第423話 役目
固く拳を握り、迷いの無い目で村の人達を見るギャロザ。誰がどう見ても、今の彼はこの村の長に違いない。
「い、行きましょう!ここでなくても、村は作れます!」
「そうよね…必要な物だけ持って行きましょう!」
「動けない人は、動ける人達で支えるのよ!」
行くと決まってしまえば、彼女達の行動は素早かった。
一人一人が、生きる為に命を懸けて何かから逃げて来た経験を持っているのだから、やるとなれば強い子達ばかり。助けに来たのに、こちらが心強く感じてしまう程。
「急いで準備をしてくれ!十分後には村を出るぞ!」
「「「「はい!」」」」
ギャロザの号令で、全員が一斉に動き出す。
「私達は周辺を警戒しておくわ。準備が終わる頃に戻って来るわね。」
「分かりました。あの…本当にありがとうございます。」
ギャロザがまたしても頭を下げる。
「お礼は全員が無事に脱出出来てからよ。まずは逃げる事だけを考えなさい。」
「はい!」
ギャロザは、私とピルテに向かって大きな声で返事をする。やる気は十分みたい。
私とピルテは、一先ず周囲の安全から確保する為に、一度村を出る。
「お母様。」
ピルテが村を出ると、直ぐに声を掛けてくる。
「どうしたの?」
「ここからの事なのですが、村の周辺に、トラップを仕掛けておいた方が良いかと思います。村に侵入しようとする者が現れ、トラップを発動させた場合、遠くに居ても分かるほどに派手なものであれば、敵の位置を知る事が出来ます。」
「そうね……それは面白い案ね。やってみましょう。
殺傷力も有って、派手となると、やはり爆発系かしら。シンヤさんから貰った、爆発するアイテムを使うのが良さそうね。周囲に火が燃え移らないような場所を選んで設置しましょう。」
「分かりました。衝撃で爆発するので、簡易的なトラップにして、数を設置した方が良いですか?」
「そうね…戦闘が起きても、使い慣れていないと逆に危ないかもしれないと、シンヤさんには言われているし、トラップとして、作れるだけ作ってしまいましょう。」
「はい!」
本当にピルテは変わった。こうして自分の意見を素直に言ってくるようになったのは、ニルちゃんと会ってから。
今思うと、シンヤさん達と初めて会った時に、私に話をするように強く言ってきた事が始まりだったのかもしれない。少し寂しい気もするけれど、嬉しさの方がずっと大きい。
「どんどん設置するわよ。」
私とピルテは、村の周囲に簡易的なトラップを、時間の許す限り作った。
「そろそろね。ピルテ、行くわよ。」
「はい!お母様!」
それなりの数のトラップを仕掛けられたけれど、簡易的なものだし、上手く引っ掛かってくれるかは分からない。あまり期待し過ぎないようにしないと。
「ギャロザ。準備は整ったかしら?」
「はい。丁度準備が整ったところです。直ぐにでも出発出来ます。」
「それなら早速出ましょう。村の東側にはトラップを仕掛けておいたから、そっちには入らないように気を付けて。」
「分かりました。それで…どちらに逃げますか?」
「そうね…北か南かだと思うけれど…どちらに行けば良いのか分からないから、まずは西へ向かいましょう。」
「西へ…ですか?」
「西へ向かえば、袋小路になることは分かっているわ。でも、北か南か、どちらに行けば良いのか分からない状態で、どちらかに偏るのは避けたいの。合図が来て、どちらに行けば良いのか判断出来てから、北か南かに移動するわ。」
「そういう事ですか…分かりました。それではまずは西へ向かいましょう。」
ギャロザを中心として、村の皆とまずは西へ向かう。
これが正解なのかは分からないけれど、見付からずに移動しなければならないとなると、出来る限り敵からは離れたい。互いの距離は広がれば広がる程に良いはず。
部下の二人を失ってから、大事な場面での選択は、いつも不安で一杯になる。本当にこれで良いのかと。それでも、決断しなければならない。ならばせめて、この判断が間違いではなかったと、後から言えるように努力しなくてはならない。
「ピルテは後ろをお願い。私が先頭でギャロザは皆をお願い。」
「はい!」
「分かりました!」
二度と……二度と私の指示で、誰かを死なせたりしない。
自分の心で、それを誓って足を踏み出す。
