第三十二章 ハンディーマン (4)

第436話 決着

ニルの盾は、マホコの左手のスティレットを弾く為に使い、体を開いている状態で、しかも束縛された状態。状況を一言で表すならば、最悪。

しかし、ニルは冷静だった。


体を大きく後ろへと倒し、スティレットの攻撃を避ける。


マホコのスティレットは、ニルの胸部、鳩尾辺りを狙った一撃だった為、ニルが後方に体を倒して避けようとすると、マト〇ックスよろしく、体を相当逸らさないと避けられない。


普通の状態ならば、そんなに体を倒してしまえば、仰向けに倒れてしまい、起き上がるにはその為の動作が必要になってしまう。

しかし、今のニルは足を地面に固定されている状態だ。何本もの蔦に巻き付かれて、足が動かない程に。だから、ニルは起き上がる動作を必要とせず、足の力だけで起き上がる事が出来る。つまり、相手の奥の手を利用して、予想外の一撃を作り出したという事だ。


ニルの胴体を貫こうとしたマホコは、スティレットが空を突いた事に驚き、体を倒したニルに視線を移す。

このままではニルに殺されると理解したマホコは、殺られる前に殺ろうとしたのか、スティレットを手の中でくるりと回し、逆手に持ってニルの胸部に振り下ろそうとする。


ガンッ!


しかし、それを読んでいたニルは、マホコの腕に盾を押し付け、振り下ろそうとする腕を止める。それと同時に、右手の短刀をマホコの心臓目掛けて突き出す。


マホコは、最後の悪足掻きで、何も持っていない手を短刀の前に滑り込ませたが、掌で短刀を止める事など出来ない。ザクッと肉を突き刺す音が聞こえ、もう一度、ザクッと音が聞こえる。

革製の胴の防具も、戦華の刺突は防げなかったらしい。


短刀に刺されながら、手で刃を止めるなんて、そう簡単に出来る事ではない。そもそも、ニルは起き上がる勢いをプラスしての突き攻撃を繰り出しているのに対して、マホコは殆ど腕が曲がった状態で刃を受け止めたのだ。いくらステータスが高いと言っても、その状態で刃を止められる程の力は無い。

ニルは受け止めようとした手ごと胸に刃を突き立てる。


最後まで気を抜かないニルに、完封されたマホコは、自分の心臓に突き立てられた刃を感じ、目を見開く。


「この…奴隷のくせに……」


振り下ろそうとしたスティレットと盾が擦れ合い、ギリギリと音が鳴る。力勝負ではニルが負けてしまう。瀕死の相手でも、受け止めたはずのスティレットが、徐々にニルへと近付いていく。プレイヤーのパワーはそれくらい異常という事だ。


ザシュッ!!


しかし、既にニルの刃はマホコの胸部へ深く突き刺さっている。ニルはスティレットが自分へと到達する前に、胸部に突き刺した戦華を真横へとスライドさせて、手と胸部を同時に引き裂く。


「ゴポッ……」


ドサッ……


肺を傷付けたのか、マホコの口から滝のような血が流れ出て来る。

そこでやっと、マホコの全身から力が抜けて地面に倒れ込む。


ニルの勝利だ。


ただ、楽に倒せたという事ではなく、全身に浅い傷を受けて、血が滲んでいる。ニルの方もシールド魔法を破壊され、傷を受けていたらしい。スラたんとの訓練で慣れていたとはいえ、やはりプレイヤーのステータスは脅威だったという事だろう。


「ぬおおぉぉぉ!!」


ビュビュビュビュビュッ!


最後に残ったのはシュート。

マホコの死を見て焦燥感に襲われたのか、スラたんに向けて何度も片手槍を突き出している。


タンタタンッ!


しかし、スラたんはシュートの攻撃範囲内を超速で駆ける。シュートの目の前で左右にステップを踏んで槍先を避けているのだ。


スラたんのスピードは、離れた位置で見ていても速過ぎるくらいに速いのに、目の前で左右に動かれたら、まず反応出来ない。


「くそっ!このっ!」


ビュッ!ビュッ!


