第432話 罠の罠
上級魔法の中でも、攻撃距離が短い分、攻撃の威力は高い大風刃。咄嗟に逃げようとした者も居たが、こちらも五人全て、きっちりダメージを与えた。
まだ息をしているのが二人程居るが、体の一部を欠損しており、そう長くは生きられないだろう。
「お、おいっ!助けてくれ!」
まだ喋れる二人が、凍り付いた五人に声を掛ける。目の前に居て、自分達が瀕死なのに、何故助けてくれないのかと、叫び散らしている。しかし、立ったまま凍り付いた五人は、既に死んでいるのだから、返事をするわけがない。
「おい!なんで何も言わ」
ザシュッ!!
怒鳴るように叫ぶ男の首を、横に現れたスラたんが掻き切る。
かなりの大声だった為、恐らく別の部隊も異変に気が付いたとは思うが、それが狙いである為、悪くない始まり方だ。
「よし。逃げるぞ。」
「はい!」
俺達三人は、そのまま南へ向けて走る。
「どうだ?」
「うん。バッチリ。付かず離れずで追ってきているよ。」
正直、部隊を壊滅させるのは、それ程難しい事ではない。この三人ならば、相手の動きを見ながら削っていく事も、ゴリ押しで潰し切る事も出来るだろう。
プレイヤーが居ないならぱ、そういう強引な作戦も悪くないのだが、今はプレイヤーを優先して考えている。
もし、相手のプレイヤーが俺だったとして、何をされた時、重い腰を動かそうと思うのか。それを考えた時、俺ならば、ハンドの連中を次々と殺された場合、自分が出なければならないと考えるだろうと推測した。
この部隊の切り札とも言える手札は、ハンドだ。
戦闘力の高いハンドが次々と消されれば、切り札を失ってしまうのと同意。例え半数近くの部隊員が残っていても、ハンドを失えば後は瓦解するのみ。今回の作戦で俺達を仕留めようと考えているならば、ハンドが残っていて、部隊が半数残っている状態。つまり、今が攻め時となる。そこに来て、ハンドが消されてしまっていると知れば、それ以上の実力を持っているであろうプレイヤー達が出てくるはず。
いきなり撤退を開始する、もしくはプレイヤー達だけ離脱する…という可能性も有るが、そうなれば、それはそれで良い。撤退時に敵を削り、再度の出撃を難しくさせれば、一先ず暫くは休める。その間に、ハイネの回復を待って、万全で強襲する事も出来る。
まあ、どうなるかは分からないが、俺達が村に追い込まれ、罠に掛かったと分かれば、出てくるだろう。
「程良く行くぞ。悟られないようにな。」
「はい。」
「任せてー!」
後ろから追ってきているのはハンド。スラたんが指を三本立てて俺とニルに知らせてくれた事から、追ってきているのは三人だと分かる。
「敵だ!魔法を撃ち込め!」
南に逃げたところで、南側の生き残りが俺達を発見し、魔法を撃ち込んで来る。魔法を避ける為、俺達は東へと進路を取る。
因みに、南側から攻めて来た者達は、事前に位置を把握していた為、俺達を追い込みに来る事は分かっていた。放った魔法もきっちり避けて、無傷のまま村の方へと走る。
かなり急な斜面になっていて、谷の反対側、東側には、村を囲むように敵兵が展開しているのが見える。見えると言っても、実際に人影が見えるわけではなく、鎧等の金属の反射が見えるだけだが、俺達の仲間が居るはずもないし、間違いなく敵兵だ。
ドゴッ!
俺達の後ろから魔法が着弾する音が聞こえてくる。
俺達三人は素早く動いている為、そう簡単に魔法や矢が当たる事は無い。
「一気に村まで降りるぞ。」
冷静に、俺はスラたんとニルに指示を出し、急斜面を一気に下っていく。
後ろから追って来ていたハンドの連中は、二人だけが俺達を追って来る。一人は、恐らく報告に向かったのだろう。相手が罠に掛かったと。
報告がプレイヤーの元に行けば、後は上手く引っ張り出すだけだ。
ダンッダンッ!