私達は、ゆっくりと、西へ向かって移動を開始した。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
その頃、スラたんは……
「ふう……やっぱり森の中の移動は大変だな…」
シンヤ君に村の人達を逃がす為の手伝いをして欲しいと言われてから、僕は一人、村の周辺を調べ回っていた。
シンヤ君達と共にポナタラで対峙したハンドという連中。あの連中が、この襲撃にも関わっていて、先に村へ向かって来ていた場合、本隊の到着より先に全てが終わってしまう可能性が有る。その為、かなり念入りに調査を行った。
ハンドだけではなく、プレイヤーの存在も気になっている。僕やシンヤ君は、この世界において、異質とも言える力を持っている。トッププレイヤーでもない僕でも。
相手にそういう者が居ても不思議じゃない。もし、そういう相手が居た場合、事は非常に厄介となる。
シンヤ君は、僕に村人の事を任せた。それは…多分、向こうの世界の人間を、僕に殺させない為では…と思っている。
シンヤ君は優しい。
常にというわけじゃないし、寧ろ、日頃は僕の事を揶揄う事が多い。シンヤ君は、人付き合いが苦手だと、昔から言っていた。ファンデルジュというゲームの中でも、それは何度か聞いた事のあるセリフ。
確かに、シンヤ君はソロプレイヤーだったし、あまり他人と関わったりしなかったし、いつもどこか、一歩引いた所に立っていたように思う。
でも、だからといって、他人の気持ちが分からないという事ではない。
シンヤ君は、人の本質を傷付けるような事は、絶対に言わないし、やらない。シンヤ君がそういう事を言ったり、やったりする時は、相手がそれに値する程のクズである場合や、それこそがその人の為になるという場合だけ。
それが例え、百人中、九十九人が同じ事を言っても、それが他人を傷付ける言葉だとしたら、九十九人に逆らう人だ。
その強烈な自我…芯を持っているシンヤ君というのは、他人からはあまり好まれない人だったりする。特に、ゲームの中では、わざわざ近寄ろうとする人は居ないと思う。結局はゲームなんだから、楽しくやりたい…というのが一般的な意見だろうし。
でも、僕にとっては違った。
僕は、祖父母を亡くして失意の中に居た時、ファンデルジュにのめり込んだ。
皆は楽しくプレイしているし、それを非難するつもりなんて全く無い。でも、僕にとっては、もう一つの人生…のような気がしていたから。
超リアルRPGと銘打っているだけあって、恐ろしい程の鬼畜設定。運営は、プレイヤーに楽しんでもらう気が無いのか?と疑いたくなる程。
でもそれは、僕にとって現実も似たようなものだった。
それまで愛してくれた祖父母が亡くなり、両親は薬物中毒。祖父母を助けたくて学んだ薬学なのに、祖母を助ける事が出来なかった。
もし、神が居て僕に試練を与えたのだと言うのなら、何故薬物中毒の両親ではなく、僕に?僕が何か悪い事をした?そう思うと、神を恨まずには居られなかった。
そんな上手く行かない世界から現実逃避した先が、鬼畜ゲームなのだから、僕も救いようが無い。
でも、そんな鬼畜ゲームの中で出会ったのが、シンヤ君だった。
シンヤ君は覚えていないかもしれないけれど、僕にとって、シンヤ君との出会いは特別なものだった。
自称スライム研究家を名乗り、スライムを研究する為にステータスを上げ、スライムを研究する為にクエストをクリアする。そんなプレイヤーは、まず居ない。
当然、周りからは変人扱いされていたし、固定したパーティは無かった。と言っても、ソロプレイヤーというわけではなくて、あっちに行ったりこっちに行ったりという感じだった。
現実世界では、社会人だったし、他人が興味を持たないと分かっている話題を避けて話をするくらい出来る。人付き合いは得意な方だったし、ファンデルジュ内にも、一緒にプレイする事の多いパーティはいくつか有った。それでも、僕は一つのパーティに定着する事はしなかった。
ワイワイやっているのは楽しい。皆と一緒に一つのクエストをクリアして、皆で喜んで…素敵な事だと思う。でも、僕はどうしても同じように感じる事が出来なかった。スライムの研究がしたかったからという意味ではなく、どこかそういう人達と自分は、違う場所に立っているように感じてしまったから。
皆は明るい場所に立っているのに、自分だけが影の中に居るような…そんな感覚だった。
