第424話 スライムの実力
知識として、戦闘時に相手の動きの例みたいなものなら知っているけれど、どれも浅い知識ばかり。その知識は、信じられる程ではないし、それを頼りに動くのは、多分危険だと思う。
そうなると、見てきた、確実な事から考えるべき。
僕が見たのは、百人近い盗賊達。それと…何やら指示を出している者が居て、グループ分けしているような…そんな感じだった。確実とは言えないけれど、あれだけの人数を普通に制御しようとしても、訓練されていない者達なのだから、上手く動かせない…はず。プレイヤーでも、色々なパーティを集めた時は、それぞれのパーティを別々で動かしていた。それと同じだと思う。だとすれば、いくつかの団子状態になって移動しているはず。
その団子状態というのを上手く利用出来ないだろうか。
「んー…でもどうしたら……」
団子状態になった敵を魔法で一掃する…なんて魔法が苦手な僕には出来ない。かと言って、斬り込んで行くというのも非効率的過ぎる気がするし…
「確か…ハイネさんとシンヤ君が言うには、迷ったら、相手の立場になって、やられたら嫌な事を考えると良いって話だったような…」
考え方は一応聞いたけれど、嫌がる事と言われても、なかなか思い浮かばない。
「んー……ん?」
腕を組んで悩んでいると、頭の上からプルプルと振動を感じる。
「ピュアたん?」
ピュアたんが、ぷるぷると気持ちを伝えてくれる。
「スライム達を使えって?」
ピュアたんは、付近に居るスライム達を使って攻撃する事を提案してくれている…気がする。
「でも、それをしちゃうと…」
周辺は山々で、木々が生い茂る立地。スライムは色々な種類が大量に居る。それはピュアたんを通して分かっている。しかし、脅威となるようなスライムは居ない。居たらこんな場所に村なんて作れないだろうし。脅威とならないモンスターは、足止めにすらならず殺されてしまう。それはつまり、僕が、無意味にスライム達を殺してしまうのと同じ。
そんな事は出来ない。そう思っていたのに、ピュアたんがぷるぷると伝えてくれる。
スライム達を使って、一秒でも時間を稼げれば、それだけ助かる人が増えるかもしれないと。
実際には、そう言っているように感じるだけなのだけれど、僕には分かる。
「そんな……ううん…そうだね…」
これは、命を取り合うという戦い。甘い事を言っていたら、僕じゃなくて、皆が死んでしまう。
「僕達の力で何とかしないとね。でも、スライム達も、無意味に殺させるつもりは無いよ。僕が斬り込んで、その補助にスライム達を使う。
相手が
僕は周囲に居る様々な種類のスライム達全てを指揮下に置く。
「スライムだって、戦い方次第では強いって所を見せ付けてやる!」
ピュアたんを通して、支配下に置いたスライム達を移動させる。
「よし……これで…っ?!」
僕の配置したスライムの中で、誰かに反応したスライムが居る。その数秒後、一匹のスライムが消息を絶つ。
「くっそ!しまった!」
敵が攻めて来た事は分かったけれど、殺されてしまうとは思っていなかった。攻撃するように命じていたわけではないし、そこに居るだけなのに…他にもスライムが居る地域で殺されてしまった事から、偶然、邪魔な位置に居たとか、そういう理由だと思うけれど…もっと慎重に、隠れるように指示を出しておくべきだった。と言っても、なかなかそれも難しい。
何故なら、ピュアたんから、スライム達の現状について、何となく伝わって来るのだけど、その場所の細かな地形、状態等は、大雑把にしか分からない。その状態で、スライム達を動かそうとしても、上手く行くはずがない。言うなれば、子供が大雑把に書いた地図を上から見ているような状況で、スライム達を動かしているようなもの。
これでは、隠れさせたり、相手に嫌がらせをするどころではない。
「まずは少しでも近付かないと。」
相手との距離は百五十メートル程。それ程遠い距離ではないし、直ぐに見付けられるはず。
村の人達は、もう村を出ているだろうし、まずはここで相手を足止めして、時間を稼ぐ。
僕は、急いでスライムが殺されてしまった地点へと向かう。
僕が居るのは村の東側、村から見ると、谷を挟んだ向かい側。スライムが殺されてしまったのは、僕から見て北北東に百五十メートルの地点。
急いでその地点に向かう。僕が走ればすぐそこだ。
その地点付近に辿り着くと、直ぐに何者が現れたのか分かった。口まで覆った布地にフード。ハンドの連中だ。
