第438話 研究成果

こうして、数日掛けて、密かに森の中を移動し、全く別の場所の村候補に辿り着く事となる。


場所としては、ケビンやハナーサが住んでいるテノルトより南東。深い森の中になる。


瓦解してしまった村の時とは違い、大きな谷は無いが、小さな山がいくつも乱立していて、地形も凸凹しており、かなり険しい場所になっている。

また、この辺りには天然の洞窟が無数に存在しており、どこがどこに繋がっていて、何が住み着いているのか分からないらしい。

安全性で言えば、あまり良くない立地とも言えるが、そんな場所で、唯一安全な場所が存在するらしい。

数有る洞窟の中の一つで、周辺にニガスメ草が群生している地帯である。

その地帯に辿り着くまでがかなり険しい道程である為、人は寄り付かず、ニガスメ草の効果で多くのモンスターも寄り付かないらしい。

但し、絶対に寄り付かないという事ではない為、防衛の何かしらは必要となる上に、モンスターとの戦闘も起こる可能性は残る。


「モンスターが来た場合の事を考えて、戦える準備が必要だな…」


ギャロザとしては、前回の村の位置と比較してしまい、安全性に問題が有るこの場所が、本当に村に適しているのか悩んでいる様子だった。


「人が寄り付かない場所で、ここまで険しい場所なら、逃げ道のルートだけ確保しておけばかなり良いんじゃないのか?ここならテノルトからも来られなくはないし、俺が近場のモンスターを狩ったりも出来ると思うぞ?」


前回の村よりもテノルトにかなり近い為、ケビンやハナーサとの連携はかなりし易くなる。

ギャロザもモンスターと戦う事は出来るだろうが、やはり元Aランク冒険者であるケビンの力を借りられるのは大きいはずだ。


「防衛設備に関しては、僕達も協力出来ると思うよ。」


スラたんがギャロザに提案する。スライムから作り出したアイテムや、小人族から貰ったキノコやカビのアイテムも有るし、防衛設備を整えるのはそれ程難しくない。


「住めばみやことも言うし、取り敢えず数日様子を見てみたらどうだ?」


「そうだな…今直ぐここにするか決めなくても良いんだよな……分かった。皆!一先ず、ここで生活出来るか、数日間試してみる事にする!反対の者は居るか?!」


村人全員に聞こえるように言うが、誰一人として反対する者は居ない。

そもそも、普通の街や村に住めない時点で、ある程度の危険は覚悟の上なのだ。今更モンスターが怖いから嫌だなんて言う人達も居ないだろう。

ただ、モンスターよりも人の方が怖い…という事実は、実に悲しい事だとは思うが…


こうして、俺達は数日間、その場所で過ごす事を決めて、俺、ニル、ピルテで防衛設備を整える事にした。

スラたんには研究を進めてもらって、ハイネは安静にさせておく。スラたんも手伝うと言ってくれたが、解毒薬や溶解液の研究を完成させてもらう事の方が重要だ。村人の中には、未だにザレインの毒素に苦しむ人達も居るし、もし、今後もザレインの問題が続くならば、絶対に必要となってくる。そして、それを作れるのはスラたんだけ。ならばスラたんには研究に専念してもらいたい。

ケビンとハナーサは一先ずテノルトへと帰還してもらって、周囲の安全については、俺とニルが見回って、危険そうなモンスターを狩る事にした。


そして、ザレインに対する解毒薬だが、二日後に何とか試作第一弾が出来上がった。


「出来たー!」


二日後の夕暮れ時。スラたんが大声で叫ぶ。


「出来たよ!シンヤ君!」


試験管に似せたガラス容器を、両手に持って走ってくるスラたん。容器の中には灰色と薄い紫色の液体が入っている。


「出来たか!」


「こっちが溶解液!こっちが解毒薬!想像に近い物が出来たよ!」


テンションが上がり過ぎて、スラたんの説明がいつもより雑だ。それくらい、凄い事なのは既に分かっているし、俺としてもかなり興奮している。

因みに、灰色の液体が溶解液で、薄い紫色の液体が解毒薬だ。


「鑑定!鑑定魔法使ってみて!」


「おう!任せとけ!」


直ぐに、鑑定魔法を二つの液体に向かって掛ける。


【解毒薬(ポイズンスライム)…ポイズンスライムから作り出した解毒薬。一般的な解毒薬よりも多くの毒素を分解する能力を持っている。】


【溶解液(ラージスライム)…ラージスライムから作り出した溶解液。大抵の物を溶かす事が出来る。】


「おー!本当だな!完成しているぞ!」


「いよっし!!やった!やったー!」


試験管を高々と掲げ、スキップしながらその場で回り始めるスラたん。頭の上に乗っているピュアスライムが、スキップに合わせて跳ねる為、なかなかに面白い光景になっている。


