第428話 ハンド
「ハンドの三人は、他の三人を囮にする気ね。」
「手を出せば、カウンターでこちらが狙われてしまいますね……死角が無いように上手く配置していますし、やはりハンドから狙った方が良いでしょうか?」
「………いえ。ハンドより先に、囮の三人を始末するわ。でも、直接狙うのではなくて、引き込んで叩くのよ。」
「誘い出すという事ですか…分かりました。」
私とピルテは、吸血鬼魔法、コロージョンブレードを近くに設置する。トラップ型の魔法であり、当たれば腐食の痛みで叫び散らしてくれるはず。
コロージョンブレードを設置し終えたところで、敢えて姿を見せるように走る。
「居たぞ!」
「待て!」
ハンドの制止を無視して、大盾の男が走って来る。
「はっ!これで終わりだ!」
残り二、三歩のところまで近付いて来た大盾使いの男が、嬉しそうな笑みを作りながら、大盾を振り上げる。
「そうかしら?」
ザザザザッ!
地面から現れた短剣のような形の刃が、男の両足を傷付ける。何本かは鎧に阻まれてしまったけれど、一本でも当たれば目的は達成されたと言える。
「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
両足を庇いながら後ろへと下がる大盾使い。いくら痛みに強い者だとしても、足が腐食されていく痛みに耐えられる者は居ない。
「いでえええぇぇぇ!!」
「何をしやがった!?」
「退け!」
パシュッ!
後ろから、弓使いが放った矢が飛んで来る。大盾使いから私を遠ざけようとしたらしい。
キンッ!
狙いは完璧だったけれど、飛び道具を持った相手が居るのに、何の対策もしていないなんて有り得ない。
私とピルテは、中級闇魔法、ダークシールドを既に付与している。
付与型シールドで、防御出来るのは五回。上級の魔法や、強力な斬撃を受けてしまうと吹き飛んでしまうけれど、矢程度の物ならば、簡単に弾いてくれる。
「いぎゃあああぁぁぁっ!」
相変わらず、大盾の男は地面の上をのたうち回って、痛みに叫んでいる。
「くそっ!一旦立て直して」
「そんな事させるとでも?」
パキッ!ザシュッ!
「ぐっ!」
曲剣使いが、大盾使いの男を引き摺って下がろうとしたところに、私のシャドウクロウが襲い掛かる。
伸縮自在の黒い爪は、予想外な距離でも届く。
シャドウクロウは効果が派手ではないけれど、上級の闇魔法。シールドを貫いて、脇腹を突き刺す事くらい出来る。
魔族は闇魔法の適性が有る者が多いから知らなかったけれど、このシャドウクロウという魔法、魔界の外には知っている人が非常に少ない。そもそも闇魔法を使う人が少ない事も関係しているけれど、闇魔法を使っていても、シャドウクロウを使っている人が非常に少ない。
吸血鬼族の者達が好んで使う魔法で、魔族の間ではよく知られた魔法とも言える為、あまり珍しくないのだけれど、それでもシンプルな魔法であるが故に、これと言った対策の存在しない魔法でもある。
そんな魔法を、初見で完璧に避けられるのはシンヤさんやスラタンレベルの人くらいのもの。目の前に居る曲剣使い程度では、反応して打点を僅かにズラす程度しか出来ない。
「この…くっ!」
攻撃した私に反撃しようとした曲剣使い。しかし、自分の腹部から感じる痛みに膝を落とす。
「下がれ!」
ヒュンヒュン!
またしても弓使いが私に向かって矢を放つ。しかし、攻撃と言うよりは、私を二人に近付けさせないようにする事を目的とした妨害といった感じで、少し体を下げるだけで避けられる。
「ぐああぁぁ!どうにかしてくれぇ!」
横腹を押さえた曲剣使いは、叫び散らし、暴れ回る大盾使いの男を引き摺って下がる。
タンッ!
私が矢を避けたタイミングで、遂にハンドの一人が動いた。最高のタイミングで、私の喉元を狙った細剣の突き攻撃。当たれば中級闇魔法であるダークシールドくらいは貫ける剣速。
ビュッ!
私へ突撃してくるハンドの一人を、真横から狙ったピルテのシャドウクロウ。しかし、それを体を捻りながらスピードを落とさずに避ける。身のこなしは、ニルちゃん程ではないにしても、感嘆する程のもの。しかし…
バキィィン!ザザザザッ!