シンヤ君達が前線を抑えてくれているのに、抜けて来たというのは考え難い。恐らく、僕達がここへ辿り着くより先に、森の中へ入っていたのだろう。それに、進行方向から察するに、ずっと北側の方から回り込んで進んで来たはず。シンヤ君とニルちゃんがカバーしてくれている範囲の外側から入って来たに違いない。となると、シンヤ君達は、東から南に掛けてを中心に敵を抑えてくれているはず。つまり、僕も南側に寄りながら壁の薄い部分を探した方が良さそうだ。
とはいえ、普通の盗賊達ならまだしも、ハンドの連中がハイネさん達の引率する集団に到達すると、非常に危険。このまま放置はまずい。
相手の数は四人。
使っている武器は分からないけど、一人だけ大剣を背負っているのが見える。
周囲のスライム達を動かしてみても、他に人の気配は無い。間違いなく四人だけだ。
「よし……」
戦闘は必要な時だけにして、基本は逃げに徹した方が良い事は分かっているけれど、ハンドだけは潰しておく必要が有る。僕は一度深呼吸をして、腰からダガーを抜く。
もう何度か、この手で人を殺した。
皆のお陰で、緊張して動けなくなるような事は無くなったけれど、慣れるようなものでもない。手に残る感触とか、鼻の奥にずっと残る血の臭いとか…
ハッキリ言ってしまうと、凄く嫌だ。
人を殺す事も、それを感じる事も、それが記憶に残っている事も。
嬉々としてそれを語る人も居るかもしれないけれど、僕にはそんな事は出来ない。そういう事を体験した、実感した僕は、この記憶を持ったまま日本に戻ったとしても、多分、普通には生きられないのではないかと思う。努力すれば、それも可能かもしれないけれど、努力している時点で、それは普通とは言わないと思うから。
それでも、敢えて僕がシンヤ君達の旅に同行すると決めたのは、十年もこの世界で生きて来て、戻れる方法は無いのではないかという結論に至ったからだ。
神聖騎士団の連中が言っていたように、死んだら戻れるという話は、信じられるわけがない。確証も何も無いのだから。
それならば、他に何か、向こうの世界に戻れる方法が?そう考えて、色々と試してみたり、調べたりした事はあった。特に、この世界にのみ存在する魔法という力は、有力候補だった。でも、世界を繋げる魔法なんて知らないし、そんな魔法が有るという話すら聞かない。
最初の数年は、戻れないのではないかという考えが頭の中を過ぎると、眠れなくなったりもした。広大な世界で、たった一人。怖くないなんて嘘でも言えなかった。
それでも、五年も時が過ぎると、何となく、状況を理解して、どこかで受け入れ始めていた。
そんな心境になったのは、向こうの世界に未練があまり無かったからだと思う。製薬会社に勤め始め、これからだという時だったし、全く未練が無いのかと聞かれると、素直には頷けないけれど、祖父母も亡くなって、これという大切な友達も居ないし、彼女なんて居るわけがない。
それに……製薬会社とは違うけれど、こちらの世界に来て、興味津々だったスライムの研究を、自分の手で出来た。最初は、不安を紛らわせる為だったり、一人という寂しさを紛らわせる為にやっていた研究だったけれど、いつしか僕がやりたくてやっている事に変わっていた。
その頃だろうか。僕は元の世界に戻れないのではないかと、心のどこかで感じ始めていた。
そして、シンヤ君達が現れて、色々な話をした時、シンヤ君からメッセージの話を聞いた。片道切符だとしても、こちらの世界に来たいと思うか…という質問について。
驚いたし、ショックを受けたけれど、あーやっぱりね。という気持ちも有った。どこかで納得してしまって、ストンと、腑に落ちる感覚があった。
その時から、僕はシンヤ君達に付いて行こうと考えていた。
僕にとって、シンヤ君は普通の友達とは違う。ネット上で知り合った人で、本人の事を見た事も、本名すら知らない。それでも、僕が悩んでいた時に送ってくれたメッセージを、僕はずっと忘れなかった。
そんなシンヤ君が目の前に現れて、助ける為の剣を振っている。そう聞いて、僕に何か出来る事は無いのかと考えるのは、至って普通だと思う。
そして、シンヤ君達の旅に同行すると決めた時…それは、僕がこちらの世界で生きて行くと決めた時だった。
未練のあまり無い世界に戻る事は完全に諦めて、こちらの世界で生きて行こうと決めた時、僕に必要なのは、戦闘経験だと思った。対モンスターではなく、対人戦闘の経験だ。
この世界で生きて行くと決め、スライムを研究したいと思うならば、生活必需品を用意するにしても、食料を得るにしても、お金は必要になる。そのお金は、インベントリに入っているけれど、研究にはお金が掛かるし、当然、無限に湧いて出てくるわけでもない為、稼ぐという行為が必要になってくる。
