第418話 救済

「あの日、私は闇の中から引っ張り出してもらえた……ううん。違うわね。きっと、今も私は闇の中に居るわ。過去は変えられないし、私に力が無い事は分かっているもの。だから、二人が私に光を与えてくれたのだと思う。闇の中でも、先が見えるように。そして、気付かせてくれたの。ピルテという光が、私の足元をずっと照らし続けて、つまずかないようにしてくれていた事を。」


「光…か……そんな大層なものじゃないと思うが。」


「いいえ。私達にとっては、命を救われたのと同じよ。」


「…………………」


「それからは、本当に目まぐるしい毎日だったけれど、どんどん私の周りが明るくなって行ったわ。次々と私達に光を与えてくれる人達が現れて……本当に感謝しているのよ。」


特に何かしたという意識が無いし、どう反応してい良いのか分からなくなる。


「何よりも感謝しているのは、ピルテの事。

私よりも、あの子の方が何倍も大変だったわ。ただでさえ大変なのに、私の面倒まで見なくてはならなかったのだからね。

私が言ったところで、あの子にとっては当たり前の事だから、感謝されても困る…なんて言うかもしれないけれど…本当に凄く大変だったと思うわ。」


俺は、ハイネが言う程、ハイネが何も出来ず、ピルテだけに重荷を背負わせていたとは思わない。確かに、ハイネが本調子ではなかった事は間違いないだろう。だが、そんな状態でも、彼女はピルテを生かすために、血の記憶を読み取るのは自分だけがやると決めて、ピルテに関与させないようにしていた。自分の任務を引き継いでくれる者を必要としていたと言っていたし、それも本心だろう。だが、恐らくピルテには生きて欲しい。それが一番だったはず。

そんな彼女が、ピルテにだけ、全ての重荷を背負わせていたとは思えない。少なからず頼っていた部分も有るだろうが、ピルテにとってもまた、ハイネが心の支えだったはずだ。

だが、それをハイネに言っても、多分納得しない。母親として、支える事が出来なかったという事を嘆いているのだから。


「でもね。シンヤさんとニルちゃんと会ってから、全てが変わったの。

私も、ピルテも、本当に救われたのよ。」


何がとまでは言われずとも、ハイネの感情が伝わってくる。

視線はピルテ達を向いていても、彼女の伝えたい事が分かる。


「何より感謝しているのは、ピルテが笑い、悔しがり、上を見ている事。

あの子は、私と共に過ごすようになってから、いつもどこかで遠慮をしていたわ。自分は元々人族だった事や、酷い仕打ちを受けていた子供の時の記憶が、ピルテをそうさせていたのだと思う。」


三つ子の魂百まで…ではないかもしれないが、やはり、過去に自分の精神を大きく抉られるような体験をした者というのは、その体験に引っ張られた考え方や行動を無意識にしてしまうものだ。

俺も、ニルも、それはよく分かる。


「でも、ニルちゃんと出会ってから、それが随分と緩和したのが分かるわ。

私達も、魔界の外では普通に居る奴隷という身分の人達について、本当に全て理解出来ているとは言えないけれど、とてつもなく酷い扱いを受けている事くらい理解出来るわ。

そんな奴隷の身分でありながら、強く、芯を持って生きているニルちゃんに、良い影響を受けているのね。」


「ニルも、ピルテから良い影響を受けているだろうな。」


「ええ。だから、私は感謝しているの。私も、ピルテも救われて、そして、これまで遠慮して自分の考えで動かなかったピルテが、こうして考えて動こうとしている。それが…とても嬉しいの。

だから……」


ハイネはもう一度、俺の目を見る。


「ありがとう。」


文字にしてしまえば、たったの五文字。

それだけの言葉の中に、どれだけの感情が入っているのだろうか。


恥ずかしさや照れも有るが、心臓の辺りが熱くなるのを感じる。


どういたしまして…という言葉も、そんな事は…という言葉も、ハイネの五文字の言葉に返すには相応しくないと感じる。

何と返せば良いのか分からない。

いや、そもそも、この言葉に返す事が正しい事なのか…


何も言えずにいると、ピルテとニルが、俺とハイネの方を見て、どうかしたのかと首を傾げる。


「ふふふ。さあ、やる事をやりましょうか。」


ハイネはそれを見て俺の横を離れる。その時、綺麗な黒髪の奥に見えた頬が、少しだけ赤く染まっているのが見えた。


魔界に住む魔族。

彼等は、力こそが大切なのだと言う種族だ。それでも、感情が無いわけではない。

こうして、色々な事を思い、感じ、そして……感じさせてくれる。

一面から見れば、野蛮な連中だと思う事だって有るかもしれない。いや、事実そういう面も有るだろう。しかし、知らないだけで無闇に怖がり、敵だと決め付けてしまうのは、とても寂しい事だと思う。ましてや、信じる神が違うだけで、魔族だ、野蛮人だと騒ぐのは違うと思う。