とにかく、一撃でも良いから当てたいという気持ちが先走り、シュートの体勢が前のめりになっていく。

俺もスラたんと何度か模擬戦をしたから分かるが、スラたんのスピードに釣られて前のめりになってしまうと、もう終わりだ。既にスラたんの術中に取り込まれている。

俺も模擬戦で何度か同じ状況に陥って、取り込まれそうになったから分かる。自分が前のめりになってしまっている事に気が付いて、冷静にならなければ、スラたんの動きに対処し続ける事は出来ない。

そして、シュートがそれに気が付く事は無く、どんどん前のめりになり、どうやって攻撃を当てるのかだけを考えてしまう。

加えて、シュートの魔具は常時発動型の物らしく、緑色の宝石が常に淡い光を放っている。腕輪型で、盾に上手く隠しているつもりかもしれないが、俺にはよく見えるし、スラたんのスピードで動き回っていれば、何度か視界に入っているだろう。常時発動型の魔具となれば、それが何であったとしても、既にシュートはその能力を使って戦っている事になる。

俺の予想では、風魔法を使った相手の位置を触覚として察知出来る魔具…ではないだろうかと思っている。常時自分の周りに緩やかな風を発動させて、誰かが近付いてくると、風の流れが変わり、肌でそれを感じるという魔具を見た事が有る。それと同じか似たような物で、スラたんの動きを察知していたのではないだろうか。それならば、スラたんの超スピードに反応している理由を説明出来る。いや、現状対応出来ていないのだから、反応し切れていないのだが。

それが魔具の能力なのかは分からないが、既に発動している能力を加えても、シュートの実力では、スラたんに及ばないという事になる。スラたんの動きが察知出来たとしても、既にそこにはスラたんは居ないし、体がその動きに対応出来るはずもない。


ザッ!ガシュッ!

「ぐっ!このっ!」


スラたんは超速で動きながらも、シュートの微かに見えている肌の部分や、鎧の隙間を狙って刃を通している。鎧でよく見えないが、恐らく鎧の下は、既に切り傷だらけだろう。

こうなると、圧倒的展開に見えるかもしれないが、スラたんの場合はスピード以外のステータスはかなり低い為、一度でも攻撃を受けてしまうと、形勢が一気に逆転してしまう。そうならないように、相手に攻撃をさせて、前のめりにさせる必要があったのだ。弱い相手ならば、それすら必要無く一気に終わらせるスラたんが、そこまでしているとなると、余裕が無い証拠だ。

とはいえ、シュートはかなり前のめりな戦い方になっているし、既に勝負は決まったようなもの。今更勝敗が覆る事は無いはず。それに、俺とニルの戦闘も終了している。


俺はスラたんがシュートの攻撃を軽やかに避けているのを確認し、死にかけのカナタへトドメを刺す。


ドスッ!


カナタの頭部へ刀を突き刺し、息の根を止めた後、束縛を解いたニルと共に、スラたんとシュートの近くへと寄って行く。


「はあ……はあ……」


スラたんへ、当たらぬ攻撃を繰り返し続けていたシュートは、若干息を切らして、近寄って来た俺とニルに目を走らせる。

スラたんだけでも、このまま続ければ確実にシュートを殺せただろうが、今必要なのは何よりも情報だ。特にハンディーマン、ハンターズララバイとプレイヤー。そして黒犬の事。


「三対一とは…卑怯な真似をするんだな。」


「卑怯?戦えない者達を惨殺したり、奴隷にしたり、薬漬けにするのは卑怯とは言わないのか?」


シュートの勝手な言い分に、俺が言い返す。


百人を引き連れて来て、俺達含め村人を襲っておいて、今更俺達の方が有利になったから卑怯なんて、誰が聞いてもおかしな話だと思うだろう。


「そんな事はもうどうでも良い。話し合って理解し合えるとは思っていないからな。それより、別の話を聞かせてもらうぞ。」


今の状況で、この話を断れば、自分がどうなるかは分かるはずだ。今まで散々他人にやってきた事だろうし。


「……………」


俺達三人の事を見渡して、シュートは諦めたように盾と槍を持った両腕を下ろす。


現状、ハイネもピルテも居ない為、無理矢理情報を抜き取る事は出来ない。つまり、情報を手に入れる為には、ハイネ達の元に連れて行くか、本人から直接話を聞き出すしか方法は無い。


「……くく……くくく……」


シュートは観念して話をするかと思っていたが、突然、堪え切れなくなったというように笑い出す。


「残念だったな。俺から話を聞き出すのは無理だ。」


「…………………」


喋ったりしないから、聞き出すのは無理だぞ…という意味では無さそうだ。シュートの瞳から生気が無くなっている。


「俺達はただの当て馬だからな。本番はここからだ。楽しんでくれよ。くくく……うっ……」


シュートが意味深な事を言って笑った後、腹の辺りを抑えて苦しみ出す。


この反応は前にも見た。


それを見た瞬間、俺達三人はシュートから距離を取る。


グシャッ!!