研究結果で儲けようとしないならば、稼ぐ方法は冒険者稼業となる。そして、冒険者としての活動時や、スライムを探しての旅で、対人戦闘というのは、そこそこの確率で起きる。
この世界で生きて行く上で、対人戦闘経験というのは、ある意味必須とも言えるのだ。街の中で生きて行くとしても、絶対に安全かと聞かれたならば、誰しもが否と答えるだろう。特に、今は神聖騎士団の事も有るし。
信用出来る相手が目の前に居て、誰かの手を借りたいと願っている。僕は僕でこの世界での生き方を学んで行く必要が有る。これで、同行しない事を選べば、豊穣の森で腐るまで一人で過ごすだけの人生は目に見えていた。
だから、シンヤ君に同行を頼んだあの時、僕は、この世界で生きる事を決心し、向こうの世界へ戻る事を完全に諦めた。
それ故に、ここで僕がやらなければならない事は、何としてでも、目の前に居る四人の盗賊を仕留める事だ。
「やるぞ…やってやる…」
目を瞑り、自分に言い聞かせる。
ピュアたんは、僕の腰袋に入ってもらう。シンヤ君から提案を受けて、そうした方が戦闘力の皆無なピュアたんには良いと考えた結果だ。
「ふーー………っ!!」
心を落ち着けてから、僕は木の裏から飛び出して、四人の居る方向へと走り出す。
やるんだ。僕が。
守るんだ。皆を。
「っ?!」
僕に気が付いた一人が、僕に向けて外套の下から直剣を向けて来る。
スピードには自信が有るし、気付かれる前に一人は倒せると思っていたけど、考えが甘かったらしい。
ギィンッ!
僕の攻撃が直剣に弾かれ、火花が散る。
「あいつらの仲間か。」
僕を見た四人が、ジリジリと広がって行く。
僕を囲みたいらしい。
でも、そんな簡単に囲まれてなんてやらない。
タンッ!
地面を蹴り、右手の木の幹に飛ぶ。
「チッ!速いぞ!」
「侮るなよ!」
タンッ!タンッ!
僕は四人を中心にして、木々を使いながら、短距離を超速で動き回る。大抵の相手ならば、これだけで僕を捉え切れなくなるのだけど、どうやらこの四人は何とか捉えているみたいだ。常に捉えているわけではなくて、時折見失っているみたいだけれど、四人居ると、誰かが見失っていても、誰かが僕を捉えている。
「面倒な奴だな…」
男の一人が魔法陣を描き始める。ボクの足を止めるには、魔法が手っ取り早い。でも、それは僕も分かっているし、簡単に描かせるわけがない。
タンッ!
僕は、魔法陣を描き始めた男の、左側に立っている別の男の背後へと着地する。
「っ?!」
バキィィン!ザシュッ!ザシュッ!
「ぐっ!あっ…」
背後に立たれた瞬間、反応して振り返ろうとしたけれど、僕のダガーの方が圧倒的に速い。
付与型シールドを吹き飛ばし、後頭部と右脇を切り裂き、直ぐに離れる。
「くそっ!」
魔法陣を描き始めた瞬間、僕が反応を示した為、四人は全員、魔法陣を描いている男へ突撃されると思っていた。その裏を取った攻撃だったのだ。
僕の動きを止める為に必要なのは、周囲の環境に影響を及ぼす類の魔法だ。それを僕自身が知っている…という事を、彼等も予想していた。
自分の弱点を知っている僕の前で、隙丸出しの行動。僕がそれを見逃すはずがないと予想していたはず。僕が魔法を使おうとする男に飛び付いた瞬間、本人と周りの三人で同時に攻撃し、仕留めるつもりだったに違いない。
しかし、そうなる事は僕だって予想出来る。
敢えて魔法を使おうとしている奴を無視して、来る瞬間に備える一人の背後を取る。目の前に走り込んで来ると思っていたのに、自分の背後に立たれたのだから、反応は遅れて当然。
僕の読みが上回った結果だ。
「クソが!」
「待て!不用意に出るな!」
僕に斬り掛かろうとしていた一人が、飛び出そうとしたのを、大剣を持った男が止める。
一人だけで飛び出して来たら、こちらのチャンスだと思っていたけれど、冷静に止められてしまった。やはり他の盗賊達とは違うというところだろうか。
「焦るな。」
「くっ……」
一人落としたとはいえ、状況は三対一。まだまだ向こうが有利な状況。焦らず追い詰められれば、僕の方が不利になる事は分かり切っている。
「いつも通りだ。良いな?」
「分かった…」
三人は、またしてもジリジリと広がって行く。
不用意に魔法を使おうとはせず、こうしてジリジリ来られる方が、僕にとっては厄介だ。
三人は、完璧とは言えないけど、僕のスピードに反応出来ている。予想外の一撃にさえ気を付けていれば、攻撃力の低い僕の攻撃を受け止める事くらい出来ると思っているみたいだし、事実その通りだと思う。
そうなると、僕も考えて戦わないと危険だ。
タンッ!
