第437話 スラたんの決意

スラたんはずっと森に居たからか、あまり貴族や奴隷については詳しくない為、どうしてそんな事になるのか理解出来ないといった様子で聞く。


「いや。位の高い貴族に買われた奴隷達は、メイドや執事等の扱いを受ける事も有るし、そういう人達が訪れる店では、丁重に扱われる事が多いらしいぞ。

ただ、この辺りの街や村では、その主人が暴力を振るう事が多くてな…

今にして思うと、ジャノヤの領主であるフヨルデがそういう人間だから、他の連中もそうやって奴隷を扱っているのだろうな。」


「上に習えって事なんだね……嫌な連携だね。」


「全くだ。抵抗も出来ない人を殴って、痛め付けて…何が楽しいのかさっぱり分からん。荒くれ者の多い冒険者でも、もっとマシだぞ。」


「クズの考えなんてクズにしか分からないわよ。考えるだけ無駄というもの。そんな無駄な時間を使うくらいなら、一人でも多くの人達を助ける為に時間を使うべきだわ。」


ハナーサは正義感も強く、言葉を選ばない。いや、言葉を選んで敢えて強い言葉を使っている。それだけ奴隷の人達が受けてきた傷が酷く、それを見たハナーサは、その事象を許せなかったのだろう。

ハナーサの言う通り、結局、そういうことをする連中の思考なんて理解出来るものではない。それならば、そういう奴等を一人でも減らす方法を考えた方が建設的というものだ。


「ハナーサの言う通りだが、その為には色々とやらなくてはならない事も有るからな。

今回の事を含めて、これからの事を話し合うぞ。」


「村も新しく作り直す必要が有るからな…」


「どこに作るかは決めたのか?」


「候補は二つ、三つ有るんだが、どれもここから結構離れた場所に在るから、移動は必須だな。」


「遠いとなると、中継地点を経由しながら…って感じか。」


「ああ。相手を退けたとは言っても、まだまだ油断は出来ないし、上手く隠れながら移動して、また村を作るしかないな。」


「………もしかしたら、俺達が奴等を…」


俺達がこの村の事を知り、村を訪れてから間を置かずに襲撃された。俺達が原因ではないかという想像がずっと頭の中をチラチラしていた。


「いや。そんな事は考えないでくれ。村の事は恐らくかなり前から知られていたんだと思う。連中の動きはかなり周辺地理を把握していたものだったからな。遅かれ早かれ、きっと俺達の村は襲われていたはずだ。寧ろ、カイドーさん達が居てくれた事で、助かったという事は、俺にもよく分かっている。

これでも衛兵の端くれをやっていたから、そういう訓練は受けているからな。あれが計画的な襲撃だって事は直ぐに分かった。あの森の事をあの人数の者達が把握していたとなれば、それだけ前から調査されていたって事さ。

その事は皆も理解しているし、カイドーさん達のせいだなんて思っている人は一人も居ない。それに、村を失ったのは確かに悲しい事だが、皆怪我も無く逃げて来られたんだ。それだけで十二分に恩を受けたよ。」


ギャロザが少しだけ大きな声で言うと、周りでこちらの様子を伺っていた人達が、それぞれ頭を下げる。

その顔は疲れているし、髪が汗で頬に張り付いているけれど、皆生気に満ちた目をしている。

その時、俺達がやった事で、助けられた命が確かに有ったんだと理解して、何とも言えない感情が胸の中で膨れ上がった。


「うっ……良かった……」


同じように感じたのか、スラたんが涙ぐんで、眼鏡を上げて目を擦りながら一言発する。


スラたんは、命を奪う事について、ずっと悩んでいた。彼がみ嫌う行為そのものだし、ハイネやピルテに色々な言葉を貰っても、全てを飲み込めるわけではないから。でも、こうして誰かを生かす事が出来たと知り、全てとは言わないが、ある程度飲み込む事が出来たのだろう。