それが分かった瞬間、スラたんとニルが、斜面を強く蹴る。そして、斜面下へと向かって落下しつつ、空中で真後ろを向く。
空中で後ろを振り向いた二人は、手に持っていた物を投げる。
スラたんはインベントリに入っていた投げナイフに、アイトヴァラスの毒を塗ったもの。ニルは投げ短刀で、こちらには毒は塗られていない。
投げナイフ、ニルの場合は短刀だが、刃物を投げて的確に相手を貫くというのは、結構難しい技術である。ニルは当たり前のように投げて正確に当てているが、普通の人は、投げたところで刃が相手にダメージを与える形で飛んで行くわけではなく、変に回転して柄の部分が当たったり、そもそも狙った場所に行かなかったり、相手の動きに合わせられなかったり…とにかく練習も無しにいきなり当てられるようになるものではない。ニルや俺は、日々そういった細かな鍛錬も忘れず、怠らず、続けて来たから出来るのだ。ニルと出会う前は、そういうのも一人で練習していたりもした。
スラたんの場合、そういう技術は勿論持っていない為、投げたとしても、上手く当てられるか微妙。
という事で、毒を塗って投げナイフで殺せずとも、傷さえ負わせれば良いという武器にしたのだ。
ニルは、毒を塗ると取り回しに注意が必要になり、逆に使い難いという事で毒は塗らなかった。ニルの場合、それでも十分正確な投擲武器となる為、やり易いようにしてもらう事にした。
突然目の前で飛び上がり、後ろを振り向いたスラたんとニルに、後ろから追って来ていたハンドの二人は驚いて止まろうとするが、ここは急勾配の坂道。簡単に止まることは出来ない。
ザクッ!ザシュッ!
ニルの投げた短刀は見事一人の喉元に突き刺さる。相手も急勾配を走って下っているというのに、凄い正確性だ。しかも、短刀にはシャドウテンタクルが取り付けられており、短刀の回収まで出来てしまう。
それに対して、スラたんの投げた投げナイフは、変に回転してしまっていたものの、何とかもう一人の腕を掠め、傷を付ける。
まず、ニルが短刀を突き刺した者の足が
そして、その数秒後、毒によって死を迎えたもう一人が、同じように斜面を転がり落ち、木にぶつかって止まる。
俺はスラたんとニルに向かって鉤糸を投げる。二人はしっかりそれをキャッチし、握り締める。
「よっ!」
ズガガガガガッ!
斜面に踵を立てて、二人の体重を支える。
急斜面の上で跳んだのだから、そのまま放置してしまえば、かなり下まで落下してしまう。そんな事で怪我をさせるわけにはいかない。
ダンッ!
二人は同時に地面に着地し、全員何とか止まることが出来た。
スラたんとニルは少し足がビーンとなっているみたいだが、怪我は無さそうだ。
「大丈夫か?」
「はい。」
「ビーンってなっただけだから大丈夫。」
「大丈夫そうだな。それなら、ここからは計画通り進めるぞ。」
「はい!」
「了解!」
敵兵は、村を囲むように谷周辺に集合し、円形に陣を張る。
「俺達を囲んで、徐々に押し潰すつもりだな。」
「笑えるくらい予想通りだね。」
「基本に忠実なんだろうな。悪い事じゃないが、素直過ぎる。俺達としては対策を立て易いから楽で良いが。」
「プレイヤーの誰かが策を練ったなら、この部隊の隊長に指示を出さないのかな?陣形自体の指示は出していたはずなのに、作戦が開始したら放置するって、普通は有り得ないと思うけど…」
「……もしかしたら、この作戦を立てた奴は、この戦場には居ないのかもしれないな。」
「策だけ授けて、自分は戦場から離脱したってこと?」
「ハンディーマンの大元はジャノヤ付近に居るみたいだし、敢えてここで指揮官クラスのプレイヤーが前に出る必要性は無いからな。」
「作戦を伝えて、代理の者が実行している…みたいな感じかな?それなら理解出来るかな。」
「出来ることなら、指揮官クラスをここで落としておきたかったですね。」
「そう上手くはいかないみたいだな。
だが、複数人のプレイヤーが居る事は分かっているし、一人でも先に落とせるなら、落としておいて損は無いはずだ。」
「そうですね…一気に相手をしなくて良いと考えるならば、この方が寧ろ良いかもしれませんね。」
「そういう事だ。それより、準備を急ぐぞ。」
「はい!」
ここからの作戦に必要となる準備を済ませつつ、俺達三人は村へと入る。
元々質素な生活をしていた村だったからか、人が居なくなると、やけに静かで寂しい空気を感じてしまう。
既にこの場所はハンディーマンに把握されている為、今回の戦闘でこちらが勝利したとしても、ギャロザ達は二度とこの場所を使う事は出来ない。
