第431話 攻勢 (2)

「僕が囮になって連れて来た連中を、もう少し北でで撒いたから、まだ辺りを探し回っているかもしれないよ。」


「何人だ?」


「全部で十五人だったよ。」


「一人五人か…個々で戦うより、三人で連携した方が良さそうだな。

ニル。スラたんにも合わせられるか?」


「お任せ下さい。」


ニルはビシッと言い切る。


「頼もしいね。まあ、シンヤ君の信頼を勝ち取る人だしね。というか今考えると、渡人相手に一人任される実力って、この世界の人を基準に考えたら、超強い…って事になるよね?」


「まだまだ、ご主人様の足元にも及ばぬ実力ですよ。」


「それを言ってしまうと、シンヤ君は完全な化け物だよね…?」


「コホン。」


ニルがわざとらしい咳払いをする。


「あー!いやっはっはっ!二人共凄いなー!って話だよ!」


スラたんの言葉に、ニルが嬉しそうに頷く。

こういう時でさえ聞き逃さないニルさん。流石です。


という感じで、俺達は極めて明るく、話を終わらせる。ガチガチに緊張するのも良くないし、ただでさえ憂鬱になりそうな数の差なのだ。これくらいしなければ気分が落ち込み、倒せる敵も倒せなくなるというものだ。

とはいえ、緊張感は常に保ち続けており、スラたんの言っていた十五人の敵兵が見付かった時には一瞬にして俺達全員の戦闘準備が整う。


「多分、あいつらだね。」


スラたんが人差し指を向けた先には、三つのパーティがまとまっている集団を見付ける。確かに、スラたんの言っていた通り、十五人の敵兵の姿が見える。


「良い具合に他の連中からは離れているみたいだね。」


「それ程本隊と離れていないだろうから、あまり派手な事はしないようにな。それと、出来る限り素早く済ませるぞ。」


「了解。」

「はい。」


相手の十五人は、まだ俺達に気が付いていない。一気に魔法で吹き飛ばしても良いのだが、そうすると派手になってしまう。出来る限り相手を削りつつ、プレイヤーの登場を待ちたい為、ここでは可能な限り静かに処理するつもりだ。


「では、私から行きます。」


「ああ。よろしく頼む。」


ニルが落ち着いた声で言うと、静かに移動を開始する。


姿勢を低くして、木々の間を音も無く進んで行くニル。敵兵十五人との距離は、一番近い奴でも約二十メートル。木々という障害物も有る為、実際の距離より遠く感じるし、何より攻撃が通り難い。木の後ろに立っている奴を攻撃しようとすると、攻撃方法はかなり限られる。距離が離れれば離れる程、俺達と相手の間に立ち塞がる木々が増える為、攻撃が更に難しくなっていくという事だ。この状態で魔法を使うのは、相手を殲滅出来ない可能性が高い為、今回は別の方法を使う。


「ニルさんのトラップはどれくらいで整うんだい?」


スルスルと敵に近付いて行ったニルは、相手との距離が十メートル程の位置まで近付くと、腰袋からアイテムを取り出す。


「直ぐだぞ。スラたんも準備してくれ。」


敵兵の中に向かって行くのだから、こういう状況の時に取る行動も、当然事前に決めてある。

スラたんは分かったと頷いて、俺から見て左へとゆっくり移動を開始する。


俺とスラたんは、腰から武器を抜き、ニルを中心に左右へと展開。ニルを頂点にして、正三角形となるように配置する。


数分後、準備を完了したニルが、一度だけ俺とスラたんに顔を向ける。


俺もスラたんも、こちらも準備完了だと首を縦に振る。


それを見たニルは、腰から投げ短刀を二本取り出す。


ヒュヒュッ!


ニルがその二本の短刀を投げると、空中を走る刃が、真っ直ぐに飛んで行く。


ドスッ!ザクッ!


一本は魔法使いらしき男の側頭部へ刺さり即死させたが、もう一本は弓を持った奴の腕に刺さる。飛び道具を使っているだけの事はある。飛翔物に対しての反応が早い。首元を狙ったみたいだが、腕で防御されてしまったらしい。

しかし、それなりの距離から投げたのだから、止められる事も有ると承知の上である。ニルも百発百中だとは思っていない。


パンッ!パンッ!