またしても、僕は短距離を超速で動き回る。しかし、攻撃はまだしない。決定的な隙を見付けられるまでは、騙し合いが続く。
互いに攻撃をしようとするが、手が出せず、元の体勢に戻り、また攻撃の動作に入る…これを何度も繰り返す。
村人達の事もあるし、早く終わらせたいけど、焦れば死ぬのは僕の方だ。
慎重に……慎重に罠を張り巡らせていく。
ピュアたんが入っている腰袋には、他にもいくつかのアイテムが入っている。その中に、シンヤ君から貰ったスレッドスパイダーの糸が有る。細いピアノ線みたいな物で、使い方を間違うと、結構危険な糸だ。
簡単に説明するなら……必殺〇事人で使われるようなあれだ。
ただ、使い方は違う。首に引っ掛けてキュイン!みたいな事はしない。というか、スレッドスパイダーの糸であんな事をしたら、多分、吊り上げるより早く首が飛ぶと思う。
スレッドスパイダーの糸は、僕のスピードとかなり相性が良いらしい。というのも、シンヤ君曰く、スレッドスパイダーの糸は、光の入らない場所では、かなり視認性が悪く、かなり注視しなければ見えない。ただでさえ見えないのに、超速で動き回る僕を捉えようと集中している者は、その糸に絶対気が付けないらしい。
僕という存在を注視していると、暗闇の中に張られていく糸は、認識出来なくなるとの事。何でも、動体視力にグッと力を入れている状態だと、静止物が意識から弾かれてしまうらしい。言われてみると、あー確かに。と思うし、納得出来るけど…シンヤ君は何故そんな事を知っているのだろうか……
いや、今はそんな不思議を解明している場合ではない。
僕が張り巡らせていた糸が、もう少しで張り終わる。
「チッ!ちょこまかと!」
「焦るな。好機は必ず来る。」
イライラし始めている二人に対して、大剣を持った男はかなり冷静だ。こういう相手が最も厄介だと、ハイネさんが教えてくれた。
気を付けるべきは、大剣使いの男という事だ。
「よし……」
遂に、スレッドスパイダーの糸を張り終わり、準備が完了する。
出来ることならば、ここから一気に全員仕留めたい。ただ、欲張り過ぎると痛い目を見るから、状況は慎重に見極めなければ。
僕は、僕を目で追う三人を見ながら、次の行動へ移る。
まずやるべきは、一人減らす事。三人と二人では、こちらの注意しなければならない状況に大きな違いが出る。二人の場合、二人を線で結んだラインに気を付ければ良いけど、三人になると、三角形の範囲全てに気を付けなければならない。これもシンヤ君からの受け売りなんだけど、知らないと知っているでは大違い。三人を相手にするというイメージより、三人の内の一人を、どうにか仕留める。そういう意識で動く事が重要になるらしい。
という事で、僕は直剣使いの男に狙いを定める。
先程から、イライラした様子を見せていたし、大剣使いの男は簡単に仕留められそうにない。
タンッ!タンッ!
一度、大きく左に振ってから、一気に直剣使いの側面まで飛び込む。
「見えてんだよ!」
ブンッ!
僕の首を狙った横薙ぎの一振。鋭いけど、僕のスピードはそれを上回る。
体を下へと引っこ抜き、剣を下に避けると、頭の上を剣が風を切りながら通り過ぎる。
ザザザクッ!ザシュッザシュッ!
両足首、右膝、横腹、そして首へと、ダガーを素早く滑らせる。
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