他にも、村を作るのに良い場所はいくつか有るだろうし、この村の事はもう忘れるしかない。だから、この村がどれだけ破壊されても、最早関係の無い事ではある。しかし、ここでの生活を一度見ているし、笑顔で生活している奴隷の女性達を見ている為、破壊されてしまうのが悲しく感じてしまう。
この村を中心に敵が配置しているし、ここが戦場になるのは必至。どうしたってこの隠れ村の破壊は免れない。悲しかろうと寂しかろうと、残しておく必要の無い村を気遣っている余裕も無い。
「シンヤ君とニルさんは凄いね…」
準備を終えて、敵の出方を見ている時、スラたんがそんな事を言ってくる。
「いきなりどうした?」
「いや……他意は無いんだけどさ。奴隷の問題とか、盗賊の問題って、シンヤ君達に付いて来たから起きている問題じゃないでしょ?」
「まあ…世界的な問題だろうな。」
「こうして、隠れ村の皆と出会って、ちょっと奴隷の事を知っただけで、何て言えば良いのか……うあぁぁ!ってなるのに、シンヤ君とニルさんは、こっちに来てからずっとそういう問題と向き合って来たんだよね?」
スラたんは頭をガシガシと掻き毟って言葉に出来ないものを表現してくれる。
「そうだな。簡単に片付く問題じゃないから、今まで色々と有ったな。」
ニルと居る事の方が、俺にとっては大切な事だったし、奴隷を差別しない人も居た。だから、気にしていないと言えば嘘になるが、どうにか気持ちに折り合いを付けて来られた。
「いっその事、そういう連中をボカーンって殲滅したくなったりもするが、そんな事は出来ないし、その都度折り合いを付けていくしかないさ。」
「そうなんだけどさ…簡単な事じゃないし、やっぱり二人は凄いよ。」
ニルは特に何も言わなかったが、スラたんの言っている凄いというのが、あまり理解出来ていない様子だった。ニルにとっては、奴隷である事が、最早当たり前なのだから、凄いも何も無いといったところなのだろう。
「そういう、うあぁぁ!っていう感情を少しでも緩和する為に、ここはしっかり勝利しないとな。」
「…うん!そうだね!よーし!絶対に勝つぞー!」
スラたんが気合いを入れてくれたところで、俺達は村の中で待機する。
すると、数分後…
「「「「おおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」
村の周囲から多数の雄叫びが響く。
「来るぞ!準備は良いか?!」
「はい!」
俺達は武器を構えて村の外に注意を向ける。
ドドドドドドッ!
まるで地鳴りのような音が谷に響き渡り、敵が谷を駆け下りてくる。
最初の一撃は、魔法を放って来るものだと思っていたのだが、相手は魔法を使わず、接近してくる。
村は谷の内側に在り、谷の上から狙い撃つのは難しいからだろうか?谷の反対側からでは、距離が有る為、魔法の射程範囲外だということは分かるが、村の西側は、そのまま斜面になっているし、土魔法で作り出した岩とかを転がすだけで、それなりの効果が期待出来ると思うのだが…魔法を使って来ると思っていた為、それに対抗する防御もこちらでそれなりに固めておいたから、魔法はほぼ無意味なのだが、それを予想して、無駄な魔力を使わないようにして、接近後、確実に当たる距離で魔法を撃つという作戦なのだろうか。
どちらも作戦としては正解だとは思うが、こちらから攻撃出来る範囲外から攻撃出来るという利点を活かした方が良いのでは…?と思うのは俺だけだろうか。
まあ、魔法を使って来ないのならば、それはそれで良しとしよう。土魔法で何重にもしておいた壁が無駄になってしまったが、他にも使えなくはないし、焦る必要は無い。
俺達が立てた作戦の第一段階である、敵の罠に掛けられたという演技は上手くいった。
そして、第二段階は、魔法を撃ってくるのを耐えて、相手がこれ以上は魔力の無駄だと思って突撃して来るまで待つ。というものだったのだが、どうやら必要無くなったようだ。
という事で、第三段階が繰り上げになり、第二段階として、敵の迎撃を行う。
迎撃とは言うものの、俺達は三人で、相手は五十人近い。普通にやり合ってしまえば、押し込まれてしまう。
そうなれば、やる事は一つ。そう、トラップだ。
しかし、今回のトラップは、最初にソイルゴーレムで解除した魔法のトラップとは違って、簡単には解除出来ない。
俺達は、村を中心として、周囲に何層にもなった土の壁をいくつか作った。上から見ると、破線で村を囲ったような状態だ。虫食いの場所は全部で六つ。