現代日本で育った俺にとって、宗教戦争というものは、あまり馴染みが無いし、理解も難しい。それでも、彼女達が無慈悲に殺されて行くのを、ただ黙って見ている事は出来ない。


「こっちは終わったけど……戻って来るタイミング、悪かったかな?」


後ろから声を掛けられて、ビクッとしてしまう。


スラたんがスライム達の配置を終えて戻って来たみたいだ。


「いや。ベストタイミングだと思うぞ。」


ハイネがそそくさと離れて行ったのが、自分のせいだと思ったらしい。


「邪魔したわけじゃないなら良かったよ。大事な話だったのかな?」


ニヤニヤしながら俺の顔を見る。


「な、なんだよ。」


「いやー。シンヤ君がよく分からない表情をしているから、どんな話だったのかなーってね。」


自分でも、今の自分の表情が、どんな状態なのか、よく分からない。


「茶化す類の話じゃないぞ。」


「ふーん……まあ、悪い話では無かったみたいだし、内容までは聞かないさ。パーティ内の絆が強まるのは良い事だしね。

それより、寝泊まりの準備が整ったら、色々と話をしないとね。」


「そうだな。スラたんとピルテが調べてくれた内容もしっかり聞きたいし、気になる事も有るし…

さっさと準備を整えますかね。」


「よし来た!」


ハイネは少しの間、何とも言えない恥ずかしそうな空気を出していたが、準備が終わる頃には、いつも通りに戻ってくれていた。


「さてと…一通りの事は終わったから、情報の擦り合わせと、今後の方針を決めるとしよう。まずはスラたんから始めてもらえるか?」


「そうだね。それじゃあ、まずはザレイン農場の事で分かった事からだね。」


そこから、話し合いは朝まで続く事になった。


今回、俺達が行った作戦は、ザレイン及びザレイン農場の滅却。領主の誘拐。この二つが主な目的であった。

どちらの目的も達成されたのだが、その間に、予期せぬ事や、新たに分かった事がいくか有り、それらをまとめていく。


まず、今回の一番の目的であったザレイン。

これはスラたんが調べてくれた事から、種、及び球根には何らかの処理が施されており、アルコールを吸収させている事が分かった。

色々と憶測が飛び交ったが、スラたんの意見としては、アルコールの用途は、恐らく種や球根に施した処理のせいで、仕方無く必要になる物ではないか…と言う事だ。

ザレインを急成長させる事、そして栽培を可能にする事。この二つの課題をクリアする為の処理を行うと、アルコールが必要になるのではないかと考えているらしい。実験をして確かめてみる必要は有るが、一日、二日で分かる事ではない為、この件についてはスラたんに一任する事にした。

一応、ザレインの事は一区切りといったところだが、領主に話を持ってきた者が居たと考えると、領主が知らされていないだけで、フヨルデが他の場所でもザレインを栽培していたり、売買しているとしても不思議ではない。その為、ザレインの無効化、及び解毒薬の作成も同時に進行してもらう事になる。

スラたんとしては、生のザレインが大量に手に入った為、大きく研究の速度が上昇するだろうとは言っていたが、それでも今直ぐ結果が出るというものではないし、今暫く待つ必要が有るだろう。


次に、領主の城でスラたんとピルテが調べてくれた事について。

まず、ケビンの見たという農場だが、これは間違いなく偽物だったとの事。畑は在ったし、そこにザレインに似た植物が植えられていたが、抜いてみると球根が無く、独特の香りも無かったらしい。完全なダミーだった。

