第422話 包囲網

「魔法で潰しますか?」


森へ近付いて来る盗賊達を見ながら、冷めた声で聞いてくるニル。


「いや。魔法は戦闘の状況を見ながら使うぞ。シールド系の魔法が掛けられているのはさっきので分かったからな。上級魔法をゆっくり描いているより、斬った方が早い。相手の数は多いし、本当にこれで全員かも分からないから、出来る限り魔力は温存しつつ戦うべきだ。いくら魔力回復薬が有るとはいえ、無限に有るわけじゃないからな。」


「仰られる通りですね…分かりました。そうなりますと、森の中で戦った方が良いですね…もしくは、直ぐに森に戻れる範囲内ですかね。」


「ああ。盗賊達も弱いわけじゃないから、離れないようにしてくれ。」


「分かりました。」


「行くぞ!」


俺が最も近くに居るパーティに向けて走り出すと、ニルは斜め後ろに追随する。既に一番近くに居る連中は森の中へと入って来ている。警戒しているし、近付けば直ぐに気付かれるだろうが、それは魔法を撃ち込んでも同じ事だ。それなら、初動で出来る限り接近しておきたい。

森の中は盾になるものが多い為、ニルの盾が無くても、それなりに攻撃を防ぐ事が出来るし、一気に距離を詰めようと走る。


「右から来るぞ!構えろ!」


俺とニルが森の中を南へと走って行くと、それに気が付いた連中が構えを取る。


魔法使い二人、直剣使い一人、曲剣使い一人、盾と直剣使いが一人の構成だ。

盾の奴と直剣使いは金属製の鎧を着ており、曲剣使いは篭手と脛当てが金属製。他は身軽な皮の防具だ。


俺が右手を水平に一度挙げると、ニルが直ぐに右側へと進路を変える。


「男は俺が止める!女を殺れ!」


盾役の男が叫ぶ。


後衛の魔法使いがニルに向けて魔法を放つ。


中級風魔法、ランブルカッター。風の刃がいくつも襲いかかる魔法だが…


バシッバシバシッ!


ニルは上手く木を使って隠れ、魔法を回避する。相手の魔法陣の向きを見れば、どの辺りに風の刃が飛んでくるかを予想するのは容易い。視認出来ない風魔法でも、ニルに当てるのは至難の業だ。


「なにやってんだ!」


「うるせえ!こう木が多いと当たらねえんだよ!」


こういう障害物の多い場所では、直線的に飛ぶタイプの魔法や矢というのは、意外と当たらないものだ。相手がそこそこ程度の相手やモンスターだったならば、それでも数を撃てば当たるのだが、ニルには、そんな隙など存在しない。

五人の視線や姿勢等を読み取り、木の影から木の影へと移動し、体が見えるのは一秒にも満たない僅かな時間。正直、俺でも当てるのは難しい。まあ、俺なら、そもそもこんなに障害物の多い場所で、直線的に飛ぶタイプの魔法など使わないが。

流石に相手の魔法使い達も、ニルには当たらないと理解したらしく、次は別の魔法を発動させようとしている。どうやら中級木魔法のウッドバインドを発動させようとしているらしい。

障害物の多い環境の場合、指定した場所から攻撃が出現するタイプの魔法が非常に有効だ。動きまわる相手の少し先を予測し、そこに魔法を設置出来る為、先読みさえ出来れば、魔法使いのやりたい放題となる。まあ、その先読みというのが非常に難しく、そう簡単に当たるものではないから、ファンデルジュというゲームにおける魔法は、鬼畜過ぎると言われていたのだが…

そして、何より、その土俵はニルにとって十八番とも言える土俵だ。その土俵に上がった時点で、相手の負けが確定したと言える。


ブンッ!


相手の魔法使いが魔法陣を描き始めると同時に、ニルは腰袋から取り出した黄緑色の玉を投げる。

音光玉。爆音と閃光を発するカビ玉だ。


バァァァァンッ!