そして、虫食いの場所には、色々な罠を仕掛けた。
例えば、アイトヴァラスの毒を塗ったスレッドスパイダーの糸を張り巡らせてあったり、地面に穴を掘ってスライムの溶解液を入れておいたり、穴の中にスライムそのものを配置したり…とにかく色々なトラップだ。それぞれのトラップを乗り越えるには、それぞれの対策が必要で、尚且つ、トラップの内側には
光壁は、時間制限も回数制限も無い設置型シールドで、内側からの攻撃のみを通すというものである。非常に強力な防御魔法ではあるが、上級魔法の中でも、更に消費魔力が多い事と、貫通力の高い魔法や強力な近接攻撃によって破壊されてしまうという、少し脆い性能となっている。
強固な設置型のシールド魔法は知っているし、そちらでも良かったのだが、あまりにも守りが固すぎると、次の第三段階へ進む前に、敵が壊滅してしまう可能性が有る為、敢えて少し脆いシールドにしたのだ。とはいえ、こちらの攻撃は通って向こうの攻撃は通らないという特性は十分に強い為、相手に悟られる事は無いだろう。
本来ならば、弓使い等が居ると、楽に遠距離攻撃で倒せるのだろうが、残念ながら、俺達の中に弓を上手く使える者は居ない。しかし、それを補って余りある程の策が有る。策と呼ぶにはお粗末なものだが…
俺達は…いや、主に俺は、魔法で作り出した岩を、風魔法で掌サイズのキューブ型に切り出し、それを両手に持っている。足元にも、ゴロゴロと…
簡単な話だ。このキューブ型の石を全力で投げるだけ。自分のステータスをフルに使って、石を投げる。そして敵が死ぬ。これだけの事だ。
ニルやスラたんのステータスでは、当たり所が悪い場合ぐらいしか、敵を倒せないが、俺ならばどこに当たっても大体致命傷だ。ノーコンという事もないし、敵が近寄って来たならば、より確実に当てられる。
スラたんとニルは、ステータス的にそういうわけにもいかないので、炸裂瓶や閃光玉等を使って、戦場を掻き乱す役目だ。勿論、敵を倒してもらうつもりだが、主力は俺の投擲となる。
あまりやり過ぎないように注意しながら、投擲していこう。
「来たよ!!」
スラたんの声を聞いて、俺は腕に力を込める。
「防御は私達にお任せ下さい!」
「頼んだ……ぞっ!」
ブンッ!ボッ!
野球ボールより一回り大きな石の塊だというのに、俺の感覚では野球ボールより軽い。まあ、野球なんて学校の授業でやったのと、父とキャッチボールを数回した程度だから、元の自分がどれくらいのスピードでボールを投げられたのかも分からないが、少なくとも、石を投げて人の頭を吹き飛ばせる程ではないはずだ。
俺の投げたキューブ型の石は、投球したとは思えない速さで水平に飛んで行き、走って来る者の頭に直撃する。兜のような物を被っていた奴だったが、顔のど真ん中、鼻の辺りに命中したため、兜が意味を成さなかったらしい。
パカンッと聞き慣れない音がすると、頭が破裂し、
間違いなく即死だ。
ノーコンだとは思っていなかったが、まさか顔のど真ん中に当たるとは思っておらず、少し驚いてしまったが、相手の恐怖心を煽るのには最高のパフォーマンスだった。
真横で突然頭を破裂させた味方を見て、直ぐに木を盾にして隠れる男達。
流石に木を貫通させることは出来ない為、見える奴から狙う。
ゴウッ!
俺の投球を見てなのか、谷の上から、魔法で作られた石槍が何本か飛んで来る。
火事になる為、火魔法は使っておらず、距離が遠過ぎてまともな威力が期待出来ない風魔法、水魔法は使って来ない。飛んで来るのは、土魔法、木魔法、稀に光、及び闇魔法が飛んで来るといった感じだ。
見た限り、密度が高く、落下するだけである程度のダメージを期待出来る土魔法が多い。
ガンッゴンッ!
しかし、俺達が立て篭っているのは、小さな村の中。相手から見ればそれ程大きな的ではないし、壁を作り、その裏から投擲している為、殆どの魔法は俺達には届かない。
「上は任せて下さい!」
但し、全周囲からの魔法攻撃だ。背後側からの魔法は、いくつか俺達の方へと飛んで来ている。
それを、スラたんとニルが対処する。一応、それぞれに付与型のシールドを掛けてあり、何回かの攻撃は跳ね返してくれるが、当たらないに越したことはない為、二人が叩き落としてくれているのだ。
しかも、二人はただ魔法を落としているだけではない。
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