を向けていたりはしていなかった為、ニルも容易く奪い返せたようだ。

ただ、ヤナに血を見せるのを嫌ったのか、相手の男には傷を負わせていない。

緊急で、ラルクを斬り付けようとしていた男の腕を斬り飛ばしたが、それも本来ならば控えるべきだったのだろう。流石にギリギリのタイミングだった為、他の選択肢を考えている暇が無かった。


「大丈夫ですか?」


「ふ…ふえーーん!」


ニルが救い出したヤナに声を掛けると、安心したのか、泣き出してしまう。見た限り怪我は無さそうだし、大丈夫だろが、ラルクとザッケはそれぞれ腕と足を斬られている。深い傷ではないし、傷薬を塗っておけば直ぐに治る程度のものだが、問題はそこではない。


「こんな子供にまで剣を振り下ろすのか……」


相手は十歳前後の子供だ。盗賊にとっては、大人か子供かなんてことは関係無いという事くらい、言われなくても分かっている。分かってはいるが、実際にそういう場面を見てしまうと、どうしようもなく怒りが込み上げてくる。


「ラルク。ヤナとザッケを連れて、俺達の後ろに居てくれ。出来るな?」


「は、はい!!」


ラルクは直ぐにヤナの元に走り、手を握ると、俺の後ろに居るザッケの元へ向かう。


「あ゛あぁぁぁぁっ!」


その間も、腕を斬り飛ばした男は、ずっと叫び続けている。


「お、おい!この二人!」


「ああ…間違いない。例の二人だ。」


ニルに殴り飛ばされた男と、もう一人元気な男が、腕を失った仲間を無視して話を始める。


よくも仲間を!なんて熱血を期待しているわけでもないし、それ自体をどうこう言うつもりは無い。ただ、この二人は、俺達が渡人を殺したという話を聞いていないのだろうか。

何故この状況で、悠長に会話をしていられるのか…俺なら即時離脱して報告に向かうところだが、この二人はそうしないらしい。余裕なのか馬鹿なのか…余裕を見せる馬鹿なのか…まあ、何にしても、子供達を傷付けておいて、逃がしてやる道理など無い。


「子供達の前でこんな事をするのは気が引けるが、どうにも抑え切れそうにない。」


「私も絶対に許せません。」


ザッケとラルクが怪我をしているのを見て、ヤナが号泣しているのを見て、ニルもこの二人に対する怒りを覚えたようだ。


「あ゛あ゛あぁぁぁぁっ!!」

「うるさい。」


ザシュッ!!


腕が無くなって悲しいのは分かるが、子供に直剣を振り上げた男が悪い。そんな事をした自分が悪いというのに、いつまでも叫び続ける男が鬱陶しくて、俺は男の首をねる。


ラルクはそれよりも前に、ヤナがこれからの惨状を目にしないように、自分の背で視界を塞いでくれている。ヤナには刺激が強過ぎる光景だと判断してくれたのだろう。俺個人としては、ザッケとラルクにも見て欲しい状況ではないが、苦しんでゆっくりと死んでいく姿の方がトラウマとなるだろうし、一撃で終わらせる。


「ニル。痛め付けるなよ。」


「はい。」


俺とニルが残った二人を片付けようとした時、ニルに吹き飛ばされた男が何かを取り出す。野球ボールより少し小さめの球状の何か。見た目を表現する言葉としては、それが適切だろう。

それが何にしろ、使うのをわざわざ待ってやるつもりは無い。


ダンッ!


俺はアイテムを取り出した男に、ニルはもう一人に、合図も無しに同時に接近する。

俺とニルの連携も、かなりのレベルに達している。この程度の相手には破られない連携を取れる自信が有るし、全く問題は無い。


俺とニルが飛び込んだタイミングで、二人が持っていた直剣と曲剣を突き出してくる。

アイテムを使おうとした奴は、それを使用するより先に、俺に剣を向けた。見たところ、手に持っているアイテムは、発煙弾のような物で、仲間に俺達の存在を知らせる類の物だと思うのだが、俺達の動きを無視して使用すれば、仲間に知らせる事も出来たかもしれないのに……いや、こいつらにそんな動きをする心根など無い。ラルクが傷を受け、武器も持たずにヤナを救う為、自分の命を捨てる覚悟で詰め寄ろうとしたように、こいつらが自分の命より仲間の命を優先する事など有り得ない。こいつらが、ラルクの行動を本当の意味で理解する日は、絶対に来ない。