二人の魔法使いの近くの木に当たり、激しい音と光が放たれる。

そのカビ玉も、単純に投げたのではない。ニルは攻撃が来ない事を悟ると、木々に隠れるのを止めて、動きを直線的な物に変えた。そして、後衛二人から見て、自分が見えなくなったタイミングで、音光玉を自分の進行方向と重なるように投げたのだ。

相手は、ニルの動きを先読みしようとしており、ニルの行動から予測した一秒先の地点に視線を送っていた。ニルの姿が木々に隠れた時、相手はそのままニルが走り込む先に視線を無意識に送る。その地点で音光玉が破裂する。相手の魔法使い二人は、モロに閃光を見てしまった事だろう。

しかも、攻撃系統のアイテムとは違い、直接的なダメージは一切無い為、相手の防御魔法は発動しない。

先読みされる事を予想して、その視線移動を利用したのだ。正直、相手の魔法使いにはドンマイと言いたい。相手が悪過ぎたなと。


「「ぐあぁっ!」」


二人は目を覆うべきなのか、耳を覆うべきなのか分からず、頭の辺りに手を持って行きながら、体を前へ曲げる。魔法陣を悠長に書いている場合ではないらしい。描き始めていた魔法陣がスーっと消えて行く。


ニルはそのまま後衛陣の方へと走って行くが、その前に、俺が前衛の男に到達する。


ニルの投げた音光玉が破裂した音を聞き、一瞬体を硬直させたように見えたが、後ろを振り返る事はせずに、俺の事をずっと見ている盾役の男。俺とニルに対する警戒心が強い証だ。


「来いよオラァ!!」


盾役の男は、自分にヘイトを向けさせようと、金属製の盾に直剣を当ててガンガンと音を鳴らす。

ニルのヘイト制御を見た後だと、どうにも幼稚な行動にしか見えないが、前衛本来のヘイト稼ぎとしては一般的な行動だ。

モンスターには、金属同士で打ち鳴らした時の甲高い音がとてもかんさわる音なので、意識を向けられ易い。人に対しても同じ事が言えるのだが、人の場合、打ち込んで来てみろ。俺が受けて立つ。という意味を暗に伝えるという意味も持っている。つまり、簡単な挑発だ。

どちらにしろ、基本的には盾役を潰さない限り、後ろに居る者達を攻撃出来ないのだから、前衛陣は盾役に打ち込んで行く事になるのだが、他の者達へのヘイトを減らすという意味で行う者が多い。

今回の場合、俺とニルの実力が高いと判断し、俺を盾役の者が止め、残りの者達でニルを止めるという作戦に出たのだが、これは、盾役が、俺とニルを二人同時に止めるのが出来ないと判断した…という事になる。どちらか一人を引き付けても、残りの一人が側面からの攻撃に転じるだろうと推測したのだ。

この推測は間違っていない。五人全員が一丸となって、俺を狙ったならばニルが、ニルを狙ったならば俺が別角度から攻めるつもりだった。つまり、彼等の判断は間違っていない。間違っていないのだが…盾役一人で俺を止められると思ってしまったのが運の尽きだ。


片手で持っていた桜咲刀を、両手持ちに変える。


刀を上段へと持ち上げると、盾役の男は、その軌道上に盾を構える。俺の刀を受け止めて、そのまま直剣で反撃したいみたいだ。だが…


「来いやぁぁ!!」


「はっ!」

ブンッ!バキィィン!ガシュッ!


「……な……んだ………」


ブシュゥゥゥ!


俺の振り下ろした刀は、一撃で付与型のシールドを破壊。金属製の盾を切り裂き、そのまま男の頭から腹部までを切り開く。着ていた金属製の鎧も関係無しだ。

付与型のシールドを斬り裂いた事で、魔力を吸収した桜咲刀が少し色を変える。


盾も、鎧も、安物とまでは言わないが、それに近い性能の物。そんな防具で、俺の一撃を止めようなんて、片腹痛いというやつだ。

神力を使わずに、剣技、霹靂へきれきのみを繰り出した一撃。そんな一撃ですら、彼に止められる力は無かった。


「嘘だろ…」


「あいつ…何しやがった?!」


直剣使いと、曲剣使いが、一撃で盾役が殺されたのを見て、恐怖で泣きそうな目をしている。


余所見よそみですか?」


「がっ…」

バキィィン!ズプッ…


俺の方を注視してしまった二人。曲剣使いの横に到達したニルが、戦華を首の側面から根元までしっかりと突き刺す。ニルの一撃も、シールドを吹き飛ばしたらしい。どうやら中級…いや、初級程度の魔法らしい。


「こいつ!」


直剣使いが、ニルに向かって切っ先を突き出す。


ブシュゥゥゥ!


ビシャッ!

「ぐあっ!」


ニルは、相手が自分に到達する前に、男の首から戦華を抜き取り、数歩下がる。


首を貫通した傷口から小太刀が引き抜かれると、大量の血が吹き出し、その血が直剣使いの顔へ飛んで行く。血が目に入ってしまったらしく、攻撃が中断される。


ピキピキッ!


