第435話 PvP (2)

朝の訓練の際、スラたんのスピードに慣れる為、また、スピードの速い相手への対処方法等の理由から、模擬戦のような事を何度かやった。トッププレイヤーレベルのスピードを知っておくだけでも、得られる物は多い。


とは言っても、結果はスラたんのスピードに反応出来ず、ニルの全然全敗だった。

言っても模擬戦だし、ニルも善戦していたから、十分凄いのだが、ニルは結構負けず嫌いな所がある。俺の顔に泥を塗ったとか考えているという節も有るが、とにかく、負けてしまった後、どうすれば勝てるのか、どうすればスピードに対処出来るのか、俺に聞いたり、スラたんに聞いたり、ハイネやピルテと相談したり、自分で熟考したり…とにかくあれこれと考えていた。


ニルが、どうにかしたいと必死になった事で、俺達も色々と教えたりしていた為、今ではかなりスラたんのスピードにも対処出来るようになっている。

スラたんのスピードに対処出来るニルが、目の前に居るマホコのスピードに対処出来ないはずがない。

スティレットという特殊な武器のせいで、多少戦い辛いところがあり、攻撃を受けてしまったみたいだが、シールドが無かったとしても、擦り傷程度だっただろうし、焦りも無いなら心配は要らないだろう。

その証拠に…


「はっ!」


ガキンッ!


マホコの攻撃の合間を縫って、ニルの的確な攻撃が首筋に入る。しかし、シールドが付与されている為、刃は通らない。

一撃がシールドに阻まれたという結果は同じだが、ニルがシールドに受けた一撃と、マホコが受けた一撃では、意味合いが大きく違う。それは、当人達が一番よく分かっている事だろう。


「っ!!このっ!クソアマがあ!奴隷の分際で私に攻撃?!あ゛ああぁぁ!!」


最早女とは見えない形相で怒り狂うマホコ。そのまま別の生き物に変化するのではないかと思わせる程だ。


「実に醜い方ですね。」


「あ゛あ?!」


それまで黙っていたニルが、ポツリと一言漏らす。


「今のあなたの顔。とてもではないですが、他人に見せられるようなものではありませんよ。」


「この……クソアマァァァ!!」


ブツンという効果音でも聞こえる気がしてしまう程、マホコが苛立ちを叫び声で表現する。


「死ねえぇぇ!!」


ビュビュビュビュビュッ!


これまでで最も激しい連撃。全ての攻撃に苛立ちと殺意が混ざっている。それでも、ニルにとっては、日常茶飯事の範囲内。ニルは落ち着いて、それまで同様に攻撃を弾き、流していく。


「うっぜえぇぇ!!」


これ以上無い程にイライラするマホコが、ひたすらスティレットをニルに突き出し続ける。

体力の続く限り、ニルへの攻撃は止めないだろう。暫くはニルがマホコの攻撃に対処しつつ、合間を縫って攻撃する時間が続きそうだ。

相手の三人はプレイヤーで、魔具らしき物も身に付けている。それがどの程度戦況に関わって来るのか分からないが、警戒は必要だろう。


「そろそろこっちも始めて良いか?」


半笑いのカナタが、俺の方を見ながらロングソードをブンブンと振り回す。

俺は強いぞとでも言いたそうな仕草だ。


「そうだな。手加減してやれるかは分からないから、それを期待しないでくれよ。」


「ヒュー。言うねえ。噂になった程のプレイヤーだか、トッププレイヤーだか知らないが、それがどれ程のものだっての。そういう傲慢な態度、二度と取れないようにしてやるよ。」


傲慢な態度は、俺より、この三人の方だと思うが、言ったところで分からないだろう。

それに、手加減出来ないかもしれないというのは本当の事だ。生け捕りに出来れば嬉しいが、他の者達とは違い、プレイヤーを動けないようにしておくのは非常に難しい。縛ったりしたところで、ステータスが高く、そこらの素材では破壊されてしまう。魔法陣を描ければインベントリに収納してしまう事も可能だ。

もし、彼等を生け捕りにするならば、手足を切り落とす等の方法か、奴隷にしてしまうくらいしか方法は無い。奴隷の枷など持っていないし、手足を切り落としてしまえば、プレイヤーでも死んでしまう。そう考えると、なかなか生け捕りは難しい。だからこそ、最初から可能ならば…という条件を付けたのだ。

上手くいけば生け捕りに出来るが、手を抜いてしまえば、こちらが殺されてしまう事になるかもしれないし、手は抜けない。殺すつもりでぶつかって、結果的に生きていたならば、ラッキーだという感じだ。


「まあ、お前にこの距離を詰める手段など無いだろうがな。」


ブンッ!