こいつらを生かして逃がすという選択肢は無い。


それにしても、この二人の動き……遅い。


最近プレイヤーと戦ったからか、まるで止まって見える。そもそもこの二人の実力は中の下といったところ。あまりに実力が離れ過ぎていて、俺達の実力が判別出来ないのだろうか。

だとすると、今ジャノヤ近郊で暴れている連中は、下っ端連中という事かもしれない。俺達を誘き寄せる為の餌扱いという事だ。それでも、こいつらは強奪して良い思いが出来るから、餌だと気付かず、文句が出ないといったところだろう。そうなれば、情報も期待出来ない。生かしておく必要は皆無だ。


ザシュッ!ザシュッ!


俺もニルも、全く苦戦すること無く、二人の首を刎ねる。一撃で戦闘は終了だ。


「ラルク。ザッケ。大丈夫か?」


俺は納刀すると、直ぐに後ろを振り返り、ラルク達三人に近寄る。


ザッケもラルクも、かなり緊張している。今の今まで死ぬかもしれない状況だったのだから、緊張していて当たり前だ。

ヤナはずっと泣き続けているし、かなり怖い思いをしたのだろう。


「あ、ありがとう…ございます……」


ラルクは強ばった声で、お礼を言う。


「それよりもまずは、怪我の手当をするぞ。少しだけ場所を移そう。」


流石に死体が三つも転がっている場所で子供達と話し合いはしたくない。


なるべく死体を見せないように壁になりつつ、場所を移す。周辺は綿花畑ばかりで、隠れるような場所は無いが、盗賊達の気配も無い為、適当なところでラルク達三人を落ち着かせ、直ぐに手当を行う。

ザッケもラルクも、切り傷から血が出ているものの、そこまで深い傷ではなく、既に血は止まりつつある。大した事が無くて良かった。


手当が終わる頃になると、ヤナが泣き止んで、ザッケとラルクも緊張が解けてくる。


「一先ず、手当は終わった。まだ痛むかもしれないが、それも直ぐに良くなるはずだ。

大きな怪我が無くて本当に良かった。」


「「「…………………」」」


三人は、移動してからずっと押し黙ったまま、一言も喋らない。


「どうした?」


「……その……」


俯いて、モジモジしている三人を見て、何が言いたいかは直ぐに分かった。自分達が無謀な事をしたという自覚が有るのだろう。謝ろうとしているが、叱られるのが怖くて言い出せないといったところか。

いつもは誰よりも元気なはずのザッケも、今回ばかりは口を開き辛そうにしている。


「今はとにかく休め。良いな?」


「「「はい……」」」


正直なことを言えば、叱る気は無い。

自分達が無謀な事をしたと自覚しているならば、敢えて言わずとも、しっかり頭の中に刻み込まれているはずだ。それだけ子供達にとっては、恐怖の体験だっただろうから。それに、今はただ、三人が無事だった事にひたすらホッとしている。先程殺そうとした男達の中に、奴隷の枷を持っている奴が居た。恐らく、三人の内の誰か…十中八九ヤナに装着しようとしていたのだろう。あと少しでも助けが遅れていれば、ラルクが斬られ、ヤナは奴隷になっていただろう。どちらの事象も起きず、救い出せたのは奇跡だ。

先に出たはずのハイネ達が居ない事を考えると、間違いなく別のルートを通り、子供達を追い越してしまっているはず。つまり、索敵能力の高い三人組で行かせても見付けられなかったという事になる。

この広大な綿花畑で、子供達三人組を見付けるというのはそれくらい難しい事であり、俺達だって声に気付かなければ見付けられなかっただろうし、その可能性は十分にあった。

もし、見付けられなかったらと考えると、既に三人を救い出した今でもゾッとしてしまう。


それ故に、子供達を怒るという選択肢は無いし、それは恐らく彼等の保護者がしてくれるだろう。

そもそも、子供達は俺達を助けたくて村を飛び出したのだ。無謀ではあっても、そこには俺達を助けようという気持ちが先に有った。それを叱る気にはなれない。

俺達に出来る事は、取り敢えず安心させて、村まで連れて帰る事くらいだ。

とはいえ、謝らなくて良いとか、怒っていないという言葉を使ってしまうのも違う気がして、なるべく優しい声と顔で、休めと言うしかなかった。


こういう時、自分の子供が居る親ならばもう少しまともな事が言えたりするのかもしれないが、そういった経験なんて無いし、子供が特別得意でもない。不安になっている子供達をどう安心させてやれば良いのかもよく分からない。


