第439話 仲良し三人組
泣き出しそうな顔で言うハナーサに言葉を返して、俺とニルは直ぐに北へ向けて走り出す。
「頼む…無事でいてくれよ……」
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
その頃、ザッケ、ヤナ、ラルクは……
「ラルク。今頃ヤナは泣いてるかな?」
「そうだね……一人だけで置いて来ちゃったし、泣いてるかもしれないね。」
ザッケとラルクは、二人で綿花畑の間を歩き、腰には木剣、体にはグリーンスネイルの甲羅で作られた防具。そして、腰の後ろには、ナイフの柄が顔を覗かせている。
周囲にヤナの姿は無く、ザッケとラルクの二人だけ。
「本当はザッケにヤナを守ってもらいたかったんだけどね…」
「一人で行かせてたまるかよ。それに、村に居れば、ケビンも居るし大丈夫だって。それより、このまま何もしなければ、村の大人達に、あの二人が捕まって、ハンディーマンの奴らに差し出される。そんな事許せるかよ。」
「そうだね……いつもいつも、盗賊って奴らは他人の物を奪って……絶対に許さない。」
二人の足は、ジャノヤへ向けて着実に進んでいた。
今現在、二人が居るのはテノルトとジャノヤの丁度中間地点。
「大人達の話からすると、この辺で暴れ回ってんだろ?」
「うん。でも、そんな下っ端連中を倒したって仕方無いよ。ハンディーマンの頭領、黄金のロクスをどうにかしないと。」
「でも、何処にいるのか知ってるのか?」
「分からない。でも、分からないなら聞けば良いよ。一人だけ捕まえて、話を聞けば良いんだよ。」
二人は簡単そうにそんな話をしている。
自分達が今、どれだけ危険な状態なのか、そしてそれよりも更に危険な事を行おうとしているという事に気付いていない。
二人は、ケビンの教えている子供達の中では、最も剣を上手に振ることが出来る。一般的な子供達と比べても、恐らく強い方だろう。だが、それはあくまでも同じ年齢の子供達と比べてというだけの事である。
ザッケとラルクがやろうとしている事が、どれだけ無謀な事なのかは、大人からしてみれば直ぐに分かる事。
しかし、子供達は、自分達ならば出来ると考えてしまう。これが子供の遊び程度の話ならば、大人に叱られて終わりだろうが、盗賊に手を出そうとしている今、確実に叱られるだけでは済まない。
子供の認識は大人が思っているよりずっと甘い。それが普通の子供であり、大人は誰しもそういう道を通っているのに、何故か大人になるとその事を忘れてしまう。
子供の頃、何でも出来るような気がしていたのを覚えているだろう。そんな子供補正とでも言うべき思い違い、思い上がりを、ザッケとラルクはしているのだ。
シンヤやニルにも剣術を教えてもらい、その上でケビンからも指南を受けている。出来ることは当然増え、強くなったと思ってしまっているのだ。
「捕まえるって言っても、この辺りには居ないみたいだぞ?」
「ジャノヤに向かえば、必ずどこかで見掛けると思うから、それを捕まえれば良いんだよ。」
「そうなのか?」
「うん。」
ラルクの予想は、残念ながら当たっていた。
事実、ラルク達がそのままジャノヤへ向かえば、その途中で盗賊に出会う事になってしまう。
そして、その時は直ぐそこにまで近付いている。
そんな二人の少し後ろには、小さな人影が一つ。
「ザッケもラルクも…帰らないのかな…」
ビクビクしながらも、二人の足に合わせて小走りで付いて行く影の正体はヤナである。
ヤナは、自分だけが仲間外れにされたと思い、二人を追って来てしまっていた。ただ、二人がコソコソと村を出て行くのを見て、何か悪い事をしようとしていると思ったヤナは、仲間外れにされた事も含めて、二人に話し掛ける事が出来ず、隠れて二人を追って来てしまっていたのだ。
ザッケとラルクは、ヤナの存在には全く気付いておらず、自分達二人だけだと思っている。
「こっちは行っちゃ駄目だって言われてるのに…」
綿花畑の端から覗き込むヤナ。
二人は意気揚々とジャノヤに向かって歩いている。
ヤナは元来とても臆病な性格で、いつもはザッケとラルクの無謀に付き合わされているだけ。そんな無謀な事に付き合う必要など無いと言ったところで、子供には通用しない。
加えて、ヤナは、両親から言われている事が一つ有った。
それは、ラルクの事だ。
ラルクの両親が亡くなって、ヤナの家で引き取ると決まった時、ヤナの両親は、ラルクの事をちゃんと見てあげていて欲しいと言った。