シュートの体から尖った木の枝が飛び出し、シュートの命は完全に潰えてしまう。


「またカルカか…スラたん!近くに人の気配は?!」


「……残念だけど、僕の分かる範囲内に、誰かの気配は感じないね。」


同じ光景を見た時もそうだったが、このカルカを発動させた誰かが、どこかに居るはずなのに、その気配が全く感じ取れない。しかも、ハイネ達の索敵能力を上回るスラたんのスライム達でさえ察知出来ないとなると、かなりのものだ。黒犬でさえ、そこまでの事は難しいはず。

そういうプレイヤーが居る…という事なのかもしれないが、ステータスと違って、隠密能力というのは技術であり、簡単に手に入るものではない。一応、音を遮断する魔法等は有るが、スライム達まで騙せるとは思えない。

それを超える程の隠密能力を持っているプレイヤーが、こちらに来て十年という月日で出来上がったというのも考えられなくはないが、現実的に難しいと思う。


「またしても情報を得られませんでしたね…」


「ある程度予想していた事だったから、驚きはしないが、向こうも情報の漏洩に対する処置は、徹底しているみたいだな。」


「人の命を物扱いするなんて、僕は許せないよ。いくら相手がああいう連中でもね…」


俺ならば自業自得だなと納得してしまうところだが、スラたんとしては、ああして命を物扱いする連中を許せないらしい。

元々命を救う為に薬学の道に進んだのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。今では、スラたんもその手で他人の命を奪っているから、その重さを肌で感じて理解している分、余計に許せないのだろう。


「許せないのは分かるが、それよりもまずは、シュートの今際いまわの言葉だよな。」


「自分達が当て馬、ここからが本番だって言っていたね。」


「これからハンディーマンが本格的に動く…という事でしょうか?」


「そう聞こえたが…あいつはプレイヤーだったわけだし、他にも居るであろうプレイヤーという意味だったのかもしれないな…」


「そうだとしたら、早めに色々と準備しておいた方が良いよね?」


「そうだな…今回の三人は、プレイヤーの中でも中堅程度だったと思う。十年間で強くなった事を考慮したとしてもな。」


「もし、この三人以上の者が現れたら、僕達で対処出来るか…少し不安になってきたよ。」


「だとしても、俺達は完全に狙われているみたいだし、今更引くことは出来ない。スラたんは…」


「不安だけど、それとこれは別の話だよ。僕だってもうこのパーティーの一員なんだ。今更抜けるなんて言わないよ。

それに、多分、僕の事も既に話が伝わっていると思うから、逃げたとしても追われるだけでしょ。

あ。だからって謝らないでね。こうすると決めたのは僕自身なんだ。僕の選んだ道なんだから、シンヤ君達が申し訳なく思う必要は無いからね。」


巻き込んですまないと言おうと思っていたが、先手を取られてしまった。


「ははは。分かったよ。スラたんが居てくれて助かるよ。本当に色々とな。」


「マブダチの為なら三千里だって歩いてみせるさ!」


「はいはい。」


「雑っ?!」


プレイヤーを何とか退けた状況に、安心し、俺もスラたんも気持ちが軽くなる。

ハイネの容態も気になってはいるが、取り敢えずの危機は去ったと言っても良いだろう。


「一先ず、これで一休み出来る。ハイネ達の元に戻ろう。傷の具合も気になるし、村の事も色々と決めないといけないだろうしな。」


「そうだね。谷に在った村は残念だったけど、生きていれば、村はまた作れるからね。ハイネさんにも早く良くなってもらって、元気な顔を皆に見せて欲しいね。」


「その通りだな。こんな血腥ちなまぐさい場所は早く離れよう。」


俺はそれぞれの死に至った死体を一度だけ見て、視線を切る。


同じ世界、同じ日本に居た者達。こちらに来る前は中学生だったらしい。十年間という時間の流れが無かったとしても、恐らく俺は躊躇う事無く彼らを殺していたはずだ。罪悪感も無く。

やはり自分はスラたんとは違い、本格的にどこか壊れているのだと再認識してしまう。ニルが居なければ、それでまた落ち込んでしまっていた事だろう。今はそれを受け入れているから、落ち込む事は無いが…


因みに、プレイヤーの装備はその者の固有となっている為奪う事は出来なかった。


「シンヤ君?」


「いや、何でもない。」


スラたんも、俺が何かを考えている事に気が付いたのか、心配そうに声を掛けてくれる。ニルは何を考えているのかまでよく分かっているから、俺の顔を見て、俺の考えを読んで、心配無さそうだと気付き、寧ろ安心している。


「そう?それなら良いけど…」


「それより、ハイネ達の居場所は分かるのか?」


「うん。それは大丈夫。ツインスライムを渡しておいたから、直ぐにでも後を追うことが出来るよ。」


「二人共体力は大丈夫か?」


「はい。」

「大丈夫!」


「それなら、このままハイネ達のところに向かうとしようか。」


「はい!」

「うん!」


こうして、俺達はハイネ達の元に戻り、無事、村人達とも合流した。


「おー!生きてたか!」


村人と合流した俺達に、最初の一言を送ってきたのはケビン。


ガンッ!