「それだけ喜んでいるって事は、ザレインも分解出来るのか?」


「ふっふっふっ!当然でしょ!完璧に分解してくれるよ!」


「本当か?!流石スラたんだな!」


「ひゃっほー!」


スラたんはクマの酷い目を見開いてかなりハイになっている。


「はいはい。二人共。凄いのは分かったから、一旦落ち着いて。皆何事かと思っているわよ。」


ハイネが俺達二人に座るよう促し、一先ず気持ちを落ち着ける。ハイネの怪我は既に殆ど治っている。まだ包帯を巻かれていて痛々しいが、腕ももう動かせる。


「しかし、本当に凄いな。」


出来上がった試作品を手に取って揺らすと、中の液体がチャプチャプと揺れる。


「まだ解毒薬の方は完璧とは言えないけどね。予想通り、分解出来ない毒素も有るみたいなんだ。」


「そうなのか?」


「解毒薬の元にしたのはポイズンスライムと呼ばれるスライムで、毒に耐性を持ったスライムなんだけど…」


ポイズンスライムは、Bランクのモンスターで、サイズは普通のスライムとほぼ同じ。全身が紫色で、ポイズンスライムに触れると毒を受けてしまう為、割と厄介なモンスターとして知られている。

ただ、ポイズンスライムから受ける毒は、市販の解毒薬で解毒出来る為、Bランク止まりなのだ。


「ポイズンスライムには毒が効かないと言われているけど、僕が調べた限り、いくつかの毒は分解出来ないみたいなんだ。一応、結果については後で教えるよ。

でも、大抵の毒は分解出来るし、有用な事に変わりはないけどね。」


「いやいや、それだけでも有難い。十分凄い事だろ。」


どんな毒でも分解出来る夢の液体とはいかなかったが、それでも凄い液体だ。


「色々な毒素を分解する液体なんて、薬学者からしたら、夢のような液体だろう?」


「まさにそうだね。それもこれも、ポイズンスライムの特性のお陰だけどね。

どうやら、ポイズンスライムは、有毒とされる毒素が体内に入ると、魔力を使って微生物達をその毒素を分解する形に変える事が出来るみたいなんだ。

ただ、変化させるにしても、あまりに大きな変化は微生物の方が受け入れられなくて、分解出来ないということがあったり、そもそもスライムにとっては有毒となり得ない物質だったりすると、分解しようとせずに排出するんだ。

どうやって色々な毒素に対して有効な液体を作ったかと言うと、それぞれの毒素を与えた状態で…」


そこからはスラたんが研究についての発表会を開いてくれたが、要するに、あらゆる毒素を加え、その都度、毒素を分解しようと変化した微生物を取り出して混ぜ合わせたという事らしい。魔力を混ぜながらとか、もっと詳しい状況を説明されたが、全ては理解出来なかった。ただ、元の世界では絶対に作る事が不可能な液体だという事だけは理解出来た。


俺達は、早速出来た試作品を、ザレインの毒素に苦しんでいる村の人達に使ってみることにした。


使い方は摂取。つまり飲ませるのだが、薄い紫色の液体で、スライム由来の液体と聞くと、誰も飲みたがらないのではないかと心配していた。しかし、現実は全く違った。


スラたんの作り出した液体が、ザレインの毒素を分解してくれる液体だと聞き、誰が飲むかと村の人に相談したところ、ザレインの毒素で苦しむ人達全員が手を挙げたのだ。

それだけ毒素の影響が苦しいものだということもあるだろうが、どうやら、自分達を救ってくれたスラたんの薬なら間違いない。疑う余地など無いと考えてくれていたらしい。

俺と同じく、誰に飲ませるのかと押し付け合いになる事を予想していたスラたんは、逆に液体が取り合いになっている事に驚いていた。


試作品は大量に用意してあった為、全員分用意出来ていると伝えると、やっと皆が落ち着いてくれた。


「人体に危険は無いので、安心して飲んで下さい。」


「ありがとうございます!」


皆、スラたんから解毒薬を受け取ると、涙を流しながらお礼を言って、スラたんの手を両手で握り、頭を何度も下げていた。

きっと、ザレインの毒素に苦しみ続けてきた人達にとっては、スラたんが神様に見えた事だろう。


因みに…人体に影響が無い事は、ピュアスライムを通して何となく理解していたが、試さずに他人に渡すという選択肢は無く、スラたん自身が解毒薬を飲んで、害が無いことを確認したらしい。

