第425話 スライムの実力 (2)

ダガーで相手を攻撃する時は、強く突き刺したり、深く切り裂く必要は無い。鎧の隙間、関節部分というのは、血管まで刃が通り易い。それ程力を入れず、滑らせるように斬るだけで、相手にとっては重症になり、その上、関節部分は、怪我で動きを大きく制限出来る。重く強い攻撃を行うより、そういうと呼ばれる場所を、的確に、素早く狙えるのがダガーの強み。これくらいは僕でも知っている。何せ自分の武器だし。

今までは、緊張してそれどころではなかったけれど、今はよく分かる。どこを斬れば良いのか。


「ご…コポッ……」


手に残る、肉を斬った感触。僕の目を、見開いた目で見ながら、喉を手で押さえる男。口から漏れ出てくる声とも音とも言えない何かが耳に残る。喉を押さえる指の間から、勢い良く、ドクドクと血が流れ出て来ている。胃が酸っぱくなるような血の臭い。

吐きそうになるが、グッと堪えて、足を動かす。


タンッ!


後ろへと大きく飛び退き、残り二人の攻撃範囲から即座に離脱する。


ブンッ!


「クソがぁ!」


僕の動きに怒りを抑えきれなくなった男が、外套の下から細剣を突き出して迫って来る。


「出るな!」


大剣の男が叫ぶ。僕のやろうとしている事を見抜いたわけじゃないと思うけど、何かやろうとしているという空気は感じているらしい。だが、もう遅い。


後ろへと飛んだ僕は、ダガーを逆手に持ち、後ろに仕掛けておいたスレッドスパイダーの糸に、峰の部分を引っ掛ける。


キリキリキリッ!!


張っておいたスレッドスパイダーの糸が、強く伸ばされて甲高い音を鳴らす。


後ろへと大きく飛んだはずの僕の体が、突然空中で止まる。相手から見ると、何が起きたのか分からないだろう。

流石に、ゴムでもないのにビョーンと跳ね返る事は出来ないけど、予想外の停止運動で、相手は面食らった状態。細剣を突き出した格好のまま、僕の方へ飛び込んで来ている。

僕が急停止した事で、細剣使いは、タイミングがズレてしまい、歩幅が合わなくなる。想像以上に近付き過ぎた事で、細剣の間合いを飛び越えて、ダガーの間合いに踏み込んだ細剣使いは、もう僕の間合いから逃げる事は出来ない。

そして、細剣使いは飛び出して来てしまった為、後ろに控える大剣使いの間合い外。一対一なら、僕の方が速い。


「あ゛ぁっ!!」


後ろには引けないと悟った細剣使いが、止まらず、強引に前へと踏み出し、もう一段細剣を突き出してくる。


ヒュン!キィン!


耳元で聞こえる、細剣が風を切る音。目の前で弾ける火花。

こういう、細かいところで、これがどうしようもなく、現実だという事を感じさせられてしまう。それでも、もう止まったりしない。


キィンッ!

ドシュッ!


突き出された細剣を、もう一度強く右手のダガーで横へと弾き、そのまま左手のダガーで鳩尾みぞおちを突く。鎧ではなく、革製の胸当てだけの防具では、僕のダガーは止められない。


「ぐあ゛ぁぁ!」


それでも、痛みに耐えて、細剣を僕の横腹に突き刺そうとする男。

自分の腹部に、死に至る穴が空いているのに、凄い気迫だ。でも、これはニルさんに聞いた。

相手によっては、即死ではない攻撃を受けた場合、死ぬまでの僅かな時間で反撃してくる人も居る。そういう攻撃は、自分が勝ったと思っているタイミングで来るから、とても危険な攻撃であり、気を付けなければならない。と教わった。

彼はまさに、そういうタイプなのだ。

僕は気を抜いたりしていない。その攻撃を、僕は後ろへと素早く回避して避ける。


こういう相手の場合、二回、三回と、死ぬまで攻撃してくる人が多く、もう一度別の急所を攻撃して、確実に殺すか、もしくは距離を取って死ぬまで回避するか。このどちらかが対処方法だと言っていた。