「いっ?!」


「カイドーさん達が命を懸けて守って下さったのに、生きてたか!?馬鹿は死なないと治らないって言うし、一回死んでみる?!」


ハナーサの足の爪先がケビンのすねを捉え、凄い音がする。


「そ、そうだよな!いやー!悪い!つい冒険者の時の癖でな!」


ケビンは、燃えるんじゃないかと思うくらい脛を摩りながら、俺達に何度も頭を下げて謝ってくる。冒険者達にとっては、生きてたか程度の会話は日常の範囲内という事は俺も知っているし、そんな事は気にしない。生きていて良かったな!くらいの意味合いで考えている。


「そう怒らなくても、俺達は気にしないから大丈夫だ。」


「カイドーさん達が気にしなくても、私が気にするのよ。というか人としての話なんだから、気にする気にしない以前の話なの!」


「そ、そうか…そうだな。駄目だぞ、ケビン。」


激怒中のハナーサが怖くて、即時ケビンを売り渡す。


「変わり身?!」


「………」


俺へのツッコミを入れて、ハナーサに睨み付けられるケビン。


「はい。猛省中です。」


やはりケビンはハナーサには勝てないらしい。


「ケビンはゴブリンと同じような知能だから、直ぐに忘れちゃうのよ!何度も何度も言ってるわよ?!」


「はい……」


ケビンが宿題を忘れた小学生のように小さくなっている。ハナーサの圧力には誰も勝てないのかもしれない…正論だから余計に言い返せないのだろう。怒った時のニルに少し似ている気がする…


「そ、それより、村人達は大丈夫か?」


ハナーサの気を紛らわせる為、話題を変える。


「ええ!皆怪我も無く無事よ!本当にありがとう!感謝してもし足りないわ!」


「俺からも改めて感謝を述べさせてくれ。」


そう言って頭を下げるのはギャロザ。


「それと、俺達の為に怪我を負わせてしまった事を深く謝罪したい。本当にありがとう。そして、すまなかった。」


二つの意味を込めた深々としたお辞儀は、誰が見ても、本気だと分かる。


「村の皆が助かったと知れば、ハイネもきっと喜ぶさ。俺達の一番の目的はそれだったんだ。守る事が出来た。それだけで、戦った甲斐が有るさ。」


「…ハイネ様とピルテ様が認める方という理由が分かりました。」


「止めてくれ。そういう堅苦しいのは嫌いなんだ。今まで通り普通に話してくれ。俺はそんなに偉くも凄くもない。」


「シンヤ君が凄くなかったら、凄い人なんて居なくなるよね?」


スラたんはこういう時にパッと入って来るからなー…わざとやっているのは分かっている。笑いに変えて話を流してくれようとしてくれているのも分かる。そして、いつも自分ばかりイジられて、たまには仕返しをしてやろうというのも分かってしまう。

ニヤニヤしながら言ってくるから、丸分かりだ。


「凄い人なんて、本当は居ないんじゃないか?」


「あ!なんか深い事言った?!」


「ふっ。俺は深い人間だからな。」


「そう来るかー!」


「「「はははは!」」」


スラたんが笑いに変えてくれた事で、ギャロザも肩肘張らずに接してくれそうだ。ただ…ニルよ。俺の言う事にうんうんと感慨深く頷くでない。


「それで、ハイネの様子はどうだ?」


「ああ。今はピルテ様が見て下さっているが、容態は安定しているみたいだ。もうすぐ目を覚ますと思う。」


「よく分かるな?」


「同じように傷付いた体で村まで来た人達も居るからな。経験で何となく分かるんだ。」


「そうか…」


経験で分かる…という事は、それだけの数の人達が傷付いた状態で村まで辿り着いたという事に他ならない。


「大きな街では、奴隷は主人の所有物という事で、丁重に扱われる事が多いと聞いた事が有るんだけど、そんな事は無い…のかな?」

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