ロングソードを俺へ向けて止めるカナタ。


「そうだな。距離を詰める方法はいくつもあるが。それを試してみるとしようか。」


「はっ!言ってろ。」


俺の言葉を鼻で笑うカナタ。


しかし、俺は大真面目だ。ロングソードだけでなく、長物と呼ばれるタイプの武器は、プレイヤーだけでなく、この世界の人達も多用する。単純にリーチが長い方が有利だし、上手く扱う事が出来れば、女性でも戦える。オウカ島のランカが使っていた薙刀が良い例だろう。

確かに長物はリーチが長いというだけで強い。故に、刀を使う剣技には、そういった長物への対策的な剣技というのが数多く存在する。天幻流剣術にも当然そういった剣技は存在する。


その中の一つ、剣技、薄切中はくせっちゅうは、長物に対して使う剣技の一つだ。


仕組みは簡単で、相手の攻撃に合わせて自分の刀を刃に横から当てる、そのまま滑らせつつ、相手の武器に絡めるように刀を僅かに動かし、相手の武器の軌道を変えつつ、意のままに操り、そのまま接近し相手の持ち手をスライスする。というものだ。

他の剣技同様、言うだけならば簡単で、誰にでも出来そうな気がするかもしれないが、案の定そうはいかない。

まず、相手の攻撃に対して、自分も踏み込むというカウンター狙いの技である為、ミスした場合、こちらの被害は倍になる。その上、相手の武器の動きをコントロールするというのが非常に難しい。

言葉にすると、刃を合わせた状態で、刀から掛ける圧力の方向を微妙にズラす。すると、相手はそれに抗おうとして力の入れ方を無意識に変える。この瞬間に別方向から圧力を加えると、押し合うと思っていたはずの力が、変に抜けてしまい、自分の予期せぬ方向へと刃が走ってしまうという感じだ。

かなり繊細な力のコントロールが必要で、その上、足から腕まで力をしっかりと伝える必要が有る為、踏み込みや足の動きも重要になってくる。

天幻流剣術の中でも、難易度の高い部類に入る剣技である。

ニルも柔剣術で同じような事が出来るが、あれは遠心力を利用した剣技で、根本的な原理が違う。


「オラァ!」

ギャリッ!


俺に対してロングソードを突き出すカナタ。桜咲刀を刃先に当て、滑らせつつ前に踏み込む。同時に刀を操作して、カナタのロングソードの軌道を僅かにズラす。

ロングソードの刃先は顔の数センチ横を通り過ぎ、かと思いきや次の瞬間には下へと向かって行き、最終的に地面に刺さる。何故そんな軌道を描いてしまったのか分からないと言いたそうな顔をするカナタ。俺が繰り出した薄切中は、僅かな力の向きだけで相手の武器をコントロールする為、何が起きたのか相手には分かり難い。それもこの剣技の持っている効果の一つである。何が起きたのか理解出来なければ、どう対処して良いのか分からない。


パキィィン!


俺の刀は、カナタの付与型防御魔法を一度で全て吹き飛ばす。

その時の衝撃で、カナタには刃が届かなかったが、腕を斬られるところだったという事は理解出来たはず。

薄切中がどういう剣技なのかを理解出来ず、対処が不可能となれば、カナタの中に恐怖が芽生える。


攻撃したら、腕を切り落とされるのではないだろうか?


恐らく、そんな事を考えているだろう。

事実、また同じ事を繰り返すようならば、間違いなくカナタの腕は俺の桜咲刀で切り裂く事が出来るだろう。

そうなってしまうと、カナタはここまでのような豪快な攻め方が出来なくなる。付与型防御魔法も吹き飛んだのだし、カナタは慎重にならざるを得ない。

残念ながら、薄切中はカウンター技であり、相手の攻撃に合わせる事が絶対条件だ。つまり、カナタが攻撃して来ない今、薄切中は使えない。

だからと言って、お互いに見合ったまま動かなければ、時間だけが過ぎて行くだけだ。

ここは、俺から攻めるとしよう。


長物に対する剣技ではないが、攻撃して来ない相手の間合いに、一気に飛び込む技、貫鉄尖かんてつせんを使う。

全身の伸びを使った片手平突きで、簡単に言ってしまえば、数メートル飛び込んで突くというだけの技だ。


俺の事を甘く見ていたと気が付いたカナタの顔からは笑顔が消え、じっと俺の行動を監視している。

俺が次に何をするのか、緊張して待っているのだろう。


チリチリとした互いの殺気が、空気中に漂う。


俺が刀をピクリと動かすと、カナタもピクリと肩を動かし、カナタが足を動かせば、俺の腕が微かに反応する。


「…………………」


「…………………」


互いに口を開く事はなく、空気がピンと張り詰める。


ダンッ!