誰かの為に振るう剣。助ける為の剣。その意味を、スラたんは肌で感じたのだ。


それから、村の人達とも少しだけ話をして、俺達はハイネとピルテの元に向かう。


「ピルテ。」


「シンヤさん。」


怪我をしたハイネを安静に寝かせる為に、人払いがされた場所に居た二人。

ハイネの様子を見ると、随分と落ち着いたらしく、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。

ピルテも、ハイネの状態が安定している為、落ち着いた表情をしている。


「随分落ち着いたみたいだな。」


「はい。シンヤさんに頂いた傷薬のお陰で、傷もかなり良くなってきています。」


「そうか。何か必要な物は有るか?」


「いえ。大丈夫です。ありがとうございます。

それより…渡人の存在は確認出来たのですか?」


「ああ。三人程な。残念ながら生け捕りには出来なかったが、いくつか分かった事も有るから、ハイネが起きたら話をしよう。」


「分かりました。お母様が目を覚ましたら、報告に行きますね。」


「ああ。後で夕食も持って来るよ。」


「ありがとうございます。」


あまり長居するのも悪い為、それだけやり取りして、俺達は村人達と共に野営の準備を始める。

準備が終わり、そろそろ日が沈むという頃。ハイネが目を覚ましたと聞き、俺達はハイネの元へと向かった。


「ハイネさん!」


「…スラタン。心配掛けてごめんなさいね。」


いの一番に駆け寄ったのはスラたん。話を軽く聞いたが、ハイネが怪我をする前に一緒に居たが、その場を離れたらしい。その事で、スラたんは責任をどこかで感じていて、かなり心配していた。

ギリギリでハイネと敵兵との間に割って入れたが、もっと早く戻って助けるべきだったと言っていた。

状況も分からないのに、そんな事は無いなんて言えなかったし、言ったところでスラたんには届かない言葉だと思い何も言わなかった。しかし、どうやら俺の予想は当たっていたらしく、ハイネは少しだけ困ったような笑顔でスラたんに軽く頭を下げる。


「スラタンのお陰で助かったわ。本当にありがとう。」


「そんな!僕がもっと早く戻っていれば!」


「いいえ。私のミスが招いた怪我よ。スラタンが責任を感じる事は一つも無いわ。頼り無いかもしれないけれど、これでも私は戦闘員よ。怪我をしたのも、死にそうになったのも、自分の責任。それを誰かに押し付ける程、落ちぶれてはいないつもりよ。」


「…………………」


「本当にありがとうございました!」


ハイネの言葉に、何を返して良いのか分からなくなり、何も言えなくなったスラたんの手を、ピルテが握って礼を述べる。


「あの時、私は死んだと思っていたのよ。それを助けてくれたのはスラタンなの。本当にありがとう。」


ハイネとピルテは、それ以上の事は言わず、ただスラたんに対してありがとうと言い続けた。

ハイネとピルテに出来ることはそれくらいしかないという事であり、それが最も伝えたい一言だったという事だろう。

吸血鬼族の事もあるし、俺とニルは一度席を外す事にした。


「大丈夫でしょうか?」


ニルはスラたんの事を心配しているらしく、眉を寄せて俺に聞いてくる。


「ああ。大丈夫だ。ハイネとピルテに任せておけば、直ぐに気持ちも切り替わるさ。スラたんは賢いから、色々と考え過ぎるだけさ。」


「ご主人様がそう仰られるのであれば、そうなのですね。」


「スラたんもやると決めたからには、途中で投げ出したりはしないだろう。」


「スラタン様もお強い方ですから、きっとハイネ様とピルテの言っていることも理解して下さいますよね。」


「そうだな。ニルも、まだまだ色々と聞きたい事も沢山あるだろうしな。」


「そ、そのような事は……」


「考えていなかったか?」


「う…うー……ご主人様が意地悪です……」


「ははは。すまんすまん。」


俺はニルの頭をポンポンと撫でながら謝る。


今回、プレイヤー相手に、ニルは素晴らしい戦いを見せた。しかし、隣で戦う事で、スラたんとの差を感じたのだろう。元々、そのスピードに驚愕していたのはしていたが、それを使った本気の戦闘というのは、また別の衝撃を与える。

スラたんの相手であったシュートは盾を持っていて、ニルにとっては他人事ではない。盾を無力化する方法は数有れど、スラたんのようにスピードのみで盾を無力化するのは珍しい。模擬戦でも何度か見たが、プレイヤーという強者相手にやるとなると、また違った凄さが有る。ニルはその技術を見て、その強さが本当に凄いものだと思い、色々と聞きたいのだと思う。

