第419話 襲撃

「ギャロザ達の隠れ村はここから見ると北側ね。シンヤさんとニルちゃんが行ってくれたテノルト村は南東になるわ。

そして……捕らえた二人から得られた情報の中に、隠れ村から東…つまり、ここから見て北北東から北東に掛けての位置に、ハンディーマンの大規模な部隊が送られている…というものが有ったわ。」


ハイネが部隊の位置を円で示す。


「大規模な部隊…?」


「正確な数までは分からないけれど、百人程の部隊みたい。」


大規模と言う程ではないように思えるかもしれないが、国という概念の無いこの世界においては、百人の部隊は十分に大きな部隊だ。


「確かにそれなりの規模だが……ここに何かあるのか?」


「いいえ。何も無いわ。」


「……??」


何も無いのに百人規模の部隊が送られている…?


「だからこそ…怖いと思うの。」


そう言って、ハイネが木の枝を向けたのは、先程説明の時に描いた、を示す印。


「「「っ!!」」」


「何も無い場所に百人を送り込むなんて意味不明よ。そして…百人となれば、村程度ならば簡単に潰せてしまう数よね…?」


「隠れ村の位置がバレているという事か?!」


「あの場所に居るのは奴隷の子が殆どよ。盗賊や貴族から逃げて来た子達ばかりで、捕まれば…」


「最悪のシナリオだな。」


「二人の記憶から繋ぎ合わせた不確実な情報だけれど、少なくとも、この場所に部隊が送り込まれているのは確実よ。この部隊の行き先がどこかは分からないけれど、急がないとまずいかもしれないわ。」


「直ぐに隠れ村の皆に知らさないと!」


スラたんが立ち上がる。


「いや、一回落ち着こう。」


それを俺が引き止める。


「なんで?!直ぐに行かないと、あの村には百人の部隊に対抗出来る戦力なんて無いよ!」


「それは分かっている。だが、隠れ村を救うにしても、ただ突撃して敵を蹴散らすだけではダメだ。」


「シンヤ君の特別な魔法で一気に片付ければ良いでしょ?!」


「いや。百人全員が同じ場所に居るとは思えない。俺なら、獲物を逃がさないように、周囲を囲むように、バラバラに広がってから襲撃する。

そのバラバラに配置された敵部隊の一部を吹き飛ばしても、残りの連中が襲撃を続行するだけの事だ。」


「でもこのままじゃ!」


「だから落ち着けって言っているんだ。

ポナタラの街では、俺達に対する罠として城を使っていたかもしれないと結論を出しただろう。今回の事も罠である可能性が高い。下手に動けば、俺達も、隠れ村も消されるかもしれないんだ。」


「っ!!」


スラたんの助けたい気持ちはよく分かる。俺だって今直ぐに隠れ村に行きたい。だが、そうやって単純な突撃をして痛い目を見た事が何度も有る。今回は非戦闘員の救助と敵対勢力の無力化もしくは殲滅。それだけ聞いても非常に困難な事だと分かるだろうが、その上で、救助対象の人達は奴隷という条件付き。普通の非戦闘員を助けるのとは全く意味が違う。

何故ならば……例えば、奴隷が一度でも盗賊連中に捕まったとしよう。すると、盗賊はどうするか。まずは自分が主人となるように契約を施すのだ。すると、奴隷は主人の命令に対し絶対服従となる。後は泣こうがわめこうが、主人の命令に従う以外に生きる道は無くなる。

つまり、一度でも捕まれば、その時点で主人を持たぬ奴隷の行く末は決まってしまうのだ。

解決策としては、奴隷を捕まえ、契約した者を殺す…というところだが、それは相手も警戒している事。奴隷を捕まえて契約を結んだ瞬間に逃げ出せば、もう打つ手が無くなってしまう。その為の百人なのだろう。全ての奴隷を捕まえたとしても、半分以上は残る。小さな村を潰す為の戦力としては十分…いや、十二分だ。

要するに、俺達は、一切村の人達に盗賊を近付けさせずに、盗賊達を無力化、もしくは殲滅する必要が有るのだ。

それを完遂するのは、難しいというレベルではない。


「どうしますか?」


「まずは部隊の正確な位置が知りたい。」


「私が得た情報では、明日の昼頃には部隊が集結を終え、そのままどこかへ移動するみたい。」


「使える時間は丸一日か…」


「ポナタラの件で計画が早まる可能性もありますよね?」


「そうね。この計画は、ポナタラの一件が起きる前に立てられたものだから、今とその時では状況も違うし、タイミングが変更されている可能性は有ると思うわ。」


「…相手はザレインを全て奪われたのだから、かなり怒り狂っているし、直ぐにでも俺達を見付け出したいだろうからな…そうなると、使える時間は半日程度かもしれないな。」


「既に移動を開始している可能性も…有りますよね…?」


「っ!!」


スラたんが拳を握り締める。走り出したい気持ちを必死に堪えているのだ。


「……スラたん。まずは部隊の集合地点へ行って、どんな状況なのかを見て来てくれ。間違っても、手を出さないようにな。」


「直ぐに向かうよ!」


タンッ!