「ぐああああぁぁぁっ!」
細剣使いは、ピルテの一撃を避けた事で、私に攻撃する前に、一度地面に足を置いて、もう一度踏み込む形になった。そして、その場所には、ピルテの仕掛けたコロージョンブレード。
大盾使いの男同様に、足を切り刻まれる細剣使い。
大盾使いとは違い、しっかりとした鎧を着ていない為、全ての刃が足を切り裂く。腐食効果が無くても、それだけで戦闘の続行は不可能となったに違いない。
これでハンドの一人を誘い出すのに成功し、上手く処理出来た。しっかりとトドメまで決めたいところだけれど、取り敢えず動けない状態にする事が出来れば、後回しでも大丈夫なはず。大盾使いと細剣使いは、痛みに悶え苦しんでいて、喉が枯れる程に叫んでいる。
その状態では戦闘も退避も出来ない。そして、曲剣使いは腹部に傷。戦闘は続行出来るけれど、戦闘力は半減。実質的に驚異になるのはハンドの残り二人と弓使いの三人。
このまま慎重に戦えば…
そう思っていた時。
バキャッ!!
「っ?!」
地面をのたうち回っていたハンドの一人、細剣使いが体を起こした時、突然、その頭が破裂する。正確には、真っ二つに割れる。
血飛沫と、頭部に入っていた肉片が飛び出し、視界を塞ぐ。
何が起きたのか分からなかった。
バキィィン!ザクッ!
「っ!!」
頭が事象を理解する前に、何かが胸部目掛けて飛んで来て、私に施されていたダークシールドを破壊する。
攻撃だと頭が理解するのとほぼ同時に、体を捻ったけれど、ダークシールドを貫通して突き進んで来た石の槍が、私の左肩へと突き刺さる。
中級土魔法、ロックスピア。貫通力の高い魔法で、ダークシールドならば一撃で全て貫通させられる。
「くっ!」
「お母様!!」
後ろに控えていたハンドの内の一人が、仲間の命を、私への攻撃に利用したらしい。
「来てはダメよ!」
ピルテが私の元へ駆け寄ろうとしたのを、大きな声で止める。
自分の左肩を見ると、血の付着した石槍の先端が、背中側に突き抜けているのが見える。丁度半分くらい突き刺さったところで止まっている。
貫通こそしているけれど、傷口に石槍が入ったままなので、血はそれ程流出していない。けれど、じわじわと肩口の服が赤黒く変色しているし、何より痛い。左腕を少し動かすだけで、激痛が左肩に走る。
私もピルテも、ハンドの連中にはしっかり目を配っていたつもりだったけれど、一連の流れの中で、目を盗んで魔法陣を描き上げていたらしい。
上手く事が運んでいるとは考えていたけれど、気を抜いたつもりはなかった。
ただ、相手が仲間を犠牲にして、そんな攻撃をしてくるとは思っていなかった。それがこの結果に繋がってしまった。
痛みが左肩に走るけど、こうなってしまったのは、仲間を犠牲にした攻撃を予測出来なかった私の自業自得。
ピルテが焦った声で私を呼んでいるけれど、ピルテが私の元に来てしまえば、相手としては一箇所を見るだけで良い事になるし、今の状況では自殺行為となってしまう。一箇所にまとまってしまえば、この戦闘は負けが確定するとも言える。その為、ピルテの動きを声で制した。
私の制止に対して、ピルテは前に出そうとしていた足を止める。
肩に攻撃を受け、痛みは酷いものの、怯まない私を見て、他の者達は次の動きに移るのを諦めたように見える。少しでも私が
ガンッ!ガンッ!
「いっ……」
私は右手のシャドウクロウで、突き刺さった石槍の両側を切り落とす。全身が硬直する程の激痛が走ったけれど、歯を食いしばって痛みに耐える。
まだ傷口には石槍の一部が突き刺さったままだけれど、引き抜いてしまうと大量に流血して、直ぐに失血死してしまう。今はこのままで戦闘を続けるしかない。
「お母様…」
後ろからピルテの心配そうな声が再度聞こえて来るけれど、私は相手から目を離さない。
私も手傷を負ってしまった事で、相手の方が断然有利になってしまった。いつ襲い掛かって来てもおかしくはない。
「ふー……」
それでも、私は戦闘を止めるつもりなんてない。
この程度の傷、ロックと戦った時のスラタンやシンヤさんの傷に比べれば大した事はない。かすり傷程度。そう自分に言い聞かせる。
大盾を持っていた男は、あまりの痛みに失神してしまったらしく、先程からぐったりと地面に横たわっている。
「残りは四人。私とピルテなら大丈夫よ。」
「………はい。」
私の言葉に、ピルテが後ろから返事をしてくれる。
ズキズキと常に痛みが走り続ける左肩に、汗が滲む。
戦闘意欲が衰えない私を見て、残った四人がジリジリと距離を詰めてくる。
曲剣使いは後回し。私のシールドは吹き飛んでしまったから、軽い攻撃も当たるわけにはいかない。
ヒュッ!