ニルの持っている戦華の表面に、血が纏わり付いて硬質化していく。


「く、くそっ!」


血を拭い取り、何とか攻撃をしようとする直剣使いの男。やっと視界と聴覚が戻りつつある後衛の魔法使い二人。

彼等の状況を、一言で説明するならば……絶望的。だろうか。


バキィィン!ザンッ!


俺が踏み込み、直剣使いの首をシールドごと水平に切り裂く。


バキィィン!ザシュッ!バキィィン!ザシュッ!


ニルは動き出そうとしていた魔法使い二人の近くに走り込み、難なくその命を奪う。


「警戒はされているみたいだが、俺達がどれ程の相手なのかは分かっていないみたいだな。」


「初動で十五人が殺られたとなれば、それなりの対策を取ってくると思っていたのですが…」


「いや。対策を取ってなんだろう。」


「そ、それはいくら何でも…考え方が甘過ぎると言わざるを得ませんね…」


「相手は所詮、自分より弱い奴らを相手にするばかりの盗賊だからな。自分より強い相手との戦い方を知らないんだろうな。」


「そんな事で、よくここまで生きて来られましたね…」


「フヨルデの力がそれだけ強いって事だろうな。」


フヨルデの事もそうなのだが……俺やニルのように、常に死ぬか生きるかの戦闘を繰り返すという人生は…控えめに言って異常だ。ニルにとっては、それしか知らないのだから、そんな事で生きていけるのが不思議に感じるかもしれないが、本来は、それでも生きていけるのだ。


「相手が上手く対策を取れていないなら、そこに付け入るだけだ。このまま一組ずつ潰して行くぞ。」


「はい!」


俺とニルは、そこから更に、近くのパーティを狙って走る。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



少し時はさかのぼり、隠れ村では……


「ギャロザ!」


「ハイネ様?」


私とピルテが隠れ村に到着した時。ギャロザと村の人達はいつも通りの生活を送っている最中で、一切警戒はしていなかった。


「どうされたのですか?」


私の血相を変えた表情を見て、ギャロザは何かが起きている事を汲み取り、真面目な顔で聞いてくる。

しかし、周囲には村の女性達が居て、焦って入って来た私とピルテに、何事かと注目している。ここで敵が来る!なんて言った場合、大パニックになる。そうなれば、事態の収拾に時間が必要になり、無駄に時間を消費してしまう。今現在、シンヤさんとニルちゃんが、相手の部隊を止めに動いてくれていると思うけれど、百人近くの部隊。一気に攻められてしまえば、いくらシンヤさんとニルちゃんと言えども、全員を止めることは難しいはず。必ず抜けてくる者達が居る。早くしなければ、ここが血溜まりに変わってしまう。


「ギャロザ。緊急の話があるの。」


「……分かりました。こちらへどうぞ。」


私の意図を読み取ってくれたギャロザに付いて行き、家の中に入る。


「この二人は大丈夫です。」


ギャロザの隣には、二人の女性奴隷が立っていて、人払いして欲しいという私の意図を汲み取った上で、大丈夫だと言い切る。


「分かったわ。時間が無いから、いきなり本題よ。」


「はい。」


「ハンディーマンの連中が、この場所を嗅ぎ付けたみたいで、今、百人の部隊がここを目指して進軍して来ているわ。」


本当に村を目指しているかは、まだ分からないけれど、逃げて何も無かったというならそれで良い。私一人が謝れば済む話だから。でも、もし来ているなら、今直ぐにでも動き出さないと、大変な事になってしまう。

この村の中には、度重なる虐待によって、体がろくに動かせないような人達だっている。そんな人達全員を移動させるには、どうしても時間が必要となってしまう。


「そんなっ?!」


ギャロザは前傾姿勢になる程に驚き、横に居た奴隷の女性二人も目を丸くしている。


「今は、他の皆が、何とかしようとしてくれているけれど、時間の余裕は無いわ。」


「分かりました。直ぐに行動を開始します。

村の皆を集めてくれ。俺から皆に話す。それと、戦える者は武装するように頼む。」


「わ、分かりました!」


横に付いていた二人が家から慌ただしく出て行く。


「御二人はここからどうされるのですか?」


「あなた達だけでは逃げきれない可能性が高いから、私とピルテで援護するわ。」


「正直…助かります。」


この村に戦える者なんて、数人しかいない。そんな事は言われずとも分かっているし、私とピルテがここに送られてきたのは、この村の人達を守り切る為。そして、その役割の上で最善を尽くす事が、最終的にシンヤさん達を助ける事に繋がるはず。