言葉を吐き切る前に走り出すスラたん。風よりも速く駆けて行く。


「ハイネはピルテと共に隠れ村に入ってくれ。この事を伝えて、移動の準備を。見付からないように頼むぞ。」


「分かったわ。でも、どこへ移動するのかしら?」


「そっちは、スラたんが戻ってから決めようと思う。全員が合流して逃げられれば良いが…」


「盗賊連中の方が早く到着した時の事を決めておいた方が良いわよね。」


「……かなめとなるタイミングで合図は出すつもりだ。しかし、それ以外の事はハイネとピルテに任せる。」


「…了解よ。直ぐに出るわ。」


「任せた。」


ハイネがピルテの元に向かうと、直ぐに中継地点を飛び出し、北へと向かって走って行く。


「ご主人様。あの二人はどうしますか?」


残ったニルが、捕まえた二人の居るテントを見て聞いてくる。


「……そうだな……」


まだ情報を手に入れられるとは思うが、今回の事件、かなり切迫した状況となっているし、俺達五人全員が協力しなければ、最善の結果に辿り着けないだろう。となると、ここから先、捕まえた二人は、かなり邪魔になる。

連れ回すのは無理だし、放置しておくと相手側の者に助け出される事も考えられる。

領主はただの傀儡だし、交渉のカードとしては使えないだろうが、ハンディーマンの幹部の方は使えるかもしれない…と思っていたが…


「……始末しよう。敢えて重荷を背負って、村の人達を危険に晒すのは愚策だ。情報源としてや、交渉のカードとしては惜しいところだが、盗賊と村の人達を天秤に乗せる事自体間違っている。」


二兎追うものは一兎も得ず。守るべきものを危険に晒す選択はするべきではない。いくら惜しくても、切り離す時は切り離さなければならない。


「分かりました。」


ニルが小太刀に手を掛けて、テントへ向かおうとする。


「いや。ニルは出発の準備をしてくれ。スラたんが戻り次第出発する。二人の事は俺に任せるんだ。」


「…………分かりました。」


少し俺の事を見て何かを考えていたが、結局ニルは頷いて、出発の準備に取り掛かる。

何を言おうとしたのかは大体想像出来るが、やるやらないのやり取り自体が時間の無駄だ。それを理解しているニルは、何も言わずに頷いてくれたのだ。


という事で、俺は二人の捕縛されているテントへ入る。


「っ!!ん!んん!」


「んん!」


二人共目が覚めたらしく、俺の事を見ると、縛られた状態で暴れつつ、何かを言おうとしている。無慈悲に首を飛ばしても良いが、何かボロを出すかもしれない…ということで、二人の口を自由にしてやる。


「た、頼む!助けてくれ!何でもするから!」


最初から命乞いをしているのは、ポナタラ領主テュイル。何の力も持たない男なのだから、命乞いくらいしか出来ないのも分かるが、何と言えば良いのか…あまりにも情けない。

死に対して怯える事がという意味ではなく、俺が何も言っていないのに、何でもすると、言ってしまう事がだ。

領主が何でもすると言って、その相手が命を助ける代わりに何かを求めるとした場合、何を求めるだろうか。金、権力、地位…まあ色々と有るだろうが、それらは全て、街の住民を犠牲にして成り立っている物に他ならない。つまり、この領主は、俺が脅しを掛けるより先に、自分の統治する住民の全てを差し出すと言っているのだ。大きな街ではないとはいえ、街なのだからそれなりの数が住んでいる。それら全ての住民の命より、自分の命を助けてくれと言っている男に、情けを掛けてやる必要が有るだろうか?


「何でもするから助け」

ザシュッ!!


