第441話 蛮行

「あ、あの!!」


きびすを返そうとした俺に向かって、ヤナの父親が声を放つ。


「は、はい?」


俺はその声に少し驚きつつも、返事をする。まさか呼び止められるとは思っていなかった。


「本当にありがとうございました!私達の娘と息子を救って頂いて!」


ラルクの事を、何の躊躇いもなく息子と呼ぶヤナの父親。実の両親を失うという悲しい出来事を経験したラルクだが、彼には既に、彼を心の底から愛してくれる両親を得ている。今回の事で、ラルクもその事に気が付いた事だろう。

そして、これからはヤナだけでなく、ヤナの両親の事も、ラルクは考えるようになるだろう。

そうして、大事な人が増えていけば、彼の無謀な行いも減っていくはず。


「この御恩は一生忘れません!」


「村の者達の事は私達にお任せ下さい!」


「そうです!ですから何かお礼を!」


ヤナの父親だけでなく、保護者全員が何度も頭を下げながら、お礼を言ってくれる。少なくとも、この四人は、俺を盗賊連中に引き渡すようなことをしないらしい。


「子供達が無事で良かった。でも、急いでいるのは本当なんだ。仲間が待っていてな。落ち着いたらまた来るよ。

ザッケ、ラルク、ヤナ。」


俺が子供達三人の名前を呼ぶと、三人は赤く腫れた目でこちらを向く。


「もう無謀な事はするなよ。それと、俺が教えた言葉を覚えているか?」


「うん!剣意だよね!」


「何の為に剣を振るのか!」


俺は、三人に稽古をつけていた時、剣意の話をした。どんな理由で剣を振るのか。


それが復讐でも構わないが、今のラルクならば、きっと復讐の為だけに剣を振る事は無いはずだ。賢いラルクの事だから、今回の事で、自分の行動が、誰に危険を与えるのかを正確に把握出来るようになるはずだ。

そうすれば、彼はきっと、守りたいものの優先順位を間違えずに居られる。


「それを忘れるなよ。」


「「「はい!」」」


三人は元気の良い返事をする。


「カイドー。このまま行くのか?」


一通りの話が終わったタイミングで、ケビンが話し掛けて来る。


「ああ。このまま連中を放置するわけにはいかないからな。罠だと分かっていても、実害が出ている時点で、俺達に選択肢は無いさ。」


「なあ、カイドー。一つ聞いても良いか?」


「何だ?」


「何故、カイドーは見ず知らずの人達を、わざわざ助けようとするんだ?そんな必要なんて無いし、寧ろ、そんな事をしたら、危険が増すだろう?」


確かに、ケビンの言っていることは正しい。


今回だって、盗賊連中が村や街を襲っていると聞いて、俺達が動く必要なんて無い。襲撃を受けているのは、顔も知らない相手ばかりだし、ろくに作戦も立てられず、準備も出来ずに戦う事になれば、俺達の危険度は跳ね上がる。それならば、多少の犠牲を覚悟して、しっかりと準備を整えてから出発するべきなのだろう。そんな事は誰にでも分かる事だ。

だが、俺達はそうしなかった。

この世界の冒険者達の基本は、ヤバいと思ったら逃げる。これに尽きる。無駄な正義感や情を持ってしまえば、その分死期が早まるというのが冒険者達の常識だ。つまり、今回の場合、相手の誘いに乗って準備もせずに飛び出したのは、常識外れの行動となる。そんな世界で、顔も知らない相手の為に、死ぬかもしれない戦闘に身を投げ込むなんて、ケビンにとっては異様な事に見えるのかもしれない。

俺から見れば、顔も知らない、人達の為という意味では、ケビンやハナーサ、キャロザも同じようなものだと思うのだが、今回の場合、危険度が桁違いだ。それで、ケビンはどうしてなのかを聞いてきたのだと思う。