投げた短刀付近から、小さな破裂音が聞こえてくる。


投げた短刀が相手に止められるかもしれないと予想していたというのに、何の対策もしていないわけがない。

ニルの短刀には、糸で繋げた毒煙玉が繋げられており、それが破裂し、周囲に毒を撒き散らす。


「うわっ!なんだ?!ゴホッゴホッ!」


「おい!離れろ!なんかヤバいぞ!」


「あ?何がヤバ…っ?!ゴホッゴホッ!」


毒煙玉から放出された毒を吸い込んだ数人が、吐血し倒れていく。


直ぐに毒だと気付き、煙から離れて行く盗賊達。しかし、北東方向に向かって風が吹いている為、その方角に居た者の内二人が、更に毒の効果を受けて吐血、そのまま死に至る。


一気に半数が倒れ、残りは八人。


俺とスラたんが左右から展開し、集団の北東と北西側に到着したところで、集団に向かって走り込む。相手からすると、短刀が飛んで来たはずの方向とは真逆。流石に走り込んで来る俺達に反応出来ないという事は無かったが、十分に近付けた。


「後ろだ!」


俺達に気付いた敵兵の一人が、俺に向けて直剣を向けてくるが、その一呼吸の間に合わせて、一気に懐まで入り込み、桜咲刀を斬り上げる。


「っ?!」


バキィィン!ガシュッ!


気が付いて反応したまでは良かったが、俺の踏み込みに合わせる事は出来なかったらしく、直剣を動かせない敵に対して、俺の斬撃は左の脇腹から右の肩口へと抜ける。


付与型のシールドも金属製の胸当ても関係無く、骨も綺麗に切り裂く。直剣使いは驚いた顔のままだ。

度重なる戦闘によって、桜咲刀の半分は、既に桜色へと変化している。


後七人。


直剣使いの体を迂回して他の敵兵を狙いに動こうとすると、横から軽いが速い連続した斬撃の音。


視線を横へ向けると、スラたんが一人始末してくれたところだった。


これで六人。


「くそっ!」


俺達が敢えて北側へ回った理由は、魔法使いと弓使いへの対策だ。

正面から三人で攻撃を仕掛けると、どうしても後方に居る魔法使いと弓使いが面倒になってくる。特に、派手な魔法を使われると、他の連中にも戦闘が起きている事を知らせる事になる為、魔法は使わせたくなかった。


本来、正面から攻撃された段階で、魔法使いと弓使いは、仲間達よりも後ろに移動し、遠距離から攻撃を仕掛けてくるものなのだが、俺とスラたんが背後から現れた事によって、行き場を失ってしまったのだ。

後ろから突撃してきた二人は、一撃で鎧ごと斬るような者と、目にも止まらぬ速さで攻撃してくる者。これに対して正面から、先程短刀を投げてきた者は、未だ動かず、集団を観察しているだけ。

残った六人が、諦めていないならば、間違いない無くニルの方へと寄って行くはず。俺ならばそうする。


予想通り、魔法使いと弓使いが、まずはニルの方へと向かって走る。


「あいつを殺せ!南へ一旦引くぞ!」


俺とスラたんの実力を見て、ニルも同等の力を持っていると考えたとしても、二人を相手にするより一人の方が良いと考えたであろう六人はニルの方へ向かう。それに、ニルは先程から動いていないのも大きいだろう。この状況で、ニルが攻めて来ないというのは、どう考えてもおかしい。俺、スラたん、ニルの三人が三角形になっている陣形で、ニルだけが攻めて来ないのとなれば、陣形の効果が薄れてしまう。

それが分かっていれば、もしかしたら、あの女は、怪我でもして戦闘に参加出来ないのではないか?と思ったかもしれない。いや、そう思わせようとしての作戦だから、そう思って貰えると有難い。

ニルが木に隠れ、後ろへと下がるような仕草を見せると、六人が嬉々として走り出す。

俺とニルが、ここまでに行って来た戦闘内容くらいは聞いているだろうし、ニルの戦闘力が高い事は知っているはず。ニルの存在を侮っているようには見えないが、チャンスが有るとしたら、そこだけだと判断してくれたらしい。

ニルも、そう思われるだろうと先に話をしていたから、足を引き摺るような仕草を見せて木に隠れた為、集団は完全に騙されてしまった。


狙い目だと南へ向かって走り出した六人。


残念ながら、ニルは怪我など負っていないし、体力もまだまだ残っているのだが、そんな事には気付けない六人が、数メートル走ると…


「っ?!」


「いっ!?」


突然、戦闘にいた数人が、足元に痛みを感じて足を止める。


「なんだ…?あれ…?」


ドサッ!


「なんだ?!どうした?!」


ドサッドサッ!