地面を全力で踏み切り、俺は一瞬にして間合いを詰める。


「っ?!」


カナタのステータスが高いことは分かった。だが、ステータスが高いのは、俺も同じ事。

同じステータスならば、これまでの鍛錬がものを言う。


全力で踏み込んだ俺の動きに、目を丸くするカナタ。


カナタのロングソードの使い方は、人を殺して覚えたものだと一目で分かった。だから、カナタは考えた事など無かっただろう。足先の角度を一度変えるだけの訓練を。知らないだろう。剣先の一ミリのズレを直す為に、途方も無い時間を費やす作業を。

ニルの言う通り、ここまで俺が欠かさずに行ってきた訓練は、確実に俺を強くしている。


ブシャァ!


「っ!?」


俺の突き出した切っ先が、カナタの体に触れようとしたその時、俺の頬に飛沫が掛かる、


「はっはっ!ざまあみやがれ!」


俺の突き出した刀は、カナタへ届くギリギリのところで、水で出来た盾に遮られてしまう。


魔法陣を描いた様子も無かったし、先に付与してあったならば、もう一つの付与型防御魔法と同時に発動していたはず。それが無かったという事は……


俺はカナタの手を見る。


指に装備していた指輪の青い宝石が淡く光を放っている。

まず間違いなく、魔具の効果だ。


「死ねやぁ!!」


ニヤッと笑ったカナタが、ロングソードを突き出した体勢から引き戻しつつ、横へと振る。刃は丁度俺の首筋に当たる軌道だ。


ブンッ!


大剣の風を切る音が耳元で鳴る。


本来ならば、死んだと思ったはずだ。そういうタイミングの一撃というものは確かに存在するし、これがその一撃で間違いない。

しかし、魔具が有ると分かっていて、何の対策も無しに突っ込む馬鹿ではない。

魔具を使うプレイヤーに人気だったのは常時発動型でバフ効果が付く類の魔具。バフと言っても、魔具を装着しただけで超強くなったりはしない。ファンデルジュはそんなに甘いゲームではない。

少しだけ風を起こしてスピードアップとか、暗闇でも目が多少見えるようになるとか、結構微妙な効果が多い。だが、ファンデルジュのトッププレイヤー達は、その数パーセントを競い合っているような廃人ばかりだった為、皆自分なりの魔具を持っていた。

常時発動型ではない物もそれなりに人気が有り、カナタが使っているような、一時的にシールドを張ってくれる物が有る。但し、基本的には高い効果ではなく、頑張って中級魔法を防ぐ程度の物だったりするのだが、稀にそれより効果の高い魔具が手に入ったりする事も有った。そういう物は回数限定だったり、一度発動すると暫くは使えなかったりする物が多いのだが、カナタの持っていた物は回数限定の物だったようで、俺の攻撃を防いだ指輪は、砕け散った。

これで、魔具を別に隠し持っていなければ、攻撃を防がれる事は無い。貫鉄尖は、それを確認する為の一撃だった。


ズバッ!


俺に掛けられた黒防砂が一撃で弾け飛ぶ。流石のパワーだ。この世界の者達ならば、殆どの者はこの黒防砂を一撃で吹き飛ばすのは無理だろう。


俺の防御魔法が弾け飛んだのを見て、カナタの口角がグイッと釣り上がり、醜悪な笑みに変わる。


ガキィィィン!!


「は?!」


俺の首を吹き飛ばすはずだった攻撃が、突然上へと跳ね上がる。


まあ、何が起きたのか分からないだろう。俺が使ったのは神力。迫り来る大剣を、上へと押し上げるように神力を操作したのだ。

神力の事について知らなければ、対処など出来ない。

今の今まで、神力を使わず戦って来たのは、この時の為。カナタにも奥の手が有ったように、俺にも奥の手は有るのだ。


大剣が大きく上へと跳ね上がり、体が開いた状態となり、俺に対して胸も腹もさらけ出した状態になっているカナタ。どうぞどこでも斬って下さいとでも言わんばかりだ。


「この野郎っ!」


それでも、カナタは諦めずに大剣を振り下ろそうとする。

腕力が常人のそれではない為、そんな無理矢理な軌道の変化でも、大剣を振り回せてしまうのが怖いところだ。

だが、俺の突き出した刀は、既に次の動作へ入っている。


「うおおおぉぉぉ!!」


ザンッ!!


ガンッ!!


大剣が地面に刺さる。


ブシュウウウウゥゥゥ!!