「っ!!」
弓使いが矢を放つ。構えてから矢の射出までが速い。その分狙いは甘いけれど、今の私にとっては十分脅威となる。
カッ!
矢を避けると、後ろに立っている木の幹に矢が刺さる。
ザザザザッ!
私が体勢を崩したのを見て、ハンドの二人が左右に分かれて走り出す。
右に動いた奴はダガー使い。左に動いた奴はマチェーテと呼ばれる武器を持っている。
マチェーテは、刃渡りが六十センチ程度の大きなナイフといった形で、片刃。
草を刈ったりする時に使う刃物として利用されるもので、戦闘用ではなく、あくまでも農作業用として作られた物。その為、刃の厚さはダガーや短剣等と比べると薄く、モンスターとの戦闘ではまず使われない。対人戦闘に用いる者もこうして居るのだけれど、使うのは盗賊、山賊等の連中ばかりで、好んで使われる事はあまり無い。
但し、刃物は刃物なので、殺傷力は十分に有るし、指程度ならば簡単に切り落とされてしまう。
マチェーテを使う最大の利点は、刃が薄く、その分軽い為、かなり素早い斬撃を繰り出す事が出来るところにある。
ダガーとマチェーテ。どちらも素早く攻撃をするタイプの武器で、怪我を負った私には、少しだけ辛い相手。
しかも…
ヒュッ!カッ!
「っ!!」
後ろから弓使いが隙を狙って矢を放って来る。完全に私狙い。手負いの相手から狙い、残りが一人になれば、勝ちが確定したようなもの。確実に私を落とす作戦らしい。
盗賊なんてやっている連中のくせに、手堅い作戦を取ってくる。
「はっ!」
ビュッ!
私が右手を突き出し、ダガーを持った右の男にシャドウクロウを伸ばすと、体を後ろへと縦回転させて、その爪先を避ける。ダガーを使うだけの事はあり、身のこなしは間違いなく一流。
「チッ!」
ヒュッ!カンッ!
追撃の一手を繰り出そうとしたけれど、弓使いが矢をタイミング良く発射し、私はその矢をシャドウクロウで叩き落とす。的確なタイミングでの横槍に、思わず舌打ちしてしまう。
ザザザッ!
次は左から走り込んで来たマチェーテ使いが私目掛けて走り込んで来る。
ビュッ!
それをピルテが止めるように援護してくれる。
相手も上手く横槍を入れて来るけれど、ピルテと私だって今まで遊んでいたわけじゃない。そう簡単に殺られたりはしない。
ピルテの攻撃を予想していたのか、マチェーテ使いは、攻撃を飛び退いて避ける。
「弓使いが厄介ですね…」
ピルテが私にだけ聞こえるように呟く。
私は頭を縦にゆっくりと小さく動かす。
弓使いが、実にタイミング良く攻撃を仕掛けて来るせいで、こちらは思うような攻撃が出来ていない。私の傷も有るし、このまま続けていても、こちらが不利になっていく一方。
本当はハンドから倒したいところだけれど、それが出来ない以上、まずは弓使いから殺るしかない。
曲剣使いは、それを考えてなのか、常に弓使いの近くに立っている。動けない事も考えての行動だと思うけれど、現状、かなり面倒な形になってしまっている。
私にスラタンやシンヤさん達のような力さえあれば、無理矢理突撃して蹴散らす事も出来るかもしれないけれど、元々そんな実力は無いし、怪我を負っている今は尚更。
自分の弱さに溜息を吐きたくなってくる。
でも、私は知っている。身体能力がスラタンやシンヤさん程に高くはないのに、同じ戦場に立っているニルちゃんという存在が居る事を。
彼女は、努力と工夫によって、長く一緒に居るはずのシンヤさんでさえ驚くような戦いを見せる事がある。身体能力だけで言えば、私やピルテとそれ程変わらないはず。それでも、シンヤさんと同じ場所で戦う為に、あらゆる手を尽くしてその場所に立っている。
それならば、同じような身体能力を持っている私やピルテにも、同じ事が出来るはず。ニルちゃん程に完成されたものではないかもしれないけれど、今目の前に居る連中を倒すくらいならば、絶対に出来る。
私も、そしてピルテも頭を全力で回す。
何か、この状況を突破する手段は無いかと。
ハンドの二人が動き出している今、魔法を使っている時間は無い。距離を詰めるにしても、ハンド二人の動きをどうにかしなければならないけれど、それをしている間に、弓使いによって邪魔されてしまう。
ヒュッ!ヒュン!