慌てる敵兵一人を横目に、もう二人が地面に倒れる。


これがニルの設置していた罠だ。


使ったのは、トラップとしても優秀なスレッドスパイダーの糸。森の中、草木の生える地面の近く。足首に近い高さ、水平に何本か糸を張ってもらったのだ。

走ってその区域を抜けようとすると、足を糸に勢い良くぶつける事になる。何度も言う事になるが、スレッドスパイダーの糸は、勢い良くぶつかったりすれば、皮膚や肉くらいならば簡単に切ってしまう。

スレッドスパイダーの糸に気が付かなかった六人は、そのままトラップに直進。足首辺りをスレッドスパイダーの糸で切ってしまった。

このトラップの場合、自分から走り込む勢いで傷を付ける為、付与型の防御魔法が発動しない。爆発や、何かが射出されるタイプの魔法の場合は、攻撃という判定をするらしく、付与型シールドが反応するのだが、糸を置いてあるだけの物なので、岩に自分からぶつかるというのと同じ判定になるのだろうと考えられている。

それだけでは、死に至る程の怪我ではないのだが、この糸には、千倍に希釈されたアイトヴァラスの毒が塗られている。

アーテン婆さんを死に追いやった毒で、超強力な毒。体内に入ればほとんどの生物が即死する程の猛毒である。

その毒性の強さから、取り扱い自体が危険なものだったが、スラたんに助言を貰いつつ千倍程に希釈して使用してみたところ、それでも数秒で死に至る毒として使える事が分かった。

当然ながら、使う俺達にもリスクが有る為、あまり多用は出来ないが、一万倍に希釈した場合、数分掛けて死に至る毒と分かった為、使い分けて、なるべく安全に使おうという事になった。

糸を使った時、千倍希釈した毒を自分が受けて死ぬなんて笑えない為、取り扱いはかなり慎重にとニルにも言ってある。一応、千倍と一万倍の希釈された毒は、普通の解毒薬で治療可能である為、常に腰袋には毒消しを入れてある。


スラたんの話では、アイトヴァラスの毒も、ザレインの解毒薬で同じように解毒出来るようになるだろうと言っていた。どうやら、毒素と呼ばれる類の物は、スライムの解毒薬で全てどうにかなるかもしれないという事みたいだ。

オウカ島では、色々な病気に効く万能薬を作れたが、今度は万能解毒薬まで手に入るかもしれない、という事らしい。

身体的バットステータス全てに対処出来るようになる…というのは、なかなか凄いことだ。


話が逸れてしまったが、とにかく、そのアイトヴァラスの毒を塗られた糸に当たり、怪我を負ってしまった三人は、痛みを我慢する時間もそこそこに、死に至り、その場に倒れてしまったという事だ。


「はっ!」


バキィィン!ザシュッ!


そのタイミングで、ニルが走り込んで来ると、残った三人の内の一人。その眉間に刃を突き刺す。仲間の死に気を取られていた為、ニルの接近に気が付けなかったようだ。

残った二人は、俺とスラたんが後ろから接近、難なく処理して全滅が完了する。


俺達三人ならば、正面から突撃しても、この十五人程度ならば問題無いし、敢えてトラップを使った攻撃をしなくても…と思うかもしれないが、今回の目的は静かに処理する事。

派手な攻撃をさせないように、スピーディな展開が必要とされた。三人で囲み、攻撃となると、中央に寄った魔法使い辺りが、魔法陣を完成させていただろう。しかし、逃げ道を用意した事で、逃げるという行動を起こし、攻撃するタイミングが無くなった。それによって、相手はろくな攻撃も出来ず、最終的には静かに処理出来たわけだ。


「ここまでシンヤ君の読み通りに敵が動くと、ちょっと怖くなるよ。」


「いや。必ず上手くいくわけじゃないからな?」


「だとしても、今回は上手くいったし、凄いよ。」


トラップというのは、引っ掛かるように作るのが基本ではあるが、絶対に引っ掛かるわけではない。

実際、この戦闘の始まりでソイルゴーレム達に破壊されたように、無効化される事も多い。そうならないように工夫に工夫を重ねるのがトラップなのだが、引っ掛けられる方も学び、それに対応しようとあの手この手を使う。つまり、引っ掛かれば楽にその後の展開を進められるが、引っ掛からなかった場合を考えて作戦を立てる必要が有るわけだ。今回も、もし、トラップが上手く作動しなかったとしても、ニルが正面から飛び出し、三人で一気に片付ける予定だった。魔法使いが魔法を使用する可能性もまだ残されていたという事だ。