そんな時、ソロプレイヤー、シンヤ君についての噂を知る事になる。
噂は賛否両論。僕の主観では、否の噂が多かったように思う。
ソロプレイで、この鬼畜ゲームを生き続けているシンヤ。その人は、一人でダンジョンをクリアしたり、強モンスターを狩ったり…とにかく強いという噂だった。しかし、共にクエストをこなした事のあるパーティが、メンバーに誘ったが、どのパーティも彼を引き入れる事は出来なかった。
それ故にか…『厨二病患者』『コミュ障ボッチ』『調子に乗ったダメ人間』なんて言われていた。
こんな話を聞いて、興味を持たないわけがない。平常時でも、恐らくどんな人なのか気になるのに、自分だけが浮いているように感じていた時だから、余計に気になって…その時、シンヤ君の活動していた街が近くだったのも重なり、結局、僕は噂のソロプレイヤーを見に行く事にした。見に行くと言っても、モニター越しのキャラクターを見るだけだから、実際に見るのはキャラクターの行動だけ。そこから何かを感じ取る事は出来ないかもしれないとは思っていたけれど、自分の境遇と似た人を見てみたいという欲求には勝てなかった。
そして、そこで見たのは、僕の中に深く刻まれた。
僕がシンヤ君を探しに噂の街へ移動していた時、シンヤ君は丁度近くの討伐クエストを受けてモンスターを狩っている最中だった。偶然、僕はその現場を見る事が出来たのだ。
どれだけの反復練習をしたのかと聞きたくなる程に洗練された剣技と魔法。今のように実際に自分の体を動かしているのではなく、画面越しに動かしているはずなのに、恐ろしく正確な攻撃。
それを見た瞬間、全身に鳥肌が立った。
この人は、自分と同じように、この世界にもう一人の自分を投影していると、瞬時に理解出来た。
僕は、シンヤ君が落ち着くタイミングを見計らって、直ぐにメッセージを送った。とにかく、シンヤ君の事が知りたくて、何としてもシンヤ君からの返信を貰いたくて、興味を示して貰う為に、件名にはこう書いた。
『スライム研究家からマブダチへ。』
メッセージを開いた時、キャラクター越しにも、シンヤ君の時が止まったのを感じた。
それ程に強烈な印象を与えられたならば、シンヤ君も無視はしないかなと思って書いたのだが、後々考えると、凄い件名だったと自分でも思う。
本文には、自分が今後ろに居る事や、シンヤ君に興味が有る事、少しでも良いからメッセージのやり取りをして欲しい事などを真剣に書いた。そのお陰か、シンヤ君は面白半分で、僕に返信してくれた。
それから、僕とシンヤ君の交流が始まった。
自称スライム研究家だということや、自分のプレイスタイル等、誘った僕が色々な話をすると、シンヤ君も少しずつ話をしてくれて、色々と聞く事が出来た。
シンヤ君のプレイスタイルだったり、どれくらいファンデルジュをプレイしてきたか、それに、何故ソロプレイヤーを続けるのか。
ソロプレイヤーを続け、パーティへの勧誘を断る理由については、はっきり答えてくれなかったけれど、あまり触れない方が良さそうな反応だったから、きっと何か有ったのだと理解出来た。そうしてメッセージを交わす事で、シンヤ君がどんな人なのか、少しだけ理解出来た。
色々と言われていたけれど、それには理由が有るだろう事や、そういう外からの雑音が嫌でソロプレイを続けている部分も有る事。
僕とシンヤ君は似た者同士だったと思う。背負う物は違うだろうけれど、この世界に没頭する理由が、似ていたんだと思う。ただ、この世界で、どのように振る舞うのか…そこには大きな違いが有った。
僕は他人と関わり、愛想笑いをしながら、ここは僕の居場所ではないと知りながら、人々に溶け込もうとしていた。それに対して、シンヤ君は、他人と距離を置いて、自分のやりたい事をやっていた。
どちらが良いとか悪いとかは無いと思う。それでも、僕にはそんなシンヤ君が自由に見えた。趣味が合わないからと、スライム研究の事を一切喋らずに、周りに合わせるしか出来ない僕は、とても羨ましく思った。
僕がスライム研究家を大っぴらに名乗り、所構わずスライムの話をするようになったのは、そんなシンヤ君に憧れたから。
でも、そういう生き方をすれば、当然、その代償も支払う必要が有った。
僕とそれまで関わっていた人達は、僕の事を煙たがり、嫌そうな反応をするし、パーティを組みたがらなくなっていった。