細剣使いの後ろから、大剣使いの男が走って来ている為、敢えてその間合いに入る事はせず、僕は後者を選んだという事だ。


ブンッ…ブンッ…


「クソ…が…」


一度、二度と細剣を僕の方へと向けて振り回したけど、僕との距離は大きく開いている為、全く当たらない。

男はそれでも、僕に攻撃を当てようと、前に歩き出す。しかし、既に致命傷を受けた身では、真っ直ぐ歩く事さえろくに出来ない。


「う……」

ドサッ…


そのまま前のめりに倒れた男の下に、血がゆっくりと流れ出ている。


「オラァ!!」


一人となってしまった大剣使いの男は、彼の死を横目に、僕への攻撃を行う。


仮に、五人が生きていて、何も無い平野で戦っていたならば、振り回している大剣も、かなりの脅威になっていたと思う。

たった一振で、それを感じさせる程の攻撃だった。

大上段からの振り下ろし。フェイントも何も無いただの垂直な振り下ろしの攻撃だったけれど、フェイントなんて要らない程の素晴らしい一撃だった。

多分、元々は冒険者か衛兵か何かだったのだと思う。


でも、その切っ先は、僕を捉える事は無かった。


ズガァン!


後ろへと軽く下がった僕の目の前を、上から下へと通り過ぎる大剣の切っ先。

そして、それはそのまま地面へと当たる。


地面を穿うがつ一撃。


大剣は振った事が無いから分からないけれど、一朝一夕で出来る事ではないと思う。


何が悲しくて、盗賊なんてやっているのだろうか。

そう聞きたくなる程の腕前。冒険者にでもなれば、かなり稼げると思うのに…いや、ハンディーマン程の大規模な盗賊になると、既に盗賊と呼ぶには大き過ぎる組織だし、普通に冒険者をやるより儲かるはず。命の危険を冒して、真面目に働かなくても、ハンディーマンの中で良い地位に立てたならば、冒険者なんてやっていられなくなるのかもしれない。それは多分、衛兵も同じ事。

そういう、普通ではない魅力に取り憑かれてしまったのかもしれない。


理由が何にしても、僕の敵である事に変わりは無い。


「うおおぉぉ!!」


ブンッ!バギッ!


「あ゛ぁぁ!」


ブンッ!バギッ!


僕が近寄れないように、大剣を振り回し続ける男。

大剣が通り過ぎる度に、巻き込まれた空気が頬を掠め、大剣が木々に当たる度、幹が抉れる。


いくら僕が速くても、連続して大剣を振り回し続ける男に近寄るのは難しい。

恐らくだが…この大剣使いの男は、僕を殺すつもりが無い。いや、殺すつもりが無いというのは違うかな…殺すつもりは有るけれど、僕に一撃を当てられるとは思っていないと思う。

そもそも、大剣が空振りすると考えている振り方だし、僕を近付かせないようにしているだけに見える。本気で当てようとしたのは、最初の大上段からの振り下ろしだけ。不意打ちに近い一撃が避けられた時点で、自分の攻撃を当てるというのを諦めたのだと思う。それでも大剣を振り続けるのは、多分…ここで体力の続く限り、大剣を振り回し続けて、一秒でも長く、僕をここに釘付けにしたいのではないだろうか。

この森の中に居るのが、この四人だけとは思えないし、他にも仲間が居るはず。もしくは、東から攻めてくる部隊を待っているのか…とにかく、一秒でも長く時間を稼ぐ事でしか、自分が助かる道は無いと思っているみたいだ。

実際、この男の大剣は、重く恐ろしい一撃だけれど、僕のスピードには及ばない。その為、この男が助かる可能性が有るとすれば、仲間が現れる以外に無い。

だからこそ、敢えて木々を巻き込んだ攻撃を繰り返し、この場所を知らせようとしているのだと思う。


男の体力はまだまだ残っているし、このまま何もしなければ、かなりの時間を消費させられる事になる。それこそ、本当に仲間が現れるまで、死ぬ気で大剣を振り続けるはず。

でも、僕だって黙って見ているわけではない。


ボトッ……


「っ?!」


大剣を振り続ける男の足元に、何かが落ちて来る。

男が足元を見て、咄嗟に後ろへと下がる。


「チッ!」


足元に落ちて来たのは、普通のスライム。

それでも、触れてしまえば無駄に傷を負うことになる。かと言って、僕を無視してスライムを攻撃したりすれば、その隙を僕が狙う。大剣使いの男としては、何とも面倒な障害物が出来てしまったという事だろう。

当然、このスライムはピュアたんの指示でその場所に落ちてきたのだけど、本当の狙いは、足元を邪魔する為じゃない。邪魔するのも一つの効果ではあるけれど、それが目的ではない。


ボトッ…


「っ?!」


またしても男の近くにスライムが落ちてくる。


スライムというのは、その形状故に、動きは遅く、避けようと思えば簡単に避けられる。子供の足でも簡単に逃げられる程だ。そんなに遅いスライムが、最も速く移動出来る方法は一つだけ。