それを聞いたハイネとピルテが、スラたんが泣くくらい怒ったのは言うまでもない。


俺達にも、余った解毒薬をいくつか渡され、何かの際に使ってくれと言われた。これからも研究は続けて、更に効果の高い物を作ると言っていたが、解毒薬は常時作り出して、俺達の手元に必ず有るようにしてくれるとの事。


最高かよ。


溶解液の方は、一度だけ試してみたが、鑑定魔法の結果そのもの。ほぼ全ての物を溶かしてくれる液体で、かなり危険な物だった。

それならば、容器も溶かすだろうと思うかもしれないが、それはしっかり考えられていて、ガラス容器の内側に、溶解液が溶かせない物を塗ってあるあらしい。

その正体は、サプレシ草から絞り出した成分。スライムが溶かさないというのか、そもそも近付きもしないという草を利用しているらしい。


溶解液は、とにかく何でも溶かすが、あまり数が作れない事と、そもそもとてつもなく危ない液体なので、使用にはかなりの注意が必要になる。

一滴が体に付着しただけでもガリガリと肉体を溶かしてしまう為、本当に気を付けてくれと念を押された。保管も、インベントリ以外禁止された。

それだけ危険だということだ。

戦闘で使って自爆というのは避けたいし、あまり戦闘中では使うタイミングが無いかもしれない。


という事で、新たに溶解液と解毒薬を入手した翌日。


ハイネの傷もほぼ完治し、村の人達もここでの生活が可能だと感じ始めていた時だった。


慌ただしく森の中を抜けて来たケビンが、俺達とギャロザを呼び出し、口早に喋り出す。


「まずい事になった!」


俺達を呼び付け、何か言おうとして色々と喋ってはいるものの、理解出来たのはその一言だけ。


「ケビン。取り敢えず落ち着け。それでは何を言っているのか分からない。」


「わ、悪い…」


ギャロザがケビンを落ち着かせ、話をもう一度最初から聞くことにする。


「それで、何がまずいんだ?」


「ああ…実は……」


ケビンの話を総括すると…


ハンディーマンの本隊が動き出し、色々な街や村で略奪が起きているらしいとの事だった。

何でも、俺達の事を探しており、俺達に似た人物を探し回りつつ、村や街を襲い、ジャノヤの周囲は阿鼻叫喚の惨状となっているらしい。


「何故ジャノヤの周辺で…?」


俺達の事を最後に確認したのは、ジャノヤ近郊と呼ぶ事が出来ない位置。その後ジャノヤに向かうなんて無謀な真似をするはずがないし、それは相手も分かっているはず。

それなのに、無差別に攻撃を始め、大量の住民を殺すなんて、狂気の沙汰だ。


「私達を誘い出そうとしているのね。それしか考えられないわ。」


「ジャノヤ近郊の住民を殺してか?!自分の領地に居る住民だぞ?!」


「俺達が、ハンディーマンの暴挙を見逃すはずがないと考えたんだろうな…」


「滅茶苦茶じゃないか!」


ギャロザも、スラたんも、かなり怒っている。それだけやっている事が有り得ない事なのだから当然だ。


「テノルトの村人達は大丈夫なのか?」


「今の所は大丈夫だ。ジャノヤからは遠いから、まだ手は伸びて来ていない。だが…」


ケビンが言葉を詰まらせる。


「どうした?」


「実は、今朝からザッケ、ヤナ、そしてラルクの姿が見えないんだ…」


「はっ?!」


三人はケビンが剣術を教えている子供達。盗賊に恨みを持っているラルクと、その幼馴染二人。


「まさか!」


「分からない。ずっと探していて、今も探しているんだが…村の中には居ないんだ。」


ケビンは貧乏揺すりをしながら、落ち着かない様子で話を続ける。


「今回、ハンディーマンの暴挙は、恨みを持っていない者から見ても目に余る。ラルクから見れば…」


「どこか行きそうな場所は分かるか?!」


「行きそうな場所は全て探した。だが…くそっ!」


どうすれば良いのかと、ギャロザが頭を抱える。


「その三人は、知り合いなのかしら?」


「ケビンが剣術を教えている子供達だ。十歳くらいの男の子二人、女の子一人なんだ。」


「子供?!」


「ラルクは盗賊に対して憎悪を持っている。もしかしたら、今回の件を知って…」


「早く探さないと!」


「分かっている!だがどこを探しても居ないんだ!」


ケビンは、剣術を教えた自分の責任だと思っているのか、かなり情緒が不安定になっていて、怒鳴ってしまう。


「す、すまない…」


直ぐに八つ当たりだと気付いて謝ってくれたが、それくらいまずい状況だということだ。


「ニル!」


「はい!」


「俺とニルで直ぐにテノルトに向かうぞ!三人の行方を追う!