ゴトッ……


答えは否だ。


一片の躊躇も無く、俺は領主の首を落とす。

そこには、最早怒りも、呆れの感情すら無かった。


「こ…殺したな……」


残ったハンディーマンの幹部が冷や汗を流しながら口角を上げる。


「殺したな!ははははは!これでお前はもう逃げられない!何をしても許されないぞ!」


狂ったように笑う幹部の男。


「お前は殺されるんだ!もう逃げられない!あははは!あの人達に殺されれば良い!くくく…あははは!」


「……あの人達?」


「そうだ!お前達がいくら足掻いたところで、あの人達には勝てないんだよ!次元が違うからな!」


「…………………」


「後悔しながら死ぬと良いさ!あはは」

ザシュッ!


ゴトッ…


狂気じみた笑い顔が地面に落ち、俺はその頭を見詰める。


「ご主人様。準備が整いました。」


そのタイミングで、ニルがテントの外から声を掛けてくれる。


「二人はこのままテントに包んで、適当なところで燃やそう。」


「分かりました。」


「……………」


「どうかされましたか?」


「……ニル。もしかしたら、予想以上に相手は強敵かもしれない。」


「と言いますと…?」


「この男が、死ぬ前に、俺はあの人に殺されるんだと言っていた。」


「あの人達……」


「プレイヤーは、複数人居るかもしれない。」


「っ?!」


ハンディーマンの幹部が、次元の違う者達だと言ったという事は、プレイヤーを指して言った言葉だと取れる。そしてあの人達という複数人を示す呼び方。相手は、単身のプレイヤーだと勝手に思っていたが、普通に考えれば、見ず知らずの土地に投げ出され、ソロで行動するというのは馬鹿…いや、珍しい。俺やスラたんくらいのものだろう。

