第420話 襲撃 (2)

俺とニルでプレイヤーを担当し、絶対に何とかしてみせる。

故に、スラたんにはプレイヤーではなく、盗賊達の相手をしてもらいつつ、逃げ道を作ってもらう事にしたのだ。

これは過保護ではないし、スラたんの心境を考えた場合の最善策である。


「俺とニルで、敵の頭を叩きに向かう。スラたんは、相手の包囲網の薄い場所を探して、そこを突いて欲しい。必要ならば戦闘によっての突破も考えてくれ。」


「分かった。僕の出来る限りを尽くすよ。」


「上手く突破出来たら、村に居るハイネとピルテに合図を送ってやってくれ。」


「脱出が完了したら、その後にも合図を送るよ。シンヤ君とニルさんにね。」


「ああ。助かる。」


「…それじゃあ、僕は行くよ。二人も気を付けてね。」


「ああ。」

「はい。」


スラたんはそれだけ言って俺達と別れ、走り去る。


俺とニルはスラたんと別れた後、盗賊の集合地点と村の丁度中間地点辺りへと向かう。

スラたんの話では、既に部隊は出発間近という事だったし、集合地点へ今から向かっても遅いだろう。集まっているところに聖魂魔法をドーン!と撃ち込んで終わりならば、話は簡単だったのだが…

一応、まだその可能性も残っているし、中間地点に向かい、百人がまとまって行動しているなるば、聖魂魔法で潰すが、そうでなければ、頭を潰しに動く事にする。


という事で、俺とニルは急いで中間地点まで走る。


中間地点は隠れ村の在る森の入口付近。俺とニルが到着した時、周囲に人影は無く、静かなものだった。


「……既に森の中へ入ってしまったのでしょうか?」


「……いや。恐らくまだ来ていないだけだな。」


「そうなのですか?」


「森の中に入ったとなると、小枝や雑草、落ち葉。そういった物に痕跡が残るんだ。相手がそういう痕跡を隠すプロで、時間を掛けて痕跡を消されたら分からないが、この短時間で痕跡を消したとは考え難い。そうなると、痕跡が残っていないのは、連中がまだ来ていないから…という事だと思う。」


「痕跡ですか…流石はご主人様です!」


「いや。そうでもないよ。最近、ハイネとピルテに、隠密とか追跡のコツを色々と聞いて勉強しているだけで、初歩の初歩さ。相手が黒犬やハンドのような連中なら、痕跡を殆ど残さずに移動するだろうし、それを見付けられる程の目は養えていないからな。」


その手のプロから教わると、今までの自分の隠密が子供騙しだったという事がよく分かる。

えっ?!そんな事まで気にしているのか?!と言いたくなる内容も数多く有った。


「ふふふ。やはり、ご主人様はいつでも最善を尽くそうと努力を惜しみません。私のご主人様は最強です。」


俺の事になると喜怒哀楽が非常に活性化するニル。ここまで自分の努力を喜んでくれる相手が居ると、やる気にならざるを得ないというか…どうしても頑張りたくなってしまうものだ。


「ニル。いくつかトラップ系の魔法を仕掛けておこう。相手がどう動いて来るかは分からないが、無いよりマシだろう。」


「分かりました。」


「それと、魔力回復薬が有るとはいえ、あまり魔法に頼り過ぎるな。相手にプレイヤーが居た場合、ステータスが高いに違いない。魔法を使おうとした瞬間を狙われれば、いくらニルでも捌ききれない。使うならアイテムを使って攻撃を組み立てろ。」


「はい。分かりました。」


森の入口付近に、いくつかのトラップ系魔法を設置し終えると、盗賊達の集合地点方向、つまり東に人影が見え始める。


「来ました。」


ニルが木の影に隠れながら、こちらに寄ってくる盗賊達に視線を向ける。


「嫌な陣形だな…」


東から現れた盗賊連中は、五人一組になって、それぞれの距離を大きく取った陣形を取っている。

盗賊といえば、皆で団子になってワーッ!というのが定石だろうに……五人の内訳は、前衛、中衛、後衛で分かれており、グループによって使う武器や構成は違うが、どのグループもバランス良く割り振られているように見える。

そして、その五人を一つのまとまりとして、近付き過ぎず、離れ過ぎずの距離を保っている。大きな魔法を撃ち込まれたとしても、被害は最小限に抑えられる。それでいて、他のグループの援護にも入り易い距離だ。