私も、今までの長い人生で、色々な事を体験してきたし、魔界から出た時は隊長として出て来た。だから、それなりに戦況を読んだり、その時の状況で指示を出す事が出来る。恐らく、シンヤさんは、そういう能力を持っている私が、この村の皆を助ける為のリーダーとして動く事を望んでいるはず。そして、言ってしまえば、私達がこれから行うのは逃走。見付からず、極力戦闘を避けて進む事が大切になる。その場合、戦闘力が高い者よりも、隠密性の高い魔法が使える私やピルテが適任。


もしかしたら、シンヤさんの事だから、もっと色々な意味を含めて今回の配置にしたのかもしれない。

シンヤさんが凄いのは、その圧倒的な戦闘力だけでなく、その場その場の指示に、色々な思惑が絡んでいたり、最終的な終着点を明確にイメージしているからこその指示が出来てしまうというところにある。

間違いなく、彼よりずっと長く生きてきたはずの私でも、どこまで考えているのかさっぱり分からない時がある。

どこでそんな力を身に付けたのかは分からないけれど、まるで、たった一人で全てを制御してきたかのような的確な判断力は、相手にしてみれば恐ろしい以外の何物でもないと思う。そして、それを迷い無く、的確な言葉、タイミングで指示を出せる事も凄い。

指示を出すリーダーというのも、結局は人間であるのだから迷う事も有るし、失敗する事だって有る。それでも、シンヤさんの言葉には、自信は感じても、不安は微塵も感じない。

そんな事、それ程大した事ではないのでは?と思う人もいるかもしれないけれど、これは凄く重要な事。

例えば、自分が隊員だとして、自分の隊長が…『え、えっと…こうした方が良い…かもしれないよね?』みたいな態度だったら、その人に自分の命を預けたいと思うだろうか?私には無理。

ここまで極端な事は普通無いけれど、人の不安というのは、外から見ていると、何となく感じ取れたりするものだったりする。シンヤさんにも、不安はきっと有る。でも、それを私達に感じさせないように隠してくれる。指示を受ける身として、これ程頼りになるリーダーは他に居ない。指示の内容が確定的ではなくても、シンヤさんなら何とかしてくれそうな気がする。そう思わせてくれる。

ニルちゃんが、たまに『ご主人様ですから。』という理由にならない理由を口にする事が有るけれど、それは、とてつもない事だと思っている。この人だから出来る。この人に付いて行けば…と本能的に悟っているからこそ出てくる言葉だから。


何をどうやって生きて来たら、そんな人格が出来上がるのか分からないけれど、きっと、私よりずっと大変な人生を、私より短い時間で体験して来たはず。そんな人が頼むと言ってくれたのだから、最高の結果を持ち帰りたいと思うのは当たり前だと思う。

ピルテも、私と同じように、シンヤさんの信頼を最高の形で返したいと思って、かなり気合いが入っている。

シンヤさんの考えを全て読み解く事は出来ないけれど、自分達に任された事を成せば、それが最善であるはず。


「必ず皆さんを無事に連れ出してみせるわ。」


「私とお母様にお任せ下さい!」


「御二方には助けられてばかりですね…よろしくお願いします。」


ギャロザは深々とお辞儀をする。


そして、皆が集まったところで、ギャロザの話が始まる。


「皆。落ち着いて聞いてくれ。」


ギャロザの険しい表情に、村の皆が不安そうな空気を流す。


「……今、この村にハンディーマンの者達が大勢で向かって来ている。」


単刀直入な言葉に、村の皆が息を飲み、ザワザワと騒ぐ。


「大丈夫だ。ハイネ様とピルテ様が、俺達の事を無事に連れ出してくれると仰って下さった。落ち着いて行動すれば、誰も傷付いたりはしない。」


「し、しかし…村はどうするのですか?!」


彼女達にとって、この村は最後の希望。ここが無くなれば、彼女達に落ち着ける場所など無い。


「村は、また作れば良い。ここだって、最初は何も無かったんだ。それでも、力を合わせた事で、こうして生活出来ていた。また、同じ事をすれば良い。」


「そんな……結局…私達は…」


「そんな事はない!」


弱気な発言が出始めると、ギャロザが力強い言葉を投げ掛ける。


「誰にだって自由に生きる権利は有るはずだ!今日までだって自由に生きて来られた!それをもう一度繰り返すだけだろう!ここで諦めたとして、どうするつもりだ?!また昔に戻りたいのか?!それが本当に皆の幸せなのか?!」


昔に戻りたいのか。その言葉を聞いた瞬間、村の皆の表情が変わる。


「俺がこの村を作ろうと思ったのは、皆を虐げて来た連中を、二度と皆に近付けさせないようにする為だ。その為なら、俺は何度だって村を作る。絶対に諦めたりしない。」

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