プレイヤーは、基本的に複数人で行動していると考えるのが道理だ。


「もし、複数人居るとしますと…」


「想像以上に激しい戦闘になるかもしれない。今回の部隊にプレイヤーが混ざっているかは分からないが、その可能性も考えて動かないと…」


「……死ぬ…かもしれませんね。」


ステータスが高いというだけで、プレイヤーの存在はかなり危険だ。ましてや、トッププレイヤーレベルの者達が出てきたら、俺とニルでも対処出来ない可能性が高い。


「次々と厄介事が増えていくな…」


正確に言えば、厄介事が増えたのではなく、厄介事に気付いただけなのだが、こうもナイトメアモードが続くと、精神的な部分が削られて行く気がしてしまう。


「ご主人様。」


「??」


ニルが少しだけ頭を俯かせ、俺を呼ぶ。


「…出過ぎた事だと分かっていますが…敢えて言わせて下さい。」


「出過ぎた事って…そんな事思うはずないだろう。何だ?」


「それでは……」


ニルは俯かせていた頭を戻して、俺の目を見て口を開く。


「確かに、プレイヤー…渡人が敵、というのは厄介だと思います。ですが、相手は盗賊に手を貸すような者達です。どうせその理由も理解し難いものでしょう。

他人から奪う事しか出来ず、それを楽しむような連中が、毎日毎日、鍛錬を惜しまないご主人様に勝てるはずがありません。

元の世界で、どれだけ強かったかは知りません。ですが、この世界に来てから、どれだけの鍛錬を詰んだでしょうか。」


「いや…スラたんの話では、十年の開きが有るんだ。いくら鍛錬をしていないとはいえ、その差は大きいと思うが…」


「いいえ。ご主人様の事を見てきた私には、自信を持って言えます。

その者達の十年は、ご主人様の一週間…いいえ。一日にすら満たないものだと。」


この子は、どうしてそこまで自信を持って言えるのだろうか……いや、嬉しいんだけれども…

十年が一日に負けるというのは、流石に盛りすぎでは…


「私の言葉が、信じられませんか?」


「疑っているわけではないけれど、流石に…」


「言い過ぎなどではありません。」


俺の言葉にニルは一切の迷い無しで返してくる。


「ご主人様に救われた日から、私はご主人様の事をずっと…ずっと見てきました。

ですから、私には分かるのです。万が一にも、ご主人様が、他人から奪う事しか出来ない連中に負けるはずがありません。

御自身に自信が無いと仰られるのであれば……」


そこまで言って、ニルはまた俯く。先程とは違い、耳を真っ赤にしている。


「その……私を……私を信用して…下さ…い……」


最後の方は聞き取れない程に声が小さくなってしまったが、何が言いたいのかくらい理解出来る。

俺が、俺自身を信用出来ないならば、そんな俺を信用している自分の言葉を信用しろ。そう言ってくれたのだ。

結局、過程が違うだけで、俺の実力を信用するという事に変わりは無いのだが…本当に、ニルは俺にとって無くてはならない存在だ。


俺はゆっくりとニルの頭に手を乗せる。


「ありがとうな。」


手の下で俺の顔を見上げるニルは、真っ赤になっている。


「えっ…えっと…その……うー……」


恥ずかしさに負けて、ニルはもう一度俯いてしまう。


ここまで言われて、自信の無い姿を見せるのは、ご主人様として、いや、それ以前に男として、流石に情けない。

ニルの言葉が嘘にならないように、俺は全力を出し切らねばならない。

俺の手の下で真っ赤になりながらも笑顔を見せてくれるニル。そんな彼女の言葉に懸けて、負ける事は許されなくなった。


「よし。気合いも入ったし、作戦を立てるぞ。」


「…はい!」


まだ赤みの抜けていない頬で笑ってくれるニル。いつもいつも、助けられてばかりだ。


大雑把ではあるが、今後の行動を決め、出発の準備が整った頃。超速でスラたんが戻って来る。


「はあ!はあ!はあ!はあーーーー……」


全身から汗を流し、両膝に手を置くスラたん。スラたんのステータスでここまで疲弊するとなると、かなり無理をして走って来たのだろう。


「大丈夫か?何か飲むか?」


「い、いや…大丈夫……ふう……」


スラたんは、かなり苦しそうにしていたが、何とか息を整えて、体を起こす。


「かなり緊迫した状況になってた。

既に部隊の収集は完了していて、出発を待つばかりという感じだったよ。急がないとまずいかもしれない。」


「そうか……スラたん。」


状況を聞いて、より一層慎重に、そして迅速に動かなければならないと理解し、スラたんにプレイヤーの事を伝える。


「複数人のプレイヤー……言われてみると当然の事だよね…自分達が一人で居るから、勝手に相手も一人だと決め付けていたけど。」


「何人居るのか、どこに居るのかまでは分からなかったが、今回の襲撃に参加している可能性も有る。」


「プレイヤーが…」


「……そこでだ。スラたんには、村の人達が逃げる為の準備をして欲しい。」


「……プレイヤーとの戦闘に参加した方が良いんじゃないの?」


「いや。プレイヤーと戦闘を行うより、上手く村の人達を逃がす事の方が重要だ。戦わずに逃げられるならば、それが一番だからな。

スラたんの移動能力が有れば、状況把握や、離れた地点への援護も出来るはず。かなり負担を掛ける事になるとは思うが、状況を見て村の人達を逃がす為には、スラたんの存在が必須だ。」


「……分かったよ。僕は何をしたら良い?」


正直に言うと、スラたんもプレイヤーとの戦闘に参加してもらった方が、事を安全に運ぶ事が出来る。

だが、プレイヤーを殺すかもしれない戦闘に、スラたんを参加させるのは危険だと判断した。


それは何故か。


この世界は、俺とスラたんにとっては、現実離れした世界である。そんな世界で出会う盗賊や極悪貴族。彼等もまた、俺やスラたんにとっては同じく現実離れした存在の一つなのだ。

言ってしまえば、ゲームの中で敵を倒す感覚とでも言えば良いだろうか。

スラたんの覚悟を疑っているわけではない。スラたんの覚悟は本物だ。そのお陰で助かってもいる。

だが、プレイヤーとの戦闘だけは別だ。

向こうの世界を知る者達で、自分と同じ境遇の者達。そんな者を手に掛けるというのは、こちらで盗賊を殺すのとはまた違う…よりリアルな殺人なのだ。言うなれば、元の世界で人を殺してしまうのと同じ感覚なのだ。

盗賊を何人かその手に掛けたスラたんが、今更プレイヤーを殺した所で、何も変わらないだろうと思うかもしれないが、それは違う。他のプレイヤー含め、スラたんも、この世界で人を殺す時、心の逃げ道として、現実離れした世界…つまりゲームの中だから、という事を無意識に考えていると思う。そうしなければ、自分の心を保てなくなるから。

しかし、対プレイヤーとなると、その言い訳が使えなくなる。中に入っているのは、自分と同じ世界で育ち、自分と同じようにこの世界へ飛ばされてきた者なのだ。下手をすれば、心が壊れてしまうだろう。


その点、俺は……人を殺した事が有る。向こうの世界で…という意味で。経験者だから大丈夫だなんて言うつもりは無い。俺はその事で人生を悔やみ続けて来たのだから。

しかし、俺はこの世界で、ニルと出会って、それを乗り越えて来た。相手がプレイヤーだろうと、もう迷ったりはしない。それが斬らなければならない相手ならば、躊躇う事無く…斬る。

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