グニグニぷるぷると地面の上を這う移動方法は遅くとも、落下する時は、引力の速度に依存する。地面を這う何倍もの速さで移動出来るのだ。

沢山のスライムで男を囲む事も考えたけれど、このレベルの相手だと、囲まれるまでじっとはしていないだろうし、もし囲まれたとしても、抜け出せてしまう。それを見越して、落下させようと考えたのだ。

ただ、落下してくるのが一匹、二匹程度のスライムでは、簡単に避けられてしまう。そこで、ピュアたんの能力によって集められたスライム達を総動員する。


「…な……なんだこれは……」


大剣持ちの男が上を向くと、顔色が真っ青になっていく。


木の枝、幹を埋め尽くすスライム達。数を数えるのは無理。そんな半端な量ではない。

その上、僕がスレッドスパイダーの糸を張った場所。そこは一種の壁になっている。スレッドスパイダーの糸だけならば、大剣を振り下ろすだけで何とかなるけど、糸の上にはスライムが乗っている。ぶら下がっていると言った方が良いかもしれない…いや、張り付いている…かな?糸に体を伸ばして張り付いていて、喩えるならフランクフルトみたいな状況…かな。

とにかく、スライムが糸に張り付いている為、下手に攻撃すると、スライムを自分から引き寄せる事になってしまう。そして、糸は僕と大剣使いの男を囲うように作られている。つまり、その中にから逃げようとしても、何かしらのアクションが必要になる。そして、そのアクションを見逃す僕ではない。

後は、この簡易的な檻の中に、無数のスライム達が上から降ってくる。これで男の運命は決まったと言える。

スライム達を、彼等に気付かれないように移動させる為、少し時間が掛かってしまったけど、僕も手詰まり気味だったから、悪くないタイミング。

スライム達に指示を出す練習は常日頃からしていたけど、上手く気付かれないように出来るか不安だったが、成功して良かった。


ボトッ…ボトボトボトボトボトボトッ!!


「なっ!!くそっ!」


次々と降ってくるスライム達。その中には、薄い緑色のスライムも混じっている。アシッドスライムだ。敵の鎧や大剣を溶かす能力を持っている為、防御もあまり意味を成さない。


何とかスライム達を引き剥がそうと、大剣を振るが、既に体中にスライムが張り付いており、腕を動かすのもやっとの状態。


ジュウウウウゥゥゥゥ!

「があああああぁぁぁぁぁ!!」


鎧も大剣も、アシッドスライムが溶かし、その上酸が皮膚に到達し、男が痛みに叫ぶ。


腕や足を振り回して何とか逃げようとしているが、次々と降ってくるスライム達に埋もれてしまい、既にどうする事も出来ない。


「あがああああぁぁゴボゴボッ!」


普通のスライムに全身を溶かされ、アシッドスライムに皮膚を焼かれ。そして、叫び散らす男の口から、スライムが体内へと入っていく。


「ゴボゴボッ……コボッ……」



そして、遂に彼はこの世を去った。


「…っ……」


ダガーで相手を切り裂くのとは、また違った嫌悪感が胸の奥にズンと重荷を置く。

スライム達に、ゆっくりと消化されていく男を見ると、激しい吐き気に襲われる。


「お゛え゛ぇぇ……」


結局、耐えきれず、その場で嘔吐してしまう。


酷い殺し方だった…魔法も上手く使えない僕が、彼の攻撃を避けて倒すには、スライムの力を借りるべきだった事は理解している。それでも、もっと上手くやれば、最後に全身を溶かされる苦しみを与えずに済んだかもしれないのに……

僕が薬学を学んだのは、苦しむ人達を助けたいと思ったから。しかし、僕が今やった事は、その真逆…他人を極限まで苦しめる行為。

自分がそれをスライム達に指示してやったと自覚すると、また嘔吐感が戻ってくる。


「うっ……僕は……」


皆が言ってくれたように、誰かを助ける為には、時として非情な決断をしなければならない事も有る。ううん。この世界において、彼等のような盗賊から、誰かを守ろうとすれば、確実に殺す事になる。それは理解している。でも、苦しめる必要は無い。

当然、苦しめてやろうと思って苦しめたわけではない。僕も必死だったし、村の人達やハイネさん達を安全に逃がす為には必要な事だった。だから、余裕が無かった。でも、そうなる事を理解した上で、僕はスライム達に指示を出した。


「……………………」


胸の辺りがモヤモヤして、最悪の気分だった。


でも、そんな時、ピルテさんの言葉を思い出す。


最悪な気分で良い。それが普通の反応だ。


「っ!!」


ドンッ!