ニルはオウカ島に行ってからこっち、強さに対して更に貪欲になり、色々と吸収しようとしているから、スラたんからも更に色々と吸収しようとしているのだ。

十年間も森に篭っていて、今程動けるという事は、少なくとも、動けるようにある程度の訓練はしていたという事だ。それならば、ニルに教えられる事もまだまだ有るだろう。

変に自分の戦闘技術に不安を抱き、ニルに教えるのを躊躇ったりするのは、色々と知りたいニルとしては悲しい事だ。

まあ、そんな事にはならないだろうし、大丈夫だとは思うが。


暫く席を外した後、ハイネ達の元に戻ると、話が丁度終わったタイミングだったらしく、スラたんの顔に明るさが戻っていた。


「話は済んだか?」


「ええ。」


ハイネも素直な笑顔で返事をしてくれた事からも、上手く話がまとまったのだと分かる。


「ハイネとピルテの種族についても、詳しい話を出来たのか?」


「うん。色々と聞いて、全て予想通り!とはいかなかったけど、大体把握していたから、あまり驚くような事実は無かったよ。」


「ピルテから、スラタンに話したと聞いた時は驚いたけれど、その内話す事になるかもとは思っていたから、仕方無いと割り切ってしまう事にしたわ。

でもまさか、スラタンがここまですんなりと受け入れてくれるとは思っていなかったわね。」


「そうかな?種族とかを気にした事なんて無いよ?」


「そういう問題じゃないのだけれど…受け入れてくれたのだから、良しとしましょう。

でも、魔族の問題に巻き込んでしまうかもしれないというのは、覚えていて欲しいわ。出来ることなら巻き込みたくはないし…」


「いやいや。魔族の問題になったら、はいさようならなんて事はしないよ。

僕はハイネさんにもピルテさんにも恩義が有るからね。僕の力が本当に一切必要無いなら考えるけど、少しでも役に立てるなら、手伝える事は手伝うよ。」


「スラタン。これは魔族の問題なのよ。首を突っ込む必要は無いの。」


「そんな事は聞いていないよ。僕の力が必要になるか否か。僕が聞いているのはそれだけだよ。」


「それは……」


今回のハンターズララバイの事は、結局黒犬が絡んでいる為、最終的には魔族の問題へと繋がっている。このままハンターズララバイと事を構え続ければ、最終的には魔族の問題へと足を踏み入れて行くという事だ。どこかで線引きをして、魔族の事からは手を引くという選択肢も有るのだが、スラたんが素直に手を引く時は、本当に自分の存在が邪魔になる時だけだと思う。

既に、スラたんの中で、ハイネもピルテも、大切な友達という枠組みで表現出来ないだろう。

吸血鬼族だと明かした今、何故こんな場所にたった二人だけで来たのかや、その他諸々、話をする事になり、魔族に問題が有ると知ったスラたん。しかも、ハイネとピルテは、その問題解決の為に奔走していると聞けば、当然手伝うという話の流れになる。

そして、スラたんは、薬学の研究者としても、スライムの研究家としても、そして、渡人の戦闘能力としても、非常に稀有な存在である。そんな人の手助けが必要無いなんて事は有り得ない。