両親の意味するところは、ラルクが両親を亡くし、たった一人になってしまった事で、堪らなく寂しく感じる時が有るだろうと思い、ずっと仲良くしてあげて欲しいという事だった。でも、ヤナにとって、ラルクと仲良くするのは当たり前の事であった。
故に、ヤナは、両親の言葉を
ザッケとラルクも、それくらいの感覚だったはず。
だから、今回、ヤナを置いて出掛けるという、これまでにした事の無い事をして、ヤナがどう動くのかを、誰も知らなかった。
ヤナは、両親に言われた通り、ラルクから目を離さず、二人がヤナを置いて出掛けようとしたのを見付けて後を追ってしまった…という事だった。
こうして、三人は子供の足で歩き、着実にジャノヤへの道程を消化していた。
そして、遂にその時が来てしまう。
「あれだ。」
ラルクとザッケが見付けたのは、三人の盗賊。盗賊達は、村から奪ったであろう食料を食いながら、会話をしている。
二人は綿花畑に隠れて、盗賊達の様子を伺う。
「想像以上にちょろい仕事だな。」
「はっはっ!適当に見付けた村や街を襲えば良いだけだからな!冒険者や衛兵も来ないって分かっていれば、こんなもんだろ!」
「領主様様だな!」
笑いながら肉を頬張る男の言葉を聞き、ザッケとラルクが固まる。
「ま、まさか…」
「領主様が盗賊に手を貸しているのか?!」
ザッケもラルクも、領主が盗賊側の人間だと言う事は知らなかった。寝耳に水の話に、絶望の表情を浮かべる。
特に、ラルクにとって、盗賊を許さないと公言していた領主は、ある意味ヒーローのような存在だった。
戦闘力の事は知らなくても、大々的に盗賊と事を構える姿は、ラルクにとっては理想の大人そのものだった。
それが、自分の両親を殺したであろう盗賊達と手を組んで、弱者から全てを奪い取っていたと知り、絶望していた。
それでも、ラルクは自暴自棄にだけはならず、ギリギリの精神状態を保っていた。
それは、シンヤとニルという存在を知っていたからだ。
ラルクにとって、領主はヒーローのような存在だったが、同じように、盗賊を退治してくれる存在として、シンヤとニルを英雄のように思っていた。
実際には、シンヤとニルが盗賊を退治するところなど見た事は無いが、モンスターを僅かな時間で退治してくれた事は、自分が着ている防具が証明してくれている。
それに、あれやこれやとシンヤに話を聞いていて、嘘偽りの無い話だと、ラルクは気が付いていた。
彼の中に、シンヤとニルという存在が無かったならば、ここで世の中に絶望して、盗賊達に無策で突っ込んでいたかもしれない。
「…ザッケ。今は領主様…ううん。領主の事を考えている場合じゃないよ。」
「そ、そうだな…」
少しだけ冷静になれたラルクが、ザッケに声を掛けると、ザッケもやっと我に返る。
「僕達二人で三人の相手は出来ないと思う。だから、一人だけを狙うんだ。」
「一人になるまで待つのか?」
「ううん。僕に作戦が有る。」
ラルクの作戦というのは、綿花畑の一箇所に、音を立てる。方法は石を投げるだけで構わない。
相手が見えていない状況だと、警戒して複数人で見に行くはず。
でも、三人が現在座っている場所には、強奪品が置いてあり、そこを全員が離れる事は無いはず。となると、二人が様子を見に行って、一人は残る事になる。
そして、その残った一人を、後ろから忍び寄って攻撃して捕まえるというものだった。
読みは悪くない作戦で、実際に石を投げたところ、二人が様子を見に行く事になり、一人は荷物番としてその場に残った。
ラルクの予想は的中したが、二人で盗賊一人を倒せると思ってしまったのが良くなかった。
盗賊の二人が様子を見に行き、その場を離れた後、ザッケとラルクは残った盗賊の背後に回り込む。
「行くよ。」
ラルクの言葉に、ザッケが頷く。
ガサガサッ!
「っ?!」
二人が綿花畑から飛び出し、物音に驚いてこちらを向こうとする盗賊の男に木剣を振り下ろす。
ガンゴンッ!
「がっ!」
木剣は盗賊の男の頭に当たり、鈍い音を立てる。
剣筋も良く、盗賊は痛そうな声を出して四つん這いになる。
「まだ!」
ゴンッ!ガンッ!
「ぐっ!いっ!」
二人は力の限り、木剣を何度も振り下ろし、盗賊の男を殴り付ける。
いくら子供の力とはいえ、剣術も習っているし、力を込めて木剣を振り下ろされれば、大人だろうと関係無く痛い。だが、あくまでも、痛いだけだ。
ゴンッ!ガンッ!