僕は、自分の胸を拳で叩き、背筋を伸ばす。


最悪の気分だけど、今は助けたい人達の事を考えよう。止まらないと決めたんだ。いくら嘔吐しようとも、僕は全力で皆を守る。


「…うん。行こう。」


腰袋の中に居るピュアたんから、意識が飛んでくる。


大丈夫か?戦えるか?と聞かれたような気がして、僕は頷き、足を別の方向へと向ける。


「まだ始まったばかり。こんな所でのんびりしている暇なんて無いよね。」


僕はその場を離れて、周囲の警戒に戻る。


吐きそうな気分は押し殺して、足を進める。


「やっぱり…そろそろ来る頃だと思った。」


スライム達を、また大きく広げると、ちらほらと誰かの気配が感じられる。


シンヤ君とニルさんは、相手の頭を取りに行くのだから、部隊の人数を減らすのは、本来、僕の役目。その一部をシンヤ君達にやってもらったのだから、これ以上甘えるわけにはいかない。


「…五人ずつにグループ分けされているみたいだね。僕が感知出来る範囲内でも、二組か…僕一人で行くのは流石に辛いね。」


僕の言葉に、腰袋の中のピュアたんが反応したように振動を返してくれる。


「分かっているよ。スライム達と協力して…だよね。正直、さっきの光景は見たくないけど、そんな事を言っていられる状況じゃないよね…でも、五人を一気に相手するのはなかなか難しいから、少しずつ、数を削いでいこう。一人でも数を減らせば、戦況も少しずつ変わっていく…はずだからね。」


我ながら、自信がなくて情けないけれど、他にやれそうな事が無いし、今はとにかく人を減らして、壁を薄くしたい。


シンヤ君からは、戦闘による突破は最終手段。という感じで言われたけれど、一パーセントでも助かる確率が上がるなら、可能な時に、可能なだけ、敵を削っておくべきだ。


「僕のダガーがどこまで通用するかは分からないけど、やれるだけの事はやらなきゃ。」


タンッ!


僕は地面を蹴って南へと走る。


先程感知した十人は、無理に倒す必要の無い相手のはず。


シンヤ君達が奮戦してくれているとしたら、ハンドの連中が避けていた南側寄り。という事は、壁が薄くなり易いのも南側。

間違っている事も考えて、南側を索敵してみると、やはり北側よりも人が少ないように感じる。


「よし!」


僕は上空に向けて、火魔法を放つ。魔法は得意ではないけれど、合図する程度の魔法は使える。


ドンッ!


上空で破裂した火魔法。これでハイネさん達にも、どちらへ向かえば良いか指示出来たはず。気付いてくれれば、進路を南に向けてくれている。

僕としては、ここから西に向かって進みつつ、敵兵の排除を行う。

ハイネさん達と合流するのはそれ程難しい事ではないと思う。村人全員で逃げているとすれば、動けない人達の事も考えて、あまり険しい道は歩かないだろうから。

しかし、今はハイネさん達の元に向かっても、南側の兵士達が次々と襲って来るだけの事。そうなれば、確実に誰かが死んでしまう。そうならないように、数を減らして、相手が強気に出られないよう調整しなければならない。

合流を目指しつつ、敵を減らしていく感じだ。


「確かに…シンヤ君の言う通り、これは僕の足じゃないと出来ない役目だね…」


ここからスピードを活かして、あっちにこっちにと走り回りながら、敵兵を混乱させ、潰していく必要がある。他の誰にも、この役割は担えない。


「結局、責任重大な役割だけど、皆を助ける為なんだ。果たし切ってみせる。」


タンッ!


僕は更に足に力を入れて、森の中を一気に駆け抜ける。


「一つのパーティにこだわる必要は無い…次々と場所を変えて襲われた方が、相手としては嫌なはず。帰りたくなるまで、削りまくってやる!」


僕は、最初に見付けたパーティの元へと向かう。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



丁度その頃、村を出て獣道を歩いていたハイネ達は…


ドンッ!


「お母様!」


「ええ!合図ね!」


東側の空、南寄りに合図の火魔法が打ち上がる。


「南側です!」


「分かったわ!」


後ろから聞こえてくるピルテの声に、私は頷いて、進路を変える。


まだ村に仕掛けたトラップは作動していない。ただ、村人達の動きも、予想より遅い。

動けない人達を連れての山道、しかも獣道を進んでいるのだから、当たり前なのだけれど…


「ハイネ様!そのままもう少し西へお願いします!

もう少しで平坦な地形に出るので、そこから南へ!」


後ろからギャロザの声が届く。

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