「大丈夫ですよ。もう盗賊達は居ませんからね。」


俺と違い、ニルは子供達の扱いが上手く、優しい声でヤナの背中を撫でながら言葉を掛ける。ヤナは少し安心したような笑顔を見せてニルを見上げる。

ニルの事を尊敬しているというのもあるだろうが、そもそもニルは子供の扱いがとても上手い。こういう時は本当に助かる。


「ご主人様。どうしますか?」


「そうだな……」


子供達をテノルトに連れて帰るのは確定事項だが、ハイネ達との連絡手段を決めずに焦って飛び出してしまったから、ハイネ達にも子供が見付かったと知らせる必要が有る。

一応、こういう時や、はぐれた時の為に、ジャノヤ周辺で集合場所を予め決めてある為、そこに行けばハイネ達にも会えるはずだ。俺達のような小競り合い程度の戦闘は起きているかもしれないが、この程度の相手ならば、ハイネのリハビリに良い相手程度だし心配は要らないだろう。

そうなると、決めていた集合場所に向かっている可能性が高い。俺達もそこに行けばハイネ達に会えるだろうが、子供達を連れて行く事は出来ない。


「ニル。悪いがハイネ達に知らせに行ってくれるか?出来ればそのまま偵察に移りたい。」


「分かりました。それでは、事前に決めておいた場所に向かいますね。」


「ああ。頼む。」


今のニルならば、大抵の相手には負けないだろうし、慎重に向かえば誰にもかち合わず向かえるはず。


「俺も三人を村に送り届けたら、直ぐに合流する。それまでは待っていてくれ。」


「分かりました。それでは、私は先に向かいます。」


「ああ。」


ニルの方が子供達の扱いに慣れているが、ニルだけで村に向かわせると、奴隷という立場から厄介事に巻き込まれる可能性が有るし、俺が行くのがベストだろう。


「…俺達は戻らないよ!」


ニルを見送った後、意を決したようにザッケが叫ぶ。


自分達が悪いと思ってはいるだろうが、彼等は俺達を助ける為に動いてくれたのだ。そこにはテノルト村の人達に対する失望が存在している。

俺とニルは、村の為にモンスターを排除して、他にも色々とクエストを行い、それなりに村に貢献したと思う。子供達にも剣術を指南した。そんな俺達に、言ってしまえば恩を仇で返そうとしている村人達に憤りを感じているのだから、子供達が村へ戻りたくないと言い出すのも無理はない。

ただ、村の人全てが、俺達を売ろうと言っていたのかは、微妙なところだと思う。

要するに、自分達が助かるならば、俺達を売ってやろうという話なのだが、盗賊達は無差別に村や街を襲っている。例え俺達の事を売ったとしても、自分達の村が安全になるわけではないという事くらい、冷静に考えれば分かるだろう。

何より、ザッケ、ラルク、ヤナ、この三人が、俺達を売るという話を聞いて、飛び出す程に憤りを感じてくれているという事は、少なくとも、彼等の保護者は、そういう行いを悪と教えているはず。そんな保護者達が、俺達を売ろうとしているとは思えない。


「村の連中はカイドーさん達を盗賊に引き渡すって言ってたんだよ!」


ヤナはオドオドしているが、ザッケとラルクは、村の人達への怒りを隠そうともせずに、あんな連中…と眉を寄せる。


「僕だって、カイドーさんに言われた通り、頭を使って考えたんだ。でも、カイドーさん達を盗賊に売るくらいなら、僕が命を懸けて盗賊を殺せば、カイドーさん達は売られずに済むって!」


ラルクはやはり頭が良い。普通なら、村人達を恨み、村人達に文句を言うのが子供の考え方だ。いや、実際に暴れたとハナーサが言っていたし、そう考えてもいただろう。しかし、暴れたところで、考えを改めようとしない村の者達を見て、どうすれば俺達を売られずに済むのかを考えたのだ。