わざわざ領主の城に、そんなものを作った理由については、領主の部屋で詳しく分かったらしい。二人が領主の部屋を探っていると、隠し扉を見付け、その奥に密書やら何やらが保管されており、そこに色々と書かれていたとの事。例えば、ザレインの栽培方法を持ってきた謎の人物が、ダミーを城に作るように指示を出した事を証明する内容の書類や、ザレインの倉庫に関する書類。ザレインの儲けに対する帳簿も見付かったらしい。

二人は、ザレインの儲けを見て殺意が膨れ上がったと言っていた。それだけの額を街の人達から奪っていたのだろう。

ハンディーマンとの繋がりを示す書類や、フヨルデとのやり取りを示す書類も少なからず出てきたらしいが、調べれば調べる程、街の殆どがフヨルデ側の者達である事が分かった。衛兵や大きな商会、あまり表沙汰に出来ないような仕事の者達。とにかく、力を持つ者達の殆どは、フヨルデの息が掛かっているらしい。これはポナタラだけでなく、ジャノヤも似たようなものだろう。いや、フヨルデ本人が統治している街である為、より一層酷いはず。

フヨルデ達が悪事を働いている証拠を見付けたとして、それを衛兵の元に持ち込んだとしても、捕まるのは俺達の方。そして、秘密裏に殺されてジ・エンドだ。

つまり、フヨルデ達の悪事の証拠など持っていても仕方無いという事になるし、弱味にさえならないのだ。

それが分かったところで、スラたんとピルテは情報収集を止めて、逃げたであろう領主を追ったらしい。

まとめてしまうと、城で手に入れた情報の中には、特に目立ったものが無く、これまでの推測を裏付けるものばかりだったという事になる。

そうなると、重要な情報は、領主の頭の中に聞くしか無いので、ハンディーマンの幹部の男と、領主からの情報は、予定通りハイネとピルテに任せる事にした。


次に、ハンディーマンについてだが…

やはり、ハンドという連中と、その死に様が論点になった。

ギャロザから聞いていた通り、ハンドと呼ばれる連中は、かなり厄介な相手で、ピルテと、恐らくはハイネの索敵をもすり抜ける腕を持っている者達である。それだけで十分脅威となる相手であり、隠密に長けていない者でも、かなりの強さを持っていると考えられる。

他の者達にも、それなりに警戒が必要な者は居るだろうが、目下、ハンディーマンの構成員の中では、ハンドに気を付けて動くという事になった。

これは直ぐに決まったのだが、問題はその死に様である。

カルカと呼ばれる死肉に生える樹木が、何故かハンドの連中の腹の中から飛び出して、その命を奪った事。これについては、かなり意見が錯綜さくそうした。

スラたんが言うには、肉体の中に有った種が、突如として急成長し、三人を殺したのではないかという話だったが。それが可能なのか、そもそも種からの成長なのか等、かなり長く議論した。

種を元に急成長した…という事が間違いないとすれば、何かの影響があの場で与えられた事になる。時限式という線も捨て切れないが、タイミングや、死んだ三人の言動から、それは無いだろうと結論を出した。しかし、そうなると、やはりあの場には俺達を見ている者が居て、その者が影響を与えたとしか考えられない。

しかし、あの場所、あの状況下で、近くに隠れていて、俺達が三人と戦っていたタイミングであれば、間違いなく隙が有ったはず。それなのに攻撃して来なかった事を考えると、どうにも納得がいかない。

間違いなく、三人を殺したカルカの木は、俺達を巻き添えにして殺す為の物だった。つまり、隠れていた奴は、俺達を殺そうとしていたのだ。それなのに、攻撃して来なかった。その理由が何なのか…

他人の心の内を読み解くのは、そうでなくとも難しいというのに、今の情報量では何も分からない。しかし、また同じ者が俺達を襲って来るとしたら、ここである程度の事は、憶測だとしても考えておくべきだ。という事で、議論が白熱し、最終的に出た結論は…

勝てないと判断したから。ということになった。

自分の位置がバレていない状況下で、相手を攻撃したとしても、自分が俺達三人を殺せる自信が無く、本隊と合流し、後日人数を揃えて襲って来るという作戦に変更したのではないか。もしくは、俺達の情報を持ち帰り、次の対策に使おうと考えたのではないか。という事になった。