ハイネ達はジャノヤに向かってくれ!それらしい子供達を見掛けたら、保護を頼む!」


「分かったわ!」


ハイネにとっては怪我が治って直ぐの事になってしまったが、直ぐに動き出してくれる。子供が危険だと聞いては、ハイネも黙ってはいられないのだろう。


「俺達にも何か出来ることは?!」


「いや、ギャロザはここの皆を守ってくれ。大丈夫だとは思うが、まだ狙われる可能性はゼロじゃないからな。このままここに残ってくれ。」


「だがそれでは!」


「それが俺達の望みなんだ。頼む。」


「……分かった…」


ギャロザは自分達にも何か出来ないかと悩んでいたが、子供達を助けに行って、村人達に何か起きたら、まるで意味が無い。それが村人の長であるギャロザでも同じことだ。ここから先、彼等は隠れて見付からないようにしてくれる事が、一番助かる。

何かしてくれようとする気持ちは本当に嬉しいが、ハイネが傷を負った理由を考えれば、ギャロザもそれ以上食い下がる事は出来ない。素直に…とはいかなかったが、何とか納得してくれた。


そこまでの話が終わり、俺とニルは直ぐにテノルト村へと走った。ケビンは俺達の足に追い付けない為、先に村へと向かい、詳しい事をハナーサに聞くよう言われ、最速でテノルト村へと向かった。


村に入ると、村の雰囲気はかなり重かった。子供が居なくなった事も、ハンディーマンが無差別に襲撃を行っている事も、村の人達には自分事だ。いつも通りとはいかないだろう。


「カイドーさん!」


ハナーサが村の入口で俺とニルに気が付き、村に入ると直ぐに村の外へと連れ出される、


「村に入っては駄目!今回の騒動を何とかしようと、カイドーさん達を皆が探しているのよ!」


既に俺とニルが、ハンディーマンの探している人物だとバレているらしい。テノルト村の人達とは、それなりに良好な関係を築けたと思っていたが、自分達の村を守る為に、外から来た冒険者を引き渡すくらいはするという事らしい。

ハナーサは情けないと口にしていたが、小さな村が生き残る為には、長い物には巻かれる事も大切なのだ。村の人達の事を責めたりは出来ない。


「村には入らないようにするよ。

それより、ラルク達は?」


「いいえ…まだ見付かっていないわ。」


「何があったんだ?」


「少なくとも、誰かに誘拐されたとか、そういう事ではないみたい。多分、自分達で出て行ったんだと思うわ。」


「あれだけ言ったのに、無謀な事を…」


「それが…カイドーさんとニルさんらしき人達を、ハンディーマンが探していると聞いた村の人達が、カイドーさんとニルさんを捕まえて差し出そうという話をしているのを、昨日聞いたらしくて…二人は悪い人達じゃないって三人が暴れたらしいの。」


俺とニルが、村人達に捕まって、ハンディーマンへ差し出されるかもしれないと思った三人が、村人達に怒り、飛び出した…という事だろう。

俺達を守ろうとしてくれているのか、単純に元凶となっているハンディーマン達をどうにかしないとなんて考えたのか…どちらにしても、村から飛び出したのだとしたら、ハンディーマンをどうにかしようと動いているはず。

子供達の足で、ここからジャノヤまでは、かなり時間が掛かる。飛び出したのは今朝早くだろうという事だし、ジャノヤまでは行っていないだろうが、ハンディーマンの無差別攻撃の的になっている可能性は有る。


「まず間違いなくジャノヤに向かっただろうな……」


「ええ。私もそう思うわ。でも…私達だけじゃ、盗賊には…」


「分かっている。三人は俺達が必ず連れて帰る。

その為にも、ここからジャノヤに向かう最短の道を教えてくれ。俺達の足なら、ジャノヤ付近に辿り着く前に、三人に追い付けるはずだ。」


「分かったわ!」


ハナーサにジャノヤへ向かう道を聞き、それをニルが地図に記す。


「直ぐに出る。ケビンももうすぐ帰って来るはずだ。ケビンが戻って来たら、街を囲う魔具を起動させて、絶対に開けないようにしてくれ。」


「分かったわ……カイドーさん…ニルさん…三人をどうかお願いします。」


「任せてくれ。」

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