「盗賊が考え出した陣形でしょうか?」


「いや。違う。あれはプレイヤーが使う陣形の一つだ。」


ファンデルジュというゲームには、大きなダンジョンだったり、強敵や数の多いモンスターとの戦闘等、色々な戦闘シーンが存在する。

ソロプレイヤーだった俺にとっては、陣形というのはあまり馴染みの無い事だったが、一応、レイドのようなものに参加した事も有るし、知識くらいは持っている。

陣形は色々と有るらしいが、目的によって色々と変わるし、全部は覚えていない。ただ、今、盗賊連中が取っている陣形は、プレイヤー間では最もポピュラーな陣形の一つだったはずだ。


陣形と言われると、例えば鶴翼の陣だとか、ファランクスだとか、そういったものを思い浮かべるかもしれないが、ファンデルジュのゲーム内では、そういった陣形は割と珍しい。

大規模なクランともなれば、メンバーもかなり多く、そういった大規模な陣形を使う事も有ったみたいだが、ファンデルジュの世界では、それ程の数のプレイヤーが集まる事自体が珍しい。

理由は簡単で、友達同士でパーティを組んで遊んでいる人達が多かったからだ。

大きなクランというのは、ファンデルジュのゲーム内でも有名だったが、そういうクランに所属せずに遊んでいる人の方が圧倒的に多かった。理由は人それぞれだろうが、気の合う仲間と、誰に気を使うことも無く、ファンデルジュという世界を楽しみたい。というのが正直なところではないだろうか。

そうなると、大体三人から五人、多くても十人未満というパーティが非常に多く、それらのパーティは、クランではなく、それぞれパーティとして行動している。

さて、この状況で、大規模なクランがレイドを主催し、そこに数多くのパーティが集まったとしよう。それぞれのパーティを分解、再編成し陣形を教えて実践させる…という事が可能だろうか?誰に聞いても無理だと答えるはずだ。あくまでもゲーム内での事で、収集されたパーティが分解されると聞いたら、殆どの人達は抜けるだろう。何せ、死んだら全ロストのゲームなのだ。今まで一緒に楽しんで来た仲間と離れてレイドに参加するという選択肢を取る者は少ない。そんな事は少し考えるだけで分かる事だし、クランが主催するようなレイドでは、それぞれパーティが、邪魔せず、しかし援護にも入れる距離を保つ陣形を取る事が非常に多かった。それでも、それなりのプレイヤーであれば、パーティ一つでかなりの攻撃力となるし、大抵のレイドは成功していた。

このパーティを一つの部隊として見る戦術は、冒険者でも使われる事の多いものであるが、NPCと違うのは、自分の命が掛かっていないというところにある。

全ロストは精神的な苦痛を伴うが、死ぬわけではない為、どうしても仲間内の関係や、パーティ同士での合う合わないが出てくる。

冒険者NPCは、自分の命が掛かっている為、パーティが分解されたとしても、その方が死ぬ確率が低いと判断したならば、文句は言わない。しかし、プレイヤーは違う。判断基準が命なのか、そうではないのかの違いだ。

つまり、このパーティごとに分けられた陣形というのは、ある意味プレイヤーの代名詞とも言える陣形なのだ。


「つまり…プレイヤーの者が関わっているという事ですか?」


「この戦場に居るかは分からないが…居ると思って行動するべきだろうな。」


「分かりました。それで…肝心の、私達が狙うべき者はどこに居るのでしょうか?」


森へと向かってくる盗賊連中は、北から南にかけて、かなり大きく広がっている。北から南に長く陣形を取り、そのまま西へと向かって進む様子だ。

隠れ村を越えて更に西へと向かうと、最終的には海へと辿り着く事になる。魚人族でもない限り、西へと向けて追いやられた者達は、そこで立ち往生する事になる。

実際には、北端の部隊と南端の部隊が囲むように展開し、それすらさせないつもりだろう。

逃げる側としたら、北か南に進み、包囲網が完成する前に抜け出すか、どこかに穴を開けて抜け出すしかない。しかし、その逃げる側の者達は殆どが奴隷で非戦闘員。体力の戻っていない人達も多いだろうし、逃走スピードは遅い。そこまで分かっていて、盗賊達はゆっくりじっとりねっとりと包囲網を作っていくつもりなのだ。