オレは胸元に手を当てて、服の下に隠れている青い宝石の感触を確かめる。


「…前に、助けられるはずだった人を助けられなくてな。手の届く人達で、俺が助けられるなら、全力で助けようと決めたんだ。

それでも、助けられない人達は大勢居るが、一人でも助けられるなら、俺は全力を尽くす。それだけの事だ。」


そんな理由で、ケビンが納得するのかは分からなかったが、俺はただ素直に自分の考えを話した。


そうすると、俺の言葉に、ケビンは少し驚きながらも、微かに口角を上げる。


「……そうか。よく分かった。

俺達の問題なのに、いつも頼ってばかりですまない。気を付けてくれ。」


「ああ…?」


俺の言葉を聞いて、ケビンはやけに清々しい顔で見送ってくれる。それ自体は嬉しい事なのだろうが……何か含みのある笑顔に見えた。

まあ、ケビンは元Aランクの冒険者で、子供達の剣の師匠でもある。何かをしようとしていたとしても、無謀な事だけはしないだろう。


最後に、もう一度、ハナーサを含めた全員のお礼を聞いてから、俺はハイネ達の居る場所へと向かって走り出す。


今はとにかく、盗賊連中の蛮行を止めなくてはならない。


テノルト村を後にしてから暫く走り続け、ラルク達の居た場所辺りを通り過ぎ、更に北へと向かうと、綿花畑の中に、大きな岩がポツンと置かれている場所に辿り着く。

一体何トンの重さが有るのか分からない程の大きな岩で、魔法を使っても簡単には動かせない程のサイズである。

何故こんな場所にこんな大きな岩が有るのか、説明に苦しむ程の大岩で、この辺りの人々は、この岩は人外の力によって、この場に置かれたのだと信じていた。

実際に、心の底から信じている人がどれだけ居るのかは知らないが、神物として扱われており、収穫祭だったり、神頼み的な行事に使われているとの事。

特別、人が集まる場所でもないし、目印としては丁度良い為、俺達はこの大岩から西に数十メートルの地点を集合場所に決めた。敢えて目印かれズレた位置に集合場所を決めた理由は、デートの集合場所ではないので、目印の真下に集合場所を設定して誰かに見られる危険を回避したのだ。


大岩から見て、西に向かって少し歩いて移動していくと…


「シンヤさん。」


「…ハイネ。」


直ぐにハイネが俺の事を見付けて近寄って来てくれる。

しかし、こういう時はニルが一番に現れるだろうと無意識に思っていた俺は、つい反応が少し遅れてしまう。遅れたと言っても、一秒にも満たない時間だったはずなのに、それを敏感に感じ取ったハイネは、何とも言えない笑顔を見せて、言葉を返してくれる。


「迎えに来たのがニルちゃんでなくてごめんなさいね?」


「いや、そんな事は…」


言い訳をしたところで、無意識だとしても、そう思っていたのは事実。今更何を言っても、後の祭りだ。


「…ニルが来ると思っていたからビックリしただけだ。それより、子供達は無事にテノルト村に送り届けてきた。」


「ふふふ。ニルちゃんに聞いているわ。子供達の事は本当に良かった。これで一先ず安心ね。」


「それで、他の三人は?」


ハイネとの会話をしていても、ニル、ピルテ、スラたんが見当たらない。


「今、三人はこの周辺の安全確認を行ってくれているわ。綿花畑ばかりだから、定期的に索敵しないと、いつ何が現れるか分からないもの。」


綿花自体は咲いていない為、視界はある程度通っているものの、全て見通せるわけではない。定期的な索敵は必要なことだ。


「もう直ぐ帰って来るわ。」


「そうか。分かった。

戦闘は起きたのか?」


「ここではまだ誰にも会っていないわ。

来る途中、何人か排除したけれど、見付かる前に片付けたから大丈夫だと思うわ。」


「見付からずに片付けられたのか?」


空を見上げると、まだまだ日は高く、晴天。

いくら綿花畑が広がっているとはいえ、見付からずに片付けられるとなると、やはり無差別に襲撃している者達は、捨て駒みたいな連中ばかりのようだ。


「あまり強い奴は居ないみたいだったわ。話の通り、無差別に襲わせているのでしょうね。」


「いくら何でも滅茶苦茶な事をするものだな…これで俺達に勝ったとしても、もうこの辺りでフヨルデを支持する者は居なくなるぞ…」


「構わないと思っているのかもしれないわね。既にフヨルデは、自分の近くに居る貴族達の事を、自分の手足のように扱っているはずよ。平民が何を騒いだとしても、フヨルデの地位が揺らぐ事は無いと思うわ。」


「地位は揺るがないとしても、村や街が襲撃されれば、ジャノヤも色々な意味で大打撃を受けるだろう?」


「そうね。まず間違いなく、大きな打撃を受けると思うわ。

でも、それも一つの目的かもしれないわ。」


「どういう事だ?」


「ザレインよ。」


「ザレイン…?」


「シンヤさんが言っていたように、フヨルデがザレインの農場を他にも持っていたとしたら、未だにザレインの脅威は去っていないという事になるわよね?」


「そうだな。」


「人がザレインに手を出す時って、どんな時だと思うかしら?」


覚醒剤や、麻薬に手を出す時…?自分がそういう物に手を出した事が無いし、正確には分からないが、状況としては色々と有ると思う。ただ、俺の人生の中で、もし、そういう物に手を出すとしたら、恐らく両親を失った時、その絶望の中で藻掻いていた時期だろうか。