『スライム研究家www』『変人プレイヤー』なんて影で言われていた事も知っている。
正直、最初にそれを知った時は、かなり落ち込んだ。人から嫌われる事が嬉しいという人はあまり居ない。
そして、僕はそれをシンヤ君に相談した。いや、相談というより、愚痴をこぼしてしまったと言った方が良い。ついつい、メッセージにそんな事を書いてしまった事が有った。でも、結果的に、それがその後のファンデルジュ生活を大きく変えることになった。
僕が愚痴をこぼしたメッセージを送ると、シンヤ君からの返事には、こんな事が書いてあった。
『他人にバカにされただけで止めたくなる生き方、研究なら、止めた方が良い。
それでも、やりたい事だと突き通すなら、俺は応援する。
ゲームの楽しみ方なんて、人それぞれだ。
他人の趣味にとやかく言う奴は、趣味を持てない寂しい奴だ。きっとこのゲームからも、近いうちに居なくなる。』
僕は、そのメッセージを見て、シンヤ君の事を本当のマブダチだと思うようになった。
何故かなんて、言わなくても分かるだろうと思う。
僕は、それからスライムの研究に没頭して行く事になる。
シンヤ君は、自分のやりたい事をする為に別の街に行き、僕も自分のやりたい事をする為に街を離れた。
メッセージは、たまにやり取りするくらいになったけれど、男の友達なんて、そんなものだったりする。
それに、そういう楽しみ方をシンヤ君が教えてくれた事で、それからのファンデルジュは楽しくて仕方無かった。
僕にとって、シンヤ君というのは、そういう存在である。
そんなシンヤ君の事だから、僕を人殺しから遠ざけてくれたのだと思う。シンヤ君は、そういう、本当に優しい人なのだ。
そんな優しさを向けられて、その上で頼まれた、村人達の救出という役目。絶対に成功させなければ、自分で自分を許せない。
村人達は安全に退避させてみせる。
「ピュアたん。この辺りにはスライムが居るみたいだし、大雑把で良いから、スライム達を展開してくれないかな?」
僕の言葉を聞いて、ピュアたんの核がふよふよと動く。
会話という会話は出来ないけれど、ピュアたんを通して、スライム達が周囲に展開して行くのを感じる。
「よし…」
スライムが敵に気が付けば、僕もそれに気が付けるはず。ただ、全域をカバー出来るわけじゃないから、移動を繰り返して、警戒を怠らないようにしないといけない。
今から敵兵が押し寄せて来るとして、薄い箇所を見付けたら、合図を出す。そして、皆が来る前に壁を突破して、安全に通れるように……本当にそれだけで大丈夫だろうか?壁を突破しても、穴を塞がれたらそこまでになってしまう。
ゲームだった頃、何度かシンヤ君と二人でクエストに出た事も有るし、戦闘での僕の動きはある程度理解してくれている。つまり、シンヤ君は、僕がある程度考えて動く事を前提にしてくれているはず。
つまり、現場での事は僕に一任してくれた…と考えた方が良いはず。そうなると、ここから先の具体的な行動は、僕の思惑次第で大きく変わって来る事になる。
「これは…責任重大だなー…」
絶対にやり遂げてみせると息巻いていたのに、早々に不安になりつつある自分の頭を横に振る。
パシパシッ!
自分の頬を強く両手で叩いて気合いを入れ直す。
「やると決めたからにはやる!絶対に!」
そもそも、シンヤ君達に付いて行くと決めたのも自分なのだから、こういう事が有ると分かっていたはず。今更怖気付いても遅い。
それに、隠れ村の人達に、ハイネさんとピルテさん。全員の安全が僕の肩に乗っている。ナヨナヨしている場合ではない。
「ピュアたん!一緒に頑張ろうね!」
核をふよふよと動かすピュアたんを頭の上に乗せて、僕は移動を開始する。
村の中に居るであろうハイネさんとピルテさんに顔を出してから、周辺の警戒に移った方が良かったのかもしれないけれど、その間に敵が来るかもしれないと考えてしまうと、安易に村へ向かう事は出来なかった。でも、その代わり、この辺りに敵兵が居ないと分かった。
「敵が居ないとなると、これから来るという事だから…」
ゲーム時から通して考えても、戦闘経験が少ない僕にとって、こういう時に敵がどう動くのかなんて分からない。
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