「鬱陶しいわね!」
まだまだ矢は尽きそうにないし、私の事を常に狙っているぞと矢を放ってくる始末。避けられるけれど、ハンドの二人と合わせると、かなり面倒な相手。
この状況で弓使いを倒そうとするならば、遠距離攻撃しかない。使えそうなのは、シンヤさんから貰ったアイテムと、スラタンから貰ったアイテム。魔法陣も要らないし、上手く使えれば倒せるかもしれないけれど、単純に投げたとしても、曲剣使いが前に立っている以上、弓使いには届かない。
何か、相手の予想を超える工夫が必要になってくる。
「お母様。」
後ろからピルテが声を掛けてくる。声色を聞くに、何か思い付いた様子。
「説明を聞いている時間は無いわ。」
「では……少しだけ私に時間を下さい。十五秒…いえ、十秒で構いません。注意を…」
「私が引き付けたら良いのね。分かったわ。」
左肩に穴が空いている私に、一人でこの場を十秒凌いでくれ。そう言いたいらしい。
そんなの簡単。と言ってあげたいところだけれど、いまの状況では結構厳しい。
それでも、娘の為、隠れ村に居た子達の為なら、やってみせる。
幸い、相手はピルテの事も気にしているけれど、狙いは私の方。注意を引くだけならば、私が特別な事をする必要は無い。ただ、十秒間相手の攻撃を受け続ければ良い。
簡単とは言わないけれど、出来なくはないし、やらなければ生き残れない。他に案も思い浮かばない。それなら全力で、この作戦に挑むだけのこと。
「来るわよ!」
話し合っている時間は無い。
ハンドの二人が動き出す。
ヒュッ!
カンッ!
先程と同じように、弓使いが私の体勢を崩そうと矢を放ってくる。その矢を叩き落とし、左右に広がったハンド二人に視線を走らせる。
私までの距離はほぼ同じ。このまま待っていると、二人を同時に相手することになる。流石にそれは避けたいところ。
私は左手のマチェーテ使いに走り寄る。
ヒュン!
カンッ!
またしても弓使いの横槍が入るけれど、矢を叩き落としながら、強引に前へ出る。
「いい加減死にやがれ!!」
ブンッ!ブンッ!
マチェーテが、私の目の前を往復する。予想通り、攻撃の速度はかなりのもの。出来ることならば、ここで私が倒してしまいたいところだけれど、無理をする必要は無い。十秒稼げば良いだけ。注意を引き付け、残り七秒を消費するだけで良い。
ブンッ!ブンブンッ!
右上から左下へ、左から右へ、そして首元を狙った突きと、連撃を繰り出してくる。
痛む左肩を庇いながら、私は体を捩って攻撃を躱していく。
残り四秒。
「こっちにも居るんだよぉ!」
真後ろから聞こえてくる殺意を孕んだ声。
ダガー使いが、背後から回り込み、前後で挟まれる。
しかし、それは、マチェーテ使いに向かって走り出した時から分かっていた事。今更焦るような事ではない。
ブンッ!ギィンッ!
マチェーテ使いが私の首を狙った横薙ぎの一閃を放つけれど、私は横へと跳んで避け、後ろから私の背中を突き刺そうとしたダガーの一撃をシャドウクロウで逸らす。シャドウクロウは脆く、まともに受ければ破壊されてしまうような強度。しかし、上手く逸らすように受け流せば、破壊される事は無い。
しかし、このマチェーテ使いとダガー使いの一撃を、同時に捌くのは、そう何度も出来る事じゃない。
「もう逃げられないんだ!諦めて死にやがれ!」
ブンッ!バキッ!
「ぐぅっ!」
ダガー使いの腹部を狙った一撃を避けたタイミングで、ダガー使いの後ろから、マチェーテ使いの蹴りが繰り出され、それが左胸に当たる。
グニャリと自分の胸が形を崩すのが分かり、その後、左肩に激痛が走る。体が一瞬で凍ったかのような感覚と鋭い痛みに、目の前が暗くなり、意識が飛びそうになる。
「あ゛ぁ!!」
ドンッ!
こんなタイミングで気を失ったら最後、もう二度と目を覚ます事なんて無い。私は頬の内側を噛み切る勢いで歯を食いしばり、ダガー使いの男を蹴り飛ばす。
ブンッ!
その直後、後ろからピルテが、弓使いに向かって何かを投げる。
私の周囲はダガー使いとマチェーテ使いの二人が居て、矢を射掛ける事が出来ず、傍観しているだけになっていた弓使い。ピルテに攻撃を仕掛けていれば、もう少し違ったかもしれないけれど、弓使いはピルテの動きに気が付けなかったらしい。
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