「うがあああああぁぁぁ!!」


大剣が持ち上がった時点で、カナタの運命は決まっていた。


俺の桜咲刀は、両腕を切断するように、下から上へと走り抜けた。大剣は俺には当たらず、地面を割っただけ。

二の腕で切断された両腕から、大量の血が噴出し、カナタの足元を真っ赤に染め上げていく。

切れた方の腕は、地面に刺さった大剣の柄を握り締めたまま、ブラブラと揺れている。


本来ならば、もう少し傷を浅くして取り押さえたいところだったが、やはり手加減する余裕は無かった。

両腕が無くなってしまったカナタは、ここから傷薬を使ったとしても、間違いなく失血死するだろう。


ドカッ!


カナタは後ろへ二、三歩下がると、小石につまずいて尻を地面に打ち付ける。


「あ!あがっ!あぎゃあぁぁ!」


「カナタ?!」


「嘘だろっ?!」


スラたんとニルが相手をしていたシュートとマホコが、カナタの叫び声に反応する。負けるとは毛程も思っていなかったのだろう。


「ひぃっ!いぎぃっ!」


腕の無い体では、思ったように体を起こす事も出来ず、うつ伏せになって膝を立て、地面に頬を擦り付けながら立とうとするカナタ。頬は自分の血で赤くなっている。


「カナタ!」


バキィィン!

「っ?!」


カナタの元へ走ろうとしたマホコに向けて、ニルの戦華が走る。

目の前の敵から視線を外し、攻撃されないはずがない。

防御魔法は、最後の一回だったらしく、マホコの目の前でシールドが破られて消えていく。


「うぜえなあ!」


隙を的確に突いてくるニルに対して、怒りを抑え切れない様子のマホコ。


ビュッビュッ!


マホコの攻撃に対して、ニルは盾を使わずに避けてみせる。

マホコの攻撃が、猛攻を行っていた時に比べ、勢いもスピードも無くしてしまっている。

俺がカナタと戦闘している間、ずっと攻撃を繰り返しており、それをニルが防ぎ続けていたのだから、体力も筋肉も限界だろう。

先程までの鋭い攻撃が見る影も無い。唯一気になるのは黄緑色の宝石が入ったネックレス。ニルもその事が気になって攻めあぐねていたのだろう。


マホコの魔具も、恐らく常時発動型ではなく、何かの条件によって発動するタイプ。それがどんな条件なのかは分からないが、シールドを失って後が無い今、それも直ぐに分かるだろう。


ビュッ!ビュッ!


ニルに向けて何度かマホコが攻撃を仕掛けるが、勢いの無い攻撃に対して、ニルが反撃を繰り出す。


「っ?!」


ギィィン!


ニルの攻撃を、マホコが両手のスティレットを使って防いだ時だった。


ボコッ!!


ニルとマホコの間。その地面から細い蔦が伸び出し、ニルの両足に絡み付く。

防御魔法ではなく、相手を束縛するタイプの魔具だったらしい。蔦は何本も生えており、束縛を瞬時に解くのは難しい。恐らくだが、マホコの任意で魔法を発動させられるタイプの魔具。ニルが自分の命を取りに来るタイミングを見計らっていたのだろう。


ビュッ!


ここまで、スピードが落ちていたマホコの攻撃が、突然速くなる。ここまでスピードを徐々に落として、ニルの意識に疲れていると印象付け、弱っていると思わせていたらしい。もしくは、最後の悪足掻きか…


カナタは両腕から血を流し、地面の上を芋虫のように動いているだけ。助けに入ってもカナタを逃がす事は無いだろう。だが、俺はニルの助けに入ろうとは思わない。

ニルがこの程度の安い手に乗せられるとは、全く思っていないからだ。


カンッ!!

「っ?!」


足が束縛された状態で、マホコのスティレットを盾で弾くニル。

ニルのパワーなんて、マホコに比べてしまえば大した事のないものだ。だが、適切な角度、適切なタイミング、適切な力で盾を振る事で、相手の予想し得ない攻撃を放つ事は出来る。

俺が教えた天幻流剣術の、正確で緻密な体の動かし方と、柔剣術による遠心力を使った円の動き。それらを一つにし、足が束縛された状態で、腰から上を使った回転によって、盾を予想外の力で振り抜いたのだ。

そんな圧力の一撃が来るとは思っていなかったマホコは、自分の左手に持っていたスティレットを手放してしまう。


クルクルと回りながらマホコの後ろへと飛んで行ったスティレットが地面に落ちて、カランと乾いた音を立てる。


「このっ!」


マホコが残った右手のスティレットを突き出そうとする。

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