何をする気力も出なくて、いつになれば死ねるのだろうとか、いっそ自分で命を絶とうとか…そういうマイナスな事ばかりを考えていた時期。あの時の俺は、精神的に最低とも言える状況だった。

自分でもそれを理解していたが、どうする事も出来なかった。そんな状態の自分を、もし一時的にでも忘れられるような物が身近に有ったならば、手を出していたかもしれない。

幸運な事に、お金は無かったし、そういう知り合いも居なかった為、薬に手を出す事は無かった。だがもしも、簡単に手に入れられる環境に居たならば、薬に手を出していたかもしれない。

それが手を出す切っ掛けの全てとは言わないが、理由の一つではないかと思う。


「絶望の中に居る時…かな。」


「そうね。自分の現状に納得出来ず、それを忘れたくて手を出す人が多いわ。

自分の人生が、順風満帆なのに、敢えて手を出す人は少ないはずよ。魔界では、ザレインに手を出す者の理由の大半が、そういった理由だったわ。

高額な品だから、お金を持っている連中にしか買えないのだし、そういった金持ちに悩みなんて有るのかと言われそうだけど、そういった者には、そういった者達なりの悩みというのが有るものよ。」


「金を待っていようとなかろうと、同じ人間だからな。」


「そうね。それじゃあ聞くけれど、ザレインを素早く栽培出来るような技術を持っていて、安く取引出来るとするわ。それでもし、村が襲われて、家も物も何もかも失って絶望の中に居る人が沢山作られ、安くその現実を忘れさせてくれると言われたら、どうなると思うかしら?」


「ザレインに手を出すと?いくら何でも、家も物も失った者達が、そんな物に手を出すとは思えない。」


「……それならば、タダで配ると言われたら、どうかしら?」


「そ、それは……」


最初は警戒するかもしれないが、実際にタダで手渡されたとしたら、ザレインを使う者が増えるかもしれない。

タダでザレインを分け与えるのは、最初の餌。ザレインを一度使い、その効能に取り憑かれてしまったら最後。二度目からはタダではなく、少しばかりの金を取る。三度目、四度目と数を重ねる度にザレインの値段が高くなったとしても、その時には既に抜けられなくなっている。

後はその効能を得る為に、金を稼いではザレインに注ぎ込む。それを繰り返すだけの人生となってしまう。

タダより高いものはない…という事だ。


「目的がそれと決まったわけではないけれど、可能性が無いとも言えないわ。そういう人達が増えれば、フヨルデに逆らう者がどんどん減っていき、最終的には誰もフヨルデに逆らえなくなるはずよ。何をしたとしてもね。」


「フヨルデが何をしても何も言われない、フヨルデの為の街が出来上がりって事か……最悪のシナリオだな。」


「これはハンディーマン側から見ても儲かる話だし、乗らない手は無いでしょうね。」


「やり方がえげつないな。だが…」


口には出ていないが、ずる賢いやり方だとも思える。圧政は最終的に暴動を起こされて滅ぶ道を辿るものだが、局所的に見れば、圧政を敷く側に富を与える。

ただ、最近になってザレインという薬を扱い出したはずなのに、やけにザレインの使い方が上手い。上手過ぎるとも言える。確かにフヨルデはクズ野郎だし、ずる賢い者だとも思うが、ハイネが思い描く作戦を、フヨルデが考えたとは考え難い。

これまで、フヨルデは平民からはヒーロー扱いされるように振舞って来た。今回の作戦はそれを全て無に帰すような作戦だ。完全に真逆の発想だし、何よりザレインに対する理解度が高過ぎる。


「これは、渡人達が関わっている作戦かもしれないな。」


もし、元の世界でそういう物に触れる機会を持っている者が居たとして、今回の作戦がそいつの発案だと言われたならば納得出来る。

そして、これは完全な勘だが、隠れ村を襲わせる為に、盗賊連中が採用した作戦。あれと同じ発案者ではないかと思う。前回の作戦も、今回の作戦も、全ての人を駒として見ておらず、人を捨て駒として扱う気質が感じ取れる。