相手が動けなくなるまで、何度も木剣を振り下ろザッケとラルク。しかし…
ガシッ!
ケビンとラルクの木剣が、急に重くなり、動かなくなる。
「クソ痛え……好き放題殴りやがって。」
ザッケとラルクの木剣を、盗賊に握り取られ、ガッチリとホールドされてしまった。剣術を習っていても、単純な力勝負で、子供が大人に勝てるなんて事は無い。
「クソガキ共がっ!」
盗賊の男が、手に取った二人の木剣を無理矢理振り回す。
ドサッ!
「「っ!!」」
振り回された木剣を握っていたザッケとラルクは、後ろへと体勢を崩してしまい、地面に尻を打ち付ける。
ザッケとラルクが、初めて間近で見た盗賊という人間。
その目から伝わって来るのは、本気の殺意。
お前を殺すという確固たる意思。
二人はその目を見て、金縛りを受けたかのように動けなくなる。
怖い。
二人の感情が、それだけに染まっていく。
初めて向けられる剥き出しの殺意。自分達は、これから死ぬのだと本能的に理解させられる。
シンヤとニルが、無謀な事はするなと言っていた理由を、二人はこの時初めて本当の意味で体感した。
「きゃぁっ!」
そんなタイミングで、聞き慣れた女の子の悲鳴が聞こえて来る。
二人の背筋が凍り付いた時、ガサガサと揺れた綿花の奥から現れたのは、移動した盗賊の二人と、その二人に捕まって暴れるヤナだった。
「ヤナ!?」
「なんでここに?!」
「嫌っ!」
怯え切ったヤナだが、掴まれている腕をどうにかして外そうと抵抗する。
「ヤナを離せ!」
動けなかったはずの、金縛りにあっていたラルクの体が、ヤナの窮地を見た瞬間に解ける。
「うるせえ!!」
ドガッ!
「ぐうっ!」
ドカッ…
しかし、ラルクがどれだけ力を込めても、武器も無い状態でヤナを救う一撃など放てない。
ヤナを捕まえている男が、走って来たラルクの腹部を爪先で蹴り上げ、ラルクは後ろへと吹き飛んでしまう。
「う…げえぇ…」
横になって地面に倒れたラルクの口から、胃の中に入っていた物が出てきてしまう。
「ラルク!この野郎!!」
ラルクが痛め付けられた事によって、ザッケの金縛りも解ける。
「大人しくしてろ!」
バキッ!
「ぐあっ!」
ザッケは盗賊の一人に顔面を殴られて、ラルクと同じように地面に転がる。
「ザッケ……くそっ…」
ラルクも、ザッケも、これがどうやっても解決出来ない問題だという事を理解した。自分達の力など、まるで無いのと同じで、大人にはまるで歯が立たない事を。
「ぎゃはは!お前ボコボコじゃねえか!」
「ガキ二人にやられたのか?!情けねえ奴だな!」
「うるせえ!いきなり後ろから殴られたんだ!くっそ…このクソガキが!」
ガンッ!バキッ!
「ぐっ!」
「あぐっ!」
「止めて!殴らないで!」
ザッケとラルクに殴られた男が、二人を殴り付けるのを見て、ヤナが声を張り上げる。
「あ?なんだ?俺は殴られても良くて、このガキはダメなのか?理不尽な事を言うガキ共だな。」
「理不尽な事をしているのはお前達だろ!」
「あ゛?」
ザッケが言い返すと、殴られた男が今にも殴ろうとする。
「止めて!お願いします!」
そんな男を止めるヤナの大声。
「へえ……」
それを見た男が、ニヤッと下卑た笑みを浮かべる。
「止めて欲しいなら、それなりの代償が必要だよな?」
「だ、だいしょう…?」
「そう。代償だ。」
ヤナは代償の意味が分かっていないが、それを見た男は更に口角を釣り上げて、同じ言葉を繰り返す。
「ヤナ!駄目だ!」
代償の意味を知っているラルクは、大声でヤナを止める。
「うるせえ!」
バキッ!