まあ、完璧な作戦など無いし、あまりそれにこだわると、策士策に溺れる…なんてことになるかもしれないし、臨機応変に柔軟な思考を持つというのが大切だったりする。


「上手くいってラッキーだったな。

それより、ここからが本番だ。気合い入れて行くぞ。」


「うん。」

「はい。」


この十五人は、本隊から離れて行動していた連中で、前哨戦みたいなもの。

残った半数近くの敵兵が、ここから更に北からやってくる。

罠に落ちたように見せかけて、相手を引っ張り出す作戦が上手くいくかは分からないし、ここからは気を抜けない。


真剣な顔で返事をする二人と共に、俺達は北へと更に進んで行く。


「シンヤ君の予想では、結構近くまで来ているだろうって事だったけど、まだ気配は無いね。」


「そうか…」


俺達は、村の西側まで歩を進めたが、未だ本隊の気配は無い。


「スライム達を動かしているし、気配を隠して潜んでいるって事も無さそうだよな?」


「そうだね。少なくとも、ハンドって連中の事は発見出来たよ。」


「だとしたら、まだ来ていないのか…何か別の作戦でも有るのか…」


「あ!いや!待って!来たよ!」


相手の動きが変われば、当然こちらの動きも変えなければならない為、どうしようかと悩んでいると、スラたんが敵兵の位置を掴んでくれる。


「北から二部隊来てる。それより東にも何人か居るみたい。」


「何人か?五人部隊じゃないのか?」


「多分二人…か三人だと思う。スライムを操れるギリギリの場所に居るから、もしかしたら五人かもしれない。」


「正確には分からないって事か。厄介なのはハンドだし、そいつらはハンドだと仮定して動くぞ。」


「分かった。」

「はい。」


作戦の変更は無しで良さそうである為、俺達はそのまま少しだけ北へと移動し、相手の動きを待つ。


「素直に真っ直ぐに南へ向かって来ているみたいだね。陣形も変更されていないと思う。」


「やはり、この大部隊を指揮している奴は、あまり経験の無い奴みたいだな。」


「そうみたいだね。半数近くを失ったのに、まだこの陣形でゴリ押ししようとしているし、これなら予想通りに動いてくれそうだね。」


「ああ。」


俺とスラたんとニルは、木陰に隠れて敵兵を待っている。そこへ、敵が警戒しつつ歩いて来る。


「確かに十人だが、距離が離れているし、俺とニルで魔法を撃ち込むところからスタートだ。」


「はい!」


俺とニルは、木陰に隠れて魔法を描き始める。

本隊との戦闘から、俺達の作戦が始まる為、まずは派手に攻撃を仕掛けて、相手の動きをコントロールする。


使うのは当然上級魔法。五人を一発の魔法で仕留めなければならない為、火力と範囲の広い魔法を選択する。


俺は上級風魔法である、大風刃を選択した。

いくつもの風の刃が発射される大風刃は、上級ともなれば木々を切り裂く威力を持っている。これならば、木々が立っていようとなかろうと、それ程関係無く相手を殺せる。但し、距離感には注意が必要だ。あまり遠過ぎると威力が足りなくなる。まあ、そこは使い慣れた魔法の一つなのだ。見誤る事は無い。


ニルが選んだのは、上級氷魔法、氷結界ひょうけっかい。指定した地点を中心にして、直径十メートルを凍らせるという魔法だ。ざっくりと言ってしまえば、リッカの力を借りて使う凍雫とうだの下位互換の魔法だ。

下位互換とはいえ、威力は十二分に高く、範囲も十メートル有る為、タイミング良く発動すれば、五人くらいは簡単に凍り付かせる事が出来る。


俺の魔法はタイミングを必要としない為、ニルの動きに合わせると言ってある。


ニルが俺の方を一度見てきた為、いつでも大丈夫だという意味を込めて、頷いて見せる。


その五秒後、ニルの手元が青白く光り出す。


「なんだ…?何か急に冷え」

バキィィン!パキパキパキッ!


リッカが使う凍雫に比べると、凍結までに僅かな時間が必要だが、冷えると感じた瞬間に離脱しなければ、氷結界を回避するのは難しい。

氷魔法なんて魔法が使われるとは思っていなかった敵兵達は、一部隊、五人がきっちり凍り付く。付与型の防御魔法も、簡単に吹き飛んだ。

寒さに腕を摩っている動作や、何かを言おうとした口元。それがそのままの状態で停止し、完全に凍り付いている。


ゴウッ!


ニルの魔法が発動して直ぐに、俺も魔法を発動させる。

魔法陣から次々と飛び出す風の刃が、木々を切り倒しながらもう一部隊に向かって飛んで行く。


バキィィン!ザシュッ!

「ぐあぁっ!」


バキィィン!ザシュッ!

「あ゛ぁっ!」

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