正解は分からないが、状況を判断し、的確に行動出来る相手である事に間違いは無い。

そして、その者がザレインの栽培について手助けしているのではないか。もしかしたら…その者こそ、プレイヤーではないか…とまで、俺とスラたんは考えている。

これが次の議題で、要するに盗賊側に居るかもしれないプレイヤーについてだ。

樹木を急成長させるという特殊な魔法、もしくは技術を使い、元の世界を思わせるアイテム。そして、これはかなり飛躍した考え方になるが、領主の城に在ったダミーの畑。あれが城の上部から覗き込まれる事を予想して作られた物だとしたら、それを可能とする肉体…つまり、プレイヤーを対象にした罠なのではないか。

これらを総合して考えると…プレイヤーが俺達の事を知り、ザレインを餌に、俺達を…つまりプレイヤーを殺す為の策を立てたのではないかという結論に至る。

これに関しては、スラたんとも後に何度か話し合ったが、可能性は十分に有るだろうと考え、対プレイヤーという意味で、細心の注意を払う事にした。当然、ハイネとピルテにも、俺達と同格の者が紛れている可能性が有ると伝え、もし、その者が現れた場合は、一も二もなく逃げる事を約束させた。

もし、本当にプレイヤーが相手だとしたら、恐らくハイネもピルテも瞬殺されてしまう。相手がゲームを始めたばかりのプレイヤーだったり、中堅程度ならば、そこまで実力の差は無いだろうが、トッププレイヤーや、それに次ぐような実力の持ち主だとしたら、手も足も出ないまま、殺されて終わるはずだ。それだけは阻止しなければならない。

俺個人としては、今回の件で、黒犬と同レベル…いや、それ以上に警戒するべき相手なのではないかと考えている。


最後に話し合ったのは、ハンターズララバイと黒犬についてだ。

俺達を殺そうとしたのがプレイヤーであったと仮定した場合、ハンディーマンという組織がプレイヤーを囲っていると考えるより、ハンターズララバイ、黒犬も関与していると考えた方が良いだろう。違った場合はラッキーで済む。逆に、予想しておらず、対策も無しに…となると危険が増す。それは避けたい。

ハンドの連中が、俺について知っていた事や、変装を見破った事を考えるに、まず間違いなくハンディーマン、特にハンドの連中は黒犬から情報を得ているはず。ハンドの三人が死んだことで、情報が得られなかったのはかなり残念だが、次の機会を待つしかない。

黒犬の動向は依然として分からないが、黒犬に関わりが有りそうな連中が出てきた事を考えるに、そろそろ事態が大きく動くかもしれない。いつでも動けるように、心の準備はしておこうという話になった。


今後の方針てしては、スラたんによるザレインの研究、ハンディーマン幹部及び領主からの情報収集、ハンディーマン本隊とフヨルデに関する情報収集、敵プレイヤー対策…といった感じだ。

研究はスラたんが、幹部と領主の事はハイネとピルテが、そしてハンディーマン本隊とフヨルデに関しては俺とニルが担当する事に決まり、話し合いは終了した。

俺とニルの調べる事については、ハイネとピルテの手に入れた情報を元にした方が効率が良いだろうということで、一先ず待機。俺とニルだけで別の街や村に向かう事も考えたが、プレイヤーの存在が示唆しさされた以上、下手に離れるのは良くないと考えて、待機という事になった。


そして、中継地点へ移ってきてから数日後。


「シンヤさん。」


捕らえた二人から情報を入手出来たのか、ハイネが一人、俺の近くに寄ってくる。


因みに、捕らえた二人は、ハイネとピルテに管理を一任し、専用のテントを張って、その中で情報収集をしてもらっている。


「何か分かったか?」


「ええ。少し緊急性の高い内容だから、スラタンも呼んで欲しいの。」


「分かった。」


真剣な表情を見るに、重要な事が分かったようだ。


俺はスラたんを直ぐに呼んで、ハイネの元に戻る。

当然だが、ニルは俺と一緒に居る為、話は捕虜二人の監視をしているピルテを除いた四人で行う。


「早速始めてくれ。」


「ええ。」


ハイネはまず、地面にいくつか線を引き、俺達に見せる。


「今、私達が居るのはこの辺り。ポナタラの南西ね。ジャノヤは…ポナタラの北東に在るはずだから、恐らくこの辺りになるわ。」


ハイネが書いたのは、この辺り一帯の地図、簡易的な物だが、理解出来ればそれで良い。落ちていた木の枝で地図の一部を示しながら説明してくれる。

俺達は返事はせずに、頷いて続きを促す。

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