そこまで分かると、この包囲網を指揮する頭はどこに居るのかも見当がつく。右翼左翼の中心。つまり進みが最も遅い部隊という事だ。


「恐らく、この陣形の指示を出しているのは、あの辺りの部隊だろうな。」


俺が示す先に目を向けるニル。

俺達の位置からは少し離れているが、攻撃を仕掛けるくらいは出来る距離だ。


「という事は、あの辺りの部隊を始末すれば、それで終わりですか?」


「いや。それは違うだろうな。この陣形の中心点というだけで、恐らくあの場所に狙うべき者は居ないはずだ。」


少し考えれば、陣形の指揮を出している者がどの辺りに居るのか、直ぐに把握出来る。そんな分かり易い場所に、頭を置いておくとは考え難い。これが兵士だったならば、仲間にも分かるようにとか、兵士の誇りだとか、色々な理由で把握し易い場所に居るというのも頷けるが、相手は盗賊だ。ポナタラで戦った連中も、正々堂々とは真逆の戦闘スタイルだったし、素直に陣形を取るとは思えない。プレイヤーが居たとしても、十年間この世界に居て、盗賊に落ち着いたような奴なのだから、真っ当な思考は持っていないはずだし同じ事だ。


「つまり…どこに居るのか、というところから探さないといけない、という事ですね?」


「ああ。ただ、ぼうっと見詰めているだけで分かるような事じゃないし、相手の数を減らしつつ、向こうの出方を見てみるとしよう。村に向かう連中が少ないに越したことはないだろうしな。」


「分かりました。」


「まずは近場の連中からだ。基本はヒットアンドアウェイで行くぞ。」


「被害を与えて、被害を受ける前に引く…ですね!」


「そうだ。ニル。背中は任せろ。俺の背中は、任せるぞ。」


「はい!お任せ下さい!」


ニルは簪を使って髪をまとめた後、小盾と小太刀を構える。不安の色は一切無い。


敵の内の一組が、俺達の隠れる場所に近付いて来る。


五人のパーティが全部で二十以上。どこまで削れるかは分からないが、出来る限りの事はしよう。


タンッ!


森の中から、ニルが先陣を切って走り出す。俺はその二メートル程後ろを付いて行く。


後ろから見ているとよく分かるが、ニルの戦場の把握能力は、既にかなり高い。


目の前に一組。大きく離れて右奥、そして左に一組。

この状況で目の前のパーティに斬り込んだ場合、まず間違い無く左右のパーティが援護に入ってくる。そうなると、必然的に十五対二の形になる。俺とニルならば、人数の差はそれ程大きな意味を持たない。魔法、剣術、俺の場合は神力、そして聖魂魔法が有るのだから、怖がる必要は無い。ここで重要なのは、三組に組み込まれている後衛の数と位置だ。俺達が斬り込んだ時、中央と左右のパーティの後衛陣は、合流よりずっと早く攻撃を仕掛けてくる事が出来る。しかも、俺達から見ると三方向から魔法や矢が飛んで来る事になる。一応、付与型の防御魔法は掛けてあるが、次々と魔法や矢が飛んで来ては、戦闘どころではなくなる。

俺達も魔法を使えば問題無く戦えるのだが…ニルが考えているのは、恐らく先に設置しておいたトラップ系の魔法の事だ。突然現れた二人の敵。目の前から走って来た敵がアイテムを使いながら剣術で攻撃を仕掛けてくる。当然反撃するのだが、肩透かしを食らったように二人は森の中へ戻って行く。相手の目線からはそう見えるだろう。

そうなった時、もし俺達が魔法をバンバン使って戦ってくるタイプの者だった場合、当然、トラップ系魔法についても警戒する。しかし、使って来るのはアイテムと剣術。

わざわざ嵩張るアイテムを使う事、先手を取れているのに魔法を撃ち込まず剣術で攻撃して来る事。この二点から、盗賊達は、俺とニルが魔法を攻撃手段として使わない者達だと、無意識的に判断する。魔法が無いならば、恐れることは無いと追撃する。そして、突出し、トラップに引っ掛かる。トラップが設置されていると分かれば、他のグループも簡単に前に出ようとはしなくなる。陣形から突出してはいけないと意識に刻み付けられる。すると、結果的に全体の進行が遅くなる。

ここまで考えると、ニルは飛び出してから魔法ではなく、アイテムによって左右のパーティに対して視覚的な妨害を行うのが最も高い効果を得られる事が分かる。

俺と話をして、飛び出すまでの間に、ニルはそこまで考えて腰袋から煙玉を取り出し、左右のパーティの視界を阻害する位置に投げる。


ボンボンッ!