「正直に言ってしまうと、スラたんの助けが有ると、俺達も大いに助かる。だが、今回の事もそうだが、より凄惨な場所へ向かう事になるぞ。それでも本当に大丈夫なのか?」


「僕に全て任せて!とは言えないけど……僕に出来る事はやりたいと思ってる。正直、想像すると少し怖いけど、それよりも、皆の力になりたいって気持ちの方がずっと強い。」


「スラタン……」


スラたんはスラたんで、結構頑固なところが有るから、一度決心してしまうと、なかなか覆すのは難しい。

それに、手を貸してくれるとなれば、助かるというのは事実だ。解毒薬や溶解液の事もそうだが、魔王や魔王妃の事についても、何か分かるかもしれない。


「……僕も巻き込んでよ。」


どうしようか迷っているハイネとピルテに向かって、スラたんが言った。そして、その一言で、ハイネの中で決心が出来た。


「くれぐれも、スラたんが怪我をするような事が無いように気を付けてね?」


「うん。それについては善処するよ。僕だって痛いのは嫌いだしね。」


スラたんの事を巻き込むと決めたハイネとピルテは、スラたんに話せる事全てを話した。


「魔王に魔王妃……この世界に魔王が居るという事は聞いていたけど、まさかそんな大きな話だったとはね…」


「話を聞いて考え直したかしら?」


「いいや。寧ろやる気が出てきたね。ハイネさん達が信頼する王様なんでしょ?そんな人が誰かに操られているなんて許せないよ。」


「ふふふ。スラたんは本当に優しいのね。ありがとう。」


「話はまとまったみたいだな。これからもよろしく頼むよ。スラたん。」


「うん!それにしても…まさか今回の件の裏に、そんな事件が隠れていたなんてね…」


「とは言っても、今は魔族の事に関しては何も分かっていない状況だから、今直ぐにどうのこうのという話ではなぞ。」


「うん。まずはハンターズララバイから…だよね。」


「ああ。このまま魔界に向かっても、ハンターズララバイが間違いなく仕掛けてくるからな。」


「そうそう!それだよ!戦ったプレイヤーが最後に言った言葉!」


「何か喋ったのかしら?」


俺達はプレイヤー三人との戦闘や会話についてハイネとピルテに話す。


「ここからが本番…」


「意味深な言葉ですね。何か企んでいる事は間違いなさそうですが、今回の戦闘よりも大きな事が起きるのかもしれませんね。」


「ハンディーマンが本格的に動くと言う事だとは思うんだが、ここまで、結構な数を片付けて来た。ハンディーマンがいくら大きな組織だとはいえ、構成員の数にも限りは有るはずだ。そうなると、次の戦闘に全ての人員を投入してくるのかもしれない。」


「そうなりますと…本拠地であろうジャノヤ近郊の動きを知りたいですね。」


「ああ。特にハンディーマンの動きだな。フヨルデも関わっている可能性が高いから、貴族連中の動きも知りたい。」


「それは私とピルテで探ってみるわ。」


「探ってくれるのは有難いが、怪我が完治してからだぞ。」


「今直ぐだって大丈夫よ?」


「駄目です!」


無茶を言うハイネに、ピルテが大声を出す。


「お母様は暫く安静にしていて下さい!」


「でも、急がないと相手も待ってはいないでしょう?」


ハイネにしては珍しく、聞き分けが悪い。自分が無茶を言っていることは百も承知だろうに、何故…?


「どちらにしても、今直ぐに攻めて来るなんて事は有り得ません!それはお母様も分かっているはずですよ?!」


「まあまあ。落ち着いて。」


スラたんがピルテに優しく言葉を掛ける。


「ハイネさんも、無茶な事を言っている自覚があるでしょ?」


「これくらいの傷なら、動けるわよ?」


「怪我を見られて正体がバレたり、戦闘が起きた時に万全ではなかったらどうするの?それくらい分かっていて言っているでしょ。焦って墓穴を掘るのは一番馬鹿な事だって、いつも言っているのはハイネさんだよね?

焦るのも分かるけど、まずは治療から。そうでしょ?」


「ふふ。そうね。二人にそこまで言われたら、私も言う事を聞くしか無さそうだわ。」


何故か嬉しそうに言うハイネ。不思議に思っていると、ニルも後ろで微かに笑っている事に気が付く。


「どういう事だ?」


俺はニル以外には聞こえないように、小さな声で何が起きているのか説明を求める。


「ふふ。ハイネ様は、ピルテとスラタン様に仲良くなって欲しいのですよ。その…友達というよりは…」


「あー…」


敢えて無茶を言う事で、二人に結託させ、より親密にさせようとした…という事だろう。怪我をしていて、予断を許さない状況だというのに、やることはちゃっかりやる人だ。要するに、ハイネはピルテのとして、定着させたいらしい。


「事が上手く運べば、スラたんは魔界に永住する事になるかもしれないし、しっかりきっちり魔界を助けないとな?」


「ふふふ。はい!」


ハイネの思惑が上手くいくかはさておき、俺達は今後の予定について話し合った。

まず、村の人達を次の村候補へと連れて行く事を最初の目的に設定し、その場所へと辿り着くまでに、ハイネの怪我も治るだろうとの事。

そしてもう一つ。スラたんに任せていた解毒薬と溶解液。この二つの研究も、そろそろ終わるかもしれないという事だった。やはり、倉庫に保管されていたザレインを持って来た事が研究の促進に繋がったらしく、一先ずザレインの分解は確実に可能だということらしい。

但し、他の毒まではどうなるか分かっておらず、色々な毒に効くのかはまだ微妙なところらしい。アイトヴァラスの毒に対しては効果が有るらしいが、全てとは言えないらしい。スライム自体に毒があまり効かない事から、色々な毒に対しての効果は確実だろうけれど、効き難い毒や、効かない物も有るだろうとの事。まあ、状態異常全てが無効となるわけではないという事だ。それに、アイトヴァラスの毒のような、超猛毒で超速攻性の毒の場合、解毒薬を飲む前に死んでしまう。あくまでも解毒薬という事だ。

だとしても、十二分に素晴らしい性能は発揮してくれるのだし、文句は一切無い。

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