もし同じ奴が今回の作戦を立てているのだとしたら、ハイネが言うようなえげつない作戦だとしても頷ける。


「ご主人様!」


俺とハイネが現在行われている事について話をしていると、ニルの声がする。


「ご苦労様。周囲の状況はどうだ?」


「盗賊の姿は見当たりませんでしたが、この辺りには人の痕跡が沢山残っていたみたいです。しかし、この辺りには一般人も沢山住んでいるので、どれが盗賊の痕跡なのか分からないそうです。」


「まあ平民の生活圏内だからな…近くに村が在ったはずだが、村はどうだった?」


「一応僕が見て来たけど、酷いものだったよ。あまり言葉にはしたくない程にね。」


「そうか…この辺りはかなり悲惨な状況という事か…早く手を打たないとまずいな。」


「何とかしないといけないのは分かるけど、このまま村や街を巡っても、結局下っ端ばかりで根本的な解決にはならないよね?」


「そうだな…俺達の人数は少ないし、出来ることは限られる。全てを救い出すのは無理だろうな。」


「こういう時は、自分の無力さが嫌になるね。」


「俺達も全知全能ってわけじゃないからな。出来ることはするつもりだが、いくつか諦めないといけない事は出てくる。」


「そればかりは仕方の無い事よね。私達も体は一つしかないから、あれもこれもは無理よね。

叩くなら、本隊を叩くべきだと思うけれど、どこに本隊が居るのかしら?」


「俺の予想では、ジャノヤの中に居ると思うぞ。」


「あー…そっか。既に盗賊との繋がりを隠す必要性が無くなったから、下手に外に居るより、ジャノヤの中で敵の襲撃に備えさせた方が、フヨルデも安心だからね。」


「そういう事だ。街の防衛設備も使えるだろうからな。使わない手はないだろう?」


「つまり、ここからジャノヤまで行って、フヨルデを含めてハンディーマンを潰すって事だね。」


「どちらも片付ける事が出来れば、後ろ盾の無くなった下っ端の盗賊連中は、直ぐに散り散りに逃げるだろう。外に居る奴等が暴走してしまわないかが心配なところだが…放置しておいても結果は同じだ。まずはしっかり頭を潰して、胴体はその後だ。」


ジャノヤ内外の全ての敵を全滅というのは、流石に難しい。何人居るのか分からない下っ端の盗賊連中を、俺達だけで処理するのは無理だ。ジャノヤ近郊といっても敷地も広大だし、一つ一つ潰して回っていては、被害がより拡大してしまう。

少数の俺達が出来ることは限られている。一番効果的な行動を、迅速に、そして確実に行わなければならない。


「では、更に北へ向かうという事で良さそうですね。」


「僕が先頭で索敵しながら進むよ。」


「では、私がその後ろで直ぐに前衛に出れるように待機しますね。」


スラたんが先頭、ニルがその後ろ、俺が真ん中で、ハイネとピルテは後方の索敵という陣形で先へ進む。


「ジャノヤまでに、盗賊達を見掛けたら、処理しておきますか?」


「そうだな…避けて通るとなると、無駄に時間を取られる事になるし、人数を減らすという意味でも、処理していった方が良いだろうな。」


「相手に私達の位置がバレないかしら?」


「俺とニルが、子供達を助ける為に三人殺したからな。既に大体の位置は把握されているだろう。今更気を付けても遅いし、被害者が少しでも減るなら、始末しながら進んだ方が良いはずだ。」


「それもそうね…分かったわ。」


方針を決めた後、俺達はなるべく急ぎ足で北へと向かう。走り過ぎで疲れてしまい、街に着いた時に戦えないでは困るので、小走り程度。少しの休憩も挟みつつ、北へと向かう。


ジャノヤへと向かう途中、何度か下っ端盗賊達を見掛けて処理したが、いくら処理しても焼け石に水状態。なるべく早くジャノヤに居るであろうハンディーマンとフヨルデを処理する必要が有る。


結局、ジャノヤが見えたのは、昼が過ぎて暫くしてからだった。


「あれがジャノヤ…ですか。大きな街ですね。」


どれくらいの広さが有るのかは、最早よく分からない程に大きな街で、外壁もかなりしっかりしている。

まず間違いなく、魔具の類で外壁は守られているだろうし、対空設備もしっかり整っており、恐らく上空部分にも大掛かりなシールドが張られているだろう。

聞いた話しでは、門は東西南北に一つずつ。分厚い鉄製の門で、外壁にも鉄が使われていて、かなり頑丈らしい。大きな街で、人口も非常に多く、街の衛兵は数が多く質も高いらしい。当然儲かっているのだから、装備もしっかりとしているだろう。

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