俺に聞くことも無く自分で考えて、最も効果的だと思う行動を取り、そして、それを俺が読み取ってくれると心の底から信じ切っている。普通、自分の考えが伝わっているのか、気になって後ろを振り返ってみたり、意識の何割かが後ろに向くくらいの事はするものだ。しかし、ニルの意識は百パーセント前方に向いている。自分より後ろは、俺が何とかしてくれると信じ切っているのだ。当然、俺はその信頼を裏切るつもりなど無い。


俺は腰袋から瓶を取り出して、ニルの後ろから盗賊に向かって投げ付ける。


「敵だ!」


後衛の一人が周りに聞こえるように叫び、それに周囲の連中が反応したのを感じる。

それなりの腕を持った連中を集めたのか、反応が早い。一気に距離を詰めて直ぐに引かなければ、取り囲まれてしまう。


パリンッ!パリンッ!


俺が投げた瓶は二つ。その一つは、前衛の盾持ちに盾で弾かれたが、もう一つは中衛の一人が剣で斬り落とす。


「な、なんだこれは?!」


俺が投げたのは粘着瓶。爆発瓶や毒煙瓶でも良かったのだが、いきなり圧倒的な力を見せ過ぎると、相手の警戒心を必要以上に強めてしまう。数が多く、広がっている為、ある程度引き込むような戦い方をしなければならない。つまり、まずは小規模な被害を与えるだけに留めたい。

もう一つ。殺傷力の無いアイテムを使えば、相手には余裕が生まれ、こちらの実力を軽く見てくれるかもしれない。そうなれば儲けものだ。


「くそっ!これじゃあ武器が使えねえ!」


粘着した胞子は、剣に巻き付いて離れず、刃を覆っている。無力化とまではいかないが、この一合の中では後回しに出来る。


「例の二人だ!気を抜くなよ!」


どうやら俺とニルの事は、ハンディーマンの本隊には筒抜けのようだ。黒犬が関わっているのだから当然と言えば当然かもしれないが、今後は、変装してもあまり意味が無いかもしれない。


「オラァ!」


ブンッ!


前衛の盾と直剣を持った男が、迫り来るニルに対して、左手で持った盾を突き出す。獣人族の男で、体もデカい。ニルの体格では、どう足掻いてもパワーで負ける。まともに打ち合うのは得策ではない。そんな事はニルも当然分かっている。


突き出された盾を、体を一度左に振り、盾の動きを誘ってから、流れるように右へと移動させる。


盾の横をするりと抜けたニルに対し、前衛の男は驚きで目を見開く。これ程簡単に攻撃を躱されたのは初めてなのだろう。


「まだ…っ?!」

キンッ!


盾を引き戻して、ニルに攻撃しようとした男に対し、俺の持っている桜咲刀が走る。

盾を引き戻しつつ、ニルに向けて振ろうとしていたようだが、盾は俺が突き出した刀の切っ先に触れ、そのタイミングを殺される。

ニルの目は、既に盾を持った男の後ろに立っている直剣使いに向いており、完全に盾役の男を無視している状態だ。

盾持ちの男は、自分がこのパーティの壁役だという事を理解しているのか、通り抜けたニルを何とかしようとしているが、ここはニルの事を後ろの四人に任せて、後続である俺に意識を向けるべきだった。

盾持ちの男が、ニルではなくて俺に意識を向けていれば、数秒くらい時間を作れたかもしれないが、後の祭りだ。


ザシュッ!!


盾を突いた切っ先を素早く引き戻して、もう一度別の場所に向けて突き出す。狙うのは男の頸動脈けいどうみゃく。桜咲刀の切っ先が、ほぼ何の抵抗もなく男の首を切り裂きながら進んで行き、首の左側半分が切り開かれる。


ブシュウウ!


頸動脈が切れて、血が吹き出すと、盾を持った男が首に手を置いてフラフラとよろける。


仲間を信じて俺を見ていれば、ここまで簡単に殺される事はなかっただろうに。まあ、可哀想などという感情は一切湧かないが。


盾の男を俺に任せて、一つ前に出たニルは、その場からでも攻撃を届かせる事が出来るのに、敢えて体を大きく横へとズラして直剣の男の斜め前へと移動する。

行動としては、たった一歩、大きく踏み込んで移動しただけなのだが、これによって残った三人の顔色が変わる。

ニルの立っている位置は、もう一人の中衛と、後衛二人から見ると、直剣使いと被ってしまい、援護出来ない位置なのだ。下手に攻撃したら、仲間を巻き込むか、最悪仲間だけがダメージを受け、敵は無傷という結果になりかねない。当然、そんな馬鹿な事は出来ない為、後衛に居た魔法使いと弓使いは、狙いを定めようとニルを見ていたのに、それが出来ず、攻撃を躊躇ってしまう。

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