「ぐっ!」
ラルクがまた男に殴られ、吹き飛んでしまう。
「止めて!」
「止めて欲しいなら分かるだろう?」
ヤナが止めに入ると、直ぐに男が言い返す。
「何でもするから止めて!殴らないで!」
「ヤナ!」
「はっはっはっ!何でもするってよぉ!!」
「このクソ野郎!!」
ラルクとザッケは立ち上がり、殴り掛かろうとするが、二人の足は思うように前に出ない。大人の男に殴られた子供が、そう何度も耐えられるはずもなく、足が思うように動かなくなっているのだ。
「それじゃあヤナちゃんだったか?これを着けようか。」
そう言ってニヤニヤと笑う男が持って来たのは、奴隷に装着する枷。
「ふざけるな!ヤナ!逃げろ!」
ザッケが叫ぶが、ヤナは逃げない。
盗賊の男達は、無理矢理力で言う事を聞かせることも出来ただろう。しかし、敢えて自分の口で何でもすると言わせたのには、二つの理由が有る。
一つは、自分から言わせた事で、奴隷になったのは、自分がそうすると認めたからだと思わせ、奴隷になった後も従順になるからだ。奴隷になってしまえば、抵抗しても無意味では有るが、心境が違うだけで、扱い易い奴隷か、そうでないかが決まってくる。当然、扱い易い奴隷の方が商売はし易い。
そしてもう一つは……男達の娯楽だ。
ただ、そうして子供を思うように操る事を楽しんでいるのだ。
ヤナの元に、枷を持った男が近寄って行く。
「させるかあぁぁっ!!」
「うわああぁぁぁっ!!」
動かない足に鞭を打って、ザッケとラルクが走り出す。
ヨロヨロとしながらも、何とか走れた二人の手には、ギラリと光るナイフ。
盗賊の男達は、二人がナイフを隠し持っている事に気が付いていない。
二人が枷を持った男にナイフを突き出す。
ザクッザクッ!!
「ぐあああぁぁぁっ!」
自分に向かって来た子供二人を、適当に蹴り飛ばそうとした男だったが、蹴り飛ばそうとした足と、腹部に、二人の刃が深々と突き刺さる、
痛みに絶叫する男。ザッケもラルクも、自分の手に握られているナイフに付いた血を見て、息を荒らげている。
初めて人を刺したのだ。それがどれ程衝撃的な事なのかは、言うまでもない。
手に付着する赤黒くヌルヌルとした液体。その液体から臭う独特の、吐き気を催すような臭い。
興奮し切って、外界の音が遠く聞こえ、それでも耳に届く男の叫び声。
「このクソガキがああぁぁぁっ!!」
ザシュッ!ザシュッ!
「いっ!」
「あっ!」
足と腹を刺された男が、腰から直剣を抜くと、ザッケとラルクに向けて振る。
二人はよろけて転びそうになり、それが偶然、斬撃をまともに受けずに切り傷だけで済む結果を生む。
斬撃が二人に死を
鋭い痛みが二人を襲う。
「おいおい…ガキに刺されるなんて、いくら何でも気を抜き過ぎだろう。」
「う、うるせえ…」
刺された男は、腹を抑えながら、悪態を吐いた男に言い返す。
残念ながら、男の体に深々と刺さったナイフは、刃渡りが短く、致命傷にはなっていなかった。
ザッケとラルクは、斬撃を受けた事でナイフを落としてしまい、攻撃手段を完全に失ってしまった。
もう、彼等が出来ることは、ヤナを救う為に死を覚悟して飛び込む事くらいしかない。
「うあああぁぁぁぁぁっ!!!」
足を斬られてしまったザッケを置いて、ラルクがもう一度走り出す。体がフラフラして、顔は興奮やら何やらで真っ赤になっている。
ヤナを救う為に、ラルクの頭の中には、その事しか無かった。
「お前達は許さねえ!死ね!!」
「止めてええぇぇぇぇ!!」
走り出したラルクに、傷を負った男が、直剣を振り上げる。
周囲に響き渡るヤナの絶叫。
ブォンッ!
直剣の刃が空気を斬る。
ザシュッ!
そして、肉を斬る音が響く。
「ぐああああぁぁぁぁっ!!」
その後に響いたのは、怪我を負った男盗賊の叫びだった。
「よく耐えたな。」
ラルクの目の前には、見掛けない剣を持った知っている顔の男が立っていた。
「っっっ!!!」
ラルクは何かを言おうとしたけれど、何の言葉も出ず、ただ涙だけが頬を伝う。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
俺とニルがラルク達を見付けたのは、本当に偶然だった。
ハナーサから聞いた道をひたすら走り続け、耳に届く風の音の中に、誰かの叫び声のようなものが聞こえた気がした。
それを頼りに方向を少しだけ変えて、声がした方へと足を向けた。
そして、もう一度聞こえてきたのは、聞いた事のある女の子の声。でも、それは普通の声ではなく、声が枯れる程の絶叫。
十歳前後、黒髪の男の子が見えた瞬間、その状況に全身の血が凍り付いた。
今まさに、目の前でその男の子に向かって、盗賊の男が直剣を振り下ろそうとしているところだったからだ。
ニルへの指示すら忘れて、俺は全力で地面を蹴っていた。
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