その結果、考えが甘かった感は有るが、元凶である盗賊をどうにかしようと考えたのだ。

もっと慎重に、自分と相手の力量を測ることが出来れば、ラルクはきっと化けるだろう。

とはいえ、それは今ではない。


帰らないと言い張る二人をどうしたら良いのか分からず困っていたが…


「ザッケもラルクも帰るの!!」


ずっとオドオドしていたヤナが、二人の手を取って引っ張る。


「ヤ、ヤナ?!」


「怖いのは嫌!二人が怖い目に遭うのも嫌なの!」


泣きながら二人に言い放つヤナ。


いつもは二人の後ろで隠れているだけのヤナが、大声で二人を止める。


「……お前達の親は何と言ってたんだ?」


それを見て、俺はザッケとラルクに質問を投げかける。


「それは……」


ザッケもラルクも、押し黙ってしまう。予想通り、ザッケの親も、ヤナの親、つまりラルクの保護者も、俺達を売ろうとはしていない様子だ。


「ラルク。お前が今回、取るべきだった行動は、お前達の考え方に賛同する大人に、皆を説得するように言う事だったんじゃないか?」


ラルク達は、自分で何かをしようとしたが、子供三人では出来ることなんて、この状況ではほぼ無い。


大人を巻き込む事。それが最善の行動だったと思う。


「「……………」」


「一度帰って、両親と話し合ってみろ。お前達が思い付かない事も、両親ならきっと考え付くし、それを行動に移す方法も知っているはずだ。」


「「……………」」


「帰るの!!」


黙ったままの二人にヤナが強く言って引っ張ると、二人の動かなかった足が動き出す。

分かってくれた…と思って良いだろう。


俺はそのまま、ザッケ達三人を連れてテノルト村へと向かう。馬車が有れば良かったのだが、無かった為、近くの街で荷車を拝借して三人を乗せた。村には既に人が居なくて荒れ果てていたが、一応帰りに返しておこう。これである程度スピードを出しても問題は無いはず。多少揺れるかもしれないが、そこは我慢してもらうとしよう。相手の勢力圏内でのんびりしていると、ハイネ達が危ない。


「は、速いよー!」


ガタゴトと揺れる荷車に掴まっている三人の叫びを聞きながら、俺達は一気にテノルト村へと移動する。


テノルト村付近になったところで荷車から降ろすと、三人は真っ青な顔をしていた。だがしかし、無事に三人をテノルト村へと送り届ける事が出来た。五体満足で帰って来たのだから、許してもらおう。


テノルト村の前まで辿り着くと、ハナーサとケビンが待っていた。


「カイドーさん!皆!」


ハナーサは祈るように手を握り合わせていたが、俺達の姿を見るや、走って来て子供達三人を抱き締める。


「良かった!本当に無事で良かったわ!」


「ああ!本当に!本当に良かった!」


二人共、語彙力が無くなる程に安心して胸を撫で下ろす。ハナーサに至ってはホッとした拍子になのか、涙までボロボロと流している。実の親ではなくても、小さな村だし、皆家族のようなものだろう。二人の帰還を、心の底から喜んでくれている。


「本当に馬鹿な子達!なんでこんな事をしたのよ!」


ハナーサは理由については知っているだろうに、何か言わなければ気が済まないと、泣きながら怒る。


「「「ごめんなさい…」」」


三人は自分達が悪いと既に理解している為、直ぐに謝る。


「「ザッケ!!」」


「「ヤナ!ラルク!」」


ザッケの両親と、ヤナの両親が、村の中から走って来て、三人を抱き締める。子供が心配で、ずっと外を見ていたのだろう。俺達が来たのに気が付いて、裸足のまま飛び出して来たようだ。

これだけ心配していたのだから、ハナーサとケビンが止めていなければ、自分達だけで探しに行こうとしていただろう。そう思わせる程に、両親達は安心で涙し、ひたすら子供達をその腕に抱き締めていた。

ハナーサとケビンですら泣く程安心したのだから、保護者としては、全身の力が抜け出るような気持ちだった事だろう。

ラルクも、本当の両親ではないと聞いていたが、ヤナの両親は、ラルクの本当の両親のように、ヤナの事も、ラルクの事も愛しているのだと、その姿で直ぐに理解出来た。


「悪いが、俺はもう行くぞ。こっちも急ぎでな。」


俺は子供達と両親のやり取りを少しの間見てから、ハナーサとケビンに言う。

他の村人達に見付かれば、俺は引き渡されてしまうかもしれないし、長居は出来ない。

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